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	<title>観光政策・観光地経営 | (公財)日本交通公社</title>
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	<description>公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。</description>
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		<title>オランダの2都市から考えるクルーズ船の乗客に対する課税　[コラムvol.543]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-cruise-tax-ikeji/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-cruise-tax-ikeji</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 01:54:28 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>なぜクルーズ船の乗客に対する課税の議論があるのか 近年、ヨーロッパをはじめとする世界中の都市で、クルーズ船の受け入れをめぐる議論が活発化している。クルーズ船は一度に多数の観光客を地域に運び、大きな負荷をもたらすため、その･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h3>なぜクルーズ船の乗客に対する課税の議論があるのか</h3>
<p>近年、ヨーロッパをはじめとする世界中の都市で、クルーズ船の受け入れをめぐる議論が活発化している。クルーズ船は一度に多数の観光客を地域に運び、大きな負荷をもたらすため、その受け入れの是非がしばしば議論の対象となる。</p>
<p>もっとも、クルーズ船による負荷への対策は、受け入れるか否かという二者択一にとどまるものではない。寄港隻数や上陸人数の上限設定、到着・出発時刻の調整、港から市内への交通誘導、観光スポットの予約制、港湾インフラの整備など、複数の政策手段を組み合わせることが考えられる。</p>
<p>その中で、クルーズ船の乗客（以下「クルーズ船乗客」という。）に対する課税も、一つの対策として議論に上がることが多い。</p>
<p>この議論を考えるに当たっては、まず宿泊税等の観光税の性格を整理しておく必要がある。観光税の使途には、観光プロモーションやマーケティング、観光コンテンツの造成など、観光振興のための財源としての側面がある。他方で、観光客の来訪によって生じる道路、公共交通、清掃、混雑対策などのインフラや公共サービスへの負担を賄う財源としての側面もある。前者が観光需要を生み出し、地域経済を活性化するための財源であるとすれば、後者は、観光によって地域に生じる追加的な公共負担を、来訪者にも分担してもらうための財源である。</p>
<p>クルーズ船乗客に対する課税は、このうち後者の観点、すなわち観光によって生じる追加的な公共負担を来訪者にも分担してもらうという観点から議論されることが大半である。宿泊税が導入されている地域では、前者の観点に使途が限定されている地域を除いて、ホテル等の宿泊客から徴収された宿泊税が、地域の受入環境や公共インフラを支える財源の一部に充てられている場合が多い。他方で、クルーズ船乗客は船内に宿泊し、寄港地では数時間だけ滞在するため、通常は寄港地の宿泊税を支払わない。それにもかかわらず、上陸した乗客は、都市の道路、港湾施設、公共交通、観光案内、清掃、混雑対策といった公共的なサービスやインフラを現に利用する。このため、宿泊客との間で、観光によって生じる公共負担の分担に不均衡が生じる。実際、宿泊税の導入をめぐる議論の場では、宿泊事業者の側から、宿泊客にのみ負担を求めることの公平性を問う声が上がることもある。</p>
<p>さらに、クルーズ船乗客については、一般の日帰り客とは異なる固有の負荷もある。クルーズ船は、一度に多数の乗客を短時間で送り込むため、来訪の時間帯や場所が集中しやすい。これにより、港湾周辺や主要観光地における混雑、交通渋滞、公共交通への負荷、観光地周辺の滞留、住民生活への影響が生じやすくなる。こうした負荷は、単に日帰り客であることから生じるものではなく、クルーズ船観光の来訪形態そのものに由来する面がある。そして、こうした固有の負荷に対応するための財源として、クルーズ船乗客に対する課税を求める声が上がることになる。</p>
<h3>オランダにおけるクルーズ船乗客に対する課税</h3>
<p>宿泊税は、税率や使途を除けば各地で比較的共通するのに対し、クルーズ船乗客に対する課税の設計は、国や地域によって大きく異なる。以下では、そのうち、クルーズ船乗客がその地に「滞在すること」を捉えるオランダのアムステルダムとロッテルダムの2都市の事例を取り上げ、この「滞在」への課税という発想が、どのように制度化されているかを見ていく。</p>
<h3>アムステルダム：乗客の「滞在」に着目する制度</h3>
<p>オランダ・アムステルダムは、クルーズ船乗客に対する日帰り観光客税を採用している<sup>*1</sup>。税率は1人1日15ユーロであり、課税客体は、クルーズ船乗客が「滞在」することそのものである。課税標準は乗客が滞在した日数であり、これは接岸から出航までの日数として数えられる（滞在が数時間にとどまる場合であっても1日として課税される。）。</p>
<p>上記のとおり、この制度の課税客体は、船舶の入港や出航そのものではなく、クルーズ船乗客がアムステルダム市内で滞在することであるところ、トランジット（その都市を出発地とも到着地ともせず、航路の途中で立ち寄る）のクルーズ船乗客の滞在のみが課税対象となり、アムステルダムを出発地または到着地とするクルーズ船乗客の滞在は課税対象から除外されている。</p>
<p>この区別の背景には、観光税の対象となる「滞在」には、単なる乗降や乗継ぎを超える一定の継続性が必要だという考え方がある。条例に付された公式解説でも、乗降や乗継ぎのために短時間市内にいるだけでは、観光税の対象となる「滞在」とはいえないとされている。</p>
<p>そのため、アムステルダムを出発地または到着地とする乗客については、乗船・下船に伴う短時間の市内滞在にとどまる場合には課税対象外となる。他方で、航路の途中で寄港し、市内で一定時間を過ごすトランジット客については、宿泊を伴わない滞在として日帰り観光税の対象となる。</p>
<p>実質面でも、アムステルダムを発着地とする乗客については、乗船前または下船後に市内のホテル等に宿泊する場合が多く、その場合には通常の宿泊税の対象となる。そのため、発着地とする乗客を日帰り観光税の対象から除外しても、実質的に市内に滞在する場合（すなわち、宿泊する場合）にはその滞在が宿泊税によって捕捉・回収されるため、公共負担の分担に漏れが生じにくいという事情も、この除外を支えていると考えられる。</p>
<p>なお、この日帰り観光税は、同じ滞在であっても、自動車や鉄道で訪れる日帰り客を対象とせず、利用する交通手段によって取扱いを区別していることになる。条例に付された公式解説によれば、観光税が対象とする「継続的な滞在」に当たるかどうかは、個々人の主観的意図ではなく、客観的に判断されるべきものとされている。そして、自動車や鉄道で訪れる日帰り客一人ひとりについて、継続的な滞在に当たるかを個別に認定することは、税の執行上現実的ではない。そのため、執行可能性・確認可能性、すなわち制度の効率性の観点から、クルーズ船以外の手段で訪れる日帰り客を課税対象から外すことが正当化される、という整理がされている。</p>
<h3>ロッテルダム：乗客の「夜間滞在」に着目する制度</h3>
<p>オランダのロッテルダムは、クルーズ船上での夜間滞在に着目したクルーズ船宿泊税を採用している<sup>*2</sup>。税率は1人1泊6.10ユーロであり、ロッテルダム市内で、夜間に4時間以上連続して係留されたクルーズ船上において、乗客が有償で滞在することを課税対象としている。</p>
<p>同条例において、夜間滞在とは、21時から翌6時までの間に、クルーズ船が少なくとも4時間連続して係留される場合をいう。アムステルダムが単に「滞在」に着目するのに対し、ロッテルダムは「夜間滞在」に着目する点で設計は異なるが、乗客が一定時間その地にとどまるという「滞在」を捉えて課税する点では、両者は共通の発想に立っている。</p>
<h3>日本において</h3>
<p>日本でも、クルーズ船の受け入れをめぐる負荷の問題はしばしば指摘されており、近年はクルーズ船乗客への新たな課税を求める声も聞かれる。もっとも、現状では、クルーズ船乗客を対象とした法定外税はまだ実現されていない。</p>
<p>アムステルダムとロッテルダムに共通する特徴は、船舶の入港ではなく、乗客がその地に「滞在」することを課税客体としている点にある。この点で、宿泊税が「宿泊」という滞在行為に着目する税であるとすれば、両都市の制度も、乗客の滞在に着目する点でこれに近い発想に立つものといえる。いずれの条例でも、納税義務を負うのは、滞在の機会を提供する事業者、すなわち運航会社であり、事業者が税相当額を乗客から回収する仕組みがとられている。事業者が乗客に代わって納付する点では、宿泊施設が宿泊税を徴収・納付する構造とも近い。</p>
<p>日本においても、各地域で宿泊税の導入が進むなかで、その使途として観光振興の財源をどう確保するかという点にとどまらず、観光によって生じる公共負担を誰がどのように分担するかが議論されるようになっている。クルーズ船乗客は、その多くが寄港地では宿泊を伴わない日帰り客でありながら、日帰り客の中でも地域に与える負荷が特に大きい。このため、宿泊客との間での公共負担の分担の不均衡と、来訪が集中することによる固有の負荷の双方の観点から、負担の公平性をめぐる指摘が生じやすい。クルーズ船乗客に対する課税には、日本ではまだ先行する例がないものの、こうした視点からすれば、今後、その導入に向けた具体的な検討が始まっても不思議はない。</p>
<p>その際に、オランダの2都市の例が示唆するのは、課税客体を船舶の入港ではなく乗客の「滞在」に求めるという発想もあり得るという点である。課税客体を乗客の「滞在」に置くという整理は、日本の既存の制度との関係でも意味を持つ。港湾管理者が船舶から徴収する入港料は、「船舶の入港」を対象とするものであるところ（港湾法第44条の2）、乗客の「滞在」を課税客体とする設計は、入港料とのすみ分けを説明しやすいものと考えられる。</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>※1 「2019年日帰り観光客税条例（Verordening Dagtoeristenbelasting 2019）」<br /><cite>https://lokaleregelgeving.overheid.nl/CVDR614619/4</cite></li>
<li>※2 「2026年クルーズ船宿泊税条例（Verordening logiesbelasting cruiseschepen 2026）」<br /><cite>https://lokaleregelgeving.overheid.nl/CVDR749018/1</cite></li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-cruise-tax-ikeji/">オランダの2都市から考えるクルーズ船の乗客に対する課税　[コラムvol.543]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-tourism-workforce-yamamoto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 May 2026 04:06:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>はじめに 人口減少が進む中、日本各地の観光地で人材不足が深刻化している。観光地で働く人材が確保できないことには、来訪する観光客に対し質の高いサービスを提供できないどころか、施設や地域の存続そのものが危ぶまれる事態となる。･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/">地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>人口減少が進む中、日本各地の観光地で人材不足が深刻化している。観光地で働く人材が確保できないことには、来訪する観光客に対し質の高いサービスを提供できないどころか、施設や地域の存続そのものが危ぶまれる事態となる。</p>
<p>人材不足への対応には、大きく2つの側面があるということができる。新たな人材を地域に呼び込む「確保」と、人材を地域で育て、長く働き続けてもらうための「育成・定着」である。これらに個々の施設で取り組むことも可能だが、人手が限られる中で、施設規模も小さい事業者が単独で十分な対策を講じることは容易ではない。こうした課題には、個々の施設の経営努力に加え、地域として協力して取り組むことが有効と考えられる。</p>
<p>本コラムでは、地域として人材不足の課題に取り組んでいる3つの温泉地の事例を取り上げる。それぞれの取組から、地方観光地における人材確保・育成・定着のあり方を考えてみたい。（写真提供：熊本県観光連盟）</p>
<h3>事例① 黒川温泉　―地域として採用し、地域として育てる―</h3>
<p>熊本県阿蘇地域に位置する黒川温泉は、30軒の旅館が集まる小規模な温泉地である。黒川温泉観光旅館協同組合は、2020年以降、人材の確保と育成に組合全体として取り組む体制を整えてきた <sup>1)</sup>。</p>
<p>まず人材確保の面では、組合が取りまとめの役割を担っている。「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」<sup>2)　※2</sup>は、個々の旅館が単独で学生にアプローチするのではなく、温泉地全体としてインターンシップの募集を行う取組である。参加者は各旅館での仕事体験に加え、共通プログラムとして黒川温泉という地域そのものについて理解する時間を持つ。また採用面では、組合のウェブサイトに各旅館の採用情報が集約されており、複数旅館への応募も可能である。条件面ではなく、従業員の働き方や暮らし方、経営者の思いといった、その地域・その施設で働くことの意味が前面に出されており、「○○旅館で働きたい」という人だけでなく、「黒川温泉で働きたい」という人を受け入れられる仕組みになっている。</p>
<p>育成の面でも、組合は階層別のプログラムを用意している。新入社員が参加する「合同入社式」では、黒川温泉の歴史や地域資源に触れるワークショップを通じて、この地域で働く意義を感じてもらう。また中堅層向けには、次世代リーダー育成プログラム「黒川塾」を開催している。旅館の従業員にとどまらず、「地域の観光人材」としての視点や視座を養い、キャリア意識を醸成することを目的に、キャリアデザインの考え方、地域文化の理解、旅館の魅力づくり等に関連するカリキュラムを設定している。経営者層に対しても人材育成研修を実施し、各旅館での取組をサポートしている <sup>1)</sup>。</p>
<p>これらの取組の背景には、黒川温泉が長年大切にしてきた「黒川温泉一旅館」という考え方がある。温泉地全体を一つの旅館として捉える、地域一体での観光地づくりの思想である。料理やサービスといった個々の施設の競争領域は各旅館が切磋琢磨する一方、人材の採用・育成という、地域全体の持続性に関わる領域については、組合として面で取り組む。この役割分担が、黒川温泉の人材戦略の特徴といえる。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_1.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>黒川塾の様子<sup>※1</sup></figcaption></div>
