❺株式会社ものべみらい/一般社団法人物部川DMO協議会
活性化に必要な3つの要素、事業会社の位置づけの明確化、地域金融機関の協力、人材の確保と育成。

1 ミッションは地域経済の活性化
高知県南国市と香南市、香美市は3市を合わせて物部川地域と呼ばれている。徳島県との県境付近にある源流から、山間の渓谷地帯を経て土佐湾に至る物部川の流域エリアだ。
この地域における経済の活性化をミッションとしている組織がある。2016年9月に設立された「株式会社ものべみらい」である。主に観光や農業関連の事業を担うほか、物部川DMO協議会とともに観光地域づくりに取り組んでいる。
物部川地域は農業が盛んで、ミカンやニラ、ゆず、桃、メロン、トマト、シシトウなど、全国レベルのブランド作物を有している。米も主力作物で、7月に収穫が始まる超早場米が有名だ。
観光スポットも多く、アンパンマン作者のゆかりの地に立つ「香美市立やなせたかし記念館アンパンマンミュージアム」、日本三大鍾乳洞である「龍河洞」、トリップアドバイザーの「日本の動物園ランキング2019」で一位に輝いた「高知県立のいち動物公園」、一年中メロンを楽しめる観光農園「西島園芸団地」などがある。高知龍馬空港も当エリアに立地しており、観光スポットは空港から車で20分から
40分の範囲内に収まっている。
しかし課題も多い。農業は地域の基幹産業だが、他の地域と同様、人手不足や不安定な所得に悩んでいる。観光もポテンシャルを秘めているものの、観光スポットの中には老朽化や客足の落ち込み、地域としての面的な連携が不十分であるなどの問題を抱えているところがある。更に、それぞれの観光資源が訴求する魅力の連携がなされておらず、一体となった地域の魅力を構築できていない。こうした課題に対応すべく、ものべみらいは宿泊や飲食、体験アクティビティ、物販、そして農業などの事業を展開しながら、地域経済の活性化を目指している。
それぞれの事業はものべみらいの関連会社(以下グループ会社)が担う。グループ会社は「香北ふるさとみらい」、「龍河洞みらい」、「ヤ・シィ」、「山北みらい」の4社である。収益事業は基本的にグループ会社が事業経営を担い、ものべみらいは持ち株会社としての投資・経営管理と、観光地域づくりの指令塔となる。
メインターゲットには小さな子連れ家族(パパ・ママ・キッズ)を設定した。物部川地域には、アンパンマンミュージアムや観光農園、動物園などファミリー向けの観光資源が多い。これらを活かしながら、ターゲット向けに地域全体をテーマパークとして、デスティネーションとなり得る体験型観光スポットと、滞在型観光スポット(宿泊や飲食、買い物)の運営を行う。更に農業等の一次産業の付加価値を高める6次産業化分野の商品の開発・提供などを行い、「地域独自のストーリー」を体験価値化することでマネタイズする事業モデルを構築する。

 

2 3年で5つの事業を立ち上げ
ものべみらいは、官民ファンドである地域経済活性化支援機構(以下REVIC)と四国銀行が立ち上げた「高知県観光活性化ファンド」(3億円)による資金をベースに設立された。加えて、ファンドからの人的支援として、REVICと四国銀行から経営・マーケティング等の専門家人材をものべみらいへ派遣している。
中心的な役割を担ってきた一人が代表取締役社長の古川陽一郎氏である。
古川氏はREVICからものべみらいへ派遣された経営陣のひとりだ。元は商社マンであったが、地域や日本のためになる仕事をしたいという想いから2016年にREVICへ入社。同時に物部川地域へ派遣された。古川氏のほか、経営・マーケティング・6次産業化などを進める専門家人材として、現在、REVICから3名と四国銀行から2名がそれぞれ派遣されている。
こうしたメンバーを中枢としながら、2016年6月に物部川DMO協議会が立ち上げられた。この協議会の場で地域のステークホルダーと協議をしながら、同年8月に株式会社ものべみらいを設立。そこから3年ほどの間に様々な事業への取り組みを開始した。
まず2016年11月に株式会社香北ふるさとみらいへの出資を行い、マーケティング戦略に基づいた感動体験提供拠点の整備を開始した。続いて17年10月に株式会社龍河洞みらいを立ち上げ、体験アクティビティを提供する拠点として龍河洞のマーケティング業務に着手。18年5月には、株式会社ヤ・シィに投融資を行い、食事や買い物の拠点として、道の駅を有する海浜公園「ヤ・シィパーク」の運営支援を開始した。18年7月には、ものべみらいグループの中核事業として香北ふるさとみらいが運営する体験型宿泊施設「ザ・シックスダイアリーかほくホテルアンドリゾート」がオープン。19年7月には、洞窟内での新たな演出を加えて、龍河洞がニューオープンを果たした。また、地域の農業における担い手課題の解決と地域商社事業等を展開する組織として、19年6月に株式会社山北みらいを設立している。
それぞれ、地域での協議から合意形成、組織の設立、事業の立ち上げまでを順番に進めてきた。

