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	<title>磯貝 友希 | (公財)日本交通公社</title>
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	<description>公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。</description>
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		<title>“やまなし歴史の道”の観光活用を目指して　[コラムvol.470]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 31 May 2022 00:56:38 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>世界遺産富士山、北岳、八ヶ岳などの雄大な景観や、温泉、ワイン、果樹などの特色ある観光資源に恵まれ、首都圏からのアクセスも容易な山梨県。コロナ禍においても、県が認証する「やまなしグリーン・ゾーン認証」など感染症対策への取組･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>世界遺産富士山、北岳、八ヶ岳などの雄大な景観や、温泉、ワイン、果樹などの特色ある観光資源に恵まれ、首都圏からのアクセスも容易な山梨県。コロナ禍においても、県が認証する「やまなしグリーン・ゾーン認証」など感染症対策への取組に熱心に取り組んでいる、魅力と安心を兼ね備えたデスティネーションである。<br />
筆者は、山梨県が令和２年度から３年度にかけて実施した<strong>「やまなし歴史の道ツーリズム推進事業」</strong>に携わる貴重な機会を得た。今回はこの事業での取組を簡単に紹介したい。</p>
<h3>「やまなし歴史の道ツーリズム推進事業」とは</h3>
<p>「やまなし歴史の道」とは、山梨県内にある江戸時代以前の道のことである。「歴史の道」事業は文化庁が始めた取組であり、人々が古くから利用してきた「道」を「文物や人々の交流の舞台となり、我が国の歴史を理解する上で極めて大切な意味を持つ物であり、最も身近な文化財の一つ」だと意義付け、1978年より調査、保存整備、活用等を進めてきた。こうした国の取組を受け、山梨県でも『山梨県歴史の道調査報告書（全19集）』（1985-1991、山梨県教育委員会）を取りまとめ、『山梨県歴史の道ガイドブック』（1998、山梨県教育委員会）によって調査の成果をより広く公表している。<br />
今回の事業では、「やまなし歴史の道」の観光活用を目指し、「甲州街道」「富士道（谷村路）」「秩父往還」「棒道」「みのぶ道」を対象として、資源調査、モデルコース設定、研修会、ファムトリップ・モニターツアー、プロモーション、大判マップや御朱印帳の作成、案内板の整備、ガイドアプリやノウハウ集の制作などを行った。
</p>
<div id="attachment_44366" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img fetchpriority="high" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44366" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image1-e1653028759897.jpeg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44366" /><p id="caption-attachment-44366" class="wp-caption-text">「やまなし歴史の道」特設コーナー：本事業の成果物は当財団「旅の図書館」にも展示している（2022/05時点）。<br />立ち寄った際にはぜひ手にとってご覧いただきたい</p></div>
<h3>魅力を伝えるモデルコースを設定</h3>
<p>今回取り上げた5道は県内の広範囲に延びており、14市町（注1）の観光部局、文化財部局、観光協会、事業者、研究者、県内外の有識者等の協力を得て検討を進めた。関係者の方々にお話を伺い、時には一緒に歩いていただきながら調査したところ、ひとことでは伝えきれないほど多面的な、各道の魅力が見えてきた。<br />
たとえば、筆者が担当した<a href="https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/michi/4.html" rel="noopener" target="_blank"><strong>棒道</strong></a>（北杜市）。甲斐源氏のその流れを汲む武田信玄が拓いた道と言い伝えられているほか、八ヶ岳南麓の村々の民衆たちが交易などのために行き来していたという。また、山梨の名門武士・甲斐源氏が力を蓄えた逸見（へみ）を通っている（<a href="https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/course/4-6.html" rel="noopener" target="_blank">2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する武田信義も甲斐源氏であり、棒道に近い韮崎市神山町の武田八幡宮で元服して「武田」という姓を名乗った</a>）。<br />
実際に歩いてみると、八ヶ岳と南アルプスを望み、甲府盆地の向こうに富士山が構える景観の迫力に、思わず圧倒された。そして、地元の方にお話を伺いながら、棒道沿線の山林や湧水、石仏や道祖神、城跡や神社仏閣を巡るうちに、八ヶ岳南麓の人々の営みが生き生きと伝わってきた。</p>
<ul><small></p>
<li style="list-style-type: none;">（注1）甲府市、富士吉田市、都留市、山梨市、大月市、韮崎市、北杜市、甲斐市、笛吹市、上野原市、甲州市、早川町、身延町、西桂町　※地方公共団体コード順</li>
</ul>
<p></small><br />
<div id="attachment_44367" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44367" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image2-scaled-e1653028786813.jpg" alt="" width="480" height="320" class="size-full wp-image-44367" /><p id="caption-attachment-44367" class="wp-caption-text">富士山：棒道沿いの富蔵山公園前から撮影。<br />富士山と八ヶ岳の双方を望む山梨県西北部には、この2つの山が背比べをしたという伝承が残る<br />（負けた富士山が悔しがって八ヶ岳を叩いたところ、現在の高さになったという）</p></div><br />
