視座

観光政策を左右しているもの
〜3年間を振り返って〜

公益財団法人日本交通公社
理事・観光研究部長・旅の図書館長
山田雄一

はじめに

 当財団が、組織的な海外視察を展開し、機関誌『観光文化』に掲載を始めたのは、2023年度のことである。
 COVID‐19によるパンデミックが収束し、国内旅行も訪日旅行も力強く回復していたタイミングである。一方で、『観光文化257号「ポスト・コロナで再起動する海外旅行」』において、整理したように、海外旅行の回復は大きく遅れており、構造的にパンデミック前のような隆盛は難しいということが見えてきたタイミングでもあった。
 観光が、移動を伴うものである以上、発地と着地が存在し、その動きには経済力の相対差が影響することを考えれば、訪日旅行>海外旅行となることは、当然の帰結でもある。端的に言えば、それだけ日本の経済力が低下したということだ。
 一方で、海外旅行市場が縮小するということは、日本人が海外のことを知る機会が減少していくことになる。海外から多くの人々が来訪する社会となっていくのに、日本人自身は、海外のことを知り、体験する機会が限定されていくことは、望ましい状況ではない。訪日客は、当然、彼らの国内旅行も行うし、日本以外の国々にも出かけていく。すなわち、訪日客は日本以外の地域のことを知っているのに、彼らを受け入れる側は日本のことしか知らないということになるからだ。
 さらに、日本でもDMOやMICEといった用語が日常的に使われているように、今や、観光振興は世界的なイシューとなっている。諸外国が、どのような観光の現場にあり、どのような施策を行っているのかを理解しないまま、観光施策を進めることは、いわゆる「車輪の再発明」を招くことになる。
 こうした状況をふまえ、観光を研究する我々自身が、世界の観光を経験し、考えること、そして、そこで得た知見を社会に発信していくことを目指し、事業化したのが、この「世界の観光ダイナミズム」シリーズである。

