地域のブレンド力を磨く―まちづくりと観光事業⑯ [コラムvol.506]

世界観光機関(UN Tourism)によると、2023年の国際観光客到着数は、強力な繰越需要に支えられ、パンデミック前のレベルの88%に回復。2024年にはパンデミック前の水準に完全に回復すると予想されており、2019年の水準を2%上回る成長が示されている1)
約3年にわたったコロナ禍。現在は一定の収束を見せているが、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置解除明けに観光地の現場で見た旅行者の明るく喜びに満ちた表情は、今後どのような環境変化があろうとも、観光に携わる仕事をする者の根源にある喜びとして胸に刻んでおきたい。


コロナ禍に調査員として旅行者に接した尾瀬鳩待峠登山口でのアンケート調査現場
写真1 コロナ禍に調査員として旅行者に接した尾瀬鳩待峠登山口でのアンケート調査現場


さて、今回はこれからの観光社会において求められるであろう視点の一つ、地域の「ブレンド力」についてお話する。

「ブランド力」の打ち間違い?

そうではない。地域の「ブレンド力」である。厳選し合組(ブレンド)することで、単一で醸し出せる風味とは異なる重層的な味わいが生まれるのである。品種の選定や配合調整を試行し、そこから生み出される最適な配合比率は研究の結果であり、配合は技術そのものである。

こうしたブレンド行為を観光地に当て嵌めて考えてみたとき、今の我が国の観光地は、どのくらいの「ブレンド力」を有しているだろうか。ブレンドする主体は一義には地域である。地域では、どのような観光客に訪問して欲しいか、観光客像は明確だろうか。観光客にどのように過ごしてもらうことで地域でブレンドを図るのか。滞在の仕方、過ごし方、交流の仕組み・仕掛けは準備されているだろうか。複数ある客層間の配分、地域住民と観光客のバランスも意識する必要があるだろう。観光地に置き換えて考えれば、こんなところだろうか。
新型コロナによるパンデミックが落ち着き、観光需要が回復傾向にある中で、果たして今日本の観光地で上手くブレンドできている、と言える観光地は幾つあるだろうか。

無論、そんな簡単な事ではない。実社会の中での試行錯誤無きに最適なブレンド、配合など見いだせない。そのための時間もそしてテクノロジーの力も必要である。ただ、常に観光と向き合う社会が眼前に在る今、「なぜ自分たちは観光客という‟外からの糧″を受け入れ、どのような暮らしの味わいある地域を創ろうとしているのか」は、これからの未来に向けて強く意識する必要があると観光プランナーである筆者は考える。

■観光地の新陳代謝、呼吸作用―外に開き、何を取り入れるのか

「地域のブレンド力」という言葉は、由布院温泉(大分県)のまちづくりのリーダー中谷健太郎氏の言葉である2)。1970年代より「生活観光地」を掲げてきた由布院は、90年代以降「花咲くよりも、根を肥やせ」と生活の充実を一層図っていくと同時に、地域の中と外との“望ましい関係”を手探ってきた。観光地としての発展とともに地域外資本による参入・開発など様々な問題を抱える中で、1990年には、潤いのあるまちづくり条例の制定や由布院観光総合事務所の設立(1)など、その後行う「観光地の成長管理」の基盤を構築。その中で最も目を向けるべきは、その根底にある思想の重心転換である。
70年代後半に生まれたフレーズ「最も住みよい町こそ優れた観光地である」が町勢要覧(1990)で大きく謳われると同時に、「由布院観光の長期ビジョン」として「市場(バザール)のある温泉のある温泉リゾート村・構想」が1990年に打ち出された。「市場(バザール)があるから、文・物が移出し、ムラが世界につながる。それがムラの消費文化を豊かにし、生産文化を活性する」と、地域外からの活力を受け入れ、暮らしを活性することが模索された。
詳しくは、参考文献3)に譲るが、中谷氏は、外の人との交流をまちの呼吸作用と捉え、外の人を支持、応援を得てまちの新陳代謝を図ろうとしていた(1)。

