特集①-2 LVCVAにおけるデータドリブンなガバナンスの仕組みと統計の質

観光研究部 副主任研究員
川村竜之介

1.はじめに

 今日の観光地経営において、データに基づいた戦略策定、すなわちデータドリブンなアプローチの重要性は論を俟たない。しかし、多くのDMOでは、どのようなデータを、いかにして収集し、そして組織の意思決定にどう結びつけるかという実践的な課題に直面しているのが実情である。
 本稿では、世界屈指の観光都市であるラスベガスのDMO:Las Vegas Convention and Visitors Authority(以下LVCVA)を事例に取り上げる。LVCVAは、1970年代から独自に観光統計を整備してきた先駆者である。デジタル技術が飛躍的に進化した今、彼らのデータ活用はどのような進化を遂げているのか。この問いを検証すべく、LVCVAリサーチセンターの所長であるケビン・バガー(Kevin Bagger)氏へのヒアリングを実施した。本稿では、そのヒアリング内容と公開情報を基に、LVCVAにおけるデータドリブンなガバナンスの仕組みと、その根幹を支える統計の「質」を担保するメカニズムを解き明かし、日本の観光地経営に対する示唆を導き出す。

2.LVCVAの概要‐資産保有・運営型のハイブリッドDMO

 LVCVAのデータ戦略を理解するには、まずその特異な組織形態と財源構造を把握する必要がある。LVCVAは、ラスベガスを含む南ネバダ地域のDMOとして、1955年にネバダ州政府によって設立された。その使命は「ラスベガスを、レジャーおよびビジネス旅行において議論の余地のない世界的な目的地(the undisputed global destination)にする」ことである。
 LVCVAの最大の特徴は、その独自の財源構造にある。多くのDMOが宿泊税などの公的資金に依存する「コストセンター」であるのに対し、LVCVAは公的資金と事業収益を組み合わせたハイブリッドモデルを採用している。第一の財源は、エリア内の宿泊施設から徴収される宿泊税(Room Tax)であり、これはDMOの典型的な資金調達方法である。そして第二の財源が、自ら所有・運営する「ラスベガス・コンベンション・センター(LVCC)」から得られる事業収益である。LVCCは総面積4・7ヘクタール(東京ドーム約9個分)に及ぶ巨大施設であり、LVCVAの歳入の約2割を稼ぎ出す「プロフィットセンター」として機能している。このほか、ラスベガスモノレールやベガスループの所有・運営等を担っており、こうした交通インフラ関連の事業収益も加わる。
 これらの仕組みが、財源的なフィードバック・ループを生み出す。宿泊税がLVCVAのマーケティング活動を支え、レジャーおよびビジネス訪問者の需要を創出する。そして、創出された需要、特にコンベンション参加者は、LVCVAが運営するLVCCの稼働率と収益性を高める。その収益は再びLVCVAの財源に還元され、更なるマーケティング投資や大規模イベントの誘致を可能にする。この「資産の保有と運営を行うDMO」としての性質が、DMOのミッションを明確にしつつ、それに必要な財源の確保や未来への投資を実現可能としている。
 LVCVAの組織は、このような経営基盤の上に、経営陣トップであるCEO(Chief Executive Officer)のもと、マーケティング、施設運営、営業、戦略、財務などを担当する役員がそれぞれ配置される機能的な経営体制が敷かれている。今回ヒアリングを行ったリサーチセンターも、経営陣の一角を占めている専任の所長(副社長)によって率いられている。LVCVAの経営陣がデータをいかに重視しているかを示す組織的な証左と言えるだろう。

3.組織を動かす5つの指標群とガバナンス

 LVCVAのデータドリブンなガバナンスの中核を成すのが、組織全体のパフォーマンスを多角的に可視化するために設計された5つの指標群である。リサーチセンターはこれらの指標を体系的に管理し、組織の情報ハブとしての役割を担っている。
 5つの指標群の概要は以下の通りである。
① DestinationMetrics(デスティネーション指標)…ラスベガスという地域(デスティネーション)全体の状況を示すマクロ指標。宿泊関連の指標(客室稼働率(OCC)、販売可能客室数あたり売上(RevPAR))、訪問者の属性や行動を分析するVisitor Profilesなどが含まれる。
② Industry Metrics(市場指標)…ラスベガスを取り巻く外部の市場環境に関するデータ。
後述するSTR社の宿泊関連データや、第三者機関のレポート、競合デスティネーションの動向、国際観光市場のトレンドなどをモニタリングする。
③ LVCC Metrics(LVCC指標)…LVCVAが自ら運営するコンベンションセンター(LVCC)のオペレーションに関する指標。施設の稼働率、顧客満足度、リピート率などが含まれる。
④ Sales Metrics(営業指標)…主にMICE誘致など、B to B 営業活動に関する指標。
CRM(顧客関係管理)システムを用いて、セールスリード(見込み客)の発生から成約までの状況を、マーケットセグメント別に管理する。

⑤ Marketing Metrics(マーケティング指標)…主に旅行者向けのマーケティング活動の効果を測定する指標。
広告のインプレッション数やクリック率、ブランド認知度、SNSエンゲージメントなどが含まれる。
 LVCVAのガバナンスが優れているのは、これらの指標群と、それを管轄する経営陣の責任範囲が明確に連動している点にある。例えば、③LVCC Metrics(LVCC指標)は施設運営の責任者であるCOO(Chief Operating Officer)、④ Sales Metrics(営業指標)はCSO(Chief Sales Officer)、⑤ Marketing Metrics(マーケティング指標)はCMO(Chief Marketing Officer)がそれぞれ対応している。
 そして、組織全体を束ねるCEOは、これらの指標の中でも特に①Destination Metrics(デスティネーション指標)において、ラスベガスに対する需要の総量を端的に示す客室稼働率と、収益性を示すRevPARを、KPI(Key Performance Indicator)として最も重視している。組織のトップから各部門に至るまで、明確な指標に基づいて意思決定や評価が行われる。これこそが、LVCVAにおけるデータドリブンなガバナンスの基本構造である。

