❶阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社/NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構
「阿寒が持っているものは世界に負けていない」
「国際リゾート」の実現は、
NPOと株式会社の両輪で担う

1 2019年7月、
阿寒湖の森
ナイトウォーク
KAMUY
LUMINA
(カムイルミナ)
がスタート

2019年7月4日、阿寒観光汽船の遊覧船乗り場に設けられた「KAMUY LUMINA(カムイルミナ)」の入場口で、アイヌ民族の神事「カム
イノミ」による、本事業の安全・成功祈願とオープニングセレモニーが開催された。この日は、阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社代表取締役社長大西雅之氏、阿寒アイヌ工芸協同組合代表理事 西田正男氏、釧路市長 蛯名大也氏をはじめ、カムイルミナの実現
に向けて支援・連携してきた阿寒湖温泉内外の関係者150人が集まった。
カナダ・モントリオールから制作を手掛けたMoment Factory社CEOドミニク・オーディット氏も駆け付けた。
「阿寒湖の森ナイトウォーク KAMUY LUMINA(以下カムイルミナ)」は、阿寒湖畔の夜の森を、約1時間かけて歩く体験型エンターティン
メント。参加者は、アイヌの杖をモチーフに作られた「リズムスティック」を手に、デジタル画像で現れるアイヌの村の守り神「コタンコロカムイ(フクロウ)」やカムイの世界にメッセージを届ける「カケス」とともに、真っ暗な夜の森を冒険しながら、自然を敬い感謝し、共存してきたアイヌ民族が大切にする世界観「自然との共生の大切さ」を体験する。

大西雅之氏とドミニク氏の出会いをきっかけに始まったこのプロジェクトは、様々な課題を乗り越えながら3年を経て実現に至った。このプロジェクトを担ったのが、阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社である。

 

2 「稼げる観光地域づくり」に向けて、NPOと株式会社の両輪体制を構築
阿寒湖温泉は、2004年に阿寒観光協会と阿寒湖温泉まちづくり協議会が合併する形でNPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構(以下、阿寒観光協会)を設立した。同組織を中心に、行政、観光関係事業者、商店街、アイヌ工芸協同組合、阿寒湖漁協、前田一歩園財団といった阿寒湖温泉の関係者が議論をしながら一歩一歩観光地域づくりを進めてきた。
そうした取り組みが先進地として評価されたこともあり、阿寒湖温泉は「観光立国ショーケース(2016年〜)」と「国立公園満喫プロジェクト(2016年〜)」という2つの国のプロジェクトの対象地となった。わが国を代表する観光地、国立公園の宿泊拠点として、訪日外国人旅行者を重点とした取り組みを、これまで以上に強力に推進することとなったのである。
阿寒湖温泉では、こうしたプロジェクトを強力に推進するために、訪日外国人旅行者を引き付けるコンテンツの開発が必要であった。これまでの阿寒観光協会は、DMOとして観光地づくりのマネジメント・マーケティング機能、各種非営利事業、営利事業の一部を担ってきた。しかし、本格的な新たなコンテンツの開発やその運営を担うには、NPO法人である同組織では難しかった。そこで、収益を得て自立的・継続的に運営する仕組みとして、株式会社を新たに設立するという結論に至ったのである。
阿寒湖温泉は、DMOとしてNPO法人である阿寒観光協会まちづくり推進機構が観光地づくりの全体管理・非営利事業の推進等を担い、稼げる地域づくりに向けた収益事業の推進を株式会社が担うという両輪の体制を構築した。

3 株式会社の設立に向けた事業計画づくり、体制づくり、資金調達
阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社は、アドベンチャーツーリズム市場に適するコンテンツとして、「カムイルミナ」の実現と運営、さらにガイドツアーの開発と運営を担うことを設立の目的とした。
アドベンチャーツーリズムとは、「アクティビティ、自然、異文化体験の3要素のうち、2つ以上で構成される旅行(Adventure Travel Trade Associationによる定義)」を指し、その顧客像は地域の文化(異文化)にも強い関心を持ち、アクティビティ(ガイドツアーや体験等)を通じて文化と自然を楽しむといった特徴がある。
また、教育水準の高い富裕層の割合が高いとされ、長期の滞在を好む、アウトドアギア(用具、装備)にもこだわる等経済効果も高いとされる。欧州・北米・南米における市場規模は約49兆円という試算もあり、世界的にも注目の市場である。
阿寒湖温泉は、これまでもアドベンチャーツーリズム市場を、特に訪日外国人観光客市場の戦略市場と位置付け、コンテンツの開発や認知度向上に取り組んできた。他の観光地、特に道内の観光地と比べた阿寒湖温泉にしかない要素を、アイヌと共存してきた地域、アイヌの自然との共生の思想を伝える地域と捉え、「アイヌ文化に彩られた国際リゾート」をビジョンに掲げてきた。さらに、視察やモニターツアー、アドベンチャーツーリズムの世界大会への参加を通して、アイヌと連携したコンテンツ開発、阿寒特有の自然や共生の文化を体験するツアーの開発等に取り組み、手応えを得てきた。

