特集②-2 視察の全体像と観光地マネジメントの基盤強化
観光研究部 主任研究員
後藤健太郎
1.はじめに‒視察地の概要
本稿では、特集2―❶で取り上げたゲストカード実装の背景にある観光地マネジメントについて考察する。同特集で江﨑が述べる「自地域らしい滞在のかたち」を支える制度やシステムを実装し、継続的に投資・改善を行うためには、そのための活動基盤の強化が欠かせない。今回視察したオーストリア、スイスの山岳リゾートの観光地マネジメントから得る日本への示唆は主に2点である(視察地全てに共通するものでないことを予めお断りしておく)。
テーマ…1
組織の公定化と独自財源確保の仕組みとの連動
テーマ…2
観光客との公共財の共用/共創による観光コモンズの形成
本題に入る前に、今回視察した地域の概要を示す。オーストリアとスイスはいずれも連邦制を採り、分権度合に違いはあるものの、州と自治体の自治権が強いのが特徴である。面積は日本より小さいが、自治体数はそれぞれ2000を超える【図1】。今回訪問した地域は、オーストリアのインスブルック、サンアントン、スイスのエンガディン(そのうち主にサンモリッツとポントレジーナ)の3地域である。
いずれも欧州を代表する山岳リゾートとして知られる。
インスブルック地域では、インスブルック観光協会がインスブルック市(チロル州の州都)および周辺40自治体の圏域を管轄している。対象地域の人口は約30万人、年間宿泊数は約350万泊である。冬季のスキー客と夏季のハイキング客が大半を占める。
主な観光資源としては、旧市街の黄金の小屋根やイン川沿いの街並み【写真1】、ノルトケッテ連峰展望台からのアルプスの絶景、さらに冬季オリンピック開催地としてのスポーツ施設群(ジャンプ台等)が挙げられる。文化遺産と自然景観が融合した都市であり、同協会は都市観光と山岳リゾートを一体的にプロモーションしている。
サンアントン地域では、サンアントン・アム・アールベルク観光協会がチロル州のサンアントン村を中心とする周辺地域を管轄している。年間宿泊数は約140万泊に達し、冬季にはヨーロッパ屈指のスキーエリアとして国際的な観光客を集める。計300㎞以上のゲレンデと豊富なコースを備え、アルペンスキー世界選手権も開催された。アルペンスキー発祥地としても知られ、夏季は登山やトレッキングの拠点となる。

エンガディン地域(グラウビュンデン州)は、エンガディン観光株式会社が主にブランディングや観光サービスの開発・提供、デジタル対応などを担っている。長年、エンガディン・サンモリッツ観光株式会社として一つの組織の中でデュアル・ブランド戦略(2つの地域ブランドを並行して管理・運用する戦略)〈注1〉を掲げて取り組んできたが、サンモリッツは2024年より組織としては分離独立(サンモリッツ観光株式会社)しつつ、事業を一部協働している。エンガディン地域の主要な地域は、サンモリッツとポントレジーナである。サンモリッツは、人口は約5200人、年間宿泊数は約75万泊である。スイスを代表する国際的な高級リゾートとして知られ、国内外から観光客が訪れる。冬季オリンピックを開催した歴史を持ち、湖畔の街並みや高級ホテル群が国際的なブランド力を形成している。冬季はスキーやスノーボード、夏季はハイキングやセーリング、文化イベントなど四季を通じて多彩な観光資源を提供している。ポントレジーナは、サンモリッツ近郊に位置する。人口は約1900人、年間宿泊数は55万泊前後である。ベルニナ山群と氷河観光の拠点として知られる。同地域の観光は、ポントレジーナ観光局が担っている。夏季の宿泊数が伸びており、年間宿泊数に占める割合も以前より高くなっている。
いずれの地域もEU観光ダッシュボードで確認する限り、観光の強度(=宿泊日数/居住人口)は比較的高い水準にある【図1、表1】。以降では、これら地域での観光地マネジメントを踏まえ、二つのテーマに絞って概説する。

2.組織の公定化と独自財源確保の仕組みとの連動
観光地マネジメントを持続的に支えるためには、独自財源を確保し、それを活かし得る制度的枠組みを整備することが重要である。ここでは、主としてオーストリアのチロル州の仕組みを概観する。同国では、各州によって観光財源確保の仕組みは異なる(現在、移行期にある地域も幾つか確認される)。なお、サンアントン村に近接するレッヒ村(高級スキーリゾート)を擁するフォアアールベルク州の観光税制度については、江﨑(2024b)を参照されたい。
●チロル州
チロル州では、観光法と宿泊税法を相互一体的に運用することで、地域観光協会(TVB)が直接的に財源を徴収、管理し、事業を企画・実施できる枠組みを構築している【図2】。
