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オーストラリア 観光統計に関する最新の取り組み

~観光客の動態を捉える新たな挑戦~

公益財団法人日本交通公社観光研究部副主任研究員
川村竜之介

 観光統計の先進国であるオーストラリアでは、国家戦略「THRIVE 2030」でビジターエコノミーの回復と持続可能な成長を目指すこととしており、その戦略の一つに「データとインサイトの改善」を掲げている。オーストラリアの観光を専門とする研究機関「Tourism Research Australia(TRA)」では、この戦略に基づき、観光統計の改善に関する複数のプロジェクトを進めている。本稿ではそのうち、国内旅行統計の変革について紹介したい。

国内旅行に関する新たな調査体系

 2024年までのオーストラリアの国内旅行に関する統計は、国内居住者を対象とした電話調査である「National Visitor Survey(NVS)」(日本の「旅行・観光消費動向調査」に相当)により実施されていたが、2025年4月に観光統計の体系が大きく変わり、新たな調査「Household Survey」がスタートした。まず、調査方法が訪問等によるインタビュー調査中心となり、調査の実施を、オーストラリア最大の調査会社Roy Morgan社が担うこととなった。また同社の「Single Source」調査(回答者のライフスタイルや態度、消費習慣等を把握)の結果を組み込むことで、後述の「Helix ペルソナ」に関する情報のアウトプットも可能となった。さらに、大手通信会社のモバイルデータ(携帯端末の位置情報データ)を活用し、従来困難だった市町村別などの詳細な分析も可能となった。
 以上の、3つの変化について詳述する。

変化❶ 電話調査から訪問等によるインタビュー調査への変更
 従来の調査であるNVS(表1参照)の調査方法は電話調査(CATI)が中心であったが、近年は協力率の低下によるコスト増と、高所得者層に偏るなどのデータ品質に関する課題を抱えていた。これに対応するため、オーストラリアの国勢調査と同様に、訪問やオンラインによるインタビュー方式を採用し、データの質向上を図った。これにより、年間サンプル数は従来の約12万から約3万へと縮小されたが、これについては後述するモバイルデータの活用によりカバーされている。

変化❷ Helix ペルソナとの統合
 Helixペルソナは、Roy Morgan社が提供している、オーストラリア人のセグメント分類である(図1参照)。デモグラフィック属性に加え、態度や価値観などのサイコグラフィック属性も用いることで、消費者を54のセグメントに分類している。消費行動の予測に優れており、メディア業界を中心にマーケティングなどで活用されている。データソースは、年間5万人以上への対面インタビューによるSingle Source調査である。
 新しく始まった「Household Survey」には、このSingle Source調査が取り込まれ、国内旅行統計とHelixペルソナの統合データが利用可能になった。
これにより、例えば観光地ごとにどのペルソナが来訪しているかを把握することが可能となり、客層の解像度が大幅に向上する。

変化❸ モバイルデータの活用
 2025年4月からは、旅行回数や旅行先に関する情報源が、従来のNVSの調査データからモバイルデータ(携帯端末の位置情報データ)に置き換わった。モバイルデータは基地局データを利用したもので、日本では株式会社ドコモ・インサイトマーケティング「モバイル空間統計」として提供されているものに近い。記憶に頼る調査とは異なり、行動履歴そのものであるため正確かつ詳細で、即時性も向上する。新しいHousehold Surveyでサンプルサイズ削減が可能になったのは、モバイルデータにより、旅行回数や旅行先をより正確に把握できるようになったためである。
 モバイルデータの活用には課題もあった。一つは、観光統計上の「旅行」の定義(日常的な移動パターンとの区別、移動距離や滞在時間など)とデータを一致させること。もう一つは、特定の通信会社のデータを用いる場合の代表性確保と偏りの補正である。
TRAはこれらの課題解決のため、通信会社と2018年から約6年に及ぶ共同研究を重ね、公的統計としての活用に道を開いた。これは、新技術を統計に活用する際には、検証に相応の時間が必要であることを示している。

データの質に対するこだわりが持つ強み

 総括すると、従来まではNVSの電話調査で把握していた「属性・旅行内容」「旅行回数・旅行先」のうち、「旅行回数・旅行先」をモバイルデータに置き換え、「属性・旅行内容」は新しいインタビュー調査で把握しつつ、新たに「態度・行動」情報が追加された。そしてこれらが紐づけられ、統合的な分析基盤が構築されることとなった。
 この取り組みの背景には、TRAをはじめとした関係主体の、データの質に対する強いこだわりがある。TRAはより正確で有用な情報を迅速に提供するため、パートナー組織のデータ品質への姿勢を重視してきた。Roy Morgan社はSingle Source調査において、手間やコストがかかるものの、統計学的に最良な手法である対面調査をあえて採用している。また通信会社も、TRAの要求に応え長年にわたり共同研究を続けてきた。こうした各組織の姿勢が、世界最先端の観光統計の実現に繋がったのではないだろうか。

〈参考文献〉
Australian Trade and Investment Commission, THRIVE 2030( 2022)
THRIVE 2030 Industry Data and Expert Analysis Working Group, Recommendations Report( 2023)
Roy Morgan, Helix Personas, https://www.roymorgan.com/products-and-tools/helix-personas
Roy Morgan, How we collect and process Single Source data in Australia( 2020)
観光庁、旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究(2022)