観光を学ぶということ

ゼミを通して見る大学の今

第24回 金沢星稜大学 経済学部

石川ゼミ

イベント等の企画・運営を通して、地域を理解する


石川美澄(いしかわ・みすみ)
金沢星稜大学経済学部地域システム学科教授。和歌山県紀の川市出身。阪南大学卒業後、クラブツーリズム株式会社に勤務。退職後、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院に進み博士前期課程修了、博士後期課程単位修得退学。博士(観光学)。共栄大学専任講師を経て、2018年度に金沢星稜大学経済学部経営学科へ着任、2024年度より現職。研究テーマは観光と交流、場づくり。著書に『北陸から地域を考える』(共編著、金沢星稜大学学会、2025年3月)。

観光地・金沢と大学

 本学は、JR金沢駅から約4㎞の位置にあり、観光客で賑わう兼六園や近江町市場、ひがし茶屋街へは車で15分圏内であることから、観光を学ぶという意味では恵まれた環境にあります。3学部のうち、経済学部は経済・経営・地域システムの3学科で構成されています。このうち、地域システム学科は2024年度に新設された学科であり、原稿執筆時点では教養ゼミナール(1年生)のみ開講されています。そのため、本稿でご紹介する石川ゼミの活動は、経済・経営学科の学生とともに学んでいる内容となります。なお、本学部には観光学基礎や観光まちづくり論、観光事業論等の授業科目はありますが、観光コースや観光専攻という仕組みはありません。
 専門的な学びという意味でのゼミナールは、2年生から始まります。基礎専門ゼミナール(2年生、以下2年ゼミ)は学科毎に開講され、学生は自身が在籍する学科のゼミで学びますが、専門ゼミナール(3〜4年生、以下専門ゼミ)では原則学科の別に関係なく、経済学部の30以上ある専門ゼミから希望するゼミを選択できます(希望者多数の場合は選考有)。例えば、筆者の2024年度の2年ゼミは経営学科の学生が20名、専門ゼミ3年は同15名、専門ゼミ4年は経済・経営の両学科の学生が混在し13名が在籍していました。
 つまり、2年ゼミで指導した学生がそのまま専門ゼミへと移行するわけではなく、石川ゼミで1年間学んだ学生もいれば、法学や会計、マーケティング系のゼミで身につけた知識・スキルをもって専門ゼミ段階から石川ゼミで学び始める学生もいます。筆者自身は、年々開始時期が早まる就職活動等の影響もあり、「2年生で身につけた基本的な知識や調査の作法、現地調査体験を基に、専門ゼミで学びを深めてほしい」という希望を抱いていますが、専門ゼミに移行する段階で残り2年間も石川ゼミで学ぼうと希望する学生は例年3〜5割程度です。

「よきイベント屋」になるために

「イベント屋」と聞くと、よい印象を持たれない方もいらっしゃるかもしれません。その背景には、持続可能な観光ならびに地域づくりにおいて、〝単発型のイベントを行うことはよろしくない〞という印象があるからではないでしょうか。筆者自身もそのような考えでいましたが、最近は「単発型を含むイベントは、観光を学ぶ学生にとって最適な題材の1つかもしれない」、「地域課題の改善策をまとめ、発表するだけでなく、それをどう実現するか、まずはやってみることも重要だろう」と思い直しています。
 イベントを含むMICE業界には、プロジェクトマネジャーやイベントプランナー、ミーティングプランナー等の様々な職務があるようです。MICEが指す範囲は広いですが、それを企画・運営する能力や人材は業界や職種を問わず、社会の様々な面で必要です。また、誰に向けて、何のために、どのように1つのイベントを企画・実施するかを考える過程で、住民・事業者の方々との対話から開催地域の歴史や文化など、多くのことを学べます。
 ここからは、2024年度の活動をもとに、「よきイベント屋」になるための学びの一部を紹介します。

