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	<title>まちづくり | (公財)日本交通公社</title>
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	<description>公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。</description>
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		<title>百年先を見据え続ける道後温泉のまちづくり　[コラムvol.527]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Jun 2025 13:00:44 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>はじめに 2024年7月、道後温泉本館は保存修理工事を経て約5年半ぶりに全館営業を再開した。保存修理工事中の宿泊者数を見ると、コロナの影響はあったものの工事自体の影響は最小限に抑えることができたと言える。そして工事が終了･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>2024年7月、道後温泉本館は保存修理工事を経て約5年半ぶりに全館営業を再開した。保存修理工事中の宿泊者数を見ると、コロナの影響はあったものの工事自体の影響は最小限に抑えることができたと言える。そして工事が終了した現在は多くの人が道後を訪れている。</p>
<p>道後が賑わい続けている背景には、先人の偉業、そしてそれを引き継ぎ発展させてきた地元の取組がある。ここでは先人である伊佐庭如矢の功績と、近年の道後のまちづくりを主導している「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」の取組について述べる。（写真 所蔵：松山市）</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>伊佐庭如矢により築かれた道後温泉まちづくりの基盤</h3>
<p>「日本最古の湯」として知られる道後温泉は、多くの人の営みにより築き上げられてきた。中でも現在の道後の礎を作るにあたり大きな功績を遺した人物の一人が、初代道後湯之町町長の伊佐庭如矢である。彼の功績の一つに、道後温泉本館の改築が挙げられる。公衆浴場として長らく利用されてきた道後温泉本館は当時老朽化が進んでおり、伊佐庭は本館の改築、霊の湯、又新殿の竣工を行い、結果1894年、本館は木造三階建ての立派な建築物となった。多額の費用がかかる工事に対しては多くの反対意見もあったが、伊佐庭は「100年後までも他所が真似できないものを作ってこそ、初めて物をいう。人が集まってくると町が潤い、子々孫々までの利益になる。」と説得し、改築を実現した。その言葉通り、道後温泉本館は多くの人が訪れる道後温泉のシンボルとなり、100年後の平成6年に国の重要文化財に指定された。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>道後温泉誇れるまちづくり推進協議会の設立経緯</h3>
<p>伊佐庭が遺したものはハードだけではない。そのまちづくりの精神も道後の人々に引き継がれた。バブル崩壊後の1992年、今のままでは先人が築き上げてきた偉業・遺産を食いつぶすという危機感より、地域の企業・団体・個人が立場や業種を超え、長期的視点に立って地域主導の特別のまちづくりを行う主体として、道後温泉誇れるまちづくり推進協議会（以下、まち協）が設立された。まち協は任意のまちづくり団体ではあるものの、地元企業、金融機関、町内会、愛媛大学、松山大学、松山市等、地元住民や大学、自治体等多くの主体が構成員となり、幅広い合意形成の場となっている。</p>
<p>また、まち協が作成したまちづくり計画と行政のまちづくりが紐づく形で行われてきたというのも、重要な特徴の一つである。以下、まち協が作成した計画とそれらと行政計画の関連性、実施された施策等について記述する。
</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>1994年：第1次道後グランドデザイン「クラシックスパ道後」</h3>
<p>まち協は設立当初、①道後温泉本館への依存、②希薄な歴史の視認性、③競争の中での地域力低下、④観光事業者と住民の合意形成、⑤入湯税の適切な目的税化、等といった課題を抱えていた。これらの課題を踏まえて最初に作られたのが本計画である。この計画の下で実現した施策には、宿泊者以外も使用できる足湯を宿泊施設の玄関に設置するなど、各地域事業者が主体的に動いたものも含まれる。</p>