</figure>
<h3>事例② 嬉野温泉　―日本語学校が「嬉野で暮らす入口」になる―</h3>
<p>佐賀県の嬉野温泉では、温泉旅館の敷地内に日本語学校が開校するという、ユニークな取組が始まっている。</p>
<p>この取組を進めているのは、嬉野温泉の老舗旅館・和多屋別荘である。同館の敷地内に2024年4月に開校した「ICA国際会話学院 嬉野校」は、文部科学大臣が認可した日本語学校で、アジア・中央アジアを中心とする海外人材に向けた日本語教育を提供する。学校の運営は外部法人が担うが、教室には和多屋別荘の現在使われていない宴会場を活用しており、温泉旅館と日本語学校が文字通り隣り合って存在している。</p>
<p>ただし、この日本語学校は旅館の従業員養成を目指すものではない。生徒は嬉野での就職や旅館での就職を目指して入学したわけではなく、日本語を学ぶ場所がたまたま嬉野にあったにすぎない。しかし、嬉野で暮らす中で愛着を抱く学生、学業の傍ら旅館でアルバイトをすることで旅館での就職を視野に入れる学生も現れている。学生のアルバイトは目下の人材不足の解消にもつながっており、地域にとって現在と将来の双方に意義がある。</p>
<p>当初から「嬉野で働きたい」と思っている人を集めるのではなく、まずは「嬉野で暮らし、学ぶ」という入口を地域として用意することで、結果として地域に根づく人材が育つ可能性を広げるという嬉野温泉の取組は、海外人材との接点づくりにおける一つの新たな試みといえるだろう。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_2.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>旅館の宴会場フロアを活用した日本語学校</figcaption></div>
</figure>
<h3>事例③ 草津温泉　―外国人材を「労働力」ではなく「同じ地域の住民」として迎える―</h3>
<p>群馬県の草津温泉は、人口約6,000人の規模で、年間約400万人の観光客を受け入れている、観光に特化した町である。その担い手として外国人材の存在感が年々大きくなっており、現在では町の人口の約1割以上を外国人が占めるとされている<sup>3)</sup>。</p>
<p>草津温泉観光協会DMOには、2016年に発足した人材育成部会がある。合同入社式、若手従業員と地元住民が交流する月例イベント「あつまらナイト！」、地域の観光要素や生活のヒントを盛り込んだ動画制作など、地域全体で人材を確保・育成・定着させるための取組を継続してきた。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_3.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>あつまらナイト！の様子<sup>※3</sup></figcaption></div>
</figure>
<p>近年、人材育成部会が特に力を入れているのが、外国人材との共生である。職場での外国人スタッフの受入れは進む一方で、家族（特に日本語に触れる機会の少ない母親等）の地域への溶け込み、ごみ出しなどの生活ルールの共有、食文化の違いへの相互理解といった、暮らしの場面における課題が顕在化している。同部会会長の中澤牧子氏は、外国人材を「単なる労働力の補填ではなく、ともに地域を支え地域を作る仲間」として迎える必要があると述べている<sup>4)</sup>。</p>
<p>こうした認識のもと、2025年5月には地元の旅館を会場に、地域住民・旅館関係者・行政・外国人住民らが一堂に会する多文化共生イベント「多文化共生会議 in 草津温泉」が開催された<sup>5)</sup>。母国文化の紹介や食を通じた交流が行われ、「同じ地域に暮らす住民」として顔の見える関係を築く第一歩が踏み出されている。</p>
<h3>まとめ　―人材不足対応は地域全体の課題―</h3>
<p>地方観光地における人材の確保・育成・定着は、もはや個々の施設の経営課題にとどまらず、地域全体で取り組むべき課題であるといえる。3つの事例から見えてきた、地域として人材の課題に取り組む意義・メリットを以下に挙げる。</p>
<ul>
<li>確保：旅館単体での取組では訴求力に限界があり、地域としての入り口やきっかけの作成が効果を発揮し得る。（黒川温泉のインターン・採用サイト、嬉野温泉の日本語学校）</li>
<li>育成：個々の旅館を超えたコミュニティの中で、地域文化への理解を深め、自分なりのキャリアを描いていくことが、人材の長期的な成長と定着につながる。さらに、温泉地のように事業者がまちづくりに主体的に関与する地域では、こうした人材の育成は、地域そのものを担う人材の育成へとつながりうる。（黒川温泉の地域同期構想、黒川塾）</li>
<li>定着：職場の中だけでなく、暮らしの場面における課題への対応が欠かせない。これは施設単独では対応しきれない領域であり、地域を巻き込んだ取組によって初めて成り立つ。（草津温泉の多文化共生）</li>
</ul>
<p>これらの事例に共通するのは、人材を「事業者の従業員」としてだけでなく、「地域の担い手」「地域に暮らす住民」として迎え、育て、住み続けてもらうという考え方である。このように人材を地域全体で支えるという視点に立てば、長く働き、暮らす場としての魅力を、地域全体で高めていく必要があるといえる。</p>
<p>もっとも、これらの取組によって人材不足の解決に至れるかというと、課題は多い。地方の人口減少は今後さらに進み、加えて観光・宿泊業は人手不足が構造的な課題となっており、労働条件の改善も含めた対応が業界として問われている。このように地域単位の工夫だけでは解決し切れない問題も多く、より抜本的な改革や観点の転換が求められる側面もある。海外人材を地域の担い手として迎えるという発想についても、生活基盤を長期的に支え続けられるか、子の世代の教育・進路をどう保障するかなど、迎える側の責任は重い。これらの取組はまだ始まって間もなく、長期的な視点に立ち、課題と向き合いながら継続的に検討と改善を重ねていくことが求められる。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1)	黒川温泉観光旅館協同組合「キャリアサポート」黒川温泉採用情報サイト，<br /><cite>https://www.kurokawaonsen.or.jp/recruit/support/</cite></li>
<li>2)	黒川温泉観光旅館協同組合「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」SMOUT,<br /><cite>https://smout.jp/plans/17810</cite></li>
<li>3)	全国27市区町村で外国人住民が1割超　群馬県は大泉で21.3％、草津で10.5％　工業や観光の担い手に, 上毛新聞, 2025/11/7, 上毛新聞電子版,<br /><cite>https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/803545</cite></li>
<li>4)	公益財団法人日本交通公社（2025）：「温泉まちづくり研究会2024年総括レポート」，pp.9-12,38-39.</li>
<li>5)	JICA東京高崎分室「多文化共生会議 in 草津温泉が開催されました！」JICA, 2025/6/5,<br /><cite>https://www.jica.go.jp/domestic/tokyo/information/topics/2025/1570042_67054.html</cite></li>
<li>※1 黒川温泉観光旅館協同組合より写真提供</li>
<li>※2 2025年度は「黒川温泉オープンカンパニー」として実施。</li>
<li>※3 草津温泉観光協会より写真提供</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/">地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-exhibition-fukunaga</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 21 Apr 2026 02:36:41 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=57300</guid>

					<description><![CDATA[<p>はじめに 今年は、当財団の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー（以下、ビューロー）が設立されて115年目にあたります。また、沖縄に続き、当財団2箇所目の地方事務所として「京都事務所（JTBF京都観光レジリエンス研究･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/">京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>今年は、当財団の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー（以下、ビューロー）が設立されて115年目にあたります。また、沖縄に続き、当財団2箇所目の地方事務所として「京都事務所（JTBF京都観光レジリエンス研究センター）」を立ち上げてから1年が経過しました。</p>
<p>2025年度は京都の事業者の皆様にもご協力いただき、<a href="/book/tourism-culture/tourism-culture-267/">機関誌「観光文化267号：高付加価値観光の本質」</a>を発行した他、<a href="/seminar-symposium/doukou2025/">第35回旅行動向シンポジウム「価値を創り、価値を呼ぶ 地域が主役の高付加価値ツーリズムの実現に向けて」</a>を京都で開催しました。そして、今年度は交流機能や知財のストック（旅の図書館の分館）を備えた新しい京都事務所に深化させていくことを計画しています。</p>
<p>本コラムでは、私たちがなぜ京都を拠点にして研究活動を行うのか、そして名称に掲げた「レジリエンス」という言葉にどのような想いを込めているのか。京都の観光政策のルーツを紐解きながら、ご紹介したいと思います。</p>
<h3>観光政策の礎となった京都博覧会</h3>
<p>近代京都の歴史は、未曾有の危機から始まりました。1869（明治2）年の東京奠都により、人口減少と産業の衰退という深刻な危機に直面しました。京都府参事であった槇村正直は殖産興業に力を入れ、外国人技術者の招聘や工場の整備、職業教育を目的とした学校の建設等を進めていました。こうした中で、地元の豪商であった熊谷久右衛門、三井八郎右衛門、小野善助らによって企画されたのが「京都博覧会」でした。彼らは京都府の協力の元、1871（明治4）年10月10日から33日間の会期で、西本願寺書院を会場に日本初となる「博覧会」を開催し、陳列品336点、11,211人の観客を集めました。そして終了から4日後には彼らが主体となって京都府の協力を取り付け、半官半民の「京都博覧会社」を設立。翌1872（明治5）年3月には、規模を拡大した「第1回京都博覧会」が、本願寺、知恩院、建仁寺を会場に開催されました。以降、規模や名称は変えながらも昭和初期に至るまで、ほぼ毎年開催されることになります。</p>
<h4>先駆的な外国人受入環境の整備</h4>
<p>当時、海外の博覧会の存在は福沢諭吉の『西洋事情』などで紹介されていましたが、明治初期の外国人の行動範囲は開港地や居留地に限定されており、他地域への移動には「内地旅行免状」が必要でした。そこで、京都博覧会社は1871（明治4）年12月に「外国人入京御許可伺」を政府に申請。翌年2月には許可がおりました。一方で、来訪客によるトラブルの可能性も考慮し、英国領事館は補償金を預かることでトラブル時に備えていました。また、会場内には袖章をつけた「ポリス」を配備したほか、英語の立入禁止サインを設置するなど、治安維持にも万全を期していました。</p>
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<li style="float: right;width: 30%;margin-left: 20px">
        <img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2026/04/column540_image1.jpg" alt="" style="width: 100%;height: auto;margin: 0">
    </li>
<li>
<p style="margin-top: 0 !important;padding-top: 0 !important;line-height: 1.6">
            京都に到着した外国人は、寺町四条下ルにあった大雲院（外国人応接所）に赴き、そこから宿泊施設へ案内されました。宿泊費は3段階に分かれており、公使等の貴賓に対しては知恩院等の塔頭5箇所を、一般の外国人には19の宿を用意しました。食事も神戸のホテルから料理人を招き、パン、ローストビーフ、ワイン、コーヒーといった本格的な西洋料理を提供しました。
        </p>
<p style="line-height: 1.6">
            通訳は、長崎、足羽、豊岡、大阪等から通訳官を招聘し、各会場で交代で対応にあたりました。そして1873（明治6）年には、京都博覧会を訪れた外国人のため、京都府顧問であった山本覚馬が日本で最初の英文ガイドブック『THE Guide TO THE CELEBRATED PLACES IN KIYOTO &amp; THE SURROUNDING PLACES』を制作しました。
        </p>
<p style="line-height: 1.6">
            外国人の受け入れが未知の領域であった当時、多様な組織と連携しながら、極めてきめ細やかな受入環境を構築していたことがうかがえます。
        </p>
</li>
</ul>
<h4>住民とともに作り、住民自身が楽しむ京都博覧会</h4>
<p>博覧会は国内外の集客だけでなく、徹底して「住民のため」のものでもありました。1872（明治5）年3月には市民向けの広報誌『博覧新報』を発行し、博覧会開催の意義や出品物等の情報を解説しました。博覧会は「半日の見学が十年の読書に勝る」として学校生徒の来場を促し、無料入場が制度化され、同年には女紅場（女子教育機関）の生徒7,531人が来場しました。</p>
<p>さらに、住民の参画意識を高める工夫も凝らされました。一部町内には会場周辺を清掃するための費用（清掃費）が付与された他、住民自らも「案内役」として参画しました。そして第１回博覧会からは娯楽的要素（附博覧）が追加され、今では京都の春の風物詩となっている「都をどり」の他、能の公演や花火、競馬、抹茶の提供などが行われました。また、来場した住民に紅白祝餅を配るなど、教育的側面と娯楽的側面から盛り上げる演出がなされました。</p>
<p>旧皇室典範（1889（明治22）年）によって、即位礼の一部や重要な儀式は京都で実施されることが定められますが、毎年開催された京都博覧会も大礼記念のタイミングには盛大にとり行われました。例えば、1895（明治28）年に平安遷都千百年紀念祭とあわせて開催された「第四回内国勧業博覧会」では、日本最初の路面電車が京都に開業します。この時に平安神宮が創建され、博覧会会場の跡地は岡崎公園として整備されました。また、京都の三大祭の一つである時代祭もこの博覧会を契機に開始されました。</p>