2025年度の視察先から得られたもの

 今年度は、アメリカ、オーストリア/スイス、スペイン、そして、タイの4方面を対象とした。
 特集1のアメリカ、特集2のオーストリア/スイスは、DMOの背景にある観光施策のシステムを整理することを目的とした視察である。我が国でも、宿泊税の導入が進みつつあるが、世界的に見て宿泊税は、地方分権の進んだ欧米では一般的である一方、中央集権であるアジアでの導入事例は乏しいという傾向がある。
 すなわち、宿泊税という財源は、地方自治体が中央政府に依らず、地方政府が自立的な観光政策を展開するためのものである。この認識は、日本でも同様であるが、独自財源の歴史の浅い日本では、そもそも「地域による自立的な観光政策」というものがなんなのかということ自体が判然としていない。本来、地域レベルの活動主体であるDMOとは何かという議論が、政策導入から10年以上経っても、地域ではなく国レベルにおいて続いている状況が、その証左でもある。
 これまで、当財団では、観光財源とデスティネーション・マネジメントに関して、継続的に研究を行ってきた(例:観光文化234号、238号、245号、261号)。今回の視察は、その延長線として、先行地域に構築されている観光振興の自立システムを把握することを目的としたものである。
 改めて、各国、地域で視察調査を行ってきたことで、見えてきた共通項は3つ。
 第1に、地方自治体レベルの政策に観光振興(政策)が、しっかりと位置づけられていること。第2に、政策フレームを背景に、DMOの権限、責任が明確となっており、そこを核に観光振興に関するソーシャル・キャピタルが形成されていること。そして、第3に、これらをフローとして実現するために、定量的なデータに基づいたEBDMが展開されていることである。
 観光政策の位置づけについては、特集2‐2が最も端的にまとめられているだろう。州レベルにおいて「仮に観光振興に取り組むために財源(=宿泊税)を確保するなら」という政策フレームが作られており、地方自治体は、このフレームに沿って宿泊税を導入している。特筆すべきは、この財源確保フレームにDMO(図❷ではTVB)が執行部隊として位置づけられていることである。すなわち、地方自治体は課税自主権を持っており、宿泊税を導入することはできるものの、自由気ままに税率や使途を決めることはできない仕組みになっている。日本の感覚から言えば、自由度が低いように感じるが、一定の枠にはめることで観光振興を強力に進めることを可能としている。制度の強さ弱さの違いはあるが、こうした制度は、アメリカでも同様となっている。後述する第2、第3の特徴を規定するのは、こうした基礎的なフレームの存在である。
 任意の政策であるとは言え、それを選択すれば、地方自治体として実施する通常政策となり、そのための財源とガバナンススキームが提示される。地域にとって観光は、当然に取り組むべきものとなり、5年後、10年後も、その施策は継続される政策となる。一時的なものではなく、年によって大きく変化するものでもなく、恒常的、定常的に展開される政策となれば、行政も民間もそれに適した役割分担、組織力が作られていくことになる。例えば、観光振興に関わる人材不足が叫ばれて久しい。欧米においても人材は貴重な資源であるが、それでも優秀な人材がDMOや行政などに在籍しているのは、そこに安定的なポストが存在するからだろう。こうした人材、組織が持続的に存在することで、人々の繋がりも強固なものとなり、それが、ソーシャル・キャピタルの形成へとつながっている。日本でも、観光地域づくりに成功した地域は、5年、10年という年月の積み重ねの中で、ソーシャル・キャピタルが形成されているが、これが制度として、より多くの地域で展開されているイメージである。
 そして、この仕組みをフロー面で回しているのが、データに基づいたEBDMである。EBDMは、『観光文化266号』で整理しているが、観光に限らず、現在の意思決定において重要な取り組みである。日本でも、この認識は拡がってきているが、問題は、EBDMに必要なデータを得ることができないということだ。これに対し、欧米の先行地域では、特集1‐2および2‐1で整理しているように、地域の関係者がデータの重要性を把握し、それを協働して取得、分析、共有する仕組みを構築している。こうした体制を構築できているのも、法的に根拠を持つ強固な観光振興の体制が存在しているからだろう。
 対して、特集4で取り上げたスペインは、EUの中で相対的に経済力の低い地域であり、国策として観光振興を展開してきた地域である。欧州の中でも特徴的な地域資源を観光魅力に転換し、多くの人々を集めることに成功したが、バルセロナが、オーバーツーリズムの象徴的な都市となってしまった点など、日本の観光政策に重なる部分も大きい。
