Tale Navi
特集④-3 暮らしや生き方に奈良を。
〜帰国後も奈良とつながり続けてもらう生涯消費の考え方〜

鬼木翔平(おにき・しょうへい)

奈良を拠点に、「暮らしに入り込む旅」を軸とした文化体験を企画・運営する株式会社Tale Navi取締役。職人の仕事や日常の生活文化に根ざした体験を通じて、訪日客一人当たりの生涯消費額をKGIに据えた顧客体験(体験・物販・再訪)を設計している。地域の人・風景・営みにふれる旅を通じて、世界とローカルをつなぎ、持続的に地域経済へ還元される観光モデルの実装を目指す。

奈良を拠点に観光体験のインフラづくり

―「Tale Navi」の起業の経緯を教えてください。

 私は福岡出身で、京都の大学に通っていました。在学中に1年間休学をしてバックパッカーのように海外を旅をして、帰国後、改めて気付いたのは、自分と同じように日本を旅する海外の旅行者がたくさんいるということでした。大学卒業後は東京で就職しましたが、「観光に関わる仕事をしたい」という想いがあり、会社を辞めて、2023年の夏に京都に戻りました。しかし、京都には観光客と同じくらいプレイヤーも多いので、差別化が難しい環境でした。そんなときにふらっと訪れた奈良で、観光客の多さに驚きましたが、午後になると一気に人が減ってしまう。観光案内所で手にしたのは、体験一覧が載ったB5の紙1枚だけ。しかも日本語のみ、電話番号のみの掲載で、ほとんどが「1週間前予約必須」。
観光客は多いのに、楽しむためのインフラが整っていないと痛感しました。
これが奈良で会社を起こそうと決意したきっかけです。大学時代の仲間(奈良出身)と、福岡の幼馴染に声をかけて、2023年10月31日に3人で会社をスタートしました。
 事業を始めるにあたって、観光客の声を聞きたいという想いと、自分がバックパッカーだったときのように現地の人のおすすめを知りたいという想いがありました。そのときに、何かフックになるものを作りたいと思って、カフェを間借りして始めたのが奈良のお茶とお酒の飲み比べでした。初期は、お客さんのほとんどはキャッチで来てもらっていましたが、次第に口コミで広がっていきました。

―体験のコンセプトと客層を教えてください。

 そんな中で見えてきたのが、体験についてはニーズが大きくふたつに分かれているということでした。ひとつは、どんなに短い時間でもいいから、奈良らしいこと、日本らしいことをやりたいという層。もうひとつは、より深く、本物の文化にふれたい層です。前者向けに用意しているのは、奈良筆や吉野杉の箸のような奈良の産品を作る工芸ワークショップ。後者向けには、インターンシップのコンセプトで、日本酒の蔵元や茶農家、寺院などでの日常の作業を通して地域の暮らしを体験する実践型プログラムを用意しています。
 ほかにも同じようなことをしている会社はあるかもしれないですが、予約の締め切りが1週間前だったり、利用者視点で設計されていないものは持続しないので、できるだけ直前まで予約できるようにしています。
 ターゲットは主に、欧米の20代から60代の旅行者で、地元の人と交流したい層や文化への関心が高い層、そして大仏や鹿以外の〝地元らしさ〞を求める層です。どちらかというと持続可能な流通モデルを作りたいという思いがあります。
 販路については、OTAやランドオペレーター経由が50%、直接予約が50%という割合ですが、奈良に来てから予約してもらうというところがまだ十分に確立できていないと感じています。ターゲットに近い人たちにアプローチしたいと思っても、結局、認知率の問題があります。上げるために必要なのは、オンラインよりも、実際に奈良のまちなかにいる観光客にいかに知ってもらうかだと思っています。オンラインになった瞬間、他都市もライバルになってしまうので。その意味では地元のホテルと提携してプログラムを販売できていることは大きいと思います。

