観光を学ぶということ

ゼミを通して見る大学の今

第25回 琉球大学 国際地域創造学部・環境教育学研究室

大島ゼミ

環境教育という分野からのアプローチ


大島順子(おおしま・じゅんこ)
琉球大学国際地域創造学部准教授。専門は、環境教育学、ESD(持続可能な開発のための教育)、成人学習で、持続可能な観光といったアプローチから持続可能な社会を築く担い手づくりがライフワーク。近年は沖縄島やんばる地域で世界遺産教育の推進にも力を注いでいる。日本体育大学大学院修士課程修了(社会体育学)。豪州QLD州Griffith University大学院修士(Honours)課程修了(環境教育学)、博士課程満期退学。主な著書に、『ESDをつくる:地域でひらく未来への教育』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2010年)、『観光教育への招待』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2016年)、『事典:持続可能な社会と教育』(分担執筆、教育出版、2019年)などがある。これまで沖縄の自然環境保全、エコツーリズム、SDGs、生涯学習等や九州・沖縄地区のESD、ローカルSDGsなどに関する委員を歴任している。

1.生まれ変わったプログラム

 2018年度の学部改組により、観光産業科学部観光科学科から1学部1学科5つの学修プログラムで構成される国際地域創造学部国際地域創造学科の一つとして生まれ変わった「観光地域デザインプログラム」は、設立以来卒業生を4回送り出しました。国際地域創造学部は、グローバルとローカルを併せ持つ視座によって、地域社会における現代的課題の解決や国内外の産業・文化の振興に寄与できる人材を育成するという教育目標を掲げています。
本プログラムの他には、「経営」、「経済学」、「国際言語文化」そして「地域文化科学」があり、入学後の最初の1年間はこれらのプログラムの提供する共通基盤教育科目を受講し幅広い専門分野に接していきます。さまざまな講義を受講する中で自分の目指すものをより明確にしていき、2年次前期から特定のプログラムに所属し、複眼的思考の上に立つ専門的な学びを深めていくことになります。
「観光地域デザインプログラム」は、ビジネス、政策、資源管理、地域開発などさまざまな領域から学際的に「観光」「地域」「観光と地域の関係」、あるいはそれらの成り立ちや振興を考える学問領域です。本プログラムでは、サステナブルツーリズム(持続可能観光)のコンセプトを基盤に、観光そのものを学ぶのと同時に、観光を通した地域振興や産業振興について高い知識と深い理解を持ち、リーダーシップを発揮できる人材の育成を目指しています。
具体的には、「観光ビジネス&ウェルネス」「観光地開発」「地域資源マネジメント」を核とした専門科目を提供すると同時に、観光産業のグローバル化に対応し、英語をはじめとした外国語を重視しているのも特徴といえます。
中国や台湾、韓国等、アジアの連携協定大学への正規留学の機会を活用する学生も多くなってきています。留学以外でも最近では自主的に休学をし、観光現場での長期インターンシップ※を通して観光を学ぶ選択肢を学生自身が選ぶようにもなってきたように思います。また、学際的アプローチを採用し、総合大学である琉球大学が持つ資源を最大限に活用し、学問の垣根を越えた教育を提供していることも本プログラムの特徴といえるでしょう。そのような幅広い学習のアプローチを活かす学生が所属する私のゼミについて、ご紹介いたします。
※「観光地域デザインプログラム」では、観光に関連する多様な進路に備え、就業体験によりキャリアデザインを実践的にサポートすることを目的とした科目「インターンシップ」を提供しています。本学のキャリア教育センターが運営する「うりずんインターンシップ」プログラムに参加して修了証を得た受講生に、単位認定を行っています。このプログラムは、沖縄県内の産業人材の育成と学生のキャリア形成を目的に、県内企業や他大学と連携して実施している琉球大学主催のインターンシッププログラムです。ここでいう長期インターンシップは、単位認定されるものではありません。