<div id="attachment_44368" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44368" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image3-e1653028794417.jpg" alt="" width="480" height="320" class="size-full wp-image-44368" /><p id="caption-attachment-44368" class="wp-caption-text">八達衛神（やちまた）の碑：江戸時代末期の道祖神。<br />裏面には「棒道は武田家が戦時に作らせた道」だと刻まれており、当時の人々の認識がうかがえる</p></div><br />
<div id="attachment_44369" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44369" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image4-scaled-e1653028802793.jpg" alt="" width="480" height="320" class="size-full wp-image-44369" /><p id="caption-attachment-44369" class="wp-caption-text">三分一湧水（さんぶいちゆうすい）：三分一湧水・女取湧水・八右衛門出口湧水とそこからのびる農業用水路の点検・清掃を<br />当番制で行う仕組が江戸時代から続いている（「長坂三ヶ区の札番・水番制度」県指定無形文化財）。<br />点検時に当番が札を入れかえ、点検済みであることを示す「札所」を各湧水の近くで見ることができる</p></div><br />
<div id="attachment_44370" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44370" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image5-e1653028606131.jpeg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44370" /><p id="caption-attachment-44370" class="wp-caption-text">棒道を歩く：今はカラマツに囲まれているが、かつては馬草などをとる草原が広がっていた。<br />道沿いにゴロゴロと転がる大岩は、八ヶ岳からの土石流「おんだし」の痕跡である</p></div></p>
<p>こうした多岐に及ぶ魅力をできるだけ余さず伝えるために、5道がそれぞれ残してきたストーリーをテーマに据え、合計28件のモデルコースを設定。ガイドアプリや5道のマップ等にその紹介を掲載した。ご協力いただいた関係者の皆さまに、この場を借りて心より御礼申し上げたい。</p>
<div id="attachment_44545" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44545" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image6-e1653029194273.jpeg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44545" /><p id="caption-attachment-44545" class="wp-caption-text">5つの道のマップと御朱印帳：5道のマップは、今後、県内の観光案内所などに設置予定なので、<br />もし見かけたらぜひこれを手に「やまなし歴史の道」をめぐってみてほしい</p></div>
<h3>「やまなし歴史の道」の魅力を高めるには</h3>
<p>検討の過程では様々な気付きがあった。筆者が主に担当した韮崎市、北杜市の取組の中から、特に印象に残った場面を紹介したい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>北杜市で実施した棒道のモニターツアーでは、長野県との県境付近から北杜市考古資料館まで歩き、沿線の石仏群などを中心に巡り歩いた（<a href="https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/course/4-1.html" rel="noopener" target="_blank"><strong>棒道の石仏探訪コース</strong></a>）。石造物を研究している北杜市職員の笹本さんが次のように語ると、ツアー参加者の目が輝いた。</p>
<p>「この道祖神は頭がとれてしまっていますね。なぜでしょうか。――おそらく、岩石中に含まれる水分が、八ヶ岳南麓の厳しい冬の間に何度も凍って膨張したのが原因で、細くなっている首のあたりからポキっと折れたのだと思います」</p>
<p>「この石仏、全体的に黒っぽいですが、表面の一部が緑色ですよね。これはどうしてだと思いますか？――苔ではありません。実は、石材の種類に原因があるのです。八ヶ岳の麓は安山岩、玄武岩質になっています。これらの火成岩に銅が含まれている場合、年月がたつと、表面に染み出してきてサビつき、青銅になるんです。だからこの石仏は緑色っぽくなっているんですよ。ちなみに同じ北杜市内でも、白州町の石造物は白っぽいです。甲斐駒ヶ岳の花崗岩を使っているからですね」</p>
<p>道祖神や石仏の解説では、一般に神仏の種類や像容などについて説明されることが多く、石材の種類や状態にまで踏み込んだ解説は少ない。さらに、石材の様子から地質、気候につなげることで、目の前の石造物と今まさに歩いている場所をつなぐストーリーが見えてくる。参加者らは引き込まれた様子で、熱心に石造物を観察していた。</p>
<div id="attachment_44546" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44546" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image7-scaled-e1653029203759.jpg" alt="" width="480" height="320" class="size-full wp-image-44546" /><p id="caption-attachment-44546" class="wp-caption-text">棒道の石仏：西国三十三箇所、坂東三十三箇所の札所になぞらえた石仏群。<br />江戸時代末期、地域の人々が資金を出し合い、商人や旅人たちの道標として安置した。写真の石仏は表面が緑色に変色している</p></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>甲州街道・韮崎宿のモニターツアー（<a href="https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/course/1-10.html" rel="noopener" target="_blank"><strong>時代を越えて継承される町づくりの息吹・韮崎宿コース</strong></a>）では、韮崎市教育委員会の閏間さんが、次のように語ってくれた。</p>