観光法は、TVBを公的法人として位置付け、活動地域内の観光関連事業者から義務的拠出金を徴収する仕組みを規定する(同拠出金は1927年に導入、観光への貢献度に応じた等級あり)。宿泊税法は、1人1泊あたりの税率の範囲を定めた上で(1〜5ユーロの範囲)、TVBが地域の実情に合わせて税率案を提案し、州政府の承認を得て設定する仕組みを定める。宿泊者から徴収された宿泊税は義務的拠出金と同じくTVBに納付され、TVBが管理する。TVBは毎年、年間の宿泊税収を州政府に報告し、州政府はその額を割り当てたものとして承認する形式を採る。こうした制度的枠組みがあるため、TVBは戦略的な観光投資が可能となる。インスブルック市(自治体)は、「将来計画2024‐2030年」において、文化・モビリティ分野への投資拡大のため、TVB(インスブルック観光協会)に対する宿泊税増額の要望を明記している。実際に、インスブルック地域では2025年に税率を1泊2ユーロから3ユーロへ、2026年には4ユーロへと段階的に引き上げる予定であり、サンアントン地域では2023年に上限である5ユーロへと引き上げられた。チロル州全体では、2024年に最低税額を1ユーロから2・6ユーロへと引き上げる決定がなされ、半年の移行期間を経て、各地域で変更が行われた。こうした税率の変更は、強固な財政基盤の確立を意図して行われた。それは、持続的な価値創造と競争力強化に資する戦略的投資を行うためにである。

3.観光客との公共財の共用/共創による観光コモンズの形成
観光客の増加が続くなかでは、観光客と地域社会との持続的な共存が重要な課題となる。今回の視察地域は表1に示すとおり観光の強度が比較的高いものの、現時点でオーバーツーリズムが顕在化しているわけではない。その取組から垣間見えるのは、観光客を主に生活環境への「制約や負担の源」と捉える姿勢ではなく、ゲストと地域社会との「共創」に重心を置く姿勢である。その姿勢は、観光客と住民のニーズをせめぎ合うゼロサムゲームとして対立的に捉えるのではなく、双方が利益を享受し得る互恵関係を構築することを前提としている。具体的には、観光客の利用を想定して整備される交通手段やレジャー、ウェルネス関連のインフラや施設が、住民の生活の質を向上させる「観光の正の外部性」として作用し、結果として「共有地」を創出することである。公共財の共用/共創を通じ、観光と地域社会がともに豊かになる「観光コモンズ」の形成が模索されている。観光の成長を地域社会の豊かさへと結びつける可能性のある戦略的な投資は、近年の観光地マネジメントにおける重要な視点である(先述の公的な仕組みで徴収される財源の、妥当性のある使い道については、江﨑(2024a)を参照)。
●インスブルック…共有空間としての地域形成
インスブルック観光協会は、近年策定したミッション(2023年)および観光戦略2030(2024年)において、その焦点を地域住民へと明確に拡大した。新戦略のビジョンである“Region Innsbruck ERLEBENSWERT”(原文に基づき一部細字)は、「地域の体験価値を高めることによって、住みやすい場所を実現する」ことを謳っている〈注2〉。その背後には、「観光は地域をより良くする力をもつ」という確固たる理念がある。
旧戦略2017‐2022(2016年策定)では、ゲスト起点で市周辺を含む地域での包括的な「インスブルックブランド」の構築を目指していた。それは強固な地位を築いたデスティネーションを取り巻く高密度な体験は、滞在期間の延長につながるという考えが主軸にあったからである。現在は、その体験価値の向上を中核的な取組としつつも、地域住民に重心をシフトしたことがうかがえる。インスブルック観光協会の地域マネジャーの一人は「インスブルック地域は、ここに住み、働き、訪れるすべての人々にとっての、発展のための共有空間である」(Lomsky, 2025)と述べる。
こうした潮流はインスブルックに限らず、他都市(リンツ、ウィーン)でも確認されている。ある記事では、都市観光における価値観の転換を次のように指摘する。
「3都市において同様のアプローチによるパラダイムシフトが顕著に見られる。観光客と住民を区別する考え方は時代遅れであり共有生活空間における調和のとれた共存とその質の向上に重点が置かれている。結局のところ、観光の受容が安定と成長のための重要な前提条件となる。」(Rendl, 2025)
インスブルック観光協会は、ミッション及び戦略を具体化するため、地域全体を六つの体験型ゾーンとして再編し、それぞれの特色を活かした価値創出を進めている。各地域でシグネチャーハイキングをフラッグシップ商品として展開し、自然環境の持続的な保護と体験の質の向上を図る。今後10年間では、この品質向上施策に総額2500万ユーロを投資する予定である。また、州や自治体との共同のもと、地域住民とゲストの双方に魅力的なレジャーとウェルネスの場の創出に取り組む。新たなケーブルカーやハイキングコースの標識、プールなど、住民と来訪者双方が利用できる施設を整備することで、地域の生活の質を高め、観光を地域社会と共有する価値あるものとして発展(昇華)させている。
