ロングトレイル・コラム02 ~「ビバルマン・トラック」を歩いて [コラムvol.261]
ビバルマン・トラック公式ホームページ

 先日、環境省が、「国立公園における訪日外国人利用者数の推計結果」を公表しました *1

 調査では、9割以上の人が自然豊かな場所を旅行先として選択したいと考えていることが示唆されており、今後、観光立国を実現していく上で、国立公園に代表される我が国の自然の魅力を効果的に発信していくことが、益々重要になってくると考えられます。

 日本は世界有数の森林大国であり、豊かな自然環境を有しています。私見ですが、その魅力は、ダイナミックさよりも、箱庭的に凝縮された多様な自然を、比較的狭い範囲で連続的に見られることにあるように思います。以前、観光文化199号 *2 で、ケビン・ショート氏 *3 が外国人の視点から同様の指摘をされています。

 このような日本の自然の魅力を味わうときに、森を長距離に渡り歩き、自然の変化を体感できる「ロングトレイル」という楽しみ方は適していると思います。最近、全国各地で取り組みが始まっていますが、先行事例を見ると、済州オルレ(韓国)はサンチアゴ巡礼の道(フランス、スペイン)に、黒松内フットパス(黒松内町)や町田フットパス(町田市)はイギリス・フットパスに、信越トレイル(長野、新潟)や、これからご紹介するビバルマン・トラックはアパラチアン・トレイル(アメリカ)に大きな影響を受けており *4 、他地域の取り組みを知ることが、取り組み推進のきっかけになるかもしれません。

 そこで、今後数回に渡り、ロングトレイルの魅力や整備のヒントなどを探るべく、できるだけ実際に歩いた感想等も交えて紹介していきたいと思います *5

ビバルマン・トラックを歩いてみて

 2015年4月末~5月上旬にかけて、現地を歩きました(Collie~Balingup間の約80km)。

・概要、歴史について

図1 ビバルマン・トラック

図1 ビバルマン・トラック
(オーストラリア政府観光局HPより)

 ビバルマン・トラック(Bibbulmun Track)は、西オーストラリア州にある全長約1,003kmのトレイルで、ビバルマン・トラック財団が管理をしています(図1)。

 ジェフ・シェーファー氏の提案に基づき、西オーストラリア住民が地元の自然を楽しむことを目的として森林局がルートを設計し、1979年に開通しました。

 その後、1993年に、ジェシー・プランプトン氏の提案を基に、アメリカのアパラチアン・トレイルを参考にして、民間からの資金調達、連邦助成金等を受けて、囚人労働やボランティア活動等によって再整備され、1998年に現在の道が開通しました。

・西オーストラリアの固有の自然を楽しめる

図2 トレイルで出会ったカンガルー(中央)

図2 トレイルで出会った
カンガルー(中央)

 自然との共生を重視し、トレイルは歩行者のためのものである、という考えから、舗装路や街中をほとんど通らず、人工物や人の気配もほとんどなく、大自然を純粋に楽しめるような「最小限の整備」がなされています。そうした環境からか、西オーストラリア固有の動物(カンガルー、オウム等)や、植物(巨大なカリーの木やバンクシア等)にも頻繁に出会うことができます(図2)。

 こうした考えは、マーカー(道しるべ)のデザインにも表れています。自然への畏敬の念を持って、この土地の生き物と共生してきた先住民族Noonger人らにとって、「魂」や「精神」、「息」などの象徴である「蛇(Waugal)」が、シンボルとして使われています(図3)。

・本格派から初心者まで楽しめる

図3 蛇(Waugal)を模したマーカー

図3 蛇(Waugal)を
模したマーカー

 最小限の整備であるため、どうしても参加ハードルが高くなりがちですが、日帰りや子供連れなど、気軽に楽しみたい層には都市発着の現地ツアー(ビバルマン・トラック財団によるガイドツアーや、会員ツアーオペレーターによるツアー)が用意されており、幅広い層に対応しています。