 歴史的に政争が多く経済的に不安定であり、米国のように強い民間事業者が存在せず、スイスなどのように自立性の高いコミュニティが形成されていない地域として、ガバナンスの強化に取り組むことで、持続可能性を高めようとしている点も、日本と重なるだろう。これは、同時に日本の観光政策が抱えるのと同様の問題を生じさせることにも繋がっている。例えば、バルセロナは、オーバーツーリズム問題が喧伝されている地域であるが、個人的には、観光客が生じさせる圧は、京都市の方が大きく感じる。それにもかかわらず、バルセロナ観光が、国際的に注目されやすいのは、同地において政治的なイシューとなっていることで、関係する情報が発信されやすいという側面があるからだと感じた。現地でのヒアリングでも、日本でも報道されていた反観光を訴えるデモや、落書きの存在は事実であるものの、ごく一部での活動であるとのこと。実際、一週間の滞在中に、反観光落書きは数点しか見つけることはできなかった。むしろ、街中にあふれているのは、パレスチナ問題を非難する落書きであり、特に、米国系のブランドを掲げる店舗は、激しい攻撃対象となっていた。
 もともと、スペインは、今でこそEUを構成する国であるが、1931年に王政から共和制へ移行したものの、激しいスペイン内戦が発生。その後、フランコ独裁体制が1939年に確立され、1975年まで続いたが、その崩壊から10年後となる1986年にはEC(現在のEU)に参加、1992年にはバルセロナ・オリンピックを開催するなど、急速に民主化の道を進んだという歴史を持つ。2004年には社会労働党が政権をとり、富の公平な再分配、機会の平等、社会的弱者の保護を重視し、経済活動に対する国家による一定の関与を是とする社会民主主義政策が取られているが、EU加盟国の中でも国民1人あたりのGDPは低い国となっている。観光需要は相対的な経済力の差で動きやすい。これは観光集客の点では有利であるが、観光振興に成功するほど、特集4‐2で整理したジェントリフィケーション問題を生じさせやすい。これは、社会民主主義の価値観とは相容れず、特集4‐1で整理したような行政主体による制御が試みられることになる。バルセロナ市が属するカタルーニャ州は、スペインからの独立話が度々出てくる地域でもあり、アイデンティティへの関心も高いことも、こうした取り組みを強化することに繋がっているのだろう。
 欧州の一国ではあるが、アメリカやスイスなどとは異なる観光との関わりが存在しており、欧米と一括りにはできないことを認識しておくべきだろう。
 特集3のタイは、アジアの主要国の一つであり、観光に関しては20世紀の後半から、積極的に進めてきた観光先進国でもある。タイは、中央集権国家であり、観光は、国が主体となって外貨獲得、経済開発を念頭に置いた政策として展開してきた。その体制については、特集3‐2で整理しているが、まだこれほど観光が注目されていない時代から、中央政府が交通整備や地域開発を含めて強力にデスティネーション開発を行うことで成長し、世界的なデスティネーションとなった。タイ以外の東南アジア諸国でも、少なからず観光に取り組んでいるが、その中でも最も成功したと言って良い成果をあげたのは、この強力な体制があるからだろう。
 観光地ブランドの確立に成功したタイが、現在、観光消費を地域経済へ波及させるための施策が取られていることも特筆できる。これは、観光資本の国際化が進んだ現在、観光客数や消費額が増えれば、地域経済が伸長するわけではないことを示しているからだ。
『観光文化267号』でも整理したように「高付加価値」は、日本でもキーワードとなりつつあるが、単に高単価の商品をつくるだけでなく、そこで生まれた消費効果を域内で循環させられることを念頭においた取り組みが必要となっている。特集3‐4でとりあげた事例も、この文脈上の一つの例であるが、こうした地域レベルの取り組みにおいても国の機関が直接的に関与しているのがタイらしい。いずれにしても、マクロ経済的な経済波及効果ではなく、地域で実感できる経済効果にフォーカスしていることは、我が国においても参考とすべき点だろう。
 また、特集3‐1で示したように、外貨獲得という点で、インバウンド主体であった観光政策が、国民の観光需要にも広げられている点も注目される。これは、タイが経済成長を果たし、国民も観光を楽しむようになったという背景があるが、これを分散させることで、インバウンド需要との補完関係をつくっていこうとしている。観光需要の制御、分散化は我が国でも課題となっているが、人々は自身の価値観で旅行タイミングや旅行先を検討するため、ある意味、需要喚起よりも難しい取り組みといえる。そのため、この取り組みの成否を見通すことはできないが、同じ課題を抱える我々としても、引き続き注視すべき取り組みだろう。