<p>一方で、1997年には松山市都市景観形成基本計画、1998年には道後温泉本館周辺景観整備計画が松山市により定められ、道後温泉本館周辺の道路の拡幅やバイパス整備等の動線整備の基本計画が示されたりと、この期間には行政と連動した施策も進められた。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>2002年：第2次道後グランドデザイン「DO! GO! 21～クラシック＆モダン道後をめざして～」</h3>
<p>第1次グランドデザインが状況変化に伴って見直しが必要になったため、また町に対する誇りと危機感を改めて共有するために、第2次グランドデザインが作成された。</p>
<p>このグランドデザインには、後につながる重要な施策の提言が複数明記された。本館以外の歴史を感じられる外湯を生み出すための「第3の外湯」建設構想（後の飛鳥乃温泉）、沿道の建築物の老朽化が目立っていた上人坂の整備構想等が代表例である。</p>
<p>また、まち協に望まれる機能として「景観規定の遵守状況の監視と違反広告等の撤去依頼」との記載がある。2006年にまち協により「ファサード整備協定書」「景観まちづくりデザインガイドライン」が作成されたが、それにつながる記述だったと思われる。</p>
<p>この時期の行政による施策としては、歩車分離を主な目的とした本館周辺の道路付け替え工事が開始されたのが大きなポイントである。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>2006年：「道後温泉歴史漂う景観まちづくり宣言『道後百年の景』」</h3>
<p>美しく文化的に豊かなまちの環境、つまり景観が発展の土台になるという考えから、景観づくりの具体的な方向性を示すために「道後百年の景」は作成された。この計画の元で、今まで構想されてきた多くの事業が実現した。</p>
<p>まち協としては、「道後上人坂再生整備協議会」を設置し再生整備の検討を行ったこと、「ファサード整備協定運営委員会」を設置し、新たに看板を設置する際は委員会の許可を得た後に松山市に申請するという仕組みを作ったこと等がハード関連の功績である。</p>
<p>松山市の動きとしては、2010年に作成された松山市景観計画で本館周辺は景観形成重点区域に指定され、建物の新築や外壁などの変更の際には届け出提出が義務付けられたり、2015年に作成された道後温泉活性化計画で外湯の新館（飛鳥乃温泉）建設、宝厳寺再建と上人坂エリア整備、本館修復と冠山整備等に関して具体的なロードマップが示され、実際に施策が進められた。</p>
<p>また、まち協主体で進められた取組としてもう一つ、2014年に開始された道後オンセナートがある。本館改築120周年を記念して、また本館保存修理工事中に新たな魅力を作ろうという目的で始まったアートイベント・道後オンセナートは継続的に実施され、本館保存修理工事終了後の2025年も「道後アート2025」として実施される予定である。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>2024年：「道後温泉2050ビジョン」</h3>
<p>まち協が設立30年を迎えるということで、これまでの取組を振り返りつつ次の30年を見据えて作られた計画である。</p>
<p>本計画には、これまでのまち協としての取組の経緯が大変詳しく記載されており、また道後が引き継いできたまちづくりの精神もあちこちに散りばめられている。</p>
<p>次の30年を見据えた計画としては、DX、回遊ルート整備、防災、ゼロカーボン、人材育成、財源確保等、これまでも実施してきた取組を改めて計画の中に位置づけてさらに大きく展開していく他、道後温泉歴史ミュージアムの整備、第4の外湯建設、道後公園湯築城跡の活用等、さらに地域全体としての厚みを増していくための新たな計画が記載されている。</p>
<p>本計画の位置づけとしては以下のような記載があり、道後を次代につなぐためにこれらの新たな計画が作られたことが読み取れる。</p>
<blockquote><p><i>「伝統は革新のたゆまぬ積み重ねである」という認識のもと、先人から受け継いだ「日本最古の温泉地」「おもてなしの心と歴史文化に溢れる湯のまち道後」の歴史を次代につなぎつつ、敢えて「温泉だけに依存することなく持続可能な温泉地」という視座に立って来し方行く末を展望する</i></p></blockquote>
<p style="margin-top: 4em">
<p style="text-align: center">道後温泉誇れるまちづくり推進協議会設立以後の計画・事業</p>
<p><a href=""></a></p>
<div class="scroll-box">
<div>
<img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/07/yamamoto-column527-timeline.jpg" alt="公益財団法人日本交通公社　コラム">
</div>
</div>
<figure><figcaption style="text-align: right"><cite>（道後温泉2050ビジョンを参照し筆者作成）</cite></figcaption></figure>
