二重価格は信頼を築けるか [コラムvol.546]

入城者2割減、収入2倍という結果

世界遺産・姫路城は2026年3月、18歳以上の入城料を市外からの来訪者は2,500円へ引き上げ、市民は1,000円に据え置いた。18歳未満は居住地を問わず無料である。導入から1か月、入城者数は前年同月比17%減となった一方、料金収入は約2倍に達した。姫路市は減少を「想定内」とし、増収分を石垣の安全対策などに充てる考えを示している。

「人数×単価」で成り立つ観光地の収益構造を考えれば、この結果は示唆に富む。数を追わずとも収益は確保でき、むしろ混雑が緩和されて体験の質が上がる。他都市からの視察や問い合わせが相次いでいるのも当然だろう。

路城「二重価格」導入1か月の効果

姫路城「二重価格」導入1か月の効果(2026年3月)
資料:姫路市発表および報道をもとに筆者作成(前年同月=100)

問われているのは「線引きの基準」

ここで確認したいのは、姫路城が分けたのは国籍ではなく「居住地」だという点である。市民は窓口でマイナンバーカードなどを示せばよい。当初は外国人と日本人を分ける案も取り沙汰されたが、国籍の確認が実務上難しいことに加え、差別との批判を避ける公平性の観点から、この設計に落ち着いたとされる。実は、これが二重価格を考えるうえでの要である。

私たちの周りには、早割、団体割引、学割、返金可否による差など、広く受け入れられている価格差が数多くある。共通するのは、差の理由が明確で、消費者が条件を選べることだ。航空券の運賃体系のように、条件が一段ずつはっきりしていれば、人は高い運賃にも納得する。反発を招くのは、線引きが「その人が何者か」、とりわけ「国籍」、に置かれたときである。条件ではなく属性そのものを理由に高い料金を課されれば、人は差別されたと感じる。目指すべきは差別ではなく差異化だといえよう。

値上げと暮らしを両立させる

この考え方を最も洗練させたのが、北海道倶知安町の「Kutchan ID+」だろう。ニセコひらふ地区を抱える同町では、世界の富裕層向けリゾートへの変貌に伴って物価が上昇し、リフト券は2024年度に9,500円となった。町と倶知安観光協会は、マイナンバーカードで本人確認するデジタル町民証明を導入し、町民はリフト1日券を5,700円の優待価格で購入できるようにした。飲食店やアクティビティにも優待は広がる。観光協会の事務局長は、適正な価格転嫁と町民優待の両立を目指すと語っている。値上げを否定するのではなく、値上げを進めながら暮らしを守る。この二つを同時に成立させる装置が、デジタル住民証明である。

民間には、そもそも価格を分けない道もある。都内には、スタッフ全員が英語で対応し、非アジア系の髪質への技術を備えることで、顧客の大半を訪日客や在住外国人が占める美容室がある。その料金表に国籍や居住地による区分はない。価格差の理由として示されているのは、施術者の経験や髪の長さといった提供内容そのものである。言語対応を価格差の口実とするのではなく、提供価値に織り込んだうえで単一の価格を掲げる。属性ではなく価値で語るとは、こういうことだろう。

海外が教える受容の条件

海外の事例も同じことを語る。タイの国立公園はタイ人40バーツに対し外国人400バーツと約10倍の差を設け、納税の有無を理由とするが、国籍が基準であるため批判が根強い。対照的にガラパゴス諸島は2024年、外国人の入域料を200ドルへ倍増させた際、その使途が生物多様性の保全と地域社会への還元であることを明示し、来訪者数の安定化という目的も掲げた。結果として「保護のためなら妥当」という受容を得ている。ハワイの住民割引も州IDで確認する居住地基準であり、割増ではなく割引という立て付けだ。

区分の基準が国籍そのものに近いほど摩擦は大きく、居住地や公共目的に基づくほど受け入れられやすい。加えて、同じ価格差でも「外国人への割増」より「住民への割引」と語られるほうが、摩擦は小さい。2025年に開業したジャングリア沖縄が、国内在住者向けの価格を「日本在住の方への感謝を込めた特別価格」と位置づけたのも同じ発想である。日本の事例が居住地を軸としてきたのは、この経験則に沿った着地点だろう。

価格は信頼資産である

国内の動きは加速している。2025年の訪日客は約4,270万人、消費額は約9.5兆円といずれも過去最高となった。政府は次期観光立国推進基本計画にガイドライン策定の検討を明記し、観光庁は2026年4月に有識者会議を立ち上げ、2026年度中の策定を目指している。初会合では、観光コンテンツの維持やオーバーツーリズム対策を目的とした料金見直しの動きは他の施設にも参考になり得ると指摘された。国立博物館・美術館への導入検討の要請や、京都市が2027年度を目指す観光客向けバス運賃の引き上げなど、来訪者に応分の負担を求める動きは、いまや施設の入場料という枠を超えつつある。

価格は単なる数字ではない。この観光地は来訪者をどう遇するのかという姿勢の表明であり、信頼という資産そのものである。安易な「外国人価格」に流れれば、一時の増収と引き換えに地域ブランドへの信頼を損ないかねない。必要なのは、合理的な条件に基づく差異化と、価格の根拠および増収分の使途を語り切る透明性である。

指針を待つことが本質ではない。それぞれの観光地が、自分たちはどんな価格で、どんな関係を来訪者と築きたいのかを自らの言葉で語れるか。観光立国の真価は、その一点に表れる。

【図の出典】

  • 姫路市発表および報道をもとに筆者作成。入城者数・料金収入とも前年同月を100とした指数。入城者数は2026年3月の速報値。