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	<title>オーバーツーリズム | (公財)日本交通公社</title>
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	<description>公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。</description>
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		<title>二重価格は信頼を築けるか　[コラムvol.546]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 01:36:19 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>入城者2割減、収入2倍という結果 世界遺産・姫路城は2026年3月、18歳以上の入城料を市外からの来訪者は2,500円へ引き上げ、市民は1,000円に据え置いた。18歳未満は居住地を問わず無料である。導入から1か月、入城･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h3>入城者2割減、収入2倍という結果</h3>
<p>世界遺産・姫路城は2026年3月、18歳以上の入城料を市外からの来訪者は2,500円へ引き上げ、市民は1,000円に据え置いた。18歳未満は居住地を問わず無料である。導入から1か月、入城者数は前年同月比17%減となった一方、料金収入は約2倍に達した。姫路市は減少を「想定内」とし、増収分を石垣の安全対策などに充てる考えを示している。</p>
<p>「人数×単価」で成り立つ観光地の収益構造を考えれば、この結果は示唆に富む。数を追わずとも収益は確保でき、むしろ混雑が緩和されて体験の質が上がる。他都市からの視察や問い合わせが相次いでいるのも当然だろう。</p>
<figure>
<p style="text-align: center"><img decoding="async" src="/wp-content/uploads/2026/08/column546_figure1.png" alt="路城「二重価格」導入1か月の効果" style="width: 85%"></p><figcaption>
<div style="text-align: center"><b>姫路城「二重価格」導入1か月の効果（2026年3月）</b><br />資料：姫路市発表および報道をもとに筆者作成（前年同月＝100）</div>
</figcaption></figure>
<h3>問われているのは「線引きの基準」</h3>
<p>ここで確認したいのは、姫路城が分けたのは国籍ではなく「居住地」だという点である。市民は窓口でマイナンバーカードなどを示せばよい。当初は外国人と日本人を分ける案も取り沙汰されたが、国籍の確認が実務上難しいことに加え、差別との批判を避ける公平性の観点から、この設計に落ち着いたとされる。実は、これが二重価格を考えるうえでの要である。</p>
<p>私たちの周りには、早割、団体割引、学割、返金可否による差など、広く受け入れられている価格差が数多くある。共通するのは、差の理由が明確で、消費者が条件を選べることだ。航空券の運賃体系のように、条件が一段ずつはっきりしていれば、人は高い運賃にも納得する。反発を招くのは、線引きが「その人が何者か」、とりわけ「国籍」、に置かれたときである。条件ではなく属性そのものを理由に高い料金を課されれば、人は差別されたと感じる。目指すべきは差別ではなく差異化だといえよう。</p>
<h3>値上げと暮らしを両立させる</h3>
<p>この考え方を最も洗練させたのが、北海道倶知安町の「Kutchan ID＋」だろう。ニセコひらふ地区を抱える同町では、世界の富裕層向けリゾートへの変貌に伴って物価が上昇し、リフト券は2024年度に9,500円となった。町と倶知安観光協会は、マイナンバーカードで本人確認するデジタル町民証明を導入し、町民はリフト1日券を5,700円の優待価格で購入できるようにした。飲食店やアクティビティにも優待は広がる。観光協会の事務局長は、適正な価格転嫁と町民優待の両立を目指すと語っている。値上げを否定するのではなく、値上げを進めながら暮らしを守る。この二つを同時に成立させる装置が、デジタル住民証明である。</p>
<p>民間には、そもそも価格を分けない道もある。都内には、スタッフ全員が英語で対応し、非アジア系の髪質への技術を備えることで、顧客の大半を訪日客や在住外国人が占める美容室がある。その料金表に国籍や居住地による区分はない。価格差の理由として示されているのは、施術者の経験や髪の長さといった提供内容そのものである。言語対応を価格差の口実とするのではなく、提供価値に織り込んだうえで単一の価格を掲げる。属性ではなく価値で語るとは、こういうことだろう。</p>
<h3>海外が教える受容の条件</h3>
<p>海外の事例も同じことを語る。タイの国立公園はタイ人40バーツに対し外国人400バーツと約10倍の差を設け、納税の有無を理由とするが、国籍が基準であるため批判が根強い。対照的にガラパゴス諸島は2024年、外国人の入域料を200ドルへ倍増させた際、その使途が生物多様性の保全と地域社会への還元であることを明示し、来訪者数の安定化という目的も掲げた。結果として「保護のためなら妥当」という受容を得ている。ハワイの住民割引も州IDで確認する居住地基準であり、割増ではなく割引という立て付けだ。</p>
<p>区分の基準が国籍そのものに近いほど摩擦は大きく、居住地や公共目的に基づくほど受け入れられやすい。加えて、同じ価格差でも「外国人への割増」より「住民への割引」と語られるほうが、摩擦は小さい。2025年に開業したジャングリア沖縄が、国内在住者向けの価格を「日本在住の方への感謝を込めた特別価格」と位置づけたのも同じ発想である。日本の事例が居住地を軸としてきたのは、この経験則に沿った着地点だろう。</p>
<h3>価格は信頼資産である</h3>
<p>国内の動きは加速している。2025年の訪日客は約4,270万人、消費額は約9.5兆円といずれも過去最高となった。政府は次期観光立国推進基本計画にガイドライン策定の検討を明記し、観光庁は2026年4月に有識者会議を立ち上げ、2026年度中の策定を目指している。初会合では、観光コンテンツの維持やオーバーツーリズム対策を目的とした料金見直しの動きは他の施設にも参考になり得ると指摘された。国立博物館・美術館への導入検討の要請や、京都市が2027年度を目指す観光客向けバス運賃の引き上げなど、来訪者に応分の負担を求める動きは、いまや施設の入場料という枠を超えつつある。</p>
<p>価格は単なる数字ではない。この観光地は来訪者をどう遇するのかという姿勢の表明であり、信頼という資産そのものである。安易な「外国人価格」に流れれば、一時の増収と引き換えに地域ブランドへの信頼を損ないかねない。必要なのは、合理的な条件に基づく差異化と、価格の根拠および増収分の使途を語り切る透明性である。</p>
<p>指針を待つことが本質ではない。それぞれの観光地が、自分たちはどんな価格で、どんな関係を来訪者と築きたいのかを自らの言葉で語れるか。観光立国の真価は、その一点に表れる。</p>
<h4>【図の出典】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>姫路市発表および報道をもとに筆者作成。入城者数・料金収入とも前年同月を100とした指数。入城者数は2026年3月の速報値。</li>
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			</item>
		<item>
		<title>「観光客が多すぎる」の正体　[コラムvol.544]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-overtourism-iwano/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-overtourism-iwano</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Jul 2026 01:26:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>近年、多くの観光地で混雑やマナー問題、地域住民の生活環境への影響といった議論を耳にする機会が増えました。メディアや行政では、こうした現象を広く「オーバーツーリズム」と呼び、観光客数の増加が問題の根本原因として語られること･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-overtourism-iwano/">「観光客が多すぎる」の正体　[コラムvol.544]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>近年、多くの観光地で混雑やマナー問題、地域住民の生活環境への影響といった議論を耳にする機会が増えました。メディアや行政では、こうした現象を広く「オーバーツーリズム」と呼び、観光客数の増加が問題の根本原因として語られることが多くなっています。しかし、本当に問題なのは「人数」そのものなのでしょうか。</p>
<h3>地域ごとに異なる「受け止め方」</h3>
<p>例えば、同じ数の観光客が訪れていても、地域によって受け止め方は大きく異なります。筆者がこれまで視察したハワイやクライストチャーチ、バルセロナ、国内の離島地域においても、地域と観光客との距離感や住民の受け止め方は実にさまざまでした。観光客の来訪を歓迎する地域がある一方で、少ない人数であっても負担感や不満が生じる地域もあります。そこには、単純な人数だけでは説明できない何かが存在しているようです。</p>
<p>観光研究の分野では、このような問題を考える際に「社会的収容力（Social Carrying Capacity）」という概念が用いられます。「観光地はどこまで観光客を受け入れられるのか」という議論は、1960〜70年代から観光利用の増加に伴う自然環境の荒廃や混雑への危機感を背景に、自然公園やレクリエーション管理を中心に発展し、その後、観光研究においても半世紀以上にわたり知見が積み重ねられてきました。現在、「オーバーツーリズム」という言葉で改めて注目されている課題も、こうした収容力研究の蓄積から捉え直すことができます。</p>
