特集③-3 中国の高付加価値旅行者の真相

劉 瀟瀟(りゅう・しゃおしゃお)

中国若者富裕層ビジネスコンサルティング代表。
2014年からインバウンドと中国消費市場の研究・コンサルティングを始め、2023年1月独立。現在20〜40代の消費深層心理に注力し、世帯年収1000万円〜10億円の中高収入・富裕層の行動を常に把握。彼らの消費の深層心理を分析し、中国若者・富裕層に対する戦略立案・遂行を支援。東京大学大学院修士。首相官邸観光戦略実行推進会議有識者、JNTO中国アドバイザーなど政府委員を務め、情報発信実績を多数有する。

 コロナ後、日本ブームと円安などを背景に、訪日外国人の人数も消費単価も年々増加している。その中で、旅行日数は短めだが、1人1回あたりの旅行支出が他国より高い訪日中国人が目立っている(図1)。一方、現在の訪日中国人にまつわるインバウンド市場は大きな転換期を迎えている。図2の通り、コロナを境に、中国人のリピート率が下がっている。つまり日本の真のファンが離れていることがわかる。
その結果、訪日中国人と他国の旅行支出の差が縮まっている。
 彼らの多くは、都市部にいる若者富裕層(=高付加価値観光客)だとみられる。消費単価が高いだけではなく、日本の文化・歴史に高い関心を持ち、都市や地方で様々な体験を通して日本観光を楽しんでいる。しかし、彼らは様々な行動・消費パターンを持っているため、本当の姿を把握することは難しい。その結果、彼らのニーズを満たすコンテンツがまだ少ない。また、コロナ後、中国国内観光市場の人気向上、中東、ヨーロッパや東南アジアへのシフトにより、彼らの「日本離れ」が確実に進んでいる。都市部の若者富裕層は図3の通り、訪日中国人における一番重要なステークホルダーであり、彼らの観光嗜好とトレンドは、ピラミッド下の若者ないし全ての訪日中国人に影響を与える。したがって、いかに彼らのニーズを把握し、継続的に来てもらうかは日本にとっての大きな課題である。本稿では、典型的な高付加価値中国人観光客の行動パターンと消費嗜好を紹介した上で、彼らにとっての日本観光のポテンシャルと彼らへのアプローチについて述べたい。
 日本や欧米だと、裕福な観光客と言うと、定年退職したシニアのイメージがあるかもしれない。お金も時間も教養もあるので、優雅な旅行をする傾向にある。しかし、日本へ観光に来る中国の高付加価値観光客のほとんどは若い人である。その理由は、現在の中高年層の中国人は成育環境の影響で海外旅行を楽しむことに教養・価値観・金銭観のバリアがある一方、40代以下の若者は、先進国とほぼ同じないしそれ以上のレベルの教育と暮らしを送ってきたため、海外を楽しむ条件を備えているからである。
 例えば、一番よくあるのは中国国内の大手民間企業や外資企業で働くエリートとその家族や友人のグループである。30代から40代前半で年収は数千万円あり、仕事のストレスが大きく、教養も高い。年に一度、春節かゴールデンウイークに小さな子供と両家の両親を連れて日本で8日間の旅行をする。夫は仕事が超多忙で普段なかなか家族サービスができないが、専業主婦の妻に手配してもらい、日本で濃厚な家族団らんの時間を過ごす。子供が喜び親にも優しい都市観光や、現地ツアーで九州や北海道で2‐3泊する。
子供の遊び、親の温泉、妻の買い物、そして夫のグルメと癒し…1人当たりの旅行費用は平気で200万円を超えるが、年に一度のご褒美なのであらゆる面で楽しむ。それ以外の旅行は、夏休みや短い学校の休みの時、妻とママ友が子供たちを連れて短期旅行。東京ディズニーリゾートはもちろん、超高級ホテルに泊まり、子供たちを遊ばせ、ママたちは注射や点滴などのプチ美容整形をしたり、地方だと子供とたっぷり自然を楽しむ。

 さらに、彼らを超える高付加価値観光客は、数は少なくなるが、1人あたりの単価が1千万円を超える人もいる。例えば政府や国有企業の幹部や成功した起業家とその家族だ。本人が来づらいケースもあるが、例えばその家族たちがプライベートジェットで来日し、1回2‐3百万円もする再生医療や、100万円で貸し切るプライベートツアーの予約など、健康や文化への探求にお金を惜しまない。
 また、収入はそこまで高いわけでもないが、自分の趣味にお金を惜しまず、1回の訪日消費額が100万円以上になる若者も多い。
航空券と宿泊代を節約するが、1週間の間に毎朝4時間池袋のガチャガチャセンターでガチャガチャをした後、秋葉原でフィギュアや推しのグッズを買い集め、2つの大きなスーツケースに詰め込んで帰ったり、アイドルのコンサートの追っかけとして全国ツアーを巡ったりする人もいる。

 もちろん、ブランド品や日用品の爆買いも依然として人気が高いし、ミシュランレストラン、熊野古道巡りやスキーのためだけに来日する人もいる。つまり、日本は彼らにとって関心の高いコンテンツがたくさんあるのである。
 買い物やグルメはもちろん、昔の中国と交流があったことから、日本の文化コンテンツに対する人気はダントツに高い。特に現在の若者は、小さい頃から愛国教育を受けているため、中華伝統文化への関心が高い。日本では古い中国から来てアレンジした文化コンテンツが豊富なため、これから発展するポテンシャルが高い。また、日本のバブル期から育ってきたスキー、キャンプ、リゾート、アートツアーなど、ライフスタイルにまつわるコンテンツも中国人の高付加価値観光客を魅了している。そして、若い世代を中心とした高付加価値観光客は、自分の親の介護と自分の健康を意識するようになり、高齢社会の先進国である日本のヘルスケア製品・サービスへのニーズも高い。
 上述のコンテンツについて、若者高付加価値観光客のニーズを満たしているところもあれば、潜在ニーズとしてまだ潜んでいるところもある。例えば、寺院に関する文化体験について、座禅や貸切見学と宿泊のサービスはあるようだが、彼らがもっと求めているのは、ただ「来てみる」のではなく、この時間で五感を使い、どのようにして中国の文化から日本独特の文化まで発展したのか、いただく精進料理に含まれる哲学と歴史とは何か、また仏像の特徴の時代変遷などを、分かりやすい言語や説明で没入したいという深層心理がある。また、日本では当たり前のような医療環境・介護常識などについても、中国では聞いたこともない可能性がある。日中のギャップをわかった上での商品とサービスを開発することが望ましい。ただ「もの」「こと」だけでなく、「なぜ」も答えてくれる日本の観光が求められている。
 最後に、高付加価値観光客へのアプローチについて述べると、中国/中華圏の特有な文化から、影響力のあるアカウントの「SNS発信」と身近な「口コミ」の相乗効果が必須である。ターゲットとする高付加価値観光客の特性と嗜好を把握した上で、彼らがフォローするアカウントでの発信はもちろん、彼らに口コミしてもらう、または彼らの友人に口コミしてもらうために、既存の顧客との関係構築や顧客体験に力を入れるべきであろう。
 観光産業は日本にとって重要な成長産業であり、その中で、訪日中国人は数的にも単価的にも存在感が圧倒的である。このマーケットを継続的に発展させるために、重要な都市部若者富裕層の心を掴む必要があるし、彼らのニーズは常に進化している。今後、本稿で紹介した彼らの行動パターンと消費嗜好を踏まえ、もっと質の高いコンテンツを創出し、インバウンド市場の継続的な成長につなげることを願いたい。