KURABITO STAY
特集④-1 唯一無二の体験で地域と旅人をつなぎ日本酒の未来を描く

田澤麻里香(たざわ・まりか)

株式会社KURABITO STAY代表取締役。長野県小諸市生まれ。
大手旅行会社、大手食品会社(ワイン営業部)勤務後、故郷である小諸市へ地域おこし協力隊としてUターン。(一社)こもろ観光局の立ち上げに関わる。2019年にビジネスコンテストで優勝したことをきっかけに起業し、2020年、長野県佐久市の老舗酒蔵「橘倉酒造」とパートナーシップを結び、かつての杜氏らが利用した築100年の宿舎を宿泊施設としてリニューアル。
世界初となる蔵人体験ができる酒蔵ホテル®KURABITO STAYをオープン。

知的好奇心を満たす酒蔵での蔵人体験

―「KURABITO STAY」が開業したのは2020年3月、まさにコロナ禍の真っ只中だったと思いますが、どのようにしてビジネスを軌道に乗せたのでしょうか。

 旅行会社での経験があったので、その経験を活かせば、旅行会社やOTAに頼らなくても、自分でコンテンツを作れるのではという想いが強くありました。そもそも1回10名限定、実施するのは年間約25週で、受け入れられる泊数でいうと延べ300人泊くらいと少なかったこともあり、直接予約のみのかたちをとることにしました。
 初期は認知拡大のために、ビジネスコンテストにも出ました。ちょうどその頃は、地方創生やインバウンドをどう取り込むかということがトレンドで、地方の酒蔵を観光コンテンツにするという珍しさと相まって、メディアでもたくさん取り上げていただきました。私が専業主婦からの再スタートだったので、政府が掲げる地方における女性の活躍「ワークアゲイン」という文脈と合ったことも好機につながりました。農林水産省や観光庁などの補助事業にも採択され、その関係でファムトリップをやっていただいたことで、広告宣伝費をかけずしてどんどん認知されるようになり、さらにはありがたいことにお客様の満足度も当初から非常に高く、その口コミで自動的に広がっていったという感じです。
 あとは、SNSのアルゴリズムの影響もあると思います。日本酒のことを調べている人のタイムラインには、日本酒の情報が常に出てくるようになりますよね。日本酒の業界は狭いので、日本酒が好きな人向けの情報も一気に広がるんです。開業から2〜3年目には、日本酒好きが日本酒好きを呼ぶように、お客様がお客様を呼ぶような周期に入り、シーズン中の稼働率は95%前後で、ほぼ埋まるようになりました。

―開業以降の料金の推移を教えていただけますでしょうか。

 当初は1泊2日が3万8000円、2泊3日が5万8000円程度で、当時は日本人も外国人も同じ料金にしていました。現在は、日本人の場合は1泊2日が6万9800円、2泊3日が8万9800円程度、外国人の場合はそれぞれ9万9800円、13万9800円程度にしています。日本人と外国人で料金設定を変えていますが、弊社の場合、日本語と英語のウェブサイトでそれぞれの料金を表示していて、英語版では料金に翻訳料を含めています。
ほぼすべてのツールに英語版を用意しているほか、通訳も手配するので、そうした料金が含まれているからだと伝えると納得してくれます。特に、KURABITO STAY のお客様の場合は、知識を得るために料金を払って来てくださっている方たちなので、その分の料金がかかってもいいから英語できちんと説明してほしいという要望もあります。