<p>「この巨大な細長い岩は『七里岩』といいます。ここ、すごくゴツゴツしていますよね。――それは、八ヶ岳が崩れて流れてきた土砂でできている岩だからなんです。両側の塩川と釜無川に削られて、こんなふうに細長い形になったんですよ」</p>
<div id="attachment_44547" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44547" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image8-e1653029339694.jpeg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44547" /><p id="caption-attachment-44547" class="wp-caption-text">雲岸寺窟観音境内の通路：山梨県韮崎市から長野県蔦木市まで、約30kmにわたって横たわる巨大な“七里岩”。<br />雲岸寺窟観音の境内にある七里岩を彫り抜いた通路では、ゴツゴツとした砂礫の様子を観察することができる</p></div>
<p>「この姫宮神社がある舟山からは、七里岩の先端がよく見えますね。――七里岩と舟山の『先』が睨み合っている、すなわち『にらみさき』だから『韮崎』という地名なんだ、という説があります。でも、それでは争い事大好き！みたいな印象になってしまうので、『七里岩の細長い先端が、ニラの葉の先に似ているから』という由来の方が、地元の方に好まれています」</p>
<div id="attachment_44548" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44548" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image9-scaled-e1653029410241.jpg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44548" /><p id="caption-attachment-44548" class="wp-caption-text">姫宮神社：境内でドーナツ形の石を見つけたら、ぜひ覗き込んでみてほしい。<br />晴れていれば穴の向こうに富士山が望める</p></div>
<p>「この道、ちょっと周囲より高く盛り上がっていませんか？――実はここ、江戸時代には堤防だったんです。あっち側にある釜無川が氾濫したとき、この堤防が韮崎宿を守っていたんですよ」</p>
<div id="attachment_44549" style="width: 490px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44549" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image10-scaled-e1653029438998.jpg" alt="" width="480" height="360" class="size-full wp-image-44549" /><p id="caption-attachment-44549" class="wp-caption-text">堤防跡：釜無川の氾濫から韮崎宿を守っていた。<br />写真は草地だが、一部は舗装道路になっており、住宅街に溶け込んでいる</p></div>
<p>「今歩いているこの歩道。建物がみんな、道に対して斜めに傾いていませんか？――これは、間口を狭くしつつ、奥行きをできるだけ深く確保することで、間口にかかる税金を押さえるため。あるいは、八ヶ岳から吹き下ろしてくる強く冷たい風、八ヶ岳おろしを防ぐため、などといわれています」</p>
<p>「このあたりには、リノベーションされたおしゃれな建物や、新しくできたお店が多くあります。もともと韮崎宿は、佐久往還と駿信往還に分岐する交通の要衝で、人やもの、情報が集まる拠点として非常に賑わっていました」</p>
<p>「見ていただくとわかるように、韮崎宿は、宿場という言葉から想像されるような古い街並みが残っている場所ではありません。でも、昔と同じように、今も人や物が集っているからこそ、街は更新され続けているともいえます。いわば、ここは “現役の宿場”なんです」</p>
<div id="attachment_44544" style="width: 370px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-44544" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/470_image11-e1653029837520.jpeg" alt="" width="360" height="480" class="size-full wp-image-44544" /><p id="caption-attachment-44544" class="wp-caption-text">アメリカヤ：1967年に建てられた韮崎のランドマーク「アメリカヤ」が2018年にリニューアルオープン。<br />最上階や屋上からは韮崎の町並みや富士山、八ヶ岳などを一望できる。<br />長屋をリノベーションした「アメリカヤ横丁」が向かいにあり、レトロな雰囲気の中ではしご酒を楽しめる</p></div>
<p>周辺の地形や古くから残る地割などから当時の暮らしを想像させ、新しい街の様子を過去と結びつけると、昔も今も賑わう韮崎宿の姿が立ち上がってくる。参加者からは、こうした解説が高く評価されていた。</p>
<p>目の前にあるものから語り起こし、背景に踏み込み、土地とそこに住まう人々の関係性を解き明かして過去と現在をつなげていく立体的な解説は、その地域で調査研究を重ねてきた方々ならではだろう。「やまなし歴史の道」の魅力をさらに高めるには、このように地元の研究者やガイドの知見を活かすことが有効だと感じた。</p>
<p>視察やモニターツアーでいただいた解説のエッセンスは、<a href="https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/about/" rel="noopener" target="_blank"><strong>ガイドアプリ</strong></a>にも掲載している。また、「やまなし歴史の道」の解説のほか、研修会やファムトリップ、モニターツアー等で得た知見は、「やまなし歴史の道」の活用に資するよう、<a href="https://www.pref.yamanashi.jp/kankou-sgn/rekishinomichi.html" rel="noopener" target="_blank"><strong>『やまなし歴史の道ツーリズムの手引き』</strong></a>に取りまとめた。詳細はこれらの制作物に譲ることとしたい。</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>山梨県立博物館の森原さんは、次のように語っていた。</p>