<p>このように数々の博覧会を開催し、国内外から多くの喜賓、来訪客を受け入れてきた京都市は、1930（昭和5）年に行政として初めて観光課を設置します。1932（昭和7）年には全国の観光協会等とともに日本観光地連合会を結成するなど、日本の観光行政を牽引してきました。</p>
<h3>ビューローの原点と京都 ―日本初の「観楓列車」と英語ガイドブックの誕生</h3>
<p>当財団の前身であるビューローが発足したのは、1912（明治45）年のことです。設立の立役者となったのは京都（現・京丹後市）出身の木下淑夫（リンク：https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-kinoshita-bureau-fukunaga/）で、国の鉄道事業をサービスや制度面において大きく発展させた人物として知られています。ビューロー設立に先立つ1902（明治35）年には、国（鉄道作業局）として初めて、新橋（東京）から京都までを結ぶ京都回遊臨時列車（観楓列車）を走らせるなど、早くから京都の観光価値に着目していました。</p>
<ul style="overflow: hidden;width: 100%;margin-top: 40px;list-style-type: none;padding-left: 0">
<li style="float: right;width: 30%;margin-left: 20px">
        <img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/column540_image2.jpg" alt="" style="width: 100%;height: auto;margin: 0">
    </li>
<li>
<p style="margin-top: 0 !important;padding-top: 0 !important;line-height: 1.6">
            そして、ビューローとして初めて有料（30銭）で販売した英語ガイドブックも、京都を対象とした『MAP &amp; GUIDE OF KYOTO AND ENVIRONS』（1915（大正4）年）でした。ビューローとしても設立直後から海外のポスターやガイドブックを収集・分析し、当時三越の図案部にいた杉浦非水に表紙デザインを依頼する等、出版物には非常に力を入れていました。当時、海外で高い知名度と完成度を誇っていたマレーやテリーによるガイドブックも参考にしつつ、職員が自ら現地に赴き、正確性にこだわって編纂されたのがこの一冊でした。
        </p>
</li>
</ul>
<h3>おわりに　京都、レジリエントな都市の系譜 — 150年の知恵を次代の観光へ</h3>
<p>2026年3月に「京都観光・MICE振興計画2030」（リンク：https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000351851.html）が策定されました。京都の観光政策を紐解くと、その源流は明治期の京都博覧会、いわゆる「MICE」にあることがわかります。鉄道省の外局として国際観光局を設置した1930（昭和5）年に先駆けること半世紀以上も前から、京都では産業振興、市民教育、そして都市の発展を見据えたツールとして観光を位置づけ、官民一体となって戦略的に展開してきました。そして戦後以降も、京都は全国に先駆け文化財保護や景観政策などを打ち出してきました。</p>
<p>「京都は恵まれている」「京都だからできる」と評されることがあります。しかし歴史を紐解いてみれば、常に最先端の課題と向き合い、その都度しなやかな施策を講じてきたからこそ、今の京都があると言えます。</p>
<p>京都事務所の通称に「レジリエンス」という言葉を掲げたのは、変化の激しい時代において地域の観光に求められるのは、困難をしなやかに乗り越え、より良い形へと進化させる力、すなわち「レジリエンス」であると考えているからです。</p>
<p>この稀有な歴史の蓄積と課題解決のプロセスを「形式知」として整理しつつ、多様な研究・交流機会を創出しながら現代の難局を切り拓くヒントを見出していけたらと考えています。今後の京都事務所の活動と展開に、ぜひご期待ください。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul>
<li>『京都博覧会沿革誌』京都博覧協会、1903年</li>
<li>『京都博覧協會史畧』大槻喬編、京都博覽協會、1937年</li>
<li>『博覧新報』博覧会社編、1872年</li>
<li>「明治初期京都の博覧会と観光」工藤泰子、京都光華女子大学研究紀要、2014年</li>
<li>「明治四年京都博覧会について」畑智子、京都文化博物館研究紀要『朱雀』第25集、2013年</li>
<li>『万国博覧会の研究』吉田光邦編、思文閣出版、1986年</li>
<li>『THE Guide TO THE CELEBRATED PLACES IN KIYOTO &amp; THE SURROUNDING PLACES』山本覚馬・丹羽圭介・石田旭山、1873年（写真は復刻版）</li>
<li>『国鉄興隆時代 : 木下運輸二十年』青木槐三, 山中忠雄 編著、日本交通協会、1957年</li>
<li>「MAP &amp; GUIDE OF KYOTO AND ENVIRONS」ジャパン・ツーリスト・ビューロー、1915年</li>
<li>観光文化259号「ポスト・コロナの観光地マネジメント～京都市～」、（公財）日本交通公社、2023年</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/">京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-japan-heritage-goto-shinichi</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 02:41:19 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>文化行政の「大きな転換点」に立ち会って 2015年、私は東京国立博物館で第1回認定証交付式の式典運営のお手伝いをさせて頂きました。日本遺産誕生の瞬間に立ち会えたことはとても素晴らしい経験であったと思います。誕生したばかり･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/">文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>文化行政の「大きな転換点」に立ち会って</h3>
<p>2015年、私は東京国立博物館で第1回認定証交付式の式典運営のお手伝いをさせて頂きました。日本遺産誕生の瞬間に立ち会えたことはとても素晴らしい経験であったと思います。誕生したばかりのこの日本遺産は、まだ誰にも知られていない「手探りの手作りの状態」であったように思います。日本遺産は制度ができて10年の節目となりました。とても感慨深いものです。</p>
<p>当時の日本は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックという「スポーツと文化の祭典」を見据え、国を挙げて観光立国への歩みを加速させていました。その潮流の中で誕生した日本遺産は、従来の文化財保護法に基づく「点」の保存という規制主導の枠組みを大きく修正し、地域の歴史や伝統を「ストーリー」としてパッケージ化し、一括して「面」で活用するという当時としては画期的な挑戦でした。</p>
<p>制度開始から10年。日本遺産は認定数が104件に達し、成熟期を迎えているように思います。その一方で、私はいまだに地方の現場で、観光による一方的な地域活性化を真っすぐに訴える観光課などの行政担当者に対し、文化財の担い手たちが浮かべる、どこか複雑な「苦笑い」を目にします。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image3.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>京都で開催された日本遺産のPRの様子</figcaption></div>
</figure>
<h3>「観光のための文化」から「文化のための観光」へ</h3>
<p>もちろん、この10年で状況は確実に前進しました。2018年の文化財保護法改正により「活用」に係る予算配分が手厚くなり、また、日本遺産等に関わる理解も広がってきたことで、かつてのような「保存か、活用か」というゼロサムの極端な二項対立ではなく、双方の重要性を理解する関係者は増えています。</p>
<p>しかし、現場では今、新たな形の「苦笑い」も生まれています。それは、急激に増加するインバウンド需要への対応に追われ、本来守るべき真正性が揺るぎ始めていることへの戸惑いです。また、高付加価値化の名のもとに、観光のために文化財を「利用」する流れも増えてきているのではないかと思います。日本政府が2030年に掲げる訪日客6,000万人という目標が現実味を帯びる中で、ある担い手の方は「観光客が増えるのは嬉しい。しかし、私たちが守ってきた歴史や伝統が、表面的な『見せ物』になっていないか不安」と話していました。</p>
<p>ここで私たちは、原点に立ち返る必要があるのではないかと思います。日本遺産が目指したのは、観光のために文化を「消費」することだったのでしょうか。それとも、貴重な文化財を次世代へ継承するために、観光を「手段」として使いこなすことだったのでしょうか。特に人口減少が加速する地方においては、この問いはますます重みを増しているのではないでしょうか。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image4.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>ツーリズムエキスポでの日本遺産のPRの様子</figcaption></div>
</figure>
<h3>デヴィッド・スロスビーが説く「文化資本」という視点</h3>
<p>この問いに対し、文化経済学が専門のデヴィッド・スロスビー氏が提唱する「文化資本（Cultural Capital）」の概念は、とても参考になると思います。スロスビー氏は、文化遺産を単なる観光資源ではなく、将来にわたって感動や知恵という「利息」を生み続ける「資本」であると定義しました。</p>
<p>スロスビーの理論の核心は、目に見える「経済的価値」は、目に見えない「文化的価値（真正性や社会的価値）」という土台に支えられているという点にあります。例えば、評価指標としての「入込客数」や「消費額」という数字を追うあまり、土台である文化の真正性が損なわれてしまえば、結果として文化資本そのものが目減りし、長期的には観光地としての魅力も経済的価値も失われてしまいます。</p>
<p>日本遺産の制度ができて10年。私たちが目を向けるべきことは、日本遺産のストーリー及び構成文化財を「資本」として適切に運用し、その価値を高めるための「投資」を行っているかという点です。単なる切り売りによる「消費」で終わらせないためには、どのような仕組みが地域に必要なのか、地域全体で考えていく必要があるのではないかと思います。</p>
<h3>継承をシステム化する：タイ・DASTAの挑戦</h3>
<p>文化資本を「消費」せず、いかに「運用」して次世代へ繋ぐか。先日、私がタイを視察調査した際に興味深い事例がありました。それはタイの政府機関DASTA（Designated Areas for Sustainable Tourism Administration）の取り組みです。彼らは自らを「システム・インテグレーター」と定義し、単に補助金を配るのではなく、地域が自立して文化を守るための「漁の仕組み」を地域の担い手と共に設計しています。</p>
<p>象徴的なのは、その評価指標です。彼らは単なる入込客数でだけではなく、「収入分配指数」を重視します。観光収益が特定の個人に偏らず、地域内で公平に分散されているか、そしてその一部が例えば、次世代を担う子供たちの学費や文化保存基金に還元されることを重視していました。加えて、一度途絶えたペッチャブリーの「ナン・ヤイ（伝統影絵劇）」を「観光を手段」として活用して、復活させるという、私の立場として考えられないような取り組みも成功させていました。観光客からの称賛が子供たちの誇りを育み、さらに経済的な裏付けが「学びのインセンティブ」として機能する、継承の好循環をDASTAの職員が地域に入り共にデザイン（仕組み作り）しており、とても感銘を受けました。</p>
<p>折しも、日本遺産審査・評価委員会が発表した最新の指針では、日本遺産の目的として「収益が文化・伝統の保存・継承に還元されること」が改めて明記されました。さらに、今後の評価指標例として「事業収益のうち文化資源の保存活用に再投資する金額」という項目も導入されています。</p>
<p>これは、私がDASTAで見聞きした「分配と還元の仕組み」が、日本遺産制度においても本質的な課題として示されたことを意味します。これまで重視されてきた「入込客数」「消費額」という結果だけではなく、その収益を次世代や文化保存にどう繋ぐかという「継承の装置」としての仕組み作りが、今まさに求められているのです。</p>
<h3>2035年の日本遺産：苦笑いを「共感」に変えるために</h3>
<p>日本遺産が認定から20周年を迎える2035年。その時、地域の日本遺産ストーリー、構成文化財はどのようになっているのでしょうか。</p>
<p>文化庁の指針では、短期的に目指すべき自立・自走の姿として、地域経済や住民生活への貢献を可視化し、事業者からの支援を得て継続する仕組みの構築が示されました。この具体策として、例えば文化庁が進める「日本遺産オフィシャルパートナーシッププログラム」を各地域が「地域版」として独自に展開し、民間企業との連携による収益を直接的に担い手や祭りの基金へ還流させるような、官民連携の新しい仕組み作りなどが期待されます 。</p>
<p>もし私たちが今のまま、目に見える数字だけを追い続ければ、2035年、担い手不足のなかで形骸化したストーリーだけが残されているかもしれません。しかし今、私たちが日本遺産を「活用によって価値を高めるべき資本」として捉え直し、「保存と還元の好循環」を各地で仕組み化することができれば、未来は大きく変わっていくのではないかと思います。</p>
<p>観光客は単なる「お金」ではなく、文化の「理解者」かつ「支援者」となり、その対価は直接的にも地域の未来へと還流されます。2035年、次の日本遺産の10年へ。観光が果たすべき役割は大きいのではないかと思います。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image2.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>琉球王国時代から連綿と続く沖縄の伝統的な「琉球料理」と「泡盛」、そして「芸能」<br />構成文化財 浦添城跡（画像提供：沖縄県文化振興課）</figcaption></div>
</figure>
<h4>【参考】</h4>
<ul>
<li>文化庁「日本遺産（Japan Heritage）」ポータルサイト<br />
        <cite>https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/</cite>（最終アクセス：2026年2月23日）
    </li>
<li>
