特集③ 宿泊・回遊データの最前線、観光客の足跡を語る

事業者の事例
❶観光における位置情報利用の課題と未来
○株式会社ドコモ・インサイトマーケティング
○株式会社ナビタイムジャパン

❷戦略的観光地マネジメントにおけるデータ活用と地域連携の可能性
○株式会社JTB
○株式会社オープントーン

GPSや通信システムによる動態データの観光活用や、宿泊者の属性情報などを地域全体で収集・利活用する取り組みが各地で広がりを見せている。これらのデータは、観光客の回遊状況や滞在傾向を可視化し、課題の把握やマーケティング施策の最適化に大きく貢献する。関係者間でのデータ共有や分析体制の整備が進むことで、より戦略的かつ持続可能な観光地経営が実現しつつある。こうした実践は、データドリブンな地域づくりの可能性を力強く示している。今回は、こうした取り組みを先進的に進める4社に話を伺った。

座談会①
観光における位置情報利用の課題と未来

スマートフォンのGPS位置情報や携帯電話基地局の運用データ、
Wi‒Fiなどを通じて人々の移動や滞在に関する現象を収集・分析し、
人の流れを数値化した人流データは、
まちづくりや観光、交通、防災などさまざまな分野で活用されている。
地域課題の解決に寄与するものとして期待される一方で、
取り扱いの難しさなど、
活用時のハードルが高いと感じているユーザーも多い。
観光において人流データを収集し、
活用するうえでの課題と可能性とは何か。
観光客の動態をデータ化し、活用を進める2社に話を伺った。

頭を悩ませたのは技術よりも法律と倫理

蛯澤 それぞれ観光地域などで人流データを提供し、課題解決に取り組まれていますが、サービスを立ち上げた経緯とサービスの概要につきましてご紹介をお願いします。
鈴木 私たちが提供していますのは「モバイル空間統計」といいまして、ドコモの携帯電話ネットワークの仕組みをもとにして、位置情報などのビッグデータを利用した人流データです。
 導入経緯でいいますと、かなりさかのぼって2008年。通信事業で生まれるビッグデータを、何かしら社会に役立てることができないかというところから着想しました。5年ほどかけて研究開発を進め、2013年の10月からサービスの提供を開始しました。日本人はもちろん、インバウンド観光客に関しても同じ基準で分析できるのが強みです。
蛯澤 ありがとうございます。ナビタイムジャパンさんもお願いいたします。
甲斐沼 私たちが取り扱う人流データは大きく分けて2つあります。まずナビタイムジャパンが提供している訪日外国人旅行客向けのナビゲーションアプリ「Japan Travel by NAVITIME」で得られるインバウンドデータ、そして「自転車NAVITIME」や「カーナビタイム」などの利用者から得られるプローブ(車流)データです。
 私たちは自社で提供しているサービスから取得したデータを活用し、分析サービスとして提供しています。複雑な処理をせずにセルフで訪日外国人旅行客の動態を分析できる「インバウンドプロファイラー」や「自転車プロファイラー」などのプロファイラーシリーズをはじめ、さまざまなサービスを展開しています。
蛯澤 ありがとうございます。それぞれ、人流データをサービス化するにあたってはご苦労もあったことと思います。そのあたりを教えていただけますでしょうか。
鈴木 先ほどの繰り返しになりますが、着想から実際のローンチまで5年かかっています。通常であれば、技術的な課題が解決できれば、サービスとしてローンチできると思うんですが、人流データの場合は技術的な課題以外のところが大変でした。
 まず前提として、位置情報をマネタイズしていいのか、ビジネスに活用していいのかという懸念がありました。技術もしっかりしています、法律もきちんとクリアしていますといっても、そもそも社会に受け入れてもらえるのかというところですね。それまでになかった新しいサービスを立ち上げるという意味で、そこが難しかったのと同時に、面白かった部分でもあります。
蛯澤 では、どちらかというと技術的な課題よりも、法的もしくは倫理的な部分をクリアするのに時間がかかったということなんですね。
鈴木 そうですね。とはいえ、もちろん技術的なハードルもありました。たとえば、現状では24時間365日、リアルタイムで人流データを得られますが、ローンチした2013年の時点では、データ推計に1〜2か月かかっていました。そうした技術的な課題もクリアしながら進めてまいりました。
甲斐沼 私たちも同じで、法的な部分には十二分に配慮をしています。位置情報は個人情報になりますから、そうならないようにラインを引き、提供できるデータの範囲で、サービスの品質レベルを高めることが最初の大きなハードルだったように思います。
 また、取得した位置情報をそのまま使えるわけではないので、ラインに即した品質レベルにするためのデータの精査も必要です。これは私たちが常々するべきことだと思いますし、腕の見せどころだとも思っています。

