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	<title>コラム | (公財)日本交通公社</title>
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	<description>公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。</description>
	<lastBuildDate>Mon, 25 May 2026 04:07:11 +0000</lastBuildDate>
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		<title>親子滞在型リゾートとして台湾リゾート・墾丁　[コラムvol.542]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 May 2026 04:07:11 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>「沖縄の方が安い」という議論の背景 台湾では数年前から、「墾丁に行くなら沖縄へ行った方が安い」といった議論が話題となっていました。かつて台湾を代表する南部リゾート・墾丁（Kenting）ですが、近年は、観光客減少や「割高･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h3>「沖縄の方が安い」という議論の背景</h3>
<p>台湾では数年前から、「墾丁に行くなら沖縄へ行った方が安い」といった議論が話題となっていました。かつて台湾を代表する南部リゾート・墾丁（Kenting）ですが、近年は、観光客減少や「割高」というイメージも語られるようになっています。</p>
<p>私は先日、私用で実際に墾丁を訪れました。現地を歩いてみると、日本でイメージしていた「若者向けビーチリゾート」とは少し異なる風景が見えてきました。</p>
<p>墾丁は台湾最南端の恒春半島に位置し、1984年に台湾初の国家公園として指定されました。国家公園統計では、2014年には年間観光客数が約837万人に達しましたが、その後は減少傾向が続いています <sup>1)</sup>。</p>
<p>背景には複数の要因があります。LCCの普及により、日本や東南アジアへの海外旅行が一般化したこと、若年層の嗜好が都市型・短期型観光へ変化したこと、さらに「墾丁は割高」というイメージがSNS上で定着したことなどが挙げられています<sup>2)</sup>。台湾北部住民にとって、沖縄は桃園空港から約1.5時間で到着できる一方、墾丁へは高雄からさらにバス等で約2時間の陸路移動を要するため、時間効率の面でも不利とされています。</p>
<p>一方、行政側は、従来統計ではホテル滞在型観光客やエコツアー参加者を十分に把握できていないと説明しています。携帯電話位置情報を活用した推計では、従来統計とは異なる来訪実態も示されています<sup>3)</sup>。墾丁では、以前のように「何人来たか」だけでは、観光地の実態を測りにくくなっている、という状況になっているようです。</p>
<h3>「親子で学ぶリゾート」への変化</h3>
<p>今回、私が墾丁を訪れた大きな目的の一つは、子ども向け環境教育コンテンツの体験でした。若者向けビーチリゾートのイメージが強かった墾丁ですが、実際に訪れてみると、親子向け滞在型リゾートとしての側面もかなり目立っていました。その象徴が、台湾最大級の水族館である国立海洋生物博物館（海生館）です。</p>
<p>特に人気なのが、閉館後の水族館に宿泊する「夜宿海生館」プログラムです<sup>4)</sup>。参加者は夜間の生態観察やバックヤード見学などを体験できます。</p>
<p>実際に参加してみると、サンゴをはじめとする生物の夜間行動を観察したり、海中トンネルの下に布団を敷き、ベルーガの泳ぐ水槽を眺めながら就寝したりする構成となっていました。単なるレジャーではなく、海洋環境への理解を深める教育プログラムとして非常に完成度が高いと感じました。日本でも類似企画はありますが、ここまで大規模な常設型の宿泊プログラムは比較的珍しい印象でした。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column542_image2.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>「夜宿海生館」体験写真（著者撮影）</figcaption></div>
</figure>
<p>印象的だったのは、自然環境だけでなく、地域インフラも学習対象に組み込まれている点でした。近隣港湾ではサンゴ礁観察やエネルギー展示なども行われていました。グラスボートで港を出ると、穏やかなサンゴ礁の海の背後に2棟の原子炉建屋が見えました。サンゴ礁の海と原発建屋が同時に視界へ入る光景は、日本のリゾート地ではあまり見られないものでした。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column542_image3.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>サンゴ礁と原発が隣接する景観写真（著者撮影）</figcaption></div>
</figure>
<p>宿泊施設側でも、ファミリー市場への対応が進んでいます。大型リゾート「悠活リゾート」は、キッズ設備や、二段ベッドにクライミングウォールとブランコがある部屋、大型プールを備え、台湾国内で高い人気を集めています。スタッフの一人は台北出身で、「墾丁は台湾の沖縄のような場所。こういう場所で働きたくて移住してきた」と話していました。</p>
<p>実際に同行した子どもも、夜の水族館やベルーガ観察に強い興味を示し、電力展示館でも展示を通じて学習を楽しんでいました。悠活リゾートについても「また泊まりたい」と繰り返していました。</p>
<p>平日に訪れた現地は比較的落ち着いた雰囲気で、来訪者の多くは台湾国内客であるように見受けられました。大量集客型リゾートとして知られてきた墾丁とは、利用実態が変わりつつあるようにも感じられました。</p>
<h3>墾丁観光の裏側にある地域事情</h3>
<p>現地を調べていくと、墾丁では観光だけでなく、土地利用やエネルギー政策など、複数の課題が重なっていることも分かってきました。</p>
<p>国家公園区域では長年、厳しい土地利用規制が続いてきました。一方、地域住民からは「生活改善が難しい」「地元住民に利益が還元されにくい」といった不満も存在していました。</p>
<p>そのため近年は、一定条件下で農地転換を認める土地利用規制の見直しも進められています<sup>5)</sup>。外部資本による大規模開発を抑えつつ、地元住民主体の小規模宿泊業などを支援する方向性です。地域主導型エコツーリズムも推進されています。梅花鹿観察ツアーなどでは、地域住民自身がガイドとなり、観光収益を地域へ還元する取り組みが進められています<sup>6)</sup>。</p>
<p>墾丁では、観光とエネルギー政策も無関係ではありません。恒春半島に立地する台湾第3原子力発電所は2025年に運転を終了し、地域社会では雇用や地域経済への影響が議論されています<sup>7)</sup>。現地を歩いていると、観光だけでは語れない地域事情も背景にあるようでした。</p>
<h3>墾丁は「衰退」しているのか</h3>
<p>墾丁を巡っては、観光客減少ばかりが注目されがちです。しかし現地で感じたのは、単純な衰退ではなく、「観光地に何を求めるのか」という価値基準が変化しているという点でした。</p>
<p>行政や一部事業者は、沖縄や東南アジアとの価格競争ではなく、環境教育や長期滞在体験による差別化を図っています。実際、高級リゾート投資も徐々に進み、滞在型や体験型を重視する動きが強まっています<sup>8)</sup>。</p>
<p>一方で、こうした転換の恩恵を受ける事業者はまだ限定的であり、従来型観光に依存する地域経済との間には、温度差もなお残っているように感じられました。こうした変化が地域全体にどのような影響を与えていくのかは、まだ見通しにくい部分もあります。</p>
<p>墾丁を見ていると、観光地に求められるもの自体が少し変わりつつあるようにも感じられました。実際に訪れてみると、かつて日本でイメージしていた「台湾のビーチリゾート」とは少し異なる姿が見えてきました。少なくとも現在の墾丁は、単なる「安い南国リゾート」として語れる場所ではなくなっているように感じられました。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ol>
<li>墾丁國家公園管理處「遊客統計資料」</li>
<li>台湾メディア・SNS上における「墾丁不如去沖縄」関連報道</li>
<li>墾丁國家公園管理處による通信ビッグデータ活用説明資料</li>
<li>國立海洋生物博物館「夜宿海生館」公式資料</li>
<li>墾丁國家公園第五次通盤檢討関連資料</li>
<li>墾丁國家公園管理處 エコツーリズム関連資料</li>
<li>台湾電力公司・核三廠除役関連資料</li>
<li>台湾観光業界報道（墾丁リゾート投資・ホテル開発関連）</li>
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			</item>
		<item>
		<title>地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-tourism-workforce-yamamoto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 May 2026 04:06:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>はじめに 人口減少が進む中、日本各地の観光地で人材不足が深刻化している。観光地で働く人材が確保できないことには、来訪する観光客に対し質の高いサービスを提供できないどころか、施設や地域の存続そのものが危ぶまれる事態となる。･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/">地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>人口減少が進む中、日本各地の観光地で人材不足が深刻化している。観光地で働く人材が確保できないことには、来訪する観光客に対し質の高いサービスを提供できないどころか、施設や地域の存続そのものが危ぶまれる事態となる。</p>
<p>人材不足への対応には、大きく2つの側面があるということができる。新たな人材を地域に呼び込む「確保」と、人材を地域で育て、長く働き続けてもらうための「育成・定着」である。これらに個々の施設で取り組むことも可能だが、人手が限られる中で、施設規模も小さい事業者が単独で十分な対策を講じることは容易ではない。こうした課題には、個々の施設の経営努力に加え、地域として協力して取り組むことが有効と考えられる。</p>
<p>本コラムでは、地域として人材不足の課題に取り組んでいる3つの温泉地の事例を取り上げる。それぞれの取組から、地方観光地における人材確保・育成・定着のあり方を考えてみたい。（写真提供：熊本県観光連盟）</p>
<h3>事例① 黒川温泉　―地域として採用し、地域として育てる―</h3>
<p>熊本県阿蘇地域に位置する黒川温泉は、30軒の旅館が集まる小規模な温泉地である。黒川温泉観光旅館協同組合は、2020年以降、人材の確保と育成に組合全体として取り組む体制を整えてきた <sup>1)</sup>。</p>
<p>まず人材確保の面では、組合が取りまとめの役割を担っている。「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」<sup>2)　※2</sup>は、個々の旅館が単独で学生にアプローチするのではなく、温泉地全体としてインターンシップの募集を行う取組である。参加者は各旅館での仕事体験に加え、共通プログラムとして黒川温泉という地域そのものについて理解する時間を持つ。また採用面では、組合のウェブサイトに各旅館の採用情報が集約されており、複数旅館への応募も可能である。条件面ではなく、従業員の働き方や暮らし方、経営者の思いといった、その地域・その施設で働くことの意味が前面に出されており、「○○旅館で働きたい」という人だけでなく、「黒川温泉で働きたい」という人を受け入れられる仕組みになっている。</p>
<p>育成の面でも、組合は階層別のプログラムを用意している。新入社員が参加する「合同入社式」では、黒川温泉の歴史や地域資源に触れるワークショップを通じて、この地域で働く意義を感じてもらう。また中堅層向けには、次世代リーダー育成プログラム「黒川塾」を開催している。旅館の従業員にとどまらず、「地域の観光人材」としての視点や視座を養い、キャリア意識を醸成することを目的に、キャリアデザインの考え方、地域文化の理解、旅館の魅力づくり等に関連するカリキュラムを設定している。経営者層に対しても人材育成研修を実施し、各旅館での取組をサポートしている <sup>1)</sup>。</p>
<p>これらの取組の背景には、黒川温泉が長年大切にしてきた「黒川温泉一旅館」という考え方がある。温泉地全体を一つの旅館として捉える、地域一体での観光地づくりの思想である。料理やサービスといった個々の施設の競争領域は各旅館が切磋琢磨する一方、人材の採用・育成という、地域全体の持続性に関わる領域については、組合として面で取り組む。この役割分担が、黒川温泉の人材戦略の特徴といえる。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_1.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>黒川塾の様子<sup>※1</sup></figcaption></div>
</figure>
<h3>事例② 嬉野温泉　―日本語学校が「嬉野で暮らす入口」になる―</h3>
<p>佐賀県の嬉野温泉では、温泉旅館の敷地内に日本語学校が開校するという、ユニークな取組が始まっている。</p>
<p>この取組を進めているのは、嬉野温泉の老舗旅館・和多屋別荘である。同館の敷地内に2024年4月に開校した「ICA国際会話学院 嬉野校」は、文部科学大臣が認可した日本語学校で、アジア・中央アジアを中心とする海外人材に向けた日本語教育を提供する。学校の運営は外部法人が担うが、教室には和多屋別荘の現在使われていない宴会場を活用しており、温泉旅館と日本語学校が文字通り隣り合って存在している。</p>