<p>「山梨県の旧国名“甲斐（かひ）”の由来は、“交ひ”だと考えられています。交通・交流の“交”ですよね。山間の厳しい土地にあって、交流の基盤である“道”は、国の名前の起こりになるほど大切なものでした」</p>
<p>「甲斐は、東海道、東山道・中山道という、海沿いと山中の主要な幹線道路を縦につなぐ数少ない場所であるため、軍事戦略の要として武将らが取り合っていました」</p>
<p>「甲斐にとって“道”は重要なもの。だからこそ、『やまなし歴史の道』には、訪ねる価値のあるたくさんの見どころがあるのです」</p>
<p>今回紹介したほかにも、多くの魅力がある「やまなし歴史の道」。本事業をきっかけとして、「やまなし歴史の道」の活用がさらに進んでいけば嬉しく思う。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-yamanashi-historical-road-tourism-isogai/">“やまなし歴史の道”の観光活用を目指して　[コラムvol.470]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
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		<title>御城印、御宿場印－広がる“御朱印”の世界　[コラムvol.451]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[mktvadmin]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 02 Aug 2021 00:24:33 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>近年、御城印、御宿場印といった、神社仏閣でいただく御朱印とは異なる“御朱印”の世界が静かに広がっている。神社仏閣の御朱印と同様に、筆書きの文字、朱印、日付などが記入されたものをいただき、集印帳に集めていくものだ。 この“･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-goshuin-isogai/">御城印、御宿場印－広がる“御朱印”の世界　[コラムvol.451]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>近年、御城印、御宿場印といった、神社仏閣でいただく御朱印とは異なる“御朱印”の世界が静かに広がっている。神社仏閣の御朱印と同様に、筆書きの文字、朱印、日付などが記入されたものをいただき、集印帳に集めていくものだ。</p>
<p>この“御朱印”は、より深く広くその地域を楽しむ手がかり、そして来訪のきっかけになるのではないかと思う。本稿では3つの事例に触れながら、“御朱印”の魅力と、その効果について考えたい。</p>
<h3>お城巡りの楽しみを高める“御城印”</h3>
<p>“御城印”は、城を訪れた記念にいただくものである。一説には1991年に松本城（長野県）で制作したものが始まりとされ、郡上八幡城（岐阜県）の御城印の売り上げを2016年熊本地震で被災した熊本城（熊本県）復旧のために寄付したことや、令和改元時の限定御城印の人気などが後押しとなり、近年、全国へと広がったようだ（毎日新聞『城主の家紋あしらった「御城印」山梨県内で人気』2020/10/01、平野陽子『はじめての御城印めぐり』2020、JTBパブリッシングより）。</p>
<p>城名を半紙に記し、ゆかりある城主の家紋・花押などの印を押すというのが基本スタイルだが、ほかにも城や武将のイラストがデザインされたり、背景がカラフルだったりと個性豊かだ。見た目が楽しいだけでなく、それらの印やイラストから、その城の歴史や背景を知ることができる。</p>
<p>御城印を集める「御城印帳」は、透明なポケットが蛇腹に連なっており、御城印を収納することが可能だ。まだ空いているポケットを見れば、次はどの城にいくか、ついワクワクと考えてしまう。</p>
<div id="attachment_34070" class="wp-caption aligncenter">
<div style="width: 710px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2021/08/451_image1.jpeg" alt="御城印帳に収めた御城印帳" width="700" height="386" aria-describedby="caption-attachment-34070" /><p class="wp-caption-text">御城印帳に収めた御城印帳 </p>
<p>右：新府城（山梨県）の御城印。城主・武田勝頼の軍旗から“大”の字があしらわれている <br />
左：臼杵城跡（大分県）の夏限定御城印。戦国時代にここを拠点とした大友氏の家紋「杏葉紋」（上）、 <br />
江戸時代にここを居城とした稲葉氏の家紋「折敷に三文字紋」（下）、<br />
近隣にある国宝の磨崖仏・臼杵石仏の蓮があしらわれている</p></div>
</div>
<h3>縄文の遺物に出会う“三十三番土偶札所巡り”</h3>
<p>八ヶ岳を中心とした中部高地では、多くの縄文時代の遺物が出土している。豊かな縄文文化が残るこの地で、特に注目される土偶・土器33点の“御朱印”が制作された。日本遺産『星降る中部高地の縄文世界-数千年を遡る黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅-』（2018年認定）の一環として行われている取組である。</p>
<p>選ばれた33点の土偶・土器（＝札所）を展示している17箇所の施設にて、土偶・土器の愛称とそれを象った朱印、「札所」の番号が付された“御朱印”をいただくことができる。専用の「御朱印帳」は、すべての札所をめぐれば全頁が埋まるようになっており、「コンプリート欲」がそそられる。</p>
<p>挟み込まれているパンフレットには、御朱印をいただける「札所」と周辺観光スポットをまとめたマップ、土偶巡りの「お作法」、学芸員が語る見どころ、グルメやお土産の紹介などを掲載。縄文の遺物と周辺エリアの魅力をさらに知ることができ、より深く中部高地エリアを楽しめる。</p>
<div id="attachment_34066" class="wp-caption aligncenter">
<div style="width: 610px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2021/08/451_image2.jpg" alt="" width="600" height="472" aria-describedby="caption-attachment-34066" /><p class="wp-caption-text">土偶札所御朱印帳、パンフレット等</p>
<p>土偶を象った印は特徴をよく捉えており、かつかわいらしい。<br />
色移りやにじみを防ぐために挟まれる紙（左下）には、近隣にある新府城の紹介も記載。<br />