勘と経験頼みの観光施策を最適化

蛯澤 そうやって、技術的かつ法的、倫理的な課題をクリアして、サービスが提供できるようになったとき、今度は世の中に広めるために広報活動であったり、ユースケースをつくったりという活動が必要になると思います。
それが観光地域であった場合には、この新しいサービスを導入する意義をどのように意味づけ、伝えてこられたのでしょうか。
鈴木 地域の課題解決のために人流データを使う意義を端的にいうと、PDCAサイクル*1 を回せるということだと思っています。PDCAはいろいろな施策を立案するときに、強弱をつける意味でも役立ちますし、施策を立案しっぱなしにならないというのも大きいですね。
 特に地域の観光については、これまで勘と経験でまかなっていた部分も大きいと思いますが、それらも数字に基づいて判断できるようになります。計画段階のイメージどおりに人が増えているのか、周遊が活性化されているのかなどを見える化し、関わる人たちが同じ目線で評価ができる。これは、地域にとって非常に有意義なことだと思います。
甲斐沼 鈴木さんがおっしゃるように、勘や経験に頼っていた部分をデータで補完することはとても意義深いと思います。もちろん、勘や経験もとても重要ですが、どうしても局所的になりがちですし、結果としてPDCAサイクルを回すための組織が醸成されにくくなってしまいます。価値観をデータに置き換えて組織全体で共有することが、PDCAサイクルを回す原動力になると思います。
 また、これまでアンケートなどで得た局所的なデータや古いデータを、デジタルデータに置き換えることで、より普遍的で、俯瞰的なことが見えるようにもなります。視野が広がることで、いままで何となく関係ないと思っていたところや、見えていなかったところも明らかになるでしょう。そのうえで優先順位をつけて、どこから、どのくらい手をつければいいのかを判断できますし、もしその優先順位が間違っていたとしても、その結果がデータとして現れるので、それをもとにまた改善することもできます。そうしてPDCAサイクルを回し、業務やプロセスをアップデートしていく。それがデータの活用に限らず、地域課題を解決するうえで重要であると思っています。

社会変化に応じて活用場面も拡大

蛯澤 お二人のお話をお聞きして、人の営みの延長線上にある観光では、データだけでは読み取れない部分もあり、勘や経験も必要だけれども、それだけに依存するのではなく、データを活用することで、経験と勘がより生きやすくなるということを感じました。
その結果、PDCAサイクルも回りやすくなり、日々の業務の改善、効率化につながっていくのだと思います。その点から考えて、人流データを活用することによって実際に地域課題を解決した具体例を教えていただけますでしょうか。
甲斐沼 自治体でいうと、「Japan Travel by NAVITIME」で得られたデータを観光向けのDMP*2 でご活用いただいて、私たちのデータをもとに、地域の観光をよくするための一次データとしたり、その地域がもっている他のデータと組み合わせたりしながら、自分たちの観光地域の状況を読み取っていただいていることが多いですね。