昨今、オーバーツーリズムの再燃を懸念する声が聞かれる。その中には観光に対する批判も少なくない。しかし、「観光客の来訪を通じて何を取り入れ、どのようなまちの方向を目指すのか」。来訪なしで、まちの新陳代謝を図れるのか。現状、観光客の消費のみに着目し経済的利益を求めるあまり、機会損失をしていないか、などを一度考えてみてほしい。

■住民と観光客-町づくりの同標

地域でのブレンドとは、観光においては、地域住民と観光客の共生のあり方そのものを考えることである。先ほど紹介した中谷氏は、「由布院観光の長期ビジョン」を打ち出す時期に、「よそ者か、地元か」といった平地の戦術的発想ではなく、自地域が輝き続けるためには、他の地域にとって「自分たちがナニモノであるか」を問うこと。遠近を問わず引力の関係で見ることが重要だと述べている5)
オーバーツーリズムの再燃が懸念される中、ややもすると、観光による負の影響だけが取り上げられ、住民生活の擁護策に目が向けられがちである。もちろん、それは急務であり即応が求められる。しかしながら、中長期的には、住民、観光客の望ましい共生のあり方、クロスオーバーする未来像を描けなければ、新たな文化の創造も生まれないだろう。未来像なしには、(観光客を含めて)具体的に地域の外から何をどのように取り込むか、交換するのかは決められまい。我が国の湯治場がそうであるように、住民、観光客、両者を捉える複眼が今こそ必要なのである。

さて、我が国の戦後の観光史を辿ると、高度成長期に観光公害が問題視されていた京都市の観光にも両者を捉える視点が垣間見れる。例えば、1971年の『10年後の京都の観光ビジョン』(京都観光会議)では、まちの特性や資源、住民だけでなく観光、観光客に正面から向き合う意識が確認される(以下、前半だけでなく後半までを一つに捉えることが重要)。

「京都は文化観光都市ではあるが,観光都市としてつくられた街ではない。文化観光都市の意味は,文化都市に徹することによって,おのずから観光都市になることであろう。もちろんこれは観光客の受入体制をないがしろにしてよいということにはならない。むしろ,積極的に観光客の受入体制をつくることによって,文化都市としての機能を発揮できる面が大きい。」(太字及び傍点は筆者加筆)6)

そして同提言では、以下の3つが今後の観光行政上の基本政策とされた。1,2に留まらず、訪れた観光客が「本当に来て良かったな」という気持をいだかせるような、観光の質的な側面を重視した方針に変えていくことが必要という認識であった。

1. 京都の良さを守り育てること
2. 市民生活の擁護
3. 京都の真のよさを味わえるように対処すること

また、観光客の多寡等に関わらず半世紀にわたって一貫して「観光都市ではない」「観光目的でない」と発してきた近江八幡(滋賀県)のまちづくりのリーダー川端五兵衞氏は、「真の観光」は何よりも重要であり、住民だけでなく観光客の“本態性ニーズ”を捉えることの重要性も問うている7),8)

実は、当財団では、観光公害が問題視されていた1970年代に用語「住民+観光者」を用いて自主研究を行った。それは、1960年代の住民への観光によるインパクト、負荷を軽減する配慮的・問題除去的な対応に留まるのではなく、「住民+観光者」、両者を捉えた望ましい地域社会像を描くという点において従前とはやや異なるとも言えよう。
1975年度、当財団では観光分野で「町づくり」という用語を用いて、当時観光公害に悩む津和野町(島根県)にて自主研究を行った9)。そして、同時期、草津町(群馬県)からの要請を受けて観光計画より上位の総合的な「社会開発計画」を町づくりの視点から作成、提案した10)。同開発計画では、「“住民を満足させ得る”と同時に“観光客をも満足させ得る”ことを町づくりの同標として心がけなければならないのは、観光地としての責務」とし、「定住人口+観光客」という観点から「観光地という特殊性の故に、定住人口に観光客を上乗せして生活環境水準を考える」モデル地域として、魅力ある温泉街の再開発と住民にとって豊かで住みよい“町づくり”の方向性を描いた。「人々(観光者)がもたらす情報、様式をいかに草津の文化育成に活用するか」(括弧は筆者が加筆)という問題意識のもと、住民と観光客とのコミュニケーション(接触、対話)を施策に掲げ、「リゾートをも志向する以上、住民生活環境の向上」がその前提となると考えていた。