<p style="margin-top: 2em">
<h3>まとめ　―百年先の輝きへの期待―</h3>
<p>このように道後温泉では、先人の教えを踏まえ、まち協主導で数々の取組が行われてきた。これらを踏まえ、道後温泉のまちづくりにおいて特筆すべき事項を3点述べたい。</p>
<p>まず、上記のように地域のまちづくりの取組が行政計画と連動して前進してきた点である。まち協の計画に記載された事業のうち大規模なものや法整備が必要なものは、行政によって具体化・実現され、それを受けてまち協は自分たちの施策を推進してきた。まち協と行政の連携により、都市計画レベルから観光がデザインされてきたと言えよう。</p>
<p>次に、まち協の強い牽引力を支える地元事業者の存在である。まち協には様々な主体が関与しているが、まち協の会長は代々道後温泉の宿泊施設関係者が務めており、幅広い主体の中でも特に彼らが中心となりまち協の取組を牽引してきたと言える。道後温泉は、複数の源泉の湯を分湯場においてブレンドして各施設に配湯している。湯を共同の資源としてきたという地域特性が、地元事業者が協力してまちづくりを進める姿勢につながったのかもしれない。</p>
<p>最後に、彼らにより進められてきた百年先を見据えたまちづくりである。百年先まで続く地域であるために、まち協は本館に、そして温泉にまでも依存しないまちづくりを掲げている。確かに道後では自然災害により温泉湧出が止まったことが過去に何度もあり、今後も湧出が止まる可能性がないとは言い切れない。そのため彼らは、幅広い角度からまちづくりに取り組み、本館・温泉に頼らない地域としての地力を強化してきた。</p>
<p>伊佐庭が築いた本館は百年先まで引き継がれたが、それだけでなく彼の精神も、百年先まで引き継がれてきた。その精神を体現しているのが、道後温泉誇れるまちづくり推進協議会の活動である。次の世代にも、そして今から百年先にも、道後を誇りに思い、さらに百年先まで続けたいという思いが引き継がれることを願っている。</p>
<p style="margin-top: 2em">
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1) 道後温泉誇れるまちづくり推進協議会（2002）：第2次道後グランドデザイン「DO! GO! 21～クラシック＆モダン道後をめざして～」</li>
<li>2) 道後温泉誇れるまちづくり推進協議会（2006）：「道後温泉歴史漂う景観まちづくり宣言『道後百年の景』」</li>
<li>3) 道後温泉誇れるまちづくり推進協議会（2024）：道後温泉2050ビジョン</li>
<li>4) 道後温泉誇れるまちづくり推進協議会（2024）：道後温泉誇れるまちづくり推進協議会 31年の歩み（抄）</li>
<li>5) 道後温泉誇れるまちづくり推進協議会：「道後温泉歴史漂う景観まちづくり」</li>
<li>6) 松山市（2015）：道後温泉活性化計画</li>
<li>7) 松山アーバンデザインセンター（2022）：「松山の都市形成史2020」，2.道後温泉_2.3外湯文化の再生.</li>
<li>8) 公益財団法人日本交通公社（2014）：「温泉地における不易流行を考える―温泉地、温泉旅館の課題と展望」，『観光文化』，第223号，pp.22-23.</li>
<li>9) 公益財団法人日本交通公社（2020）：『温泉まちづくり研究会2020年総括レポート』，pp.19-28.</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-dogo-hotspring-yamamoto/">百年先を見据え続ける道後温泉のまちづくり　[コラムvol.527]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>草津温泉　―多くの人を惹きつけ続けるまちづくり　[コラムvol.511]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-kusatsu-hotspring-yamamoto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-kusatsu-hotspring-yamamoto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkakishima]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Jul 2024 07:20:54 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>草津温泉は、今勢いのある温泉地の一つと言えるだろう。2023年には過去最高の来訪者数を記録し、また観光経済新聞社主催「にっぽんの温泉100選」では21年連続1位を獲得している。実際にまちなかを見渡しても、浴衣を着てそぞろ･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<div class="container">
