特集④-3 バルセロナにおける文化遺産の保護と観光への活用の現状
観光研究部 主任研究員
小川直樹
1.はじめに
バルセロナはアントニ・ガウディの作品群、カタルーニャ音楽堂、サン・パウ病院等の世界遺産をはじめ、カタルーニャ地方の歴史と文化を反映した多様な歴史的建造物や都市空間を有する都市である。豊かな文化遺産は多くの観光客を惹きつける観光資源となっている一方で、一部地域への観光客の集中による生活環境への影響などの課題も抱えている。
筆者は現在、京都事務所(JTBF京都観光レジリエンス研究センター)に所属しており、また、これまで都市計画の分野において歴史的景観や文化財の保護に携わってきた経験から、日本における文化財保護の課題を感じる一方で、歴史的資源など地域の魅力ある観光資源を活用し、新たな価値を創造することの必要性を感じていた。
上記のような背景を踏まえ、本稿ではバルセロナにおける文化遺産を活用した観光に着目し、カタルーニャ州ならびにバルセロナ市の文化遺産保護施策を整理したうえで、文化遺産を活用した取り組みであるバルセロナ・モダニズム・ルートについて現地視察の様子をまとめ、我が国における歴史的、文化的資源を活用した観光への展開の可能性について考察する。
2.カタルーニャ州ならびにバルセロナ市における文化遺産保護施策
バルセロナ市における文化遺産を活用した観光の前提として、カタルーニャ州ならびにバルセロナ市における文化遺産保護施策について、これまでの経緯を振り返るとともに、現在の取り組みについて整理する。
カタルーニャ州における文化遺産保護政策の経緯
基礎となったのは、1956年にスペインで初めての近代的な都市計画法として制定された土地法(Ley del Suelo)である。この法律では、自治体が芸術的、考古学的、伝統的な価値を持ち取り壊しが認められない建造物のリストを承認することが義務化され、都市計画と文化遺産保護を結び付けた初期の制度として特筆すべきものである。そして、バルセロナ市においては、1962年、土地法に基づき「芸術的、歴史的、考古学的、または伝統的な価値のある建築物および記念物の目録(Catálogo de Edificios y Monumentos de Interés Artístico,Histórico, Arqueológico Típico o Tradicional de Barcelona)」が作成された。一方、当時の土地法はあくまでも都市計画的な土地利用施策の一部であったことから、目録は単なるリストとして解体許可のための手段として使われることになり、文化財の保護には必ずしも十分に機能しなかったと指摘されている。
そして、1979年には、バルセロナ市の「歴史的・芸術的遺産目録(Catálogo de Patrimonio Histórico Artístico de la Ciudad de Barcelona)」が承認され、文化財の記録化から法的効力のある保護制度への転換が図られるとともに、保護対象も拡大された。ただし、公共の利益に資する計画の見通しがある場合には、登録解除と解体が可能であったため、都市計画と文化遺産保護の間の課題の解消には至らなかった。
カタルーニャ文化遺産法(1993年)とカタルーニャ文化遺産目録
その後、1980年代に入ると文化遺産保護の取り組みが広く認知されるようになり、1993年にカタルーニャ州政府により「カタルーニャ文化遺産法(1993年法律第9号)(Leydel Patrimonio Cultural Catalán)」が制定された。この法律は、カタルーニャの文化遺産を広く捉えた概念に基づいており、文化遺産の保護、保存、研究、普及、促進を目的としている。
カタルーニャ文化遺産法では、文化遺産は4つのカテゴリーに分けられる。
最も重要なカテゴリーは、カタルーニャ州政府により指定される「国家的重要文化財(BCIN)(Bien Cultural de Interés Nacional)」であり、国家的重要文化財登録簿への登録が義務付けられている。2番目のカテゴリーは、「地域的文化財(BCIL)(Bien Cultural de Interés Local)」であり、国家的重要文化財の条件を満たしていないものの中から、人口5000人以上の自治体は市町村議会、人口5000人未満の自治体は郡議会によりそれぞれ指定され、カタルーニャ州政府文化局により「カタルーニャ文化遺産目録(Inventario del Patrimonio Arquitectónico de Cataluña)」に登録される。