情報や知識を通じて「普遍」を伝える

 風の旅行社とのお付き合いのきっかけは1998年。チベット仏教美術を専攻していた大学院生の私が、入域制限が解除された直後のネパール北部のムスタンへの調査旅行の手配をお願いしたことです。それがご縁で、チベット仏教美術の座学講座の講師や、ツアーの同行講師を務めることになりました。最初のツアーは、インドのラダックだったと思います。
 私もお客さんの1人のような感じです。「また今年もお会いしましたね」と、ツアー参加者とは友達や知人のように和気あいあいとお付き合いさせていただいています。リピーターが多く、年1回の同窓会といった雰囲気ですね。
 私はお寺のお坊さんで、大学で教えながら研究もする「二足のわらじ」を履いています。自分が得た知識を世の中のために役立てたいと思っており、お寺の信者さんも大学の学生さんもツアーに参加される方達も、それを伝える対象という意味では同じだと考えています。ツアーでは仏教に関する色々な情報や知識を伝えていますが、特に重要だと考えているのは「象徴性」です。景色やそこに住む人たち、目に見えるすべてのものの中に精神が宿っている。その精神の部分を伝えるようにしています。
 抽象的でわかりにくいので例えを挙げると、観音像が左手に持つハスの花は泥の中に咲きますが、その泥が汚いほど栄養となり綺麗な花を咲かせます。そこには「煩悩を糧にして悟りに至る」という仏教の精神が象徴されています。また、我々は煩悩をたくさん持っていますが、それらを取り払っていくと、元々人間の中には人を思いやったり善いことを喜ぶ性質、仏教で仏性(ぶっしょう)と呼ぶ「仏としての性質」が備わっています。「ハスの花はその象徴だ」といったお話をしています。
 私が心がけているのは、仏教の枠にとらわれず、あらゆる宗教や人間哲学、倫理に共通すること。つまり真理について知らず知らずのうちに自然に理解していただくことです。相手に意識させないで、お説教するということですね(笑)。
 いろんなところを観光して、さまざまなものを見て、そこで感じたことを日常生活や社会にどう生かしていくか。そういうところまで、参加者の方達に考えたり感じていただけるように努力しています。
 そのためにはツアーの企画から参加して、訪れる場所の選定なども行います。感情にも入口があり、だんだん高まっていくものですから、訪れる順番もとても大切です。訪れる場所同士がうまく繋がり、関連付けられるような流れを考えるようにしています。
 非日常で感じるいろんな刺激から、新たな自分を発見することも、旅行の楽しみだと思います。さらに、その刺激を参加者全員で共有することも楽しみですね。そういう意味では一方的なガイドではなく、お客さんと一緒に共感を生み出し、心の深いところで参加者とつながることを心がけています。(談)


川﨑一洋 氏(四国八十八ヶ所霊場第28番大日寺住職)
四国八十八ヶ所霊場第28番大日寺住職、高野山大学文学部特任准教授。1974年岡山県生まれ。高野山大学大学院博士課程修了。博士(密教学)。専門は、密教史、仏教図像学、印度哲学。密教の曼荼羅を中心に、アジア各地の仏教美術、仏教儀礼を研究。ネパールやチベットの各地でフィールドワークを重ねる。著書に『弘法大師空海と出会う』(2016年、岩波新書)、四国「弘法大師の霊跡」巡り(2012年、セルバ出版)、『最新四国八十八ヵ所遍路』(2006年、朱鷺書房)