近代日本における旅行案内書の変遷  ~古書を活用した観光史研究から見えてくるもの~  [コラムvol.344]

2017.05.01

観光文化情報センター 主任研究員 福永香織

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 2016年10月に移転・リニューアルした旅の図書館は、新たなコンセプトを「観光の研究や実務に役立つ図書館」としています。特徴として、「独自の図書分類の構築と専門性・希少性の高い蔵書の公開」「知見やネットワークを共有する観光の研究・情報プラットフォームの構築」などを掲げていますが、稀少性の高い蔵書の一つとして、主に1880年代から1940年代に発行されたガイドブックや観光政策、観光産業などに関する古書・稀覯書(約2300冊)があります(図表1)。

 日本では近世においてすでにさまざまな旅行案内書が出版されており、明治期の近代を迎え、旅行スタイルの変化(徒歩から鉄道へ)や印刷技術の変化(木板から銅版、石版、活版へ)などにより、旅行案内書そのものにもさまざまな様相がみられました。

 こうした旅行案内書の変遷をたどるべく、3月2日(木)、関西学院大学文学部教授の荒山正彦先生をお迎えし、第8回たびとしょCafe「近代日本における旅行案内書の歩み」を開催しました。今回はその一部をご紹介しながら、観光研究において古書を紐解く意義を考えてみたいと思います。

図表1 「旅の図書館」所蔵の古書・稀覯書の概要

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交通網の発展とともに進化した旅行案内書

 荒山先生によると日本では近世においてすでにさまざまな旅行案内書が出版されており、明治から戦前までの間に出版された旅行案内書は1000点ほどに及ぶのではないかとのことです。時代によってその特徴は異なり、徒歩での旅行がメインであった江戸時代は、街道図や街道沿いの名所、宿場の場所、名物、距離などを記した「道中記」や、名所を図で表した「名所図会」が旅行案内書の役割を担っていたようです。

 1880年から1900年頃にかけて全国の鉄道網が整備され、旅行の移動手段として鉄道が使われるようになってくると「道中記」や「名所図会」のスタイルを引き継ぐ形で、私鉄による旅行案内書が出版されるようになります。国(官営鉄道)が旅行案内書を出版するようになるのは組織が拡大されてからのことですが、1924年に出版された『鉄道旅行案内』に代表される、横帳形式で、文章と鳥瞰図が組み合わさったスタイルは日本独特の鉄道旅行の案内書として定着し、その後、多く世の中に出回りました。鉄道旅行案内としては、満州や樺太といった外地植民地を案内したものも日本語で多く出版されている他、日本をブロック別にわけて案内した『日本案内記』(1929年~、鉄道省)や、特定のテーマに特化した鉄道旅行案内書として『温泉案内』『神まうで』『お寺ゐいり』『花と郷土』なども出版されました。

 ところで、時刻表が書物として出版されはじめるのは1894年からで、当時は時刻表のことも旅行案内と呼んでいました。国内はもちろん満州や朝鮮などの外地植民地の時刻表も出版されており、これらを見ると、東京からパリまで船と鉄道を使って約2週間で行けたことや、東京駅でパリまでの切符が買えたこと、朝鮮半島で運行していた朝の急行列車が「のぞみ号」、夜行列車の急行列車が「ひかり号」という名前だったこともわかります。

 鉄道に加え、日本の近海航路やヨーロッパ、アメリカまでの外国航路が開設されると、日本郵船や大阪商船といった船舶会社によって、大陸や世界一周を旅行する案内書なども出版されました。

 1912年に旅行斡旋をおこなうジャパン・ツーリスト・ビューローが設立されると、目的地への交通手段と費用、時間、旅程案が書かれた『旅程と費用概算』(1920-40)が出版されました。同本は、地域別に分割した『ツーリスト案内叢書』(のち『東亜旅行叢書』→『旅行叢書』)、『新旅行案内』『最新旅行案内』『JTBポケットガイド』へとつながっていくことになります。

図表2 近代の主な交通整備と発行された「名所図会」「道中記」「鉄道旅行案内書」の例

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資料:荒山正彦先生の講義を元に筆者作成

成立過程の異なる日本と海外のガイドブック

 ところで、海外のガイドブックと比べると、日本のガイドブックは写真やイラストが多用されている点が特徴です。その背景には、旅行案内書の成立課程の違いがあるようです。海外の旅行案内書として代表的なベデカー(ドイツ)やマレー(イギリス)が出版された1820~30年頃、ヨーロッパでは鉄道がまだ整備されておらず、旅行は富裕層が馬車や船などを使って行くものでした。その時のアカデミックな旅行記録などがガイドブックの元になっていたため、教養がなければ読み解けない部分が多く、知識人に愛用されていた歴史があったようです。

 一方で、日本では旅行は庶民にもなじみ深いものであったため、より多くの人が楽しめるように、絵や地図を多用した体裁が旅行案内書のベースになっていました。そのスタイルが現在のガイドブックまで受け継がれているといえます。

観光史研究から得られるヒントを今後の観光政策にどう活かすか

 たびとしょCafeの参加者の皆様からは、「観光以外の分野からこういった研究がされていることは知らなかった」、「海外ガイドブックの編集を担当していたが、日本人がどのように旅行先の情報を得ていたかという歴史がわかって大変有益だった」「観光史研究はこれからの研究テーマであると思うので注目したい」といった感想が寄せられました。

 旅行案内書を例にとってみても、日本人の旅行スタイルの変遷はもちろん、旅行需要拡大に向けた国の取り組み、ビジュアルが多い日本独特のガイドブックの形成過程、出版技術の発展が観光に与えた影響など、さまざまなことが見えてきます。

 図表1にある通り、旅行案内書以外にも当時の観光政策や観光産業がわかる資料は多く存在しています。これらの資料を用いた複合的な研究をおこなうことにより、改めて発見できることも多く、今後の地域ないしは日本全体の観光政策を考えていく上でも多くのヒントが得られるのではないかと感じています。一方で、歴史研究から得たヒントをどのように今後に活かすかという点については、まだまだ研究の余地があるのではないでしょうか。

 当館では、今年度より古書に関する自主事業を開始する予定です。観光の研究や実務に古書を活用していただけるよう、より良い状態での古書保存方法の検討や書誌情報の整理、先行研究の整理などから着手していきたいと思います。

参考

「シリーズ明治・大正の旅行 第1期 旅行案内書集成 第1巻」,ゆまに書房,2014年
「シリーズ明治・大正の旅行 第1期 旅行案内書集成 第5巻」,ゆまに書房,2014年
『旅の文化誌 ガイドブックと時刻表と旅行者たち』,中川浩一,伝統と現代社,1979年

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