特集②-1 欧州山岳リゾートにおけるゲストカードの最前線

観光研究部 副主任研究員
江﨑貴昭

1.はじめに

 筆者は、観光文化266号「観光客の動態をどのように捉えるか」の特集5「欧州における『ゲストカード』の展開とデータ取得」において、欧州のデスティネーションで広く普及している「ゲストカード」について概観した。
ゲストカードは、特定の地域に一定泊数以上宿泊する訪問者に対し、無料で提供されるカードであり、滞在中の公共交通機関の無料利用、観光施設やアクティビティの割引または無料利用といった特典を付与するものである。前述の同稿では、宿泊者に無料で提供される「ゲストカード」と有料販売型の「シティカード」を区別しつつ、欧州各地の制度を横断的に整理した。
 本稿はその「具体編」として、2025年秋に実施したスイス・オーストリア視察時のDMOへのヒアリングや机上調査の内容をもとに、オーストリアのインスブルック、サンアントン、スイスのエンガディン地域という3つの山岳リゾートを取り上げ、ゲストカードの「最前線」を具体的に描き出すことを目的とする。
 ここで本稿における用語の使い分けを明確にしておきたい。両者は特典内容こそ似通う部分が多いものの、無料か有料か、宿泊者を対象としているか、財源は何かといった点で性格が異なる。
 本稿で対象とするのは、前者、すなわち宿泊と連動した「ゲストカード」である。以降、インスブルックの「Welcome Card」、サンアントンの「Summer Card」、サンモリッツを含むエンガディン地域の「Mountain Railways included」の3事例を順に見ていきたい。

2.インスブルック:滞在延長と広域周遊を促す「Welcome Card」

 オーストリア・チロル州の州都であるインスブルックは、都市観光と山岳リゾートが融合した世界的なデスティネーションである。ここではゲストカードとして「Welcome Card」を展開している。

滞在延長と広域周遊をねらうカード

 Welcome Card は、2017年より展開しており、その目的は大きく二点に整理できる。第一に、主要な観光エリアである旧市街に集中しがちな訪問客の流れを、インスブルック周辺地域へ分散させることである。歴史都市としてのインスブルックだけでなく、アルプス山麓の村々や高原のハイキングエリアを一体の滞在空間として体験してもらうことを意図している。第二に、マイカーによる移動を抑制し、公共交通とケーブルカーの利用を促進することによって、脱炭素に寄与することである。こうした目的を踏まえ、Welcome Card は単なる特典の寄せ集めではなく、「滞在日数の延長」「広域周遊」「モビリティの転換」を同時にねらう仕組みとして設計されている。

「2泊以上」と「3泊以上」で差別化された特典設計

 Welcome Card の制度設計上のポイントは、滞在日数に応じて特典のレベルを変えていることである。まず、2泊以上の宿泊者には、インスブルック市内および周辺地域を結ぶバス・トラムなどの公共交通が無料となるほか、ガイド付きハイキングやEバイクツアー、屋内プール等の観光施設の割引等が提供される。さらに、3泊以上になると、上記に加えて、周辺の主要ケーブルカー、ゴンドラの無料特典が追加される。通常であれば高額となる山岳鉄道が含まれることで、「もう1泊すれば山に無料で登れる」という分かりやすいインセンティブによる、宿泊日数の延伸を企図している。
 カードは夏版と冬版が用意されており、季節ごとに特典内容や提携施設が調整されている。また、紙のカードに加え、専用アプリ内での電子チケットも提供している。
 なお、インスブルックでは、これとは別に有料のシティカード「Innsbruck Card」も展開しており、日帰りや短期滞在者向けパッケージの提供もなされている。

財源と技術的基盤

 Welcome Card の主要な財源は宿泊税である。宿泊税収入を原資として、交通事業者や各種施設に対する精算が行われており、「宿泊税があるからこそ成り立つ制度」である。技術的基盤としては、欧州の大手観光ITソリューション企業が提供する宿泊予約・台帳システムと、カード発行・認証システムが連携している。宿泊施設側は、チェックイン時(事前チェックインを含む)にゲストの氏名、生年月日、滞在期間等を入力し、Welcome Card を発行・有効化する。一方で、このような入力作業は現場に一定の事務負担も生じさせている。
 また、カード発行により、性別、年齢、出身国といった属性情報に加え、どの特典がいつ・どの程度利用されているかといったデータが蓄積されている。
DMOはこれらを集約・分析し、国・地域別の行動パターンや、特定のケーブルカー・アクティビティの人気動向などを把握している。これらのデータは、マーケティング施策の精緻化だけでなく、公共交通事業者との運賃精算や将来の契約交渉の基礎資料としても活用されている。

