座談会②
戦略的観光地マネジメントにおけるデータ活用と地域連携の可能性
株式会社JTBと株式会社オープントーンが共同で開発し、
提供する「宿泊データ分析システム」*1は、
宿泊施設ごと、また地域ごとに観光客の傾向を可視化するプラットフォームとして、
地域全体の観光施策の精度向上に重要な役割を果たしている。
他分野との連携も視野に入れながら、システムの機能拡充や
活用支援に取り組む2社に、戦略的観光地マネジメントにおける
データ活用と地域連携の可能性について話を伺った。
観光戦略・マーケティングの共通基盤を目指して
蛯澤 いま、宿泊税を導入または導入を検討する自治体が全国で増えており、私たち公益財団法人日本交通公社では、その支援を行っています。宿泊税を徴収するということは、精緻な統計データの収集につながりますが、そのためには宿泊客のデモグラフィックデータ*2 、ジオグラフィックデータ*3 が必要になることと思います。そこで、宿泊施設が保有している観光客のデータを収集・分析する「宿泊データ分析システム」を共同で開発し、自治体に提供なさっている2社にお越しいただき、宿泊データを収集・分析する意義、そのための課題、今後の可能性についてお話をお聞きしたいと思います。
「宿泊データ分析システム」はもともと、2020年度に観光庁が公募した「観光地域づくり法人による宿泊施設等と連携したデータ収集・分析事業」という実証事業がきっかけだったと聞いています。
風見 そのとおりです。この事業は、DMO*4 が主体となって宿泊施設をはじめとする地域事業者を取りまとめ、来訪者データを収集・分析する仕組みづくりを目指すものでした。というのも、いまやっとデータの利活用という段階に入ってきたかなと思いますが、2020年当時は、地域の宿泊施設で自社の顧客データを収集している例はあるものの、地域全体で集約できている例はほとんどありませんでした。その理由のひとつが担い手の不在で、そこをDMOが担うべきということで、観光庁によってこの事業が推進されました。
いまもそうだと思いますが、観光においては、勘や経験によって意思決定が行われることが多いと思います。もちろん勘や経験も大事ですが、客観的なデータに基づいて施策を立案・実施することで、成功率は間違いなく高くなります。仮に失敗したとしても、そこをきちんと検証できるという強みもあります。まして、人口がどんどん減って税収も減り、観光に資する予算が減っていく中で、限られた予算をどう有効に使うかを考えるにはやはり、マーケティングやマネジメントをしっかりして、成功率を高めることが大切です。事業の背景には、そういう動きを国としてやっていかなくてはいけないということがありました。
畑中 私たちオープントーンは、JTBさんを主体としたコンソーシアムで応募しました。タッグを組むことになった背景には、2015年の末に、経済産業省の事業として一緒に開発した、日本全国の市町村単位で宿泊動向を把握するためのマーケティングツール「観光予報プラットフォーム」をはじめ、複数のデータ関連事業でJTBさんと連携し、システムの構築・運用を担ってきた中で培われた信頼関係と、データプラットフォームを社会に実装していくことへの共通認識がありました。
蛯澤 宿泊費は、個人単体消費額の中で大部分のウェイトを占めますので、数あるデータの中でも観光庁が宿泊のデータに着目したのは、そこがポイントなのだろうと感じているのですが、いかがでしょうか。
風見 そうですね。観光事業の3つの軸「タビマエ/タビナカ/タビアト」でいうと、観光地域での消費はタビナカに当たります。タビナカの消費には宿泊費、飲食費、土産物代などが含まれますが、やはり最も大きいのは宿泊費です。日帰りよりも1泊、1泊よりも連泊したほうが消費額も割合も大きくなりますから、まずは宿泊データから収集・分析するということは必然的だったと思います。そしてそれはJTBとしても当然、やっていかなくてはいけないことだと考えています。
2000年代以降、OTA*5 が発展してきたことで、JTBのビジネスモデルは大きく変革しています。旅行代理店時代から培ってきたツーリズムはもちろん、企業課題を基点としたソリューションビジネスを提供するビジネスソリューション事業にも取り組んでいます。さらに、データの利活用によって課題を解決して観光地域を盛り上げ、持続可能な観光地づくりのお手伝いをするエリアソリューション事業も推進するなど、多様な価値提供を行っています。
今回の観光庁の事業も、JTBがやるべき意義のある事業だと考え、応札を行い、無事に落札することができました。