<p>社会的収容力とは、地域住民や観光客が観光活動を受け入れられる限界のことです。当初は「何人まで受け入れられるか」という数量的な考え方が中心でしたが、近年では人々の感じ方や地域との関係性を含む概念として捉えられるようになっています。</p>
<h3>限界を左右する「関係の質」</h3>
<p>実際、観光客数が増えても必ずしも地域住民の不満が高まるとは限りません。観光による経済的な利益を実感している場合や、観光客との交流に肯定的な経験を持つ場合には、観光を前向きに受け止める傾向がみられます。一方で、生活空間への影響や文化的な摩擦を感じる場合には、人数がそれほど多くなくても観光への否定的な感情が生じることがあります。</p>
<p>つまり、観光地の限界は人数だけで決まるものではありません。地域が観光をどのように受け止め、観光客とどのような関係を築いているか――その「関係の質」によって、地域が受け入れられる許容度は、時に広く、時に狭く伸縮するものです。社会的収容力は、固定された上限人数ではなく、人々の認識や関係性によって変化するものだと考えます。</p>
<h3>数の管理から「より良い関係づくり」へ</h3>
<p>これから人口減少が進む日本では、多くの地域が交流人口や関係人口の拡大につながる観光振興を必要としています。しかし、単に観光客数の増加を目指すだけでは持続可能な観光にはつながらないでしょう。重要なのは、地域と観光客との関係をどのように育み、双方にとって心地よい状態をつくるかということだと考えます。</p>
<p>「観光客が多すぎる」という言葉の背景には、単なる混雑の問題だけではなく、人と人との関係の問題が隠れています。これからの観光地に求められるのは、観光客数を管理することだけではなく、地域と観光客とのより良い関係を築いていくことです。オーバーツーリズムという現象を考えることは、地域と観光の望ましい関係のあり方を、今一度問い直すことでもあるのではないでしょうか。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-overtourism-iwano/">「観光客が多すぎる」の正体　[コラムvol.544]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>オランダの2都市から考えるクルーズ船の乗客に対する課税　[コラムvol.543]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 01:54:28 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>なぜクルーズ船の乗客に対する課税の議論があるのか 近年、ヨーロッパをはじめとする世界中の都市で、クルーズ船の受け入れをめぐる議論が活発化している。クルーズ船は一度に多数の観光客を地域に運び、大きな負荷をもたらすため、その･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-cruise-tax-ikeji/">オランダの2都市から考えるクルーズ船の乗客に対する課税　[コラムvol.543]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>なぜクルーズ船の乗客に対する課税の議論があるのか</h3>
<p>近年、ヨーロッパをはじめとする世界中の都市で、クルーズ船の受け入れをめぐる議論が活発化している。クルーズ船は一度に多数の観光客を地域に運び、大きな負荷をもたらすため、その受け入れの是非がしばしば議論の対象となる。</p>
<p>もっとも、クルーズ船による負荷への対策は、受け入れるか否かという二者択一にとどまるものではない。寄港隻数や上陸人数の上限設定、到着・出発時刻の調整、港から市内への交通誘導、観光スポットの予約制、港湾インフラの整備など、複数の政策手段を組み合わせることが考えられる。</p>
<p>その中で、クルーズ船の乗客（以下「クルーズ船乗客」という。）に対する課税も、一つの対策として議論に上がることが多い。</p>
<p>この議論を考えるに当たっては、まず宿泊税等の観光税の性格を整理しておく必要がある。観光税の使途には、観光プロモーションやマーケティング、観光コンテンツの造成など、観光振興のための財源としての側面がある。他方で、観光客の来訪によって生じる道路、公共交通、清掃、混雑対策などのインフラや公共サービスへの負担を賄う財源としての側面もある。前者が観光需要を生み出し、地域経済を活性化するための財源であるとすれば、後者は、観光によって地域に生じる追加的な公共負担を、来訪者にも分担してもらうための財源である。</p>
<p>クルーズ船乗客に対する課税は、このうち後者の観点、すなわち観光によって生じる追加的な公共負担を来訪者にも分担してもらうという観点から議論されることが大半である。宿泊税が導入されている地域では、前者の観点に使途が限定されている地域を除いて、ホテル等の宿泊客から徴収された宿泊税が、地域の受入環境や公共インフラを支える財源の一部に充てられている場合が多い。他方で、クルーズ船乗客は船内に宿泊し、寄港地では数時間だけ滞在するため、通常は寄港地の宿泊税を支払わない。それにもかかわらず、上陸した乗客は、都市の道路、港湾施設、公共交通、観光案内、清掃、混雑対策といった公共的なサービスやインフラを現に利用する。このため、宿泊客との間で、観光によって生じる公共負担の分担に不均衡が生じる。実際、宿泊税の導入をめぐる議論の場では、宿泊事業者の側から、宿泊客にのみ負担を求めることの公平性を問う声が上がることもある。</p>
<p>さらに、クルーズ船乗客については、一般の日帰り客とは異なる固有の負荷もある。クルーズ船は、一度に多数の乗客を短時間で送り込むため、来訪の時間帯や場所が集中しやすい。これにより、港湾周辺や主要観光地における混雑、交通渋滞、公共交通への負荷、観光地周辺の滞留、住民生活への影響が生じやすくなる。こうした負荷は、単に日帰り客であることから生じるものではなく、クルーズ船観光の来訪形態そのものに由来する面がある。そして、こうした固有の負荷に対応するための財源として、クルーズ船乗客に対する課税を求める声が上がることになる。</p>
<h3>オランダにおけるクルーズ船乗客に対する課税</h3>
<p>宿泊税は、税率や使途を除けば各地で比較的共通するのに対し、クルーズ船乗客に対する課税の設計は、国や地域によって大きく異なる。以下では、そのうち、クルーズ船乗客がその地に「滞在すること」を捉えるオランダのアムステルダムとロッテルダムの2都市の事例を取り上げ、この「滞在」への課税という発想が、どのように制度化されているかを見ていく。</p>
<h3>アムステルダム：乗客の「滞在」に着目する制度</h3>
<p>オランダ・アムステルダムは、クルーズ船乗客に対する日帰り観光客税を採用している<sup>*1</sup>。税率は1人1日15ユーロであり、課税客体は、クルーズ船乗客が「滞在」することそのものである。課税標準は乗客が滞在した日数であり、これは接岸から出航までの日数として数えられる（滞在が数時間にとどまる場合であっても1日として課税される。）。</p>
<p>上記のとおり、この制度の課税客体は、船舶の入港や出航そのものではなく、クルーズ船乗客がアムステルダム市内で滞在することであるところ、トランジット（その都市を出発地とも到着地ともせず、航路の途中で立ち寄る）のクルーズ船乗客の滞在のみが課税対象となり、アムステルダムを出発地または到着地とするクルーズ船乗客の滞在は課税対象から除外されている。</p>
<p>この区別の背景には、観光税の対象となる「滞在」には、単なる乗降や乗継ぎを超える一定の継続性が必要だという考え方がある。条例に付された公式解説でも、乗降や乗継ぎのために短時間市内にいるだけでは、観光税の対象となる「滞在」とはいえないとされている。</p>
<p>そのため、アムステルダムを出発地または到着地とする乗客については、乗船・下船に伴う短時間の市内滞在にとどまる場合には課税対象外となる。他方で、航路の途中で寄港し、市内で一定時間を過ごすトランジット客については、宿泊を伴わない滞在として日帰り観光税の対象となる。</p>
<p>実質面でも、アムステルダムを発着地とする乗客については、乗船前または下船後に市内のホテル等に宿泊する場合が多く、その場合には通常の宿泊税の対象となる。そのため、発着地とする乗客を日帰り観光税の対象から除外しても、実質的に市内に滞在する場合（すなわち、宿泊する場合）にはその滞在が宿泊税によって捕捉・回収されるため、公共負担の分担に漏れが生じにくいという事情も、この除外を支えていると考えられる。</p>
<p>なお、この日帰り観光税は、同じ滞在であっても、自動車や鉄道で訪れる日帰り客を対象とせず、利用する交通手段によって取扱いを区別していることになる。条例に付された公式解説によれば、観光税が対象とする「継続的な滞在」に当たるかどうかは、個々人の主観的意図ではなく、客観的に判断されるべきものとされている。そして、自動車や鉄道で訪れる日帰り客一人ひとりについて、継続的な滞在に当たるかを個別に認定することは、税の執行上現実的ではない。そのため、執行可能性・確認可能性、すなわち制度の効率性の観点から、クルーズ船以外の手段で訪れる日帰り客を課税対象から外すことが正当化される、という整理がされている。</p>
<h3>ロッテルダム：乗客の「夜間滞在」に着目する制度</h3>
<p>オランダのロッテルダムは、クルーズ船上での夜間滞在に着目したクルーズ船宿泊税を採用している<sup>*2</sup>。税率は1人1泊6.10ユーロであり、ロッテルダム市内で、夜間に4時間以上連続して係留されたクルーズ船上において、乗客が有償で滞在することを課税対象としている。</p>
<p>同条例において、夜間滞在とは、21時から翌6時までの間に、クルーズ船が少なくとも4時間連続して係留される場合をいう。アムステルダムが単に「滞在」に着目するのに対し、ロッテルダムは「夜間滞在」に着目する点で設計は異なるが、乗客が一定時間その地にとどまるという「滞在」を捉えて課税する点では、両者は共通の発想に立っている。</p>
<h3>日本において</h3>
