Wildlife Tourismと野生動物観光 – 国内における実践の事例 [コラムvol.468]

本コラムは全2回のうちの2回目である。

前稿では新たな旅行形態の一つとなっているWildlife Tourismについて、国際的な概況と潮流を整理した上で、そこにどのような観光者のまなざしが注がれているのかを論じた。その要旨は下記の通りである。論の詳細や具体の数値等については、該当記事を参照されたい。

  • Wildlife Tourismは、野生動物観察の体験が重要な動機となる観光である。狩猟や釣りといった消費型の体験は含まれず、動物観察や生息地での滞在体験といった非消費的な観光活動に限定される。
  • Wildlife Tourismは世界的な成長市場とみなされている。観光産業としての経済効果や雇用の創出だけでなく、生じた便益を活用した野生動物の保護や生息環境の保護、密猟の排除といった効果も期待される。
  • Wildlife Tourismに向けられる観光者のまなざしは成熟しつつあり、単に珍しい動物を見たり触ったりできるかではなく、観光の対象となる動物について、真正性が担保されているか(例:動物が野生に近い状態に保たれているか)、倫理的であるか(例:動物の行動を変容させる行為や、収奪的な利用が排除されているか)、持続可能な関わり方ができるか(例:自分が体験プログラムや観察ツアーに参加することで、その動物の保護や生息地の保全に資するか)といった評価の軸が導入されつつある。
  • 国連世界観光機関(UNWTO)が提唱する「持続可能な観光」の実践に求められる要素は、Wildlife Tourismにもフィットするものであり、世界水準のWildlife Tourismは持続可能な観光として行われることが望ましい。

なお、前稿ではWildlife Tourismに対応する語として「野生動物観光」を挙げた。これは2019年度から2020年度にかけて実施された環境省補助事業における表現である。その後、環境省が2021年3月に公表した事例集(※1)では「野生生物観光」の語が用いられている点、あわせてここで紹介する。

本稿では、日本国内におけるWildlife Tourismの事例として、小笠原ホエールウォッチング協会(OWA)によるホエールウォッチングの事例を紹介する。

小笠原村の基礎情報と観光の展開

小笠原村は東京都の南方およそ1,000kmの太平洋上に分布する、30余の島嶼から構成される基礎自治体である。一般住民の居住する島は父島と母島の2島で、2022年1月末時点の人口は2,581人(※2)である。

小笠原村とその周辺海域は、一部の島嶼(※3)を除き小笠原国立公園に指定されており、陸域面積6,629haに加えて、779.5haが海域公園地区となっている。2011(平成23)年6月には「小笠原諸島(※4) 」が世界自然遺産の登録を受けた。2016(平成28)年にはエコツーリズムを推進する組織として「小笠原エコツーリズム協議会」を設置、『小笠原村エコツーリズム推進全体構想』を作成・申請し、エコツーリズム推進法に基づく認定を受けている(※5)。

小笠原村への主たるアクセスとして東京都港区(東京港竹芝埠頭)と父島(二見港)を結ぶ定期航路があり、現用の船舶は3代目「おがさわら丸」である。また、所要時間は片道およそ24時間である。就航日程の関係から、観光客の旅程は往路の船中で1泊、小笠原村内に3泊、復路の船中で1泊、計5泊6日の行程が基本となる。

定期航路以外の来訪経路としてクルーズ船がある。大半が国内のクルーズ船であり、2016(平成29)年度には13便のクルーズ船が寄港し、同年度の小笠原村への入込客数29,766人に対して、4,775人の観光客が来島している(※6)。また本土と小笠原諸島を結ぶ小笠原航空路に関して、2018(平成30)年時点では父島須崎地区の活用について集中的な検討が進められている(※7)が、現時点で航空便の運行はなされていない。

域内交通について、有人島である父島(二見港)と母島(沖港)は、定期航路で接続されている。所要時間は片道およそ24時間である。両島以外の無人島および周辺海域は、民間の船舶により不定期にアクセスが提供されている。

小笠原村への観光入込客数は、2004(平成16)年度から2010(平成22)年度まで、およそ2万人から2.3万人の間で推移してきた。2011(平成23)年には世界自然遺産登録を契機として入込客数は増加し、同年度には32,376人、翌2012(平成24)年度にはピークの39,564人に達した。翌年度からは減少に転じ、2015(平成27)年度に25,214人を記録した後、2019(平成31・令和元)年度まで、およそ2.8万人から3.2万人までの範囲で推移している(※8)。