パンフレットは折り込むと御朱印帳にきっちり収納できる。<br />
専用の御朱印帳はケースつきで高級感のある作り。つい手に取りたくなる洒落たデザイン。</p></div></p>
<p>&nbsp;</p>
</div>
<div id="attachment_34067" class="wp-caption aligncenter">
<div style="width: 610px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2021/08/451_image3.jpg" alt="" width="600" height="540" aria-describedby="caption-attachment-34067" /><p class="wp-caption-text">土偶札所巡りパンフレット</p>
<p>パンフレットに記載の「お作法」「見どころ」を参考に土偶・土器を深く楽しめる。<br />
QRコードからはグルメやお土産の情報にアクセスできる。裏面にはマップあり</p></div>
</div>
<h3>昔を偲び、街道と宿場町を歩く “御宿場印”</h3>
<p>江戸時代、街道の拠点となった“宿場”は、いまでも時に往時の面影を残している。そんな旧宿場町に光を当てようと、各地の宿場町で、宿場印、御宿場印の制作が進められている。</p>
<p>2021年春、五街道に賛同の和を広げることを目指し、東海道の二川宿・吉田宿（愛知県）にて最初の“宿場印”を制作した（朝日新聞『あやかれ「印」ブーム　宿場町の愛知・豊橋が「御宿印」』2021/3/16より）。その流れに乗って、「印を集めながら歩いてみれば、観て知って食べて、街がもっと好きになる」というコンセプトのもと、日光街道・西日光街道でも2021年4月頃から御宿場印の販売を始め、7月には全30箇所の御宿場印が完成した。一つの街道の御宿場印がすべて揃うのは、初めてのことである。（草加市HP『「日光街道・日光西街道 御宿場印プロジェクト」全宿実施開始！』、足立成和信用金庫HP『日光街道・日光西街道 御宿場印プロジェクト』足立成和信用金庫HPより）。</p>
<p>御宿場印は、旧宿場町にある観光協会や神社、商店などで販売されており、江戸時代の町並みや旅人の姿などがあしらわれている。周辺を歩けば、往時の宿場の賑わいを偲びながら、食事やショッピングが楽しめる。日光街道は約140km、西日光街道は約42kmと長い道のりだが、専用の御宿場印帳が用意されており、すべての宿場を巡って揃えたくなる。</p>
<div id="attachment_34068" class="wp-caption aligncenter">
<div style="width: 610px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2021/08/451_image4.jpeg" alt="" width="600" height="600" aria-describedby="caption-attachment-34068" /><p class="wp-caption-text">日本橋の御宿場印、パンフレット</p>
<p>起点である日本橋（東京都）の御宿場印。<br />
日本橋をモチーフにした浮世絵があしらわれており、江戸時代の姿を偲ぶことができる。<br />
パンフレットには宿場とそれぞれの御城印等を記載</p></div></p>
<p>&nbsp;</p>
</div>
<div id="attachment_34069" class="wp-caption aligncenter">
<div style="width: 610px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2021/08/451_image5.jpeg" alt="" width="600" height="600" aria-describedby="caption-attachment-34069" /><p class="wp-caption-text">販売地点</p>
<p>日本橋の御宿場印は日本橋観光案内所で購入可能。<br />
目の前には日光街道を始めとする五街道の起点であった日本橋が現存する</p></div>
</div>
<h3>“御朱印”で広がる旅の楽しみ、地域にとっての“御朱印”</h3>
<p>“御朱印”は、見た目の美しさや楽しさもさることながら、これまで注目していなかった資源の魅力を知る、あるいはよく知っていた資源の背景をより深く味わうことにつながるように思う。</p>
<p>まだ見ぬ“御朱印”を集めるために旅することもあれば、旅先で思いがけず出会って入手できることもあり、“集める楽しみ”を味わうこともできるだろう。近くに“御朱印”があるポイントを見つけたら、ついでに立ち寄って、その地域をより楽しむきっかけにもなるかもしれない。</p>
<p>“御朱印”は地域をより深く知り、旅の楽しみを広げる手がかりになると同時に、来訪のきっかけになる、魅力的なコンテンツではないか。</p>
<p>一方で、観光を通じた振興に取り組んでいる地域からすれば、“御朱印”は、これまで注目されていなかった地域資源に光を当て、誘客のきっかけとなるツールになりえるように思う。たとえば、三十三番土偶札所巡り、日光街道・日光西街道 御宿場印のように、専用の集印帳を作ってシリーズ化すれば、周遊を促進できるだろう。さらに、三十三番土偶札所巡りの事例のように、周辺の観光情報もあわせて伝えることにより、滞在時間延伸、消費拡大にも貢献しうると考えられる。</p>
<p>例に挙げたほかにも、武将の記念符“武将印”、古墳を巡る“御墳印”、酒蔵を巡る“御酒印”、温泉を巡る“御湯印”など、“御朱印”は様々な分野に広がり続けており、旅人を惹きつけ、地域を豊かにする魅力的な仕掛けとして定着してきたという印象がある。</p>
<p>また、コロナ禍における観光のあり方の一つとしても面白いのではないか。複数のポイントを個人で周遊する密を避けた旅行スタイルであり、近場の名所旧跡巡りの動機としてマイクロツーリズムの後押しにもなりえると考えられる。</p>
<p>筆者としては、いち旅行者として“御朱印”の世界を楽しむと同時に、地域への影響も踏まえ、今後の“御朱印”の展開を注視していきたい。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-goshuin-isogai/">御城印、御宿場印－広がる“御朱印”の世界　[コラムvol.451]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>コロナ禍における博物館・美術館の動向［Vol.430］</title>
