ryugon
特集④-2 宿は〝地域のショールーム〞
〜地域と密接に関わり目利きの機能を発揮する〜

井口智裕(いぐち・ともひろ)

株式会社龍言代表取締役。
旅館の4代目として家業を継ぎ、2005年に「越後湯澤HATAGO井仙」をリニューアル。
2008年に周辺7市町村で構成する「雪国観光圏」をプランナーとして立ち上げ、2013年には代表理事に就任。2019年には老舗温泉旅館の経営を引き受け、雪国文化を感じる古民家ホテル「ryugon」へのリノベーションを実施。「宿は地域のショールームである」との思想のもと、実業と地域経営を共存させることで国際競争力をもった地域ブランディングの構築に取り組む。

トラベルスタンスを理解したうえでの地域ストーリーづくり

―「ryugon」では、いわゆるターゲットとして、どのような層を想定していらっしゃったのでしょうか。

 僕としては、日本の方なのか、海外の方なのかというところから考える必要があると思っています。そもそも旅行に対して、日本の方はレジャー、海外の方は学びの場と捉えていることが多いように感じています。その感覚がそもそも違うので、それを一緒くたにするのは無理があるかなと思います。
 そして気をつけなくてはいけないところですが、日本のさまざまな文化、地域を旅行の中で学びたいと考える外国人がいたとしても、それに対応するコンテンツとして日本人が考える日本らしさ、地域らしさの解像度は細かすぎるのではないかと思います。海外の人はもっとざっくりと見ているので、日本の観光地でよく見られるコンテンツは、彼らが求めているものとの解像度が違うなと思っています。
 旅行者としての解像度を理解するためには旅行経験が必要です。たとえばハワイといえばこれが食べたい、あそこに行きたいみたいに、旅先に対して自分が思うイメージがありますよね。
それぞれが思うイメージ、それが地域ストーリーなんです。日本の地域観光ではこのストーリーづくりができていなくて、コンテンツが先にある。ストーリーを作らずに地域をブランディングするから違和感があるんですよね。

―そのストーリーをしっかり作って生まれたのが「雪国観光圏」ですね。

 僕は、「ryugon」を設計するにあたって、1週間宿泊するような旅のスタンスをもった人にとって心地の良い宿とはどういう宿かを考えました。そのときに、いわゆる日本の典型的な温泉旅館は決して心地良くないだろうと思ったんです。1泊2日のエンターテインメント旅館としては楽しいんだけど、たとえばフランス・ブルゴーニュのワイナリーで、ブドウ畑を見ながらのんびり過ごして、宿に戻って本を読むような人たちにとっては窮屈だろうなと。そういうスタンスをもった人が日本に来たときに、彼らにとっての心地良さを提供するデスティネーションと施設を作ろうと思いました。地域ストーリーを考えるうえでも、彼らの旅の経験値、トラベルスタンスをちゃんと見ることが大切だと感じています。

―「ryugon」のお客様のうち、海外の方の割合はどれくらいですか。また、どのようなチャネルで販売しているのでしょうか。

 オープン当初は5%くらいでしたが、いまは10〜15%くらいですね。ほとんどの方は連泊されます。そこで面白いのが、海外の方の場合は何がしたいというわけではないんですよね。
さっきのブルゴーニュのワイナリーに1週間滞在すると考えたときに、日本人の旅のスタンスだと手持ち無沙汰なんですよ。行くところがないから暇だとなる。でも海外の方にとってはそれが心地いい。「ryugon」に連泊する方も、散歩をしたり、居酒屋に行ったりするくらいで、特別なことは何もしない人が多いように思います。
 販売チャネルについては、海外の方が個人で直接予約をしてくるケースは少なく、DMCやOTA経由で予約が入ってくることが多いです。34室もあると色々な客層を入れていかなければいけないので、時期によってはアジア圏からのツアーや日本人のツアー、グループが入ってくることもあります。コロナ禍直前にオープンしましたが、日本の旅館や小規模ホテルに特化した国際ホテルコンソーシアム「The Ryokan Collection」に加盟しているほか、ニュージーランド出身の知人がメディアを連れてきてくれて、1週間滞在して記事を書いてくれました。
 コンセプトを「雪国文化」に変更したことで、年々売上は増加しており、いままでオフシーズンだった冬季も、昨シーズンはほぼ100%稼働となりました。ただ、「雪国」にとって春はとても特別で良い時期なのですが、なかなかここまで足を伸ばせてもらえていないことは課題でもあります。
 宿泊費も上げていきたいものの、上げすぎると日本人が泊まりづらくなるのでバランスが難しいところですが、リピーター向けには早めにチェックインができるようにしたり、次回宿泊時に使えるクーポンを提供したりしています。

