特集①-1 観光財源の活用による地域経営モデルの再構築
〜ナパバレーとラスベガスの実践に学ぶ〜
観光研究部 主任研究員
蛯澤俊典
1.観光地経営モデル研究の背景と目的
日本の観光地経営は、とりわけコロナ禍後、宿泊税などの新たな観光財源の導入が進んでいる一方で、その財源の「使途の高度化」と「説明責任の確立」が十分ではないという課題を抱えている。それら財源は観光振興や受入環境整備、資源保全などに幅広く使われているが、政策効果を定量的に検証し、再投資へとつなげる仕組みの確立にはいまだ至っていない。
公益財団法人日本交通公社では、過去からこれまでに積み重ねてきた財源研究をもとにして、昨今、この課題に対して「観光財源を活用した新たな観光地経営のモデル研究」を進めている。
本研究の目的は、財源として宿泊税等を核とした持続可能な観光地経営のモデルを設計し、地域での実装を通じて国内でのデファクト・スタンダードを提示することである。具体的には、カネ(財源)をベースに「ヒト(専門人材)×モノ(DMP(観光データプラットフォーム)/ダッシュボード)×バ(協議会)が循環・機能する地域経営の仕組み」を整えることを目指している。
今回、この調査研究の一環として、2025年8月から10月にかけて、すでに観光地の経営で日本国内よりも先を進んでいる北米と欧州の行政、DMO、研究機関等を訪問し、観光財源の設計・配分・運用・ガバナンスの実態を調査した。本稿では、特に北米の事例に焦点を絞り、その成功要因を整理し、日本の観光地経営への応用可能性を考察する。
2.ナパバレー:高付加価値化を支える財源と人材循環
カリフォルニア州ナパバレーは、その特異な土地(土壌)や気候※により、世界的に見れば後発ながら、世界有数のワインツーリズムの先進地域へと進化しており、テロワール(風土)を楽しむ没入体験をコアに据えた「体験深耕型」の観光地経営を展開している。
※世界の土の約半数がナパバレー内に存在すると言われるほど、ナパバレーには多様な土があり、またボルドーより日照時間が年間1000時間以上長く、また降水量も年800㎜ 未満となっており、世界的に見ても稀有なブドウ栽培に適した地域となっている。

【二層構造の観光財源】
ナパバレーでは、年間予算約14億円(920万ドル)を有するVisit Napa Valleyが中核となり、宿泊税(TOT:13%)と観光振興地区課徴金(TID:2%)の二層構造で観光財源を運用している。
TOT(Transient Occupancy Tax/短期滞在宿泊税)は、税率13%で課され、税収が乏しいナパ地域においては、市の一般財源に組み込まれてきた背景がある。これにより使途は公共安全、図書館、公園整備、道路改修などの住民サービス全般に及び、一般基金の30%以上を占める重要な財源となっている。
一方、TID(Tourism Improvement District / 観光振興地区課徴金)は、宿泊税とは別に、宿泊料金に2%を上乗せして課徴される観光専用の自主財源である。宿泊業界の自己拠出によって成立し、観光マーケティング(特に昨今は若年層への訴求)、イベント支援、滞在延長やリピート促進など、観光振興に特化した用途に充てられている。
自己拠出でありながら、宿泊税徴収施設中の90%を超える施設が拠出するなど、このTIDの仕組みは、宿泊施設とDMO(Visit Napa Valley)との間に強固な信頼関係があるからこそ成立している。宿泊業界は、自らの拠出金が確実に観光需要の創出に還元されると理解しており、DMOは透明な運用と実際の成果によって説明責任を果たしている。
【データドリブンなマーケティングと人材育成】
ナパバレーでは、リピーター中心のラグジュアリー層(約60%)と、初訪問者や若年層のアスピレーション層(約40%)に明確な市場セグメンテーションを行っている。従来主要ターゲットではなかった若年層への訴求を昨今強化し、SNS・ウェブ解析・CRM(Customer Relationship Management/顧客関係管理)データを統合したキャンペーンを展開した結果、来訪者の平均年齢を47歳から40歳に引き下げるなどの成果を上げている。
また、地域内の人材育成エコシステムも重要な柱である。ナパバレーが世界有数のワインバレーとしてのステイタスを維持していくためには、様々な人材の供給が不可欠であるからだ。