<p>ただし、この日本語学校は旅館の従業員養成を目指すものではない。生徒は嬉野での就職や旅館での就職を目指して入学したわけではなく、日本語を学ぶ場所がたまたま嬉野にあったにすぎない。しかし、嬉野で暮らす中で愛着を抱く学生、学業の傍ら旅館でアルバイトをすることで旅館での就職を視野に入れる学生も現れている。学生のアルバイトは目下の人材不足の解消にもつながっており、地域にとって現在と将来の双方に意義がある。</p>
<p>当初から「嬉野で働きたい」と思っている人を集めるのではなく、まずは「嬉野で暮らし、学ぶ」という入口を地域として用意することで、結果として地域に根づく人材が育つ可能性を広げるという嬉野温泉の取組は、海外人材との接点づくりにおける一つの新たな試みといえるだろう。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_2.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>旅館の宴会場フロアを活用した日本語学校</figcaption></div>
</figure>
<h3>事例③ 草津温泉　―外国人材を「労働力」ではなく「同じ地域の住民」として迎える―</h3>
<p>群馬県の草津温泉は、人口約6,000人の規模で、年間約400万人の観光客を受け入れている、観光に特化した町である。その担い手として外国人材の存在感が年々大きくなっており、現在では町の人口の約1割以上を外国人が占めるとされている<sup>3)</sup>。</p>
<p>草津温泉観光協会DMOには、2016年に発足した人材育成部会がある。合同入社式、若手従業員と地元住民が交流する月例イベント「あつまらナイト！」、地域の観光要素や生活のヒントを盛り込んだ動画制作など、地域全体で人材を確保・育成・定着させるための取組を継続してきた。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/05/column541_3.png" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>あつまらナイト！の様子<sup>※3</sup></figcaption></div>
</figure>
<p>近年、人材育成部会が特に力を入れているのが、外国人材との共生である。職場での外国人スタッフの受入れは進む一方で、家族（特に日本語に触れる機会の少ない母親等）の地域への溶け込み、ごみ出しなどの生活ルールの共有、食文化の違いへの相互理解といった、暮らしの場面における課題が顕在化している。同部会会長の中澤牧子氏は、外国人材を「単なる労働力の補填ではなく、ともに地域を支え地域を作る仲間」として迎える必要があると述べている<sup>4)</sup>。</p>
<p>こうした認識のもと、2025年5月には地元の旅館を会場に、地域住民・旅館関係者・行政・外国人住民らが一堂に会する多文化共生イベント「多文化共生会議 in 草津温泉」が開催された<sup>5)</sup>。母国文化の紹介や食を通じた交流が行われ、「同じ地域に暮らす住民」として顔の見える関係を築く第一歩が踏み出されている。</p>
<h3>まとめ　―人材不足対応は地域全体の課題―</h3>
<p>地方観光地における人材の確保・育成・定着は、もはや個々の施設の経営課題にとどまらず、地域全体で取り組むべき課題であるといえる。3つの事例から見えてきた、地域として人材の課題に取り組む意義・メリットを以下に挙げる。</p>
<ul>
<li>確保：旅館単体での取組では訴求力に限界があり、地域としての入り口やきっかけの作成が効果を発揮し得る。（黒川温泉のインターン・採用サイト、嬉野温泉の日本語学校）</li>
<li>育成：個々の旅館を超えたコミュニティの中で、地域文化への理解を深め、自分なりのキャリアを描いていくことが、人材の長期的な成長と定着につながる。さらに、温泉地のように事業者がまちづくりに主体的に関与する地域では、こうした人材の育成は、地域そのものを担う人材の育成へとつながりうる。（黒川温泉の地域同期構想、黒川塾）</li>
<li>定着：職場の中だけでなく、暮らしの場面における課題への対応が欠かせない。これは施設単独では対応しきれない領域であり、地域を巻き込んだ取組によって初めて成り立つ。（草津温泉の多文化共生）</li>
</ul>
<p>これらの事例に共通するのは、人材を「事業者の従業員」としてだけでなく、「地域の担い手」「地域に暮らす住民」として迎え、育て、住み続けてもらうという考え方である。このように人材を地域全体で支えるという視点に立てば、長く働き、暮らす場としての魅力を、地域全体で高めていく必要があるといえる。</p>
<p>もっとも、これらの取組によって人材不足の解決に至れるかというと、課題は多い。地方の人口減少は今後さらに進み、加えて観光・宿泊業は人手不足が構造的な課題となっており、労働条件の改善も含めた対応が業界として問われている。このように地域単位の工夫だけでは解決し切れない問題も多く、より抜本的な改革や観点の転換が求められる側面もある。海外人材を地域の担い手として迎えるという発想についても、生活基盤を長期的に支え続けられるか、子の世代の教育・進路をどう保障するかなど、迎える側の責任は重い。これらの取組はまだ始まって間もなく、長期的な視点に立ち、課題と向き合いながら継続的に検討と改善を重ねていくことが求められる。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1)	黒川温泉観光旅館協同組合「キャリアサポート」黒川温泉採用情報サイト，<br /><cite>https://www.kurokawaonsen.or.jp/recruit/support/</cite></li>
<li>2)	黒川温泉観光旅館協同組合「黒川温泉おもてなし体験インターンシップ」SMOUT,<br /><cite>https://smout.jp/plans/17810</cite></li>
<li>3)	全国27市区町村で外国人住民が1割超　群馬県は大泉で21.3％、草津で10.5％　工業や観光の担い手に, 上毛新聞, 2025/11/7, 上毛新聞電子版,<br /><cite>https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/803545</cite></li>
<li>4)	公益財団法人日本交通公社（2025）：「温泉まちづくり研究会2024年総括レポート」，pp.9-12,38-39.</li>
<li>5)	JICA東京高崎分室「多文化共生会議 in 草津温泉が開催されました！」JICA, 2025/6/5,<br /><cite>https://www.jica.go.jp/domestic/tokyo/information/topics/2025/1570042_67054.html</cite></li>
<li>※1 黒川温泉観光旅館協同組合より写真提供</li>
<li>※2 2025年度は「黒川温泉オープンカンパニー」として実施。</li>
<li>※3 草津温泉観光協会より写真提供</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-workforce-yamamoto/">地方観光地の人材不足にどう向き合うか　―地域単位で取り組む3温泉地の事例から―　[コラムvol.541]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-exhibition-fukunaga</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 21 Apr 2026 02:36:41 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=57300</guid>

					<description><![CDATA[<p>はじめに 今年は、当財団の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー（以下、ビューロー）が設立されて115年目にあたります。また、沖縄に続き、当財団2箇所目の地方事務所として「京都事務所（JTBF京都観光レジリエンス研究･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/">京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>今年は、当財団の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューロー（以下、ビューロー）が設立されて115年目にあたります。また、沖縄に続き、当財団2箇所目の地方事務所として「京都事務所（JTBF京都観光レジリエンス研究センター）」を立ち上げてから1年が経過しました。</p>
<p>2025年度は京都の事業者の皆様にもご協力いただき、<a href="/book/tourism-culture/tourism-culture-267/">機関誌「観光文化267号：高付加価値観光の本質」</a>を発行した他、<a href="/seminar-symposium/doukou2025/">第35回旅行動向シンポジウム「価値を創り、価値を呼ぶ 地域が主役の高付加価値ツーリズムの実現に向けて」</a>を京都で開催しました。そして、今年度は交流機能や知財のストック（旅の図書館の分館）を備えた新しい京都事務所に深化させていくことを計画しています。</p>
<p>本コラムでは、私たちがなぜ京都を拠点にして研究活動を行うのか、そして名称に掲げた「レジリエンス」という言葉にどのような想いを込めているのか。京都の観光政策のルーツを紐解きながら、ご紹介したいと思います。</p>
<h3>観光政策の礎となった京都博覧会</h3>
<p>近代京都の歴史は、未曾有の危機から始まりました。1869（明治2）年の東京奠都により、人口減少と産業の衰退という深刻な危機に直面しました。京都府参事であった槇村正直は殖産興業に力を入れ、外国人技術者の招聘や工場の整備、職業教育を目的とした学校の建設等を進めていました。こうした中で、地元の豪商であった熊谷久右衛門、三井八郎右衛門、小野善助らによって企画されたのが「京都博覧会」でした。彼らは京都府の協力の元、1871（明治4）年10月10日から33日間の会期で、西本願寺書院を会場に日本初となる「博覧会」を開催し、陳列品336点、11,211人の観客を集めました。そして終了から4日後には彼らが主体となって京都府の協力を取り付け、半官半民の「京都博覧会社」を設立。翌1872（明治5）年3月には、規模を拡大した「第1回京都博覧会」が、本願寺、知恩院、建仁寺を会場に開催されました。以降、規模や名称は変えながらも昭和初期に至るまで、ほぼ毎年開催されることになります。</p>
<h4>先駆的な外国人受入環境の整備</h4>
<p>当時、海外の博覧会の存在は福沢諭吉の『西洋事情』などで紹介されていましたが、明治初期の外国人の行動範囲は開港地や居留地に限定されており、他地域への移動には「内地旅行免状」が必要でした。そこで、京都博覧会社は1871（明治4）年12月に「外国人入京御許可伺」を政府に申請。翌年2月には許可がおりました。一方で、来訪客によるトラブルの可能性も考慮し、英国領事館は補償金を預かることでトラブル時に備えていました。また、会場内には袖章をつけた「ポリス」を配備したほか、英語の立入禁止サインを設置するなど、治安維持にも万全を期していました。</p>
<ul style="overflow: hidden;width: 100%;margin-top: 40px;list-style-type: none;padding-left: 0">
<li style="float: right;width: 30%;margin-left: 20px">
        <img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2026/04/column540_image1.jpg" alt="" style="width: 100%;height: auto;margin: 0">
    </li>
<li>
<p style="margin-top: 0 !important;padding-top: 0 !important;line-height: 1.6">
            京都に到着した外国人は、寺町四条下ルにあった大雲院（外国人応接所）に赴き、そこから宿泊施設へ案内されました。宿泊費は3段階に分かれており、公使等の貴賓に対しては知恩院等の塔頭5箇所を、一般の外国人には19の宿を用意しました。食事も神戸のホテルから料理人を招き、パン、ローストビーフ、ワイン、コーヒーといった本格的な西洋料理を提供しました。
        </p>
<p style="line-height: 1.6">
            通訳は、長崎、足羽、豊岡、大阪等から通訳官を招聘し、各会場で交代で対応にあたりました。そして1873（明治6）年には、京都博覧会を訪れた外国人のため、京都府顧問であった山本覚馬が日本で最初の英文ガイドブック『THE Guide TO THE CELEBRATED PLACES IN KIYOTO &amp; THE SURROUNDING PLACES』を制作しました。
        </p>
<p style="line-height: 1.6">
            外国人の受け入れが未知の領域であった当時、多様な組織と連携しながら、極めてきめ細やかな受入環境を構築していたことがうかがえます。
        </p>
</li>
</ul>
<h4>住民とともに作り、住民自身が楽しむ京都博覧会</h4>
<p>博覧会は国内外の集客だけでなく、徹底して「住民のため」のものでもありました。1872（明治5）年3月には市民向けの広報誌『博覧新報』を発行し、博覧会開催の意義や出品物等の情報を解説しました。博覧会は「半日の見学が十年の読書に勝る」として学校生徒の来場を促し、無料入場が制度化され、同年には女紅場（女子教育機関）の生徒7,531人が来場しました。</p>
<p>さらに、住民の参画意識を高める工夫も凝らされました。一部町内には会場周辺を清掃するための費用（清掃費）が付与された他、住民自らも「案内役」として参画しました。そして第１回博覧会からは娯楽的要素（附博覧）が追加され、今では京都の春の風物詩となっている「都をどり」の他、能の公演や花火、競馬、抹茶の提供などが行われました。また、来場した住民に紅白祝餅を配るなど、教育的側面と娯楽的側面から盛り上げる演出がなされました。</p>
<p>旧皇室典範（1889（明治22）年）によって、即位礼の一部や重要な儀式は京都で実施されることが定められますが、毎年開催された京都博覧会も大礼記念のタイミングには盛大にとり行われました。例えば、1895（明治28）年に平安遷都千百年紀念祭とあわせて開催された「第四回内国勧業博覧会」では、日本最初の路面電車が京都に開業します。この時に平安神宮が創建され、博覧会会場の跡地は岡崎公園として整備されました。また、京都の三大祭の一つである時代祭もこの博覧会を契機に開始されました。</p>