4.統計の「質」を担保する仕組み

 前述のガバナンスの仕組みは、その土台となるデータの「質」、すなわち信頼性と正確性が確保されていて初めて機能する。LVCVAはいかにして高品質なデータを担保しているのか。
ここでは、① Destination Metrics(デスティネーション指標)の中から、宿泊関連の指標とVisitor Profilesの2つを例に、その仕組みを深掘りする。

1.宿泊施設からのデータ収集―長年の信頼関係という無形資産

 客室稼働率、ADR(客室平均単価)、RevPARといった宿泊関連の指標は、デスティネーションの状況を測る上で最も基本的なデータである。LVCVAはこれらのデータを、エリア内の宿泊施設から月次で収集している。その方法は、オンラインフォームやメールに加え、小規模施設に対しては電話での聞き取りといったアナログな手法も含まれる、極めて従来型のものである。
 米国ではホスピタリティ業界のデータ収集を専門としているSTR社の宿泊関連データが業界標準となっており、多くのDMOが同社のデータを活用している。そのような中で、LVCVAが自前でのデータ収集を続ける理由は、データのカバー率が高いためである。STR社がラスベガスでカバーできているのは約15万ベッドのうち3万ベッド程度に留まる。しかもその多くはゲーミング施設を持たない大手チェーンホテルである。一方で、LVCVAは11 ・5万ベッド分、全体の75%をカバーするデータを自前で収集している。この圧倒的なカバー率の差が、指標の精度に大きな違いを生んでいる。
 LVCVAが高いカバー率を維持できる背景には、1970年代から続く宿泊施設との長年の信頼関係という、数値化できない無形資産がある。各施設は、ラスベガスにおけるLVCVAの役割を理解し、自社のデータを提供することが、LVCVAの適切な意思決定の役に立ち、最終的にはラスベガスの需要増加を通じて自社に還元されることを理解している。この信頼関係こそが、業界標準のデータベンダーさえ凌駕するLVCVAの競争優位性の源泉となっている。

2.Visitor Profiles調査―合理性を追求したハイブリッド設計

 訪問者の属性、旅行目的、消費額、満足度などを把握するVisitor Profiles調査は、マーケティング戦略を策定する上で不可欠な質的データである。
LVCVAはこの調査において、対面調査とオンライン調査を組み合わせたハイブリッド方式を採用している。
 対面調査は、ラスベガスを出発する24時間以内に旅行者を対象に、カジノ、ホテル、空港、観光スポットなどで調査員が直接インタビューを行うものである。調査日は隔日で設定されており、調査地点や調査の時間帯に偏りが生じないよう、調査日毎に標本の配分が行われている。この手法の最大のメリットは、調査対象者を偏りなく抽出できるため、特に年齢層などのデモグラフィックな構成において、母集団の代表性を確保しやすい点にある。
 一方、オンライン調査は、インターネット調査会社を通じて、最近ラスベガスを出発した、または48時間以内に出発予定の旅行者を対象に実施される。この手法のメリットは2つある。
1つは、友人・親族宅に宿泊した旅行者など、ホテルなどの調査地点では捕捉しにくい客層もカバーできること。
もう1つは、調査員を介さないため、満足度などの評価について、よりバイアスのない率直な回答(回答の正確性)を得やすい点である。
 LVCVAは、これら2つの手法の長所と短所を組み合わせ、それぞれの結果に重みづけをして統合することで、標本の「代表性」と回答の「正確性」を両立させる、合理的な調査設計を構築している。コストを惜しまず、最善の手法を追求する姿勢が、統計の質の高さを支えている。

5.考察:日本の観光地経営への示唆

 LVCVAの事例は、日本のDMOや自治体がデータドリブンな観光地経営を実現する上で、2つの重要な示唆を与えてくれる。
 第一に、指標(KPI)と責任者を明確に紐づけたガバナンス体制の構築である。LVCVAでは、CEOが最重要視するKPI(客室稼働率、RevPAR)があり、そこから各部門・責任者のKPIへとブレークダウンされている。この仕組みにより、責任者は自らの成果を上げるために、KPIの元となるデータの「正しさ」に強い関心を持たざるを得なくなる。この経営陣からのプレッシャーが、リサーチ部門に対して「コストがかかっても統計的に正しい手法で、質の高いデータを収集する」という強力なインセンティブとして働く。データ部門の予算確保や専門人材の登用が課題となりがちな日本において、データを組織的に活用するための動機づけの仕組みとして大いに参考になるだろう。
 第二に、「宿泊客ベース」の観光統計への適用である。LVCVAの①Destination Metrics は、宿泊施設からの報告による正確な「量」の指標(実宿泊者数や延べ宿泊者数)と、アンケート調査による「質」の指標(属性・旅行内容)を組み合わせた、「宿泊客ベース」の観光統計として設計されている。これは、空港や駅といった明確な「出入口」が限られておらず、「入域観光客数」の把握が困難な多くの日本の観光地にとって参考になりうる。今後日本でも、各地で宿泊税の導入が進むことにより、地域が正確な宿泊者数という「量」のデータを把握できる環境が整う可能性がある。この機を捉え、「量」のデータと、どのような「質」のアンケートデータを組み合わせ、自地域の観光地経営に資する実用的な統計指標を設計すべきか。LVCVAの長年にわたる試行錯誤の蓄積が、その際の羅針盤となるだろう。