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		<dc:creator><![CDATA[]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 30 Sep 2020 06:37:56 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>新型コロナウイルスの感染拡大は、「三密」になりやすく感染リスクが高い屋内集客施設の運営に大きな影響を与えている。博物館・美術館も例外ではなく、東京・京都・奈良・九州の国立博物館4館等公立ミュージアムを始めとして、本年2月･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/covid-19-museums-isogai/">コロナ禍における博物館・美術館の動向［Vol.430］</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p> 新型コロナウイルスの感染拡大は、「三密」になりやすく感染リスクが高い屋内集客施設の運営に大きな影響を与えている。博物館・美術館も例外ではなく、東京・京都・奈良・九州の国立博物館4館等公立ミュージアムを始めとして、本年2月末頃より多くの博物館・美術館が休館し、企画展の延期・中止が相次いで発表された。その後、3ヶ月間に亘る長い休館期間を経て、6月頃より再び開館し始めた。しかし、感染症対策のため、これまでとは異なる形での開館を余儀なくされている。</p>
<h3>博物館・美術館の新型コロナウイルス感染症対策</h3>
<p>博物館の基本機能として「資料収集・保存」「調査研究」「展示」「教育・普及」があるが、中でも「密」な環境になりやすい「展示」において、重点的な感染症対策が必要だと考えられる。</p>
<p>公益財団法人日本博物館協会（以下、日博協）は、5月14日に『博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン』を策定し、開館にあたって行うべき感染症対策を示した。同ガイドラインは、展示空間における換気、入場時のマスク着用・手指衛生等の一般的な対策のほか、対人距離確保のため必要に応じて入館制限を行うこと等を求めている。</p>
<p>これを受け、一部の館では混雑時の入場制限や日時指定の完全事前予約制を実施している。十和田市現代美術館では、30分毎の入場人数を50人までとし、上限を超える場合は整理券を配布することで入館人数をコントロールしている。東京国立博物館では来館前の日時指定オンラインチケット購入を必須とした。岐阜県現代陶芸美術館では、来館にあたって事前の電話予約を求めるようになった（注1）。このような入館制限により、対人距離を保った観覧が可能になっている。</p>
<p>しかし、入館制限を始めとする感染症対策のために、収益確保において難が生じている館もある。東京国立博物館では、入場者数の制限や感染症対策による人件費増加等を踏まえ、10月6日開始の特別展『桃山―天下人の100年』の一般入場料を2,400円とした（朝日新聞「感染対策で入場料「最高」に 東京国立博物館の特別展」2020/09/16より）。特別展の一般入場料は通常2,000円未満であった同館としては、異例の値上げとなった。</p>
<p>さて、政府は9月11日付の内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長事務連絡にて、一律50％であったイベント開催時の収容率制限について、博物館・美術館も含む「大声での歓声、声援等がないことを前提としうるもの」に関しては、9月19日より「100％以内」へ緩和することを発表した。これを踏まえ日博協は、ガイドラインに基づく感染防止策が徹底されている場合は入館制限等を緩和することが可能との旨、前掲『博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン』（9月18日改訂版）に記載した。完全事前予約制となっていた森美術館では、9月19日より予約なしでの来館も可能としている。ただし、同ガイドラインに定められた「密が発生しない程度の間隔」を確保できない館では、今後も入館制限が継続すると考えられる。</p>
<h3>オンラインコンテンツの拡充</h3>
<p>コロナ禍は博物館・美術館の「展示」にマイナスの影響を与えているが、一方で「教育・普及」においては良い変化も生み出している。</p>
<p>長期に亘る休館、及び企画展の延期・中止を経て、多くの館がオンラインにて収蔵品の紹介を行うようになった。</p>
<p><b><br />
<div id="caption-attachment-33898" style="width: 1010px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-caption-attachment-33898" src="/wp-content/uploads/2020/09/430_image2.jpg" alt="" width="1000" height="509" class="size-full" /><p id="caption-caption-attachment-33898" class="wp-caption-text">新型コロナウイルスによる休館に伴って公開された博物館のオンラインコンテンツ事例（一部）</p></div><br />
</b></p>
<p>中でも特徴的な取組として、飛騨みやがわ考古民俗館のオンラインツアーが挙げられる。休館中であった5月3日、同館にてZoomを用いたオンラインツアー『おうちで飛騨の縄文めぐり』を開催したところ、通常の年間入館者数の約3分の2に相当する約200人が参加した。山間にありアクセスに悩む同館であったが、オンラインでの魅力発信に活路を見出している（朝日新聞「アクセス悪すぎる博物館 Zoomで気づいた新たな活路」2020/06/11より）。</p>
<p>コロナ禍以前より、国立歴史民俗博物館『WEBギャラリー』や国立博物館『e國寶』等デジタルアーカイブの整備・公開は進められていたものの、数としてはまだ少なく、広く知られてはいなかった。コロナ禍を契機として、博物館・美術館のオンラインコンテンツは一気に拡充され、一般に認知されつつある。前掲『博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン』には、利用制限を実施する際、来館しなくても博物館が提供可能な情報をオンラインで利用できるコンテンツの公開を推進することが望ましい旨記載されており、オンラインコンテンツの拡充は業界全体としても推進されている。その館の魅力がオンラインで地域を超えて発信され、個々の集客力が向上し、かつ人々の関心や知識が深まることで、博物館・美術館業界全体が活性化していくのではないか。</p>
<h3>観光政策との関係</h3>
<p>日本国内には914館の登録博物館、372館の博物館相当施設、4,457館の博物館類似施設がある（2018年10月現在、文化庁「平成30年度社会教育調査報告書」注2）。近年、この膨大な資源に対し、観光においても大きな期待が寄せられている。2017年の観光庁『明日の日本を支える観光ビジョン』では文化財を中核とする観光拠点の整備が施策として掲げられ、その一つである博物館・美術館についても、ニーズに応じた夜間開放や多言語化等が進められている。2020年には、『文化観光推進法』に基づき、地域の博物館・美術館・寺社仏閣等を「文化観光拠点施設」として中核に据え、国内外からの誘客に向けた魅力向上・受け入れ体制整備を地域一体で推進する取組が支援されることとなった。</p>