 地域という目線からは少し外れますが、私たちの場合は、実際に移動するためのサービスをもとに得られたデータということもあって、鉄道事業者からのお声がけが多いのが特徴といえるかもしれません。たとえば、どの路線で移動したかという分析は他社でも行っていますが、私たちは経路検索エンジンをもっているので、どの路線を使って移動したのかというところまで分析できます。自社以外の路線の動向を把握するのは難しい場合もあると思いますが、私たちは複数の路線を横断的にデータ取得・分析できますので、自分たちの路線を利用した人はどこから来て、その後どこに行ったのかということが分かるわけです。それをもとに分析することで、路線周辺の観光に対する取り組みや広告、観光商材の検討に役立てているという例が増えているように感じています。

蛯澤 つまり人流データだけではなく、経路検索機能を有していることで、GPSでは分からない移動手段を推定することができ、鉄道事業者からすると、その結果、他社の情報を得やすくなるということなんですね。
甲斐沼 そうですね。経路検索の技術を応用することで、使用した移動手段の路線を推定しているイメージです。補足しますと、検索データを使えば利用者のもともとの関心も分かりますし、たとえば2種類の経路があったときに、国籍の分析をかけると国籍による違いが分かります。その結果をもとに、それぞれに適した施策を考えることができるようになります。
鈴木 私どもから自治体での活用例を挙げるとすると、長崎市は「モバイル空間統計」を使って、日本人とインバウンド観光客を季節変動や居住地・国籍別の強弱などを定点的に追いながら、KPIとして設定しておられます。さらに、長崎市に観光に訪れた方が、市内のどこに足を運んでいるのかという分布分析や、市外のどこを周遊しているのかという移動分析も見ていただいています。また、インバウンド観光客でよく見られるのですが、長崎市に来た方は広島市にも行っているといったことも数字で分かりますので、地域間連携という意味でもご活用いただいています。
 あと最近の事例でいいますと、面的にきちんと数字がとれるという「モバイル空間統計」の特徴を生かして、宿泊税の分配という点でご活用いただく自治体も出始めていますね。
蛯澤 人流データの有用性が明らかになるにつれ、もともと想定していた使い方に加えて、社会変化に応じて新たな使われ方が生まれていると言えるかもしれませんね。
川村 そうした新たな使われ方を含め、この10年を振り返ってみての変化や進化してきた部分について教えていただけますでしょうか。
鈴木 私たちがサービスを開始したのは2013年ですから、今年で12年になります。人流データではなくビッグデータと言っていた最初の頃は、「ビッグデータって何?」と言われるような時代。そこから、最初のスモールサクセスをつくるのがとにかく大変でした。行政でも民間企業でも、スモールサクセスがあると次々に導入されるようになるのですが、最初の一歩が難しかったですね。
 でも12年経って、最近では人流データ、「モバイル空間統計」を理解してくださったうえで話ができるようになっていますから、人流データに対する期待感を含め、理解が進んでいることを感じています。

甲斐沼 人生の先輩であり、データの先輩でもある鈴木さんにお聞きしたいのですが、これまでいろいろな方たちとお仕事をなさってきた中で、できないところだけにフォーカスしてしまうという方もおられたと思います。そんなときに、どうやってデータの価値を提示してこられたのでしょうか。
鈴木 ありがとうございます。「モバイル空間統計」は携帯電話の基地局由来の人流データなので、単体の地理解像度でいうと125mグリッドで、これは必ず問われる部分です。たとえば、個店の方が「来店者数を知りたい」といっても、この解像度だと個々の商店の数字は分かりません。そこで私たちは、125mグリッドの数字を知ることによる個店への価値を訴求するようにしています。個店での来店者数と購入者数は大体同じと考えると、来店者数はPOS(販売時点情報管理)システムのデータなど、売り上げのデータで大体分かると思うんです。それに対して、「モバイル空間統計」では、売り上げデータでは分からない、周辺のいわゆるポテンシャルカスタマー(見込み客)に成り得る人数が分かります。例を挙げると、個店Aと個店Bはどちらも来店者数が100人で、売り上げも同じです。ただ、周辺を見ると、個店Aのあるエリアには1000人いて、個店Bのあるエリアには200人しかいない。それが分かると、1000人いるポテンシャルカスタマーにアプローチすることで、個店Aの売り上げを上げることができます。
 彼らも決して来店者数が知りたいわけじゃなくて、売り上げを上げるというのが本来の目標なんですよね。そうして、クライアントのニーズに対して、最適なユースケースを提案することで、私たちのデータの価値をお伝えしています。
甲斐沼 ありがとうございます。
鈴木 データだけでは100%の解答は出ませんからね。
甲斐沼 そうですね。どう活用するかということが大切だと思います。私たちもサービスの開始から10年くらい経っていますが、最近、人流データの活用場面が増えてきていると感じています。たとえばインバウンドでいうと、弊社の場合、いままでは情報収集のためにお問い合わせいただく方が多かったように思いますが、最近はインバウンドでこういう課題があるから、こういうことが分かるデータがほしいというように、かなり具体的な課題感をもったうえで、解決のために活用したいというお声をいただくケースが増えてきたと感じています。