<p>このように数々の博覧会を開催し、国内外から多くの喜賓、来訪客を受け入れてきた京都市は、1930（昭和5）年に行政として初めて観光課を設置します。1932（昭和7）年には全国の観光協会等とともに日本観光地連合会を結成するなど、日本の観光行政を牽引してきました。</p>
<h3>ビューローの原点と京都 ―日本初の「観楓列車」と英語ガイドブックの誕生</h3>
<p>当財団の前身であるビューローが発足したのは、1912（明治45）年のことです。設立の立役者となったのは京都（現・京丹後市）出身の木下淑夫（リンク：https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-kinoshita-bureau-fukunaga/）で、国の鉄道事業をサービスや制度面において大きく発展させた人物として知られています。ビューロー設立に先立つ1902（明治35）年には、国（鉄道作業局）として初めて、新橋（東京）から京都までを結ぶ京都回遊臨時列車（観楓列車）を走らせるなど、早くから京都の観光価値に着目していました。</p>
<ul style="overflow: hidden;width: 100%;margin-top: 40px;list-style-type: none;padding-left: 0">
<li style="float: right;width: 30%;margin-left: 20px">
        <img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/column540_image2.jpg" alt="" style="width: 100%;height: auto;margin: 0">
    </li>
<li>
<p style="margin-top: 0 !important;padding-top: 0 !important;line-height: 1.6">
            そして、ビューローとして初めて有料（30銭）で販売した英語ガイドブックも、京都を対象とした『MAP &amp; GUIDE OF KYOTO AND ENVIRONS』（1915（大正4）年）でした。ビューローとしても設立直後から海外のポスターやガイドブックを収集・分析し、当時三越の図案部にいた杉浦非水に表紙デザインを依頼する等、出版物には非常に力を入れていました。当時、海外で高い知名度と完成度を誇っていたマレーやテリーによるガイドブックも参考にしつつ、職員が自ら現地に赴き、正確性にこだわって編纂されたのがこの一冊でした。
        </p>
</li>
</ul>
<h3>おわりに　京都、レジリエントな都市の系譜 — 150年の知恵を次代の観光へ</h3>
<p>2026年3月に「京都観光・MICE振興計画2030」（リンク：https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/page/0000351851.html）が策定されました。京都の観光政策を紐解くと、その源流は明治期の京都博覧会、いわゆる「MICE」にあることがわかります。鉄道省の外局として国際観光局を設置した1930（昭和5）年に先駆けること半世紀以上も前から、京都では産業振興、市民教育、そして都市の発展を見据えたツールとして観光を位置づけ、官民一体となって戦略的に展開してきました。そして戦後以降も、京都は全国に先駆け文化財保護や景観政策などを打ち出してきました。</p>
<p>「京都は恵まれている」「京都だからできる」と評されることがあります。しかし歴史を紐解いてみれば、常に最先端の課題と向き合い、その都度しなやかな施策を講じてきたからこそ、今の京都があると言えます。</p>
<p>京都事務所の通称に「レジリエンス」という言葉を掲げたのは、変化の激しい時代において地域の観光に求められるのは、困難をしなやかに乗り越え、より良い形へと進化させる力、すなわち「レジリエンス」であると考えているからです。</p>
<p>この稀有な歴史の蓄積と課題解決のプロセスを「形式知」として整理しつつ、多様な研究・交流機会を創出しながら現代の難局を切り拓くヒントを見出していけたらと考えています。今後の京都事務所の活動と展開に、ぜひご期待ください。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul>
<li>『京都博覧会沿革誌』京都博覧協会、1903年</li>
<li>『京都博覧協會史畧』大槻喬編、京都博覽協會、1937年</li>
<li>『博覧新報』博覧会社編、1872年</li>
<li>「明治初期京都の博覧会と観光」工藤泰子、京都光華女子大学研究紀要、2014年</li>
<li>「明治四年京都博覧会について」畑智子、京都文化博物館研究紀要『朱雀』第25集、2013年</li>
<li>『万国博覧会の研究』吉田光邦編、思文閣出版、1986年</li>
<li>『THE Guide TO THE CELEBRATED PLACES IN KIYOTO &amp; THE SURROUNDING PLACES』山本覚馬・丹羽圭介・石田旭山、1873年（写真は復刻版）</li>
<li>『国鉄興隆時代 : 木下運輸二十年』青木槐三, 山中忠雄 編著、日本交通協会、1957年</li>
<li>「MAP &amp; GUIDE OF KYOTO AND ENVIRONS」ジャパン・ツーリスト・ビューロー、1915年</li>
<li>観光文化259号「ポスト・コロナの観光地マネジメント～京都市～」、（公財）日本交通公社、2023年</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-exhibition-fukunaga/">京都、レジリエントな都市の系譜 ―150年の知恵を次代の観光へ―　[コラムvol.540]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-japan-heritage-goto-shinichi</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 02:41:19 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>文化行政の「大きな転換点」に立ち会って 2015年、私は東京国立博物館で第1回認定証交付式の式典運営のお手伝いをさせて頂きました。日本遺産誕生の瞬間に立ち会えたことはとても素晴らしい経験であったと思います。誕生したばかり･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/">文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>文化行政の「大きな転換点」に立ち会って</h3>
<p>2015年、私は東京国立博物館で第1回認定証交付式の式典運営のお手伝いをさせて頂きました。日本遺産誕生の瞬間に立ち会えたことはとても素晴らしい経験であったと思います。誕生したばかりのこの日本遺産は、まだ誰にも知られていない「手探りの手作りの状態」であったように思います。日本遺産は制度ができて10年の節目となりました。とても感慨深いものです。</p>
<p>当時の日本は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックという「スポーツと文化の祭典」を見据え、国を挙げて観光立国への歩みを加速させていました。その潮流の中で誕生した日本遺産は、従来の文化財保護法に基づく「点」の保存という規制主導の枠組みを大きく修正し、地域の歴史や伝統を「ストーリー」としてパッケージ化し、一括して「面」で活用するという当時としては画期的な挑戦でした。</p>
<p>制度開始から10年。日本遺産は認定数が104件に達し、成熟期を迎えているように思います。その一方で、私はいまだに地方の現場で、観光による一方的な地域活性化を真っすぐに訴える観光課などの行政担当者に対し、文化財の担い手たちが浮かべる、どこか複雑な「苦笑い」を目にします。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image3.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>京都で開催された日本遺産のPRの様子</figcaption></div>
</figure>
<h3>「観光のための文化」から「文化のための観光」へ</h3>
<p>もちろん、この10年で状況は確実に前進しました。2018年の文化財保護法改正により「活用」に係る予算配分が手厚くなり、また、日本遺産等に関わる理解も広がってきたことで、かつてのような「保存か、活用か」というゼロサムの極端な二項対立ではなく、双方の重要性を理解する関係者は増えています。</p>
<p>しかし、現場では今、新たな形の「苦笑い」も生まれています。それは、急激に増加するインバウンド需要への対応に追われ、本来守るべき真正性が揺るぎ始めていることへの戸惑いです。また、高付加価値化の名のもとに、観光のために文化財を「利用」する流れも増えてきているのではないかと思います。日本政府が2030年に掲げる訪日客6,000万人という目標が現実味を帯びる中で、ある担い手の方は「観光客が増えるのは嬉しい。しかし、私たちが守ってきた歴史や伝統が、表面的な『見せ物』になっていないか不安」と話していました。</p>
<p>ここで私たちは、原点に立ち返る必要があるのではないかと思います。日本遺産が目指したのは、観光のために文化を「消費」することだったのでしょうか。それとも、貴重な文化財を次世代へ継承するために、観光を「手段」として使いこなすことだったのでしょうか。特に人口減少が加速する地方においては、この問いはますます重みを増しているのではないでしょうか。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image4.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>ツーリズムエキスポでの日本遺産のPRの様子</figcaption></div>
</figure>
<h3>デヴィッド・スロスビーが説く「文化資本」という視点</h3>
<p>この問いに対し、文化経済学が専門のデヴィッド・スロスビー氏が提唱する「文化資本（Cultural Capital）」の概念は、とても参考になると思います。スロスビー氏は、文化遺産を単なる観光資源ではなく、将来にわたって感動や知恵という「利息」を生み続ける「資本」であると定義しました。</p>
<p>スロスビーの理論の核心は、目に見える「経済的価値」は、目に見えない「文化的価値（真正性や社会的価値）」という土台に支えられているという点にあります。例えば、評価指標としての「入込客数」や「消費額」という数字を追うあまり、土台である文化の真正性が損なわれてしまえば、結果として文化資本そのものが目減りし、長期的には観光地としての魅力も経済的価値も失われてしまいます。</p>
<p>日本遺産の制度ができて10年。私たちが目を向けるべきことは、日本遺産のストーリー及び構成文化財を「資本」として適切に運用し、その価値を高めるための「投資」を行っているかという点です。単なる切り売りによる「消費」で終わらせないためには、どのような仕組みが地域に必要なのか、地域全体で考えていく必要があるのではないかと思います。</p>
<h3>継承をシステム化する：タイ・DASTAの挑戦</h3>
<p>文化資本を「消費」せず、いかに「運用」して次世代へ繋ぐか。先日、私がタイを視察調査した際に興味深い事例がありました。それはタイの政府機関DASTA（Designated Areas for Sustainable Tourism Administration）の取り組みです。彼らは自らを「システム・インテグレーター」と定義し、単に補助金を配るのではなく、地域が自立して文化を守るための「漁の仕組み」を地域の担い手と共に設計しています。</p>
<p>象徴的なのは、その評価指標です。彼らは単なる入込客数でだけではなく、「収入分配指数」を重視します。観光収益が特定の個人に偏らず、地域内で公平に分散されているか、そしてその一部が例えば、次世代を担う子供たちの学費や文化保存基金に還元されることを重視していました。加えて、一度途絶えたペッチャブリーの「ナン・ヤイ（伝統影絵劇）」を「観光を手段」として活用して、復活させるという、私の立場として考えられないような取り組みも成功させていました。観光客からの称賛が子供たちの誇りを育み、さらに経済的な裏付けが「学びのインセンティブ」として機能する、継承の好循環をDASTAの職員が地域に入り共にデザイン（仕組み作り）しており、とても感銘を受けました。</p>
<p>折しも、日本遺産審査・評価委員会が発表した最新の指針では、日本遺産の目的として「収益が文化・伝統の保存・継承に還元されること」が改めて明記されました。さらに、今後の評価指標例として「事業収益のうち文化資源の保存活用に再投資する金額」という項目も導入されています。</p>
<p>これは、私がDASTAで見聞きした「分配と還元の仕組み」が、日本遺産制度においても本質的な課題として示されたことを意味します。これまで重視されてきた「入込客数」「消費額」という結果だけではなく、その収益を次世代や文化保存にどう繋ぐかという「継承の装置」としての仕組み作りが、今まさに求められているのです。</p>
<h3>2035年の日本遺産：苦笑いを「共感」に変えるために</h3>
<p>日本遺産が認定から20周年を迎える2035年。その時、地域の日本遺産ストーリー、構成文化財はどのようになっているのでしょうか。</p>
<p>文化庁の指針では、短期的に目指すべき自立・自走の姿として、地域経済や住民生活への貢献を可視化し、事業者からの支援を得て継続する仕組みの構築が示されました。この具体策として、例えば文化庁が進める「日本遺産オフィシャルパートナーシッププログラム」を各地域が「地域版」として独自に展開し、民間企業との連携による収益を直接的に担い手や祭りの基金へ還流させるような、官民連携の新しい仕組み作りなどが期待されます 。</p>
<p>もし私たちが今のまま、目に見える数字だけを追い続ければ、2035年、担い手不足のなかで形骸化したストーリーだけが残されているかもしれません。しかし今、私たちが日本遺産を「活用によって価値を高めるべき資本」として捉え直し、「保存と還元の好循環」を各地で仕組み化することができれば、未来は大きく変わっていくのではないかと思います。</p>