<p>こうした施策の中で、博物館・美術館の「展示」「教育・普及」機能が観光対象として磨き上げられ、その魅力が広く知られることで、「調査・研究」「収集・保存」といった他の基本機能の拡充にも繋がるのが理想ではないだろうか。</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>これまで述べてきたように、コロナ禍を契機として博物館・美術館の「展示」「教育・普及」のあり方が改めて模索されている。逆風が吹く一方で、博物館・美術館のあり方について再考する好機でもあるのではないか。行く末はまだ不透明だが、今後も動向を注視していきたい。</p>
<h4>注</h4>
<ul>
<li>注1：8月18日（火）より事前予約なしでの入館が可能になった。</li>
<li>注2：ただし、ここで挙げた館の数には、一般的にイメージされるハコモノの「博物館・美術館」だけでなく、動物園・水族館・植物園等も含む。</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/covid-19-museums-isogai/">コロナ禍における博物館・美術館の動向［Vol.430］</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>「歴史の語り直し」と観光地の魅力　[コラムvol.409]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2019 23:00:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[NEWS・新着情報]]></category>
		<category><![CDATA[観光地づくり]]></category>
		<category><![CDATA[歴史文化]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>初めてコラムを投稿いたします。観光地域研究部　磯貝です。 学生時代は日本の古典文学を専攻し、「どのように物語が語り継がれていくのか」を研究しました。現在は「歴史や物語が『観光』と結びついて語り直される」事象に関心を持って･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-telling-history-isogai/">「歴史の語り直し」と観光地の魅力　[コラムvol.409]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>初めてコラムを投稿いたします。観光地域研究部　磯貝です。<br />
学生時代は日本の古典文学を専攻し、「どのように物語が語り継がれていくのか」を研究しました。現在は「歴史や物語が『観光』と結びついて語り直される」事象に関心を持っております。<br />
今回は「歴史の語り直し」をテーマに、休暇で訪れたウズベキスタンでの体験を振り返ってみたいと思います。</p>
<h3>アムール・ティムールの謎</h3>
<p>ウズベキスタンはシルクロードの中継点として栄えた中央アジアの国です。19世紀にロシア帝国の統治下となった後、ソヴィエト連邦の時代を経て1991年に独立し、現在の姿になりました。</p>
<p>世界遺産を擁するヒヴァ、ブハラ、サマルカンド等が観光地としてよく知られています。筆者はそれらと首都のタシケントを訪問しました。ヒヴァの真っ青なミナレット（イスラーム寺院に付属する塔）と日干し煉瓦の街並み、ブハラのハウズ（貯水池）を見下ろすメドレセ（神学校）、サマルカンドの豪奢な廟。歴史文化遺産の数々に圧倒されました。</p>
<p>さて、周遊するうち、「アムール・ティムール」という人物の名をよく見かけることに気づきました。多くの土地や建築物にその名が付けられ、タシケントとサマルカンドには大きな銅像が立っています（筆者は訪れませんでしたが、シャフリサブスというサマルカンドの南方にある街にも同様の像があります）。博物館や遺跡では、ティムールを称える解説文を何度も目にしました。</p>
<p>チャガタイ人（テュルク・イスラーム化したモンゴル系民族）としてシャフリサブス近郊に生まれたティムールは、14世紀に中央アジア全域とその周辺に及ぶ一大帝国を築いた人物として知られています。ティムールは周辺国を次々と攻略しただけでなく、チンギス・ハーンによって13世紀に破壊されたサマルカンドを建て直し、首都として繁栄させ、文化・芸術の振興にも力を尽くしました。しかし、その没後、ティムール朝は内紛によって衰退していきます。不安定になったこの地を16世紀に征服したのは、ウズベク人でした（※1）。「かつてウズベク人に倒された政権の祖」が、現代のウズベク人にこんなにも崇敬されているのは、なぜでしょうか。</p>
<p><div id="attachment_28368" style="width: 510px" class="wp-caption aligncenter"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-28368" class="size-full wp-image-28368" src="/wp-content/uploads/2019/11/409_image2.jpg" alt="" width="500" height="" srcset="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image2.jpg 800w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image2-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-28368" class="wp-caption-text">タシケント：アムール・ティムールの騎馬像</p></div> <div id="attachment_28364" style="width: 510px" class="wp-caption aligncenter"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-28364" class="size-full wp-image-28364" src="/wp-content/uploads/2019/11/409_image3.jpg" alt="" width="500" height="" srcset="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image3.jpg 800w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image3-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 800px) 100vw, 800px" /><p id="caption-attachment-28364" class="wp-caption-text">サマルカンド：アムール・ティムールの座像</p></div></p>
