活動報告
〝見える化〞から〝動かす〞へ
〜JTBFが挑む、地域モデル実装と地域経営の転換点
1.JTBFデータダッシュボード(仮名)の整備公開
(1)はじめに
公益財団法人日本交通公社(JTBF)では、長年にわたり国内外旅行者の実態と意識に関する調査を実施してきた。特に「JTBF旅行者調査」は、旅行者の属性、行動、意識を体系的に把握する国内でも稀有な取り組みであり、またDBJ(株式会社日本政策投資銀行)と連携した「DBJ・JTBFアジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」は、訪日インバウンド戦略における重要な知見を提供してきた。
これらの調査結果は、これまでPDFレポートやWebページを通じて公開してきたが、より柔軟かつ直感的に活用できるよう、2025年7月を目途にTableau による可視化ダッシュボードとして再構築・外部公開する運びとなった※。本稿では、このデータ可視化の意義と構成、活用の可能性を紹介し、観光政策・研究・実務におけるエビデンスベースの意思決定支援を目指した本取り組みの背景、意図、そして展望について述べる。
※原稿執筆時点では未公開。
(2)調査概要とその進化
JTBF旅行者調査は、2000年代から実施されており、「実態調査」では旅行者の行動や消費、「意識調査」では旅行目的や期待、不安などの心理面を詳細に把握している。調査対象は日本人国内旅行者および訪日外国人旅行者で、定期的な更新を重ねることで、時系列での変化も追跡可能な設計となっている。
一方、DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者意向調査は、2012年よりアジア・欧米豪の主要市場を対象に、インバウンド観光の動向とニーズの変化を定点観測している。コロナ禍においてもオンライン調査を継続し、ポストコロナの旅行意向や価値観の変容をいち早く捉えてきた。
いずれの調査も、十分なサンプルサイズと属性構成の均衡を保つことで、政策立案や地域施策において信頼性の高いデータとして評価されている。
(3)Tableauによる可視化の意義
本取り組みでは、蓄積された膨大なデータをTableau 上に展開することで、専門家以外にも扱いやすいインターフェースを実現した。PDFレポートでは限られていたクロス分析や時系列比較が、任意の軸で自由に設定可能となり、実務上の問いに即応することが可能となる。
例えば、「再訪意向が高い市場はどこか」「旅費の増減傾向と満足度の関係」「旅行目的別の訪問地域の違い」など、従来は複数の資料を横断的に見なければ難しかった分析が、ワンクリックで可能となる。
Tableau の選定理由は、
★操作性が直感的で、非エンジニアでも扱えること。
★Webベースでの公開が容易で、外部からのアクセスも柔軟であること。
★フィルタリングやドリルダウン等の機能に優れ、複数視点での探索的分析が可能であること。
といった点にある。
可視化の導入により、調査結果が〝読むもの〞から〝使うもの〞へと進化した。
(4)実際のダッシュボード構成とその使い方
今回公開を予定しているダッシュボードは、「日本人旅行者実態調査」「日本人旅行者意識調査」「訪日外国人意向調査」の3つの調査結果をもとに構成している。それぞれの調査に対して、「時系列分析」「設問分析」「年比較分析」という3つの主要な分析モードを設けており、利用者の分析目的に応じて、柔軟な視点でデータを探索できる構成としている。
各分析モードの概要と想定用途は以下のとおりである。
◯時系列分析:特定の居住地や旅行先、あるいはマーケットセグメント(例:ファミリー層、カップル層など)における旅行者の実態、意識、意向が、過去からどのように変化してきたのかを視覚的に把握できる。
例:コロナ禍前から現在にかけて、訪日外国人旅行者の「観光地名の認知率」や「訪問経験率」がどのように推移しているかを確認する。