●ポントレジーナ…観光コモンズ(観光共有地)/観光共同体の共有価値
ポントレジーナは、観光客と住民の共存に長年取り組んできた地域の一つである【写真2】。2019年に就任したポントレジーナ観光局〈注3〉のマネージングディレクターは次のように述べる。
「自治体の観光部門の主な任務は、(中略)「観光サービスと公共空間〔観光コモンズ(観光共有地)〕の積極的な構築にある」(Maissen, 2019)
ポントレジーナでは、2010年に自治体と観光・貿易・商業の代表者がサービスパートナーや住民とともにブランド戦略を開始した。地域の魅力を真に活かすために内向きの姿勢を強く打ち出した点に特徴がある。まず「観光共同体としての共通価値」として「上質なアルプスの洗練された喜び」をゲストと地元住民の両方に伝える目標に掲げた。観光客が享受する上質な体験が、同時に地域住民の生活の利便性や豊かさ、誇りにつながるよう、これまで住民向けの宿泊体験キャンペーンや雇用ブランドの創出などに取り組んできている。こうした施策は、地元の人々やサービス提供者が自地域のブランド戦略に関心を持ち、「上質なアルプスの洗練された喜び」を自ら体感できるようにするためである。
一方で、ポントレジーナが「観光共有地」という理念を掲げる背景には、リゾートとしての上質な体験を提供する上での新たな課題が浮上しているからである。ポントレジーナでは、連邦政府のセカンドハウス法(2016年施行、2024年改正)や州空間計画などの影響もあり(詳細は本稿では省略)、住民や従業員の住宅確保が困難となり社会基盤が揺らいでいる。
この問題を解決するため、自治体は詳細な住宅調査を行うとともに、2024年には市街中心部のある区画を購入して住民向けのアパート建設を決定するなど、具体的な行動に乗り出している。並行して2023年に問題解決のために新たな住宅財団を設立した。
同財団の理事長は、次のように述べる。
「この問題は村に深刻な影響を及ぼしている。学校のクラスは縮小し、家族は減少し、経済も低迷している。
従業員が住居を見つけられなければ、募集の職は残り、企業は注文を断らざるを得なくなり、サービス提供者は提供内容を縮小せざるを得ない。」(Flury, 2025)

「上質なアルプスの洗練された喜び」を訪れる人々に届けるためには、サービスを担う地域住民や従業員自身が、地域で安定して豊かに暮らせる環境が不可欠であるという認識のもと、ポントレジーナは、観光と地域社会の持続的な共存を実現するための基盤整備を進めている。
4.おわりに‒観光の成長を地域社会の豊かさに結びつける自律の仕組み
今回の視察先と文献調査を通じて見えてきたのは、観光地マネジメントの基盤を成す二つの柱である。
第一は、地域観光協会の公定化と独自財源の確保を軸とする、長期的で安定した制度基盤の整備である。例えば、チロル州のように、観光法と宿泊税法を一体的に運用し、地域観光協会が使命を果たすための財源と権限を明確に位置づけることは、観光地の自律的発展を支える前提とも言える。制度が安定し、財源が持続的に確保されているからこそ、地域は長期的視点に立った事業投資や、観光戦略の精緻な設計に踏み出すことができる。
第二は、観光客と地域社会が公共財を共に享受し共に育むという、「観光コモンズ」の形成に向けた近年の潮流である。欧州の山岳リゾートは、観光客を単なる需要の担い手や負担の原因として捉えるのではなく、地域の価値をともに高める存在として捉え、ゲストと住民の双方に資するサービス・インフラの整備を進めている。そこには、観光体験の充実と地域住民の生活の質の向上を同時に追求するという、新たな観光地経営のパラダイムが見て取れる。
そして、この二つの視点は、決して別個に存在するものではない。制度と財源という長期の土台の上にこそ、「滞在デザイン(自地域らしい滞在のかたち)」と「共創」の実践は持続可能な形で根づく。観光は、地域経済の成長だけでなく、文化や環境の継承、住民の誇りや幸福感の醸成をもたらす共通手段でありうる。欧州山岳リゾートの戦略は、観光客と住民の共存/共創を核とした地域づくりとしての観光地マネジメントが、「次の標準」となりつつあることを示唆している。日本の観光地は、観光を「地域社会の価値を高める共創に資する存在」として捉え直し、「制度基盤の強化」と「共創型の取り組み」を両輪とした、地域の将来像に根ざした観光のあり方を再構築すべき時期にある。コロナ禍で観光客が途絶えた時の状況を冷静に振り返り、観光が地域の公共サービスや文化施設等の維持に果たしてきた役割や、観光協会の公的存在意義を再認識することがまず重要である。共創によって築かれ享受されてきた価値に気づき、長期的視座で持続可能な観光共同体の姿を描くことが今求められている。