<p>草津温泉は、今勢いのある温泉地の一つと言えるだろう。2023年には過去最高の来訪者数を記録し、また観光経済新聞社主催「にっぽんの温泉100選」では21年連続1位を獲得している。実際にまちなかを見渡しても、浴衣を着てそぞろ歩きをする若者で昼夜問わず賑わっている。なぜ草津温泉はこれほどまでに多くの人を惹きつけ続けるのだろうか。草津温泉に関する書籍や考察は数多く存在し、全てを語ることはできないが、ここでは草津温泉のまちづくりの変遷を概観し、その魅力の理由を考察する。</p>
<h3>湯治場としての草津温泉</h3>
<p>草津は、強酸性で殺菌力の強い特殊な泉質が「万病に吉」とされ、療養泉・湯治場として長らく人気を誇ってきた。草津の地名が記録に現れるのは1472年の本願寺蓮如の湯治記事が最初と言われている。その後江戸時代に入ると草津は徳川幕府の天領となり、「天下泰平」により多くの平民が湯治として草津を訪れ、湯屋や湯宿が整備された。その評判ゆえに遠隔地からも湯治客が訪れたという記録が残っている。</p>
<p>明治期以降、多くの日本の温泉は都市住民の保養の場、慰安の場としての機能も持つようになっていった。しかし草津ではその泉質が病気の治療に有効だとされていたことやアクセスの悪さ等が要因となり、引き続き湯治場としての特性が保たれていた。</p>
<h3>ベルツによりもたらされた「保養地」という概念</h3>
<p>草津に影響を与えた人物として無視できないのが、1876年に来日したドイツ人医学者・ベルツ博士である。ベルツは東京医学校（現東京大学医学部）にて勤務していたが、草津温泉の泉質や「時間湯」を始めとする入湯法による医学的有効性、また周囲の豊かな自然環境に惹かれ、度々草津を訪れることとなる。草津の周辺部に新たな保養地を作るというベルツの計画は彼の帰国により途絶えたが、「温泉保養地」「リゾート」という概念をもたらしたという点で、ベルツ博士は草津に大きな影響を及ぼしたということができる。</p>
<p>またこの時期、草津温泉では「まちづくり」の芽生えともいえる動きが生じる。1887年に温泉改良会が発足したが、その際に集められた意見書には、草津の改良には村民一致の協力体制が不可欠だと記載されており、村民がまちづくりに関わる重要性が唱えられていると言える。</p>
<h3>スキー場開発・高原開発</h3>
<p>日本にスキー技術が伝えられたのは1911年だが、草津ではその4年後にあたる1915年にスキークラブが誕生した。その後1931年には日本初のスキー学校が草津に誕生し、1948年には地元スキークラブの有志により天狗山スキー場に日本最初のリフトが造られ、昭和40年代中頃までには草津全山にわたってスキー場が開かれた。このようなスキー場開発により、草津の客層は湯治客から観光客へと変化していくこととなる。</p>
<p>また、スキーの人気向上に伴う観光客増加に対応するため、昭和35(1960)年には高台の開拓・別荘地化の方針が記載された「草津高原都市構想」が発表された。その後昭和43(1968)年には地元資本により草津初の本格的リゾートホテルが誕生し、1970年代を中心に草津外の企業による別荘地開拓も積極的に行われた。石油危機を機に一旦土地開発は沈静化したものの、昭和50年代に入ると草津内外の企業によりリゾートマンションの開発が進められた。</p>
<h3>中心部の再開発・町並み環境保全開始</h3>
<p>周辺部で進むリゾート開発の一方で旧態依然としていた中心部の再開発が、昭和50年代頃より一気に進められた。昭和50(1975)年には、岡本太郎の設計により湯畑が再整備された。また、昭和43(1968)年には「時間湯」を行っていた熱乃湯が湯もみショーの場に生まれ変わる、昭和58(1983)年には共同湯「大滝の湯」が設置される等、中心部に着目した大規模な開発が行われた。</p>
<p>その一方で、昭和63(1988)年に「歴史と伝統を守る会和風村」が組織され、住民を中心としたまちづくりも進んだ。会は旧来の伝統的町並み景観や温泉情緒の大切さを認識した旅館により構成され、まずは湯畑に近い滝下通りにおいて電柱の移設や沿道の緑化、旧来の建築様式の再現などが行われた。</p>
<h3>低迷期における方針の再確認</h3>
<p>平成9～11年にかけて「草津温泉ブラッシュアップ計画」が策定された。バブル経済崩壊による低迷期を経てもう一度草津温泉の魅力をブラッシュアップしよう、という計画である。3年間かけて策定された本計画では、培ってきた温泉文化を見直し現代に新たな湯治場を再現するとされている。</p>
<p>また平成13年にはスキー需要の低迷に伴い、冬の誘客を再検討するために旅館組合を中心に「草津の冬を考える会」が発足した。議論の末、「草津は季節を問わず、売りは温泉そのもの」という結論にまとまり、「泉質主義」宣言が発表された。この宣言は、現在でも草津において大きく掲げられている。</p>
<p>その後平成15年には「草津温泉歩きたくなる観光地づくり」に向けた調査が行われ、ワークショップ等には数百人が参加する等、住民のまちづくりへの参画は継続して行われた。</p>
