特集② インバウンド高付加価値旅行者の消費行動と意識・価値観に関する考察
DBJ・JTBF アジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査2025年度版の結果より
公益財団法人日本交通公社 観光研究部上席主任研究員
柿島あかね
1.はじめに
政府はインバウンド高付加価値旅行者(以下、「高付加価値旅行者」)の誘致を重要施策と位置付けている。訪日客全体の約1%に過ぎない層が、総消費額の約14%を占める 事実からも、その経済的インパクトの大きさは明らかである。
観光庁(20251)では、高付加価値旅行者を「着地消費100万円以上/人(=訪日旅行1回あたり)」と定量的に定義している。一方で、こうした客層について、「単に一旅行あたりの消費額が大きいのみならず、一般的に知的好奇心や探究心が強く、旅行による様々な体験を通じて地域の伝統・文化、自然等に触れることで、自身の知識を深め、インスピレーションを得られることを重視する傾向にある」(観光庁 20222)という定性的な特徴にも言及している。高付加価値旅行者の実像を捉えるためには、こうした特性も踏まえる必要があるだろう。
しかしながら、我が国の高付加価値旅行者に関する研究において、定量的な定義と定性的な特徴を統合した分析は、これまで十分に行われてこなかった。本稿では、この課題意識に基づき、「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2025年度版」の結果から、着地消費「100万円以上」の層(n=122)と「100万円未満」の層(n=2401)を比較分析し、実務的な示唆を得ることを目的とする。
2.訪日旅行動機に基づく高付加価値旅行者の分類
高付加価値旅行者の訪日旅行動機を理解するため、観光庁や日本政府観光局(JNTO)で用いられている高付加価値旅行者の定性的な特徴や、既存研究(Yeoman,2011 3 ;Atwal& Williams,20094;Kim,et al. 20075 等)に基づき、「自己実現」と「真正性」という二つの要素に着目した。これらは、旅行を通じて内面的な成長や学びを求める動機と、本物の体験に触れたいという欲求を示すものである。
本調査では、まず高付加価値旅行者を、直近の訪日旅行における一人あたりの支出額が「100万円以上」の層と「100万円未満」の層に区分した。
続いて、訪日動機の設問項目に自己実現に関する5項目6 と、真正性に関する8項目7 を追加し、各項目の回答平均値が5段階評価(5…とてもあてはまる 1…全くあてはまらない)で4・0以上の場合を、それぞれの志向が「高い」と定義した。
分析の結果、自己実現も真正性も両方高い割合は、「100万円以上」の層において68・0%となった。これは「100万円未満」の層( 52・2%)と比較して高い。対照的に、自己実現と真正性がともに低い割合は、「100万円以上」の層では18・0%に留まり、「100万円未満」の層( 31・1%)を大きく下回った。このことから、着地消費100万円以上の旅行者は、訪日旅行において自己実現や本物の体験を求めていることが示唆される(図表1)。

さらに、この傾向をより具体的に把握するため、訪日動機33項目について、5段階評価のTop2の割合(5…「とてもあてはまる」と 4…「ややあてはまる」の合計)と、これを「100万円未満」の層を100とする指数を算出した。すると、両者の違いがより明確になった。
まず、全体的な傾向として、全33項目の大半で「100万円以上」の層のTop2 の割合が上回る。また、高付加価値旅行者が重視するとされる自己実現に関連した動機は、「100万円以上」の層では、「新しい体験を通じて自分を成長させたかったから」(指数117)、「普段できないことに挑戦してみたかったから」(同117)、「自分の視野や考え方を広げたかったから」(同110)といった、内面的な成長を求める項目の順位が高い。同様に、真正性に関連した動機では、「現地での交流を通じて自分の人脈を広げたかったから」(同139)、「新たな人々との交流や出会いを楽しみたかったから」(同129)等の交流を求める項目、「日本の伝統的な祭りやイベントに参加したかったから」(同116)、「日本の人々の日常生活を体験したかったから」(同116)、「観光客が少ない穴場や観光地化されていない地域を訪れたかったから」(同114)といった項目の順位の高さから、本物の体験を求めていることがうかがえる。
自己の成長や本物の体験を求める動機に加え、「100万円以上」の層で特に際立っているのが、社会的承認に関連する欲求である。「周囲から注目されたり、認められたかったから」(指数149)、「日本を訪れること自体が、自分のステータスになると思ったから」(同132)といった項目は、「100万円未満」の層との差が特に大きい。
これらの結果から、「100万円以上」の層は、内面的な成長や本物の体験を追求すると同時に、旅行を通じて得られる他者からの承認や社会的ステータスを強く意識する傾向があると言えるだろう。
一方で、食、歴史、安全性といった日本の基礎的な魅力については、両層ともに評価が高く、指数差は相対的に小さい。これらは訪日旅行において重要な要素ではあるものの、高付加価値旅行者を特に惹きつける差別化要因にはなりにくいと考えられる(図表2)。