    文化庁「日本遺産認定地域の今後の審査について」（日本遺産審査・評価委員会、令和6年1月）
</li>
<li>
    文化庁「令和8年度以降の総括評価・継続審査にあたっての地域活性化計画等の改善について」（日本遺産審査・評価委員会、令和8年2月）
</li>
<li>
    Throsby, David (1999) &#8220;Cultural Capital&#8221;, Journal of Cultural Economics, Vol. 23
</li>
<li>
    DASTA（Designated Areas for Sustainable Tourism Administration）公式サイト<br />
<cite>https://www.dasta.or.th/</cite>（最終アクセス：2026年2月23日）
</li><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/">文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-machi18-goto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Mar 2026 01:05:50 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=56954</guid>

					<description><![CDATA[<p>はじめに―観光地の「成長」とは何か、代謝する各主体・要素の今 地域の発展を如何に捉え、如何なる方向へと向かうべきか。この問いは、いつの時代も都市・地域論の中心的な命題であり続けてきた。人々が暮らす「まち」は、常に変化とい･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/">賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに―観光地の「成長」とは何か、代謝する各主体・要素の今</h3>
<p>地域の発展を如何に捉え、如何なる方向へと向かうべきか。この問いは、いつの時代も都市・地域論の中心的な命題であり続けてきた。人々が暮らす「まち」は、常に変化という名の代謝を繰り返す生き物である。昨今、「脱成長」や「包摂的な成長」など、成長を巡る概念は多様化しているが、何れの文脈にせよ、その代謝を適切に調整・制御し、次なるステージへと繋げるマネジメント機能が不可欠である。
</p>
<p>観光分野においては長らく、Butler(1980)の「観光地ライフサイクル（TALC）モデル」が参照されてきた。観光地の発展を大きく成長・確立・停滞等の線形で捉える同モデルは、今日においても基礎となる理論的枠組みである。しかし、同モデルの提唱から半世紀を経てもなお、発展の各段階に応じた対策やマネジメントの知見が体系的に蓄積されているとは言い難い。現代においては、気候変動、インフラの老朽化、そして住民の受容限界といった複雑な外的・内的要因の相互作用も考慮に入れなければならない。
</p>
<p>勿論、世界を見渡せば事例は多数存在する。しかし、地域ごとに前提条件が異なる且つ複数の利害が複雑に絡み合うため、万能な成長管理モデル（処方箋）は成立し得ないだろう。結果として、地域政策と観光政策が交錯する領域で、対症療法的に部分的な管理がなされているのが現実である。視点を変え、成長におけるステークホルダー間の動的な均衡状態を捉えようとVICEモデル（訪問者・産業・コミュニティ・環境）をベースに俯瞰しても【図参照】、各主体のあり方や主体間の関係は時代とともに変容しており、その境界線も融解しつつある。
</p>
<p>また、メガシティ<sup>*1</sup>と中小規模の都市とでは、事象の捉え方も政策の調整手法も異なる。まちごとに異なる背景を持ちながらも、観光が地域社会での存在感を増す中で、規模の大小を超えて共通する潮流がある。それは、物理的な公共空間の整備にとどまらず、社会的に共有される体験や居場所づくりを重視する「パブリック・レルム（Public Realm: 公共的領域）」<sup>*2</sup>や、「観光コモンズ」の創出への志向である。すなわち、現代においてまちの魅力の核心は、人々が交わり体験を共有する「器」の質へと移行している。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/02/column538_image1-1.png" alt="研究員コラム図表" width="80%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>出典：「A Practical Guide to Tourism Destination Management」(UNWTO, 2007)のVICEモデル*および「訪れてよし の観光地づくり-まずは住民意識の把握から!」（（公財）日本交通公社、2013）、「沖縄観光成果指標（整理軸）」、「近江八幡市観光振興計画」（2023）の関係図をもとに、筆者作成　*Visitor、Industry、Community、Environment and Cultureの頭文字</figcaption></div>
</figure>
<p>例えばメガシティの代表格であるニューヨーク市は、マンハッタンへの一極集中を緩和すべく、ブルックリン等の開発を通じて賑わいと共生の場を生み出し、5区内外での多極・分散を図ってきた。一方で、グリーン・ジェントリフィケーション（環境改善に伴う地価高騰と低所得者の排除）等の副作用の内部化も試みている。地元雇用や生活賃金の保証、地元調達、低廉な住宅や公共空間の確保等を開発事業者と地域コミュニティ連合が直接契約する、民間主体の「コミュニティ還元協定（CBA：Community Benefits Agreement）」、さらに公的投資を約束する「合意事項（POA: Points of Agreement）」等の重層的な枠組みを通じて、開発時やその後の地域の持続性を担保している。こうした制度は、今後の観光地マネジメントにも参考となるだろう。前例を踏まえ、事前調整的なシステムを如何に実装していくか。その知恵が今求められている。
</p>
<h3>グロースマネジメント再考―量と質、そして「速度」を捉える複眼</h3>
<p>さて、ここからは都市計画の領域で培われてきた「グロースマネジメント（成長管理）」の展開を踏まえながら、“成長”という概念を再定義する視点から捉え直していく。</p>
<p>都市の成長管理の発祥である米国の都市計画の歩みを振り返ると、1970〜80年代にかけて、都市の無秩序な拡大（スプロール）を抑制するため、開発の量や場所、速度・タイミングを規制的に調整する「グロースマネジメント」が隆盛した<sup>*3</sup>。例えば、サンフランシスコのベットタウンとして人口が急増したカリフォルニア州のペタルーマ（Petaluma）は、1971年にプランを策定し、1972年から5年間、住宅建設許可に年間上限を設ける数値割当（Quota）を導入した。また、ニューヨーク州のマラポ（Ramapo）では、1969年に資本整備計画に基づくインフラ整備水準と開発許可を連動させる〔状況を得点化し、その点数に達しないと許可しない〕という段階的成長管理システムを設けた。こうした時間軸を有する制度形成の動きは、観光地及び観光領域の成長管理へと展開されていった。
</p>
<p>90年代には、成長をより良い形態へと誘導する質的なアプローチ「スマートグロース（賢明な成長）」へと議論が移行していく。その後、様々な議論や展開を経て、近年では、社会経済的な縮小を所与の前提として「スマートディクライン（賢明な縮小）」（我が国では「スマートシュリンク」）という概念も問われるようになっている。多種多様な地域・観光地が存在する中で今日直面している課題は、過剰な観光がもたらすオーバーツーリズムだけではない。施設の老朽化に伴う更新や空き家・廃屋の撤去、施設の集約化を通じたダウンサイジングもまた、視野に収めるべき切実な課題である。そして重要なのは、こうした課題への対応は単なる「後退」や「縮小」ではないという点だ。住民の生活の質（QOL）の向上や、地域に対するシビックプライドの醸成といった、別軸の規範的価値増大を目指すという意味において、これもまた広義の「成長」の一形態と言える。本コラムでは、これら多様なベクトルを包括して「観光地のグロースマネジメント」<sup>*4</sup>と呼称する。
</p>
<p>そして、半世紀を振り返り、改めて着目すべきは、「量・質・速度」という三つの次元である【前の図参照】。1970年代、我が国の観光政策審議会の場では、既に適正な規模（サイズ）と適正な速度（スピード）に眼差しは向けられていた<sup>*5</sup>。以下では、速度変化への対応として一時停止措置（モラトリアム）に焦点を充てて、海外の事例を幾つか概観する（観光モラトリアム研究自体の目的は、後藤（2024）を参照）。
</p>
<h3>モラトリアム―賢明な「足踏み」戦略の導入</h3>
<h4>事例 サンフランシスコ市―住居確保に向けたモラトリアム（1979）</h4>
<p>1970～80年代にかけて、サンフランシスコ市は急激な不動産開発と高級化、いわゆるマンハッタン化が進み、その発展の影で深刻化したのが、低所得者向けの住宅供給（単身者向け居住用ホテル（SRO: Single Room Occupancy））<sup>*6</sup>の減少である。市場原理に任せれば消失するであろう危機に対して、1979年、市議会に相当する同市の監督委員会は、観光客向け宿泊施設（ホテル・コンドミニアム）への転用を制限するため、「居住用ホテル（SRO）ユニット」の解体・転換を禁じる一時的措置（モラトリアム）を決定した。この猶予期間における議論を経て、1981年には「居住用ホテルユニット転換条例」として恒久化された<sup>*7</sup>。
</p>
<p>同条例の制度的核心は、SROを観光用途に転換する事業者に対して、開発がもたらす外部不経済の内部化を厳格に課した点にある。開発事業者は、①立ち退きを余儀なくされる居住者への移転支援を行うとともに、②喪失する居住ユニットと同数の居住ユニットを新たに新設・改修して置き換えるか、あるいは③金銭で補填するか〔相当額の「代替負担金（in-lieu fee）」を市の住宅基金に納付するか、公的機関・団体に資金提供して代替ユニットを確保するか〕という選択を迫る制度とした。なお、同条例は、観光宿泊施設の増設自体を完全には阻害しておらず、転用許可の代替として住居供給を強制するものである。
</p>
<p>また、こうした動きは、同時代の都市における成長管理の全体像と、サンフランシスコ市における時系列的な展開の両面から捉える必要がある。同市では、1980年代に住宅供給量とオフィス開発上限を連動させるリンケージ制度〔目標未達成の場合はオフィス枠の削減〕を設けるなど、絶えず制度改善を繰り返しながら現在に至る。
</p>
<h4>事例 ワイキキ―猶予期間が導く、センス・オブ・プレイスの体現に向けた規制の適正化へ（1990）</h4>
<p>モラトリアムは、より厳格な開発規制強化への助走だと捉えられがちである。しかし、過去の硬直化した規制がもたらした停滞を解きほぐし、規制の適正化（実質的な規制緩和を含む）へと向かう布石となることもある。1980年代後半、ハワイ州ホノルル市郡のワイキキ地区は国際的な観光地競争力の低下と施設の老朽化という課題に直面していた。1976年設立のワイキキ特別地区（WSD）で導入した厳格な基準（規制）が再投資を阻害していたことが要因の一つであった<sup>*8</sup>。
</p>
<p>この制度的ジレンマを打開すべく、ホノルル市議会は、1990年、ワイキキ地区における新規建設許可の発行を1年間に限定して停止する暫定開発規制（IDC (Interim Development Control)）条例を可決した<sup>*9</sup>。新規建設を停止して「新方針の検討に充てる戦略的猶予期間」を確保したのだ。この停止期間を利用して抜本的な制度設計の見直しを行い、1992年にはワイキキ・マスタープランを策定。そして地域の文化的・規範的価値「ハワイアン・センス・オブ・プレイス」を体現するための質的誘導（規制緩和を含む）を図る土地利用条例の改正（1996年）へと展開した<sup>*10</sup>。モラトリアムを契機として更新を阻むボトルネックを解消し、従前の規制の継ぎ接ぎ的緩和を回避しつつ、文化的な質向上への誘導と民間投資の促進を両立させる制度再構築を行った。
</p>
<p>なお、ホノルル市郡では、1980年代後半には既に他の地区でIDC条例を導入した先例があり、既存の制度的枠組みをワイキキという国際的なアーバンリゾートに適用した<sup>*11</sup>。</p>
<h4>事例 バリ島―異なるレベルの政府間調整による選択的開発と再配分（2026）</h4>
<p>直近の国際的な動向として注視すべきは、インドネシア・バリ島での開発調整と財政メカニズムを組み合わせたモラトリアムである。バリ州政府（以下、州政府）は2026年1月より生産的な土地（農地や森林、保水地等）、特に水田におけるホテルやレストラン、商業施設の新規建設許可の発行を停止した<sup>*12</sup>。
</p>
<p>バリ島では、コロナ禍からの回復期において、観光による負の影響が深刻化し、モラトリアム論争が再燃した<sup>*13</sup>。混雑と過剰開発を前に、ホテル、ナイトクラブ、ヴィラの建設を一時停止する計画や、新規建設の許可・監督権限を州政府に移管する案も浮上した<sup>*14</sup>。しかし、2025年初頭、州知事は経済的影響を危惧しモラトリアム導入を見送った。
</p>
<p>その後は、長年の課題である南北の空間的な経済格差と過度な土地開発に対処するため、州政府は、2025年7月に州内の県・市と新たな財政面での合意を形成した。それは、観光開発が集中する南部地域（Sarbagita地域）が徴収するホテル・レストラン税の10%を、州が基金化し特別財政支援として北部地域６県に直接再配分するというものである。対象地域に対しては、財源移転を受ける条件として、新規のホテル・レストランの開発抑制と農地・環境保全を義務付けた。これは法規制ではなく、経済的インセンティブによる調整を通じた島全体での異なる政府間調整を通じた成長管理の試みである。
</p>
<p>さらにその後、一度見送られたモラトリアムが2025年9月の大洪水を機に再検討されることになった。災害の原因の一つは、上流域における雨水浸透機能を有する緑地の減少、すなわち農地の無秩序な商業施設や観光宿泊施設への転用にあった。この環境的危機を受け、州知事は直ちに方針を強化し、2026年1月、生産的な土地における商業施設やホテルの新規建設許可を厳格に禁止するモラトリアムを正式発動した。税の再配分という「インセンティブ」と、「規制」の二段構えにより、バリ島は持続可能な地域へと近づく道を模索している。
</p>
<p>なお、この結実の背後には、州政府による「バリ州新時代100年ビジョン2025–2125」（2023年）の提示、州政府による空間計画（RTRW）（2023年）の見直しがあり、モラトリアムはその方向と合致していること。コロナ以前と異なり、今回は中央政府も州政府のモラトリアムを支持していること（2024年）、さらに遡れば、中央政府はバリ州を再規定する法律を公布（2023年）しているなど、幾重もの環境変化や体制の整備等があることも付記しておく<sup>*15</sup>。
</p>
<h3>おわりに―観光客との共生/共創を捉えた規範的価値の構築へ</h3>
<p>三つの事例（サンフランシスコ、ワイキキ、バリ島）が共通して示しているのは、モラトリアムという「変化速度の一時停止」が単なる開発の拒絶ではない、という事実である。「自ら歩みを止める」という政治的決断を下すことで、居住権の保護、投資環境の適正化、あるいは環境保全と富の再配分といった、「地域はどうあるべきか」（規範的価値）を再定義し制度として実装・介入していくための「猶予期間」を獲得したのである。
