「雨の人」の気持ちで~地域の外からの視点 [コラムvol.40]

 地域づくりは人材が大きな鍵を握っている、とはよく指摘されるところです。まちや業界を引っ張っていく自治体・組織のトップ、民間企業の社長や地元の子供たち、様々な人々がそれぞれの立場で地域づくりを担っています。その人々の顔ぶれが異なるわけですから、地域の人づくり・人育てに、一つの公式はないでしょう。各地の人に目を向け、地域づくりを考えてみました。

■静かに育ち、深く根を張る「土の経営者」

 先日、ある懇親会の場で、社長を退任したばかりのある企業の会長と温泉旅館の若女将とお話する機会がありました。会長は、「企業の社長は有期だけれど、家業である旅館の経営者は、一生の仕事だから大変だね。」と若い女将さんにお話していました。一般に企業の社長は、数年間という期限の中で、強い緊張感とスピード感をもって事業に取り組み、多くの人材の中から次に社長業を継ぐ人材の見極めもしていかなくてはなりません。その数年間がいかに濃密で激務の日々であったかは、「すっかり肩の荷を下ろしたようだ」と周囲から言われる程に穏やかになった会長の雰囲気からもうかがうことができます。
 このようなサラリーマン社長よりも、より長いスパンで経営に当たるのが、旅館や商店など家業の経営者でしょう。私が「家業」という言葉を身近に聞くようになったのは、地域活性化のお手伝いのために各地の温泉地へ伺うようになってからでした。温泉旅館の多くは、代々その子ども達が継いでいきますので、程度の差こそあれ、幼い頃から「いずれはこの道へ進むのだな」と感じながら経営者となっていくようです。また、古くからの温泉地では現在でも、老舗の温泉旅館が村長や町長を出している地域があります。もちろん最終的には選挙で選出されるのですが、こうした人達は、「今はまだ若いけれど、いずれこの町を担ってもらう人だ」という期待を周りから受けて静かに育っていくように思います。
 今年の春、信州・小布施町にて老舗企業の社長からお話を聞く機会がありました。この地を訪れた葛飾北斎と当時の経営者との文化を仲立ちにした交友関係を大切に今に引き継ぎ、おいしくて美しい栗菓子や酒を生み出すとともに、地域の外の眼を取り入れて「小布施ッション」などの文化事業にも力を注ぐ家業の経営者です。”このまちで営んできた家業の歴史から学ぶ”というスタンスと、北斎の作品を町の宝とし、花や地元材で美しく整える街並みづくりなど、長期的視点に立ち、かつ創造的なお金の使い方は、かつて地域文化を支えた旦那衆のそれに通じるものを感じます。
 ただ、こうした経営者だけが地域をつくるのではありません。

■地域に吹く「新たな風」を住民の生活文化に

 人口減少社会に入り、今後は交流人口に着目した地域振興が不可欠との認識の下、全国各地で、観光や交流をキーワードに地域づくりが進められています。地域からの人口流出を食い止め、新たに外からも人を惹き付けるためには、住民自らの発想の転換による、新しい、多様な文化の創出も期待されるところです。かつての温泉地が、遠来からの湯治客(その中には文人墨客も多かった)によってもたらされた当時最新の情報に触れてまちづくりに活かしてきたように、地域外から様々な情報や価値観を持ってくる来訪者の存在が、住民に大きな刺激を与え、発想の転換を促します。
 中でも発想転換の起爆剤として注目されているのが、これまでは地域では異質とみなされがちだった若者やアーティストの力であり、最近各地でアートトリエンナーレや音楽祭の取り組みが見られるようになりました。加えて、今はまだ控えめな住民自身の文化活動とそれを支える企業メセナといった多様な主体の登場も、地域づくりの現場に期待されているところです。実際に別府温泉では、現代美術アーティストが地元の温泉旅館の経営者とともに、住民や大学生、そして全国のアーティストを巻き込みながら、まちの活性化に取り組んでいます。また仙台市では、10年以上にわたって「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」など、いくつもの音楽イベントが活発に開かれていますが、この背景には、市内にジャズ喫茶などが多く、かつては”新しい文化”であったジャズが、今では日常生活に深く根ざした文化となっていることが指摘できます。

■降って地固める「雨の人」を地域に

 地域づくりは、誰か一部の人が進める活動ではありません。一時的なものではなく、人々の気質や生活に根ざしたものでなくては長続きしないものです。
 よく言われる表現ですが、その土地で暮らし、生業を営む「土の人」と、地域の外から新たな視点を持ち込む「風の人」が、ともに進める地域づくりの活動が、これからも引き続き求められていると感じます。と同時に、風を起こして土埃を巻き上げるだけで終わっていた活動を、降ってきてその土地を固めていく「雨の人」の役割がいよいよ求められているとも思うのです。
 ある老舗温泉地のトップは、「地域の外の人に期待するのは、まず、我々地域の人間の話に、じっと耳を傾けてくれることです。外の人は自分たちの提案を”しゃべること”は得意だけれど、人の話を聞くことは苦手のようですから。」と教えてくれました。地域の外から参画する地域づくりは「雨の人」の気持ちで-この言葉を心に刻んでおきたいと思います。

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左2枚:長野県小布施町 右3枚:香川県直島