 

3 ものべみらいグループ各社の取り組み

それでは、グループ各社の事業について紹介する。

① 最初の一歩 「株式会社香北ふるさとみらい」
「株式会社香北ふるさとみらい」は、香美市立の宿泊施設やキャンプ場、健康センターと、高知県立の青少年の家を運営している。施設を所有しているのは香美市や高知県で、香北ふるさとみらいは指定管理者として運営にあたる。
このうち、特に重要な位置づけとなっているのが宿泊施設「ザ・シックスダイアリーかほくホテルアンドリゾート」(以下「6th Diary」)である。同施設は以前まで、官民によって設立された「株式会社香北ふるさと公社」が運営を担っていたが、客足の低迷により閉館状態に追い込まれていた。そこで、市が保有する公社の株式の大部分をものべみらいへ売却することで民営化し、「香北ふるさとみらい」として再出発を果たした。
「6th Diary」はアンパンマンミュージアム(香美市立やなせたかし記念館)に隣接しており、子供連れのファミリー層を主なターゲットとしている。内部は、ところどころにやなせたかし氏の作品世界を表現したデザインを施し、角のないテーブルや子供向けのアメニティ、キッズスペースの設置など、小さな子供がいても安心できる工夫がなされている。また、レストランでは家族にやさしい季節のメニューが用意されているなど、ファミリー層のニーズに合わせたサービスを提供している。香北ふるさとみらいは、グループの中でも中枢を担うマーケティング会社としてターゲットとするゲストのインサイト(潜在的欲求)をいかにして叶えるかという視点を常に意識している。
まずは「どういう気持ちになってもらいたいか」という視点でサービスの設計を行い、次にそのサービスをいかにして届けるかという視点でハード(建物や備品)と商品を設計する。こうした手法に基づき「6th Diary」では、季節毎の消費者の志向に合わせたその時期ならではのサービスの提供やプロモーションを行う。開業から1年時点で、OTAサイト等でも高評価を獲得する結果となっており、ものべみらいグループの最初の一歩として大きな自信につながった。
このほか、「日ノ御子河川公園キャンプ場」と「香北青少年の家」の運営も担っている。「6th Diary」と合わせて、グループや団体での利用も可能な施設として、物部川地域の重要な感動体験提供型の観光・宿泊拠点として位置付けられている。

 

② 観覧型から体験型への転換を目指す「株式会社龍河洞みらい」
「株式会社龍河洞みらい」は、龍河洞を、従来の観覧型スポットから体験型スポットに転換すべく、龍河洞の運営支援やマーケティングを担っている。
龍河洞は国の天然記念物及び史跡に指定されている1億7500万年前の鍾乳洞で、博物館や珍鳥センター、土産店などの商店街を有する複合的な観光スポットだ。1970年代には年間約100万人の観光客が訪れた高知県の一大観光地であったが、施設の老朽化とともに客足が落ち込み、近年では年間約10万人程度の入込となっていた。
2016年から関係者や地域住民、県、市などによる「龍河洞エリア活性化協議会(旧龍河洞まちづくり協議会)」を立ち上げ、リニューアルプロジェクトが始動した。龍河洞みらいは、こうしたプロジェクトの推進役として、龍河洞の保存・管理を行う「公益財団法人龍河洞保存会」とものべみらいの出資により設立された。

役割は主にコンテンツ開発やプロモーションで、龍河洞を体験型スポットに転換すべく、洞窟内で龍河洞が有する世界観を「心の深いところ」への冒険体験に誘うプロジェクションマッピング、来訪者の世界観への没入を手助けする照明・音響による演出、洞窟内をガイドとともに探検するコースの拡充、高知大学地域協働学部の実習学生が主体となる休憩所カフェの企画・運営等に取り組んでいる。また「龍河洞エリア活性化協議会」では老朽化した博物館や商店街などを一体的にリニューアルする企画も検討される等、龍河洞を中心とした周辺集落全体の活性化に向けた機運が高まっている(2019年10月時点)。

 