</p>
<p>社会的包摂、レジリエンス（回復力）、住民のウェルビーイング等といった多様な指標が現代の新たな成長の対象となる中で、より求められてくるのは、「成長を如何に管理するか」という受動的な問い（対応）を超えて、「地域としてどう在りたいのか、どのような状態を目指すのか」という、規範的ビジョンを自ら定義し選び取る能動的な意思である。成長、成熟、あるいは賢明な縮小や撤退といった多様な状況からの道筋は、地域の規範的価値、確固たるビジョンに基づいて選び取られ、デザインされなければならない。そのためには、最初に述べた、時代とともに変容する各主体のあり方や相互の関係性の「今」を捉えたビジョンを確立し、とりわけ観光客を地域を構成する主体の一つと正面から捉え、その共生/共創を見据えた規範的価値を構築することが不可欠である。こうした能動的な意思に基づくビジョンのもとでこそ、観光という調達エネルギーを用いたまちの良質な更新は実現し得ると筆者は考える。
</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>*1 ここでは、東京、ロンドン、パリ、ニューヨーク、北京、上海、重慶、深圳、広州、ソウル、バンコクなどの高密度都市を想定。国連経済社会局（UNDESA）『世界都市化見通し2025年版』では、人口1,000万人以上の都市圏を「巨大都市（メガシティ）」と定義している。<br />
        <cite>https://www.unic.or.jp/news_press/info/53356/</cite><br />
        <cite>https://www.un.org/development/desa/pd/sites/www.un.org.development.desa.pd/files/undesa_pd_2025_wup2025_summary_of_results.pdf</cite>
    </li>
<li>*2 品川駅北周辺地区まちづくりガイドラインによれば、「所有関係にかかわらず、広く不特定多数の人々が利用し、認知する空間領域」を意味し、「空間」づくりの先にある「場所」づくりを強調する欧米諸国の先進的都市デザインを特徴づけるキーワードの一つとされる。<br />
        <cite>https://www.jreast.co.jp/press/2016/20170320.pdf</cite>
    </li>
<li>*3 当初は地方自治体主導で進められていた。しかし、スプロールの広域的影響や自治体間の調整が難航したことから、州レベルでの包括的な土地利用計画や成長管理法の制定がその後進んだ。オレゴン州の事例は代表的だが、ここでは、基礎自治体の事例を扱う。また、同時期に制定された連邦政府レベルの「都市成長・新コミュニティ開発法（National Urban Growth and New Community Development Act）」（1970年）等は今回は扱わない。</li>
<li>*4 当財団研究顧問である西山徳明氏（北海道大学）の言葉。本コラムでは、同用語の扱う範囲および射程を改めて設定し話を展開する。</li>
<li>*5 『望ましい観光地づくりの方向 観光政策審議会報告』（内閣総務大臣官房審議室編、1977）では、進士五十八氏は「10.「適正スケール」による観光地づくり」の中で、適正規模・適正速度・適正収容力の3つの必要性について述べている。『望ましい国内観光の実現のために』（内閣総理大臣官房審議室編、1982）では、「適正な規模と速度で整備を進めること」が述べられている。勿論、質に関する議論も当時からなされている。
    </li>
<li>*6 居住用ホテル（SRO）とは、単身者向けの低価格な居住用ホテルであり、ユニットとはSROの中の1つ1つの個室を指す（当時Airbnbのような民泊サービスは存在しないことに注意）。</li>
<li>*7 背景については以下を参照。<br />
        <cite>https://www.foundsf.org/1980-1991:_RENT_CONTROL_WARS</cite><br />
        また、条例については以下を参照。主に建物自体の保存（「住宅ホテル解体・転換条例（Residential Hotel Demolition and Conversion Ordinance）」（1980年制定、1981年改正））から、観光用途への転用を防ぐ「住宅ホテルユニット転換条例（Residential Hotel Unit Conversion Ordinance）」（1981年6月制定）へ。<br />
        <cite>https://law.justia.com/cases/california/court-of-appeal/3d/177/892.html</cite>
    </li>
<li>*8 Ken Schmidt, Jamie Peirson, and Mark Lierman : Waikiki Zoning: The Waikiki Special District (WSD) &#8211; Polishing Hawaii=s Jewel<br />
        <cite>https://proceedings.esri.com/library/userconf/proc98/PROCEED/TO750/PAP703/P703.HTM</cite>
    </li>
<li>*9 正式な文書では「モラトリアム」という言葉は必ずしも用いられていないが、1993年の市都市計画局による発表（報告書「ワイキキ開発：規制プロセスの合理化」（1998年）より）や民間のニュースレター（1992年）等で「モラトリアム」と呼称されることもあったことが確認される。<br />
        <cite>https://lrb.hawaii.gov/wp-content/uploads/1998_WaikikiDevelopments.pdf</cite><br />
        <cite>https://www.lwv-hawaii.com/alohavoter/av9201-waikiki.htm</cite>
    </li>
<li>*10 ホノルル市郡政府の土地利用条例の規定により、提案の開始日から1年を超える期間には適用されない旨が明記されている。</li>
<li>*11 付録21-E: 暫定管理条例<br />
        <cite>https://codelibrary.amlegal.com/codes/honolulu/latest/honolulu/0-0-0-23040</cite><br />なお、同時期にマウイ郡でもホテルの暫定開発規制措置を講じている（後藤、2024）。
    </li>
<li>*12 適切な許可があれば、法的に指定された土地（イエローゾーン）に別荘やホテルを建設することは可能。一律全面停止でないことに注意。適正化と農地保存を主眼。</li>
<li>*13 バリ州政府によるモラトリアムの発動は、今回が初めてではない。2010年、州政府は、供給過剰を危惧する民間側の声を受け、モラトリアムを通達し、翌年に発動した。島南部地域に限って星付きホテル等の許認可発行を原則一時停止するもので、同措置は市場の需給調整を図ること、飽和状態にある南部の観光開発を分散し、島全体の均衡ある経済発展を促すことを目指すものであった。これは学術的な需要調査結果が得られるまでの暫定的な措置であった。しかし、当時、同地域は、国の投資注目地域に指定されており、また、建設許可発行権限のないバリ州政府のモラトリアム通達は有効には機能しなかった。<br />
    コロナ明けにおいては、過密化が進む南部地域の新規建設許可の凍結措置とは異なり、南部の過剰開発抑制し北部を開発する方針から、北部の開発抑制と環境保全する方針へと舵が切られた。
    </li>
<li>*14 BTB-GIPI Supports Bali Hotel Moratorium<br />
        <cite>https://www.balidiscovery.com/btb-gipi-supports-bali-hotel-moratorium/</cite>
    </li>
<li>*15 州政府による長期ビジョンの名称は「Haluan Pembangunan Bali Masa Depan, 100 Tahun Bali Era Baru<br />
        2025-2125」。2023年5月に中央政府により公布された法律の内容は、バリ州の位置付けの再規定、文化的特性や伝統制度の明文化、財源措置の法的根拠整備（外国人観光客への課徴金制度の根拠）について。ジョグジャカルタ特別州のような地位を有したわけではないことに注意。
    </li>
</ul>
<h4>【参考文献】</h4>
<p>＜日本語文献＞</p>
<ul>
<li>アラン・B・ジェイコブス著、蓑原敬他訳（1998）：『サンフランシスコ都市計画局長の闘い 都市デザインと住民参加』、学芸出版社</li>
<li>梅川智也（2008）：1 成長管理と地域マネジメントの考え方（第９章 観光計画と地域マネジメント）、『観光まちづくり』、学芸出版社、pp.257-260</li>
<li>小泉秀樹、西浦定継（2003）：『スマートグロース―アメリカのサスティナブルな都市圏政策』、学芸出版社</li>
<li>後藤健太郎（2024）：ホテルモラトリアム－公共政策による環境変化への介入（特集1　ハワイにおける観光パラダイムシフト）、観光文化、260号、pp.17-20<br />
        <cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-06/</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2025a）：持続可能な地域のための観光―韓国の観光関連政策を通じて、観光文化、265号、pp.44-50<br />
        <cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka265/265-07/</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2025b）：海外事例から読み解くオーバーツーリズム対策、国立公園、（一財）自然公演財団、No.838、pp.21-24<cite>https://www.npfj.or.jp/wp-content/uploads/2025/12/838_202511.pdf</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2026）：視察の全体像と観光地マネジメントの基盤強化（特集2 欧州山岳リゾートにおける観光地マネジメントとゲストカード）、観光文化、260号、pp.20-24<cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka268/268-08/</cite>
    </li>
<li>中島直人編著、関谷進吾・北崎朋希・三浦詩乃・三友奈々著（2024）：『ニューヨークのパブリックスペース・ムーブメント－公共空間からの都市改革』、学芸出版社</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/">賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-tourism-municipality-ikeji</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 04:43:32 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>「成功した観光地」のジレンマ 観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求して･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>「成功した観光地」のジレンマ</h3>
<p>観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求している目標であり、今後も多くの地域で重要な目標であり続けると思われる。
</p>
<p>しかし一方で、観光がうまくいっている地域ほど、住民の生活環境や地域運営に負荷が顕在化しやすい。実際、道路の渋滞、公共空間の混雑、住宅不足や家賃の上昇といった現象は、各地で「オーバーツーリズム」として批判的に語られることが増えている。
</p>
<p>ここで押さえるべき点は、これらが「観光がうまくいかなかった結果」ではなく、むしろ「観光が一定程度うまくいったことによって生じる副作用」として理解できる、という点である。観光の成功は、地域に流入する人の量だけでなく、滞在の仕方、利用の時間帯や集中する場所、さらには不動産に対する投資や用途転換を通じて、地域の需要構造を大きく変化させる。課題は、こうした変化が一定程度不可避であるにもかかわらず、地域の制度や運営の仕組みが、依然として定住人口を前提とした設計に留まり、変化を受け止めて調整する仕組みの更新が追いついていない点にある。
</p>
<p>例えば、交通混雑は「観光客が増えたから当然に起きた」と整理するだけでは足りない。バスや鉄道、道路といったインフラは、もともと定住人口を前提に想定していた利用実態と、観光客を含む実際の利用実態とのあいだに乖離が生じることで負荷が顕在化する。同様に、住宅不足や家賃上昇も、観光関連用途（宿泊・短期賃貸等）が相対的に高収益となり、土地・建物が転用されていく過程の帰結であるが、地域の居住継続に必要な住宅供給を確保する観点から、用途・供給量・立地といった要素を「調整対象」として制度目的に組み込み、過度な転用圧力を緩和できる仕組みが十分に用意されていない点が課題となる。</p>
<h3>なぜこうした課題の解決が難しいのか</h3>
<p>こうした課題は広く認識されているにもかかわらず、地域で対応が追いつかないことが少なくない。その理由は個々の現場対応の工夫不足というより、制度設計上の制約に求められる。</p>
<p>第一に、財源と執行体制が、ともに定住人口を基礎として設計されている点である。自治体の財政規模は、原則として定住人口を基準に算定される。一方で、観光に起因する行政需要は、観光客が特定の時期・場所に集中することで発生する。道路や公共空間の混雑といった負荷は急激に増えるが、住民数は増えない。このため、観光によって生じる行政需要が拡大しても、それに対応するための財源や人員は自動的には補強されず、定住人口ベースの枠組みで対応せざるを得ない点に、構造的な無理がある。
</p>
<p>第二に、観光によって生じる外部性を調整するための裁量が、問題が発生している現場に十分に集約されていない点である。例えば、民泊の届出・監督や開発許可といった観光に直結する規制権限については、観光客数が定住人口を大きく上回るような小規模観光地には移譲されていない（＝都道府県レベルにとどまっている）場合が大半である。その結果、観光による影響が短期間・特定地域に集中的に発生するにもかかわらず、それらを一体として判断し、調整する裁量が、そうした影響が発生する現場の自治体に十分に集約されないという事態が生じ得る。
</p>
<p>第三に、そもそも規制権限の内容が、観光による需要構造の変化を調整すること自体を想定せずに設計されてきた点である。例えば、都市計画等における宿泊施設への規律は、用途制限が中心であり、「どこに建てられるか」は定められていても、「どの程度まで受け入れるか」というキャパシティの上限は、制度の射程に含まれてこなかった。これは、住民人口を基礎とする社会においては、宿泊客数を政策的に制御する必要性自体が強く意識されてこなかったことの反映でもある。その結果、混雑や住宅圧迫といった問題が顕在化しても、対応が後手に回りやすい。