蛯澤 旅行に関わる一事業体として、関わるべき案件だったということですね。
風見 そうですね。
蛯澤 ありがとうございます。では実際にシステムを構築するにあたって、どのようなことを目指されたのでしょうか。
畑中 先ほど風見さんがおっしゃったように、当時の背景として、観光地域づくりを担うDMOや自治体の多くは、必ずしもデータ活用に長けているわけではありませんでした。
データに基づいた戦略策定や効果測定の必要性は感じているけれども、そのためのツールやノウハウが不足していた状態です。また、宿泊施設をはじめとする地域の事業者も、日々の業務に加えてデータ提出を行うことに負担を感じている状況でした。
そこで私たちは、単なる実証事業のシステムにとどまらず、将来的に全国のさまざまな地域で活用される、データに基づいた観光戦略・マーケティングの共通基盤となるシステムの開発を目指しました。
この実証事業を経てシステム開発・運用を開始し、いくつかのモデル地域での試行や機能改善を重ねながら、全国への普及・展開を進めている段階です。
宿泊施設の手間を極力ゼロに
蛯澤 最初の実証事業は2020年度、北海道のニセコエリア、福島県福島市、埼玉県の秩父エリア、岐阜県の下呂温泉で行われたと思いますが、そこから考えると今年で6年目となります。初期の段階では、さまざまな苦労があったと思いますが、その背景と共にお伺いできますでしょうか。
畑中 大きく分けて3点あります。1点目は、そもそも「データを見るとは」、「データとは」といったところからのスタートでしたので、そこがまず一番大変でした。そこは観光庁も同じで、画面の操作方法や表示される文言など、私たちにすれば当たり前のことが当たり前ではなかったので、そこのやりとりを非常に丁寧に進めました。ただ、システム側がユーザーの意見を直接聞く機会はめったにないので、苦労したと同時に、大変勉強にもなりました。
2点目は、実際にデータを集めるとなったときに、いかにして多くの宿泊施設に参加してもらい、地域全体のデータ網羅率を高めるか、そして宿泊施設に安心してデータを提供していただくために、個人情報や自身の経営情報が漏洩したり、他の施設やDMOに見られたりしないかという心理的な懸念を払拭する必要がありました。データ提供の同意を得るうえでも、この点は重要な壁でした。
この課題に対しては、提出データから個人の特定につながる情報を削除する匿名加工処理の仕組みを構築し、さらに、システム上での閲覧範囲のアクセスコントロールを徹底しました。これらのセキュリティ対策の仕組みと安全性を、地域や施設の方々に丁寧に説明し、データ提供への安心感を得ていただくコミュニケーションも苦労した点です。
最後の3点目は、データがようやく集まるようになって、ふたを開けてみたらデータがバラバラだったことです。PMS*6 、POS(販売時点情報管理)システムなど、連携対象となるシステムのデータ形式に標準がなく各社各様でしたし、手作業などで作成されるデータファイルも施設ごとにバラバラで、そのままではシステムに取り込めませんでした。これらを統計にするためには、データ形式の統一化が必要ですが、その結果、施設側のオペレーションが増えてしまうと協力を得られなくなってしまいます。そのため、施設側からは簡単に提出できるようにして、手間がかかるものはシステムに隠すという、その複雑な設計・開発に苦労しました。
蛯澤 体系だっていない無秩序なデータをいかにしてコントロールするかというところに苦心なさったということですね。
畑中 そうなんです。実は「観光予報プラットフォーム」でも同じようなことがありました。複数の会社からデータをいただくのですが、当然バラバラで。でもいま思えば、バラバラとはいってもエクセルなどでいただけるのでデータはデータだったのですが、今回はそもそも表になっていない、紙しかないといったことも少なくありませんでした。
蛯澤 アナログをデジタル化する次元の話ということですね。そんな中で、システムを構築する際に、特にシステム利用者のために工夫した点を教えていただけますでしょうか。
畑中 まず、データ提供のプロセスを極力シンプルにしました。実際に見ていただくと分かりますが、特に宿泊施設向けには、基本的には「データを提出する」という画面のみで、異なるフォーマットのファイルでもアップロードするだけでデータ提出が完了する仕組みを開発しました。たとえば観光庁に提出した最初のものは、自分のデータをいったん登録する、プルダウンで選択する、提出するという3つくらいのステップがありましたが、最終的には画面にボックスがひとつだけあって、そこに入れたら終わりという仕組みにしました。