川村 戦略の中に組み込むという意識をもって、データを活用したい方が増えてきているということなんですね。
甲斐沼 そうですね。実際に会社として、インバウンドに対する方針が定まってきており、その中でどのデータを使えばいいのかを試している方たちが多いですね。先行的に取り組まれた方たちは次の段階に進んでいますので、それを受けて自分たちもやらなくてはという空気感が出てきているように思います。

人流データはあくまでもツール

蛯澤 実際に人流データの活用への関心は高まっていまして、西日本を中心とする全国100自治体を対象に、株式会社地域創生Coデザイン研究所と、株式会社うるるが運営する「入札BPO」とが共同で行った「観光活性化の課題とデータ活用に関するアンケート調査」(調査期間:2025年1月17日〜2月14日)の結果によると、今後活用したいデータとして最も多くの自治体が挙げたのは「人流データ」でした。その割合は74%で
、続く「観光庁などのオープンデータ」( 51%)、「消費データ」( 48%)と比べると、ニーズが圧倒的に高いことが分かります。
 その一方で、データ活用における課題として、「データの分析手法」( 69%)、「データを活用した具体的な施策の立案」( 65%)、「データを活用するための人材」( 59%)などが挙がっており、活用に際しての根本的なところが課題となっていることもうかがえます。そんな中で、地域課題を解決に導く成功のポイント、有効なデータの活用法について教えていただけますでしょうか。

鈴木 そもそも人流データそのものは最終ゴールにはなり得ません。観光で活用するのであれば、観光産業の発展や観光客の満足度向上、地域の活性化といったところが最終ゴールであって、人流データはあくまでツールのひとつなんです。私たちが地域やDMO*3の方々とディスカッションをしながら、ユースケースを共に考えるという営みをする際、まず最終ゴールを定めて、そこがぶれないようにデータの活用法について議論をすると、話が進みやすいと感じます。
甲斐沼 私も鈴木さんと同じように、データはあくまでもツールであると考えています。それを使う・使わない、そして結果をどう活用するかという判断は自分たちでしなくてはいけません。
 活用にあたってはさまざまなハードルがあるかもしれませんが、世の中にはいろいろなデータがあって、実は私たちは日々、それを読み解きながら暮らしています。たとえば天気予報。予報を自分なりに分析して、その日の服装や傘を持っていくかどうかを決めているわけです。でも課題が大きいと難しく感じてしまうので、それを組織でPDCAサイクルを回しながら継続していくことが大切です。そのときにやはり、何のためにデータを使うのかを見失わないことがポイントになると思います。
蛯澤 お二人の話から、データは目的ではなく、あくまでも手法であって、ゴールに向けて活用し続けていくことが課題解決につながるということが分かりました。そしてそこを間違えてしまうと、データを買うだけで終わってしまうということになりかねないのかなとも思いました。