2.あらゆるツーリズムの場面で求められる環境教育、そしてSDGsの達成に向けた教育の取り組み

 サステナブルツーリズム(持続可能観光)のコンセプトに基づき、「地域資源マネジメント」に位置づけられている当ゼミは、観光による持続可能な地域づくりを目指し、地域の1)自然資源における保全と活用のバランスの最適化、2)課題解決の方法、3)観光地としての理解を促進するための学習ツールの開発や効果的な活用の在り方について、環境教育の視点で調査研究及び実践に取り組むことに主眼をおいています。一般的に想起される観光を学ぶ専門領域の中で教育という言葉を使うのは、広義には観光分野における人材育成を目指した観光教育や狭義では接客・接遇場面において顧客や相手に対して気遣いやおもてなしを実践するためのスキルを磨くホスピタリティ教育でしょう。環境教育という分野からのアプローチは珍しいかもしれません。
ツーリズム分野でこの言葉が登場するのは、日本のエコツーリズム推進基本方針の4本柱の一つで「自然環境の保全」、「観光振興」、「地域振興」と並んで「環境教育の場としての活用」が挙げられています。ニューヨークに本部を持つ国際エコツーリズム協会が2015年エコツーリズム再定義の際に、「その地域の環境を保全し、地域住民の生活を高めることを持続可能にする責任ある旅行であり、インタープリテーションと教育を含む」と、質の高い自然体験活動を導く解説活動としてのインタープリテーション、そしてエコツーリズムの展開にはホストとゲストの両者にとって教育が必要であることを明文化していることも見逃せません。最近では環境省が国立公園の美しい自然の中での感動体験を柱とした滞在型・高付加価値観光の推進を図るため、各国立公園における「ストーリー(物語)」、望まれる体験等を整理したインタープリテーション全体計画の作成を進めていることからもその注目度がわかります。また昨今ではSDGsの登場も追い風となり、ツーリズムのどのような場面においても、広義の環境教育が求められるようになったといえます。それは、ツーリズムという非日常の体験の場面においても持続可能な循環型社会の構築につながる機会が必須な世の中になったからでしょう。

3.島好きな学生が集まる?ゼミ

 このような問題意識を持つ教員の元に集まる学生も実に多様です。遠隔地や離島出身者であったり、島が好きな学生が集まるのも特徴の一つかも知れません。島は、狭小性、環海性、そして遠隔性という地理上の特徴に基づいて大陸や本土と比較する表現でその特性を表します。それが条件的に不利な地域であることをイメージさせる固定観念として島で暮らすことのデメリットが強調されてきました。しかしながら、島の側から主体的に捉えてみると、それらの特徴はメリットとして優位となる見方が可能です。海によって隔絶されてきたことで進化した自然生態系があり、そこには固有の動植物が生息しています。そして、その独自の環境に育まれた文化や生活習慣があります。今日ではそれらが島嶼地域の魅力として、観光資源となるだけでなく、都会では見ることのできない自然やのんびりとした島時間の流れから、島での暮らしに憧れる人々の移住の対象にもなってきています。また、小さな島で起こっていることは、実は構造的には都市部で起こっていることの縮図であるという見方もできます。
 ゼミの学生は沖縄県出身者が7〜8割を占めますが、沖縄島のことしか知らない学生も多く、機会があるごとに離島への旅を勧め、沖縄そのものの多様性を肌で体験し、理解の幅を広め深めることにつなげています。また、インターンシップ先として離島を選ぶ学生を応援しています。今回、昨年1年間休学していくつかの離島へ長期インターンシップをした学生に体験談を綴ってもらいました。観光の目的地として”島“が注目を集める現在ですが、自身も離島出身者である学生(2021年度入学 Y・Tさん)はどのような問題意識を持って離島での体験を味わい、学びとして自身の言葉に落とし込むことができたのでしょうか。