(1) 高大連携による観光実践プロジェクト

 2年ゼミのテーマは「観光現象を多角的に学ぶ」であり、観光客や観光事業者、行政、住民等の様々な主体や視点から観光という現象を考えます。2年生の段階では、課題探求型授業等でよく使われる「地域の課題を発見し、その改善策を提案する」というフレーズの前半部分にはまだ重きを置いておらず、教員から「地域の課題」の大枠を提示するようにしています。2024年度は、教員から南加賀地域の農業や宿泊業の人手不足等の地域課題を提示し、学生はそれぞれの背景や実態を調査することで、地域社会や業界の構造的な問題をより深く理解しました。また、ツアー商品造成を通してそれらの課題改善に迫ることに挑戦しました。
 2024年度は、これらの活動を石川県立金沢商業高等学校観光サービスコース(以下、金商高校)と連携しながら実施しました。金商高校での初顔合わせや調査の進捗報告、南加賀地域での合同フィールドワーク等を行いながら、10月には親子向けの日帰りモニターツアーを実施しました。高校との連携は、筆者自身初めての取り組みであり、互いの活動時間がなかなか合わせられなかったり、予算管理等が大変だったりと苦労した部分もありました。ただ学生からは「高校生の積極性に非常に刺激を受けた」、「活動とは関係ないけれど、高校生から大学での学びについて聞かれて、改めて自分の大学生活について考えた」という意見が聞かれました。また、金商高校の生徒からは、「大学生との意見交換を通じて、自分たちでは気づけなかった視点やアイデアを得ることができた」、「大学生から将来についての話を聞いて、自分の進路について改めて考えるきっかけになった」という感想もあり、互いに学びの多い活動となりました。

(2) 津幡町河合谷地域活性化プロジェクト

 2023年度から開始し、2年目の活動となる本プロジェクトの舞台は、人口減少と高齢化が著しい石川県津幡町の河合谷地域(かわいだに)です。この地域には、木窪大滝(きのくぼおおたき)という観光名所がありますが、夏以外の時期に近隣住民や旅行者が同地域を訪れる機会は多くありません。そこで、地域の賑わい創出を目的に「オータムフェスティバル」を企画・実施しています。
 学生の多くは石川県出身ですが、ほとんどの学生は河合谷地域の存在を知りません。ゼミ活動を通じて、地域の地理的特徴やかつて「禁酒村」と呼ばれていた歴史を知るとともに、住民の方々との交流を通じて、イベントを開催する意義や具体的な内容を検討します。自分たちが企画するイベントだけでなく、河合谷公民館主催の子ども向け交流会やワークショップ等にも積極的に参加することで、地域の子どもたちと顔見知りになったり、地域資源の活用方法を学んだりします。
 2年目となった2024年度は、公民館の方々と教員、そして一部の学生は前年も経験しているため、イベントの準備等は比較的円滑に進みました。学生たちは、前年度は組み入れなかった地域の歴史からヒントを得た禁酒ドリンク(ジュース)の考案や、地元飲食店への出店協力依頼等を行い、よりよいイベントを目指して奮闘していました。
 「観光を学んでいるのか」と問われると答えに窮する場面もありますが、学生が見知らぬ他者である住民の方々と接点を持ち、両者が居合わせたり交流したりする様子は、観光客と地域あるいは観光客と地域住民との関係にも通ずる部分があります。学生自身が観光客という立場から地域の魅力を言語化しソーシャルメディア等で情報発信を行ったり、よそ者として地域課題の改善に貢献できるようなイベントを企画し実行したりすることは、現代社会における地域と観光のあり方を学ぶことにつながっていると考えています。

3年次研修

 本学部では、本格的な卒業研究を始める前に合宿形式の3年次研修(ゼミ旅行)を取り入れています。教員主導で研修地域や研修内容を決めるゼミもあれば、学生主導のゼミもあります。石川ゼミの場合は、教員・学生が複数の候補を提示し、そこから学生が1案に絞り込みます。石川県や富山県といった近場は学生には「不人気」であり、ここ数年は岐阜や京都、長野といった北陸脱出タイプのゼミ旅行となっています。

 2024年度は、白馬村と長野市を訪れ、スキーリゾートのグリーンシーズンの活用や善光寺界隈のリノベーションの動きをテーマに、1泊2日のゼミ旅行を実施しました。事前に複数の論文を読んだ上で、経営者や施設スタッフの方々からお話を伺います。長野市で訪れたギャラリーや店舗等の運営に、自分たちと同じ大学生がまちづくりの視点から関わっていることにも気づきます。このような体験を通して、卒業研究のテーマや対象について改めて考えます。