鈴木 そのとおりでして、私は常々、データは売る・買うものではなく、活用するものであると表現しています。そうすることで、買って終わり、手元にあるからよしということにならずに、活用することにきちんとフォーカスできるのではないかなと思っています。
川村 行政機関の場合は、担当者が2〜3年で変わってしまうということも大きな課題だと思いますが、その中でリテラシーを上げるにはどのようなことが必要になるでしょうか。
鈴木 そうなんですよね。ご理解いただいたと思ったら別の方に担当が変わってしまうことはよくありますが、そこはどうすることもできませんので、私たちとしては、行政でも民間でも変わらず、普及活動といいますか、人流データを活用するとこういう効率化ができますということを定期的に発信することが大事だと思っています。
甲斐沼 そうですね、せっかくご購入いただいているのに、2〜3年で償却するのはもったいないので、組織として継続するための取り組みをしていただきたいという想いがあります。
川村 継続するためには、投資対効果が求められるところにもなりそうですが、自治体からすると決して安くない買物だと思います。その点ではどのように向き合っているのでしょうか。
鈴木 そこはクライアント側のニーズに寄り添えるように真摯に向き合い、コストを下げる努力をしてきました。現状でいうと月額9万円まで下げたサービスも提供しています。また、先ほどのユースケースのように、クライアントと伴走して活用方法についても提言をしながらやってまいりました。

甲斐沼 私たちは、内容と価格にバリエーションをもたせています。大規模なデータであれば数百万円になってしまいますが、本当にその範囲が必要なのかをご判断いただくために、先ほどお話しした、セルフで分析できる「インバウンドプロファイラー」のご利用をおすすめしています。月額数十万円で全国のデータを見ることができます。そのうえで、本当に必要な範囲のデータを購入していただければ全体のコストが変わります。また、より簡易的なものをという声にお応えするために、月次のレポートのようなかたちで提供するサービスを月額5万円以下で用意しています。まずは、情報収集としてデータを見る習慣をつけながら、個々のケースに合った課題を見つけていただくために、簡易的なサービスから直接的に課題解決につながるフルパッケージまで、カスタマイズを含めて、皆様のデータ活用のための支援を進めています。
 行政、民間を問わずいえることですが、投資対効果をすぐに実感するというのは難しいと思いますので、実際に使った結果、自分たちの意思決定に役に立ったかという観点で考えていただけると、そのデータの価値をご理解いただけるように思います。同時に、私たちには価値がきちんと伝わるように設計する責任がありますし、それがプロバイダーとしての役割だと思っています。