Napa Valley Vintners Leadership Program(未来のリーダー育成)やNapa Valley College(ブドウ栽培・醸造技術習得)、Napa Valley Wine Academy(国際的なワイン教育による知見向上)などの教育機関が、DMOやワイナリーと密接に連携し、「教育→雇用→再投資」の好循環を形成している。これにより、専門人材が地域に定着し、観光地経営の質を高めている。
3.ラスベガス:価格競争力と官民連携による都市経営
ネバダ州ラスベガスでは、Las Vegas Convention and Visitors Authority(LVCVA)が世界最大級の観光局として機能し、宿泊税(13・38%)を基盤に年間約460億円の予算を運用する「エンタメ・イベント型」の都市経営を展開している。
【「宿泊税運用→需要創出→高稼働→税収増→再投資」の循環】
ラスベガスの財源は、主要財源である宿泊税収(約360億円)を基盤に、MICE、マーケティング・インフラへ戦略的に配分されている。LVCVAはコンベンション施設の利用料を競合都市より約30%低く設定し、価格競争力を高めている。これによMICE誘致を加速させ、コンベンション施設の稼働率を維持するとともに、ラスベガス市内全体の宿泊施設の稼働率を平均20%以上引き上げている。
この戦略的な宿泊税の活用が、「宿泊税運用→需要創出→高稼働→税収増→再投資」という持続的サイクルを生み出している(図1)。MICE参加者は一般観光客より消費単価が1・5倍高く、平均滞在日数も4・2日に及び、平日需要の安定化に貢献している。

【公共×民間の相乗効果】
ラスベガスの成功の核心は、「常に新しい刺激×安全安心」の両立にある。
公的部門(LVCVA)は、価格競争力のある施設運営や交通インフラ開発と整備(ベガスループ等)を担い、民間企業(MGMリゾーツ、シーザーズ・エンターテインメントなど※)は、カジノ・リゾート開発や大型エンターテインメント(F1、NFL、シルク・ドゥ・ソレイユ等)への投資を行う。
官民の健全な競争と役割分担が相乗効果を生み、都市全体の活気を維持している。
また、ややもすると、カジノの町ラスベガスと聞くとその治安を心配する声も聞こえてくるが、2017年に発生した銃乱射事件以後、ラスベガスのあるクラーク郡やネバダ州は、主要観光地での防犯対策を抜本的に見直し、カメラを増やすなど監視体制の強化、警備員・警察官の増員と配置、ホテルやコンベンション施設での危機管理訓練の徹底が行われている。民間でもホテル内の厳重な警備、不審者・ホームレスへの対応を行い、労働者から高所得者、そしてファミリー層へと時代に沿って顧客対象を変更・移行している。
そのように、すべての人々が24時間楽しく活動できる街にするため、サービスやホスピタリティの種類に合わせて安全対策を更新・強化してきた経緯がある。
※ラスベガスの主要な宿泊施設の大部分は、2大地元資本であるMGMリゾーツとシーザーズ・エンターテインメントによって運営されている。ラスベガス内は、常にこの2大グループによる熾烈な競争環境下にある。

【強固な人材供給基盤】
ネバダ大学ラスベガス校(UNLV)のハラー・ホスピタリティ・カレッジが、地域の人材供給の中心を担う。大学・産業界・行政(LVCVA)が連携し、学生は年間600名以上がインターンシップを通じて実務を経験し、卒業後に観光産業に就職する。教育→実務→就業→管理職→イノベーションへとつながる循環が、産業全体の競争力を支えている(図2)。その結果、UNLVの卒業生の現地就職率は65%、宿泊施設等のUNLV卒の管理職比率は4割にものぼり、極めて強い地域内のソーシャルキャピタルがラスベガス内には根付いている。
4.共通の成功要因と観光地経営モデルのフレーム
ナパバレーとラスベガスは、規模も地域性も異なるが、持続可能な観光地経営モデルとして次の四つの要素を共有している(図3)。

1 明確な財源構造と再投資サイクル(資金循環)
宿泊税や課徴金が戦略的投資として目的別に特化され、投資に対する効果測定に基づく再投資が行われている。
これにより、安定的な観光財源と持続的な価値向上スパイラルが確立されている。
2 専門人材と教育機関の連携(人材育成エコシステム)