なお、カタルーニャ文化遺産法施行の時点で、当時の遺産目録に含まれていたものも地域的文化財に該当する。3番目のカテゴリーは、国家的重要文化財、地域的文化財以外でカタルーニャ文化遺産目録として十分な芸術的、建築的、または歴史的価値を持つ「都市的重要遺産(Los restantes bienes integrantes del patrimonio cultural catalán)」であり、市の責任により保護される。そして、4番目のカテゴリーとして、2022年の法改正で追加された「象徴的施設(Establecimientos emblemáticos)」が位置付けられている。
なお、上位3カテゴリーは建造物の維持管理が義務付けられ、解体は許可されておらず、4番目の象徴的施設については、調査報告書を提出し承認を得た上で解体が許可される。
また、文化遺産を記録し、体系的な編集、調査、普及を目的としたカタルーニャ文化遺産目録は1982年より運用されている。1993年のカタルーニャ文化遺産法制定後は、目録の作成が法制度として組み入れられ、前述のBCINやBCILに位置付けられる文化遺産などが目録に登録されている。カタルーニャ州政府は目録の作成と維持が義務付けられており、目録の公開データへの市民のアクセスが保証されている。
バルセロナ市の文化遺産保護施策
一方で、バルセロナ市においては、2022年4月、「バルセロナ、文化遺産都市(Barcelona, ciudad patrimonio)」を発表した。この施策では、①目録の整備による遺産の価値の見える化、②保護、保存のための新たな規制手段の推進、③遺産に対する介入、改善プログラムの構築、④専門チームの強化、⑤市民と行政の対話、協働、⑥都市の文化と持続観光な観光を促進する新たな仕組みの構築、の6つの基本目標を掲げ、文化遺産施策の国際的な先進都市としての地位を確立することを目指している。
そして、同年9月には、「建設工事における自治体介入手続き条例(ORPIMO)(La Ordenanza Reguladora de los Procedimientos de Intervención Municipales en las Obras)」の改正案が可決された。この改正により、これまで十分に評価されずに取り壊されていた歴史的建造物の再評価や無秩序な再開発の抑制が図られることが期待されている。従来は解体にあたって届出の手続きのみで可能であったものが、許可制となり、調査報告書に基づき重要な建物と判断された場合には、解体許可申請を却下できることとなった。
3.バルセロナ・モダニズム・ルートの概要
バルセロナ市においては、文化遺産を観光に活用する取り組みとして、歴史的建造物や伝統行事の観光資源化が進められているほか、混雑対策としてガウディ建築における予約制の導入、郊外の文化遺産への誘導による分散化などが行われている。このうち、19世紀末から20世紀初頭にかけてカタルーニャ地方で活発に行われた芸術・建築運動「カタルーニャ・モダニズム」の建築群を巡る観光ルートである「バルセロナ・モダニズム・ルート(Ruta del Modernismo de Barcelona)」(以下、モダニズム・ルート)に着目し、現地にてその状況を視察した。

モダニズム・ルートは、1997年より、バルセロナ市の都市景観の保護、啓発、維持向上の取り組みの一環として、市の傘下組織である「都市景観と生活の質研究所(Instituto Municipal del Paisaje Urbano y la Calidad de Vida)」(以下、都市景観研究所)によって実施されている。「カタルーニャ文化遺産目録」に登録された建造物等のうち、公共建築、学校、教会、工場など約120件の建造物がモダニズム・ルートとして選定されている。また、ガウディ以外の建築家による建造物も多く含まれていることから、バルセロナ観光におけるガウディ建築以外への分散化施策としての側面も持つ。


モダニズム・ルートを構成する建造物やそのマップはモダニズム・ルート・ガイドで紹介されており、都市景観研究所の事務所、モダニズム・センター(一時休業中)やオンラインで販売されているガイドブックの収益は全て文化遺産の保護や活用に充てられている。また、構成建造物を網羅するルートは設定されていないものの、推奨ルートとしてバルセロナ凱旋門を起点に、旧市街、カサ・バトリョ、カサ・ミラ、サグラダ・ファミリアなどのガウディの作品群、サン・パウ病院などの主要な建造物を巡る1日ルートが紹介されているほか、主要な建造物を2時間で巡るバルセロナ観光局公認のガイドツアーも販売されている。