◯設問分析:特定の属性条件をもとに、複数の設問項目を横断的に比較し、旅行者の特徴を多角的に把握する。施策検討の初期段階や、仮説立案時に有効な分析視点である。
例:2024年時点における夫婦・カップル層の情報収集手段と予約方法を同時に確認し、デジタル接点の有無を把握する。
◯年比較分析:同じ設問項目に対して、任意の2つの年のデータを比較し、傾向の変化を明確に捉えることができる。観光政策の評価や外部環境の変化の把握などに適している。
例:コロナ禍前(2019年)と直近年(2024年)における、首都圏在住のファミリー層による北海道へのパッケージ旅行の利用割合を比較し、回復傾向を把握する。
これらの分析は、フィルター機能により、利用者自身が絞り込みたい条件(居住地、年齢層、性別、世帯年収、旅行頻度、旅行目的など)を自由に指定して閲覧できるように設計している。これにより、単なる集計にとどまらず、仮説探索型のデータ分析や実務に直結する知見の抽出が可能となる。
また、初めて利用する方でも迷わず操作できるよう、各ダッシュボードには簡易マニュアルや代表的な活用例を添付する予定である。これにより、自治体職員や地域DMOの関係者、大学・専門学校の学生・研究者など、多様なユーザー層が自らの業務・研究目的に応じて容易に活用できる導入環境が整備されることになる。
(5)想定される活用シーンと期待
本データ可視化ツールは、観光地経営の戦略立案から現場施策の検証、研究・教育分野での実証分析に至るまで、幅広い用途での活用が想定される。それぞれの立場に応じた具体的な活用シーンは以下のとおりである。
● 自治体・DMOにおける活用
国内および訪日市場の双方において、ターゲットとする層(例えば「20〜30代のカップル旅行者」「アジア市場の都市部在住者」など)に対する自地域の実態を把握し、その変化や特徴を定量的に捉えることが可能である。これにより、プロモーション戦略や受入環境整備、KPI設計に根拠を与える分析が行える。
活用例:①地方都市のDMOが、首都圏ファミリー層の春休み旅行における旅行目的や支出傾向を把握し、季節イベントの設計やキャンペーン対象の絞り込みを行う。
②新たに訪日マーケットに対して働きかけを検討している自治体が、自地域に対して、認知と来訪意向が高い訪日外国人属性を抽出し、効果的なプロモーション手法の方針を検討する。
● 大学・研究機関における活用
長年にわたって蓄積された時系列データと、詳細な地域別・属性別クロス集計が可能な本ツールは、観光行動の変遷や地域間比較などの研究分析に有効である。フィールド調査や卒業論文、ゼミ研究においても、実データを用いた実証的なアプローチが可能となる。
活用例:①地域観光論の講義において、コロナ禍前後での訪日外国人の訪問意向地域と実際の経験の傾向の変化を学生が可視化・分析してまとめ、プレゼンを行う。
②観光社会学の研究者が、「情報収集手段と訪問先選定の関係」に関する仮説を設け、可視化ダッシュボードを用いて検証する。
● 民間事業者における活用
宿泊・交通・アクティビティ事業者にとっては、旅行者の来訪意向や訪問理由の分析を通じて、自社サービスの強化点や改善の優先順位を定めることが可能となる。また、新たなマーケットの可能性を探る手がかりとしても有効である。
活用例:地域の旅館が、外国人カップル層の「観光地名の認知率」と「来訪意向地名」の関係を分析し、旅館として周辺観光の地域名の打ち出し方を再検討する(富山⇔立山/黒部)。
このように、可視化ツールを通じて共有される客観的なデータは、現場の感覚や経験と組み合わせて議論を深めるうえで有効であり、とくに地域単位でのEBPM(証拠に基づく政策立案)を推進する基盤となることが期待される。行政・民間・研究それぞれの立場で共通の情報をもとに対話し、戦略的な観光地経営に向けた連携が図られることを目指している。
(6)今後の展望と課題
今後は、以下のような展望と課題に向けて、取り組みを深めていく予定である。
★他データとの連携:観光統計をはじめとするオープンデータ、地域の位置情報データやアンケートデータなどとの統合を検討。