―現在は日本人と海外の方の割合はどれくらいですか。また、海外の方はどのようにしてKURABITO STAY を見つけられるのでしょうか。

 コロナ禍では日本人が9割でしたが、昨年度は日本人が6割、外国人が4割でした。多いのは香港、シンガポール、アメリカ、オーストラリアで、これまでに31の国・地域の方がいらっしゃいました。
 年代として一番多いのは30〜40代です。インスタグラムをはじめ、日常的にSNSを使っている年代なのではないかなと思います。直接的な口コミだけでなく、そこでの誰かの好意的な投稿やレビューなどを見て、予約してくださる方が多いような気がします。職業としては、ワインやクラフトビールなどの醸造に関わる仕事をしている方や、趣味で日本酒を愛する医師、弁護士、教員、警察をリタイヤした方、エンジニアなどさまざまです。
 海外の旅行エージェント経由での申し込みも時々受け付けるのですが、それゆえのトラブルが起こることもあります。弊社のプログラムは蔵人体験がメインなので、泊まる部屋は蔵人が寝ていた部屋を仕切って作った簡素なつくりになっています。以前、外国人が経営するインバウンド専門旅行エージェントからの紹介でいらっしゃった、おそらく富裕層のスイス人のご夫妻がチェックインをしてから、部屋のことで喧嘩を始めてしまったことがありました。最後はとても満足して帰っていただけましたが、誤解を解くためには多くの時間と労力を要します。そういったトラブルの多くは、エージェントからお客様への説明不足が原因です。そうしたミスマッチを防ぐためにも、エージェントを介す場合にはまず、企画担当者自身が事前に蔵人体験に参加すること、それができないのであれば取引はしないこととしています。
 それから、旅行会社側が参加枠をおさえていた場合、集客できず直前にすべてキャンセルというのも困るので、参加枠をおさえた時点で買い取っていただくようにしています。だから、結果的に、95%以上の方が直接予約となります。

デザインやストーリーの設定によって自然と客層が絞られる

 日本酒というテーマに特化していることから、おおよそこういう方が来るだろうというイメージはありました。
ウェブサイトのデザインやストーリーの設定によって、ある程度客層は絞り込めるのではないかと思います。実際、テレビなどに取り上げられると幅広いお客様から問い合わせをいただきますが、弊社のウェブサイトのサイトデザインは多くのお客様からは大変好評をいただいているにもかかわらず、中にはそのウェブサイトが見にくいといったお声をいただくこともあります。そういう方は、丁寧に説明をしていっても、結局予約に結びつかないものです。私たちはそのような場合を悲観的に捉えません。
むしろ、それはその方の好み、あるいはその方の旅のスタイルと弊社が提供できるものにギャップが生じているということが超初期段階で明らかになったということだと思いますから、「このデザインを心地良く感じる、価値観が近い方を集客する」という点で、デザインによってもお客様をこちら側で「絞り込む」ということが可能になり、顧客と受け入れ側のミスマッチをなくすことができるので結果的に双方がハッピーになります。

 参加される方は、7〜8割はおひとりです。参加された方々同士の交流から、新たなネットワークもできています。これは私見ですが、ワイン好きの方は経済力によるマウントの取り合いのようなことが起きてしまうこともあるように思いますが、大きな価格差のない日本酒の世界はそれがなく、飲み手の間に上下関係がないのも良いところです。日本酒という共通の趣味があることで、スムーズに仲良くなれる
――それがKURABITO STAYならではの価値になっていると信じています。1階のラウンジにある、木桶の蓋を使った大きなラウンドテーブルには、日本酒が好きな人たちが集まって語り合う、楽しい時間を過ごしてもらいたいという強い想いを込めています。そして、参加者全員が仲良くなれるように、初日のあいさつの時点でまず私が皆さんを盛り上げるようにしています。出だしでお客様の心をつかむ、言い換えれば最初に魔法をかけてしまうイメージです。それには経験が必要で、私の場合は旅行会社時代の経験がすごく生きています。横展開するためにも、属人性を下げたほうがいいという声をいただくこともあります。私自身、一時期そう思ったこともありました。でも、私に会いたいという理由で来てくださるリピーターの方もいますし、KURABITO STAY は単なるホテルではなく、少人数で、それぞれの人と人とのつながりの上に成り立っている場所ですから。この場所を立ち上げた私がいるかいないかが満足度に影響するのだとしたら、私が現場を離れるという選択肢は考えなくていいのかなと最近は思っています。