</p>
<p>つまり、「オーバーツーリズム」と呼ばれるような観光地の問題への対応が遅れているのは、現場の努力や工夫の不足ではなく、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という三層において、制度の前提が一貫して「住民人口モデル」に留まっていることから生じている。こうした制度上の制約や空白を埋めない限り、個別施策を積み重ねても、根本的な改善には至りにくい。
</p>
<h3>「観光自治体」という発想</h3>
<p>こうした状況を踏まえると、検討するべきなのは、観光という要素を前提に自治体制度そのものを捉え直すことである。すなわち、「住民」を基本単位として設計されてきた自治体制度を、観光によって生じる負荷を引き受け、調整することができるようにアップデートする必要がある。
</p>
<p>この文脈で考えられるのが、「観光自治体」という発想である。観光客数や滞在規模、観光が地域経済や空間に与える影響の大きさといった実態に照らし、既存の自治体制度の体制や権限配分等をアップデートする枠組みを指す。要は、観光によって生じる問題に対応するための権限、安定的な財源、そしてそれらを実効的に運用するための専門的な執行体制を、個別に切り離して付与するのではなく、一体として組み合わせて与えるという考え方である。
</p>
<p>このような制度設計は、決して突飛なものではない。欧米では、観光地やリゾート地域を一般の地域と同一視せず、特有の空間的・社会的条件を前提とした制度枠組みのもとで位置づけている例が少なくなく、そこでは、都市計画上の特別な規制や、宿泊税などの観光関連財源、さらには専門的な体制が、同一の地域に対して組み合わされて付与されている。
</p>
<p>例えばフランスでは、スキーリゾートを含む山岳地域を対象とした法律、いわゆる山岳法（Loi<br />
    Montagne）<sup>（※1）</sup>において、山岳地域を一般の地域とは異なる条件を持つ空間として明示的に位置づけている。ここではまず、山岳地域という地理的・社会的特性を持つ区域を、制度上の一つの単位として切り出すことが行われている。
</p>
<p>そのうえで、山岳地域における宅地開発や都市的開発については、既存の集落や村落と連続した形でのみ認めるという原則が示されており、観光需要の拡大に応じた無秩序な開発を抑制する仕組みが、都市計画上の特則として組み込まれている。これは、観光を前提とした開発圧力を、一般的な都市計画とは異なるルールで受け止めるための特則と位置づけることができる。
</p>
<p>さらに、こうした山岳地域の自治体については、地方公共団体総法典<sup>（※2）</sup>において宿泊税を課す権限が制度化されている。観光による開発圧力や行政需要が集中する山岳地域において、観光起因の負荷を支えるための財源手段が、恒常的に確保される構造が形成されている。
</p>
<p>国や地域によって社会制度や地方自治の前提は大きく異なるため、このような海外の制度をそのまま日本に移植することはできない。しかし、観光自治体という発想のポイントは、海外の制度の型を輸入することではなく、観光地で生じている問題を、個別の現場対応や観光客数の多寡に帰責するのではなく、自治体制度の前提そのものの課題として捉え直す点にある。
</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>筆者は「<a href="/project/non-profit/network/zaigen/" target="_blank">観光財源研究会</a>」等において、宿泊税を始めとする観光地の安定した財源制度を、「<a href="/project/non-profit/network/mountain-resort/" target="_blank">マウンテンリゾート研究会</a>」や「<a href="/research/25-01-024/" target="_blank">観光地における規制条例に関する研究</a>」等において、条例等のローカルルールの活用可能性と限界を検討してきた。これらはいずれも、観光によって生じる行政需要を、住民人口を前提とした既存制度の枠内で処理しきれなくなっているという問題意識に基づくものであった。
</p>
<p>しかし、上記で見てきたように、観光地が直面する問題は、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という複数の制度的制約が重なり合って生じている。そのため、個別の財源措置や規制手法を単独で積み重ねても、自治体制度全体としての前提が変わらない限り、対応は行き詰まりやすい。
</p>
<p>今後は、こうした個別手段の研究成果を前提としつつ、それらをばらばらの対症療法として並べるのではなく、住民人口モデルに依拠してきた自治体制度の限界を直視したうえで、権限・財源・体制を一体として再設計する「観光自治体」という発想から、観光地が抱える構造的課題への対応のあり方を探っていきたいと考えている。
</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>（※1）山岳開発及び保護に関する法律（Loi n° 85-30 du 9 janvier 1985 relative au développement et à la protection de la montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/LEGIARTI000033745607/2016-12-30</cite></li>
<li>山岳地域の近代化、開発及び保護に関する法律（LOI n° 2016-1888 du 28 décembre 2016 de modernisation, de développement et de protection des territoires de montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000033717812/</cite></li>
</li>
<li>（※2）地方公共団体総法典（Code général des collectivités territoriales）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/codes/texte_lc/LEGITEXT000006070633/</cite></li>
</ul>
<p style="text-align: right">画像出典：Google Geminiにて生成</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-gentrification-yamada</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Dec 2025 06:00:47 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=56765</guid>

					<description><![CDATA[<p>観光立国への取り組み 我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。 1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。た･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h3>観光立国への取り組み</h3>
<p>我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。</p>
<p>1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。ただ、同じ観光でも過去2回と、現在では、大きく性格が異なっている。過去2回は、いずれも国内都市の住民で観光需要が急増し、その供給に対応するというものであったのに対し、現在の観光立国は、国外から需要を取り込んでこようというものだからだ。そのため、過去2回は、オイルショックやバブル崩壊によって、需要が減少すると共に自然消滅したが、現在は、国際的な人流が増大することで、約20年（観光立国推進基本法の成立が2006年12月）に渡って継続されている。</p>
<p>私が、公益財団法人日本交通公社（当時は財団法人）に転職したのは1998年。バブル崩壊の煽りを受け、観光市場は縮小の一途。観光やリゾートといった言葉は、バブル崩壊と紐づけられ、肯定的な意味合いで使うことは出来なかった時代だった。そうした時代を経験している身からすれば、現在の状況は、まさしく隔世の感がある。COVID-19によるパンデミックが発生し、世界中の人流が止まった時には、流石に覚悟するものがあったが、その後、タフに需要が回復するのを見て、観光は、人々にとってファンダメンタルな活動になっているのだということを感じている。細かい時間軸、または、地域断面で見れば、当然、振れ幅はあるが、全体としては、安定的な成長期に達していると言えるだろう。</p>
<p>観光立国に取り組み始めた当時は、まだ、東アジア、東南アジアの需要は顕在化しておらず、国内経済もまだ「バブルの余韻」を抱えており、かつ、人口縮小も数値上の問題であったことを考えれば、観光立国政策の立ち上げは、極めて先見性の高い判断であったと思う。</p>
<p>「こんな物価の高い国に、海外から人が来るわけない」などと議論していたのは、今となっては笑い話にすらならない。</p>
<p>実際に、訪日市場が拡大するのは、基本法の成立から約10年の時間が必要であったが、曲がりなりにも10年という時間の中で、様々な体制作りが進んだことが、世界的な需要増大の流れの中でも、我が国が相対的に高い成長を実現できた要因だろう。</p>
<h3>観光政策の立ち位置の変化</h3>
<p>ただ、観光立国政策から20年、訪日市場増大から10年という時間軸の中で、観光と日本、地域との関係は変質してきているのではないか。</p>
<p>当初の10年は、訪日市場を展望しつつも、実際には縮小する国内市場への対応が主体であった。毎年、当然のように客数が減少していく状況の中で、なんとか踏みとどまる方策を見つけ出し、実践していくことが求められたが、ここでの当事者の多くは、観光客数減の影響を直接受ける既存の観光事業者であり、観光地であった。特に団体客から個人客へ客層がシフトし、これを背景とした、様々なオルタナティブ・ツーリズム（国内ではニューツーリズムと呼称）への対応は、高い難易度を持っていたが、「対応できなければ、消滅する」という危機感も背景にあった。この時代、国などが、いかに「観光は将来性のある産業だ」と主張しても、ほとんどの人は相手にしていなかったが、背水の陣に置かれた関係者の一体感は高かったように思う。</p>
<p>その後、訪日客が目に見えて増え始めると、増田レポート(2014)をきっかけに始まった地方創生政策（2014〜）および、明日の日本を支える観光ビジョンの策定（2016）によって、観光の社会的位置づけは大きく変わっていく。政策レベルが、これまで、国交省の外局である観光庁から、内閣官房主導へと引き上げられたことで、名実ともに、観光は国家政策となった。さらに、国際観光旅客税（2019）が導入されたことで、訪日に関わる観光政策は、独立した財源を有する自立性の高い政策領域ともなった。こうした体制の中で、訪日客数は順調に増大し、政策としてのアウトカムを獲得してきた。パンデミック時に、GoToトラベルや、その後継となる全国旅行支援政策によって、国内需要の底支え出来たのも、こうした政策体制が構築できていたからだろう。</p>
<p>20年の積み上げの結果、我が国は国レベルで、観光について考え、政策実行できる体制を得たことは、誇って良いことだと思っている。</p>
<p>しかしながら、パンデミック後、揺り戻し的な動きが出てくることになる。オーバーツーリズムという言説が、日々、使われるようになったことが象徴的だが、これまで、観光振興を肯定的に捉えていた社会が、変化しつつあるように感じる。主観で言えば、この雰囲気は、バブル経済のピーク時の感覚に近い。</p>
<p>これには様々な原因があるだろうが、注目したいのは、同様のことが世界的に生じているということだ。当財団では、3年間にわたり海外視察を展開してきたが、反ツーリズム的な動きが出ている地域は少なくない。21世紀以降の国際旅客数の増大によって、日本同様に、国外からの観光客数が増大し、それが、様々な混乱を招いていることへの反動といえる。表面的には、グローバリズムとナショナリズムの関係にも似ているが、背景に、経済格差問題があることも大きい。地域において投資や消費が進むことで、不動産やサービス価格が上がり、元からの住民の生活が困難になる状況（ジェントリフィケーション）が起きている地域ほど、反発が大きいとも言える。実際、反ツーリズム的な動きが出ているのは、経済力の低い地域が多く、米国本土や欧州中央部では、客数が増えても、そうした反動は、ほとんど生じていない。</p>
<p>経済大国と言われた我が国が、「相対的に物価が安い旅行先」となった現実を突きつけられる事象は、気持ちの良いものではない。バブル経済期の、東京vs地方という構図が、世界vs日本という構図となっているのが実状であり、このフラストレーションは社会的に無視できないだろう。</p>
<p>さらに、観光立国の取り組みは、地方創生政策と密接な関係をもっているが、現実として、観光客が集まる地域は極めて限定されている。不動産価格やサービス価格の上昇どころか、廃墟となった建物や累積赤字を抱える公営施設など、負の遺産を抱えている地域は多い。</p>
<h3>新たな環境への対応</h3>
<p>こうした現実は、観光が解決できる社会課題は限定的であり、観光客数や消費額を増やせば解決レベルが上がるわけでもないことを示している。特に、ジェントリフィケーションの問題は、そもそも、観光消費による経済効果で、地域振興を行おうという基本戦略そのものに影響する現象である。</p>
<p>何事にも変化には、一定の痛みが伴うものではあるが、それが一時的な成長痛なのか、構造的な新たな抑圧なのか、我々は見極めていく必要がある。</p>
<p>DMOのMは、マーケティングとマネジメントのダブル・ミーニングとされてきたが、現在では、殆どの場合、マネジメントを指すようになっている。国際的に、観光客を呼び込むことよりも、観光という活動を地域の中で、どのように動かしていくのかが重要だというように認識が切り替わってきたことの証左であろう。</p>
<p>観光の可能性を信じつつ、国際的に視野を広げ、チャレンジを続けていきたい。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/">「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