周囲を巻き込み、価値を高めて提供する

―少ない人数でどのようにして運営しているのでしょうか。

 いま、ブランディングは奈良で出会ったイタリア人にメインでお願いしていて、コピーライターも入っていますが、これまでは全部、自分たちで進めてきました。また、連携している事業者さんは40くらいになります。紹介からつながるケースのほか、突撃訪問で関係を築いています。これからは、外部の専門家とも積極的に連携していきたいと思う一方で、自分たちで泥臭くやってきたことが実は一番、他社との差別化につながっている気もしています。
 そういう意味でも、そしてファンを増やす意味でも、ガイド、地元の事業者の方々、企画開発に興味がある学生、私たちの事業を応援してくれるクライアントなど、周囲の方々をこれまで以上に巻き込んでいきたいと考えています。これができる理由のひとつには、企画を作ったらすぐ売りにいくというスタンスがあるかもしれません。それがホスト側のモチベーションを上げることにもつながります。だから私たちは、次の日には、まちなかにいる外国人観光客に声をかけて連れて行くし、地元の方や大学生にも参加してもらう。地元の事業者の皆さんも、自分のしていることに外国人が興味をもってくれて、話を聞いてくれることを喜んでくれていると感じます。
そしてその喜びは何ものにも代えがたいと思います。
 そうやって、いい意味で周囲を巻き込むためには、私たちの船に乗れば一緒に企画を作れるし、コンテンツも磨ける、それを世に出して検証もできるという販路をちゃんともっていることが大事だと考えています。しかもコンテンツを売っていきたい人はたくさんいるけれど、実際には壁もある。そこを私たちがサポートすることで売れるようにしたいですし、大事なのは、ブランドのコンセプトをきちんと構築して、1000円でしか売れなかったものが1万円や2万円で売れるような状態を作ることだと思っています。
 9月末には、地域OTAの役割をもつ「kurabi」というブランドを立ち上げる予定です。奈良の観光の隙間に参加できるプログラムがいつでもある状態にしたいと思っていて、〝暮らし〞をテーマに、地元の人と一緒だからこそできること、日本人が休日に楽しんでいるような体験を提供したいと思っています。暮らしの体験を通して、いろいろな伝統や娯楽、文化を味わうことは、旅行者にとっては地域のコミュニティとつながる入口になると思います。

その場限りでなく「生涯消費額」で考える

 体験プログラムの中で一番人気があるのは茶道で、まずはティーテイスティングをしてもらって、お茶についてきちんと伝えたうえで、ティーセレモニーを体験してもらいます。場所は、カフェやホテルだったり、普段あまり使われていないお茶室だったり。
できるだけ固定費を下げたいという想いもあって、場所代も人数に応じて支払えるようなかたちにしてもらっています。
 茶農家体験も人気があります。茶畑で収穫をしたり、ほうじ茶を作ったり。
お土産として、その場で購入もできるのですが、帰国してからも2か月に1回お茶が届くサブスクを契約してくださる方もいます。
 体験プログラムの価格帯としては、5000円から1万5000円と高いわけではありませんが、私たちとしては、単発の消費額ではなくて、一人当
たりの「生涯消費額」を追いかけていきたいと思っています。そしていずれは「kurabi」のショップをやりたいとも考えています。基本的にはプロジェクトベースで、たとえば酒蔵とのコラボや、着物のリメイク会社とのコラボで作った商品を限定で販売して、目標を達成したものについては常時買えるようにする。さらにそのリターンとして、商品だけではなくて、工房見学を開催するようなイメージです。さらに将来的には、後継者不足などで会社をたたむという方から事業を承継するとか、そこまで踏み込みたいとも考えています。

地元の人が気付かない奈良の魅力を伝える

 奈良には歴史や伝統があって、すごいものがたくさんあるのに、地元の人はその価値に気付いていない人が多いように思います。よくいわれることですが、渦中にいるとその価値に気付けなくて、外から評価されてはじめて気付くことが多いですし、いいことだとは思っていても、日々の生活のことで忙しくて目を向ける時間がないということもあります。
 一方で、東京や海外で暮らしていて、時間的にも経済的にも余裕のある層には、奈良のその魅力に興味がある人は多いと感じています。私はその両者をつなぎたい。何かを極めた人、長年続けてきた人たちの想い、脈々と受け継いできた考え方をきちんと伝えていきたいという想いがあります。いまやらないと、極めている人たちがいなくなってしまうという危機感もあります。
 他の都市と比べると、奈良は素朴ですが、それが奈良のいいところであって、だからこそ、本当の考え方や哲学がちゃんと残っているという感覚があるんですよね。いま、私たちがその考え方を受け取って、観光客に伝えることで、それを自分の暮らしや生き方に取り入れてもらいたい、そしてそれが次の世代につながってほしいと思っています。
〇聞き手:福永香織(JTBF)