そうした中で「カムイルミナ」とガイドツアーを具体化するための株式会社の検討が開始されたが、その設立には1年以上が費やされた。
「カムイルミナ」は、世界最高峰のマルチメディア・エンターテインメント・カンパニーで、世界遺産サグラダ・ファミリア等の実績を有するMoment Factory社が世界で展開する「その土地の文化と自然をもとに創り上げる『ルミナ・ナイトウォーク』シリーズ」のひとつでもある。
阿寒湖温泉では、観光協会を中心に宿泊施設や観光事業社の有志が、既に実績のあるカナダ・モントリオールの「FORESTA LUMINA(フォレスタルミナ)」や長崎県・伊王島「ISLAND LUMINA (アイランドルミナ)」を視察し、現場対応や費用についての説明をうけ、阿寒湖温泉での対象地やコース、ストーリーとデザイン等をMoment Factory社と何度も検討し、予算、要員等を組み立てた。ガイドツアーは、阿寒湖のマリモ保護活動を観光客にも体験してもらえるツアー、冬季の結氷した湖を徒歩で楽しむツアー、火山活動を体験するツアー等を試行した。
体制・要員については、当面は阿寒観光協会と兼任とし、観光協会の代表でもある大西氏が代表、観光協会の専務でもある山下晋一氏が取締役総務部長、そのもとにJTB、JALからの阿寒観光協会への出向者を配置した。
また、地元旅館の経営者の方々を非常勤取締役とし、宿泊施設との連携を高めてもいる。
事業計画については、金融機関の協力を得て、設計・デザイン、構築工事、必要機材、移動、要員、販売・プロモーション費用等の原価を算出し、催行人数、料金、想定客数、催行率を細かく設定したシミュレーションを繰り返し、事業として成立する計画を組み立てた。

こうして収益事業としての見通しを立てた次のステップは、出資者を募ることであった。
阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社の事業は、釧路市の支援や阿寒湖温泉の事業者からの出資だけでは成立する規模ではないことは、当初から想定されていた。そこで阿寒湖温泉が有している外部企業とのネットワークを中心に企業を訪問し、事業計画を説明しながら事業への賛同、出資をお願いして回ったのである。そこでは、具体的な事業計画とともに、地元の強い意志があったこと(先駆けて阿寒湖温泉の地元宿泊業者等が出資を決めていた)、環境省や釧路市の支援・協力を得ていたことが、出資者の賛同を得るのに効果が大きかった。ちなみに、出資に際しては議決権を有する株式比率の過半は地元阿寒湖温泉が有する設計としている。

 

4 国立公園における観光事業
事業計画、出資者の募集とともに、事業の実現と運営に大切なことが、自然環境に悪影響を与えないことであった。「カムイルミナ」は、環境省の「国立公園満喫プロジェクト」の目玉事業とも位置づけられ、環境省や林野庁、前田一歩園財団の協力のもと、阿寒湖畔の「ボッケ遊歩道」を舞台とした。特に前田一歩園財団は、明治期から独自に阿寒湖の森を守り続けてきた財団である。その貴重な森の活用は、同財団の掲げる「自然保護による阿寒観光の永久の発展」に応える必要があった。自然環境に配慮したプログラム作りを進めるため、事前に環境アセスメントを実施し、貴重な動植物への影響がない計画を構築した。また、「ボッケ遊歩道」は日中にも多くの観光客が自然散策を楽しむ重要な阿寒湖温泉のコンテンツであり、コース上からプロジェクター等の人工物が目に入らないよう、機材のカモフラージュや日中の撤去等も行っている。
事業の収益の一部は、環境保護活動、アイヌ文化振興に寄付され、森と湖の保全やアイヌ文化の発展に活用される。
Moment Factory社CEOドミニク・オーディット氏はオープニングセレモニーの中で、「制作にあたっては、国立公園内の規制やルールに対応し自然環境に配慮すべく、様々な挑戦を重ねました。アイヌ文化とのコラボレーションという点では、どうすればこの素晴らしいアイヌの文化と『自然との共生』というテーマが皆さまに伝わるか、阿寒アイヌの方々と何度も何度もディスカッションしながら創り上げました。アイヌの方々に心から感謝申し上げます」と述べている。
自然環境への配慮は、国立公園の観光地ならではの課題ではあった。しかし、カムイルミナが伝えたい物語にとっても、阿寒摩周国立公園に位置する阿寒湖温泉のブランドにとっても、自然と共生する観光事業として成立させることは、大変重要なテーマであった。