3.サンアントン:夏季訪問客の滞在に寄与する「Summer Card」のリ・デザイン

 サンアントンは、オーストリア屈指のウィンターリゾートであるが、近年は夏季のハイキングやマウンテンバイク、ファミリー向けアクティビティの充実にも力を入れている。その中核に位置づけられているのが、夏季限定で提供される「Summer Card」である。

「冬」と「夏」で異なる客層への対応

 サンアントンにおいては、「冬」と「夏」で訪問客層が大きく異なる。冬はスキーを主目的とする比較的高所得層、夏はハイキングや避暑を目的とする価格に敏感な層が中心である。この夏季の訪問客の満足度向上と周遊促進のために、2006年から「サマーアクティブカード」が導入されたのが始まりである。

無料特典カードと有料プレミアムを組み合わせた再設計

 前述の目的から、Summer Cardの提供は夏季のみ展開されている。現在の制度では、1泊以上の宿泊者には、まず「モビリティカード」が無料で付与される。このカードでは、サンアントン周辺のバス路線が無料となるほか、一部の小規模施設(郷土博物館やチロル伝統ショーなど)を無料で利用できる。「最低限の移動手段と地域文化に触れる機会」を保障する、夏のゲスト全員向けのベースラインのサービスと位置づけられる。また、別途、有料の「サマーカードプレミアム」が用意されている。これは、指定の期間内でケーブルカーやゴンドラが乗り放題となるほか、ウェルネス施設、ゴルフ、ヨガやアーチェリー体験など、多様な高付加価値アクティビティを包括的に利用できる設計となっている。
 さらに、2025年より、DMOと提携した一部の宿泊施設では、宿泊者が1泊あたり9ユーロを追加で支払うことで、チェックインと同時にサマーカードプレミアムと同等の特典が自動的に付与される形態を導入している。
この「オールインクルーシブ型」は、2008年にも試験的に導入されたが、その際は宿泊料への上乗せ額に対する事業者の理解が得られず、早期に断念された経緯がある。今回の再挑戦は、過去の反省を踏まえつつ、価格設定や説明の仕方を工夫したうえでの再設計であり、初年度から一定の成果を上げている。
 なお、2024シーズンまでのSummer Card は、泊数に応じて無料サービスを拡充する設計であり、「追加料金」の設計はなかった。しかしこのモデルでは、DMO側がケーブルカーや施設利用の原資をほぼ全面的に負担することになり、インフレも相まって制度維持が難しくなった。
そこで現在は、「宿泊税」はDMOが特典やサービスを作るための費用(バス車両の購入、ハイキングコース整備等)に用い、「宿泊者が支払う追加料金」は、その作られた特典を実際に利用するための費用として位置づけるという考え方に転換している。

財源と技術的基盤

 サンアントンのSummer Card は宿泊客が支払う宿泊税に加え、観光事業者が地域経営のために支払う「観光事業者税」を主な財源としている。また、技術的基盤は、インスブルックのWelcome Cardと同等のサービスを活用している。インスブルックと同様、現場には一定の事務負担が生じるが、その代わりに、ゲストの属性情報(性別、年齢、出身国等)やカード利用状況を把握することが可能となる。取得したメールアドレス等は、ニュースレターの配信や再訪促進キャンペーンなどにも活用されている。

4.エンガディン:デジタル・カスタマー・ジャーニー(DCJ)戦略に位置付けられる「Mountain Railways included」

 スイス南東部・グラウビュンデン州のエンガディン地域は、サンモリッツを中心に、12本の山岳交通(ケーブルカー、ロープウェイ、ラック式鉄道、チェアリフト等)が集積する、世界的な高級山岳リゾートである。ここでは、2泊以上滞在するゲストを対象に、「Mountain Railways included」と呼ばれる、バスやケーブルカーの利用が無料になる宿泊税等を原資としたゲストカードが提供されてきた。