<p>観光客は単なる「お金」ではなく、文化の「理解者」かつ「支援者」となり、その対価は直接的にも地域の未来へと還流されます。2035年、次の日本遺産の10年へ。観光が果たすべき役割は大きいのではないかと思います。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/03/column539_image2.jpg" alt="研究員コラム" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>琉球王国時代から連綿と続く沖縄の伝統的な「琉球料理」と「泡盛」、そして「芸能」<br />構成文化財 浦添城跡（画像提供：沖縄県文化振興課）</figcaption></div>
</figure>
<h4>【参考】</h4>
<ul>
<li>文化庁「日本遺産（Japan Heritage）」ポータルサイト<br />
        <cite>https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/</cite>（最終アクセス：2026年2月23日）
    </li>
<li>
    文化庁「日本遺産認定地域の今後の審査について」（日本遺産審査・評価委員会、令和6年1月）
</li>
<li>
    文化庁「令和8年度以降の総括評価・継続審査にあたっての地域活性化計画等の改善について」（日本遺産審査・評価委員会、令和8年2月）
</li>
<li>
    Throsby, David (1999) &#8220;Cultural Capital&#8221;, Journal of Cultural Economics, Vol. 23
</li>
<li>
    DASTA（Designated Areas for Sustainable Tourism Administration）公式サイト<br />
<cite>https://www.dasta.or.th/</cite>（最終アクセス：2026年2月23日）
</li><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-japan-heritage-goto-shinichi/">文化を『消費』しない観光へ —日本遺産10年からの問い　[コラムvol.539]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-machi18-goto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Mar 2026 01:05:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>はじめに―観光地の「成長」とは何か、代謝する各主体・要素の今 地域の発展を如何に捉え、如何なる方向へと向かうべきか。この問いは、いつの時代も都市・地域論の中心的な命題であり続けてきた。人々が暮らす「まち」は、常に変化とい･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/">賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに―観光地の「成長」とは何か、代謝する各主体・要素の今</h3>
<p>地域の発展を如何に捉え、如何なる方向へと向かうべきか。この問いは、いつの時代も都市・地域論の中心的な命題であり続けてきた。人々が暮らす「まち」は、常に変化という名の代謝を繰り返す生き物である。昨今、「脱成長」や「包摂的な成長」など、成長を巡る概念は多様化しているが、何れの文脈にせよ、その代謝を適切に調整・制御し、次なるステージへと繋げるマネジメント機能が不可欠である。
</p>
<p>観光分野においては長らく、Butler(1980)の「観光地ライフサイクル（TALC）モデル」が参照されてきた。観光地の発展を大きく成長・確立・停滞等の線形で捉える同モデルは、今日においても基礎となる理論的枠組みである。しかし、同モデルの提唱から半世紀を経てもなお、発展の各段階に応じた対策やマネジメントの知見が体系的に蓄積されているとは言い難い。現代においては、気候変動、インフラの老朽化、そして住民の受容限界といった複雑な外的・内的要因の相互作用も考慮に入れなければならない。
</p>
<p>勿論、世界を見渡せば事例は多数存在する。しかし、地域ごとに前提条件が異なる且つ複数の利害が複雑に絡み合うため、万能な成長管理モデル（処方箋）は成立し得ないだろう。結果として、地域政策と観光政策が交錯する領域で、対症療法的に部分的な管理がなされているのが現実である。視点を変え、成長におけるステークホルダー間の動的な均衡状態を捉えようとVICEモデル（訪問者・産業・コミュニティ・環境）をベースに俯瞰しても【図参照】、各主体のあり方や主体間の関係は時代とともに変容しており、その境界線も融解しつつある。
</p>
<p>また、メガシティ<sup>*1</sup>と中小規模の都市とでは、事象の捉え方も政策の調整手法も異なる。まちごとに異なる背景を持ちながらも、観光が地域社会での存在感を増す中で、規模の大小を超えて共通する潮流がある。それは、物理的な公共空間の整備にとどまらず、社会的に共有される体験や居場所づくりを重視する「パブリック・レルム（Public Realm: 公共的領域）」<sup>*2</sup>や、「観光コモンズ」の創出への志向である。すなわち、現代においてまちの魅力の核心は、人々が交わり体験を共有する「器」の質へと移行している。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2026/02/column538_image1-1.png" alt="研究員コラム図表" width="80%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>出典：「A Practical Guide to Tourism Destination Management」(UNWTO, 2007)のVICEモデル*および「訪れてよし の観光地づくり-まずは住民意識の把握から!」（（公財）日本交通公社、2013）、「沖縄観光成果指標（整理軸）」、「近江八幡市観光振興計画」（2023）の関係図をもとに、筆者作成　*Visitor、Industry、Community、Environment and Cultureの頭文字</figcaption></div>
</figure>
<p>例えばメガシティの代表格であるニューヨーク市は、マンハッタンへの一極集中を緩和すべく、ブルックリン等の開発を通じて賑わいと共生の場を生み出し、5区内外での多極・分散を図ってきた。一方で、グリーン・ジェントリフィケーション（環境改善に伴う地価高騰と低所得者の排除）等の副作用の内部化も試みている。地元雇用や生活賃金の保証、地元調達、低廉な住宅や公共空間の確保等を開発事業者と地域コミュニティ連合が直接契約する、民間主体の「コミュニティ還元協定（CBA：Community Benefits Agreement）」、さらに公的投資を約束する「合意事項（POA: Points of Agreement）」等の重層的な枠組みを通じて、開発時やその後の地域の持続性を担保している。こうした制度は、今後の観光地マネジメントにも参考となるだろう。前例を踏まえ、事前調整的なシステムを如何に実装していくか。その知恵が今求められている。
</p>
<h3>グロースマネジメント再考―量と質、そして「速度」を捉える複眼</h3>
<p>さて、ここからは都市計画の領域で培われてきた「グロースマネジメント（成長管理）」の展開を踏まえながら、“成長”という概念を再定義する視点から捉え直していく。</p>
<p>都市の成長管理の発祥である米国の都市計画の歩みを振り返ると、1970〜80年代にかけて、都市の無秩序な拡大（スプロール）を抑制するため、開発の量や場所、速度・タイミングを規制的に調整する「グロースマネジメント」が隆盛した<sup>*3</sup>。例えば、サンフランシスコのベットタウンとして人口が急増したカリフォルニア州のペタルーマ（Petaluma）は、1971年にプランを策定し、1972年から5年間、住宅建設許可に年間上限を設ける数値割当（Quota）を導入した。また、ニューヨーク州のマラポ（Ramapo）では、1969年に資本整備計画に基づくインフラ整備水準と開発許可を連動させる〔状況を得点化し、その点数に達しないと許可しない〕という段階的成長管理システムを設けた。こうした時間軸を有する制度形成の動きは、観光地及び観光領域の成長管理へと展開されていった。
</p>
<p>90年代には、成長をより良い形態へと誘導する質的なアプローチ「スマートグロース（賢明な成長）」へと議論が移行していく。その後、様々な議論や展開を経て、近年では、社会経済的な縮小を所与の前提として「スマートディクライン（賢明な縮小）」（我が国では「スマートシュリンク」）という概念も問われるようになっている。多種多様な地域・観光地が存在する中で今日直面している課題は、過剰な観光がもたらすオーバーツーリズムだけではない。施設の老朽化に伴う更新や空き家・廃屋の撤去、施設の集約化を通じたダウンサイジングもまた、視野に収めるべき切実な課題である。そして重要なのは、こうした課題への対応は単なる「後退」や「縮小」ではないという点だ。住民の生活の質（QOL）の向上や、地域に対するシビックプライドの醸成といった、別軸の規範的価値増大を目指すという意味において、これもまた広義の「成長」の一形態と言える。本コラムでは、これら多様なベクトルを包括して「観光地のグロースマネジメント」<sup>*4</sup>と呼称する。
</p>
<p>そして、半世紀を振り返り、改めて着目すべきは、「量・質・速度」という三つの次元である【前の図参照】。1970年代、我が国の観光政策審議会の場では、既に適正な規模（サイズ）と適正な速度（スピード）に眼差しは向けられていた<sup>*5</sup>。以下では、速度変化への対応として一時停止措置（モラトリアム）に焦点を充てて、海外の事例を幾つか概観する（観光モラトリアム研究自体の目的は、後藤（2024）を参照）。
</p>
<h3>モラトリアム―賢明な「足踏み」戦略の導入</h3>
<h4>事例 サンフランシスコ市―住居確保に向けたモラトリアム（1979）</h4>
<p>1970～80年代にかけて、サンフランシスコ市は急激な不動産開発と高級化、いわゆるマンハッタン化が進み、その発展の影で深刻化したのが、低所得者向けの住宅供給（単身者向け居住用ホテル（SRO: Single Room Occupancy））<sup>*6</sup>の減少である。市場原理に任せれば消失するであろう危機に対して、1979年、市議会に相当する同市の監督委員会は、観光客向け宿泊施設（ホテル・コンドミニアム）への転用を制限するため、「居住用ホテル（SRO）ユニット」の解体・転換を禁じる一時的措置（モラトリアム）を決定した。この猶予期間における議論を経て、1981年には「居住用ホテルユニット転換条例」として恒久化された<sup>*7</sup>。
</p>
<p>同条例の制度的核心は、SROを観光用途に転換する事業者に対して、開発がもたらす外部不経済の内部化を厳格に課した点にある。開発事業者は、①立ち退きを余儀なくされる居住者への移転支援を行うとともに、②喪失する居住ユニットと同数の居住ユニットを新たに新設・改修して置き換えるか、あるいは③金銭で補填するか〔相当額の「代替負担金（in-lieu fee）」を市の住宅基金に納付するか、公的機関・団体に資金提供して代替ユニットを確保するか〕という選択を迫る制度とした。なお、同条例は、観光宿泊施設の増設自体を完全には阻害しておらず、転用許可の代替として住居供給を強制するものである。
</p>
<p>また、こうした動きは、同時代の都市における成長管理の全体像と、サンフランシスコ市における時系列的な展開の両面から捉える必要がある。同市では、1980年代に住宅供給量とオフィス開発上限を連動させるリンケージ制度〔目標未達成の場合はオフィス枠の削減〕を設けるなど、絶えず制度改善を繰り返しながら現在に至る。
</p>
<h4>事例 ワイキキ―猶予期間が導く、センス・オブ・プレイスの体現に向けた規制の適正化へ（1990）</h4>
<p>モラトリアムは、より厳格な開発規制強化への助走だと捉えられがちである。しかし、過去の硬直化した規制がもたらした停滞を解きほぐし、規制の適正化（実質的な規制緩和を含む）へと向かう布石となることもある。1980年代後半、ハワイ州ホノルル市郡のワイキキ地区は国際的な観光地競争力の低下と施設の老朽化という課題に直面していた。1976年設立のワイキキ特別地区（WSD）で導入した厳格な基準（規制）が再投資を阻害していたことが要因の一つであった<sup>*8</sup>。
</p>
<p>この制度的ジレンマを打開すべく、ホノルル市議会は、1990年、ワイキキ地区における新規建設許可の発行を1年間に限定して停止する暫定開発規制（IDC (Interim Development Control)）条例を可決した<sup>*9</sup>。新規建設を停止して「新方針の検討に充てる戦略的猶予期間」を確保したのだ。この停止期間を利用して抜本的な制度設計の見直しを行い、1992年にはワイキキ・マスタープランを策定。そして地域の文化的・規範的価値「ハワイアン・センス・オブ・プレイス」を体現するための質的誘導（規制緩和を含む）を図る土地利用条例の改正（1996年）へと展開した<sup>*10</sup>。モラトリアムを契機として更新を阻むボトルネックを解消し、従前の規制の継ぎ接ぎ的緩和を回避しつつ、文化的な質向上への誘導と民間投資の促進を両立させる制度再構築を行った。
</p>
<p>なお、ホノルル市郡では、1980年代後半には既に他の地区でIDC条例を導入した先例があり、既存の制度的枠組みをワイキキという国際的なアーバンリゾートに適用した<sup>*11</sup>。</p>
<h4>事例 バリ島―異なるレベルの政府間調整による選択的開発と再配分（2026）</h4>
<p>直近の国際的な動向として注視すべきは、インドネシア・バリ島での開発調整と財政メカニズムを組み合わせたモラトリアムである。バリ州政府（以下、州政府）は2026年1月より生産的な土地（農地や森林、保水地等）、特に水田におけるホテルやレストラン、商業施設の新規建設許可の発行を停止した<sup>*12</sup>。
</p>
<p>バリ島では、コロナ禍からの回復期において、観光による負の影響が深刻化し、モラトリアム論争が再燃した<sup>*13</sup>。混雑と過剰開発を前に、ホテル、ナイトクラブ、ヴィラの建設を一時停止する計画や、新規建設の許可・監督権限を州政府に移管する案も浮上した<sup>*14</sup>。しかし、2025年初頭、州知事は経済的影響を危惧しモラトリアム導入を見送った。