<p>日本でも、クルーズ船の受け入れをめぐる負荷の問題はしばしば指摘されており、近年はクルーズ船乗客への新たな課税を求める声も聞かれる。もっとも、現状では、クルーズ船乗客を対象とした法定外税はまだ実現されていない。</p>
<p>アムステルダムとロッテルダムに共通する特徴は、船舶の入港ではなく、乗客がその地に「滞在」することを課税客体としている点にある。この点で、宿泊税が「宿泊」という滞在行為に着目する税であるとすれば、両都市の制度も、乗客の滞在に着目する点でこれに近い発想に立つものといえる。いずれの条例でも、納税義務を負うのは、滞在の機会を提供する事業者、すなわち運航会社であり、事業者が税相当額を乗客から回収する仕組みがとられている。事業者が乗客に代わって納付する点では、宿泊施設が宿泊税を徴収・納付する構造とも近い。</p>
<p>日本においても、各地域で宿泊税の導入が進むなかで、その使途として観光振興の財源をどう確保するかという点にとどまらず、観光によって生じる公共負担を誰がどのように分担するかが議論されるようになっている。クルーズ船乗客は、その多くが寄港地では宿泊を伴わない日帰り客でありながら、日帰り客の中でも地域に与える負荷が特に大きい。このため、宿泊客との間での公共負担の分担の不均衡と、来訪が集中することによる固有の負荷の双方の観点から、負担の公平性をめぐる指摘が生じやすい。クルーズ船乗客に対する課税には、日本ではまだ先行する例がないものの、こうした視点からすれば、今後、その導入に向けた具体的な検討が始まっても不思議はない。</p>
<p>その際に、オランダの2都市の例が示唆するのは、課税客体を船舶の入港ではなく乗客の「滞在」に求めるという発想もあり得るという点である。課税客体を乗客の「滞在」に置くという整理は、日本の既存の制度との関係でも意味を持つ。港湾管理者が船舶から徴収する入港料は、「船舶の入港」を対象とするものであるところ（港湾法第44条の2）、乗客の「滞在」を課税客体とする設計は、入港料とのすみ分けを説明しやすいものと考えられる。</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>※1 「2019年日帰り観光客税条例（Verordening Dagtoeristenbelasting 2019）」<br /><cite>https://lokaleregelgeving.overheid.nl/CVDR614619/4</cite></li>
<li>※2 「2026年クルーズ船宿泊税条例（Verordening logiesbelasting cruiseschepen 2026）」<br /><cite>https://lokaleregelgeving.overheid.nl/CVDR749018/1</cite></li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-cruise-tax-ikeji/">オランダの2都市から考えるクルーズ船の乗客に対する課税　[コラムvol.543]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-tourism-municipality-ikeji</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 04:43:32 +0000</pubDate>
				<guid isPermaLink="false">https://www.jtb.or.jp/?post_type=column&#038;p=56813</guid>

					<description><![CDATA[<p>「成功した観光地」のジレンマ 観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求して･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>「成功した観光地」のジレンマ</h3>
<p>観光客が増え、宿泊施設は満室が続き、飲食店や小売はにぎわう。観光政策では、こうした状態がまさに「成功」とされてきた。外から人を呼び込み、消費を生み、地域経済を回すことは、多くの地域が追求している目標であり、今後も多くの地域で重要な目標であり続けると思われる。
</p>
<p>しかし一方で、観光がうまくいっている地域ほど、住民の生活環境や地域運営に負荷が顕在化しやすい。実際、道路の渋滞、公共空間の混雑、住宅不足や家賃の上昇といった現象は、各地で「オーバーツーリズム」として批判的に語られることが増えている。
</p>
<p>ここで押さえるべき点は、これらが「観光がうまくいかなかった結果」ではなく、むしろ「観光が一定程度うまくいったことによって生じる副作用」として理解できる、という点である。観光の成功は、地域に流入する人の量だけでなく、滞在の仕方、利用の時間帯や集中する場所、さらには不動産に対する投資や用途転換を通じて、地域の需要構造を大きく変化させる。課題は、こうした変化が一定程度不可避であるにもかかわらず、地域の制度や運営の仕組みが、依然として定住人口を前提とした設計に留まり、変化を受け止めて調整する仕組みの更新が追いついていない点にある。
</p>
<p>例えば、交通混雑は「観光客が増えたから当然に起きた」と整理するだけでは足りない。バスや鉄道、道路といったインフラは、もともと定住人口を前提に想定していた利用実態と、観光客を含む実際の利用実態とのあいだに乖離が生じることで負荷が顕在化する。同様に、住宅不足や家賃上昇も、観光関連用途（宿泊・短期賃貸等）が相対的に高収益となり、土地・建物が転用されていく過程の帰結であるが、地域の居住継続に必要な住宅供給を確保する観点から、用途・供給量・立地といった要素を「調整対象」として制度目的に組み込み、過度な転用圧力を緩和できる仕組みが十分に用意されていない点が課題となる。</p>
<h3>なぜこうした課題の解決が難しいのか</h3>
<p>こうした課題は広く認識されているにもかかわらず、地域で対応が追いつかないことが少なくない。その理由は個々の現場対応の工夫不足というより、制度設計上の制約に求められる。</p>
<p>第一に、財源と執行体制が、ともに定住人口を基礎として設計されている点である。自治体の財政規模は、原則として定住人口を基準に算定される。一方で、観光に起因する行政需要は、観光客が特定の時期・場所に集中することで発生する。道路や公共空間の混雑といった負荷は急激に増えるが、住民数は増えない。このため、観光によって生じる行政需要が拡大しても、それに対応するための財源や人員は自動的には補強されず、定住人口ベースの枠組みで対応せざるを得ない点に、構造的な無理がある。
</p>
<p>第二に、観光によって生じる外部性を調整するための裁量が、問題が発生している現場に十分に集約されていない点である。例えば、民泊の届出・監督や開発許可といった観光に直結する規制権限については、観光客数が定住人口を大きく上回るような小規模観光地には移譲されていない（＝都道府県レベルにとどまっている）場合が大半である。その結果、観光による影響が短期間・特定地域に集中的に発生するにもかかわらず、それらを一体として判断し、調整する裁量が、そうした影響が発生する現場の自治体に十分に集約されないという事態が生じ得る。
</p>
<p>第三に、そもそも規制権限の内容が、観光による需要構造の変化を調整すること自体を想定せずに設計されてきた点である。例えば、都市計画等における宿泊施設への規律は、用途制限が中心であり、「どこに建てられるか」は定められていても、「どの程度まで受け入れるか」というキャパシティの上限は、制度の射程に含まれてこなかった。これは、住民人口を基礎とする社会においては、宿泊客数を政策的に制御する必要性自体が強く意識されてこなかったことの反映でもある。その結果、混雑や住宅圧迫といった問題が顕在化しても、対応が後手に回りやすい。
</p>
<p>つまり、「オーバーツーリズム」と呼ばれるような観光地の問題への対応が遅れているのは、現場の努力や工夫の不足ではなく、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という三層において、制度の前提が一貫して「住民人口モデル」に留まっていることから生じている。こうした制度上の制約や空白を埋めない限り、個別施策を積み重ねても、根本的な改善には至りにくい。
</p>
<h3>「観光自治体」という発想</h3>
<p>こうした状況を踏まえると、検討するべきなのは、観光という要素を前提に自治体制度そのものを捉え直すことである。すなわち、「住民」を基本単位として設計されてきた自治体制度を、観光によって生じる負荷を引き受け、調整することができるようにアップデートする必要がある。
</p>
<p>この文脈で考えられるのが、「観光自治体」という発想である。観光客数や滞在規模、観光が地域経済や空間に与える影響の大きさといった実態に照らし、既存の自治体制度の体制や権限配分等をアップデートする枠組みを指す。要は、観光によって生じる問題に対応するための権限、安定的な財源、そしてそれらを実効的に運用するための専門的な執行体制を、個別に切り離して付与するのではなく、一体として組み合わせて与えるという考え方である。
</p>
<p>このような制度設計は、決して突飛なものではない。欧米では、観光地やリゾート地域を一般の地域と同一視せず、特有の空間的・社会的条件を前提とした制度枠組みのもとで位置づけている例が少なくなく、そこでは、都市計画上の特別な規制や、宿泊税などの観光関連財源、さらには専門的な体制が、同一の地域に対して組み合わされて付与されている。
</p>
<p>例えばフランスでは、スキーリゾートを含む山岳地域を対象とした法律、いわゆる山岳法（Loi<br />
    Montagne）<sup>（※1）</sup>において、山岳地域を一般の地域とは異なる条件を持つ空間として明示的に位置づけている。ここではまず、山岳地域という地理的・社会的特性を持つ区域を、制度上の一つの単位として切り出すことが行われている。
</p>
<p>そのうえで、山岳地域における宅地開発や都市的開発については、既存の集落や村落と連続した形でのみ認めるという原則が示されており、観光需要の拡大に応じた無秩序な開発を抑制する仕組みが、都市計画上の特則として組み込まれている。これは、観光を前提とした開発圧力を、一般的な都市計画とは異なるルールで受け止めるための特則と位置づけることができる。