  • (※2)小笠原村Webページ:https://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/,2022/01/30 最終閲覧
  • (※3)硫黄島、南硫黄島、沖ノ鳥島、南鳥島が国立公園区域外。なお南硫黄島は、1972(昭和47)年の当初指定時点では国立公園区域に含まれていたが、1975(昭和50)年の原生自然環境保全地域指定に伴って除外。
  • (※4)聟島列島、父島列島、母島列島、硫黄列島のうち北硫黄島と南硫黄島、西之島。ただし父島と母島については集落地等を除いた陸域と、周辺海域の一部。
  • (※5)立入制限などの保護措置の対象となる「特定自然観光資源」については、指定なし。
  • (※6)小笠原村調べ。国土交通省 小笠原諸島振興開発審議会 配布資料掲載図の数値を参照。
  • (※7)国土交通省(2018): 第95回小笠原諸島振興開発審議会配布資料, 資料3-2 小笠原空路に係る検討状況 / 東京都総務局行政部(2021): 小笠原空路の検討状況について
  • (※8)小笠原村調べ。国土交通省 小笠原諸島振興開発審議会 配布資料掲載図の数値を参照。

小笠原におけるホエールウォッチング

小笠原村における代表的な野生動物観光の一つに、クジラ・イルカのウォッチングがある。小笠原諸島近海では例年、冬から春にかけてはザトウクジラ、夏から秋を中心にマッコウクジラ、ミナミハンドウイルカやハシナガイルカについては通年の観察が可能であり、年間を通じて誘客が可能なコンテンツとなっている。やや古いデータとなるが、クジラ・イルカウォッチングへの参加者は1999年時点で年間延べ12,000人、関連産業への直接経済効果を年間4億3,600万円とする報告(※9)があり、経済面でもその影響は大きい。同地におけるホエールウォッチングを統括する団体が、小笠原ホエールウォッチング協会(Ogasawara Whale Watching Association 以下、本稿ではOWAと表記)である。

OWAはホエールウォッチングに関する自主ルールの運用、鯨類に係る調査研究、観察会や船内レクチャー等の普及啓発活動、ガイドの育成と教育を行う一般社団法人(※10)である。小笠原村内の宿泊・飲食物販施設、アクティビティ事業者等が加盟するほか、村内外の個人・法人がサポーター会員として参加することができ、会員は一部の加盟店で割引などの優待を受けることができる。事務局には設立当初から自然科学系の研究員が配置され、学術的な知見に基づく調査研究や情報発信を行っている。

1988(昭和63)年、小笠原諸島の返還20周年記念事業として、日本で最初のホエールウォッチングが小笠原村で実施された。OWAは翌1989(昭和64・平成元)年に発足し、同年から小笠原における事業としてのホエールウォッチングが開始された。この時点でホエールウォッチングに係るルールが『WWの手引き』として整備され、以降2度の改定を経て、現在まで運用されている。

現行のルールは1997(平成9)年1月に改定された『小笠原ホエールウォッチング協会自主ルール(※11)(以下、本稿では「自主ルール」と表記)』であり、「小笠原海域においてホエールウォッチングを行う際に、小笠原のみならず日本全体の自然資源である鯨類の自然な行動を妨げないと共に、鯨類の生息環境を守ること」を目的としている。内容はアクティビティ商品としてホエールウォッチングを提供する事業者向けのルールであり、ホエールウォッチングを行う船舶や飛行機・ヘリコプター等が、ルールの適用対象となる鯨類に接近する際の操船や運行に関する禁止行為等が定められている。

  • (※9)財団法人海事産業研究所(2003): 離島航路事業の高度化及び離島におけるエコツーリズム振興に関する調査研究報告書: p20 なお、同報告では「関連産業」をウォッチング船乗船料、宿泊代、飲食代、おみやげ物代としている。
  • (※10)2011年04月に一般社団法人化。同月以前は任意団体として活動。
  • (※11)小笠原ホエールウォッチング協会Webサイト: http://www.owa1989.com/watching/rule,2022/01/31 最終閲覧

着目すべきポイント

野生動物を含む所与の自然資源を適切に保全しつつ、地域(着地側)が魅力的なWildlife Tourismをいかに展開するべきかという視点に立ち戻ると、小笠原におけるホエールウォッチングの事例から学ぶべきことは多い。その中でも筆者が特に着目すべきと考えるのは、以下の2点である。