4.離島での長期インターンシップで学んだこと

 私が観光に興味を持った原点は、幼少期を過ごした奄美大島での原体験にあります。豊かな自然と人のあたたかさに囲まれて育った一方で、観光開発によって慣れ親しんだ風景や暮らしが変化していく様子を子どもながらに目の当たりにしてきました。2021年には世界自然遺産にも登録され、地域は大きく注目を集めましたが、その内実には「地域資源を誰のために、どのように活用するか」という根本的な問いがあるのではないかと感じていました。そうした背景から、私は琉球大学の国際地域創造学部観光地域デザインプログラムに進学し、大島ゼミに所属しました。実際に講義やゼミ活動を通して、地域資本を循環させながら、持続可能な観光活動を体現していく理論や事例について学びを深めることができました。このような学びの中でさらに、「教科書で学んだ知識を、現場の実践にどうつなげるか」という問題意識が芽生えるようになりました。そして、観光地として島を概観するのではなく、直接、島で暮らす人々の「見ている風景」に近づいてみたいと考えるようになりました。そうした思いを背景に、私は2024年に大学を1年間休学し、沖縄県八重山郡西表島・鹿児島県大島郡喜界島・島根県隠岐郡海士町(中ノ島)という3つの離島地域で長期インターンシップに参加してきました。
 まず、西表島ではリゾートホテルにおける接客や、エコツーリズムに関する研修、ツアー造成等に携わり、地域の中でのホテルの役割や立ち位置を学び、自然保護と社会生活、観光事業のバランスの難しさを痛感しました。一方で、ツアーガイドや現地スタッフとの対話を通じて、地域と企業の新しい関係性のあり方にも触れることができました。
 次に、喜界島では農業ボランティアとして参加し、農業の経営の難しさや担い手不足という課題に直面しましたが、高付加価値化や6次産業化、スマート農業など新しい農業の可能性についても理解を深めることができました。
また、実際に地域に暮らす中で、農家の方々の暮らしの知恵や人と人との距離の近さに、都市にはない豊かさも感じとることができました。
 最後に海士町(中ノ島)では、福祉とまちづくりの分野に携わり、特に移住者(外部人材)と地域住民との架け橋となる仕組みづくりに携わりました。制度やサービスだけではなく「人と人の信頼関係」から始まる支援の姿を体感することができました。いずれの地域でも、現場に深く入り込み、地域の自然や文化、生活、人と関わりながら課題に触れることで、自分の中にあった「どこか正しすぎる理論」がほぐれていくような感覚がありました。
現在、私は復学し、卒業研究に取り組んでいます。都市社会にはない文化資本や環境資本を活かした実践に注目し、観光を通じた地域の自己表現の可能性、あるいはその先にある次世代の社会経済の在り方を探りたいと考えています。

 インターンシップを経験する前の私は、「観光を通じて地域を良くしたい」という想いこそ強くありましたが、その地域で生きる人々の視点やリアルな課題を十分に捉えきれていなかったように思います。各地でのOJTを通して、観光が単なる集客や経済の話ではなく、人と人、人と環境との関係性をつくる文化的・社会的実践でもあるというように捉え直すようになりました。また、現代社会や観光開発に対してなんとなく抱いていた違和感も、現場での対話や葛藤を経て、少しずつ言語化できるようになってきました。これからは、現場に根ざしつつ、俯瞰的な視点も持って、次世代が希望を持てるまちづくりのかたちを模索していきたいと考えています。