③ 海の観光拠点へ「株式会社ヤ・シィ」
「株式会社ヤ・シィ」は、官民の出資によって2001年に設立された組織で、香南市の海浜公園「ヤ・シィパーク」と「道の駅やす」の運営を担っている会社である。
ヤ・シィパーク内には、海水浴場や多目的広場、BBQサイト、観光情報センターと、道の駅やすが立地している。年間30万人以上の来場者がいるものの、それらを十分な消費につなげることができておらず、昨今の海水浴離れのトレンドもあり、近年は経営に苦労していた。そこで立て直しを図るべく、ものべみらいからの投融資と経営者の派遣を受けた。
2018年には直営店舗であるアイスバー専門店のビーチサイドレストラン化を果たした。こうした経営改善を図ることで収益を確保しつつ、今後はキャンプを中心としたアクティビティなどの新たな体験型コンテンツを展開することで、海の観光拠点化を目指す。

 

④ 農業の課題に真正面から斬り込む「株式会社山北みらい」
ここまでが主に観光事業を担っているグループ会社であったが、「株式会社山北みらい」は農業をメインとした事業会社である。同社は「地域就農」というミッションを掲げ、人手不足と所得の安定化という農業の課題に対して真正面から斬り込むアイディアで事業を展開する。
物部川流域3市の一つの香南市は、山北地区のミカン栽培などを中心に農業が盛んな地域だが、人手不足等の理由から休耕地が市全体で100 ha近くにまで広がっていた。ミカンは収穫期の約1か月間が最も忙しく、集中的に人手が必要となるため、この時期に人手を確保できない農家は生産を諦めざるを得ない。こうした状況がますます後継者不足に拍車を掛けるという悪循環に陥っていた。しかし問題の本質は単なる人手不足だけではなく、人材の融通が利かない点にもあった。例えばミカンの収穫期は秋、トマトは夏であり、品目によって人手が必要となる時期は異なっている。異なる品目を扱う農家同士で人材のやり繰りができれば、人手不足を解消できる可能性がある。
「地域就農」というアイディアは、こうした課題を逆手に取ることで、地元香南市との議論の末に生まれた。新規就農者に、特定品種の農家ではなく地域そのものに就農してもらうモデルだ。
まずは地域おこし協力隊制度を活用することで新規就農者を募集する。就農者は、山北みらいで管理委託を受けた休耕地でのミカン栽培に取り組むが、ミカン栽培の農閑期には地元ワイナリーのブドウ圃場やトマトなどの他品種農家にも出向く。就農者への技術的な指導はJA等の生産者が行い、最終的には独立した生産者として地域に就農する流れだ。
山北みらいが生産における課題解決を担う一方、流通・販売における課題解決はものべみらいと連携して行う。
流通・販売における課題に直結するのが、農家の所得向上と安定化である。
従来型の市場を通した流通構造では中間マージンの幅が厚く、どんなに頑張っても農家の所得向上には限界がある。
そこで生産者と消費者をダイレクトにつなげる取り組みを展開する。試験的に実施しているのが、地方の小売店に直接卸すリージョナルtoリージョナル(地域から地域へ)の取引で、青森県や和歌山県の大手スーパーチェーンや地域商社と連携している。
こうした農業の取り組みをメインとしながら、今後は果物の収穫やジュースづくりなど、体験メニューの構築にも着手することで6次化商品の提供を目指す。
取り組みの基盤となるのが、官民による農業活性化ネットワークである。
流通が絡む取り組みであるため、多くの関係者の参画が必要となる。このネットワークにおいて、ものべみらいと生産者(JA高知県 露地みかん部会・果樹女性部会)による出資で山北みらいが設立された。このほか、香南市やJA高知県、ワイナリーを営む井上石灰工業株式会社と連携している。

 

4 地域とものべみらい
このように、ものべみらいは様々な事業を通じて、観光と農業における課題を解決しながら、地域経済の活性化に向けて奮闘している。ただしこれらの事業は、地域側の理解や協力、支援がなければうまく進めることができない。地域のステークホルダーも、それぞれが観光地全体として目標に向けた取り組みを推進する必要がある。
そのために地域をつなげる接着剤のような役割でとりまとめているのが「物部川DMO協議会」である。協議会は自治体や観光協会、商工会、教育機関のほか、観光施設やエアラインなどの民間企業が参加している。任意団体でスタートしたが、旅行業の着手と観光庁の日本版DMO法人登録を睨んで2019年3月に一般社団法人化した。協議会自身が、DMOとして地域のマーケティング、情報発信や旅行商品造成・セールス事業を担う(旅行商品事業は、地域にとって必須の取り組みであるものの、収益事業として自立的に経営を行うことが困難であるため、公益事業と位置付けている)。このように、公益事業をDMO協議会、収益事業をものべみらいが担うという形で、両輪が駆動することで物部川地域の観光地域づくりモデルが構築されている。
また、ものべみらいは参謀としての役割も担う。観光と農業を活かした地域経済活性化という戦略や、子連れ家族をターゲットにした「ストーリー」の提供というコンセプトは、ものべみらいの設立以前から、四国銀行とREVIC、地域のステークホルダーが協議をしながら構築してきた。こうした戦略の構築や、ステークホルダーをまとめる役割を、ものべみらいが引き継いでいる。
協議会では現在、会員各組織による観光地域づくり体制をどう構築するかについて議論している。地域で作り上げたコンセプトを実現するためには、自治体や観光協会、各事業者もそれぞれの役割を果たす必要があり、財源確保の方法や各組織の事業計画にまで踏み込んだ議論が必要となる。協議会でのこうした議論にも、ものべみらいのこれまでの活動・実績が影響している。
ものべみらいが地域の歴史・文化・思いを具現化してきた事実とプロセスが、協議会の意識を変えつつあり、前向きな議論が活発に行われるようになってきた。