だれもが使えるサービスを目指して

川村 プロバイダーとしての役割という点でいうと、先ほどのアンケート結果にある分析手法や活用方法が分からないという課題についても、技術的に解決できるものなのでしょうか。
鈴木 そういう意味では、サービスを提供する私たちが、使い方が分からなくても使えるパッケージングを用意することが大切だと感じています。実は内側に人流データがあるけれど、使う側はそれを意識しなくとも、最終的に求めているものを得られる。そんなサービスを考える必要があるとも思っています。
蛯澤 たとえばAIが情報をキュレーションして、その中で考えられる合理的な情報を提示してくれるようなことが近い将来、できるようになるのかもしれませんが、そうした観点で思い描いている、チャレンジしていることなどについて教えていただけますか。
鈴木 そうした観点でいうと、パートナー企業である株式会社ナイトレイに、私たちの「モバイル空間統計」を使って、観光の課題を入力すると提言をしてくれるという生成AIによるサービスを始めています。
 チャレンジしていきたいところでいうと、たとえば「モバイル空間統計」はリアルタイム性やデータの信頼性、プライバシー保護の観点では、ありがたいことに高い評価をいただいています。その一方で、先ほどお話ししたように、私たちのデータ単体の地理解像度でいうと125mのグリッドが限界です。そこで、他のデータと組み合わせることで道路単位や50m単位での人流データを出せるようにするなど、単体ではできないことを進めていきたいと思っています。あとは先ほどお話しした、人流データが表に出てはいなくてもきちんと活用されるようなサービスにチャレンジしていきたいですね。
甲斐沼 鈴木さんと同じような内容になってしまうかもしれないですが、私たちが直近で目指している世界観としては、利用のハードルを下げてだれもが使えるようにすることです。現状のように私たちのデータを可視化して提供する場合、ある程度の専門的な知識がないと、解釈が難しいところもありますので、これをもう少しとらえやすくするような取り組みをしたいと考えています。
 そのうえで、最終的な未来としては、インターネットで検索する、スマートフォンで決済をするのが当たり前になっているように、データがあることを意識せずとも、投げかけた課題に対してさまざまなデータを組み合わせて解決に向けてすべきことを読み取って整理し、気づいたら施策に落とし込まれているような世界観を実現したいと考えています。
蛯澤 お二人が思い描いているものを実現するためには、技術的な課題はもちろんあると思いますが、一番のハードルになるのはどんなことでしょうか。
言い換えれば、実現のために必要なカギはどこにあるとお考えでしょうか。
鈴木 いろいろ課題はありそうですけれども、甲斐沼さんのところをはじめ、人流データを扱ういろいろなプロバイダーと切磋琢磨しながら、いいものをつくりあげてきたのがこの10年だとしたら、個人的にやりたいのは、いまのレイヤーじゃなくて、もう一個上のレイヤーでみんなで勝負するようなイメージなんです。
蛯澤 レイヤーを上げるということですね。
鈴木 ええ。そうすると、みんながユースケースを考えるような世界になると思うんですね。そうやってレイヤーを一段上げて業界が動き出すと、私たちが思い描いているような世界の実現も早くなるだろうという気がします。

甲斐沼 私は、この10年でのAIの驚異的な進化を考えると、技術的な課題はそんなに多くはないと思っています。重要なのは、進化し続けるAIに対して、使い手の利便性をどう高めるかだと思うんです。どんなに便利なものをつくったとしても、使う人が便利だと思わなければ意味がありませんので、たとえば現状のうなウェブツールがいいのか、チャット形式のほうががいいのかなど、そもそものところを含めて、いろいろなアプローチを仕掛けていく必要があります。そのためにも、データを使っている方たちと一緒に成長し合える環境づくりも大切になると思っています。
 また、各社が描いている世界観は似ているところもあると思いますので、鈴木さんがおっしゃったように、業界全体で切磋琢磨し、お互いの強みを生かし合いながら一緒に進むことも重要だと思います。その結果、業界全体が成長できると同時に、さまざまな課題解決につながると考えています。
蛯澤 おそらく共通見解としては、技術的なハードルはそう高くなくて、競合関係であったり、レイヤーの問題であったりと、人間側の問題が多分にあるということなのかなと思いました。
大切なのは、使い手が大きな目的をもって活動していくことですよね。たとえば、使い手のサクセスを共有する場みたいなものがあってもいいのかなと思います。そうすると、一社一社で難しいことも、取りまとめる場があることでいろいろな可能性が広がるように感じました。
甲斐沼 そうですね。私たちがこういうことをやれたらいいよねというのは、どうしてもサプライヤー目線になることが多いと思いますので、ぜひ疑問をはじめ、使い手の皆様から声を上げていただきたいと思っています。
蛯澤 2社様に限らず、人流データを提供する会社それぞれにさまざまな課題があることが分かると同時に、会社間の連携を含めて、今後のいろいろな可能性を感じるお話でした。本日はありがとうございました。

*1…PDCAサイクル:Plan/計画、Do/実行、Check/評価、Action/改善という4つのステップを繰り返し行うことで、業務などの継続的な改善や効率化を図るフレームワーク
*2…DMP:Data Management Platform/さまざまなオンラインデータを収集・整理し、分析・活用するためのプラットフォーム
*3…DMO:Destination Marketing/Management Organization/観光地域づくり法人