</p>
<p>さらに、こうした山岳地域の自治体については、地方公共団体総法典<sup>（※2）</sup>において宿泊税を課す権限が制度化されている。観光による開発圧力や行政需要が集中する山岳地域において、観光起因の負荷を支えるための財源手段が、恒常的に確保される構造が形成されている。
</p>
<p>国や地域によって社会制度や地方自治の前提は大きく異なるため、このような海外の制度をそのまま日本に移植することはできない。しかし、観光自治体という発想のポイントは、海外の制度の型を輸入することではなく、観光地で生じている問題を、個別の現場対応や観光客数の多寡に帰責するのではなく、自治体制度の前提そのものの課題として捉え直す点にある。
</p>
<h3>おわりに</h3>
<p>筆者は「<a href="/project/non-profit/network/zaigen/" target="_blank">観光財源研究会</a>」等において、宿泊税を始めとする観光地の安定した財源制度を、「<a href="/project/non-profit/network/mountain-resort/" target="_blank">マウンテンリゾート研究会</a>」や「<a href="/research/25-01-024/" target="_blank">観光地における規制条例に関する研究</a>」等において、条例等のローカルルールの活用可能性と限界を検討してきた。これらはいずれも、観光によって生じる行政需要を、住民人口を前提とした既存制度の枠内で処理しきれなくなっているという問題意識に基づくものであった。
</p>
<p>しかし、上記で見てきたように、観光地が直面する問題は、①財源と体制、②権限の所在、③権限の内容という複数の制度的制約が重なり合って生じている。そのため、個別の財源措置や規制手法を単独で積み重ねても、自治体制度全体としての前提が変わらない限り、対応は行き詰まりやすい。
</p>
<p>今後は、こうした個別手段の研究成果を前提としつつ、それらをばらばらの対症療法として並べるのではなく、住民人口モデルに依拠してきた自治体制度の限界を直視したうえで、権限・財源・体制を一体として再設計する「観光自治体」という発想から、観光地が抱える構造的課題への対応のあり方を探っていきたいと考えている。
</p>
<h4>【注】</h4>
<ul>
<li>（※1）山岳開発及び保護に関する法律（Loi n° 85-30 du 9 janvier 1985 relative au développement et à la protection de la montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/LEGIARTI000033745607/2016-12-30</cite></li>
<li>山岳地域の近代化、開発及び保護に関する法律（LOI n° 2016-1888 du 28 décembre 2016 de modernisation, de développement et de protection des territoires de montagne）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000033717812/</cite></li>
</li>
<li>（※2）地方公共団体総法典（Code général des collectivités territoriales）、<cite>https://www.legifrance.gouv.fr/codes/texte_lc/LEGITEXT000006070633/</cite></li>
</ul>
<p style="text-align: right">画像出典：Google Geminiにて生成</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-municipality-ikeji/">「成功した観光地」のジレンマをどう乗り越えるか？ ―「観光自治体」という発想から考える―　[コラムvol.537]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-gentrification-yamada</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[webkamitomo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Dec 2025 06:00:47 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>観光立国への取り組み 我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。 1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。た･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/">「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>観光立国への取り組み</h3>
<p>我が国は、戦後、3回、国策として観光振興に取り組んできている。</p>
<p>1回目は、高度成長期、レジャーブームと呼ばれた時。2回目は、バブル経済期、リゾートブームと呼ばれた時。そして、現在の観光立国である。ただ、同じ観光でも過去2回と、現在では、大きく性格が異なっている。過去2回は、いずれも国内都市の住民で観光需要が急増し、その供給に対応するというものであったのに対し、現在の観光立国は、国外から需要を取り込んでこようというものだからだ。そのため、過去2回は、オイルショックやバブル崩壊によって、需要が減少すると共に自然消滅したが、現在は、国際的な人流が増大することで、約20年（観光立国推進基本法の成立が2006年12月）に渡って継続されている。</p>
<p>私が、公益財団法人日本交通公社（当時は財団法人）に転職したのは1998年。バブル崩壊の煽りを受け、観光市場は縮小の一途。観光やリゾートといった言葉は、バブル崩壊と紐づけられ、肯定的な意味合いで使うことは出来なかった時代だった。そうした時代を経験している身からすれば、現在の状況は、まさしく隔世の感がある。COVID-19によるパンデミックが発生し、世界中の人流が止まった時には、流石に覚悟するものがあったが、その後、タフに需要が回復するのを見て、観光は、人々にとってファンダメンタルな活動になっているのだということを感じている。細かい時間軸、または、地域断面で見れば、当然、振れ幅はあるが、全体としては、安定的な成長期に達していると言えるだろう。</p>
<p>観光立国に取り組み始めた当時は、まだ、東アジア、東南アジアの需要は顕在化しておらず、国内経済もまだ「バブルの余韻」を抱えており、かつ、人口縮小も数値上の問題であったことを考えれば、観光立国政策の立ち上げは、極めて先見性の高い判断であったと思う。</p>
<p>「こんな物価の高い国に、海外から人が来るわけない」などと議論していたのは、今となっては笑い話にすらならない。</p>
<p>実際に、訪日市場が拡大するのは、基本法の成立から約10年の時間が必要であったが、曲がりなりにも10年という時間の中で、様々な体制作りが進んだことが、世界的な需要増大の流れの中でも、我が国が相対的に高い成長を実現できた要因だろう。</p>
<h3>観光政策の立ち位置の変化</h3>
<p>ただ、観光立国政策から20年、訪日市場増大から10年という時間軸の中で、観光と日本、地域との関係は変質してきているのではないか。</p>
<p>当初の10年は、訪日市場を展望しつつも、実際には縮小する国内市場への対応が主体であった。毎年、当然のように客数が減少していく状況の中で、なんとか踏みとどまる方策を見つけ出し、実践していくことが求められたが、ここでの当事者の多くは、観光客数減の影響を直接受ける既存の観光事業者であり、観光地であった。特に団体客から個人客へ客層がシフトし、これを背景とした、様々なオルタナティブ・ツーリズム（国内ではニューツーリズムと呼称）への対応は、高い難易度を持っていたが、「対応できなければ、消滅する」という危機感も背景にあった。この時代、国などが、いかに「観光は将来性のある産業だ」と主張しても、ほとんどの人は相手にしていなかったが、背水の陣に置かれた関係者の一体感は高かったように思う。</p>
<p>その後、訪日客が目に見えて増え始めると、増田レポート(2014)をきっかけに始まった地方創生政策（2014〜）および、明日の日本を支える観光ビジョンの策定（2016）によって、観光の社会的位置づけは大きく変わっていく。政策レベルが、これまで、国交省の外局である観光庁から、内閣官房主導へと引き上げられたことで、名実ともに、観光は国家政策となった。さらに、国際観光旅客税（2019）が導入されたことで、訪日に関わる観光政策は、独立した財源を有する自立性の高い政策領域ともなった。こうした体制の中で、訪日客数は順調に増大し、政策としてのアウトカムを獲得してきた。パンデミック時に、GoToトラベルや、その後継となる全国旅行支援政策によって、国内需要の底支え出来たのも、こうした政策体制が構築できていたからだろう。</p>
<p>20年の積み上げの結果、我が国は国レベルで、観光について考え、政策実行できる体制を得たことは、誇って良いことだと思っている。</p>
<p>しかしながら、パンデミック後、揺り戻し的な動きが出てくることになる。オーバーツーリズムという言説が、日々、使われるようになったことが象徴的だが、これまで、観光振興を肯定的に捉えていた社会が、変化しつつあるように感じる。主観で言えば、この雰囲気は、バブル経済のピーク時の感覚に近い。</p>