<h3>「街づくり協定」に基づく官民によるまちづくりの推進</h3>
<p>草津町は平成21(2009)年に景観行政団体となり、国土交通省の「街なみ環境整備事業」に基づいて景観づくりを推進する方針を定めた。「街なみ環境整備事業」を活用して補助金を受けるためには、まず地権者の2/3以上の合意を得て「街づくり協定」を締結する必要がある。そのため平成21(2009)年から各地区において順次勉強会やまち歩きを行い、街づくり協定を作成・締結した。その結果始まった「街なみ環境整備事業」には、行政による景観事業と、住民が行う修景事業が含まれる。前者については、湯畑に隣接する駐車場を撤去して共同浴場「御座之湯」建設（2013年完成）と賑わいを創出する「湯路広場」整備（2014年完成）を行う、「熱の湯」を再建する（2015年完成）等、湯畑を中心に大規模な事業が多数行われた。後者の修景事業については、行政による景観整備の効果が出始めると申請件数が増加していった。なお、修景の申請は地元により構成される「まちづくり協議会」にて審査される。住民が自ら、ルールに則った修景であるかをチェックするのである。低迷していた草津温泉の入込客数はこの頃から増加し始め、2023年の過去最高入込客数更新に至る。</p>
<p><img decoding="async" class="alignright" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2024/07/511-image2.png" alt="草津温泉開発" width="300"></p>
<p>その後、西の河原公園整備（2018年完成）、BAN ZIP TENGUのオープン（2019年）と天狗山スキー場の通年営業開始、「裏草津地蔵」整備（2021年完成）、草津温泉入口付近の「温泉門」整備（2023年完成）、天狗山スキー場におけるパルスゴンドラと飲食店整備（2023年完成）等と、行政による整備は次々と行われており、それに伴い民間の新たな投資も見受けられる。今後はバスターミナルの改修やスキー場におけるレストハウス建設も予定されており、草津温泉はまだまだ進化していくと予想される。</p>
<h3>これからの草津温泉</h3>
<p>草津温泉のまちづくりの歴史はこれだけでは語りつくすことができないが、上記の概観を踏まえてポイントを2点挙げる。まず草津温泉のまちづくりは、長い時間軸で進められてきた。泉質や豊かな自然環境、雪山、古い町並み等といった地域特性を活用しながら、時代の潮流に合わせて魅せるものや魅せ方を絶え間なく更新し、進化してきている。また、官民双方が主体的に取組を行ってきたという点も重要である。行政はまちづくりの骨格形成やハード更新を担い、また住民主体の取組が草津温泉のまちづくりを前に推し進めている。</p>
<p>ポストコロナの今、日本の多くの観光地は大きな環境変化に直面している。前代未聞の人材不足により、今後従業員のみならず民間事業者の後継者やまちづくりを担う人材も減少することが懸念されている。草津町も例外ではなく、人口減少が進んでいる。また行政によるハード整備の推進や観光客数の増加を受けて外部からの投資が行われている一方で、地元に根付いた事業者の体力低下も生じている。そういった状況を解決するためには、「サステナブル」「DX」等とも紐づいた抜本的な改革が必要なのではという声も聞かれる。また今までまちづくりを担ってきた世代が交代するタイミングで、外部参入者も含め次の世代にその精神を引き継げるかどうかも重要なポイントかと思われる。</p>
<p>様々な時代の変化を乗り越えてきた草津温泉が、今後またどのように危機を乗り越えていくのか、引き続き着目し続けたい。</p>
<h3>【参考文献・引用】</h3>
<ul>
<li>木暮金太夫・中沢晁編著(1990)：『ベルツ博士と群馬の温泉』 上毛新聞社</li>
<li>山村順次(1992)：『草津温泉観光発達史』，草津町役場</li>
<li>黒岩裕喜男(2012)：「泉質主義」を貫き時代を紡ぐ草津温泉，『観光文化』，第215号，pp.13-18</li>
<li>公益財団法人日本交通公社(2014)：<a href="https://www.jtb.or.jp/book/onmachi-report/onmachi-report-2013/">『温泉まちづくり研究会2013年度総括レポート』</a>，pp.29-76</li>
<li>写真（湯畑）：草津温泉観光協会写真ギャラリーより引用</li>
</ul>
</div><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-kusatsu-hotspring-yamamoto/">草津温泉　―多くの人を惹きつけ続けるまちづくり　[コラムvol.511]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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