1)自主ルールの位置付けと運用の手法

前提として、小笠原には小笠原国立公園としての規制(自然公園法)、世界自然遺産としての規制(保護担保措置と管理計画に基づくアクションプラン)など、主として行政による規制や行動計画等が存在する。これらは基本的に任意のエリアに対して網をかける手法であり、エリア内でのゾーニングに基づいて利用者の行動を制限したり、行うべき取組を定めたりするものと整理される。一方で、自主ルールはホエールウォッチングという行為に対して網をかける手法であり、行政等による他の規制とは異なる軸から、相補的に機能する構造となっている。

野生動物観光において対象となる資源は基本的に無主の動産であり、またフィールドも広範囲に及ぶことから、単一の主体のみで事業が簡潔することは稀であり、公・民・地域など複数の主体が参画する共同・協働関係の中で事業が行われることが多い。この場合、それぞれの主体(が設定する規程やルール)が何をコントロールし、どのように役割を分担するのかという点の整理が必要となる。

以上を踏まえて、小笠原においては「民」の範囲で定められた自主ルールの中身に着目すると、船舶の規模に応じてクジラ周辺の進入禁止水域や原則水域を定めるなど、端的ながら具体的な内容となっている。

図 『小笠原ホエールウォッチング協会自主ルール』の一部(※12)

対象動物の鑑賞や動態観察をコンテンツの肝とする野生動物観光において、対象にどれだけ近付けるかは参加者の満足度に直結する要素であり、事業者にとっては「痛い」ところが押さえられたルールといえる。換言すれば、もしも民間事業者の自由競争に任せた場合、自然資源の過剰利用による価値の毀損(この場合は船舶の過剰な接近による鯨類の行動変容など)が生じる可能性がある要素について、踏み越えてはならない基準が自主ルールとして整備されている。

このようなルールの運用は、対象となる資源(野生動物)の保全 ―― もう少し積極的な表現をするならば、持続可能な利用 ―― に寄与するが、それだけでなく、観光の対象となる資源への関わり方が具体的に定められていることで、商品としてのツアーやアクティビティの質、すなわち冒頭で触れた「倫理的であり、持続可能な関わり方であるか」をも担保する点に特徴がある。

なおOWAは、同会に加盟する事業者には自主ルールを守る義務を課し、会員以外の事業者に対しては、自主ルールの遵守を要望している。2018(平成30)年時点で、小笠原村観光協会に所属する事業者は21社、OWAの加盟ウォッチング事業者は14社である(※13)。加盟する事業者の一覧は、OWAのwebサイトにて「OWA加盟船」として公開される等、各主体の協働関係(パートナーシップ)の中で、地域が総体としてルールを守るための仕組み、より率直に言えば、商業的にWildlife Tourismを行う事業者や個人に、ルールを守らせるための仕組みが構築されている。この点については次項にも関係するため、ここでは一旦論を進めたい。

2)観光客を巻き込む工夫

以下に挙げる画像は、『小笠原ルールブック(※14)』のうち、ホエールウォッチングとドルフィンウォッチング・スイムに関する2ページを抜粋したものである。なお、OWAはホエールウォッチングのほか、ドルフィンウォチング・スイムに関する自主ルールの運用にも携わっている。

図 『小笠原ルールブック』におけるホエールウォッチング等に係るルールの解説

小笠原ルールブックは小笠原エコツーリズム協議会が発行する34ページの冊子であり、小笠原諸島に関わる法令・ルールと適用範囲を示す地図のほか、主要な生物の写真と特徴、関係団体の連絡先等が掲載されている。説明やイラストは平易なものが用いられ、また小笠原自然情報センターWebページ(※15)では「小笠原を訪れる方へ」として本冊子を紹介していることから、ルールブックは観光客、とりわけ小笠原初心者の観光客向けに作成された媒体であることが分かる。

冊子の内容のうち、例えば「ウミガメのナイトウォッチではライトで足元だけを照らす」、「ヤコウタケの見学時には車を十分手前で駐車しエンジンとライトを切る」等のルールは、観光客に直接周知すべき事項である。一方で、ホエールウォッチングやドルフィンウォッチング・スイムに関しては、そこに参加する観光客を単なる消費者、あるいはサービスの受益者とみなすのであれば、ルールの内容を観光客に伝達する必要性は低い。クジラに接近可能な水域や、群れにアプローチできる船の隻数などは、船舶を操縦する事業者が把握・遵守すればよい事項であり、乗船する観光客には関係がない(関与できない)部分であるので、極論すれば「船上では船主の指示に従って下さい」とだけ記載しておけば用は足りる。しかしながら、小笠原では冊子を始めとした媒体の作成・配布に要するコストを負担してでも、地域において是認され、共有されているルールや価値観、考え方の全体像を観光客にも提示し、巻き込んでいくための仕組みが構築されている。