―シーズン以外の体験について教えてください。

 今年からは5〜11月限定のプログラムとしてサイクリングツアー「酒米サイクリング」を始めました。また、8・9月に上田市の棚田で開催するプログラム「TANADA MORNING(棚田での朝ご飯体験)」もすべて満席です。このプログラムでは、岡崎酒造の社長・岡崎謙一さんとご一緒しています。岡崎さんが進めている棚田ホテルを作る計画にも携わらせていただいて、2027年春の開業を目指しています。
 また、今年5月には岡崎酒造さんとタッグを組んで「酒蔵ホテル® KIREI」をオープンしました。ここでは、岡崎酒造の目の前の古民家に一棟貸しスタイルで滞在でき、入手困難な5種の「信州亀齢」を蔵人が調理したアテと共に味わう飲み比べ体験ができます。

うわべだけではなく、リスクを背負って本物の体験を提供できるかどうか

―最近は他地域でも同じような蔵人の体験ができるものも増えてきましたね。

 観光地ではないところにどれだけインバウンドを呼び込めるかに挑戦したのがこの5年でした。そのために、あらゆる認証制度やビジネスコンテストに申し込んで自分自身を可視化してお墨付きをいただき、お客様からの信頼を高めて、地域の方々の自信につなげてきました。その次のフェーズとして、他地域での立ち上げ支援やコンサルティングなどもできるようにしていきたいと考えています。
 最近ではKURABITO STAY の手法を学びたいということで話を聞きに来て下さる方もいますが、たいていのところ、欲しいのは特効薬です。でもプログラムを単純になぞるようなことでは長続きしないと思います。マネーリスクを負ってやる人がいるかどうか。ストーリーの作り込みはもちろん、我々は、まさに「かゆいところに手が届く」、きめ細かいサービスをお客様にご提供することを徹底しています。
 最近では模倣商品も増えてきました。弊社とはまったくの別物だということが分かっていただけるとは思いつつ、蔵人体験の市場が荒らされるのは良くないことだとも思うので、SNSでの発信の仕方も意識していかなくてはいけないと感じています。

日本酒という文化とブランド価値を伝え、未来へつないでいく

―田澤さんが思い描く今後のビジョンを教えてください。

 最初は日本酒や日本の農業に貢献できたらいいなという想いが強かったのですが、あるとき、酒蔵にとって、「観光蔵」といわれることは、酒づくりの姿勢を問われるようで、喜ばしいことではないと知りました。そういう意味で、KURABITO STAYはあまり歓迎されていないのかもしれないと悩んだ時期もありました。でも、岡崎酒造の岡崎さんと出会い、岡崎さんをはじめ酒蔵の方々とお仕事をご一緒する中で、それぞれの強み、環境や事情に合わせて酒蔵とお客様とをつなぐ体験を作る意義はあると思えるようになりました。
 いま、岡崎さんと一緒に進めている棚田のホテルでは、単なる宿泊事業で成り立たせるビジネスモデルではなくて、そこに泊まるためには棚田のオーナーになってもらうというスキームを目指しています。そして、そのオーナーになるための参加費はすべて棚田の保全活動に使われます。お米を作って売るだけだと限界があるため、体験と組み合わせた付加価値のあるコンテンツを作って、そこにお金を払ってもらうという仕組みです。それが日本酒のブランド価値を高め、さらに日本酒づくりへのリスペクトが価格に反映されるというところを次の2〜3年でやっていきたいと思っています。
 いい日本酒を造るには設備投資だけでなく、当然のことながら技術力も欠かせません。かつその背景には長年受け継がれてきた日本ならではの文化が息づいています。そこをお客様が身をもって体験することで、先人の叡智と酒づくりの素晴らしさを実感してもらえますし、文化への正しい理解が日本酒のファンをさらに増やすことにつながっていくと信じています。日本酒はもちろん、日本ならではの技術や文化、伝統といった唯一無二のものとの接点として、これからもKURABITO STAYを続けていきたいと考えています。
〇聞き手:福永香織・柿島あかね(JTBF)