<p>これには様々な原因があるだろうが、注目したいのは、同様のことが世界的に生じているということだ。当財団では、3年間にわたり海外視察を展開してきたが、反ツーリズム的な動きが出ている地域は少なくない。21世紀以降の国際旅客数の増大によって、日本同様に、国外からの観光客数が増大し、それが、様々な混乱を招いていることへの反動といえる。表面的には、グローバリズムとナショナリズムの関係にも似ているが、背景に、経済格差問題があることも大きい。地域において投資や消費が進むことで、不動産やサービス価格が上がり、元からの住民の生活が困難になる状況（ジェントリフィケーション）が起きている地域ほど、反発が大きいとも言える。実際、反ツーリズム的な動きが出ているのは、経済力の低い地域が多く、米国本土や欧州中央部では、客数が増えても、そうした反動は、ほとんど生じていない。</p>
<p>経済大国と言われた我が国が、「相対的に物価が安い旅行先」となった現実を突きつけられる事象は、気持ちの良いものではない。バブル経済期の、東京vs地方という構図が、世界vs日本という構図となっているのが実状であり、このフラストレーションは社会的に無視できないだろう。</p>
<p>さらに、観光立国の取り組みは、地方創生政策と密接な関係をもっているが、現実として、観光客が集まる地域は極めて限定されている。不動産価格やサービス価格の上昇どころか、廃墟となった建物や累積赤字を抱える公営施設など、負の遺産を抱えている地域は多い。</p>
<h3>新たな環境への対応</h3>
<p>こうした現実は、観光が解決できる社会課題は限定的であり、観光客数や消費額を増やせば解決レベルが上がるわけでもないことを示している。特に、ジェントリフィケーションの問題は、そもそも、観光消費による経済効果で、地域振興を行おうという基本戦略そのものに影響する現象である。</p>
<p>何事にも変化には、一定の痛みが伴うものではあるが、それが一時的な成長痛なのか、構造的な新たな抑圧なのか、我々は見極めていく必要がある。</p>
<p>DMOのMは、マーケティングとマネジメントのダブル・ミーニングとされてきたが、現在では、殆どの場合、マネジメントを指すようになっている。国際的に、観光客を呼び込むことよりも、観光という活動を地域の中で、どのように動かしていくのかが重要だというように認識が切り替わってきたことの証左であろう。</p>
<p>観光の可能性を信じつつ、国際的に視野を広げ、チャレンジを続けていきたい。</p><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-gentrification-yamada/">「観光による地域振興」を再考する　[コラムvol.536]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>地域のブレンド力を磨く―まちづくりと観光事業⑯　[コラムvol.506]</title>
		<link>https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi16-goto/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=column-machi16-goto</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 05 Apr 2024 06:48:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>世界観光機関（UN Tourism）によると、2023年の国際観光客到着数は、強力な繰越需要に支えられ、パンデミック前のレベルの88%に回復。2024年にはパンデミック前の水準に完全に回復すると予想されており、2019年･･･</p>
<p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi16-goto/">地域のブレンド力を磨く―まちづくりと観光事業⑯　[コラムvol.506]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>世界観光機関（UN Tourism）によると、2023年の国際観光客到着数は、強力な繰越需要に支えられ、パンデミック前のレベルの88%に回復。2024年にはパンデミック前の水準に完全に回復すると予想されており、2019年の水準を2%上回る成長が示されている<sup>1)</sup>。<br />
約3年にわたったコロナ禍。現在は一定の収束を見せているが、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置解除明けに観光地の現場で見た旅行者の明るく喜びに満ちた表情は、今後どのような環境変化があろうとも、観光に携わる仕事をする者の根源にある喜びとして胸に刻んでおきたい。</p>
<p></br></p>
<figure>
   <img decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2024/04/506-image1.jpg" alt="コロナ禍に調査員として旅行者に接した尾瀬鳩待峠登山口でのアンケート調査現場" width="800" class="aligncenter" /><figcaption style="text-align:center">写真1 コロナ禍に調査員として旅行者に接した尾瀬鳩待峠登山口でのアンケート調査現場</figcaption></figure>
<p></br></p>
<p>さて、今回はこれからの観光社会において求められるであろう視点の一つ、地域の「ブレンド力」についてお話する。</p>
<p>「ブランド力」の打ち間違い？</p>
<p>そうではない。地域の「ブレンド力」である。厳選し合組（ブレンド）することで、単一で醸し出せる風味とは異なる重層的な味わいが生まれるのである。品種の選定や配合調整を試行し、そこから生み出される最適な配合比率は研究の結果であり、配合は技術そのものである。</p>
<p>こうしたブレンド行為を観光地に当て嵌めて考えてみたとき、今の我が国の観光地は、どのくらいの「ブレンド力」を有しているだろうか。ブレンドする主体は一義には地域である。地域では、どのような観光客に訪問して欲しいか、観光客像は明確だろうか。観光客にどのように過ごしてもらうことで地域でブレンドを図るのか。滞在の仕方、過ごし方、交流の仕組み・仕掛けは準備されているだろうか。複数ある客層間の配分、地域住民と観光客のバランスも意識する必要があるだろう。観光地に置き換えて考えれば、こんなところだろうか。<br />
新型コロナによるパンデミックが落ち着き、観光需要が回復傾向にある中で、果たして今日本の観光地で上手くブレンドできている、と言える観光地は幾つあるだろうか。</p>
<p>無論、そんな簡単な事ではない。実社会の中での試行錯誤無きに最適なブレンド、配合など見いだせない。そのための時間もそしてテクノロジーの力も必要である。ただ、常に観光と向き合う社会が眼前に在る今、「なぜ自分たちは観光客という‟外からの糧″を受け入れ、どのような暮らしの味わいある地域を創ろうとしているのか」は、これからの未来に向けて強く意識する必要があると観光プランナーである筆者は考える。</p>
<h3>■観光地の新陳代謝、呼吸作用―外に開き、何を取り入れるのか</h3>
<p>「地域のブレンド力」という言葉は、由布院温泉（大分県）のまちづくりのリーダー中谷健太郎氏の言葉である<sup>2)</sup>。1970年代より「生活観光地」を掲げてきた由布院は、90年代以降「花咲くよりも、根を肥やせ」と生活の充実を一層図っていくと同時に、地域の中と外との“望ましい関係”を手探ってきた。観光地としての発展とともに地域外資本による参入・開発など様々な問題を抱える中で、1990年には、潤いのあるまちづくり条例の制定や由布院観光総合事務所の設立(1)など、その後行う「観光地の成長管理」の基盤を構築。その中で最も目を向けるべきは、その根底にある思想の重心転換である。<br />
70年代後半に生まれたフレーズ「最も住みよい町こそ優れた観光地である」が町勢要覧(1990)で大きく謳われると同時に、「由布院観光の長期ビジョン」として「市場(バザール)のある温泉のある温泉リゾート村・構想」が1990年に打ち出された。「市場(バザール)があるから、文・物が移出し、ムラが世界につながる。それがムラの消費文化を豊かにし、生産文化を活性する」と、地域外からの活力を受け入れ、暮らしを活性することが模索された。<br />詳しくは、参考文献<sup>3)</sup>に譲るが、中谷氏は、外の人との交流をまちの呼吸作用と捉え、外の人を支持、応援を得てまちの新陳代謝を図ろうとしていた(1)。</p>
<p>昨今、オーバーツーリズムの再燃を懸念する声が聞かれる。その中には観光に対する批判も少なくない。しかし、「観光客の来訪を通じて何を取り入れ、どのようなまちの方向を目指すのか」。来訪なしで、まちの新陳代謝を図れるのか。現状、観光客の消費のみに着目し経済的利益を求めるあまり、機会損失をしていないか、などを一度考えてみてほしい。</p>
<h3>■住民と観光客－町づくりの同標</h3>
<p>地域でのブレンドとは、観光においては、地域住民と観光客の共生のあり方そのものを考えることである。先ほど紹介した中谷氏は、「由布院観光の長期ビジョン」を打ち出す時期に、「よそ者か、地元か」といった平地の戦術的発想ではなく、自地域が輝き続けるためには、他の地域にとって「自分たちがナニモノであるか」を問うこと。遠近を問わず引力の関係で見ることが重要だと述べている<sup>5)</sup>。<br />
オーバーツーリズムの再燃が懸念される中、ややもすると、観光による負の影響だけが取り上げられ、住民生活の擁護策に目が向けられがちである。もちろん、それは急務であり即応が求められる。しかしながら、中長期的には、住民、観光客の望ましい共生のあり方、クロスオーバーする未来像を描けなければ、新たな文化の創造も生まれないだろう。未来像なしには、(観光客を含めて)具体的に地域の外から何をどのように取り込むか、交換するのかは決められまい。我が国の湯治場がそうであるように、住民、観光客、両者を捉える複眼が今こそ必要なのである。</p>
<p>さて、我が国の戦後の観光史を辿ると、高度成長期に観光公害が問題視されていた京都市の観光にも両者を捉える視点が垣間見れる。例えば、1971年の『10年後の京都の観光ビジョン』（京都観光会議）では、まちの特性や資源、住民だけでなく観光、観光客に正面から向き合う意識が確認される（以下、前半だけでなく後半までを一つに捉えることが重要）。</p>