小笠原村では同ルールブック以外にも、「観光客を巻き込んでいくための仕組み」が複数展開されている。一例を挙げると、東京港竹芝埠頭から二見港へ向かう(本土からの観光客にとっては往路便にあたる)おがさわら丸では「船内レクチャー」の時間が設定されているが、ここでは時期により、専門ガイドによる「船内クジラレクチャー」が実施される。また小笠原村への到着後にも、OWA研究員がクジラに関する短時間のレクチャーを実施する等の取組が行われている。これらの取組は、ホエールウォッチングに参加する観光客だけでなく、ウォッチングに参加しない観光客も対象として想定されている点が特徴的である。

図 村内の展望台で、OWA研究員がザトウクジラの生態に関するレクチャーを実施する様子(※16)

このような仕組みの効用は、第一には観光客の満足度の向上である。自身の観光が地域の提示する持続可能な方法(ルール)に準じていることを理解し、実際にそのような方法に基づいた体験を享受することは、地域に対して「珍しい生物を見物に来た消費者」以上の関わり方を求める ―― Wildlife Tourismの文脈においては理想的な ―― 観光客の需要に応えるものといえる。満足度の向上の先にあるものは、消費単価や再訪率の向上による、経済的・社会的持続性の確立である。

また、本田ら(2006) (※17)は小笠原村を事例とした報告において、よそ者としての観光客が「単にお金を落とす存在である『お客さん』や『コントロールすべき対象』ではなく、業者が環境に配慮しているかどうか監視する重要な役割」を担うことができる可能性を指摘している。観光客を地域のルールに巻き込んでいくための仕組みの構築は、ルールそのものの持続性(実効性)や、観光対象となる資源の持続性にも寄与し得るものと考えられる。

  • (※12)小笠原ホエールウォッチング協会Webサイト:http://www.owa1989.com/news/4076.html,2022/01/31 最終閲覧
  • (※13)小笠原エコツーリズム協議会(編)(2015): 小笠原ルールブック 平成27年度版(以降、出所同じ)
  • (※14)令和元年度自然公園制度のあり方検討会 利用のあり方分科会(第1回)参考資料3
  • (※15)小笠原自然情報センターWebページ: http://ogasawara-info.jp/mamorutamenorule/mamorutamenorule.html, 2022/01/31最終閲覧
  • (※16)例年2月頃から4月頃まで、定期船入港日の夕方に30分程度実施。
  • (※17)本田裕子, 西口元, 山崎麻里, 柴崎茂光, 永田信(2006): よそ者としての観光客が野生生物の観光利用に果たす役割 – 東京都小笠原村を事例に – : 林業経済59(4), pp1-12

まとめと補足

本稿ではOWAによるホエールウォッチングを題材として、日本国内における野生動物観光(野生生物観光)を世界水準のWildlife Tourismとして行うために有効と考えられる方策を、地域内の仕組みづくりの視点から検討した。特に着目すべき点として、地域主導によるルールの構築と運用と、観光客を巻き込む工夫について述べた。この他、本稿では十分に言及できなかった内容についても、簡単に補足したい。

まず、とりわけ前述の2点目(観光客を巻き込む工夫)の実践にあたっては、地域の資源と観光客との間に立ち、インタープリテーションを担うガイドの存在は不可欠である。ここでは、ガイドの職能をどのように担保・育成するかという視点に加えて、職業(生業)としてのガイドをどのように維持するかという視点が求められる。当財団の調査報告や出版物に、ガイドについて扱ったものが一定数蓄積されているので、参照されたい。

また本稿では、小笠原村で提供されているホエールウォッチングの具体的な内容(ツアー商品の設計や料金設定など)について、詳細を述べなかった。その理由は、筆者が小笠原という地域についても、またホエールウォッチングという旅行商品についても「初心者」であり、地域内の仕組みよりも現場側の領域について、充分な比較や分析ができなかったことによる。この点は書き手としての不明をお詫びするところであるが、OWAは事業を行う上で踏み越えてはならない基準を示した自主ルールとは別に、その一段階先、「観光商品としてのホエールウォッチングの魅力をどのように高めるか」についての提言集を公表しているので、こちらも参照されたい。

小笠原ホエールウォッチング協会
ホエールウォッチングファンを増やすために [ 5つの提案 + 1 ] – 小笠原をケーススタディとして –

また敢えて申し上げるならば、小笠原におけるWildlife Tourismに興味を持たれた際には、ぜひ現地に足を運び、実際のツアーを体験頂ければと思う。百聞も届かぬ一見と、百考を積んでも及ばぬすばらしい一行を得られるだろう。