「いい話」を売る [コラムvol.225]

 通勤に使うバッグを新調した。毎日使うものには、機能性はもちろん、時に気持ちを奮い立たせ、あるいは和らげてくれるメッセージを感じるものを選ぶようにしている。ここのところ気に入っているのは「マザーハウス」のバッグだ。
 

○「いい話」には参加したい

 「マザーハウス」は、2006年、当時25才の山口絵里子さんが「途上国から世界に通用するブランドをつくる」と起業したブランドで、その奮闘ぶりは様々なメディアでとりあげられている。『裸でも生きる』(2007年)、『裸でも生きる2』(2009年)と立て続けに2冊の書籍も出版され、私はその本を読んで彼女のファンになった。
 本を手にしたきっかけは、その“帯”にあった「中学生で非行に走り、偏差値40の高校から3ヶ月で慶應大学合格」というフレーズだったが、その後の「途上国の貧困を救うためバングラデシュで起業、そしてエリコの次の挑戦はネパールだ!」部分の内容がすごかった。
 慶應大学そしてアメリカの開発銀行におけるインターン経験をもとに、山口さんは発展途上国の開発をテーマに活動を始める。「アジア、最貧国」というキーワードからバングラデシュを選び、「ジュート」という素材を使った「ビジネス」を育てるため、日本で通用するデザインのバッグを製作し、日本で販売することにした。
 本では、彼女のある意味“普通ではない”激しい生き方が、みずみずしい感性で綴られ、副題に「号泣戦記」とあるように泣かされる。その物語に感激したから私は同社のバッグを買うようになった。購入というアクションにより彼女の考え方に共感を示し、活動に参加、応援している気持ちの顧客は少なくない。
 現在、株式会社マザーハウスは、直営店が国内15店舗、台湾に3店舗と全国展開する企業になった。「モノの背景を知り、内面の美しさが求められる時代」。同社のホームページで山口さんも言うように、消費活動におけるストーリー性はますます重要になっている。

○「売る」取り組み

 さて、観光の世界においても、こういったストーリーを語る価値に気づいている人は多い。
 しかし今、再び同書を読み直してみて、さらに気づいたことがある。
 「若い女性起業家」「社会貢献」というインパクトのある物語に心を奪われ読み飛ばしていたが、山口さんが本当に「売る」ためにしてきた取り組みのすごさについてだ。「日本で流通させる」ために山口さんがしたことに絞って再読し、ハッとしたエピソードを紹介したい。

①最初からビジネスとして取り組んでいた
 ジュートは、バングラデシュが世界輸出量の90%を占め、環境にも優しい天然繊維である。それを知った山口さんが、コーヒー豆を入れる袋を見ながら「もっとかわいいバッグ、つくれたらなあ」とひらめいたことがすべての始まりだった。単純に「かわいい!欲しい!」と自分が心から思えるものをこの地から発信することが自分の仕事だと思ったという。
 ここから気づかされるのは、まず、自分が本当に良いと思うモノ、コトを売る、というのが根底にあるべきということが1点。
 さらに、開発銀行で学んだ現実として、いわゆるフェアトレードと呼ばれるものが決して”フェア”ではないと感じていた山口さんは、NGOや生産者支援のためではなく、企業として、ビジネスとして行動することを最初から目標にしていた。心温かい先進国のバイヤーが買ってくれるが、品質が悪くて結局は使われずにタンスにしまわれることの多いフェアトレード製品に疑問を感じていたからだ。

②売れるクオリティに徹底的にこだわった
 ビジネスとして成立させるため、自分が本当に良いと思うことを大事にした山口さんは、素人ながら自らデザインを描き、工場で共に製作を行い、出来が悪い製品については心を鬼にしてやりなおしを命じた。工場のスタッフとは、良好な関係を築けていただけに、やりなおしが発生することへの抵抗感はスタッフ、本人ともに大きかったようだが、売りたいものを作るという目標に即し譲らなかった。

③売る歓びと難しさを知った
 ようやく完成した初めての製品は160個のジュートのバッグ。バングラデシュから日本に戻った山口さんは、会社設立に必要な知識を本から学び、アルバイトで資本金をため、ホームページで通信販売を始めた。初めて注文が入った時、嬉しくて包装紙を買いに行き、その人の自宅まで届けに行く。その帰りがけに「大事に使うわね」と言われていたく感動したことが、何よりの力になったとのこと。「売る」とは、商品とお金のやりとりであると同時に、新たな繋がりが生まれる瞬間である。

 一方、いわゆる飛び込み営業を重ねていく中、ある商談で「これでは競合他社とは勝てない。国際貢献、貧困撲滅というコンセプトは関係ない」と言われ、悔しくて泣く。しかしその後、商品として勝負すると決めた目標からすれば当たり前の現実だと理解し、自分の想いを社会に伝える方法や場はたくさんあるが、小売りの現場で伝えるべきは商品力であるとあらためて悟る。

④“開拓”した
 会社の立ち上げを決めた時、山口さんは自分のノートに「1年後の目標」として「大手百貨店においてもらう」と書いた。無料で紹介してくれるメディアや「ロハス」や「環境」というキーワードの雑誌に次々と電話やメールをし、返事をもらえない日々を過ごしていたが、やがて、「おもしろい」と“大手”「東急ハンズ」が商品をおいてくれるようになり、また活動に関心をもった「環境goo」というウェブサイトでの記事掲載がきっかけとなって、たくさんの応援メールが届くようになった。

⑤商品力のためのスキルを上げた
 商品力で勝負するため、なんと山口さんはバッグ職人を養成する学校に通い、苦労しつつ技術を身につけて卒業する。活動への応援者が増えても売り上げがそれに比例していないこと、またメディアでの取り上げられ方が商品ではなく、彼女個人に対するものであるという現実に気づいたことも職人修行の背中を押した。実際マザーハウスの店舗では“(山口さんを知らない)通りすがりのお客さん”の購入は年々増えているとのこと。

 このように、商品は作っただけでは売れない、「いい話」だけでも売れない、自らいかに身体を動かし工夫するかにかかっている、売れるまでには時間がかかる、など様々なことを教えてくれる山口さんの取り組み。
 地域が体験プログラムを開発し売る時の目標は何だろう。展開先は全国なのか地域レベルなのかで戦略も変わってくる。目標を明確にし、ストーリーの発信と同時に、クオリティの追求、流通のデザインを極めているところは未だ少ない。
 販売に悩んだ時、目標が設定できているのか、また取り組みはじゅうぶんといえるのかに立ち返ることが必要ではないだろうか。

(参考)

  • 『裸でも生きる』(山口絵里子著、2007年、講談社)
  • 『裸でも生きる2』(山口絵里子著、2009年、講談社)
  • 株式会社マザーハウス ホームページ http://www.mother-house.jp/company/message.php