</p>
<p>その後は、長年の課題である南北の空間的な経済格差と過度な土地開発に対処するため、州政府は、2025年7月に州内の県・市と新たな財政面での合意を形成した。それは、観光開発が集中する南部地域（Sarbagita地域）が徴収するホテル・レストラン税の10%を、州が基金化し特別財政支援として北部地域６県に直接再配分するというものである。対象地域に対しては、財源移転を受ける条件として、新規のホテル・レストランの開発抑制と農地・環境保全を義務付けた。これは法規制ではなく、経済的インセンティブによる調整を通じた島全体での異なる政府間調整を通じた成長管理の試みである。
</p>
<p>さらにその後、一度見送られたモラトリアムが2025年9月の大洪水を機に再検討されることになった。災害の原因の一つは、上流域における雨水浸透機能を有する緑地の減少、すなわち農地の無秩序な商業施設や観光宿泊施設への転用にあった。この環境的危機を受け、州知事は直ちに方針を強化し、2026年1月、生産的な土地における商業施設やホテルの新規建設許可を厳格に禁止するモラトリアムを正式発動した。税の再配分という「インセンティブ」と、「規制」の二段構えにより、バリ島は持続可能な地域へと近づく道を模索している。
</p>
<p>なお、この結実の背後には、州政府による「バリ州新時代100年ビジョン2025–2125」（2023年）の提示、州政府による空間計画（RTRW）（2023年）の見直しがあり、モラトリアムはその方向と合致していること。コロナ以前と異なり、今回は中央政府も州政府のモラトリアムを支持していること（2024年）、さらに遡れば、中央政府はバリ州を再規定する法律を公布（2023年）しているなど、幾重もの環境変化や体制の整備等があることも付記しておく<sup>*15</sup>。
</p>
<h3>おわりに―観光客との共生/共創を捉えた規範的価値の構築へ</h3>
<p>三つの事例（サンフランシスコ、ワイキキ、バリ島）が共通して示しているのは、モラトリアムという「変化速度の一時停止」が単なる開発の拒絶ではない、という事実である。「自ら歩みを止める」という政治的決断を下すことで、居住権の保護、投資環境の適正化、あるいは環境保全と富の再配分といった、「地域はどうあるべきか」（規範的価値）を再定義し制度として実装・介入していくための「猶予期間」を獲得したのである。
</p>
<p>社会的包摂、レジリエンス（回復力）、住民のウェルビーイング等といった多様な指標が現代の新たな成長の対象となる中で、より求められてくるのは、「成長を如何に管理するか」という受動的な問い（対応）を超えて、「地域としてどう在りたいのか、どのような状態を目指すのか」という、規範的ビジョンを自ら定義し選び取る能動的な意思である。成長、成熟、あるいは賢明な縮小や撤退といった多様な状況からの道筋は、地域の規範的価値、確固たるビジョンに基づいて選び取られ、デザインされなければならない。そのためには、最初に述べた、時代とともに変容する各主体のあり方や相互の関係性の「今」を捉えたビジョンを確立し、とりわけ観光客を地域を構成する主体の一つと正面から捉え、その共生/共創を見据えた規範的価値を構築することが不可欠である。こうした能動的な意思に基づくビジョンのもとでこそ、観光という調達エネルギーを用いたまちの良質な更新は実現し得ると筆者は考える。
</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>*1 ここでは、東京、ロンドン、パリ、ニューヨーク、北京、上海、重慶、深圳、広州、ソウル、バンコクなどの高密度都市を想定。国連経済社会局（UNDESA）『世界都市化見通し2025年版』では、人口1,000万人以上の都市圏を「巨大都市（メガシティ）」と定義している。<br />
        <cite>https://www.unic.or.jp/news_press/info/53356/</cite><br />
        <cite>https://www.un.org/development/desa/pd/sites/www.un.org.development.desa.pd/files/undesa_pd_2025_wup2025_summary_of_results.pdf</cite>
    </li>
<li>*2 品川駅北周辺地区まちづくりガイドラインによれば、「所有関係にかかわらず、広く不特定多数の人々が利用し、認知する空間領域」を意味し、「空間」づくりの先にある「場所」づくりを強調する欧米諸国の先進的都市デザインを特徴づけるキーワードの一つとされる。<br />
        <cite>https://www.jreast.co.jp/press/2016/20170320.pdf</cite>
    </li>
<li>*3 当初は地方自治体主導で進められていた。しかし、スプロールの広域的影響や自治体間の調整が難航したことから、州レベルでの包括的な土地利用計画や成長管理法の制定がその後進んだ。オレゴン州の事例は代表的だが、ここでは、基礎自治体の事例を扱う。また、同時期に制定された連邦政府レベルの「都市成長・新コミュニティ開発法（National Urban Growth and New Community Development Act）」（1970年）等は今回は扱わない。</li>
<li>*4 当財団研究顧問である西山徳明氏（北海道大学）の言葉。本コラムでは、同用語の扱う範囲および射程を改めて設定し話を展開する。</li>
<li>*5 『望ましい観光地づくりの方向 観光政策審議会報告』（内閣総務大臣官房審議室編、1977）では、進士五十八氏は「10.「適正スケール」による観光地づくり」の中で、適正規模・適正速度・適正収容力の3つの必要性について述べている。『望ましい国内観光の実現のために』（内閣総理大臣官房審議室編、1982）では、「適正な規模と速度で整備を進めること」が述べられている。勿論、質に関する議論も当時からなされている。
    </li>
<li>*6 居住用ホテル（SRO）とは、単身者向けの低価格な居住用ホテルであり、ユニットとはSROの中の1つ1つの個室を指す（当時Airbnbのような民泊サービスは存在しないことに注意）。</li>
<li>*7 背景については以下を参照。<br />
        <cite>https://www.foundsf.org/1980-1991:_RENT_CONTROL_WARS</cite><br />
        また、条例については以下を参照。主に建物自体の保存（「住宅ホテル解体・転換条例（Residential Hotel Demolition and Conversion Ordinance）」（1980年制定、1981年改正））から、観光用途への転用を防ぐ「住宅ホテルユニット転換条例（Residential Hotel Unit Conversion Ordinance）」（1981年6月制定）へ。<br />
        <cite>https://law.justia.com/cases/california/court-of-appeal/3d/177/892.html</cite>
    </li>
<li>*8 Ken Schmidt, Jamie Peirson, and Mark Lierman : Waikiki Zoning: The Waikiki Special District (WSD) &#8211; Polishing Hawaii=s Jewel<br />
        <cite>https://proceedings.esri.com/library/userconf/proc98/PROCEED/TO750/PAP703/P703.HTM</cite>
    </li>
<li>*9 正式な文書では「モラトリアム」という言葉は必ずしも用いられていないが、1993年の市都市計画局による発表（報告書「ワイキキ開発：規制プロセスの合理化」（1998年）より）や民間のニュースレター（1992年）等で「モラトリアム」と呼称されることもあったことが確認される。<br />
        <cite>https://lrb.hawaii.gov/wp-content/uploads/1998_WaikikiDevelopments.pdf</cite><br />
        <cite>https://www.lwv-hawaii.com/alohavoter/av9201-waikiki.htm</cite>
    </li>
<li>*10 ホノルル市郡政府の土地利用条例の規定により、提案の開始日から1年を超える期間には適用されない旨が明記されている。</li>
<li>*11 付録21-E: 暫定管理条例<br />
        <cite>https://codelibrary.amlegal.com/codes/honolulu/latest/honolulu/0-0-0-23040</cite><br />なお、同時期にマウイ郡でもホテルの暫定開発規制措置を講じている（後藤、2024）。
    </li>
<li>*12 適切な許可があれば、法的に指定された土地（イエローゾーン）に別荘やホテルを建設することは可能。一律全面停止でないことに注意。適正化と農地保存を主眼。</li>
<li>*13 バリ州政府によるモラトリアムの発動は、今回が初めてではない。2010年、州政府は、供給過剰を危惧する民間側の声を受け、モラトリアムを通達し、翌年に発動した。島南部地域に限って星付きホテル等の許認可発行を原則一時停止するもので、同措置は市場の需給調整を図ること、飽和状態にある南部の観光開発を分散し、島全体の均衡ある経済発展を促すことを目指すものであった。これは学術的な需要調査結果が得られるまでの暫定的な措置であった。しかし、当時、同地域は、国の投資注目地域に指定されており、また、建設許可発行権限のないバリ州政府のモラトリアム通達は有効には機能しなかった。<br />
    コロナ明けにおいては、過密化が進む南部地域の新規建設許可の凍結措置とは異なり、南部の過剰開発抑制し北部を開発する方針から、北部の開発抑制と環境保全する方針へと舵が切られた。
    </li>
<li>*14 BTB-GIPI Supports Bali Hotel Moratorium<br />
        <cite>https://www.balidiscovery.com/btb-gipi-supports-bali-hotel-moratorium/</cite>
    </li>
<li>*15 州政府による長期ビジョンの名称は「Haluan Pembangunan Bali Masa Depan, 100 Tahun Bali Era Baru<br />
        2025-2125」。2023年5月に中央政府により公布された法律の内容は、バリ州の位置付けの再規定、文化的特性や伝統制度の明文化、財源措置の法的根拠整備（外国人観光客への課徴金制度の根拠）について。ジョグジャカルタ特別州のような地位を有したわけではないことに注意。
    </li>
</ul>
<h4>【参考文献】</h4>
<p>＜日本語文献＞</p>
<ul>
<li>アラン・B・ジェイコブス著、蓑原敬他訳（1998）：『サンフランシスコ都市計画局長の闘い 都市デザインと住民参加』、学芸出版社</li>
<li>梅川智也（2008）：1 成長管理と地域マネジメントの考え方（第９章 観光計画と地域マネジメント）、『観光まちづくり』、学芸出版社、pp.257-260</li>
<li>小泉秀樹、西浦定継（2003）：『スマートグロース―アメリカのサスティナブルな都市圏政策』、学芸出版社</li>
<li>後藤健太郎（2024）：ホテルモラトリアム－公共政策による環境変化への介入（特集1　ハワイにおける観光パラダイムシフト）、観光文化、260号、pp.17-20<br />
        <cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-06/</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2025a）：持続可能な地域のための観光―韓国の観光関連政策を通じて、観光文化、265号、pp.44-50<br />
        <cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka265/265-07/</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2025b）：海外事例から読み解くオーバーツーリズム対策、国立公園、（一財）自然公演財団、No.838、pp.21-24<cite>https://www.npfj.or.jp/wp-content/uploads/2025/12/838_202511.pdf</cite>
    </li>
<li>後藤健太郎（2026）：視察の全体像と観光地マネジメントの基盤強化（特集2 欧州山岳リゾートにおける観光地マネジメントとゲストカード）、観光文化、260号、pp.20-24<cite>https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka268/268-08/</cite>
    </li>
<li>中島直人編著、関谷進吾・北崎朋希・三浦詩乃・三友奈々著（2024）：『ニューヨークのパブリックスペース・ムーブメント－公共空間からの都市改革』、学芸出版社</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi18-goto/">賢明な未来を選び取る、「観光地のグロースマネジメント」 —まちづくりと観光事業⑱　[コラムvol.538]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 04:43:32 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>「成功した観光地」のジレンマ 観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求して･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>「成功した観光地」のジレンマ</h3>
<p>観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求している目標であり、今後も多くの地域で重要な目標であり続けると思われる。
</p>
<p>しかし一方で、観光がうまくいっている地域ほど、住民の生活環境や地域運営に負荷が顕在化しやすい。実際、道路の渋滞、公共空間の混雑、住宅不足や家賃の上昇といった現象は、各地で「オーバーツーリズム」として批判的に語られることが増えている。
