曽根造園
特集④-5 体験を通して日本庭園を世界に

曽根文子(そね・あやこ)

株式会社曽根造園代表取締役。
1971年、京都府生まれ。大阪芸術大学建築学科卒業。瀧光夫建築都市設計事務所で学ぶ。一級建築士。〝禅味のある庭づくり〞を基本精神に、寺院庭園をはじめ町屋・店舗などの作庭を手掛ける。

山﨑麻己子(やまざき・まきこ)

放我庵エグゼクティブマネージャー。1972年、京都府生まれ。
大阪写真専門学校映画学科卒業。2011年、株式会社曽根造園入社。マインドフルネススペシャリスト。

庭師に教わりながら白砂に模様を描く砂紋引き体験

―砂紋引きが体験できる施設「放我庵(HOGAN)」を立ち上げた経緯を教えてください。

 5年くらい前、頭の中にアイデアがふってきて、すぐに平面図がさらさらと書けたんです。そこからは「こんなことがしたい」と周りに言いながら、まず土地を探し始めました。しばらくしたら友人が嵯峨野にこういう物件があると教えてくれて、見に行ったんです。そこで物件のオーナーさんに、ここを改装して外国人向けに日本庭園の文化を伝える施設にしたいと伝えたら「面白い」と言ってくれて、一緒にやりましょうということになりました。
 そこから動き始めたわけですけど、私たちは職人集団ですから、どうやって観光客を呼び込めばいいのかも、サービスをどうやって売るのかもまったく分かりませんでした。京都市観光協会の「インバウンドイノベーション京都」(インバウンド向け観光コンテンツ造成支援プログラム)に採択されたことをきっかけに、構想を練るときも、建築について考えるときも、とにかくいろいろな方に手伝っていただきました。
 実は、6年前から「曽根造園未来メモ」というのをつけています。造園業を続けていくためには若い職人が入ってこなければいけないし、成長の場所も必要だということとか、砂紋引きの体験は絶対に話題になるとか、頭に浮かんだことを書き留めています。「放我庵」のアイデアが浮かんでからは、そこで何をしようという自問自答をメモの中で繰り返しました。それがかたちになったという感じです。当初は、「砂紋引きの何が面白いの?」って周りから言われることが多かったのですが、いま思えば、否定意見も大事でしたね。最初からみんなに賛成してもらっていたら、考えをここまで深められなかったかもしれません。

観光客はもちろん職人のための場所でもある

 体験は、ただ砂紋引きをするだけでなく、我々が天龍寺・東福寺・妙心寺・建仁寺御用達の造園会社であることや、日本庭園のこと、そして砂紋引きは禅の修行の一環でもあることなどをお伝えします。その後、心を落ち着かせるためにメディテーションを行い、庭師と同じ法被を着て砂紋引きを行います。簡単そうに見えますが、真っ直ぐに砂紋を引くのにこれだけ集中力がいるのかと、皆さんびっくりされます。
「放我庵」は、単なる体験の場ではなくて、番頭(ベテランの職人)が活躍できる場所、そして若い職人を育成する場所でもあります。職人は普段、庭について仕事の依頼主と話すことはあっても、一般の方と話すことはまずありません。でも、職人だからといって、お客様のニーズが分からない、コミュニケーションがとれないでは、これからの時代、仕事になりません。
 曽根造園の財産といったら〝人〞です。「放我庵」で海外のお客様と接することが、職人としての経験値や人間味を育て、高めるための刺激になると考えています。お客様にしても、熟練の職人が語るからこそ心に響くでしょうし、価値を見出せると思うんです。
 とはいえ、お客様の対応をしてもらっている番頭は、最初はあまり乗り気ではありませんでした。でも「放我庵」ができあがっていくにつれて、気持ちも徐々に変わっていきました。いまもお客様の前で話をするのは相変わらず苦手だと言っていますが、お客様と話をしているときは楽しそうにしています。自分がいままでしてきたこと、培ってきたことが相手にちゃんと伝われば、誰でも嬉しいですよね。
 回を重ねるごとに教え方もうまくなってきました。砂紋を引くのに、言わなきゃいけないことは言うし、ダメなときはダメって言うけど、いい塩梅に褒めるので、お客様はみんな、最後には上達なさって、喜んでくださいます。
褒めすぎても、職人さんに教わっている感じがしないでしょうし、そういうポイントをおさえるのが上手ですね。

