最近、観光に関する地域・産業・行政・政策におけるデータ活用についての講演・講座・メディア出演などの依頼が多くあり、本号の特集に関係する課題をそれなりに深く考えてきた。観光客の動態について、同分野の研究者よりは多くのビッグデータプラットフォームに直接触れてきた。
 筆者がモバイル端末に搭載されたGPSから得られる位置情報のビッグデータを使用し始めたのは確か2014年頃からである。観光は一人あたり年に数回しか発生しない低頻度の現象である。位置情報を取得するアプリの数や利用者数も今より少ない状況であったことと併せて、当時は「全然ビッグでない」データであった。それなりの授業料を払ってデータを調達したが、最初の5年くらいは、それらを使用した研究はほとんど査読付き論文に結びつかなかった記憶がある。しかし、しつこく調達して情報発信を続けるとともに、日本観光振興協会に非常勤職員として参加するようになってから業界での認知が拡がり、ありがたいことにこの5年程度で多くの位置や検索のビッグデータプラットフォームにアクセスできるようになった。その結果、それぞれのデータの癖や限界をかなり理解できるようになった。
打率は決して高くないが、査読付き論文もいくつか出せるようになった。やはり「継続は力なり」である。
 コロナ禍で注目を浴びたことを契機に、位置情報のビッグデータがかなり流通するようになり、それらを縦横無尽に組み合わせて独自の分析プラットフォームサービスを提供する企業が増えてきた。ベンチャー企業も少なくない彼らのひたむきな努力には頭が下がるし、観光分野におけるデータ活用の市民権獲得に大きく貢献してもらっていることにも感謝している。一方で、様々なデータの加工を通じて、データそのもののブラックボックス化が進行し、BIツールなどで提供されるデータの値についての信頼度評価が難しい状況(例えば統計で言うところの誤差率のような指標がない)であることはゆゆしき問題と思っている。そして、観光入込客数が少ない地域では、各アプリで取得される位置情報数は概して非常に少なく、本当はあったはずの入込が計測されない場合が多いことを、特に地域のDMO関係者は理解しなければならないが、データプラットフォーム運営企業にとっては営業戦略上、これらのことを積極的にPRできないジレンマを抱えているだろう。
 筆者のもともとの専門分野である交通学では、2000年前後に交通の流れを可視化する交通シミュレーションの研究開発が大学や民間企業で盛んに行われ、多くのシステムが登場した。構造・信号制御改良や沿道の大規模施設開発事業が道路交通流に及ぼす影響を事前に把握し、必要な対策を検討することがシステムの意義であるが、それぞれでは車両の挙動がどのようなメカニズムで記述されているのかがブラックボックスになっていた。そこで関連学会では、分析用標準データセットを整備して各システムの特徴を客観的に理解する「クリアリングハウス」活動を実施し、どの事業の評価にどのシステムが優れているかについての共通理解が拡がった。
 筆者は、観光のデータプラットフォームでも、関連学会が主導してクリアリングハウスのような活動を形成できないかと考えている。DMOの集客レベルや課題に基づき適切なデータプラットフォームを推奨する。一方で、データプラットフォーム運営企業のビジネスは健全に発展させる。
こんな一挙両得の状況をどのように作り出すことができるか、そして、データ分析に通じた研究者をいかに地域観光戦略策定の現場に送り出せるかが、筆者の意識する今後数年間の課題である。