コミュニケーションに価値がある体験

―「ryugon」自体が泊まって「雪国」を体感できるコンテンツなのだと思いますが、日本人と海外の方で体験コンテンツ(アクティビティ)の嗜好の違いはありますか。

 一番人気があるのは「土間クッキング」で、日本人、外国人両方に共通していますね。セルフガイドで、田んぼ道の真ん中など5キロの道を自転車で走って帰ってくる「田んぼポタリング」は海外の方が多いです。
「土間クッキング」で応対してくれる地元のおばあちゃんたちは英語は話せませんが、通訳を入れる必要はないと思っています。内容はインストラクション動画を見てもらえば分かりますし、そもそも「土間クッキング」の価値は、クッキングクラスとしてではなくて、ローカルなおばあちゃんとのふれあいにあると思うんですよね。だから間に人が入らないほうがいいし、英語を話せなくてもいいということに最近、気付きました。大体、日本人の参加者の中に英語が話せる方がいるので、その方が通訳してくれると参加者同士で盛り上がります。お客さん扱いしすぎないのが嫌だというお客様もいますが、うちはサービスそのものというより、コミュニケーションに価値があると考えているので、そこに共感してもらえるかどうかだと考えています。

宿、アクティビティ、食に移動手段と環境を掛け算する

―地元の協力態勢はいかがでしょうか。

 うちのホームページを見ると分かると思うんですけど、ダイニングアウトしてもらうために地元の飲食店の情報を載せています。六日町では、それを見た「ryugon」のお客様が来てくれたとお礼を言ってもらったり、協力を申し出てもらったりすることがあります。僕自身、世界を旅して思うのが、訪れたい観光地の要件は宿とアクティビティと食で、それに掛け算をするとしたら移動手段と環境。この掛け算ができるところが一番魅力的な場所なんだと思います。
 それを考えると、南魚沼は宿が弱かったんですよ。でも、どんな宿でもいいわけではなくて、地域の民度を上げるためには、いいお客様に来てもらわないといけない。そのためには、いい宿が必要なんです。そして連泊してもらうためには、いいアクティビティと、いい飲食店が地域にたくさんあることが大事。地域と共存することが結果的に宿の連泊数につながるというのがうちの考え方です。

―質の高い体験、宿づくりを担う人材の確保についてはどうお考えですか。

 たとえば新卒であれば、都内の学校を出た子は都内のホテルでインターンをしてそのままそこで働くというように、旅館という選択肢がもはやない。
そもそも都内の学校に通っていた人がわざわざ地方で就職しないですよ。だから地方の旅館にとっては、スタート地点からギャップがあるんです。
 そう考えると、まずやらなければいけないのは、若い世代に地方で働くこと、旅館で働くことの意義を分かってもらうために、インターンを受け入れる仕組みを作ることだと思っていて、積極的に受け入れるようにしています。
さらに、旅館の仕事を5時間手伝うと無料で宿泊できる「さかとケ」というプログラムも用意しています。この地で暮らすことに興味をもってくれる人を作らない限りは、いくら集客しても回らないわけですから。あとは、学生たちがボランティアで観光地のお手伝いをするという大学のサークルも受け入れています。その場合、たとえば米づくりや草刈りを手伝ってもらうとか、スポット仕事をお願いしています。
 農家さんが自らそのあたりをコーディネートするのは難しいので、その間に入ってつなぐことができればいいなと思っています。やっぱり、会社がいくら待遇を良くしても、この地で暮らすイメージがちゃんとできないと、なかなか移住にはつながらないので、そう考えると、地域づくり、コミュニティづくりが大事だなと感じています。

宿の本質的価値は「目利き」の機能にあり

―普通は、どうしてもほかと差別化するために、要素を探して細かくなっていくのに、あえて俯瞰したところに留めるというのは井口さんならではですよね。

 雪国文化だけは僕、誰よりも語れますから(笑)。作戦としてはこの一点突破です。宿の価値、本質をどこに求めるかということにつながると思うんですが、僕は使命でくくったほうがいいと思うんですよね。昔から、宿は地域のショールームだと言っているように、究極のDMCだと思っています。
たとえば文化、食材、地元の人との出会いなど、それらのプラットフォームであることに宿として生き残る道があると感じています。
 ひと昔前の旅館が提供していた料理、風呂、部屋はいまや全部が代替できてしまうものなので、宿というワンパッケージでやる必要がなくなっています。衰退してしまったデパートと同じ状態で、もはや全部が揃っていることが価値ではないんですよね。では、デパートの本質的な価値が何かといったら、目利きの機能だと思うんです。
だから宿も、お客様との接点の部分でいかに目利きの機能を発揮するかというところが大事で、さらに高付加価値化を考えるなら、宿と地域がいかに密接に関われるかだと思っています。
〇聞き手:福永香織・柿島あかね(JTBF)