「観光特急」「観光列車」で列車の旅の魅力アップ [コラムvol.175]

 最近「観光特急」という言葉がよく聞かれます。また、そのような列車の人気も概ね高く、2010年12月に東北新幹線、2011年3月に九州新幹線が全線開業して青森から鹿児島まで新幹線でつながったことも重なり、人々の鉄道旅行への関心が高まっているようです。

 言うまでもなく、「観光特急」というのは正式な列車種別ではありません。列車種別としてはあくまで通常の「特急」です。ただ、特別な車両を専用に使い、もっぱら観光客の利用を主眼に置き、列車に乗ること自体を旅行の大きな魅力の一つとしてもらうために設定された特急列車を、何となく一まとめにして「観光特急」と呼んでいます。列車によっては、座席車以外の車両を連結したり、車内でいろいろなイベントを催したりすることもあります。特にJR九州が運転しているこのような列車を「観光特急」と言うことが多いようです。

 JR九州以外でも、このように特別の車両を使用して観光客向けに特化した列車はいろいろあります。各地のJRや民鉄で運転されている「SL列車」や「トロッコ列車」、JR東日本の五能線に観光客の目を向けさせた「リゾートしらかみ」(秋田~五能線経由~青森・弘前間)、東北新幹線の全線開業とともに運転を開始した「リゾートあすなろ」(新青森~大湊間、新青森~蟹田間)などです。これらの列車も、鉄道自体を観光資源として「列車の旅」を楽しんでもらおうとしていることに変わりはありません。ただ、これらの列車は普通列車の仲間である快速列車として運転されることが多いため、観光特急とは言わないのです。ちなみにJR東日本では、これらの列車を「リゾート列車」と総称しているようです。観光特急とかリゾート列車と呼ばれる観光客主体の列車(もちろん業務や日常生活の中での移動にも使えます)をまとめて「観光列車」という言い方もされます。

 JR九州のホームページには、「観光列車」として、特急以外の列車も含めて以下の列車があげられています(2012年1月20日のニュースリリースより)。
 ○特急「指宿のたまて箱」(鹿児島中央~指宿間)
 ○特急「A列車で行こう」(熊本~三角間)
 ○特急「あそぼーい!」(熊本~宮地間)
 ○「SL人吉」(快速、熊本~人吉間)
 ○特急「海幸山幸」(宮崎~南郷間)
 ○特急「はやとの風」(吉松~鹿児島中央間)
 ○「いさぶろう・しんぺい」(普通、人吉~吉松間)
 ○特急「ゆふいんの森」(博多~久大本線経由~由布院・別府間)
   ※9月初め現在、7月の九州北部豪雨の影響で運転区間を変更したり
    一部区間で運転を見合わせている列車もあります。

 これらのうち、最初の3列車が九州新幹線の全線開業に合わせて(同時とは限りません)登場した列車(以前「SLあそBOY」という列車が運転されていたことはあります)で、その他の列車はそれ以前から運転されていました。

 すぐに気付くのは、「観光特急」とされる列車のユニークな列車名です。私は個人的には、昔からの鉄道ファンとして語呂合わせのような列車名とか長い列車名はあまり好きではありませんが、これが「観光特急」の名前と言われると、やはり一度は乗ってみたいという気持ちにさせられます。特徴ある車両デザインと合わせ、「鉄道を観光資源に」というJR九州の意気込みが感じられるとともに、列車名の付け方などそのアイデア力に感心します。ちなみにJR九州には、「ハウステンボス」(博多~ハウステンボス間)、「九州横断特急」(別府~豊肥本線経由~熊本・人吉間)、「ソニック」(博多~大分・佐伯間)といった名前の特急列車も走っています。いかにも観光利用を意識した命名と言えるでしょう。

 また、これらの観光特急、観光列車はローカル線を中心に運転されており、JR九州としてローカル線の活性化と収支改善を図ることも目的とした取り組みと言えます。

 九州観光の面から言えば、九州新幹線とこれらの観光特急・観光列車を組み合わせることにより、鉄道を単なる移動手段でなく旅行目的の大きな要素とした「列車の旅」として、多彩で魅力ある観光コースを提供できます。たった1本の観光列車というのでなく、複数の列車がいろいろなルートで走っていることも、鉄道旅行のいっそうの魅力アップにつながっているのではないでしょうか。また、これらの観光列車の利用を促進することにより、沿線観光地への観光客の増加にも貢献できます。

 実際、九州新幹線の全線開業と同時に運転を開始した「指宿のたまて箱」が観光客の高い人気を得て多くの観光客に利用され、その結果として2011年3月から2012年3月までの1年間、指宿市の主要宿泊施設の宿泊客数は、東日本大震災の影響を受けた一時期を除き、前年比で毎月2桁の伸びを続けました。最大で前年同月比74%増と驚異的な増加率の月もありました。また、九州新幹線と「SL人吉」、「いさぶろう・しんぺい」、「はやとの風」を組み合わせた「九州観光列車の旅」も、多くの旅行会社で商品化されています。

 このように鉄道自体を観光資源とし、「列車の旅」として魅力を高めることは、鉄道の利用促進と沿線の観光地への入込客増加を図る上で一つの有効な手法と言えるでしょう。特に新幹線のように観光地と大市場の時間距離を大幅に短縮するルートが開業した時の二次交通のあり方に、ヒントを与えるのではないでしょうか。

 このように話題となっている「観光特急」ですが、個人的に気になることを一つだけ挙げておきます。それは「観光特急」がまさに「特急」だからです。たとえば「A列車で行こう」は運転区間が37kmで、所要時間は約40分です。また、「指宿のたまて箱」は運転区間が46kmで所要時間は約50分です。このような短距離の列車でも、特急である以上、乗るには運賃の他に特急料金が必要です(両列車とも全区間乗って通常期は1,100円)。客観的に考えると割高感もあり、今後列車の目新しさが薄れてきた時に、特急料金が必要というマイナスを列車自体の魅力でどこまでカバーできるか、注目されます。ちなみにJR東日本の「リゾートしらかみ」は、青森~秋田間の全区間では距離が235km、所要時間は5時間前後ですが、列車種別としては快速列車なので、運賃のほかに必要な指定席料金は、どの区間を乗車しても一律510円です。

 とはいえ、「観光特急」、「観光列車」と呼ばれる列車が鉄道の魅力を高め、観光旅行の一ジャンルとして「鉄道旅行」、「列車の旅」というカテゴリーを形づくるのに一定の貢献をしていることは間違いありません。鉄道ファンでない一般の観光客に列車の旅に魅力を感じてもらうには、沿線の観光地の受入体制を含め、それなりの“しかけ”が必要でしょう。JR九州に代表される観光資源としての鉄道、列車の魅力づくりへの取り組みが、どこまで鉄道の利用促進につながり、ひいては沿線観光地の活性化をもたらすか、引き続き注目していきたいと思います。