</p>
<p>ここで押さえるべき点は、これらが「観光がうまくいかなかった結果」ではなく、むしろ「観光が一定程度うまくいったことによって生じる副作用」として理解できる、という点である。観光の成功は、地域に流入する人の量だけでなく、滞在の仕方、利用の時間帯や集中する場所、さらには不動産に対する投資や用途転換を通じて、地域の需要構造を大きく変化させる。課題は、こうした変化が一定程度不可避であるにもかかわらず、地域の制度や運営の仕組みが、依然として定住人口を前提とした設計に留まり、変化を受け止めて調整する仕組みの更新が追いついていない点にある。
</p>
<p>例えば、交通混雑は「観光客が増えたから当然に起きた」と整理するだけでは足りない。バスや鉄道、道路といったインフラは、もともと定住人口を前提に想定していた利用実態と、観光客を含む実際の利用実態とのあいだに乖離が生じることで負荷が顕在化する。同様に、住宅不足や家賃上昇も、観光関連用途（宿泊・短期賃貸等）が相対的に高収益となり、土地・建物が転用されていく過程の帰結であるが、地域の居住継続に必要な住宅供給を確保する観点から、用途・供給量・立地といった要素を「調整対象」として制度目的に組み込み、過度な転用圧力を緩和できる仕組みが十分に用意されていない点が課題となる。</p>
<h3>なぜこうした課題の解決が難しいのか</h3>
<p>こうした課題は広く認識されているにもかかわらず、地域で対応が追いつかないことが少なくない。その理由は個々の現場対応の工夫不足というより、制度設計上の制約に求められる。</p>
<p>第一に、財源と執行体制が、ともに定住人口を基礎として設計されている点である。自治体の財政規模は、原則として定住人口を基準に算定される。一方で、観光に起因する行政需要は、観光客が特定の時期・場所に集中することで発生する。道路や公共空間の混雑といった負荷は急激に増えるが、住民数は増えない。このため、観光によって生じる行政需要が拡大しても、それに対応するための財源や人員は自動的には補強されず、定住人口ベースの枠組みで対応せざるを得ない点に、構造的な無理がある。
</p>
<p>第二に、観光によって生じる外部性を調整するための裁量が、問題が発生している現場に十分に集約されていない点である。例えば、民泊の届出・監督や開発許可といった観光に直結する規制権限については、観光客数が定住人口を大きく上回るような小規模観光地には移譲されていない（＝都道府県レベルにとどまっている）場合が大半である。その結果、観光による影響が短期間・特定地域に集中的に発生するにもかかわらず、それらを一体として判断し、調整する裁量が、そうした影響が発生する現場の自治体に十分に集約されないという事態が生じ得る。
</p>
<p>第三に、そもそも規制権限の内容が、観光による需要構造の変化を調整すること自体を想定せずに設計されてきた点である。例えば、都市計画等における宿泊施設への規律は、用途制限が中心であり、「どこに建てられるか」は定められていても、「どの程度まで受け入れるか」というキャパシティの上限は、制度の射程に含まれてこなかった。これは、住民人口を基礎とする社会においては、宿泊客数を政策的に制御する必要性自体が強く意識されてこなかったことの反映でもある。その結果、混雑や住宅圧迫といった問題が顕在化しても、対応が後手に回りやすい。
</p>
<p>つまり、「オーバーツーリズム」と呼ばれるような観光地の問題への対応が遅れているのは、現場の努力や工夫の不足ではなく、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という三層において、制度の前提が一貫して「住民人口モデル」に留まっていることから生じている。こうした制度上の制約や空白を埋めない限り、個別施策を積み重ねても、根本的な改善には至りにくい。
</p>
<h3>「観光自治体」という発想</h3>
<p>こうした状況を踏まえると、検討するべきなのは、観光という要素を前提に自治体制度そのものを捉え直すことである。すなわち、「住民」を基本単位として設計されてきた自治体制度を、観光によって生じる負荷を引き受け、調整することができるようにアップデートする必要がある。
</p>
<p>この文脈で考えられるのが、「観光自治体」という発想である。観光客数や滞在規模、観光が地域経済や空間に与える影響の大きさといった実態に照らし、既存の自治体制度の体制や権限配分等をアップデートする枠組みを指す。要は、観光によって生じる問題に対応するための権限、安定的な財源、そしてそれらを実効的に運用するための専門的な執行体制を、個別に切り離して付与するのではなく、一体として組み合わせて与えるという考え方である。
</p>
<p>このような制度設計は、決して突飛なものではない。欧米では、観光地やリゾート地域を一般の地域と同一視せず、特有の空間的・社会的条件を前提とした制度枠組みのもとで位置づけている例が少なくなく、そこでは、都市計画上の特別な規制や、宿泊税などの観光関連財源、さらには専門的な体制が、同一の地域に対して組み合わされて付与されている。
</p>
<p>例えばフランスでは、スキーリゾートを含む山岳地域を対象とした法律、いわゆる山岳法（Loi<br />
    Montagne）<sup>（※1）</sup>において、山岳地域を一般の地域とは異なる条件を持つ空間として明示的に位置づけている。ここではまず、山岳地域という地理的・社会的特性を持つ区域を、制度上の一つの単位として切り出すことが行われている。
</p>
<p>そのうえで、山岳地域における宅地開発や都市的開発については、既存の集落や村落と連続した形でのみ認めるという原則が示されており、観光需要の拡大に応じた無秩序な開発を抑制する仕組みが、都市計画上の特則として組み込まれている。これは、観光を前提とした開発圧力を、一般的な都市計画とは異なるルールで受け止めるための特則と位置づけることができる。
</p>
<p>さらに、こうした山岳地域の自治体については、地方公共団体総法典<sup>（※2）</sup>において宿泊税を課す権限が制度化されている。観光による開発圧力や行政需要が集中する山岳地域において、観光起因の負荷を支えるための財源手段が、恒常的に確保される構造が形成されている。
</p>
<p>国や地域によって社会制度や地方自治の前提は大きく異なるため、このような海外の制度をそのまま日本に移植することはできない。しかし、観光自治体という発想のポイントは、海外の制度の型を輸入することではなく、観光地で生じている問題を、個別の現場対応や観光客数の多寡に帰責するのではなく、自治体制度の前提そのものの課題として捉え直す点にある。
</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>筆者は「<a href="/project/non-profit/network/zaigen/" target="_blank">観光財源研究会</a>」等において、宿泊税を始めとする観光地の安定した財源制度を、「<a href="/project/non-profit/network/mountain-resort/" target="_blank">マウンテンリゾート研究会</a>」や「<a href="/research/25-01-024/" target="_blank">観光地における規制条例に関する研究</a>」等において、条例等のローカルルールの活用可能性と限界を検討してきた。これらはいずれも、観光によって生じる行政需要を、住民人口を前提とした既存制度の枠内で処理しきれなくなっているという問題意識に基づくものであった。
</p>
<p>しかし、上記で見てきたように、観光地が直面する問題は、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という複数の制度的制約が重なり合って生じている。そのため、個別の財源措置や規制手法を単独で積み重ねても、自治体制度全体としての前提が変わらない限り、対応は行き詰まりやすい。
</p>
<p>今後は、こうした個別手段の研究成果を前提としつつ、それらをばらばらの対症療法として並べるのではなく、住民人口モデルに依拠してきた自治体制度の限界を直視したうえで、権限・財源・体制を一体として再設計する「観光自治体」という発想から、観光地が抱える構造的課題への対応のあり方を探っていきたいと考えている。
</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>（※1）山岳開発及び保護に関する法律（Loi n° 85-30 du 9 janvier 1985 relative au développement et à la protection de la montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/LEGIARTI000033745607/2016-12-30</cite></li>
<li>山岳地域の近代化、開発及び保護に関する法律（LOI n° 2016-1888 du 28 décembre 2016 de modernisation, de développement et de protection des territoires de montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000033717812/</cite></li>
</li>
<li>（※2）地方公共団体総法典（Code général des collectivités territoriales）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/codes/texte_lc/LEGITEXT000006070633/</cite></li>
</ul>
<p style="text-align: right">画像出典：Google Geminiにて生成</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-gentrification-yamada</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Dec 2025 06:00:47 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=56765</guid>

					<description><![CDATA[<p>観光立国への取り組み 我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。 1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。た･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/">「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>観光立国への取り組み</h3>
<p>我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。</p>
<p>1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。ただ、同じ観光でも過去2回と、現在では、大きく性格が異なっている。過去2回は、いずれも国内都市の住民で観光需要が急増し、その供給に対応するというものであったのに対し、現在の観光立国は、国外から需要を取り込んでこようというものだからだ。そのため、過去2回は、オイルショックやバブル崩壊によって、需要が減少すると共に自然消滅したが、現在は、国際的な人流が増大することで、約20年（観光立国推進基本法の成立が2006年12月）に渡って継続されている。</p>
<p>私が、公益財団法人日本交通公社（当時は財団法人）に転職したのは1998年。バブル崩壊の煽りを受け、観光市場は縮小の一途。観光やリゾートといった言葉は、バブル崩壊と紐づけられ、肯定的な意味合いで使うことは出来なかった時代だった。そうした時代を経験している身からすれば、現在の状況は、まさしく隔世の感がある。COVID-19によるパンデミックが発生し、世界中の人流が止まった時には、流石に覚悟するものがあったが、その後、タフに需要が回復するのを見て、観光は、人々にとってファンダメンタルな活動になっているのだということを感じている。細かい時間軸、または、地域断面で見れば、当然、振れ幅はあるが、全体としては、安定的な成長期に達していると言えるだろう。</p>
<p>観光立国に取り組み始めた当時は、まだ、東アジア、東南アジアの需要は顕在化しておらず、国内経済もまだ「バブルの余韻」を抱えており、かつ、人口縮小も数値上の問題であったことを考えれば、観光立国政策の立ち上げは、極めて先見性の高い判断であったと思う。</p>
<p>「こんな物価の高い国に、海外から人が来るわけない」などと議論していたのは、今となっては笑い話にすらならない。</p>
<p>実際に、訪日市場が拡大するのは、基本法の成立から約10年の時間が必要であったが、曲がりなりにも10年という時間の中で、様々な体制作りが進んだことが、世界的な需要増大の流れの中でも、我が国が相対的に高い成長を実現できた要因だろう。</p>
<h3>観光政策の立ち位置の変化</h3>
<p>ただ、観光立国政策から20年、訪日市場増大から10年という時間軸の中で、観光と日本、地域との関係は変質してきているのではないか。</p>
<p>当初の10年は、訪日市場を展望しつつも、実際には縮小する国内市場への対応が主体であった。毎年、当然のように客数が減少していく状況の中で、なんとか踏みとどまる方策を見つけ出し、実践していくことが求められたが、ここでの当事者の多くは、観光客数減の影響を直接受ける既存の観光事業者であり、観光地であった。特に団体客から個人客へ客層がシフトし、これを背景とした、様々なオルタナティブ・ツーリズム（国内ではニューツーリズムと呼称）への対応は、高い難易度を持っていたが、「対応できなければ、消滅する」という危機感も背景にあった。この時代、国などが、いかに「観光は将来性のある産業だ」と主張しても、ほとんどの人は相手にしていなかったが、背水の陣に置かれた関係者の一体感は高かったように思う。</p>
<p>その後、訪日客が目に見えて増え始めると、増田レポート(2014)をきっかけに始まった地方創生政策（2014〜）および、明日の日本を支える観光ビジョンの策定（2016）によって、観光の社会的位置づけは大きく変わっていく。政策レベルが、これまで、国交省の外局である観光庁から、内閣官房主導へと引き上げられたことで、名実ともに、観光は国家政策となった。さらに、国際観光旅客税（2019）が導入されたことで、訪日に関わる観光政策は、独立した財源を有する自立性の高い政策領域ともなった。こうした体制の中で、訪日客数は順調に増大し、政策としてのアウトカムを獲得してきた。パンデミック時に、GoToトラベルや、その後継となる全国旅行支援政策によって、国内需要の底支え出来たのも、こうした政策体制が構築できていたからだろう。</p>