<blockquote><p>「京都は文化観光都市ではあるが，観光都市としてつくられた街ではない。文化観光都市の意味は，文化都市に徹することによって，おのずから観光都市になることであろう。<b>もちろんこれは観光客の受入体制をないがしろにしてよいということにはならない。むしろ，積極的に観光客の受入体制をつくる</b>ことによって，文化都市としての機能を発揮できる面が大きい。」（太字及び傍点は筆者加筆）<sup>6)</sup></p></blockquote>
<p>そして同提言では、以下の3つが今後の観光行政上の基本政策とされた。1,2に留まらず、訪れた観光客が「本当に来て良かったな」という気持をいだかせるような、観光の質的な側面を重視した方針に変えていくことが必要という認識であった。</p>
<p>1. 京都の良さを守り育てること<br />
   2. 市民生活の擁護<br />
   3. 京都の真のよさを味わえるように対処すること
</p>
<p>また、観光客の多寡等に関わらず半世紀にわたって一貫して「観光都市ではない」「観光目的でない」と発してきた近江八幡（滋賀県）のまちづくりのリーダー川端五兵衞氏は、「真の観光」は何よりも重要であり、住民だけでなく観光客の“本態性ニーズ”を捉えることの重要性も問うている<sup>7),8)</sup>。</p>
<p>実は、当財団では、観光公害が問題視されていた1970年代に用語「住民＋観光者」を用いて自主研究を行った。それは、1960年代の住民への観光によるインパクト、負荷を軽減する配慮的・問題除去的な対応に留まるのではなく、「住民＋観光者」、両者を捉えた望ましい地域社会像を描くという点において従前とはやや異なるとも言えよう。<br />
1975年度、当財団では観光分野で「町づくり」という用語を用いて、当時観光公害に悩む津和野町（島根県）にて自主研究を行った<sup>9)</sup>。そして、同時期、草津町（群馬県）からの要請を受けて観光計画より上位の総合的な「社会開発計画」を町づくりの視点から作成、提案した<sup>10)</sup>。同開発計画では、「“住民を満足させ得る”と同時に“観光客をも満足させ得る”ことを町づくりの同標として心がけなければならないのは、観光地としての責務」とし、「定住人口＋観光客」という観点から「観光地という特殊性の故に、定住人口に観光客を上乗せして生活環境水準を考える」モデル地域として、魅力ある温泉街の再開発と住民にとって豊かで住みよい“町づくり”の方向性を描いた。「人々(観光者)がもたらす情報、様式をいかに草津の文化育成に活用するか」（括弧は筆者が加筆）という問題意識のもと、住民と観光客とのコミュニケーション（接触、対話）を施策に掲げ、「リゾートをも志向する以上、住民生活環境の向上」がその前提となると考えていた。</p>
<p>観光を取り巻く環境変化は加速し転換期にある今、観光を地域政策の柱に据えて歩むのであれば、単に住民を射程範囲に収めるだけではなく、住民、観光客の本質的なニーズに同時に正対する姿勢のもとで長期ビジョンを描くことが重要ではなかろうか。ある一時の考え、視点で終わらせることなく、また拙速を排しながら、関係者と対話を積み重ね大局的な方向を描くことが遠回りかもしれないがよりよき観光地域を形成する近道と考える。</p>
<p>最後に、当財団が観光文化を冠した基金「観光文化振興基金」を設置して50年を迎えた(1974年3月に各種基金等を再編)。同じ50年後に未来を生きる世代から豊かな観光文化の振興、醸成に資する研究であったと言ってもらえるよう、日々の業務・研究にこれからも地道に取り組んでいきたい。</p>
<h4>【注】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>(1) 参考文献<sup>4)</sup>「由布市観光基本計画」（2011）では、由布院のまちづくりの特性を踏まえて基本理念の一つに、以下の一節がある。<br />
      「今後も、今日まで受け継がれてきた古き良き風習や慣習、まちの佇まい、醸し出される暮らしぶりなどを大切にしつつ、内と外との交流を通じて新しい“空気”（人脈、情報、芸術・文化、新たな価値観、刺激、感動、活力、、、）を取り入れることで、地域内外に新しき“風”を起こしていく。」</li>
</ul>
<h4>【引用・参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none">
<li>1) UN Tourism Barometer<a href="https://www.unwto.org/un-tourism-world-tourism-barometer-data" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://www.unwto.org/un-tourism-world-tourism-barometer-data)</a></li>
<li>2) 中谷健太郎（2006）：地域のブランド力と地域のブレンド力，『由布院に吹く風』，岩波書店，pp.32-33</li>
<li>3) 中谷健太郎（2024）：地域のブレンド力を磨く―この土地に運ばれたものを暮らしに編み込む由布院温泉（大分県），『観光文化』260号，pp.52-59<a href="https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-18/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-18/)</a></li>
<li>4) 由布市（2011）：由布市観光基本計画</li>
<li>5) 中谷健太郎（1990）：「幻視ゆふいん&#8217;90―何かが道をやってくる」、『風の計画』、湯布院企画室「西方館」、p.32</li>
<li>6) 京都観光会議（1971）：10年後の京都の観光ビジョン－呼び込み観光との訣別，『京都観光会議報告書』，pp.1-31</li>
<li>7) 川端五兵衞(2019)：観光は終の栖の内覧会－死に甲斐のある終の栖のまちづくり－（巻頭言），『観光文化』240号，p.1<a href="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/bunka240-02.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/bunka240-02.pdf)</a></li>
<li>8) 後藤健太郎（2021）：地域におけるまちづくりと観光の関係に関する研究～近江八幡における川端五兵衞氏の観光に関する言説を通じて～，『観光研究』，Vol.33(1)，pp.49-62<a href="https://www.jstage.jst.go.jp/article/jitr/33/1/33_49/_pdf/-char/ja" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jitr/33/1/33_49/_pdf/-char/ja)</a></li>
<li>9) 財団法人日本交通公社（1976）：津和野 保存と町づくり（昭和50年度観光文化振興基金調査報告書）</li>
<li>10) 財団法人日本交通公社観光計画室（1977）：草津町社会開発計画</li>
<li>11) 渡邉一成（2006）：新連載 第6回 町民の、町民による、町民のための草津　東京工業大学 名誉教授　鈴木忠義先生，土木学会誌，vol.91，no.9，pp.86-87<a href="https://committees.jsce.or.jp/engineers/node/15" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://committees.jsce.or.jp/engineers/node/15)</a></li>
<li>12) (公財)日本交通公社(2017)：観光地づくりオーラルヒストリー＜観光計画・観光地づくりの要諦を探る＞<a href="https://www.jtb.or.jp/book/category/tourism-oral-history/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">(https://www.jtb.or.jp/book/category/tourism-oral-history/)</a></li>
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		<title>観光の量と質への意識－まちづくりと観光事業⑮　[コラムvol.495]</title>
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		<dc:creator><![CDATA[webkakishima]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 12 Jul 2023 04:35:03 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>今回のコラムでは「観光の量と質」について、まちづくりの視点からコロナ前も含めて回視しつつ、今後の観光のあり方に関する幾つかの視点を提示しておきたい。 「観光の量と質」に関しては、一般的に、観光客の数を量として、観光客の満･･･</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>今回のコラムでは「観光の量と質」について、まちづくりの視点からコロナ前も含めて回視しつつ、今後の観光のあり方に関する幾つかの視点を提示しておきたい。</p>
<p>「観光の量と質」に関しては、一般的に、観光客の数を量として、観光客の満足度や消費額等を質として捉えることが多い。近年においては、「持続可能な観光」がより重要視され、オーバーツーリズム（Overtourism）も問題となっていたことから、観光の量から質への転換は、今まで以上に意識されるようになってきている。</p>
<p>そうした中で、本コラムでは、「持続可能な地域社会」の実現という視点から、地域住民の住みよさやその実現のためのまちづくりに機軸を置いて、「観光の量と質」に目を向けてみたい。
</p>
<h3>■量に起因する問題</h3>