5.ゼミでのプロジェクトを通して学ぶもの

 当ゼミには、3年生では学生がグループ(5〜7名程度)で主体的にテーマを決めて取り組むプロジェクト、4年生では個人で取り組む卒業論文があります。ここで学生は大きな壁に直面することになります。与えられたレポート課題はスムーズにこなすのですが、自身でテーマを決めるのが苦手な学生がなんと多いことか…。情報過多の現代社会にあって、いつのまにか興味関心が分散し、漠然とした興味はあるものの具体的なテーマとして落とし込むことの困難に直面してしまうのです。それがグループでとなると、表現力やコミュニケーション力、そして合意形成力が試されるのでなおさらです。
 次に紹介するのは、そんなプロジェクトに取り組んだ学生(2022年度入学のY・Tさん、H・Iさん)の記録です。ゼミ所属後の活動から3年生のゼミ仲間と取り組んだプロジェクトを記してくれました。
 私が参加するゼミでは「自然資源をどう守り、活かすか」というテーマを根底に、沖縄ならではの観光の可能性を模索しています。私がこのゼミに加わり活動を志したのは、観光という枠組みを通して、沖縄の自然や文化を未来につなげていくにはどうすればよいか、実践的に学べると感じたからです。
中でも「資源を守ること」と「活かすこと」を同時に考える姿勢が、今の時代にこそ必要だと強く思ったのが大きなきっかけでした。ゼミに所属後、最初の大きなイベントは3、4年生合同の宿泊学習です。農学部が所有している沖縄島北部の与那フィールドで1泊2日の実習を行い、やんばるの自然遺産について現場で学ぶ機会がありました。実際に自然の中に身を置くことで、国立公園として守られているはずの場所でも、許可なく木が伐られ持ち去ろうとされていたり、希少野生動植物の盗掘や違法採集があったりという現実を知り、ショックを受けました。「守ること」と「活かすこと」は必ずしも両立するわけではなく、観光振興がもたらす自然環境や希少野生動植物への影響の大きさを実感した体験でした。
観光を通じて地域に貢献するには、ただ人を集めるだけでなく、自然との向き合い方にも責任を持つべきであるということを学びました。
 また、大島ゼミでは、3年次に学生自身が決めたテーマをもとに、一年間を通してプロジェクトを行います。私たちは沖縄の自然や観光という観点から、近年需要が高まる中で注目され始めているコーヒーツーリズムに着目しました。題して、沖縄コーヒー発信プロジェクト「もっと飲もうよ!沖縄コーヒー!」です。しかしながら、テーマ決定までは紆余曲折があり、何度も議論を重ねました。ようやくたどりついたのが、「沖縄コーヒー」でした。
生産地としての沖縄のポテンシャル、そして、コーヒー農園での収穫から味わう(試飲)までの体験は、沖縄ならではのユニークな観光コンテンツとなる可能性があると感じました。
 私たちはまず、沖縄コーヒーの現状と課題について調査を開始しました。
地元の農園や関係者にインタビューを行い、コーヒーが沖縄の新たな観光資源になり得る可能性と、それを阻むさまざまな課題(生産量の少なさ、高齢化、知名度不足)を知りました。このプロジェクトを通して、最も力を入れたのは、「情報発信を通じて課題解決に貢献する」というアプローチです。
SNSを活用し、ショート動画形式で沖縄コーヒーの魅力を伝えることに挑戦しました。実際に農園での収穫から焙煎までの一連の過程を撮影し、編集し、公開する。こうした一連の作業は、言ってみれば〝伝える力〞を育むプロセスでもありました。
 実際にプロジェクトで訪れた場所の中でも印象的だったのが、やんばるにあるコーヒー農園での体験です。コーヒーの実を手作業で収穫し、果肉を取り除き、発酵させ、洗浄・選別・乾燥・焙煎・粉砕という工程を経てようやく一杯のコーヒーになります。私たちも発酵以外のすべての過程を体験しましたが、特に印象に残っているのが選別の工程でした。豆を見た目で確認し、大きさや状態の違いを判断しながら分ける作業がすべて手作業で行われているのを目の当たりにして、「こんなに細かいことまで人の手でやっているのか」と驚きました。コーヒーをただ飲んで満足するのではなく、コーヒーができるまでに多くの仕事や思いが詰まっていることを実感しました。自然の中で大切に育てられ、手間をかけて選ばれて、ようやく私たちの元に届けられる。その過程を知ることで、普段何気なく飲んでいた一杯が、全く違う意味を持つようになりました。
 また、SNSというツールの特性や限界、視聴者とのコミュニケーションの難しさも身をもって経験しました。再生回数が伸びても、反応が少ない動画がほとんどでした。それでも、知人から「沖縄出身だけど知らなかった」というコメントをもらえたとき、この活動の価値を実感することができました。大島ゼミでの活動を通して、私は「地域資源を守り活かすとはどういうことか」を、体験を通して考える力を得ました。今後もこの経験を活かして、地域とともに歩む観光のあり方を考えていきたいと思います。

6.おわりに

「自分たちの活動とそこでの学びについて書いてみます!」と言って悩みながら書いていた学生たちですが、直接現地に赴き、その地の空気に触れながら自身の目で見たり、聞いたり、という経験を通して多くのことを学んでいるのが伝わってきます。それは、観光を通して地域振興のありかたや地域資源とメディアを活かした観光について、実践的に学んでいるといえます。学生たちは、3年生での経験をもとに、4年生で自らのテーマに沿って卒論に取り組んで、という次なる壁に突き当たることになります。
 大島ゼミでの学びは、まだまだ続きます…!