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		<title>百年前の古書にみる観光地経営の処方箋 [コラムvol.533]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/tourism-study-oldbooks-kanno/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=tourism-study-oldbooks-kanno</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Oct 2025 02:00:02 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>戦前の観光学の古典に、現代のDMOの姿を見た 100年近く前のヨーロッパで書かれた観光学の学術書に、現代日本の観光地が直面する政策や課題が記されていたとしたら、驚かれるでしょうか。 筆者は、従来からの観光の調査研究を行う･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/tourism-study-oldbooks-kanno/">百年前の古書にみる観光地経営の処方箋 [コラムvol.533]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>戦前の観光学の古典に、現代のDMOの姿を見た</h3>
<p>100年近く前のヨーロッパで書かれた観光学の学術書に、現代日本の観光地が直面する政策や課題が記されていたとしたら、驚かれるでしょうか。</p>
<p>筆者は、従来からの観光の調査研究を行う研究員という立場に加え、2025年4月より旅の図書館の副館長を兼務しています。<br />
旅の図書館は当財団が公益事業として設置・運営する専門図書館です。蔵書として、観光関連の学術誌や観光統計資料の他、ガイドブック、時刻表、機内誌、観光研究の専門図書、財団の刊行物・出版物など、観光研究に資する図書約7万冊をとりそろえています。<br />
図書館の蔵書の中には「古書・稀覯書」として位置付けられるものも約3,300冊あり（当館では概ね戦前のものを古書と定義）、そこには観光学の古典と位置付けられるような学術書も含まれます。<br />
ここ数年、観光地を対象とする「マネジメント」や「ガバナンス」の研究動向を追ってきた立場から、改めて何冊かの古典を紐解いてみると、現代の研究や実務における課題の「源流」がそこにあることに気づきました。</p>
<p>例えば、観光経済学の先駆者として知られるイタリアのアンジェロ・マリオッティ（アンヂエロ･マリオッティ）が1927年頃に著した『観光経済学講義』では、観光統計やホテル事業などと並び、「受動的ツーリスト事業機関」という組織が解説されています。これは旅行会社のような「能動的ツーリスト事業機関」と区別して定義され、日本語訳で「保勝會」という言葉が当てられています。いわば景勝地の同業者組合、観光協会のような組織ですが、着目すべきはその財源です。この組織は、5日以上滞在する観光客に課税される「滞在税」によって活動し、その税収は市町村の一般会計とは区別して観光開発に充てられるべき、と述べられています。まさに、現代日本で導入が進む宿泊税と、それを財源とするDMOの姿に通底するものがあります。</p>
<p>また、マリオッティと並ぶ同時代の代表的な研究者である、ドイツのロバート・グリュックスマン（ローベルト・グリュックスマン）が1935年に著した『観光事業概論』では、観光が地域に与える社会的影響が論じられています。特に「観光客と観光地住民に対する影響」や「観光事業による利潤にあずからない一部住民の態度」といった記述からは、オーバーツーリズムが問題となる現代において、地域住民と観光の調和をいかに図るかという普遍的な問いが、当時においても真正面から向き合うべきイシューであった様子が伺えます。</p>
<h3>温故知新―古典はいわば観光学の「一般教養」</h3>
<p>当財団の機関誌『観光文化』では、2018年に「古書から学ぶ」と題する特集を組みました。これは、古書にはその時代に大きな影響を与え、現代にも通じる示唆を投げかけるものが多く、現在の観光研究や実務が学ぶべきことが多い、との認識から企画されたものです。</p>
<p>観光研究は経済学、経営学、社会学、地理学、工学など、多様な分野にまたがる学際的な学問です。ある分野の研究や実務に取り組む際、最新の論文を参照することはもちろん不可欠です。しかし同時に、その分野の「古典」に触れ、議論の源流を知ることは、物事の全体像を捉えるためのいわば「基礎科目」あるいは「一般教養」として、極めて重要になってくるのではないでしょうか。</p>
<h3>古典が教えてくれた、これからの観光研究の視点</h3>
<p>上記のような古典に触れる中で、もう二つ、改めて考えさせられたことがあります。</p>
<p>一つは、海外の先端的な知見をいち早く国内に紹介し、実践に繋げることの重要性です。前述した2冊の日本語訳版は、いずれも現地での発刊から数年という比較的早い段階で、当時の鉄道省の外局である国際観光局によって発刊されています。また、これら以外にも、『ツーリスト移動論』（オギルヴィエ、1934年）や『観光事業論』（A.J.ノーヴァル、1941年）など、国際観光局が発刊した日本語訳の学術書は複数あります。ここからは、海外の観光理論の最先端を学ぶことで、日本の観光をより高いレベルへ引き上げようという、国家としての強い意志が感じられます。私たちもこの精神を受け継ぎ、国内外の取り組みに学び、その知見を日本の観光地域づくりに還元していく必要があると感じます。</p>
<p>そしてもう一つは、こうした「知的財産」を共有財産（コモンズ）としてシェアし、未来へ継承していくことの重要性です。旅の図書館では、前述した約3,300冊の古書のデジタル化を進めています。デジタルデータは、現在は館内での閲覧に限られていますが、これらの学術的価値を、時間や場所の制約を超えて研究者や実務家が活用できるようにすること。そしてそこからさらに新しいネットワークと知見が生まれること。それこそが、古典から未来への処方箋を見出すための、私たちの重要な使命だと考えます。100年前の知性が現代に光を当てるように、現代の私たちの活動が、未来の観光を照らす礎となることを信じて、引き続き活動を進めていきたいと、改めて感じているところです。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1) アンヂエロ･マリオッティ（1934）, 観光経済学講義, 国際観光局</li>
<li>2) A.J.ノーヴァル（1941年）, 観光事業論, 国際観光局</li>
<li>3) オギルヴィエ（1934年）, ツーリスト移動論, 国際観光局</li>
<li>4) ローベルト・グリュックスマン（1940）, 観光事業概論, 国際観光局</li>
<li>※いずれの資料も、日本語訳版が旅の図書館に所蔵されています。</li>
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			</item>
		<item>
		<title>下呂温泉・水明館に学ぶ―現場でのカイゼンが結ぶ生産性向上―　[コラムvol.530]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gero-onsen-ebisawa/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-gero-onsen-ebisawa</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 Aug 2025 06:29:20 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=55847</guid>

					<description><![CDATA[<p>観光業、とりわけ宿泊業は、人手不足や人件費高騰という構造的課題に直面しており、サービス品質の維持と生産性向上を同時に実現することが急務となっている。こうした中、製造業で培われた「トヨタ生産方式（TPS）」をホテル運営へ応･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gero-onsen-ebisawa/">下呂温泉・水明館に学ぶ―現場でのカイゼンが結ぶ生産性向上―　[コラムvol.530]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>観光業、とりわけ宿泊業は、人手不足や人件費高騰という構造的課題に直面しており、サービス品質の維持と生産性向上を同時に実現することが急務となっている。こうした中、製造業で培われた「トヨタ生産方式（TPS）」をホテル運営へ応用し、6年間で累計約3.4億円の改善効果を上げた下呂温泉・水明館の事例は、具体的でかつ示唆に富んだ解答としてさらに注目に値する。（写真提供：下呂温泉水明館）</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>サービス工学との接点─科学技術と現場改善の橋渡し</h3>
<p>このような現場改善の取り組みが注目される背景には、サービス産業全体の生産性向上に向けた学術的・政策的な流れがある。2008年、産総研に「サービス工学研究センター」が設立されたのは、従来「経験と勘」に頼ってきたサービス業に、科学的・工学的手法による改善の道を拓くことが求められたからである。サービス工学とは、「効率（生産性）と効果（品質）の両立を図りながら、価値創出を支える学際的な工学分野」であり、その設立には、サービス産業を製造業に並ぶ成長エンジンへと育てる国家戦略が背景にあった。</p>
<p>この視点は、理論と現場の橋渡しを志向する産総研の姿勢と一致する。つまり、水明館のカイゼンは、サービス工学の理念「科学的手法を用いた現場改善」の具体例として位置づけられる。サービス需要が増大し、サービス業界に対する社会的期待が高まる今、その基本を丁寧に・地道に実践しながら、さらに前へ進んでいる先進事例である。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>トヨタ式カイゼンの導入背景</h3>
<p>水明館では、従業員約300名のうち1割が「カイゼンリーダー」として活動を牽引し、2018年から特に本格導入された。モットーは「増員・増床・増設なく、増収・増益を図る」。部署を超えた連携と現場主体の改善により、ムダの排除、作業の標準化、在庫・備品の定位置・定量・定数管理を徹底している。</p>
<p>特徴的なのは、「1歩減らす、1秒減らす」という小さな削減を積み重ねる姿勢だ。歩数や秒数を具体的に計測・金額換算し、成果を可視化して現場への納得感と改善意欲を高めている。現場ヒアリングでは「まだ改善できていないこと」が次々と挙がる。改善が進むほど新たな課題が明らかになり、活動の幅が広がっていく。社長はこうした現場発の提案を正確に把握し、経営判断に反映している。トップの強力な後押しと現場の主体性が好循環を生んでおり、継続的な成果を支えている。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>部署をまたぐ改善の積み重ね</h3>
<p>改善は多岐にわたる。洋食調理部では朝食バイキングの仕込み量をロット化し、派遣社員教育を動画化。料飲部では配膳動線を「一筆書き化」し、年間150万歩以上を削減した。<br />
客室清掃では「セル化」を導入し、清掃から部屋セットまでを一人で完結。派遣人員削減と残業時間の大幅減を実現した。<br />
施設管理部では点検作業の見直しにより時間と身体負担を改善。購買部では在庫管理と発注方法を見直し、在庫金額を約3分の1に削減。マーケティング部では宿泊プランを再設計し、年間500万円以上の売上増を達成している。
</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>数字が語る成果</h3>
<p>カイゼンの効果は金額に如実に表れる。2019年の約4,400万円を皮切りに、年間3,000〜9,000万円規模の改善を継続し、累計では341,780,814円に達する。これは単なるコスト削減ではない。作業動線や手順の見直しによりスタッフの負担を軽減し、接客や演出に時間を充てられるようになり、顧客満足度の向上につながっている。</p>
<p>例えば料飲部では、食器片付けに1回20秒の短縮。朝食350名規模営業で年間約1,000時間分の作業時間を削減した。こうして生まれた時間は、料理説明や声かけといった「顧客接点の質」向上に活用されている。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>カイゼンが生み出す「おもてなし時間」</h3>
<p>水明館のカイゼンは、効率化のための効率化ではない。削減した歩数や秒数は「お客様と向き合う時間」に置き換えられる。客室清掃のセル化で浮いた時間は館内演出やクレーム対応に、料飲部では盛付けや配膳の省力化により、お客様の表情や会話に目を向ける余裕が生まれている。その結果、単なる「作業の速さ」ではなく、「心を込めた接客の深さ」が実現される。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>カイゼン文化の根付かせ方</h3>
<p>この取り組みの根底には、「自主性・主体性を尊重する文化」がある。改善案は現場から上がり、リーダーが検証・共有。成果は全社で可視化され、部署横断的に学び合う。改善は「人を減らす」のではなく、「ムダを減らして人の力を活かす」ためにあり、顧客対応やサービス演出へ人員を再配置することを可能にしている。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>観光業全体への示唆</h3>
<p>水明館の事例は、サービス工学が示す「科学的手法によるサービス改善」の現場応用として貴重なモデルである。特に人手不足が常態化する地方の宿泊施設にとって、カイゼンは経営の持続性を高める現実的なアプローチとなり得る。鍵は「小さな改善を可視化し、共有し、継続すること」。こうした地道な積み重ねが、数億円規模の成果と組織文化の変容につながる。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>おわりに</h3>
<p>水明館のカイゼンは、サービス業の生産性向上が現場と経営の一体的な取り組みによってこそ達成されることを示している。地道な改善は、やがて顧客体験を変え、経営の安定をもたらす。そしてこれは、サービス産業全体に求められるサービス工学の理念、「科学的に、しかし人と“おもてなし”を中心に据えた改善」の実践例でもある。観光業の現場にとって、この事例は実践的かつ持続可能な変革の道筋を照らす光となるだろう。</p>
<p style="margin-top: 4em">
<h4>【カイゼン事例】バッシング作業時の仕分け</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>■従来ではゴミなどの仕分けが完了しないと次工程が始められず人員の余剰やムダな時間が発生していた。</li>
<li>
<table class="cntTable borTable floatL mrgt0 top" style="font-size: 12pt">
<tr style="text-align: center">
<td>改善作業</td>
<td>改善前の所要時間</td>
<td>削減内容</td>
<td>改善後所要時間</td>
<td>削減時間</td>
</tr>
<tr>
<td>仕分け作業～次工程</td>
<td>4分30秒</td>
<td>バッシング時に仕分けすることでリードタイム削減</td>
<td>35秒</td>
<td>3分55秒</td>
</tr>
</table>
</li>
<li>270秒－35秒＝235秒　235秒×360日＝84,600円</li>
<li>1,750円×4.5ｈ×360日＝2,835,000円</li>
<li>情報提供：下呂温泉水明館</li>
</ul>
<p style="margin-top: 2em">
