38年前の「旅の図書館」パンフレットから [コラムvol.314]
図1 創設初代のパンフレット

 本年10月3日のリニューアル開館に向け、「旅の図書館」は移転準備を進めている。キャビネットの奥から、発行順に整理された昔の図書館パンフレットが出てきた。古地図や古代美術の彫刻写真を表紙に使った格調高い雰囲気に興味を惹かれ開いてみると、その内側はやけに熱い。

大きな旅へ

 財団法人日本交通公社は1978年10月、東京駅近くに「観光文化資料館」を開設し、世界各国から集めた図書・地図・資料約10,000点、新聞・雑誌を約70種類集めて無料で公開した。

 開設初代のパンフレットには、

 「大きな旅、豊かな旅へ」「旅立ちの前の“旅立ち”」

 という2つのキャッチコピーが大きく目立つ。当時の西尾壽男会長の挨拶文には「教養志向型旅行を目指す皆さまの旅行プランの一助になれば幸甚です」と記され、本文には、

 「収穫のある旅にするために自分で調べる。これでもう旅の半分は成功ですね」「レファレンス・サービスも上手に利用して、あなたの旅の夢をひろげてください。その夢こそ、旅立ち前の美しい旅立ちです」

 など、力のこもったメッセージが綴られている。

 西尾会長とは、鉄道省の出身で1963年、当財団と株式会社日本交通公社の分離時に株式会社社長を務めたのち当財団会長に就任したという、私たちにとってはいわゆるレジェンド的な存在。

 「観光文化資料館」という名称を現在の「旅の図書館」に変更したのは1999年なのだが、同パンフレットには「旅の図書館として観光文化資料館を開設しました」とあり、この名前は生まれた時からのニックネームだったと知る。

図1 開設初代のパンフレット

語り続ける情熱

 このように初代パンフレットはデザインや原稿に想いのこもったものなのだが、驚くことにこのあと毎年、デザインやメッセージ文を変えた新しいパンフレットが制作されている。

 1980年の第2代パンフレットのキャッチコピーは

「より豊かで、知的な旅立ちを」。

 翌年の3代目は、

「知性豊かな“あなたの旅”へ」、

 そのまた翌年には、

「憧れ知る“あなたの旅”へ」

 と毎年ひねり出すように少しずつ変えている。また本文は、

「人と触れあう感動を得るには、やはり旅立つ前の下調べが大切です」

「未知の世界への好奇心や冒険心も、予備知識により一段と磨かれます。そしてさらに大きくふくらんでいきます」

「“あなたの旅”の夢を育て、憧れの旅の実現を試みられてはいかがですか?」

 などそれはもう毎年熱く語りかけてくる。

 80年代にバックパッカーツーリストだった私としては「下調べをせずに飛び込む旅もいい」と言いたくなるし、今や、海外旅行であっても現地に到着してからスマホで情報を調べることのできる時代だ。しかし、この情熱的な文章の背景が気になって仕方がない。

図2 2代目~4代目のパンフレット

目線の高さと意気込み

 1978年、人々はどんな旅行をしていたのだろう。

 日本人出国者数は約400万人。国内旅行では、高度経済成長とともに盛んになった職場の団体旅行主流の時代から、1970年の大阪万博以降に増加し始めた家族旅行が加わり、右肩上がりかつ多様化を迎えようという時期である。

 西尾会長は、「観光はそれ自体が文化であり、その観光文化を向上させたい」「旅行は単なる物見遊山で終わってはならない」と考えていたことから観光文化資料館の開設が夢だったという。ゆえに「旅行の下調べ」の図書館として開設されたのだという経緯は入社以来よく聞かされた。が、一晩の宴会で親睦を図り働く活力とするタイプの職場旅行が業界を潤していた時期に、この目線の高さは何だろう。

 あらためて当時のパンフレットを見直すと、確かにその本文は「旅の下調べ」を促しているものの、キャッチコピーからは、もっと大きな旅、知的探求の人生を想起させられる。日本人の旅行意欲の高まりに応じ、その気運をバックアップしつつ、その質に強く関与していこうという意気込みを感じる。

 他の資料によれば、当時の観光文化資料館は全国のJTB支店社員からの質問に応じてサポートする機能を備えており、また資料館への問い合わせを元に、興味深い旅の方法やテーマを選んで企画編集した「観光文化と旅」を発行するなど、多様なアプローチで文化的な振興に取り組んでいたことがわかった。

 こうして当時の情熱的なメッセージ発信の意味を再確認し、誇らしく思うのと同時に身が引き締まる。

開設理念を引き継いで

 「旅の図書館」は、このたびの移転を機に、観光を研究する方、観光地活性化の現場で活躍する方の役に立つことを目指して学術的な専門性を高め、ゆるやかにターゲット層のシフトチェンジを行う。インターネットの登場、成熟社会における観光への志向、それを支える技術やインフラの変化などを背景に、求められる機能は変化した。

 そして、共創の時代である。書物に記された知識を入手するだけでなく、課題や問題意識を持った人々が集り、情報の読み解きや意見の交換を行い、そこから新しいヒントや知恵が生まれるような場となることを目指すこととした。

 検索すればすぐに回答を得られる便利な日常を生きる現代人にこそ、周辺視野への思わぬ刺激をもたらす図書空間の価値は高まっている。

 38年前に制作されたパンフレットを見て決意する。時代に即して収蔵方針と運営は少し変えるが、観光文化の振興に資するという開設理念は変わらない。先人から託された、目線の高さ、そして世に問う姿勢の情報発信の手を抜かないこと、その情熱を失わないこと。あらためて「旅の図書館」という名前を大切にし、新しいスタートを迎えたい。