蛯澤 直感的にできる作業で、施設側の負担は最小限になったわけですね。
畑中 はい。そうしてハードルを下げた結果、初期の段階からこの最初のステップはクリアできたと思います。さらに、その負担をゼロにするためにしたもうひとつの工夫が、PMS、サイトコントローラー*7 との自動連携の仕組みです。データ提供への同意さえしていただければ、システム利用者は何もする必要がなく、システム間でデータを自動的に連携します。
ただ、本来であれば、日本中にあるすべてのPMSと連携できればいいのですが、調べたところ、100種類以上もあることが分かりました。そのため、まずは最初に実証事業を行った4地域で使われているPMS、サイトコントローラーから、自動連携できるようにしました。これによって、ニセコエリアでは7〜8割の宿泊施設のデータ収集が実現できました。現在では、自動連携のほかに手入力、チェックイン時のデータをそのまま連携する「かんたんチェックイン」と、施設の状況に合わせた多様な提出方法を用意し、それぞれの具体的な手順も詳細に説明しています。
風見 また、参画施設には、地域における自施設の立ち位置、強みや弱みが分かるように、データ項目ごとに地域全体と比較できるようにしたところもポイントです。そこから強みをしっかりと伸ばし、弱みを克服することにつなげていっていただきたいと思っています。
畑中 さらに、「提出したデータから何が読み取れるか」、「どんな活用ができるか」といった、データ活用の意義やメリットを具体的に伝えるための説明会や勉強会を地域で開催し、データから問いを立て、施策につなげるプロセスを支援しています。
地域の合意形成が欠かせない
蛯澤 まさにそのアウトプットの部分がカギになると思いますが、そのためにも、まずはデータ収集の意義について地域での合意形成を得る必要がありますよね。そのあたりはどう対応なさってきたのでしょうか。
風見 おっしゃるとおりで、この事業は地域の合意形成がないと成り立ちません。実証事業を進めるにあたって、比較的、合意形成を得やすかったのは温泉地でした。そこには、源泉を複数の施設が共同で利用しているという温泉地ならではの特徴があると思います。宿泊データに関しても、源泉と同じように地域で共有して、うまく活用していこうという気風を感じました。一方で、チェーンホテルが多い地域では課題もありました。実際に地域で働いておられる支配人に、地域をよりよくしたいという気持ちがあっても、自社のデータを地域に提供する場合には本社の承認が必要です。そうすると容易に承認をいただくことは難しい場合が多いです。
温泉地のように合意形成がスムーズで、データをうまく収集できる地域は、データもどんどん蓄積されるため、それを活用する次のフェーズに入っていきやすいですね。逆に合意形成が難しく、協力施設が増えない地域では継続につながらないということもあります。
蛯澤 合意形成を得ていない状態で相談がくるケースもあるのでしょうか。
風見 合意形成がゼロの状態ということはありませんが、たとえばある程度できている状態でも、地域にある全施設の同意がとれるケースはなかなかありません。実証地域のひとつであった下呂温泉に関しても、当初の協力施設は全体の半数以下でした。ただ、大規模旅館の協力を得られましたので、地域の総部屋数からすると8割以上のデータをおさえることができました。
蛯澤 合意形成のためには、説明会などで施設に説明をし、理解を得るという段階を踏むのだと思いますが、施設側が一番気にするのはどんなところなのでしょうか。
畑中 セキュリティなど心配事になると分かっているところは先に説明をするので、そこに関しては確認で済むのですが、一番の関心事は、宿泊データを提供するメリットだと思います。宿泊データを地域全体で把握しようというのは分かるけれども、自社がデータを提供することではたして自分たちにどういうメリットがあるのかという質問が多いように思います。
これに対しては、1年目は観光庁の事業で、ニセコエリアや下呂温泉が非常に協力的だったこともあって、2年目以降はその実績で、施設側にどういうメリットがあるかを提示するようにしました。また、2年目は施設が自分のデータと地域のデータを比較できるようになり、その分析から地域来訪者に向けたプランをつくったことで予約につながったといった事例もあったため、そうした活用法を提示することもできました。