 避難小屋に置いてある訪問者台帳を見ると、西オーストラリア州の近隣地域(Perth、Collie、Bunburyなど)からの来訪が多いようです。ざっと台帳を見たところ、シドニーや、ニュージーランド、欧州(スペイン、ドイツ、イギリス)からの利用者も、全体の1割程度を占めているように感じました。

 なお、全ての行程を歩き切る人(End to ender)も、年間100人以上いるそうです。

・ボランティアが支え、地元に愛されている

図4 地元団体の寄付で建てられたトイレの銘板

図4 地元団体の寄付で
建てられたトイレの銘板

 トレイルのメンテナンスは、主に地元のウォーキングクラブや自然保護団体等のボランティアが行っています。避難小屋やトイレの設置は、個人や団体からの寄付金等で賄われており、銘板等が掲示されています(図4)。また、既存の公園の園路をルートに含める等、新たなメンテナンスの発生を最小限にする工夫もしています。

 地元利用者の割合が大きく、街中で話を聞いても知名度が高いことから、地元に愛されていると感じました。このことは、とても大切なことであるという思いを新たにしました。

・外国人にも情報が得やすい

図5 ビバルマン・トラック公式ホームページ

図5 ビバルマン・トラック
公式ホームページ

 長距離に渡って歩く上に、途中離脱や補給が難しいルートが大半のため、参加のハードルは低くないですが、公式ホームページ *6 では、必要な情報が丁寧に解説されています(図5)。

 例えば、各セクションごとの詳しいルート案内や、各避難小屋の利用案内、長距離に渡って歩く上での諸注意(必要な所持品や装備、水の確保方法など)、ビーコンなどの機材のレンタル案内、マップやガイドブックの販売、緊急情報(山火事、道の崩壊など)などが掲載されています。さらに、公式フェイスブックページ *7 では、ツアーの様子などが頻繁に更新されています。こうした情報が充実していることで、外国人にとって参加のハードルが下がるとともに、現地でのアクティビティの様子も見えることで、参加意欲も高めることに繋がると感じます。

 なお、現地到着後の情報入手は、当日は祝日だったこともあり、正直なところ苦戦をしました。パース市内の案内所等では情報が得られず、たらい回しに近い状況になりましたが、最終的に、TransWA(西オーストラリア州交通局)のチケット窓口や、トレイル沿線のビジターセンター、郵便局などで案内を受けることができました。事前情報だけではなく、現地での案内情報入手も大変大切であり、特に交通機関との情報連携は特に重要であると感じました。

まとめ

 前コラム *4 で述べた、「道に込められた哲学が貫かれていることが魅力になる」という点は、このビバルマン・トラックでも同様であると感じました。

 西オーストラリアの本当の自然に素晴らしい魅力を堪能するためには、特に外国人にとって参加のハードルは低くないようですが、初心者や子供連れ向けのツアーを積極的に提供したり、トレイルの情報を丁寧に提供することで、魅力を保ちつつ、幅広い利用者を惹きつけている点も興味深く感じました。

 今後も、ロングトレイルを歩きながら、その魅力と整備のヒントを探っていきたいと思います。

*1 平成27年7月16日 国立公園における訪日外国人利用者数の推計結果と日本の国立公園に対する外国人のニーズ等調査の結果について(お知らせ)  調査実施期間:平成26年6月~7月

*2 広がれ日本のフットパス(観光文化 199号)特集4 自然と文化のエコツーリズム  ―カントリー・フットパスの魅力 ケビン・ショート P17

*3 :Kevin Short氏(東京情報大学 教授)

*4 歩きたくなるロングトレイルとは [コラムvol.216]

*5 :詳細な行程にご関心がある方は、 こちら(著者ヤマレコ) もご参照ください。

*6 公式ホームページ

*7 公式facebookページ