伝統的なゲストカードから「DCJ戦略」へ

 しかし近年、エンガディン地域のDMOであるエンガディン観光株式会社は、このゲストカードを単なる特典ツールではなく、デスティネーション全体のデジタル・カスタマー・ジャーニー(Digital Customer Journe y,DCJ)戦略の中核として位置づけ直している。エンガディン観光株式会社が掲げるビジョンでは、DMOが従来型の広告宣伝中心の組織から、旅行の全行程(認知、予約、出発前、滞在中、帰宅後)を設計する「エクスペリエンス・デザイナー」へと役割を変えていくことが明示されている。その背景には、Airbnb やGetYourGuideのように、旅行プロセスの一部を握り、顧客データを独占するプラットフォーマーの存在がある。これらを同資料では「SUPER DISRUPTORS(破壊的プレイヤー)」と呼び、DMO自らが顧客との接点とデータを確保しなければ、地域としての主導権を失いかねないという危機感が共有されていた。

公式予約サイトとゲストカードの一体化

 このDCJ戦略のエンジンが、観光局自らが運営する総合予約サイト「Experience Shop」である。宿泊施設や山岳鉄道、各種アクティビティなど、地域内のサービスをワンストップで予約・決済できる公式オンライン・プラットフォームであり、OTAに依存しない「地域版ECサイト」と位置づけられる。
 エンガディンの特徴は、このExperience Shopとゲストカードが密接に連携している点にある。インスブルックやサンアントンのように、多くの地域では、宿泊者はチェックイン時に初めてカードを手にする方式が一般的である。あわせて、宿泊施設のフロントがシステムにゲスト情報を都度入力し、その結果としてゲストカードが発行されるため、現場で一定の事務負担が生じるという共通の課題があった。
 こうした課題に対し、エンガディンではDCJ戦略を通じてカードシステムの再編成を行った。まず、旅行者が出発前にExperience Shopから宿泊施設を予約する。この時点で、宿泊日、人数、メールアドレス等の情報が観光局のシステムに取り込まれる。滞在日が近づくと、対象となるゲストには公共交通無料パスや山岳交通の特典等を含むゲストカードが、デジタルチケットとして自動的にメールで送付される。

 つまり、ゲストカードの発行プロセスは「予約完了」の時点でほぼ完結しており、宿泊事業者がチェックインのたびにシステムに個票入力を行う必要がない。また、ゲストはそのチケットをスマートフォンのウォレット形式で保存し、現地に到着した瞬間から特典をすぐに使うことができる。こうして、ゲストカードは「チェックイン後に手渡されるもの」から、「到着前にはすでに手元にあるもの」へと姿を変えている。

5.おわりに

 観光文化266号の拙稿では、欧州の山岳リゾートでゲストカードが普及している背景として、自律性の高い地域社会、法定DMOの存在と明確なミッション、宿泊税や観光事業者税といった資金調達モデルの整備といった社会的・制度的条件を指摘した。こうした前提条件が、ゲストカードを「地域としての標準装備」にまで高めているという認識に、今回の視察を通じても大きな変更はない。
 そのうえで、今回あらためて強く意識させられたのは、ゲストカードの議論は突き詰めれば「訪問客にどのような過ごし方をしてほしいのか」という滞在デザインの問題だという点である。インスブルックは滞在延長と広域周遊、サンアントンは夏季商品の再設計、エンガディンはデジタルを通じた運用負担の軽減とデータ取得の前倒しというように、それぞれが自地域の課題に即してカードの形態を変えていた。
 ゲストカードを構想することは、単なる特典の組み合わせではなく、滞在行動のデザインと、誰がどのように負担し、その過程でどのようなデータを蓄積するかを同時に組み立てることを意味する。欧州山岳リゾートの最前線は、日本の観光地においても、「自地域らしい滞在のかたち」を描き、それを支える制度やシステムをどう設計するのかという、より本質的な観光地マネジメントの力が問われていることを示している。

〈参考文献〉
インスブルック観光協会公式サイト「WELCOME CARD」
(https://www.innsbruck.info/en/destinations/accommodation/welcome-card/welcome-card-summer.html)
サンアントン観光協会公式サイト「St. Anton Summer Card」
(https://www.stantonamarlberg.com/en/summer/the-summer-card)
エンガディン観光株式会社公式サイト「Mountain Railways included」
(https://www.engadin.ch/en/guide/mountains-railways/mountain-railway-tariffs/summer-tariffs-mountain-railways/mountain-railways-included)
エンガディン観光株式会社公式サイト「Digitalstrategie und Digital Customer Journey」
(https://www.engadintourismus.ch/leistungspartner/digitale-services-von-engadin-st-moritz-tourismus/digitalisierungsoffensive-dcj)