<p><small>※1：ただし、ティムール朝を倒した遊牧民系のウズベク人と現代のウズベク人は同一ではないということ（堀川徹「ウズベクはどこから来たか」帯谷知可編著『ウズベキスタンを知るための60章』明石書店、2018）、ソ連時代には既に現代ウズベク文化のルーツはティムール朝にあると考えられていたこと（帯谷知可「歴史的英雄を語り、描く」同『ウズベキスタンを知るための60章』）が指摘されている。</small></p>
<h3>復活した英雄</h3>
<p>帯谷知可氏（※2）は、ティムールへの崇敬が生じたのはウズベキスタン独立後であることを指摘しています。ソ連史学において、ティムールには「征服行為に明け暮れた残忍な専制君主」というネガティブな評価が下されていました。しかし独立後、「上からのナショナリズム」によってロシア帝政・ソ連時代が「植民地の時代」として断罪されるようになり、「国家の正統性」が「遠い過去」に求められました。その時、現代のウズベキスタンの地に生まれ育ったこと、軍事的・文化的に多大な功績があったことから、ティムールの治世が再評価され、「復活した英雄」となったのです（※3） 。このように、国家のアイデンティティの拠り所として歴史が語り直されたことにより、ティムールが崇敬されるようになったのだと考えられます。</p>
<div id="attachment_37458" style="width: 310px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-37458" src="/wp-content/uploads/2019/11/409_image4-e1573803131220-1-300x400.jpg" alt="" width="300" height="400" class="size-medium wp-image-37458" srcset="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image4-e1573803131220-1-300x400.jpg 300w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image4-e1573803131220-1-450x600.jpg 450w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image4-e1573803131220-1.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /><p id="caption-attachment-37458" class="wp-caption-text">ティムールとその家族が眠るグーリ・アミール廟（サマルカンド）　</p></div>
<p><small>※2、3：帯谷知可（前掲）</small></p>
<h3>ウズベクの誇りと魅力</h3>
<p>ウズベキスタン政府は歴史文化遺産を誘客に活用し、その保全にも力を入れています（※4）。旅行中に目にした歴史地区では盛んに修復が行われ、遺跡は綺麗に整備されていました。そうしたハード面もさることながら、より心に残ったのは、現地の人々が自国の歴史文化に抱く愛情でした。「メドレセの壁と全く同じ模様なんだ」と得意げに自作の彫刻を掲げてみせる職人や、道案内をしながら「この古い街は美しいか？」と聞いてくる地元の方々。「すばらしい」「美しい」と心から賛美すると、皆ぱっと顔を輝かせ、握手を求めてきました。</p>
<p>最も印象深いのは、旅の終わりが近づいた頃、サマルカンドで声をかけてきた日本語学校の生徒です。日本人と会話する練習をするためにボランティアでガイドをしているという彼は、ウズベキスタンの歴史について熱心に語ってくれました。「アムール・ティムール様によって、この地の文化や芸術は大きく発展しました。ティムール様は、我々ウズベキスタン人にとって、最も偉大な人物なのです」。</p>
<p>自国の歴史文化を誇りに思い、愛おしそうに語る彼らの笑顔が眩しくて、益々この国に魅了されました。</p>
<div id="attachment_37452" style="width: 310px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-37452" src="/wp-content/uploads/2019/11/409_image5-e1573803147417-1-300x400.jpg" alt="" width="300" height="400" class="size-medium wp-image-37452" srcset="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image5-e1573803147417-1-300x400.jpg 300w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image5-e1573803147417-1-450x600.jpg 450w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/409_image5-e1573803147417-1.jpg 600w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /><p id="caption-attachment-37452" class="wp-caption-text">　「同じ模様だろう？」と掲げて見せてくれた（サマルカンド）　</p></div>
<p><small>※4：宮崎千穂、エルムロドフ・エルドルジョン「ウズベキスタン共和国における観光戦略大統領交代による改革の促進とその歴史的背景（1991－2019）」（『日本国際観光学会論文集』26、2019）</small></p>
<h3>終わりに</h3>
<p>独立後はソ連統治下に比して、観光に力が入れられています（※5）。日本でも徐々に旅行先として浸透しはじめました。ウズベキスタンに焦点を絞った日本語の旅行ガイドブックは、萩野矢慶記『ウズベキスタン・ガイド: シルクロードの青いきらめき』（彩流社、2016）、地球の歩き方編集室『地球の歩き方　Plat ウズベキスタン』（ダイヤモンド・ビッグ社、2019）、矢巻美穂『はじめて旅するウズベキスタン』（辰巳出版、2019）の3冊が既に刊行されています。また、2018年2月には日本人の観光査証が免除され、渡航しやすくなりました。</p>
<p>今後、ウズベキスタン旅行はより身近になっていくと思われます。皆さんも、自国の歴史文化を愛する魅力的な人々と出会いに、ウズベキスタンを訪れてみてはいかがでしょうか。</p>
<p><small>※5：宮崎千穂、エルムロドフ・エルドルジョン（前掲）</small></p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-telling-history-isogai/">「歴史の語り直し」と観光地の魅力　[コラムvol.409]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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