5 地域に志のある人がいるからこそ
以上の取り組みからポイントを整理
する。
1点目は、地域の協力体制における事業会社の位置づけである。例えば龍河洞の取り組みは、龍河洞を管理する龍河洞保存会と、商店街、地域住民、そして財源を持つ行政が参画する龍河洞エリア活性化協議会がベースになっており、様々な利害関係も存在する。
そこで、既存の組織が推進役となるのではなく、「龍河洞みらい」という新たな組織を立ち上げ、プロジェクトの推進業務を新組織に対して委託するという形を構築した。龍河洞みらいは、あくまで地域の組織と同じ目線で提案を行い、実行役を担う立場であり、地域側の合意形成を図りながら事業を推進できる体制となっている。
また山北みらいの取り組みも生産者側の協力が必要不可欠である。そこで、ものべみらいと生産者それぞれの出資により新会社を立ち上げ、生産者側から新会社に参画する経営陣も代表権を有する体制とした。これにより、ものべみらいと生産者が共同で事業を進めることができている。
いずれの取り組みも、このような体制に至るまでには、ものべみらいと地域側で信頼関係を構築するための地道な努力があったことは言うまでもない。
2点目が、地域の金融機関による協力である。ものべみらいグループ各社の設立にあたっては、高知県観光活性化ファンドからの資金がベースとなっているが、重要なのはファンドに参画している四国銀行の存在であった。地域経済の活性化にリスクを取って挑もうとする地域の金融機関があるからこそ、REVICによる資金や人材を呼び込むことができたと言える。また、地域の金融機関が取り組みに参画している事実は、事業者からの信頼を得るうえでも大きく寄与している。ものべみらいという全く新しい組織でも、金融機関が入っている信頼感があったからこそ、短期間で協力体制を構築できた。
3点目が、人材の確保と育成である。
取り組みが地域を経営するという俯瞰的視野で多様な地域経営資源(ヒト、モノ、カネ)のマネジメント、観光事業に関わるマーケティング戦略の立案、それに基づくサービス構築と実践、また財務や管理を担える人材を確保する必要がある。
しかし、こうした人材を地域で確保することは難易度が高い。その点でも期待できるのが、地域の金融機関か、県庁・市役所などの行政組織であるという。こうした組織から人材面を含め主体的協力を得る関係性を確立できれば、長期的に取り組みを持続させることができる。
現在のものべみらいは、REVICや四国銀行をはじめ、地域外から集結した人材が大きな役割を果たしてきた。
一方で古川氏は「地域に志を持ち、変わらなければならないと行動する方々がいたからこそ前進することができた」と言う。地域経済活性化の主役はあくまでその地域を背負っている人たちであり、そうした志のある地域の人材が「地方にいても都会と平等にチャレンジできる機会を提供できる会社にしたい。地域のために人生をかけて頑張っている人が輝けるような舞台にしたい。」と想いを語っていた。ものべみらいは、志やエネルギーのある人が、地域で自己実現をしていく未来の姿を描いている。(かわむら りゅうのすけ)

●高知県物部川地域(南国市、香南市、香美市)プロフィール
人口………………………3市合計106667人(2019年10月現在)
面積………………………3市合計790・03k㎡

●株式会社ものべみらいの概要
会社名……………………株式会社ものべみらい
代表者……………………代表取締役社長 古川陽一郎
設立………………………2016年8月
所在地……………………〒783-0004 高知県南国市大ソネ甲1705-5桜ビル2階
事業内容…………………投資事業、経営支援事業、農産物卸売・加工事業等
株主………………………高知県観光活性化ファンド、香美市、香南市、
公益財団法人龍河洞保存会