<p>海外からの個人旅行の受入や入国ビザ免除の再開等の水際対策の緩和措置（2022年10月11日）、新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行（2023年5月8日）もあり、平時を取り戻しつつある我が国の観光において、需要の回復状況が定期的に報じられている。観光業界にとっては、ようやくお客さんが戻ってきたという感じであろう。コロナ前のようにインバウンド客の関心や過ごし方等を紹介する報道も多くなっていると感じている。一方で、戻りつつあるインバウンド客のゴミのポイ捨てやマナー問題等も報じられている。</p>
<p>こうした問題に対しては、コロナ前から「Responsible Tourism（責任ある観光）」の取組の中で、旅行者に責任ある行動が求められてきた。コロナ禍においてもこうした動きは停止していない。具体的には、ハワイでの「Malama Hawaii（マラマハワイ）」の取組や、京都で「京都観光行動基準（京都観光モラル）」、国レベルではニュージランドでの「Tiaki Promise（ティアキ・プロミス）」等が挙げられよう。京都を拠点とする団体による、観光客と住民がお互いに寄り添う意味を込めた「TOURISTSHIP（ツーリストシップ）」(※1)の活動も非常に重要な取組である。これからの観光地の未来は、普段はある場所の住民である旅行者一人ひとりの意識と行動に掛かっている。</p>
<p>他方で、コロナ前のオーバーツーリズム時代には、質の良い旅行者であっても、混雑など量に起因する問題を引き起こしてしまうことが指摘されている<sup>2)</sup>。旅行者がルールやマナーをより遵守するようになっていったとしても、群衆による混雑など、観光の量に起因する問題は依然として残ること、適切な管理が必要であることを意識しておかなければならない。オーバーツーリズムが世界で社会問題化した一因は、観光客の量（絶対数）の増加にある。コロナ前、「都市観光の予測を超える成長」が話題になっていたことも思い起こしてほしい(※2)。将来、量で線を引かなければならないフェーズが来るかもしれない(※3)。抑制のためにデ・マーケティング（Demarketing）も真剣に考えていかなければならいかもしれない<sup>3),4)</sup>。</p>
<p>なお、我が国のオーバーツーリズムの問題については、「観光客の急増による混雑問題や観光客のマナー問題に回収されがち」<sup>5)</sup>との指摘があったことも見落としてはいけないだろう。詳細は、各文献に譲るが、今後に向けては、地域が観光の統制の取れる規模を維持すること<sup>6)</sup>、過度な観光活動による界隈の社会構造の変化と地域資源への再投資なき消費が発生しないよう注視すること<sup>5)</sup>も観光再始動において意識しておかなければならない。</p>
<h3>■住民と観光客、両者を捉える複眼</h3>
<p>さて、観光の量に関しては、例えば、コロナ前のオーバーツーリズム時代には、住民一人あたりの観光客数や面積あたりの観光客数等が報じられていた。この時代には、急激な観光客の増加による生活環境への影響等から「住民の〇倍の観光客が来訪」という状態は好意的には報じられなかった。コロナ発生以降、こうした数量については報じられなくなったが、好意的か否定的かは別として、観光を地域で振興していく上では、自らの状態を定点観測し予兆を把握することは必要だろう。海外では、「観光圧度（Tourism Intensity）」（＝居住者数と観光客数の比率）に関する研究等が幾つか確認される<sup>7),8)</sup>。1996年のVan Der Borgらの研究では、町の中心部と町全体での2つ単位で観光による圧度を計測している。また、個別観光地での観光圧度の経年把握だけではなく、他の観光地との計数比較を可能とすることで、観光による圧力を相対把握できるようにしている(※4)。この観光圧度は、オーバーツーリズムの状態を測る一つの指標として着目されていた。</p>
<p>日本では、『鎌倉市観光基本計画』<sup>9)</sup>での把握が確認されるが、ここからは、住民と観光客、両者を捉える眼差しという点から2つの具体事例を見ていこう。</p>
<h4>○自らの状態を測る物差し<br />
―定住人口と一日あたりの交流人口が同じまち</h4>
<p>由布院温泉（大分県）は、1970年代に「生活観光地」、「住みよい町が最も優れた観光地」を理念として掲げ、まちづくりを進めてきた。70年代には、暮らしよい町とした結果、流動人口が流れ込むことも想定しつつも、由布院が一定の広さしか持っていないという「限界」を認識し、暮らしよい状態を保持するためには「計画と規制が必要」と認識していた<sup>10)</sup>。その後、日帰り観光客の増加や地域外資本の進出等により様々な問題が発生し、生活と観光の均衡が変化する中で、90年代半ばには、定住人口と一日当たりの交流人口の関係を数量で意識し始めた<sup>11)</sup>。由布院では、両者はほぼ同数である（図）。そして、2000年以降は、調査や社会実験等を実施し、観光客と地域の暮らしの折り合いをいかにつけるかを検討していった<sup>12)</sup>。</p>
<p style="text-align: center;"><b>図　定住人口と一日当たりの交流人口の推移（旧湯布院町）</b></p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" src="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2023/07/495_image1.png" alt="" width="1100" height="640" class="aligncenter size-full wp-image-48169" srcset="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2023/07/495_image1.png 1100w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2023/07/495_image1-688x400.png 688w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2023/07/495_image1-1031x600.png 1031w, https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2023/07/495_image1-768x447.png 768w" sizes="(max-width: 1100px) 100vw, 1100px" /></p>
<p style="text-align: right;">注：2005年以降は、合併後の由布市全体のデータしか公表されていない。<br />
出典：「国勢調査」（総務省）、「ふるさとゆふいん物語」（由布市）、参考文献13)より作成</p>
<p>由布院は、早くから住民と観光客の関係を数量で意識した事例であるが、ここでもう一つ着目したいのは、「定住人口と一日当たりの交流人口が同じまち」という表現は、まちの特性を表す一つにもなっていることである。予兆把握や状態観測の数値として意識し続けることはなかなか難しく、町の特性を表し地域内外を惹きつけるための一つの表現として活かしているのは、現場の知恵なのだと思われる(※5)。</p>
<h4>○市民と観光客のバランス意識と誘客視点<br />
－市民3分の1、県内客3分の1、県外客3分の1<br />
</h4>
<p>観光圧度から話は逸れるが、こうした内外を惹きつける、誘客目線も組み込んだ現場の知恵としては、近江八幡（滋賀県）の誘客・客層管理が挙げられる。近江八幡は、1975年には「住むに値し、訪れるのに値する魅力と生気ある街」<sup>14)</sup>を提唱し、1990年代後半から「住んでよかったまち、訪れてよいまち、もう一度訪ねたいまち」を旗印に観光振興に取り組んでいる。オーバーツーリズムが各地で話題となっていたコロナ前は、近江八幡でも観光客数は増加傾向にあった。そうした中、近江八幡市は総合計画（2019年策定）において、観光入込客数を減じる目標（5年後、10年後）を自ら設定した<sup>15)</sup>。長年、住んでよい町を一義としてきた近江八幡の姿勢が垣間見える。</p>
<p>また、近江八幡観光物産協会事務局長によると、現場では市民と観光客をアプローチ対象として一括りの中で見ており、「市民3分の1、県内客3分の1、県外客3分の1」というバランスを意識しているという。市民と観光客の交流による好循環を意識しつつ、市民についてはまちづくりの視点から誇りと愛着の醸成のため、県内客については、誘客と県民評価向上のためという発想から生まれたものである。後者については、京阪神や中京圏からの誘客にあたって近江八幡単体での訴求力が必ずしも十分でないこと（県内地域の人々との連携も必要）、また同時に近江八幡のイメージや提供物には、近江商人、近江牛、琵琶湖など、県単位で成立しているものも含まれており、県民の体験に基づく理解と評価向上が自地域の観光の質保証にも結び付くとの考えからである。勿論、時期等によりその構成比は変わるが、市民と観光客、両者を捉える複眼を持ち、そのバランスを意識した客層管理の一例と言えよう。</p>
<h3>■まちづくりと歩調を合わせた観光による安定した再生産</h3>
<p>再度「観光の量と質」の話に戻ると、京都市では、近年のオーバーツーリズム問題のように、高度成長期に観光公害が問題視されていた(※6)。当時も様々な対策が講じられたが、その中には、現在にも通じる示唆がある。</p>
<p>京都市は、1971年に『10年後の京都の観光ビジョン－呼び込み観光との訣別』（京都観光会議(※7)）を発表している。そして、同ビジョンの「はじめに」には、次の一節がある。</p>
<blockquote><p>「(1)現在の京都の観光の問題を解決し、今後10年の観光ビジョンの骨格となる方向を重点的に考えて、総花的になることを排するとともに、(2)観光の質的な側面に重点をおいて、その量的な検討は今後の段階にゆずることとした。」<sup>16)</sup></p></blockquote>
<p>観光の量から質への重心移動は必要だが、それは量に関する議論から完全に離れることを意味しない(※8)。また、同ビジョンの中でもう一つ目に留まるのが次の一節である。</p>