DMOや大学、産業界が連携した人材育成プログラムを通じて、マーケティング、体験設計、MICE運営、ゲーミングなどの専門性を地域に内在化している。
3 データドリブンな意思決定とKPI管理(情報循環)
来訪者属性や経済波及効果、デジタルマーケティングのKPIを継続的に把握し、客観的なデータに基づいた意思決定と透明なガバナンス体制を維持している。
4 公共×民間の協働によるガバナンス(組織・合意形成)
DMOや観光局が戦略判断と地域連携を主導し、理事会・監査・外部評価を通じて信頼獲得と説明責任を両立させている。公共投資と民間投資の相乗効果も最大限に発揮されている。
5.日本の観光地域への応用可能性
北米の事例から学べる最大の教訓は、「観光財源を観光地経営の戦略投資に位置づけること」である。日本の観光地経営を成熟させるため、以下の施策が重要である。
1 観光財源の戦略的配分と透明性の確保
宿泊税を「地域の価値を高める戦略資本」として運用し、その一定割合を人材登用・育成、データ基盤構築と運用、協議会運営に重点配分する仕組みを構築する。特に協議会運営は、地域内の多様な主体(行政、観光事業者、住民代表、教育・金融機関など)が参画し、観光財源の使途や優先施策についての合意形成と意思決定を行う場として機能させることが重要である。
また、協議会を通じて政策のPDCAサイクルを可視化・共有し、地域全体で戦略をレビューする体制を整える。
こうした仕組みにより、地域内ガバナンスを強化し、観光地経営に対する信頼性を高め、説明責任を果たすことができる。さらに、年次報告や公開KPI管理(訪問者数、消費額、満足度、環境負荷)を通じて、行政・事業者・住民が共通の指標を共有し、意思決定過程の透明性を担保する。
2 データ基盤(DMP)の構築と活用
観光関連の指標とマーケティングデータを一元的に集約・分析するDMPを構築する。このDMPは、来訪者数や宿泊者数といった従来の観光統計指標に加え、人流動態や決済データなどから得られる来訪者属性、主要スポットの混雑状況、および詳細な消費動向といったデータをリアルタイムで収集・統合する。これにより、これらの多角的な情報を可視化するダッシュボードを導入し、施策の実行と効果検証を継続的に行うための基盤を確立する。このデータに基づいた意思決定を通じて、マーケティング戦略や受入環境整備の継続的な改善を図り、真の「データドリブンな観光地経営」を実現する。
さらに、地域内の宿泊施設から宿泊者データを収集し、エリアPMS(地域版宿泊者管理システム)として統合管理する仕組みを構築する。これにより、地域全体の予約状況、客室稼働率、平均客室単価(ADR)といった指標を一元的に把握し、将来的な需要動向を予測することが可能となる。この高度なデータは、地域全体としての繁閑差への効率的な対応、需給調整、価格戦略の最適化、そして事業者間の連携強化を促し、地域一丸となった高度な観光地マネジメントを可能にする。
3 地域内人材循環モデルの確立
大学や教育機関と産業界、行政・DMOが連携し、UNLV型を理想とする観光人材育成拠点を形成することが重要である。特に、行政とDMOが一体となり、地域の観光地戦略の方向性とデータに基づく意思決定の基盤を提示し、その戦略を実務に落とし込む教育プログラムを整備する必要がある。実務学習(インターンシップ)を通じて学生や若手人材が現場での課題に触れ、地域の観光事業者やDMOと協働して実践的なスキルを身につけられる仕組みを構築する。また、奨学金制度や地域内企業との共同研究プログラムを活用し、専門人材が地域に定着しやすい環境を整えることも不可欠である。
育成すべき人材は、地域の観光地戦略の設計・評価を担い得るリーダー人材から、現場でオペレーションを実行し、観光体験の質を向上させる実務・運営人材まで幅広く、多層的であることが望ましい。戦略立案と現場実装が循環的に結びつくことで、地域全体の観光地経営能力が底上げされ、持続的なソーシャルキャピタルの蓄積につながる。
このような「教育→実務→雇用→キャリア形成→再投資」という地域内人材の循環が成立することで、観光産業全体の競争力が強化され、地域が自走的に発展するエコシステムの構築につながる。
これらの「財源・データ・人材・組織(協議会)」が有機的に連動する構造的観光地経営への転換が、日本の観光地域の成熟に向けた鍵となる。