<注>
注1…アッパーエンガディン地方の11自治体の観光協会を合併して、エンガディン・サンモリッツ観光局を設立。2017年には、
新たにエンディガン・サンモリッツ観光株式会社を設立。
同社の観光戦略では、サンモリッツとエンガディンの二ブランドを分けて扱う(部署・人員・マーケティング活動も別々)。
<エンガディン>
(前)「高い谷」→(後)「スイスの山々で最も感動的な憧れの場所」/「憧れ」という価値観
<サンモリッツ>
(前)「アルプスのデスティネーション/ホリデーリゾート」→(後)「最も贅沢な山の中のアーバンライフスタイルのデスティネーション」/「贅沢」という価値観
注2…次の単語を掛け合わせている。Erleben: 体験、Leben: 生活、SWERT:~に値する。
注3…自治体の観光部門としてのポントレジーナ観光局(Pontresina Tourismus)とは別にポントレジーナ観光協会(Tourismusverein Pontresina)がある。
<参考文献>
〇江﨑貴昭(2024a):特集3 宿泊税「活用」のプロセス論、観光文化261号、(公財)日本交通公社、pp.26-33
https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka261/261-03/
○江﨑貴昭(2024b):「自律的」な観光振興とは何かを考える-欧州の「観光事業者税」をケースに-、コラムvol.514、(公財)日本交通公社、2024年9月13日
https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-tourism-promotion-ezaki/
○江﨑貴昭(2025):オーストリア・レッヒに学ぶ宿泊税、「量より質」の地域哲学が導く未来の投資戦略、インバウンドコラム、やまとごころ.jp、2025年10月21日
https://yamatogokoro.jp/column/tourist-tax/58384/
〇三重野真代、矢内直子、稲本里美、高橋靖史(2024):欧州における観光産業に関する調査~地域観光産業における見える化や観光地の地域交通に関するオーストリア現地調査~、JTTRI、pp.1-6
https://www.jttri.or.jp/topic_europe_2024Feb-8.pdf
○Flury, Andreas(2025): Spuren im Dorf, Newsletter1, Fundaziun da Puntraschigna,
https://api.fundaziun.org/fileadmin/user_upload/fundaziun-da-puntraschigna/Dokumente/Newsletter/25_01_15_Fundaziun_Newsletter_1_web.pdf
○Lomsky, André(2025): Über die Stadt hinaus, Innsbruck Tourismus, 2025-10-17,
https://www.innsbruck-tourismus.at/strategie/beitraege/ueber-die-stadt-hinaus/
○Maissen, Ursin (2019): Bericht des Geschäftsführers, Jahresbericht. Pontresina Tourismus 2018/19, Pontresina Tourismus.
https://cdn.sanity.io/files/y9q53f1k/production/662e5a2eb4057341f3d7bf9ed17f3aca2ee1889f.pdf
○Rendl, Nadine(2025): Städtetourismus im Wandel: Innsbruck, Wien und Linz setzen auf Lebensqualität für Gäste und Einheimische,
Newsroom.pr, 2025-07-01,
https://newsroom.pr/at/staedtetourismus-im-wandel-innsbruck-wien-und-linz-setzen-auf-lebensqualitaet-fuer-gaeste-und-einheimische-17663