蛯澤 そうしたメリットが伝えられるようになったことで、合意形成を得やすくなるということもありましたか。
畑中 そうですね。メリットが何もないわけじゃないということを分かっていただけることは大きいと思います。また2年目以降は、入湯税の計算ができるようにするなど機能拡張も行いました。それもきっかけのひとつになっていると思います。
蛯澤 そうして4〜5年が経ったいま、地域DMOだけでなく、県や市町単位の自治体など、全国でシステムの導入やデータの活用が進んでいます。
その結果、地域にどんな効果が出ていると実感しておられますか。
畑中 2025年6月時点で、導入地域は28となりました。効果には、データや数値で確認できる「目に見えるもの」と、意識の変化や連携強化といった「目に見えないもの」があると思います。
まずDMOや自治体での目に見える効果として、月次での宿泊実績や予約状況をデータで把握し、観光マーケティング施策の検討材料として活用する動きが出始めています。目に見えない効果としては、勘や経験だけでなく、データに基づいた現状把握や意思決定への意識が徐々に醸成されてきているように思います。同時に、共通のデータを見ながら議論できるようになったことが、関係者間の共通認識醸成や連携強化にもつながり始めています。
宿泊施設では、自施設の顧客層や地域全体との比較データを参考に、宿泊プランの見直しなどにデータを活用した結果、ターゲットとする顧客層の予約増につながっているケースもあります。目に見えない効果としては、データを提供すること自体に対する心理的な抵抗が徐々に薄れ、データ活用という概念への関心が高まってきているように思います。
地域全体では、マーケティング活動において、よりデータに基づいたターゲット選定が行われるようになり、地域全体で観光データを共有・活用することの重要性や可能性に対する認識が広まり、持続可能な観光地経営に向けた意識も高まっています。
風見 特に活用が進んでいるニセコエリア、下呂温泉では、独自の機能改修も行っています。ニセコエリアでは、6か月先の予約状況まで分かるようにし、DMOがその情報を先予約レポートとして、宿泊施設はもちろん、地域の飲食店や小売店といった観光事業者にも共有し、スタッフの人員配置や在庫管理に反映することで、地域内の消費額向上につなげています。
また下呂温泉では、50年以上にわたって、全施設が宿泊統計調査を下呂市役所に提出しています。未参画施設分の宿泊統計調査データをシステムに取り込むことによって、いまでは、全施設分のデータを傾向値ではなく統計値として把握できるようになっています。
蛯澤 ニセコエリアや下呂温泉などは、使い続けることでデータの蓄積が進み、これからは予測と検証というフェーズになっていくのだと思いますが、そうした先行する地域が広報となって、他地域での導入が進んだという事例もありますか。
風見 ありますね。たとえば現在、岐阜県では県全域で導入していただいていますが、これはそもそも下呂温泉での活用があって、その効果を実感した下呂温泉観光協会の会長が県に対して働きかけてくださったことがきっかけでした。
また島根県では、最初に松江市に導入していただき、その後、出雲市でも導入していただきました。同じ県内でデータをそれぞれとっているのであれば、お互いのデータを共有することによって、県内広域の周遊状況をお互いが把握し、双方にメリットが生まれるのではないかという動きも出てきています。
畑中 岐阜県でいうと、当初のシステムでは、自分の地域のデータしか見られませんでした。それを地域ごとに個別に見ることもできるし、県全体も見られるようにして、さらに地域と地域を比較する広域連携分析という機能も追加しました。
川村 先ほど入湯税の計算についての機能拡充のお話がありましたが、同じように地域全体である程度まとめてデータを収集できるという意味では、最近の大きな動きとなっている宿泊税もそのひとつだと思います。そのあたりの動きについて教えていただけますでしょうか。
風見 導入していただいている地域のひとつに、神奈川県の湯河原町がありまして、追加機能として入湯税の申告支援機能を実装しています。その湯河原町では、宿泊税について2026年4月の導入を目指していることが発表されていまして、こちらも入湯税と同じように申告支援機能を検討しています。それがうまく機能すれば、宿泊税導入に関わる施設側の負担を極力ゼロにすることで、地域にも、宿にも貢献できるものと考えています。