<blockquote><p>「京都が大きな岐路にたたされていることを考えると、京都の街の将来像そのものが、これからの観光のあり方を規定していくだろう。したがってまず京都のあり方そのもの大きくとらえ、その中で観光を位置付けていく必要がある。」<sup>16)</sup></p></blockquote>
<p>「観光の量と質」を考える際は、まちのあり方、将来像を明確にしていくことが同時に必要だろう。その導出自体は、観光分野が扱う範疇を越えるが、まちの将来像は、まち全体を総べる地域政策の要であり、観光の方向性を判断する上で重要な価値軸でもある(※9)。</p>
<p>由布院での実務経験や研究をもとに「住んでよい町が訪ねてよい町」を提唱した猪爪氏は、地域住民から遊離した観光開発が問われていた1980年に、観光地であっても住む人にとって好ましい条件を整えることが第一であり、住んでよい町を作るには、その地域条件に立脚した「確固とした町づくりの論理が必要」と述べている<sup>20)</sup>。オーバーツーリズムが問題視された近年においては、堀田氏は、観光の持続可能性を問う中で「観光開発を観光振興の枠の中のみで考えるのではなく、地域計画のなかに落とし込んで、地域づくりの一部として、その推進と管理を検討することが求められる」と述べている<sup>21)</sup>。事例で取りあげた近江八幡市は、2001年に策定した総合発展計画の中で、過度な観光地化を避け、観光による「安定した再生産」を地域にもたらすために、まちづくりの取組と歩調を合わせた観光を推しすすめると述べ、その後を歩んできた<sup>22)</sup>。</p>
<p>こうした示唆や実例も踏まえながら、まちづくり全体の中で「観光の量と質」を考えてみることが、コロナ前の状態に安易に戻らないために必要な過程だと筆者は思っている。</p>
<h4>【注】</h4>
<ul style="list-style-type: none;">
<li>※1：（一社）ツーリストシップ（旧（一社）CHIE-NO-WA）が提唱する考え。参考文献1)によると、ツーリストシップは、スポーツマンシップという言葉に着想を得た造語である。住む人、働く人、訪れる人、みんなが寄り添い、交わる社会の実現に向けて、ツーリツーリストシップを世界標準のコンセンサスに育て上げ、世界の常用語にすることを目指している。</li>
<li>※2：2019年には、UNWTO駐日事務所・（一財）アジア太平洋観光交流センターの共催で「都市観光の予測を超える成長に対する認識と対応～観光地をいかにマネジメントするか?」と題したシンポウムが京都で開催された。世界全体の国際観光客到着数は、2018年には、「UNWTO2030長期予測」の予測値（14億人）を2年前倒しで達していた。</li>
<li>※3：海津ゆりえ氏は、2019年度に自然公園での利用に関して、「適正な利用はより高度な体験の質や安全管理に通ずるが、現場でこうしたことを議論すると、数量的なコントロールの話が必ず出てくる」と言う。地域のルールを守っている人であっても1カ所に集中するという現象は生じてしまい、それをコントロールするためには、「量で線を引かないといけないという段階が出てくるだろう」と述べている（自然公園制度のあり方検討会 利用のあり方分科会 第2回 議事要旨，p2）。</li>
<li>※4：観光圧度は観光地管理のための一つの指標になり得るが、これだけを持って状態を判断することには注意が必要である。定住人口と交流人口はそれぞれ推移するものであり、観光圧度の変化が定住人口の増減によるものか、交流人口の増減によるものか、観光圧度を見るだけでは判断できない。それぞれの絶対数をあわせて見ていく必要がある。</li>
<li>※5：1959年に国民保養温泉地の一つに指定された由布院温泉は、自然環境の他、最も恵まれているのは医療設備であり、対人口比率におけるベット保有数が全国稀という認識であった。そして、予防のために旅館に滞在し通院するなど、観光と医療とを結び、明るい健康な保養地形成を描いていた（広報ゆふいん，第180号，p.4，1975.1.1）。</li>
<li>※6：当時は、高度成長期にあり、住宅不足、交通混雑、公害の発生等で市民生活が脅かされていた。観光公害は、公害の一つとして捉えられていた。</li>
<li>※7：同ビジョンは、1970年に設置された京都観光会議がとりまとめたもの。同会議は、京都市文化観光局の提唱により設けられた研究協議機関であり、観光、交通、都市計画、歴史、社会等の学識経験者と文化観光局職員により構成。全4回の会議が開催された。</li>
<li>※8：当時、人口に対する宿泊客の比率が算出されている。京都市は平均毎日0.8（京都の夜間人口100人の中に占める観光客数は、一人にも満たない）に対して、草津は27.7、白浜 は34.7、熱海は41.3であった（参考文献17），p.20）。</li>
<li>※9：参考文献18)、19)によると、1969年に京都市で初めて総合計画「まちづくり構想－二十年後の京都－」が策定された。同計画は、※6のような社会情勢に対して、「くらしの環境を良くしつつ人間を大事にする、住みよいまちづくりを進める」とする中で、市民共有のビジョンとすべく作成されたものである。</li>
</ul>
<h4>【参考文献】</h4>
<ul style="list-style-type: none;">
<li>1)田中千恵子（2023）：『TOURISTSHIP 「ツーリストシップ」で、 旅先から好かれる人になってみませんか 未来の旅行が 驚くほど楽しくなる 旅行者の心構え!』，ごま書房新社</li>
<li>2)佐滝剛弘（2019）：『観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用』，祥伝社，pp.85-87</li>
<li>3)小原満春（2015）：デスティネーション・デマーケティングの類型に関する考察 尾瀬国立公園の事例，産業総合研究，23，pp.29-46</li>
<li>4)奈良美和子，前川佳一（2019）：京都のオーバーツーリズムの現状と観光地のデ・マーケティング，京都大学経営管理大学院，pp.1-36</li>
<li>5)阿部大輔（2019）：オーバーツーリズムに苦悩する国際都市，『観光文化』，第240号，pp.8-14</li>
<li>6)金振晩（2019）：居住地での観光を許容制限する対応～韓国ソウル・北村韓屋村～『観光文化』，第240号，pp.35-39<a href="https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/bunka240-10.pdf">(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/bunka240-10.pdf)</a></li>
<li>7)Van Der Borg, J., Costa, P. and Gotti, G.（1996）：“Touris m in European heritage cities”, Annals of Tourism Research, Vol.23 No. 2, pp.306-321</li>
<li>8)McKinsey &#038; Company and World Travel &#038; Tourism Council（2017）：COPING WITH SUCCESSMANAGING OVERCROWDING IN TOURISM DESTINATIONS</li>
<li>9)鎌倉市（2019）：『第3期 鎌倉市観光基本計画』，p.12</li>
<li>10) 明日の由布院を考える会（1971）：『町造りの雑誌 花水樹』，No.5，p.24</li>
<li>11)中谷健太郎（1995）：『湯布院幻燈譜』，p.78</li>
<li>12)後藤健太郎（2020）：由布院 生活型観光地が模索する暮らしと観光の距離感，『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』，pp.171-192</li>
<li>13)米田誠司（2011）：「持続可能な地域経営と地域自治に関する研究-由布院の観光まちづくりを事例として-」，熊本大学博士論文</li>
<li>14)読売新聞：八幡堀を復元しよう 市民運動の手引き，パンフ5000部を作成 修景計画盛り込む 近江八幡青年会議所，1975年1月30日</li>
<li>15)近江八幡市（2019）：『近江八幡市第１次総合計画』，p.78</li>
<li>16)京都観光会議（1971）：10年後の京都の観光ビジョン－呼び込み観光との訣別，『京都観光会議報告書』，pp.1-31</li>
<li>17)京都観光会議（1971）：10年後の京都の観光ビジョン，『観光』，Vol.7 No.3，pp.17-20</li>
<li>18)小林博（1969）：京都市まちづくり構想にみる観光都市への将来像，『観光』，Vol.5 No.4，pp.23-30</li>
<li>19)田中優大，阿部大輔（2019）：1960年代の京都市における総合計画からみる都市像の変容について，日本都市計画学会関西支部研究発表会講演概要集，17(0)，pp.97-100</li>
<li>20)猪爪範子（1980）：地域と観光－トータル・システムとしての観光のあり方を問う，『月刊 観光』，160，pp.16-18</li>
<li>21)堀田祐三子（2022）：観光の持続可能性を問う―持続可能な世界の実現に向けて，『都市問題』，113 (10), pp.36-46</li>
<li>22)近江八幡市（2001）：近江八幡市総合発展計画，p.77</li>
</ul><p>The post <a href="https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-machi15-goto/">観光の量と質への意識－まちづくりと観光事業⑮　[コラムvol.495]</a> first appeared on <a href="https://www.jtb.or.jp">(公財)日本交通公社</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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