3年間を俯瞰して

 最後に、3年間を俯瞰した雑感をまとめておこう。
 パンデミック後、世界的に観光需要は復興したが、世界的な物価上昇に、政情不安が重なり、決して恵まれた環境ではなかった。それにもかかわらず、国内を含めて、パンデミック前の水準を超えるところまで需要を再獲得できたことは、人々の観光に対する需要の強さを感じさせるものである。
 一方で、国際観光が増大することは、新たな問題を生じさせている。オーバーツーリズム、ジェントリフィケーションと称されるものが、その好例であるが、人材不足や地球温暖化問題といった課題も横たわっている。注目されるのは、国や地域が変わっても、生じている事象にはさほど大きな差は無いということだ。ここで挙げたような事象は、注目されているデスティネーションでは、少なからず生じている。
国際観光需要を増大させているのが、アジアを中心とした新興国であり、いわば、「原因」は同種の需要であることを考えれば、そこから生じる問題や課題も同様なものとなるということは、当然の帰結でもある。
 ただ、問題や課題が同様であるから、そこへの解決策も同じかといえば、違う。
 例えば、今回、欧州でオーバーツーリズムとされるアムステルダム、ベネチア、そして、バルセロナを訪問したが、それぞれ、対応策は違っている。
アムステルダムは、風紀上の乱れや団体客での行動を抑制しつつ、できるだけ市内全域に観光客を誘導していこうという取り組みを展開している。一方、ベネチアは限られた市域の中で、交通手段(水上バス)を観光客と住民で分離したり、集中が予想される日には入域税を設定し混雑状況を見える化したりといった対策をとっている。いずれも共通しているのは、「自分たちは人気のデスティネーションだから、国際的な観光需要が増えれば観光客は増えるよね」という認識である。これら地域でもジェントリフィケーションは生じていて、これを避けるために宿泊施設の立地規制強化を実施しているが、結果として、外縁部に宿泊需要が移り、日帰り客が増大することで、交通負荷が上がるという経験(ウォーターベッド現象と呼んでいた)を踏まえ、現在では、量の抑制ではなく、分散化に舵を切っている。これに対し、バルセロナは、民泊を含む宿泊施設の規制強化を行うことにこだわりを示している。
バルセロナでも、宿泊施設の立地規制によって、他都市同様に宿泊拠点が外縁化する傾向が見られているにもかかわらず、強力な民泊規制を行うのは、市街地での住宅価格高騰を問題視しているためである。安さが誘客魅力の一つであったものが、ジェントリフィケーションによって、不動産価格などに跳ね返ることで、観光活動自体を忌避する方向に進んでいるように感じる。オーバーツーリズムとは喧伝されていないものの、パンデミック後に、レスポンシブル・ツーリズム、リジェネラティブ・ツーリズムを掲げたハワイ州も、同様の構造にある。
 一方で、アメリカ本土のラスベガスや、ナパバレー、またはスイス/オーストリアでは、そもそもオーバーツーリズムといった概念が希薄であり、ジェントリフィケーションのような問題もほとんど聞くことが無い。いずれも、ホスピタリティ産業による地域振興を行うという明確な政策的意思決定がなされており、コミュニティ(住人)も、それを了承し、共創的な関係にあるからだろう。地域カラーが明確なため、それが嫌な人は、そもそも居住してこないという側面もある。
 他方、国が観光政策を主導している国ではどうか。タイは、中央集権的な体制で、競争力の高いデスティネーションを形成することに成功した。また、オーストラリアも、外貨獲得のためにゴールドコーストや(本事業での視察対象ではないが)ケアンズなどを開発したことが起点であるし、ニュージーランドも、よりアクセスに難のある南島のデスティネーション化に成功している。いずれも、中央政府が主導することで、一地域ではできないレベルの観光「開発」を実現している。資金負担だけでなく、各種インフラ整備や、各種許認可権限を有している中央政府ならではの強みだろう。観光用に強力にデザインされるため、ラスベガスなどと同様に、観光振興が当然と考えるコミュニティが形成されやすいのも特徴であろう。
 一方で、その後の運用まで中央政府が関わり続けることには難しさもある。タイは、継続して支援を進めているが、オーストラリアでは州レベルが運用の主体となってきていることに加え、経済力が上がってきたことで、外貨獲得のための観光地開発という政策そのもののプライオリティが低下している。結果として、中央政府の関心は都市へとシフトしており、リゾート地域では古さが目立つようになってきている。ニュージーランドに至っては、南島の拠点都市であるクライスト・チャーチは、2011年の地震から、未だに復興できていない。これは、短期間で、津波被害からプーケットを復興させたタイとの大きな違いである。
 すなわち、中央政府主導による観光振興は、強力ではあるが、中央政府としての政策の方向性が変化してしまうと、地域としては、いわば、はしごを外されたような状況となってしまうリスクがある。
 これらは、観光政策の立案権がどこ(中央政府か地方政府か)にあるのか、また、その政府(議会)が、どういった価値観を重視しており、どういった政策を展開しているのか。その中で、観光はどのように位置づけられているのか、といった要素によって、施策は選択されているということを示している。我々は、実際に展開されている施策に注目しがちであるが、その施策が、どのような価値観、意思決定プロセスを通じて導出されたものなのかを全体のシステムとして理解しなければ、その施策の本当の意味を理解することはできないし、我が国での参考事例とすることもできないということは認識しておきたい。端的に言えば、海外での施策事例を単純にコピーしても、背景となるシステムが異なる日本では、機能しがたいということだ。
 海外事例に学ぶことは、我々の視野、選択肢を増やし、より合理的な意思決定を実現していく上で重要であるが、それを参考とした施策を展開するには、日本と海外のシステムの違いを踏まえ、適切に翻訳し、適用する必要があるということは認識しておきたい。
 そのためには、より深く、視察地域を理解することが重要となるが、海外視察を実施する中で先方から指摘されることがあるのは「また、日本から来たの?」ということである。この3年間の視察先でも、数カ所から、同様の指摘を受けている。
 当初は好意的に関心を共有してくれていても、何度も反復的に日本から来訪し、同じようなことを尋ねられれば、「自国内で共有していないの?」となるのは当然だろう。
 そもそも1時間程度のヒアリングで得られる情報は、極めて限定的である。
通訳を介する場合は、事実上、30分程度しか中身はない。そのため、ネットなどで得られる情報については、事前にしっかりと収集しておくことは当然だし、可能な限り政治体制、組織体制についても把握し、それを踏まえた質疑を実施することが求められる。百聞は一見にしかずであり、現地を見て、経験することは重要である。しかしながら、ヒアリング先にも負荷をかけていることを認識し、先方の誠意に応えられるよう相応の対応を取れるようにしていくことも必要だろう。
 当財団の3年間の成果も、そうした視察時の参考情報としてほしい。

来年度以降の展開について

 3年間続けてきた組織的な海外視察であるが、来年度からは、特定の研究テーマを先に設定し、そこに対応する視察先に赴く比重を増やす予定である。
 これに伴い、当財団では、新たなテーマを設定した研究会を設置し、運用していく予定である。今後の研究調査活動にも注目いただければ幸いである。