★利用者フィードバックに基づくUI/UX改善:検索性・操作性を高める改修の継続。
★教材化の推進:大学などでの授業・ゼミでの活用を想定したハンドブックや教材の整備。
また、データの信頼性を担保しながら、より柔軟な分析ができるよう匿名加工処理やサンプル抽出方法の透明化も継続的に行っていく。
2.観光地経営モデル研究について
(1)はじめに:観光地経営における財源の意義
観光地経営において、マーケティング(需要の創出)とマネジメント(環境の整備・調整)は不可分の関係にあり、これらを実行するためには安定的な財源の確保が必要不可欠である。
JTBFでは、2000年代から、入湯税の超過課税をはじめとする観光財源の研究を自治体などと進め、2015年、初の入湯税の超過課税導入を支援。
2017年には宿泊税にフォーカスした財源研究会を創設するなど、宿泊税をはじめとする地域内財源の活用方法について調査・提言・支援を行ってきた。近年、各地で宿泊税導入が進む中、単なる財源確保にとどまらず、観光地経営の持続可能性を高める制度として注目されている。本稿では、宿泊税の戦略的活用を前提とした「観光地経営モデル」と、それを支えるデータ基盤の構築について、実践的な取り組みを紹介する。
(2)観光地経営と宿泊税の可能性
宿泊税は、観光客から得られる直接的な財源として、観光の受益と負担のバランスをとる仕組みである。東京都や京都市に始まり、現在では全国で20を超える自治体が導入している。この制度による税収の使途は観光まちづくり、観光振興、環境整備、観光客の受入対策など多岐にわたる。
JTBFでは、宿泊税を単なる費用負担の手段ではなく、地域が自ら観光を経営するための基盤と捉えている。
とくに地方部においては、財政的・人的資源が限られており、宿泊税を「未来への投資」と位置付ける発想が求められる。戦略的な制度設計と運用を行うことで、地域における観光施策の優先順位付けや、EBPMを進めることが可能になる。
(3)モデル研究としてのアプローチ:仕組みとその狙い
JTBFでは現在、宿泊税の導入を予定または検討している複数の自治体と連携し、「観光地経営のモデル研究」と位置付けた実証的な取り組みを展開している。これは、観光財源を一過性の収入として消費するのではなく、地域の自律的なマネジメント体制を構築するための「仕組み」として制度化することを目指すものである。本アプローチは大きく3つの柱から構成されている。
① 観光財源の戦略的な再配分:データと人材、対話の基盤づくり
まず、宿泊税収のうち一定割合(例えば5%)を、「観光地経営の基盤強化」に充てることを制度上明確に位置づける。具体的には、以下の3要素への継続的な投資である。
◯データ基盤の整備:調査、収集、分析、可視化、情報公開に至る一連のサイクルを持続的に支える。
◯人材育成:自治体職員や観光協会スタッフがデータを読み解き、意思決定に活かせるよう支援。
◯合意形成の場の醸成:地域内の多様なステークホルダーが同じ情報に基づいて議論できる「共通基盤」の提供。
このような情報と対話のインフラに継続的に投資することで、宿泊税を「管理コスト」ではなく「経営投資」として捉える文化の醸成を図る。
② 多様な観光関連データの統合:可視化による共通理解の促進
整備されるデータ基盤には、次のような多様なデータが統合的に組み込まれる。
◯観光統計指標データ:観光入込客数、延べ宿泊者数、観光消費額、旅行者満足度、住民の観光受容性、域内調達率、経済波及効果など、地域経営の全体像を測るマクロ指標。
◯旅行者関連データ:宿泊者の属性情報、位置情報、Webアクセス、ソーシャルメディア上の発言(ソーシャルリスニング)など、マーケティング視点からの意思決定を支えるデータ。
◯税収関連データ:宿泊税収の推移、使途の内訳、部門別配分など、ガバナンスの透明性を担保する財政データ。
これらのデータをTableau 等の可視化ツールで視覚的に整理・統合し、自治体職員、観光協会、地域事業者が共通のプラットフォーム上でデータにアクセスしながら議論・判断できる環境を整える。また、JTBFとしては、現場での利活用が円滑に進むよう伴走支援を提供している。