川村 宿泊税徴収のシステムとあわせて提案することで、「宿泊データ分析システム」を導入するきっかけにもなり得るかもしれませんね。
データの「収集」からデータの「活用」へ
蛯澤 そうして、使うところが増えれば増えるほど、その相乗効果でデータとデータの連携や新たな活用法などが生まれる可能性も高まりそうですが、拡大するうえでの課題を教えていただけますでしょうか。
畑中 最大の課題としては、データ収集の継続性・網羅率向上と、そのための地域主体の働きかけが挙げられると思います。多くの地域がデータ収集・蓄積の段階にありますが、データの提出が滞ったり、必要なデータ項目の不明率が高かったりするため、データが十分に揃わず、その後のデータ活用が進みにくい状況が見られます。
蛯澤 それはやはり人為的な作業として落とし込まれていないことが最大の原因なのでしょうか。
畑中 オペレーションとの兼ね合いもあって、一概には言えませんが、ただ、日々意識していただくだけでデータの精度は確実に上がりますので、データ提出状況のレポーティング機能強化や、未提出施設へのリマインドメール自動送信機能などを通じて、DMOがデータ収集状況を把握し、適切なフォローを行えるよう支援していきたいと思っています。
それから、収集したデータをいかに「見る」かだけでなく、地域の観光戦略策定や宿泊施設の経営改善に「活用」するレベルにまで引き上げるための人材不足も課題です。
風見 導入していただいているDMOや自治体でも、得られたデータから施策を考えられる人材育成には課題があります。年に1〜2回、開催している導入地域のオンライン懇談会でも、アウトプットについてのご要望、ご意見は必ず挙がります。ダッシュボード上でデータを可視化するだけでなく、今後はAI等を活用することにより、アウトプットとして施策を示唆できるようにし、導入地域をサポートしていきたいと考えています。
蛯澤 AIについては、他のデータ活用でも話題に上っていますが、つくる側としてはいかがでしょうか。実現に向けて、現状はどういった段階なのでしょうか。
畑中 実は、JTBさんと進めているデモ版はすでに用意できていて、たとえばその地域固有の観光資源や観光計画などを加味させて、現状を分析し、どういう施策がいいのかという、プラン生成までできるレベルになっています。ただそのプランをそのまま受け入れるというよりは、議論のたたき台として使っていただくという意味合いのものです。
今後は、データ分析・観光政策提案レポートのAIによる自動生成支援や、生成AIを活用した観光戦略策定ワークショップといった活用支援メニューを用意し、データ分析に不慣れな地域でもデータを活用しやすくなるよう、支援を強化していきたいと思っています。
川村 そのデモ版では、個々の施設レベルでのプラン作成もできるのでしょうか。
畑中 仕組み上は可能ですが、いまのところは地域に対して提供していこうと思っています。そこである程度、精度が上がったら、次は個別施設向けにという発展はあると思います。
川村 次のフェーズで考えているということですね。実現すれば、先ほどの施設側へのメリットとしてもつながりそうです。
蛯澤 AIを活用するときには、ベースとなるデータに、地域のデータを加味することによって、精度の高いアウトプットができるということだと思いますが、そのために地域が用意すべきデータ、地域にとって意義のあるデータというのはどういうものになるのでしょうか。
畑中 そもそも観光資源の情報をAIに渡さなければ、それを活用するための判断はできませんので、まずは観光資源の棚卸しをきちんとすることが大切だと思います。とはいえ、整理をするのには手間がかかりますので、AIがユーザーの意図を深く理解して、質の高いデータを収集してくれるディープリサーチを行い、ある程度のデータを収集するという機能を追加したいと考えています。また、データの流れを定期的に追うことが大切ですので、入込情報をしっかりとることも重要だと思います。「宿泊データ分析システム」でそのデータがとれるようになれば、それをそのままAIに流し込むことで、精度の高い予測や施策立案ができるようになります。
さらに地域としての観光の方向性を示すことも大切です。こういうコンセプト、こういう魅力を押し出していきたいという方向性を打ち出すと、AIもそれに沿った施策を考えてくれることと思います。
蛯澤 観光資源の棚卸しということですが、それはどの程度のデータと考えればよいでしょうか。
畑中 たとえば季節ごとの客数、できれば年間の客数が分かるといいと思います。