3.高付加価値旅行者の訪日時の体験活動
高付加価値旅行者が重視する「自己実現」や「真正性」を追求する上で、訪日時の具体的な「体験」は不可欠な要素である。また、こうした動機が実際の消費行動にどのように結びつくのかを捉えることが重要であるため、体験活動に対する追加支払い意向と体験別の支出額を分析した。
(1)訪日時の体験活動に対する追加支払い意向
体験活動に対する追加支払い意向については、「100万円以上」の層と「100万円未満」の層で差がみられた。
訪日時の体験活動について「特に追加料金を払わずに、標準的な体験をしたい」と回答した割合は、「100万円未満」の層が42・8%であるのに対し、「100万円以上」の層では27・0%に留まった。その一方で、「100万円以上」の層は「通常料金より20%高くても、日本ならではの特別で質の高い体験をしたい」が52・0%、「通常料金より50%以上高くても非常に特別で質の高い思い出に残る体験がしたい」が21・0%を占め、追加料金を支払っても特別な体験をしたいと回答した割合は合計で73・0%に達した。特に「50%以上高くても」と回答した割合は、「100万円未満」の層の5・7%と比較して15・3ポイント高く、体験活動への質向上を目的とした支出意欲の高さがうかがえる(図表3)。

(2)験活動に関連した支出
「100万円以上」の層は、特定の体験活動における支払い発生者の一人あたり支出額の平均で「100万円未満」の層を上回る傾向がみられる。特に自然・景勝地観光、桜、雪景色観賞、世界遺産等の見物、文化体験、山・雪のアクティビティ、カジュアルな外食、食料品等の買い物等の支出額は有意に高い結果となった(図表4)。
一方、当該活動で支払いが発生した者の割合(購入率)で、両者に有意差が認められたのは「自然や風景の見物」(「100万円以上」の層で93・0%、「100万円未満」の層で77・6%)のみであった。購入率は概ね同程度であるのに対し、支出水準や求める体験の質には相違がある可能性が示された。
4.サステナブルな旅行に対する意識
これまでの結果から、「100万円以上」の層は、日本の自然や文化に根差した真正性の高い体験に価値を見出すことがうかがえる。この志向が、訪問先の環境や文化資産の保全を重視するサステナブルな旅行への関心に結びつくという点は、多くの先行研究でも支持されている。例えば、社会経済的地位が高い層ほど環境配慮行動に積極的であることは広く指摘されており(Weaver, 20028)、特に富裕層旅行市場においては、サステナビリティが付加価値や選択の決め手になることが示されている(Han et al., 20109)。
こうした背景を踏まえ、サステナブルな旅行に対する意識と行動を分析した。
(1)観光地の維持・存続のための金銭負担に対する考え方
「観光地の維持・存続のための金銭負担に対する考え方」について、賛成する割合(Top2)は「100万円以上」の層で86・9%に達し、「100万円未満」の層( 68・2%)を大きく上回った。
この結果は、「100万円以上」の層が単に旅行を楽しむだけでなく、観光地の保全に積極的に貢献したいという意志を持つことを示している(図表5)。

(2)観光地や宿泊施設を選択する際のサステナブルな取り組みに対する態度
「100万円以上」の層は「サステナブルな旅行を重視する」という考えに賛成する割合が89・3%に達し、「100万円未満」の層の79・9%を有意に上回る結果となった(図表6)。

また、「100万円以上」の層は、その意識の高さから、「100万円未満」の層に比べてサステナブルな取り組みをより実践していると言えるだろう(図表7)。

海外旅行先で過去に実施したサステナブルな取り組み内容にも両者で違いがみられる。「100万円以上」の層は、自身の体験の質の向上に資すると同時に、地域や環境への効果が大きい「利他的」な取り組みを選択する傾向にある。具体的には、「カーボンオフセット商品を利用する」、「その地域で許可・認可されているツアーガイドを選択する」、「環境への影響を考慮しCO2排出量が少ない移動手段を選択する」等である。一方で、こうした費用を伴う貢献には積極的であるものの、「宿泊施設におけるアメニティグッズを辞退する」等の直接的なコスト削減に繋がる「節約型」のエコ活動には消極的である。また、質を重視する姿勢は混雑回避の方法にも表れており、「100万円未満」の層が好む「混雑を回避するため、比較的空いている時間帯に訪問する」ことよりも、確実性を確保するために「観光施設等を予約する」傾向もみられた(図表8)。