③ 合意形成のマネジメント支援:可視化データを「共通言語」に
第3の柱は、地域内の多様な主体との合意形成を支えるマネジメント支援である。データの可視化は、単なる分析の道具にとどまらず、住民、事業者、行政が共通の課題認識を持ち、対話を深めていくための「共通言語」として機能する。特に、宿泊税の納税者である宿泊事業者との関係性においては、「なぜ徴収するのか」「どのように使われているのか」を客観的に伝える必要がある。
透明性の高い情報提供と丁寧なコミュニケーションを積み重ねることが、制度への理解と納得、さらには参画意識の醸成につながっていく。
このような仕組みによって、宿泊税は単なる観光振興財源という枠組みを超えて、地域経営の「データ駆動型マネジメント」を促進する触媒としての役割を果たすことが可能となる。税制度を単に導入するだけでなく、その運用過程において「地域が学び、進化する」メカニズムをいかに構築するかが、今後の観光地経営にとって重要なポイントとなる。
(4)現場での実装に向けた準備
現在、JTBFが支援する複数の自治体において、このモデルに基づく仕¥組みの最適化に向けた議論と実装に向かって、準備がされつつある。ある自治体では、宿泊税制度の設計段階から「データ活用目的」を明示的に盛り込み、導入後は毎年度データに基づいた施策の検討会議を予定している。また、本件は自治体だけで完結するものではなく、地域内の観光事業者との連携が不可欠である。例えば、宿泊データを地域として収集するためには、各宿泊施設からのデータ接続の同意が必要であり、そのためにすでに地域に視察などを行い、合意形成に向けた準備を進めている。
こうした動きは、単に仕組みを導入すること以上に、「仕組みを地域に根付かせる」観点から重要である。加えて、データに基づいた対話は、観光事業者の意識変容や主体的な参画にもつながっており、地域ぐるみでの観光地経営の第一歩となっている。
3.おわりに:未来の観光地経営に向けて
本稿で紹介した2つの取り組みー
旅行者調査データの可視化ダッシュボードの整備と、宿泊税を活用した観光地経営モデルの研究││は、それぞれ独立した事業に見えるものの、実際には観光を〝見える化〞し、〝動かす〞ための両輪の関係にある。
データダッシュボードは、JTBFが長年蓄積してきた旅行者の実態・意識に関する調査結果を、誰もが直感的に分析・活用できる形で再構成したものである。これにより、自治体やDMO、研究機関、民間事業者といった多様な主体が、エビデンスに基づいた意思決定を行える環境が整いつつある。〝感覚〞ではなく〝根拠〞に基づく観光政策や施策判断が、より現実的な選択肢となりつつある点は大きな前進である。
一方、観光地経営モデル研究は、宿泊税を「一時的な財源」ではなく、「持続的な地域マネジメントへの投資」として再定義するものであり、その中核には「データに基づく対話と合意形成の仕組み」がある。可視化された情報が共通の土台となり、地域内の多様な主体が同じ方向を向いて意思決定できる環境づくりを支えている。
実際に、モデル研究を進める自治体では、宿泊税制度の設計段階からデータ利活用の視点を取り入れ、観光事業者と連携し、仕組みの構築と定着に向けた具体的な取り組みが始まっている。こうした動きは、単なる制度導入にとどまらず、地域全体で学び、協働し、進化していくための基盤形成の第一歩といえる。
今後は、この取り組みをより多くの地域に展開し、各地のニーズに応じたデータ基盤の機能強化や、担い手となる人材の育成に注力していく必要がある。データが「知の資産」として地域内で循環し、観光の持続可能性と自律性を高めていくには、地域社会全体がこの取り組みを〝自分ごと〞として捉え、主体的に参画していくことが不可欠である。
JTBFは今後も、「観光を支える地域」「地域を支える観光」を実現するため、データを軸とした知の基盤づくりを通じて、その進化を後押ししていく。
(文:JTBF蛯澤俊典)