観光を取り巻く環境変化は加速し転換期にある今、観光を地域政策の柱に据えて歩むのであれば、単に住民を射程範囲に収めるだけではなく、住民、観光客の本質的なニーズに同時に正対する姿勢のもとで長期ビジョンを描くことが重要ではなかろうか。ある一時の考え、視点で終わらせることなく、また拙速を排しながら、関係者と対話を積み重ね大局的な方向を描くことが遠回りかもしれないがよりよき観光地域を形成する近道と考える。

最後に、当財団が観光文化を冠した基金「観光文化振興基金」を設置して50年を迎えた(1974年3月に各種基金等を再編)。同じ50年後に未来を生きる世代から豊かな観光文化の振興、醸成に資する研究であったと言ってもらえるよう、日々の業務・研究にこれからも地道に取り組んでいきたい。

【注】

  • (1) 参考文献4)「由布市観光基本計画」(2011)では、由布院のまちづくりの特性を踏まえて基本理念の一つに、以下の一節がある。
    「今後も、今日まで受け継がれてきた古き良き風習や慣習、まちの佇まい、醸し出される暮らしぶりなどを大切にしつつ、内と外との交流を通じて新しい“空気”(人脈、情報、芸術・文化、新たな価値観、刺激、感動、活力、、、)を取り入れることで、地域内外に新しき“風”を起こしていく。」

【引用・参考文献】

  • 1) UN Tourism Barometer(https://www.unwto.org/un-tourism-world-tourism-barometer-data)
  • 2) 中谷健太郎(2006):地域のブランド力と地域のブレンド力,『由布院に吹く風』,岩波書店,pp.32-33
  • 3) 中谷健太郎(2024):地域のブレンド力を磨く―この土地に運ばれたものを暮らしに編み込む由布院温泉(大分県),『観光文化』260号,pp.52-59(https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-18/)
  • 4) 由布市(2011):由布市観光基本計画
  • 5) 中谷健太郎(1990):「幻視ゆふいん’90―何かが道をやってくる」、『風の計画』、湯布院企画室「西方館」、p.32
  • 6) 京都観光会議(1971):10年後の京都の観光ビジョン-呼び込み観光との訣別,『京都観光会議報告書』,pp.1-31
  • 7) 川端五兵衞(2019):観光は終の栖の内覧会-死に甲斐のある終の栖のまちづくり-(巻頭言),『観光文化』240号,p.1(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/bunka240-02.pdf)
  • 8) 後藤健太郎(2021):地域におけるまちづくりと観光の関係に関する研究~近江八幡における川端五兵衞氏の観光に関する言説を通じて~,『観光研究』,Vol.33(1),pp.49-62(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jitr/33/1/33_49/_pdf/-char/ja)
  • 9) 財団法人日本交通公社(1976):津和野 保存と町づくり(昭和50年度観光文化振興基金調査報告書)
  • 10) 財団法人日本交通公社観光計画室(1977):草津町社会開発計画
  • 11) 渡邉一成(2006):新連載 第6回 町民の、町民による、町民のための草津 東京工業大学 名誉教授 鈴木忠義先生,土木学会誌,vol.91,no.9,pp.86-87(https://committees.jsce.or.jp/engineers/node/15)
  • 12) (公財)日本交通公社(2017):観光地づくりオーラルヒストリー<観光計画・観光地づくりの要諦を探る>(https://www.jtb.or.jp/book/category/tourism-oral-history/)