<p>20年の積み上げの結果、我が国は国レベルで、観光について考え、政策実行できる体制を得たことは、誇って良いことだと思っている。</p>
<p>しかしながら、パンデミック後、揺り戻し的な動きが出てくることになる。オーバーツーリズムという言説が、日々、使われるようになったことが象徴的だが、これまで、観光振興を肯定的に捉えていた社会が、変化しつつあるように感じる。主観で言えば、この雰囲気は、バブル経済のピーク時の感覚に近い。</p>
<p>これには様々な原因があるだろうが、注目したいのは、同様のことが世界的に生じているということだ。当財団では、3年間にわたり海外視察を展開してきたが、反ツーリズム的な動きが出ている地域は少なくない。21世紀以降の国際旅客数の増大によって、日本同様に、国外からの観光客数が増大し、それが、様々な混乱を招いていることへの反動といえる。表面的には、グローバリズムとナショナリズムの関係にも似ているが、背景に、経済格差問題があることも大きい。地域において投資や消費が進むことで、不動産やサービス価格が上がり、元からの住民の生活が困難になる状況（ジェントリフィケーション）が起きている地域ほど、反発が大きいとも言える。実際、反ツーリズム的な動きが出ているのは、経済力の低い地域が多く、米国本土や欧州中央部では、客数が増えても、そうした反動は、ほとんど生じていない。</p>
<p>経済大国と言われた我が国が、「相対的に物価が安い旅行先」となった現実を突きつけられる事象は、気持ちの良いものではない。バブル経済期の、東京vs地方という構図が、世界vs日本という構図となっているのが実状であり、このフラストレーションは社会的に無視できないだろう。</p>
<p>さらに、観光立国の取り組みは、地方創生政策と密接な関係をもっているが、現実として、観光客が集まる地域は極めて限定されている。不動産価格やサービス価格の上昇どころか、廃墟となった建物や累積赤字を抱える公営施設など、負の遺産を抱えている地域は多い。</p>
<h3>新たな環境への対応</h3>
<p>こうした現実は、観光が解決できる社会課題は限定的であり、観光客数や消費額を増やせば解決レベルが上がるわけでもないことを示している。特に、ジェントリフィケーションの問題は、そもそも、観光消費による経済効果で、地域振興を行おうという基本戦略そのものに影響する現象である。</p>
<p>何事にも変化には、一定の痛みが伴うものではあるが、それが一時的な成長痛なのか、構造的な新たな抑圧なのか、我々は見極めていく必要がある。</p>
<p>DMOのMは、マーケティングとマネジメントのダブル・ミーニングとされてきたが、現在では、殆どの場合、マネジメントを指すようになっている。国際的に、観光客を呼び込むことよりも、観光という活動を地域の中で、どのように動かしていくのかが重要だというように認識が切り替わってきたことの証左であろう。</p>
<p>観光の可能性を信じつつ、国際的に視野を広げ、チャレンジを続けていきたい。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/">「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
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		<title>日本の国内旅行市場のいま　[コラムvol.535]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/domestic-market2024-gokita/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=domestic-market2024-gokita</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Dec 2025 02:00:08 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>はじめに 2年前のコラム（ 2023年6月公開「コロナ禍を経た日本人の国内旅行市場のいま」）において、2022年のデータをもとに、市場回復の鍵が旅行頻度にある可能性を指摘しました。当時はまだコロナ禍からの回復途上にあり、･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/domestic-market2024-gokita/">日本の国内旅行市場のいま　[コラムvol.535]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>はじめに</h3>
<p>2年前のコラム（<a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-post-covid19-domestic-market-gokita/"> 2023年6月公開「コロナ禍を経た日本人の国内旅行市場のいま」</a>）において、2022年のデータをもとに、市場回復の鍵が旅行頻度にある可能性を指摘しました。当時はまだコロナ禍からの回復途上にあり、全国旅行支援などの政策の影響が含まれる過渡期でしたが、あれから2年が経過し、市場はどのように変化したのでしょうか。当時見え始めた変化の兆しは、一過性だったのか、それとも日本の旅行市場に定着したのか。今回は、直近の2024年データをもとにみていきたいと思います。</p>
<h3>2019年水準を超えた市場</h3>
<p>まず、図1で市場全体の規模感をみてみましょう。2024年の国内宿泊観光・レクリエーションの延べ旅行者数は、2019年を100とした値で102となり、コロナ前水準を上回りました。しかし、単純に元に戻ったわけではありません。2年前の分析でも「旅行参加率は戻りきっていないが、行く人の回数は増えている」という傾向がみられましたが、この傾向は現在、より鮮明になっています。延べ旅行者数を構成する3要素を2019年比で分解してみると、人口要因はマイナス、旅行経験率は回復しつつも縮小するなか、旅行平均回数のみが1割増とプラスに寄与しています。これは、2年前に見られた傾向が一時的なものではなく、旅行コア層が市場を牽引する力がより強まったという市場構造に移行したことを示しています。特筆すべきは、この頻度上昇が宿泊費高騰などのインフレ下で起きている点です。2021年後半以降、さまざまなモノやサービスで値上げが相次ぎ、日本では物価上昇が続くなかであっても、旅行平均回数が2019年を上回っているという事実は、コア層にとって旅行が節約の対象ではなく、生活における優先順位が高い不可欠な消費として位置づけられていることが推察されます。</p>
<p style="text-align: center">図1　国内宿泊観光・レクリエーション旅行における延べ旅行者数等の推移（性・年代別）</p>
<figure>
<p style="text-align: center">
    <img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2025/12/column535-1.jpg" alt="日本交通公社研究員コラム"></p><figcaption style="text-align: center"><cite>出典：観光庁「旅行・観光消費動向調査」をもとに筆者作成</cite><br />
    </figcaption></figure>
<h3>若年層の活発化とシニア層の二極化</h3>
<p>この構造変化を深掘りするため、性・年代別の「旅行経験率×平均回数」の散布図（図2）をみてみましょう。全体の傾向としては、2020年～2021年に左下（経験率減・回数減）へ落ち込んだ後、2022年〜2024年にかけて右上へ回復する軌跡を描いています。特に、縦軸の平均回数に注目すると、多くの年代で、コロナ前の2019年よりも高い位置、または同水準に達しています。これは、ライト層が戻りきらない一方で、コア層のリピート率が高まっていることを示しています。</p>
<p>年代別では、20代の動きが顕著です。2年前も、20代女性の回復の早さに注目しましたが、現在もその傾向が継続しており、突出した伸びを示しています。散布図において、20代、特に女性の動きは、全年代の中で最も変動幅が大きくなっています。2022年～2024年は右上に大きく動いており、経験率・実施者の旅行回数ともに2019年水準を大幅に上回りました。デジタルネイティブである若年層においてリアルな移動や体験の価値が相対的に向上していると考えられます。友人との旅行、推し活に伴う遠征、体験型のアクティビティなど、彼らにとって旅は生活における優先度の高い消費として定着しており、その高い行動力は旅行市場全体を牽引する存在となっています。</p>
<p>一方で、70代以上のシニア層はどうでしょうか。2年前のコラムでは、特に70代女性の戻りの遅さから市場離脱を懸念点として挙げました。2024年のデータを見ると、この傾向は二極化として固定化したことが分かります。グラフの縦軸である回数は2019年と同程度かそれ以上に伸びていますが、横軸の経験率は依然として低いままです。健康で活動的なシニア層は、以前と変わらず、あるいはそれ以上に積極的に旅行を楽しんでいます。時間的なゆとりを活かし、平日の旅行や長期滞在など、質の高い旅を頻繁に行っている層です。その一方で、外出習慣の変化や体力的な理由などから、旅行というレジャーから離れてしまった層も一定数存在し、その層が市場に戻ってきていないことが、経験率の伸び悩みに繋がっています。シニア市場は多くの人が楽しむ市場から、旅行実施層と非実施層の二極化が進んだ市場へと変化したのです。</p>
<p style="text-align: center">図2　国内宿泊観光・レクリエーション旅行における旅行経験率×実施者の旅行平均回数（性・年代別）</p>
<figure>
<p style="text-align: center">
    <img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2025/12/column535-2.jpg" alt="日本交通公社研究員コラム"></p><figcaption style="text-align: center">※原点は2019年～2024年の全体平均<br /><cite>出典：観光庁「旅行・観光消費動向調査」をもとに筆者作成</cite><br />
    </figcaption></figure>
<h3>おわりに</h3>
<p>人口減少が続く国内市場において、単に観光客数の拡大のみを追うことには限界があります。データが示すのは、旅行頻度の高い層が市場を牽引しているという事実です。観光地や事業者には、新規客の獲得以上に、一人の旅行者と深く継続的な関係を築くことが、これまで以上に求められる局面にきていると言えるでしょう。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/domestic-market2024-gokita/">日本の国内旅行市場のいま　[コラムvol.535]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>研究・学び・実務をつなぐ『旅の図書館』の役割　[コラムvol.534]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-introduction-to-tabitosho-kudo/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-introduction-to-tabitosho-kudo</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Nov 2025 01:32:31 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>私は現在、研究部の業務に加え、当財団が運営をする「旅の図書館」での業務も兼務しています。このコラムでは、旅の図書館の特徴とその活用方法について、研究員の立場から改めてご紹介したいと思います。 旅の図書館の概要と利用者層 ･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-introduction-to-tabitosho-kudo/">研究・学び・実務をつなぐ『旅の図書館』の役割　[コラムvol.534]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>私は現在、研究部の業務に加え、当財団が運営をする「旅の図書館」での業務も兼務しています。このコラムでは、旅の図書館の特徴とその活用方法について、研究員の立場から改めてご紹介したいと思います。</p>
<h3>旅の図書館の概要と利用者層</h3>
<p>「旅の図書館」は1978年に八重洲第一鉄鋼ビルに開設し、旅行ガイドブック、地図、時刻表、旅行関連雑誌等を中心に、徐々にその蔵書を増やしてきました。また、2016年には研究部門と共に港区南青山へ移転したことをきっかけに、近年は特に観光研究の専門書や学術書の収集に力を入れ、貴重資料のデジタル化や学術ジャーナルの公開にも取り組むなど、「観光の研究と実務に役立つ図書館」として機能を強化しています。</p>
<p>図書館の現在の利用者は、大学等の研究者（教員）、高校生・大学生、行政やマスコミ等様々です。利用目的としては、調査研究や業務での情報収集目的での利用者は約46％、趣味（旅行の下調べ等）での利用が54％（ともに2024年度実績）と、約半数ずつとなっています。今回はこれらのうち、研究者、学生、実務者からどのように図書館が活用されているかご紹介します。</p>
<h3>研究者からの利用</h3>
<p>旅の図書館は、当財団研究部の資料室としての役割を担っています。そのため、当財団の研究員に活用される図書館であることが、選書等を行う上での一つの基準となります。実際に、社内の研究員からリクエストされた本を図書館に受け入れることは多々あります。そのような特徴から、当財団研究員に限らず、観光分野の外部の研究者からも一定の需要があり、活用いただいています。</p>
