ガイドという仕事…❽長野・上高地
好きになって、何度でも訪れてもらいたい
山部 茜(NATUREGUIDE FIVESENSE)
ガイドのはじまり
我々NATUREGUIDE FIVESENSEがフィールドとしている長野県上高地は、中部山岳国立公園の特別保護地区に指定されている、山岳リゾートです。
上高地で宿泊業等を営む(株)五千尺の一部門としてガイド事業がスタートしたのは、2005年のこと。
上高地は当時から有名観光地ではありましたが、写真撮影だけですぐに帰ってしまうお客様も多く、地域として長期滞在をしていただく工夫を探している時期でした。
上高地では複数のガイド団体が同じ頃に活動を始めており、上高地の民間ガイドの黎明期といえます。
上高地のネイチャーガイド
上高地は、自然公園法(国立公園特別保護地区)、文化財保護法(特別名勝・特別天然記念物)など、複数の制度によって厳重に保護されたエリアです。これは上高地の魅力を担保するものですが、同時に観光事業者としては、その厳しい規制と向き合わなければなりません。
釣りや山菜採りなどはもちろん禁止されていますし、ラフティングなどのウォータースポーツもできません。また遊歩道外へは原則立ち入れませんので、冒険的要素はどうしても少なくなりがちです。
周囲には3000m級の山がありますが、我々は平地をフィールドにしているため、「歩きながら話を聞いていただく」ことがガイドウォークの基本になります。その中に、体験や発見、感動をいかに盛り込んでいくかが、ガイドの腕の見せ所です。
上高地の魅力といえば、何と言っても穂高連峰と梓川の雄大な風景。しかしもちろんそれだけではなく、生き物、地形、歴史などなど、どの切り口をとってみても、人を惹きつける物語があります。そして、お客様の興味や関心もまた十人十色です。
お客様が何を求めているのかを知り、それに合わせた切り口からフィールドの魅力を紹介していくこと。「上高地の魅力」と「お客様の興味」をマッチングするのが、ガイドの大きな役割です。そのためには、お客様の興味を引き出すコミュニケーション能力と、知識や自然の見せ方について数多くの引き出しを持つことが必要です。
ガイドはあくまで黒衣で、主役は上高地の自然でありお客様。その一方で、立ち居振る舞いや人格にいたるまで、自分自身が「商品」となってお客様の前に立つ。そのバランスにも、ガイドの面白さと難しさがあります。
ガイド業の変化
私が上高地でガイドを始めたのは、専門学校を卒業してすぐの2007年でした。
「自然を守る仕事」を目指す学校でしたが、在学当時、ガイドの在り方として「接客」を重視するという感覚は、学生たちの間であまり主流ではなかったように思います。
お客様のその場の満足よりも、自然保護や社会の持続可能性のためのメッセージを伝えることが、当然のように優先事項でした。
もちろん、どちらが正しいだとか効果的だとかいうことではありません。事業者やガイドそれぞれの立場によって目的は異なります。
我々の団体が目指しているのは、上高地を好きになっていただき、長く、繰り返し来ていただくこと。そのため、参加したお客様に喜んでいただくことが第一の目的になるのですが、そういったスタンスは、私がガイドを始めた頃よりも一般的になったように感じます。
そして、お客様からのガイドの認知度もずいぶん変化しました。
2007年当時はガイドといえばボランティアが多く、お客様から「ガイドが有料なの?」と聞かれることも珍しくありませんでした。しかし近年ではそのような声はほとんど聞きません。
日本全国で、プロとして対価をいただき、それに見合う内容を提供するガイドが主流になっているという証左だろうと思います。
コロナ禍での現状
コロナ禍は、上高地にも大きな影響を与えています。
上高地エリアの訪問者数は、コロナ前の2019年に比べ、2020年で約3割5分、2021年で約4割。
アウトドアレジャー人気もあるようですが、上高地は首都圏から距離があり日帰り旅行がタイトなことや、マイカー規制により公共交通機関の利用が必要なこと、またコロナ禍以外にも天候不順などの影響があり、厳しい状況が続いています。
しかし応援の気持ちで来てくださるお客様も多く、売上の落ち込みは訪問者数の減少幅からすればまだ小さく済んでいます。
何より、2シーズン連続で地域から感染者を出さずに営業できていることは、お客様と全関係者のご協力の賜物で、本当にありがたい限りです。
また、このコロナ禍は新たなチャレンジのチャンスでもあります。
FIVESENSEでは、2021年からの新事業としてオンラインガイドツアーを実施しています。
事前撮影した映像をガイドと一緒に視聴しながら解説を聴いていただく試みで、2021年は13回実施し、延べ300名ほどの方にご参加いただきました。
旅行が難しいご時世、そして動画配信やオンラインイベントのノウハウが普及したことに後押しされての実施でしたが、コロナ禍とは別に、上高地に来られない方に上高地の自然を楽しんでいただきたいという思いは以前からありました。
上高地はもともと大雨などの自然現象の影響を受けやすい土地柄で、雨量規制の通行止めなどでお客様をお迎えできない時期が年に複数回あります。
また、市街地から距離があること、歩くことが観光の主体であることなどから、誰もが頻繁に訪れることが難しい場所でもあります。
オンラインでのイベント実施が、この壁を取り払い、より多くの方に上高地の魅力を伝える一助になればと思っています。
課題と展望
FIVESENSEでは今後に向けての展開として、海外からのお客様やユニバーサルツアーの受け入れを進めています。
また、スタッフの安定雇用も長年の課題です。上高地エリアで働くにあたっては住み込みが基本であり、また一年のうち半年間は休業期間です。そのためスタッフの雇用期間が短く途切れがちで、ガイドの質の向上を目指す上でのハードルになってしまっています。
いずれも一朝一夕にはいかないですが、お客様の一人一人、そしてスタッフ一人一人と向き合い、たくさんの方の声を聞きながら、より良い形を探っていきます。