特集③-2 香港人の合理的思考と訪日旅行トレンド
清水泰正

インバウンド戦略研究所(合同会社minou) 代表社員。
日本政府観光局(JNTO)勤務を経て、香港にて独立起業。香港、シンガポールなど、計10年間の海外駐在から、マーケットインの視点での誘客マーケティングと、データに基づく分析力を磨く。香港、シンガポールをフィールドに、同エリアからの誘客に関する調査、コンサルティング、広告、PR業を営む。京都市観光協会アドバイザー、広島県観光連盟アドバイザー、群馬県観光審議会委員
香港からのインバウンドと聞いて、思い出されるのは、「7月に日本で大地震が発生する」という噂ではないだろうか。それに起因し、6、7月の香港からの訪日は前年比で3割以上減少、一部の地方便も路線自体が運休になるなど、大きな影響が出た。科学的根拠に基づくものではなく、一見非合理的とも捉えられるが、香港人の友人いわく、年に4、5回、日本に訪れる中で、7月はスキップして、一度別の国に旅行し、また秋に訪れれば良いではないかと、訪日を日本に「帰る」と表現する位、訪日旅行が非常に身近なことも1つの要因だろう。また別の友人は、「噂」の影響で航空券価格が大幅に下がったことから(本来7月は12月と並んで訪日が最も多くなるピークシーズン)、これぞチャンスと、7、8月と2ヶ月連続で来日した。
香港からのインバウンド、3つの世界一
この香港からのインバウンド、世界一の数字が3つあることをご存じだろうか。「人口当たりの訪日者数」、「10回以上の訪日経験者の割合」、「1泊1人当たりの消費額」の3つである。2024年のデータによると、香港人の2・8人に1人が訪日、10回以上の訪日経験者が35・1%、1泊当たりの消費額が36718円である。つまり、日本にとっての上得意先であり、その訪日経験の多さから、日本のサービス、コンテンツに対して「最も目が肥えている」、最先端のインバウンドの対象市場と言えるだろう。
こだわり消費
1人1泊当たりの消費額からも、その世界一高単価な香港人の、合理的な一面が見えてくる(表1)。費目別で「飲食費」「買物代」がそれぞれ世界一である一方、「宿泊費」は5番目と、食事と買い物にお金をかけ、宿泊はセーブするという、メリハリをつけた消費を行っていることが分かる。
また、一般的に「LCC(格安航空会社)利用者は消費額が少ない」とされるが、香港を見てみると、LCC利用者の消費額は、FSC(フルサービス・キャリア)利用者の90・5%と1割少ないだけである(2024年)。なお、全国籍、地域別の同比率は59・7%と、LCC利用者の消費額が少ないことが分かる。
つまり、香港人については例外的に、「LCC利用者=消費額が期待できない」では無いのだ。前述の香港人の友人の指摘によると、飛行機はあくまでも移動手段であり、日本までの3‐4時間のフライトにサービスは期待していないという。LCCを利用して浮いたお金を、飲食や買い物に使った方がよっぽど良いそうだ。
宿泊費も同じ論理で、交通アクセスが良く、清潔でありさえすれば、広さやサービス内容にこだわりはなく、価格を重視するという。
シニア、ペット市場に商機
ここまで、合理的選択をする香港人の特徴を定量的に見てきたが、より具体的に、香港人のこだわり消費のエピソードについて4つ紹介したい。
○京都にお墓を購入
香港もいずれ中国化が進むので、死んでも安心できない。日本であれば安らかに眠れるとのこと。
○日本で子犬を購入
香港の血統書でも信用できない。日本であればその心配はないので、ワクチンなど手続きは煩雑になるが、ペットを大切にしたい。
○宝塚歌劇を毎月東京と宝塚で観劇
空港への列車の待ち時間に、ホームでたまたま話しかけてこられたご婦人。
宝塚の大ファンで、10年以上、毎月日本と香港を往来しているとのこと。
○ビジネスジェットを利用したペット同伴での訪日旅行
コロナ禍前から盛ん。少子化の影響で、ペットを家族同様に考え、旅行も一緒に。一般の航空便の場合、ペットは手荷物として預ける必要があるが、ビジネスジェットであれば可能。
ペットとの旅行専門の旅行会社があり、10人程度を1グループにビジネスジェットをチャーター、1人1匹(7㎏以下) 10日間の旅程で200万円程度が相場。

誘客に向けて
それでは、このような香港人に、お越し頂くための有効な打ち手は何だろうか。全インバウンドの中で、香港人が1泊当たり最も飲食にお金を費やしていること、訪日目的として「日本食を食べること」が最も多いことからも、「食事」が最も有効だ。その中で、福岡県香港事務所、福岡県人会の取組が興味深い。
香港に本州よりも近い地の利を活かし、福岡県では、イチゴなどのフルーツ、牡蠣や鮮魚などの香港への輸出に積極的だ。また、北九州に本店を構える料亭の支店が、香港島に店を出し香港人の常連が多いこと、福岡市内の寿司店の大将が香港に出張で訪れ、香港人向けにもイベントを行うなど、素材に加え、消費者と料理人の顔が見える関係を築くことに成功している。

結果として、本店に食べに北九州市に、大将に会いに福岡市にという、福岡ファンが加速度的に増加している。宿泊者数で見ても、2024年の香港人の福岡県内での宿泊は、全国第3位にまで躍進、5位だった2019年から72・3%増加している。
このように、香港人は食材への関心もさることながら、料理人やスタッフとの顔が見える関係を重視し、訪問地やお店の選択をしていると考えられる。つまり、香港人は、「人が介在するからこそ生まれる価値」に気がついていると言えるだろう。
香港では、日本食に限らず、フレンチやイタリアンなどでも活躍する日本人料理人が多くおり、地元出身の方もいらっしゃるはずなので、そういった方との取組が有効だろう。
最後に
このように、香港人は、合理的な選択を行い、好きなことやモノには消費を惜しまないことが分かった。これは、香港人が元々合理的な考え方であることに加え、訪日頻度が最も高く「目が肥えている」ことも影響しているだろう。言い換えれば、訪日頻度が高くなり、市場が成熟していくにつれて、日本での関心事項はより研ぎ澄まされ、消費項目での取捨選択が起こる。こういった傾向は、香港以外でも起きていくと考えられるので、香港のトレンドに今後も是非注目頂きたい。

<注>
ⅰ…日本滞在中の「総消費額」に注目されがちだが、筆者はこの「1泊1人当たり単価」を重視している。日本全体として見れば、総消費額が高い国、地域からの誘客が効率的だ。だが、特に地方にとって、来日中同エリアに全て宿泊する訳では無いため、誘客の対象市場選定の際には、この1泊当り単価に注目頂きたい。
ⅱ…観光庁「インバウンド消費動向調査2024」
ⅲ…観光庁「インバウンド消費動向調査2024」
ⅳ…四半期ごとに見ると、2023年第4四半期が102.8%、2024年第4四半期が100.6%と、いずれも第4四半期は、LCC利用者の方が消費額が高くなっているのも興味深い。
ⅴ…観光庁「インバウンド消費動向調査2024」、訪日前に最も期待したいこと「日本食を食べること(単一回答) 29.9%」、次回したいこと「日本食を食べること複数回答) 67.0%」