5 阿寒湖温泉の活性化に向けて、株式会社が果たす役割
2019年度の「カムイルミナ」は11月中旬に無事終了した。
来場者は、開始直後の7月中旬までは周知不足もあってか想定を下回ったものの、7月下旬から急増し、8月にはほぼ完売の1日695人の来場を記録した日もあった。9月以降も安定した集客を続け、最終的には入場者3万4160人、そのうち外国人観光客が2割という初年度であった。また、既に次年度の教育旅行の予約が舞い込む等、大きな手応えもあった。
阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社が得た成果は、「カムイルミナ」の入場者数だけでない。会場に近いまりもの里商店街では、地元のザリガニ等を使ったバーガーショップやカフェがオープンした。「カムイルミナ」のグッズ販売も開始された。何より、夜間の人の流れが生まれた。宿泊客も2019年度上半期は対前年に比べ7%増えた。運営スタッフとしての雇用も生まれた。
こうした阿寒湖温泉の活性化につながる成果を生み出したのが、阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社なのである。
「阿寒が持っているものは世界に負けていない。将来にわたり評価される観光地でありたい」と大西社長は語る。
自然との共生というアイヌ民族と阿寒湖温泉の思いを伝えるコンテンツ、それを体験した多くの観光客の評価、阿寒湖温泉の活性化につながったという手応えは、阿寒湖温泉にとって、また初年度を終えた阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社にとって、何にも代えがたい収穫であり、大きな自信につながったのではないだろうか。
阿寒湖温泉には、これから取り組まなければならない課題も少なくない。アドベンチャーツーリズム市場向けのガイドツアーの開発、アイヌコタンでスタートしたデジタルアートとアイヌ古式舞踊が融合した作品「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」との連携、宿泊施設・商店街との連携、外国語対応の強化などが課題としてあげられる。また阿寒湖温泉の観光地域づくりを担ってきた人材の世代交代についての議論も始まっている。
こうした課題に対して、これからも阿寒湖温泉は、NPO法人と株式会社の両輪の実施体制のもと、一丸となって一歩一歩前に進んでいく。
取材・文:観光経済研究部 中野文彦

※ⅰ「日本再興戦略 改訂2015」に基づき、多くの外国人旅行者に選ばれる、観光立国を体現する観光地域を作り、
訪日外国人旅行者を地方へ誘客するモデルケースを形成しようとするもの。全国で北海道釧路市、石川県金沢市、
長崎市の3都市のみ選定された。

※ⅱ「明日の日本を支える観光ビジョン(2016年)」に基づき世界水準の「ナショナルパーク」の実現に向け、国立公園
の保護と利用の好循環により、優れた自然を守り地域活性化を図る8つの国立公園を選定した。

●北海道釧路市阿寒湖温泉プロフィール
人口………………………1272人(2019年1月1日現在)
面積………………………1k㎡(阿寒湖畔集団施設地区面積)
年間延入込客数…………161万人
年間延宿泊客数…………59万人
年間延外国人宿泊客数…12万人泊
※出典:2018年度(平成30年度)釧路市観光入込客数調査結果

●阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社の概要
代表者……………………大西雅之
資本金……………………450万円(純資産4億円)
設立………………………2018年4月2日
所在地……………………〒085-0467 北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉2-6-20
事業内容…………………エンターテインメント・コンテンツの開発・運営(チケット販売、
グッズ販売、その他地域企業や商店街と連携した事業等)、
アドベンチャーツーリズムコンテンツ開発・商品化・販売
株主………………………阿寒湖温泉旅館出資組合、JTB、
阿寒観光協会まちづくり推進機構、日本航空、
日本政策投資銀行、北洋銀行、北海道銀行等

〈取材協力〉
NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構・専務理事
(阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社・取締役総務部長) 山下晋一氏