さらに、バルセロナ・モダニズム・ルートはバルセロナ市内にとどまらず、協定によりカタルーニャ州内の一部の文化遺産へ展開されている。そして、2000年には、バルセロナ・モダニズム・ルートを発展させ、ヨーロッパ各地のモダニズム都市を結ぶ国際ネットワーク「ヨーロッパ・モダニズム・ルート(Ruta Europea del Modernismo)」が、バルセロナ市を中心に設立された。ヨーロッパ・モダニズム・ルートには、2022年時点でヨーロッパ内外の81都市と76機関が参加しており、バルセロナ・モダニズム・ルートと同じく都市景観研究所が運営を担っている。
4.運営組織「都市景観と生活の質研究所」の取り組み
モダニズム・ルートを主催する「都市景観と生活の質研究所」は、市、名誉スポンサー、建築の所有・管理団体、企業等で構成される「バルセロナ・モダニズム・ルート名誉評議会(Consejo de Honor de la Ruta del Modernismo de Barcelona)」の支援を受けて運営されている。
公共空間の景観形成などの役割を担う都市景観研究所の取り組みの1つとして、「〝バルセロナ、きれいになろう〞プログラム(Barcelona ponte guapa)」が挙げられる。これは、モダニズム・ルートに選定された建造物の修理、保護のプログラムで、都市景観研究所より所有者、管理者に対して技術的助言、経済的支援などを実施している。バルセロナ市のレポートによると、2023年には都市景観研究所より26件の修復に対し約186万ユーロが支出されている。なお、都市景観研究所の運営費は、前述のガイドブックの売り上げのほか、バルセロナ市からの予算配分、公共空間の貸し出しによる収益等により賄われている。

また、半世紀以上にわたり同じ場所で営業を続けている商業施設を対象に、「永遠の美しさ(Guapos per sempre)」プレートを授与する取り組みが1993年より実施されている。現在は都市景観研究所により運営されており、授与されたプレートが各店舗前の路面に埋め込まれている。
5.まとめ
本稿では、カタルーニャ州ならびにバルセロナ市における文化遺産保護制度、そして文化遺産を活用した観光としてバルセロナ・モダニズム・ルートや運営主体である都市景観研究所の取り組みについて整理した。
モダニズム・ルートの特徴として、第一に、カタルーニャ州の文化遺産保護施策である「カタルーニャ文化遺産目録」と連携した取り組みであり、文化遺産の保護と活用の両立を図っていることが挙げられる。第二に、ガイドブックの収益は文化遺産の修復に充てられており、文化遺産保護につながる仕組みが構築されていることも特筆すべき点である。そして第三に、モダニズム・ルートの取り組みはバルセロナ市内にとどまらず、カタルーニャ州各地やヨーロッパ全土への展開がみられる点も注目に値する。
モダニズム・ルートの取り組みは、京都をはじめとする我が国の観光地づくりにあたって、文化財の保護と観光への活用の両立や、観光客が集中するエリアにおける分散化など共通する課題も多く、大いに参考になる事例であると思われる。
一方で、現地視察の際には、依然として一部のガウディ建築等へ観光客が集中する様子もみられ、さらなる混雑解消の必要性も感じられた。これは、周辺住民への影響の軽減を図るだけでなく、観光客の満足度向上の面からも対策が求められるものであると言えよう。これらの観光課題への対応のためにもバルセロナにおける取り組みに引き続き注目していきたいと思った次第である。
<参考文献>
Barcelona City Council WEBサイト(https://www.barcelona.cat/en/)
Ruta del Modernismo de Barcelona WEBサイト(https://rutadelmodernisme.com/es/)
Ruta Europea del Modernismo WEBサイト(https://artnouveau.eu/es/index.php)
Institut Municipal del Paisatge Urbà(発行年不詳), Barecelona Modernisme Route Guide
Ajuntament de Barcelona(2023), Cost Report 2023 MANAGEMENT INDICATORS REPORT