<h4>【カイゼン事例】作業工程の見直しと作業工程の標準化。動画による派遣社員への作業確認と教育。</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<div style="text-align: center">
<li><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2025/08/gero-column-image.png" alt="カイゼン事例" width="600px"></li>
</div>
<div style="text-align: center">
<li>（写真提供：下呂温泉水明館）</li>
</div>
</ul>
<p style="margin-top: 2em">
<h4>【参照】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1）国立研究開発法人　産業技術総合研究所ホームページ「サービス工学研究センター」の設立について」<br /><cite>https://www.aist.go.jp/aist_j/news/pr20080305.html?utm_source=chatgpt.com</cite></li>
<li>2）サービス工学の概要、藤田武志、2011年</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gero-onsen-ebisawa/">下呂温泉・水明館に学ぶ―現場でのカイゼンが結ぶ生産性向上―　[コラムvol.530]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>観光振興の先に待ち受ける住宅不足 －観光部門としての向き合い方－ [コラムvol.529]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-housing-solutions-ezaki/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-housing-solutions-ezaki</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 Aug 2025 01:15:51 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=55795</guid>

					<description><![CDATA[<p>近年、国内のリゾート地で「住宅が手に入らない」という声が聞こえてきている。その背景には、観光需要の拡大と不動産市場の加熱がある。ニセコや白馬といった人気のリゾート地では、富裕層や外国人投資家による別荘購入、短期民泊向けの･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-housing-solutions-ezaki/">観光振興の先に待ち受ける住宅不足 －観光部門としての向き合い方－ [コラムvol.529]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>近年、国内のリゾート地で「住宅が手に入らない」という声が聞こえてきている。その背景には、観光需要の拡大と不動産市場の加熱がある。ニセコや白馬といった人気のリゾート地では、富裕層や外国人投資家による別荘購入、短期民泊向けの物件取得が相次ぎ、地元の住民や観光産業の労働者が住宅を確保できない状況が広がりつつある。</p>
<p>この住宅危機は、観光振興の成果ともいえるが、放置すれば地域経済や観光の持続可能性そのものを脅かしかねない。実際、ホテルや飲食店が人手不足で稼働率を下げざるを得ない例や、地域の子育て世帯が転出せざるを得ない例も出てきている。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>海外リゾートでは「観光部門が住宅政策に関わる」</h3>
<p>この問題に先進的に取り組んでいるのが、北米の山岳リゾートである。その中でも、カナダのウィスラーは観光による住宅市場への圧力に最も早くから正面から取り組んできた地域の一つだ。1997年、Resort Municipality of Whistler（RMOW：ウィスラー自治体）は、Whistler Housing Authority（WHA：ウィスラー住宅局）を設立した。WHAは観光産業に従事する労働者や地元住民の「手頃な価格の住宅（アフォーダブル住宅）」へのニーズに対応するための公的機関である。ウィスラーで働く人やその家族が安定して暮らせる住まいを確保することを目的として、住宅の建設や取得を行い、販売または賃貸をしている。これらの住宅は、原則としてウィスラーで働く人およびその家族に限定され、別荘や投資目的での購入は禁止されている。また、転売時には上限価格が設定されるなど、投機的な価格上昇を防ぐための措置も導入されている。このように、地域の労働者や住民が安定して暮らせる住宅を確保するための一連の取り組みは「アフォーダブル住宅」と呼ばれる。</p>
<p>また、WHAの取り組みは「労働者の75％を地元で住まわせる」という目標に基づいている <sup>（※1）</sup>。WHA自身も「ウィスラーの労働者の少なくとも75％を地域内に住まわせる」という目標を掲げ、その目標を達成し続けており、実際には80％前後を維持していると報告されている。</p>
<p>この仕組みを支えているのが、MRDT（Municipal and Regional District Tax：宿泊税）や開発業者からの拠出金である。WHAはこれらを財源として住宅整備や維持管理を行う他、新規のホテル開発等のプロジェクトには住宅供給義務や資金拠出を課す制度も運用している。なお、2023年にはMRDT収入から約297万カナダドルがWHAの住宅供給・管理に投入された<sup>（※1）</sup>。なお、このうち200万ドルは、Airbnb等のオンライン宿泊仲介業者（OAP：Online Accommodation Providers）経由の宿泊から得られた税収である<sup>（※2）</sup>。OAP経由の宿泊は、住宅を観光用途として貸し出すケースが多く、住宅市場を圧迫する要因となり得るため、この税収は全額アフォーダブル住宅の整備に充てる方針となっている。</p>
<p>これらの取り組みの結果、2024年時点でウィスラーの住宅ストック全体の約50％がWHAによって管理されており<sup>（※3）</sup>、観光による住宅圧力を観光収益や行政の仕組みで緩和するモデルが確立されている。</p>
<figure>
<p style="text-align: center"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/07/529_Resort-Municipality-of-Whistler.png" alt="Resort Municipality of Whistler strategic plan"></p><figcaption>
<div style="text-align: center">Resort Municipality of Whistler 2023-2026 Strategic Plans <sup>（※4）</sup><br />RMOWの戦略プランには「住宅施策」が重点事項として位置づけられている</div>
</figcaption></figure>
<p style="margin-top: 2em">
<h4>【注】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>（※1）RMOW Housing Facts 2023<br /><cite>https://www.whistler.ca/property-housing/housing/housing-facts/</cite></li>
<li>（※2）Municipal and Regional District Tax<br /><cite>https://www.whistler.ca/municipal-services/grants-and-funding/municipal-and-regional-district-tax/</cite></li>
<li>（※3）WHA financials; mill rate changes; record number of applications to Community Enrichment Program<br /><cite>https://www.whistler.ca/news/wha-financials-mill-rate-changes-record-number-of-applications-to-community-enrichment-program/?utm_source=chatgpt.com</cite></li>
<li>（※4）RMOW Housing<br /><cite>https://www.whistler.ca/property-%20housing/housing/</cite></li>
</ul>
<p style="margin-top: 2em">
<p>アメリカ・コロラド州アスペンもまた、早くから住宅危機への対応に乗り出した地域だ。1970年代から住宅プログラムの検討が始まり、1982年11月にAspen-Pitkin County Housing Authority（APCHA）という公的住宅供給機関が設立され、観光労働者や地域従業員向けの住宅確保を進めてきた<sup>（※5）</sup>。APCHAの役割は、地域で働く人々が手頃な価格で住めるように、権利制限付き（deed-restricted）住宅を管理し、その販売・賃貸を促進することにある。deed-restricted住宅とは「権利制限付き」の住宅を意味し、転売価格や入居者の所得条件に制限をかけることで、長期的に手頃な価格を維持することを狙っている。これにより、住宅が高騰する市場においても、地域社会の多様性と機能性を保つことが可能となっている。</p>
<p>また、APCHAは、新規開発を行う事業者に対し、従業員向け住宅の供給を義務付けている。その運営財源としては、観光関連の税収や開発事業者の負担金が充てられており、観光の利益を住宅供給に回す循環型の仕組みを構築している点でウィスラーと共通する。</p>
<p>2023年現在、APCHAが管理するdeed-restricted住宅は3,000戸を超え、北米の山岳リゾートでは最大規模を誇る<sup>（※6）</sup>。この取り組みにより、高級リゾートとしての人気が高い一方で、観光労働者が安定的に地域に住み続けられる基盤が維持されている。</p>
<h4>【注】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>（※5）Aspen-Pitkin County Housing Authority<br /><cite>https://www.apcha.org/</cite></li>
<li>（※6）Household Financial Security<br /><cite>https://www.aspen.gov/DocumentCenter/View/817/11-Household-Financial-Security</cite></li>
</ul>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>日本の観光部門として考えるべきこと</h3>
<p>これらの事例を参照しながら、日本において考えるべきことは、観光が地域の住宅市場に与える影響を政策の中でどう位置づけるかだ。日本では住宅政策は建築・都市計画・福祉など複数部門にまたがっており、観光部門が直接関与するケースは少ない。宿泊税の使途に「住宅確保」を含める発想も乏しい。結果として、観光施策が住宅市場に与える影響が可視化されにくく、対応が後手に回りがちになっている。</p>
<p>では、日本の観光部門はこの住宅問題にどう関わるべきだろうか。筆者は以下の3点を提案したい。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<ul style="list-style-type: none">
<li><b>①観光の視点から地域の住宅市場の実態を把握する</b><br />
        「宿泊客数のうち民泊（短期賃貸）が占める割合の把握」「住宅が観光用途に転用される動き（空き家の民泊化や長期賃貸から短期賃貸への転用）の把握」「観光関連労働者の住宅確保率や地域の住宅負担率」等、観光振興が住宅市場に与える影響を把握する。
    </li>
<li><b>②観光財源の一部を住宅対策に充てる</b><br />宿泊税や入湯税の使途として、労働者・住民向け住宅の整備や家賃補助を認める仕組みを検討する。海外では宿泊税を住宅確保に使うのは珍しくなくなってきている。</li>
<li><b>③都市部門・住宅部門と連携し、地域独自のルールづくりを検討する</b><br />北米のアフォータブル住宅の事例を参考に、条例等を用い、転売価格や入居者の所得条件の制限等を検討する。<br />（なお、直近では都心の一部でマンションの転売を一定期間制限する動きも見られている）
    </li>
</ul>
<p style="margin-top: 2em">
<p>これらの問題は、本来は都市計画の枠組み（用途地域）で対応することが基本となるが、特に地方部では都市計画地域や用途地域が指定されないことで、その対応が困難となっている実情がある。今後も観光需要が拡大していく中で、部門間連携を行いながら、従来の常識にとらわれない、柔軟で戦略的な対応が求められるだろう。</p>
<figure>
<p style="text-align: center"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/07/529_Community-Monitoring-Dashboard.png" alt="Community Monitoring Dashboard"></p><figcaption>
        RMOWの「Community Monitoring Dashboard <sup>（※7）</sup>」において、住宅費負担の重さを整理。この他にもダッシュボードでは労働人口に対するベッド数等、観光の数値以外にも住宅に関する指標をモニタリングしている。</p>
<ul style="list-style-type: none">
<li>青の棒グラフ：住宅費が総所得の30%以上を占める回答者の割合</li>
<li>水色の棒グラフ：住宅費が総所得の40%以上を占める回答者の割合</li>
</ul>
</figcaption></figure>
<p style="margin-top: 2em">
<h4>【注】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>（※7）Resort Municipality of Whistler Community Monitoring Dashboard<br /><cite>https://performance.whistler.ca/</cite></li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-housing-solutions-ezaki/">観光振興の先に待ち受ける住宅不足 －観光部門としての向き合い方－ [コラムvol.529]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
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