―最近の客層を教えてください。

 日本でいろいろな体験をしたいという方と、日本庭園や禅に興味があって来られる方に二分化しているように思います。年齢層としては30代がメインです。価格が高めなこともあり、当初は50代から60代の方が多いかなと想像していたんですが、実際には若いご夫妻が多いですね。国籍・地域はアメリカの方が多く、カナダ、ドイツ、シンガポール、香港、インドなどいろいろです。
 販路としては、ラグジュアリーホテルのエクスペリエンスとして採用していただいているので、そのホテルにお泊まりのお客様か、富裕層向けのOTA経由で予約をしてくださるお客様ですが、実際に来てみて「思ってたのと違う」といった反応はありません。
それは、ホテルの方の説明や、OTAのウェブサイト上で、体験の内容をしっかりと伝えられているからだと思います。私の印象としては、お客様は皆さん謙虚で、日本をリスペクトしてくださっているように感じています。

体験の先に見据えているのは〝日本庭園を世界に〞

 毎回、受け入れ当日の天気をはじめ、お客様の属性や反応、改善点などを記録して、付加価値向上に努めています。また、「放我庵」には一日
1組限定で泊まれる宿泊施設としての機能もあります。
今後、宿泊のお客様を迎えることになりますが、庭の表情は昼と夜で変わりますから、ゲストハウスでお酒でも飲みながら月の明かりに照らされる庭を眺めたり、早朝の空気と一緒に庭の眺めを楽しんだりしてもらえたら嬉しいですね。宿泊しないと体感できない庭の表情を独り占めするように楽しめるというのも付加価値のひとつになるだろうと思っています。
「放我庵」の強みは、私たちが造った庭を直に感じていただけることだと思っています。体験で砂紋を引いて日本庭園の良さを実感していただいた先に、我々の技術を海外に広めていきたいという想いがあるので、「放我庵」が独り歩きするのではなく、あくまでも曽根造園あっての「放我庵」というかたちが付加価値を高めることにもつながっていると考えています。

ファンを増やすことが担い手育成にもつながる

―現状の課題と今後の展望について教えてください。

 屋外での体験のため、課題のひとつは夏の暑さ対策ですね。受け入れ時間を真夏は朝一もしくは夕方からに変えました。それでも暑いですけどね。直射日光をほど良く遮る、寒冷紗という布のような資材を取り入れてみようかという話もしています。
 雨に関しては、雨天時の対応として、盆栽鉢に景石などを置いて小さな日本庭園を表現するプログラムも用意していますが、いまのところお客様が来る日は、必ず晴れているので、まだ実施したことはありません。暑くて外での砂紋引きがつらい、集中できないとなったときは、このプログラムを実施するのもいいかもしれないですね。
 あとは、2年目になって予約は入るようになってきましたが、もう少し集客を増やしていきたいと考えています。企業研修やギャラリーなどにレンタルスペースとして有効的に使っていただいたり、毎年の固定客につながるような国際会議向けのプランなど、販売経路の開拓やプラン幅の拡大に取り組んでいきたいと思っています。
 いまは、「京都市デジタル化推進プロジェクト」の補助金を使って、これまで印刷した写真で説明していたものをモニターを使って映像で紹介したり、お客様が体験中の様子を写真に撮って、後でショートムービーのようにしてプレゼントしたりするための準備を進めています。
 来て終わりではなくて、帰った後も写真や動画を見ることで、思い出してもらえるものや、それを友達に見せたいと思えるものに力を入れたいと思っています。口コミほど、強いものはないと思うので。そういう意味でも、法被、手ぬぐい、地下足袋、ソックスなど、お土産用の商品も作りたいと思っています。
 将来的には、曽根造園のファンを増やしていきたい。どんな業種でもそうですけど、結局は人気商売だと思うんです。人の気をどうやって引き寄せるか、どうやって人様に支持されるか。
お客様のほうから「庭を造ってください」と言って来てもらえるようになりたいと思っています。
 いま、お客様のご案内は、基本的には番頭にお願いしていますが、日によっては、若い職人にもサポートとして入ってもらうようにしています。いつでも代われるように体制を作っておきたいですし、続けていくためには会社全体を巻き込んでいくことが大事だと考えています。そういう想いもあって、「放我庵」の庭を造るときには、若い職人の意見を取り入れました。彼らからしたら、自分の造った庭にお客様が感動してくれる、しかもそれを目の当たりにできたら、いい刺激になりますよね。お客様から質問されたときに、自分の至らなさを感じることもあると思いますが、だからこそ勉強すると思うんですよね。庭師のなり手も年々少なくなってきています。日本庭園の文化を守るためにも、庭のファンを増やして、担い手を増やしていくことにつながればと思っています。
〇聞き手:福永香織(JTBF)