蛯澤 どんなものがあって、どんな人がどういうボリューム感で、どのくらいの時期に来ているのかという、観光資源に付随する定量的な基礎データがあればあるほど、アウトプットの精度が上がるということですね。
戦略的かつ持続可能な観光の実現を目指して
蛯澤 そうして今後、観光分野でのデータ活用が進んだ先に思い描いておられるもの、今後のあるべき展開について教えていただけますでしょうか。
畑中 今後あるべき展開としては、単にデータを集めるだけでなく、観光に関わるすべてのプレーヤーがデータを活用し、より戦略的かつ持続可能な観光を実現できるようなエコシステムを構築していくことだと考えています。
そのためにも、データのフォーマットが規格として統一されることが必要になりますが、さまざまなデータソースが存在し、それぞれの形式や連携方法が異なるため、データを収集・統合する際の労力とコストが大きな課題となっています。今後は、観光関連データの標準化を進めると同時に、官民連携による効率的なデータ流通スキームの構築が必要です。
また、データは集めるだけでは意味がありません。データから地域の現状や課題、観光客のニーズを読み解き、具体的な施策につなげるための視点や分析手法を提供することが重要だと考えています。
風見 本当は、国でひとつ決まった収集ツールをつくって、どの地域もそれを使えばすべてのデータを自動連携できるというのが理想ですが、実現はなかなか難しい状況です。そんな中では地域同士の連携が大切だと感じています。
地域をまたぐ周遊観光客を取り込むには、自分たちの地域だけでなく、近隣の地域の観光客の属性をもしっかりと把握する必要があります。実際に「宿泊データ分析システム」の活用が進んでいる地域同士でも、データを共有することで双方がメリットを享受できると考えている地域も少なくありません。そうした地域連携を行うことで、相互にメリットがある活用ができたらいいと考えています。
また、人口がどんどん減っていく中で、日本の観光を支えるのはやはりインバウンド。2024年時点で、インバウンドの旅行消費額は、自動車(完成品)に次ぐ8・1兆円で、観光庁は2030年目標として15兆円を掲げています。データを活用することで、地方を中心としたインバウンド誘客の戦略的な取り組みを実現できるかどうかが今後のカギになると思います。
畑中 観光データは、観光分野はもちろん地域経済、まちづくり、防災、交通、環境といったさまざまな分野の課題解決にも貢献し得るポテンシャルをもっていますので、観光地域同士の連携に加えて、他分野のデータと連携させることで、より広範な視点での地域活性化や地域課題解決に活用できるとも思います。
こうした展開を通じて、データが日本の観光地経営の共通言語となり、それぞれの地域がデータという羅針盤を手に、多様なニーズに応じた魅力的な観光地づくりを戦略的に進めることができるようになる。そして、地域全体、さらには国全体として、データに基づいた意思決定を行うことで、持続可能で質の高い観光立国としての成熟につながることと思います。
蛯澤 お二人がおっしゃるように、本来であれば、国が整えるべきではあるものの、それが難しいという現実に対して、皆が同じ目的の下で、活用できる各地の地盤、もしくは全国の地盤をつくっていくべきなのだろうと思います。それに対して私たちのような団体がどう振る舞うべきかを含めて、非常に考えさせられるお話でした。私たちの研究活動にもつなげていきたいと思った次第です。本日はありがとうございました。
*1…宿泊データ分析システム:観光庁の「観光地域づくり法人による宿泊施設等と連携したデータ収集・分析事業」(令和2・3年度実証事業)で、株式会社JTBと株式会社オープントーンが共同開発した
*2…デモグラフィックデータ:個人や集団の社会経済的属性を指す人口統計学的なデータ。性別、年齢、居住地、職業、学歴、収入、家族構成など、さまざまな情報を含む
*3…ジオグラフィックデータ:地理的属性を指すデータ。顧客やターゲット層の位置情報や気候などの地域特性、商圏の地理的特徴などを含む
*4…DMO:Destination Marketing/Management Organization/観光地域づくり法人
*5…OTA:Online Travel Agency/旅行に関する手配をオンラインで完結させる旅行会社
*6…PMS:Property Management System/ホテル管理システム
*7…サイトコントローラー:複数の宿泊予約サイトと宿泊施設の自社予約サイトなど、販売先を一元管理できるオンラインシステム