正課と正課外の活動をつなげるには

 石川ゼミは、正課(授業)と正課外(地域貢献活動等)という2軸を併走させることが多いゼミです。前者には当然ながら出欠管理や課題提出、成績評価等がありますが、後者は空き時間や土日・長期休暇を利用し実施する自主的かつ自律的な活動です。また、後者の活動では本学独自の地域貢献活動補助費を使用することもできますが、正課では使用できません。教育制度や資金管理等の観点からは、正課と正課外という2つの活動を切り離すことが求められます。筆者としては両者を有機的につなげるためにはどうしたらよいか、毎年悩みながらゼミを運営しています。今のところ、輪読や下調べ、調査準備・分析等は正課として実施し、住民や行政の方々との意見交換やイベント・ツアーの準備・実施等は正課外の活動として展開しています。

学生有志による地域貢献活動

 2023年初夏、能登の食文化や食材を通じて能登の魅力をアピールすることを目的に、石川ゼミ有志9名が学生団体「のとプロ」を結成しました。能登愛にあふれる1人の学生の一言から始まった本活動をここで紹介させてください。なお、本活動は前述したような正課とのつながりはありません。
 のとプロは、前述した目的を掲げ、Instagram からつながったNPO法人「チーム能登喰いしん坊」に協力を打診し、快諾いただいて以降、食イベントのサポートや能登の食資源の認知度調査等を実施し、新たな商品開発に向けて地元事業者へのヒアリングを実施することになっていました。しかし令和6年能登半島地震が発生、ヒアリングや新商品開発の動きも中止せざるを得なくなり、その後の活動は道の駅での募金活動や復興支援イベントでのボランティアに切り替わっていきました。2024年12月には奥能登地域の穴水町で、親子向けのクリスマスイベントを開催しました。用意された会場でのボランティアではなく、自分たちで会場手配、地元のケーキ店や保育園への協力依頼等を行いました。震災前から何度も能登を訪れていた学生たちは、被災地の実態をつぶさに目の当たりにするとともに、地域の方々との交流や交渉、対話を通じて、よきイベント運営者、能登のよき理解者となっていきました。なお、石川ゼミの学生に限定していた本活動は、2025年度からは本学の在学生に間口を広げながら活動を継続します。

卒業研究

 石川ゼミの学生が卒業研究に着手する時期は、他のゼミに比べると大変遅いと思います。例年3年生の12月から卒業研究の導入的な講義を行い、先行研究を探して読んだり、研究の問いを考えたりし始めます。2月には卒業研究の構想を口頭発表する「3年次発表会」が設けられ、ゼミの教員以外からも助言や指摘を受けます。その後、大半の学生は就職活動に多くの時間を使うこととなり、卒業研究のめの調査等を行うのは4年生の夏頃からとなります。
 石川ゼミとしては、冒頭で述べた金沢という地の利をまだ活かしきれていませんが、卒業研究では金沢を調査対象とした研究も多く見られます。一例を挙げると、「クルーズ観光における寄港地の役割に関する考察:金沢市を事例に」、「コンテンツツーリズムにおける祭事・イベント運営に関する現状と課題:石川県金沢市の『湯涌ぼんぼり祭り』を事例に」等があります。学生は、行政や事業者、観光客の方々に協力いただきながら、ヒアリング調査を行うなどして卒業研究報告書を完成させ、卒業していきます。
 このようなゼミ活動を経験した学生の1〜2割はいわゆる観光業界に、残りの学生は製造業や小売業、行政等に就職し、新たな活動の場へと身を移します。いずれにしても、「よきイベント屋」として試行錯誤した体験や思考、フィールドワークや卒業研究の過程で見聞きした物事は、卒業後も何らかのかたちで活用できます。たとえすぐには使わない知識・スキルだとしても、いつかその引出しを開ける瞬間があると信じて、筆者はまた新しい学生たちとともに学ぶのです。