2008( 平成20)年、経済産業省の観光・集客サービス担当参事官として、高品質で本物の和の「もの・こと」を提供する日本のコンテンツ・ホルダーなどと、自家用飛行機で世界中を飛び回るジェットセッターと呼ばれるトップエンドを含むハイエンド富裕層を顧客にもつ欧・米・豪及びアジアのコンシェルュジュ企業など海外招待バイヤーとのビジネスマッチングのJLTF(Japan Luxury Travel Forum)を立ち上げ、日本で初めて東京、京都、金沢で商談会を開催した。当時は、伝統産業、宿泊事業、アートのようなコンテンツ・ホルダー、京都市、石川県など、一部の主体者以外では、このマーケットへの理解は一般的ではなかったが、JLTFでの気付きも踏まえた一部の主体者の積極的な取り組みもあって、およそ20年を経てようやくこのマーケットで提供される高付加価値観光の重要性が認識され、国の政策でも重要施策として位置づけられるようになった。
 これは、少子高齢化、人手不足の社会構造と、大量消費・生産や新規投資の困難性などサプライサイドの限界も踏まえれば当然であり、遅きに失した感はあるが、同慶の至りではある。
しかしながら、高額消費観光と高付加価値観光との混同が散見されるほか、生産性が高く、持続可能な観光のため最も重要な高付加価値観光の究極の源泉について関係者が的確に理解する段階に至るには、未だ道半ばであると見受けられる。
 特別な体験等には高額支払いも厭わないハイエンド富裕層の観光行動は高額消費観光がその特徴ではあるが、高額消費観光は高付加価値観光と同義ではなく、高付加価値観光の一つの結果である。
 高付加価値観光の実現には、「もの・こと」のコストアップの価値に付加的な価値が付け加えられ、さらに、これに対する相応の対価支払いが顧客の納得感を得て満足をもたらすことが必要であり、その結果として持続可能となり、かつ、高額消費観光にもつながる。
 JLTFの知見では、ハイエンド富裕層は、高品質な「もの・こと」を享受することは日常・非日常で普通のことであるため、特別な体験を目的とする旅行も普通であり、これらは通常の満足度の範囲である。より高い満足度は、彼らが日常・非日常で享受する高品質・高額の「もの・こと」の価値を超えた付加的な価値が、通常では得ることのできない、感性・精神性も含めた知的な欲求の充足をもたらす場合に初めて達成されるものである。この知的な欲求充足のニーズは、歴史・伝統や精神性への知的欲求の高い顧客の多い国、誰も知らないエクスクルーシブ感・特別感に対するニーズの高い顧客の多い国など、国ごとに一定の傾向はあるが、高付加価値旅行は知的な欲求を充足することで自己実現の充実を図るために志向される。
 日本の全国各地域には、豊かな四季等の自然環境の中で、長い歴史に裏打ちされた日本に固有で地域固有のハード・ソフトの「もの・こと」の資源が既存のみならず潜在しており、特に歴史・文化が相違する海外顧客から見れば、それらは、希少・ユニーク・エキゾチックで、知的な欲求を充足する高付加価値たりうる資源であり、高付加価値観光は、全国各地域で具体化の可能性を秘めている。
 しかしながら、それらの既存・潜在の地域の資源の活用を含めた観光が、持続可能で地域に裨益する高付加価値観光として成立するには、高付加価値に相応する対価の支払いに見合う顧客の満足度を確保しなければならない。
 顧客の知的欲求を満たし、相当程度の価格の支払いに見合う満足度を確保し、持続可能とするためには、「もの・こと」のソフトの価値の源泉である歴史及び歴史と一体の伝統文化・慣習という背景への顧客の興味・知識要求を充足し、顧客の納得感・満足を得ることが必要である。併せて、この納得感・満足の検証をコンテンツ・ホルダーの自己評価ではなく、第三者の客観的評価で行うことが重要で必要である。
 つまり、「もの・こと」の歴史・文化背景を、地域の歴史・文化と、その根幹で、それを生み出した日本の歴史・文化の、双方から説き起こし、正確かつ客観的な知的情報として提供することで、この知的情報を「もの・こと」の存在に客観的かつ不変で絶対的な価値として付加することが必要である。
 従って、今後の高付加価値観光の成否は、にわか仕込みでない本物の「もの・こと」の地域のサプライヤーが、背景にある地域と日本の歴史・文化の知的情報を、地域の歴史と伝統・文化への愛情と誇りをもって、正確かつ客観的にコミュニケートすることで、顧客の知的な要求を充足させ、知的感性に響かせることができるかどうかにかかっているということを、高付加価値観光の推進のためには、是非とも理解いただけることを期待している。