5.最後に
本稿は、「着地消費100万円以上」と定義される高付加価値旅行者層について、定性的な特徴を統合し、その実像の一部を分析したものである。
分析の結果、この層は、自己実現や真正性を旅行動機とし、本質的な体験に高い価値を見出すことが明らかになった。実際に、自然観賞、世界遺産等の見物、文化体験といった分野では支出額が大きく、体験の質向上のためなら50%以上の価格上昇を許容する層が約2割存在する等、追加支払いへの意欲も高い。また、旅行先でのサステナビリティに対する態度は、節約型のエコ行動よりも、体験の質向上を担保する有料の選択肢を好む傾向がみられた。
これらの特徴から、高付加価値旅行者向けに有効なのは、現地での交流や専門的な学び等、自己実現や真正性に訴求する体験の提供であると言える。
具体的な設計としては、例えば、専門ガイドが同行する少人数・予約制の体験を2〜5割増の価格で提供すること等が挙げられる。その際、料金に協力金等を含むことを明示することで、価格への納得感と地域貢献への意識を高めることができるだろう。加えて、入場保証等で混雑を回避することも有効である。
こうした取り組みは旅行者の満足度向上に資するだけではない。地域にとっては、オーバーツーリズムを抑制しつつ、経済効果を確保できるという利点がある。これは観光の「量」から「質」への転換を実現し、持続的な観光振興に寄与するものである。また、高付加価値旅行者が真正性を重視する姿勢は、地域資源の保全を促し、その価値を継承する好循環を生み出すことも期待される。
本稿で示した分析はまだ萌芽的ではあるものの、高付加価値旅行者の姿を捉える一助となれば幸いである。今後、さらに分析を深めていきたい。
(調査概要)
●調査名・・・・・DBJ・JTBF アジア・欧米豪
訪日外国人旅行者の意向調査 2025年度版
●調査方法・・・・インターネットによる調査
●調査時期・・・・2025年7月
●調査地域・・・・アジア:韓国、中国、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア
欧米豪:アメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス
(注)中国は北京および上海在住者のみ(割合は北京50%:上海50%)
●調査対象者・・・20歳~79歳の男女、かつ、海外旅行経験者
(注)中国-香港-マカオ間、マレーシア-シンガポール間、タイ-マレーシア間、アメリカ-カナダ・メキシコ・ハワイ・グアム間、オーストラリア-ニュージーランド間、イギリス・フランス-欧州各国間の旅行は、海外旅行経験から除く
●有効回答者・・・7,413名
なお、本稿の分析は、このうち訪日経験者かつ訪日時の
総支出額が明確な2,523名を対象に行った。
<注>
1.観光庁(2025)「高付加価値なインバウンド観光地づくりガイドブック ver.1.0」 p10
2.観光庁(2022)「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」 p2
3.Yeoman, I. (2011). The changing behaviours of luxury consumption. Journal of Revenue and Pricing Management, 10(1), pp47-50.
4.Atwal, G., & Williams, A. (2009). Luxury brand marketing ‒ The experience is everything! Journal of Brand Management, 16, pp338-346.
5.Kim, S. S., Agrusa, J., Lee, H., & Chon, K. (2007). Effects of Korean television dramas on the flow of Japanese tourists. Tourism Management, 28(5), pp1340-1353.
6「新しい体験を通じて自分を成長させたかったから」、「普段できないことに挑戦してみたかったから」、「自分の視野や考え方を広げたかったから」、「異文化との交流を通じて自分を試したかったから」、「人生の夢を叶えるために日本を訪れたかったから」の5項目
7「新たな人々との交流や出会いを楽しみたかったから」、「現地での交流を通じて自分の人脈を広げたかったから」、「日本の伝統的な祭りやイベントに参加したかったから」、「日本の食文化を楽しみたかったから」、「食事を通じて現地の文化に触れたかったから」、「日本でしか買えない特別な製品を手に入れたかったから」、「日本の人々の日常生活を体験したかったから」、「観光客が少ない穴場や観光地化されていない地域を訪れたかったから」の8項目
8.Weaver, D. B. (2002). Hard-core Ecotourists in Lamington National Park, Australia. Journal of Ecotourism, 1(1), pp19-35.
9.Han, H., Hsu, L. T. J., & Sheu, C. (2010). Application of the Theory of Planned Behavior to green hotel choice: Testing the effect of environmental friendly activities. Tourism Management, 31(3), pp325-334.