<p>旅行・観光の専門書と一口にいっても、地理学、人類学、社会学、経済学、都市計画学…とアプローチは様々です。そこで、多岐にわたる観光関連資料について旅の図書館では独自の分類を行っています。具体的には、観光研究資料に用いる「T分類」、当財団の特徴的なコレクション資料に用いる「F分類」、基礎文献に用いる「NDC分類」の3つの分類方法によって蔵書を管理しています。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/11/image2_kudo2025.png" alt="研究員コラム図表" width="80%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>※独自分類のうち観光研究資料に用いる「T分類」の詳細</figcaption></div>
</figure>
<p>例えば、自分の研究テーマと関連する「T８.観光経営・経済」の書架の一部を覗いてみると、観光まちづくりの事例を紹介している比較的新しく易しい内容の書籍から、地域経済学における基礎的な文献、計量経済学の手法を用いた空間経済学の観光地への適用、産業連関分析による観光の経済波及効果測定など、応用的かつ専門的で読み応えのある書籍が並びます。このような専門書籍について、経済学の中でも「より観光に関連する内容か」という視点で収集しているのは、旅の図書館ならではの特徴と言えます。</p>
<ul style="overflow: hidden;width: 100%;margin-top: 20px;list-style-type: none;padding-left: 0">
<li style="float: left;width: 49%"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/11/image3_kudo2025.jpg" alt=""></li>
<li style="float: right;width: 49%"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/11/image4_kudo2025.jpg" alt=""></li>
</ul>
<p>また、旅の図書館では古書・稀覯書として、約3,300冊を所蔵しています。主に戦前の観光産業や政策に関すること、戦前のガイドブック、旅行案内等が含まれますが、これらをひも解くことで、観光学だけでなく、歴史分野の研究に対しても一定の貢献が期待できると感じています。古書・稀覯書は、一部を除きデジタル化を進めており、図書館内の端末から、古い貴重な資料をデジタルでご覧いただけるようになっています。</p>
<h3>学生からの利用</h3>
<p>旅の図書館は、高校生や大学生の皆さんにも多く利用されています。たとえば、ガイドブックや機内誌のバックナンバーを手がかりに、過去と現在の旅行スタイルを比較したり、特定地域の観光について幅広く資料を集めたりと、学びの目的に応じてさまざまに活用されています。さらに、卒業論文等のテーマを決めかねている学生さんにとっては、上述の独自分類された書架を実際に見て回ることで、観光学という幅広い枠組みの中から、自分がどの分野を深掘っていきたいのか、思案することができるという声をいただくことがあります。<br />なお、旅の図書館では、主に大学の観光学部（学科）のゼミ単位での利用も受け入れています。</p>
<h3>実務者からの利用</h3>
<p>行政の方やマスコミ等で、業務目的の情報収集で来館される方も多くいます。例えば、近年日本各地の観光地で聞かれる「オーバーツーリズム」は、実務者の方々にとって日々頭を悩ませる課題かと思います。旅の図書館の蔵書検索で「オーバーツーリズム」と入力すると、下記のようなものを中心に、全66件の蔵書がヒットしました。</p>
<figure>
<div style="text-align: center"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2025/11/image5_kudo2025.jpg" alt="研究員コラム図表" width="90%"></div>
<div style="text-align: center"><figcaption>※雑誌や論文の場合は「オーバーツーリズム」に関連する部分のタイトルを抜粋して記載している。</figcaption></div>
</figure>
<p>この内容を見てもわかる通り、雑誌から専門書、学術論文など、さまざまな切り口によってオーバーツーリズムという事象は論じられています。このような話題性のあるテーマは、WEB検索をするとどうしてもニュース記事などが上位に挙がってきやすく、キャッチ―なタイトルに踊らされてしまうと自分自身感じることがありますが、図書館で情報収集をすることで、より多面的かつ構造的に物事を捉えることができると感じます。</p>
<p>また、実務者の方からの利用に限った話ではありませんが、最近の書籍だけでなく、5年前、10年前の書籍も同じ棚に並んでいることで、特定の分野について議論の変遷をたどれるというのも、書店とは違う図書館の特徴です。</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>旅の図書館の業務に就いて初めの頃、公立ではない専門図書館の社会的意義とは何なのかを漠然と考えました。図書館法によれば、図書館とは、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設」とされています。当初は言葉の意味をそのまま受け止めるに過ぎませんでしたが、数か月の業務を通じて、この定義の後半部分「一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資すること」がまさにミッションであると日々実感します。すなわち、ただ必要な資料を収集・管理するだけでは不十分で、真に活用されるような仕組みを提供しなければいけないということです。</p>
<p>インターネットで容易に必要な情報に辿り着く時代、AIが瞬時に疑問に答えてくれる時代だからこそ、図書館で本を手に取り、知的探求に没頭する時間は贅沢にも感じます。旅の図書館は、「観光に関する研究機関が所有する専門図書館」という唯一無二とも言える特徴を活かし、多くの研究者、これから学びを深めていく学生、日々地域の課題と対峙している実務者の方々に、そのような時間と場を提供していければと思います。また、その結果として、当財団と利用者の皆さんとのネットワーク構築に旅の図書館が寄与すれば幸いです。</p>
<h4>※現在旅の図書館は予約制にてご利用いただけます。ご来館の際は下記HPよりご予約の上お越しください。</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>【旅の図書館HP】<a href="/library/">https://www.jtb.or.jp/library/</a></li>
<li>【開館時間】月曜日～金曜日：10:30～17:00</li>
<li>【休館日】土曜日・日曜日・祝日・毎月第4水曜日・年末年始・その他</li>
<li>上記以外にも臨時休館となる場合があります。詳細は営業カレンダーをご覧下さい。</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-introduction-to-tabitosho-kudo/">研究・学び・実務をつなぐ『旅の図書館』の役割　[コラムvol.534]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>百年前の古書にみる観光地経営の処方箋 [コラムvol.533]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/tourism-study-oldbooks-kanno/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=tourism-study-oldbooks-kanno</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Oct 2025 02:00:02 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=56273</guid>

					<description><![CDATA[<p>戦前の観光学の古典に、現代のDMOの姿を見た 100年近く前のヨーロッパで書かれた観光学の学術書に、現代日本の観光地が直面する政策や課題が記されていたとしたら、驚かれるでしょうか。 筆者は、従来からの観光の調査研究を行う･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/tourism-study-oldbooks-kanno/">百年前の古書にみる観光地経営の処方箋 [コラムvol.533]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>戦前の観光学の古典に、現代のDMOの姿を見た</h3>
<p>100年近く前のヨーロッパで書かれた観光学の学術書に、現代日本の観光地が直面する政策や課題が記されていたとしたら、驚かれるでしょうか。</p>
<p>筆者は、従来からの観光の調査研究を行う研究員という立場に加え、2025年4月より旅の図書館の副館長を兼務しています。<br />
旅の図書館は当財団が公益事業として設置・運営する専門図書館です。蔵書として、観光関連の学術誌や観光統計資料の他、ガイドブック、時刻表、機内誌、観光研究の専門図書、財団の刊行物・出版物など、観光研究に資する図書約7万冊をとりそろえています。<br />
図書館の蔵書の中には「古書・稀覯書」として位置付けられるものも約3,300冊あり（当館では概ね戦前のものを古書と定義）、そこには観光学の古典と位置付けられるような学術書も含まれます。<br />
ここ数年、観光地を対象とする「マネジメント」や「ガバナンス」の研究動向を追ってきた立場から、改めて何冊かの古典を紐解いてみると、現代の研究や実務における課題の「源流」がそこにあることに気づきました。</p>
<p>例えば、観光経済学の先駆者として知られるイタリアのアンジェロ・マリオッティ（アンヂエロ･マリオッティ）が1927年頃に著した『観光経済学講義』では、観光統計やホテル事業などと並び、「受動的ツーリスト事業機関」という組織が解説されています。これは旅行会社のような「能動的ツーリスト事業機関」と区別して定義され、日本語訳で「保勝會」という言葉が当てられています。いわば景勝地の同業者組合、観光協会のような組織ですが、着目すべきはその財源です。この組織は、5日以上滞在する観光客に課税される「滞在税」によって活動し、その税収は市町村の一般会計とは区別して観光開発に充てられるべき、と述べられています。まさに、現代日本で導入が進む宿泊税と、それを財源とするDMOの姿に通底するものがあります。</p>
<p>また、マリオッティと並ぶ同時代の代表的な研究者である、ドイツのロバート・グリュックスマン（ローベルト・グリュックスマン）が1935年に著した『観光事業概論』では、観光が地域に与える社会的影響が論じられています。特に「観光客と観光地住民に対する影響」や「観光事業による利潤にあずからない一部住民の態度」といった記述からは、オーバーツーリズムが問題となる現代において、地域住民と観光の調和をいかに図るかという普遍的な問いが、当時においても真正面から向き合うべきイシューであった様子が伺えます。</p>
<h3>温故知新―古典はいわば観光学の「一般教養」</h3>
<p>当財団の機関誌『観光文化』では、2018年に「古書から学ぶ」と題する特集を組みました。これは、古書にはその時代に大きな影響を与え、現代にも通じる示唆を投げかけるものが多く、現在の観光研究や実務が学ぶべきことが多い、との認識から企画されたものです。</p>
<p>観光研究は経済学、経営学、社会学、地理学、工学など、多様な分野にまたがる学際的な学問です。ある分野の研究や実務に取り組む際、最新の論文を参照することはもちろん不可欠です。しかし同時に、その分野の「古典」に触れ、議論の源流を知ることは、物事の全体像を捉えるためのいわば「基礎科目」あるいは「一般教養」として、極めて重要になってくるのではないでしょうか。</p>
<h3>古典が教えてくれた、これからの観光研究の視点</h3>
<p>上記のような古典に触れる中で、もう二つ、改めて考えさせられたことがあります。</p>
<p>一つは、海外の先端的な知見をいち早く国内に紹介し、実践に繋げることの重要性です。前述した2冊の日本語訳版は、いずれも現地での発刊から数年という比較的早い段階で、当時の鉄道省の外局である国際観光局によって発刊されています。また、これら以外にも、『ツーリスト移動論』（オギルヴィエ、1934年）や『観光事業論』（A.J.ノーヴァル、1941年）など、国際観光局が発刊した日本語訳の学術書は複数あります。ここからは、海外の観光理論の最先端を学ぶことで、日本の観光をより高いレベルへ引き上げようという、国家としての強い意志が感じられます。私たちもこの精神を受け継ぎ、国内外の取り組みに学び、その知見を日本の観光地域づくりに還元していく必要があると感じます。</p>
<p>そしてもう一つは、こうした「知的財産」を共有財産（コモンズ）としてシェアし、未来へ継承していくことの重要性です。旅の図書館では、前述した約3,300冊の古書のデジタル化を進めています。デジタルデータは、現在は館内での閲覧に限られていますが、これらの学術的価値を、時間や場所の制約を超えて研究者や実務家が活用できるようにすること。そしてそこからさらに新しいネットワークと知見が生まれること。それこそが、古典から未来への処方箋を見出すための、私たちの重要な使命だと考えます。100年前の知性が現代に光を当てるように、現代の私たちの活動が、未来の観光を照らす礎となることを信じて、引き続き活動を進めていきたいと、改めて感じているところです。</p>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1) アンヂエロ･マリオッティ（1934）, 観光経済学講義, 国際観光局</li>
<li>2) A.J.ノーヴァル（1941年）, 観光事業論, 国際観光局</li>
<li>3) オギルヴィエ（1934年）, ツーリスト移動論, 国際観光局</li>
<li>4) ローベルト・グリュックスマン（1940）, 観光事業概論, 国際観光局</li>
<li>※いずれの資料も、日本語訳版が旅の図書館に所蔵されています。</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/tourism-study-oldbooks-kanno/">百年前の古書にみる観光地経営の処方箋 [コラムvol.533]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
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