特集③-1 タイ視察の全体像と国内旅行者の地方分散

観光研究部 上席主任研究員
五木田玲子

1.視察の背景と目的

 世界的な観光客数の増大にともない、観光の量の拡大を、地域経済への波及効果や住民の満足度といった質の向上へどう結びつけるか、また、その恩恵をいかに地方へ広げていくかは、持続可能な観光の実現という観点からも、各国共通の重要な課題となりつつある。タイは、豊富な観光資源と高いホスピタリティを背景に、アジア有数の観光大国として国家主導で早くから観光客の受け入れを進めてきた国である。その過程で、観光客の地方分散や観光消費額の向上、文化遺産の保全と活用といった、日本の現状にも通じる課題に戦略的に取り組み、多様な事例を蓄積してきた。また、過去に直面した大規模災害からの観光復興プロセスは、予測不能なリスクに対する観光地のレジリエンスを高めるうえで、貴重な知見を提供している。今回の視察先としてタイを選定した背景は、まさにここにある。量から質への転換と、観光を通じた持続的な地域発展を追求するアジアの先進事例から学ぶべく、タイへの視察を行った。本特集では、五木田が持続的な観光の実現の観点からタイにおける国内客の地方分散施策を取り上げ、柿島は観光消費額の向上に焦点を当て高付加価値化および消費の域外流出抑制の取組を検証する。川口は観光地のレジリエンスを高める観点から大規模災害を経験した観光地・施設における災害対策に着目し、後藤は文化的な価値を未来へつなぐ視点から観光の力で復活した無形文化遺産について論じる。

2.タイにおける国内旅行者の地方分散

 2024年の訪日外客数は3687万人に達し、過去最高を記録した。一方で、日本人の国内旅行市場に目を向けると、同年の国内旅行者数は1・75億人であり、中長期的には2005年をピークに漸減傾向にある。この結果、延べ宿泊者数に占める外国人割合は年々上昇し、2024年には約1/4に達している【図1】。こうした状況のもと、インバウンドによる価格高騰や混雑を避け、日本人が国内旅行先をシフトしているのではないかという報道もみられる。香港を対象とした研究では、観光客同士のクラウディングアウト効果(=ある人たちの利用・参入が増えることで、別の人たちがその場所やサービスから押し出されてしまう現象)は確かに存在するものの、一律にすべての観光客を失わせるわけではなく、特に近距離市場からのリピーターや週末旅行者が混雑の影響を受けやすいこと、近距離客は代替先が豊富であるがゆえに行き先を変えやすいことが指摘されている1)。しかし、日本においては、どの地域でどの程度そのような現象が起きているのか、それは意図的な政策の成果なのか、あるいは市場原理による結果的な分散なのか、また、その背景にインバウンド需要がどのように影響しているのか、その実態は明らかとなっていない。タイにおいても、年間3000万人を超える外国人旅行者が訪れており、国内旅行者の動向に一定の影響を及ぼしていると考えられる。そこで、日本と同様にインバウンドの多いタイを対象とし、同国における国内旅行の動向と旅行者分散に関する施策の実態を整理することで、日本への示唆について考察する。

1 タイにおける国内旅行市場の動向

 タイでは、人口が2019年をピークに緩やかな減少傾向にあるにもかかわらず、タイ人の国内延べ旅行者数は年々増加しており、この10年間で約5割増(うち宿泊旅行者は約2割増)であった【図2上】。一人あたりの旅行平均回数も増加傾向にあり、2024年の旅行者全体(日帰り含む)では3・85回/人(2015年:2・62回/人)、宿泊旅行者では1・87回/人(同1・51回/人)となっている。また、タイ人の9割以上が国内旅行を実施している3)ことから、国内市場の裾野の広さがうかがえる。
 タイ人の主な旅行行動特性としては、以下の点などが挙げられる3)
●多くの人々が「景色を楽しむ・癒される」を旅行の目的としており、激しいアクティビティよりも、のんびりとしたスローライフ型の過ごし方を好む4)。SNS映えするカフェや自然スポット、スピリチュアルな願掛けの旅も高い人気を集めている。
●Facebook やTikTok が旅先選びの重要な情報源となっており、SNSで見た場所に即興的に出かける傾向が強い。
 一方、訪タイ外国人旅行者数はコロナ禍前までは順調に増加したが、コロナ禍で大きく減少し、2024年はコロナ禍前の9割近くまで回復している【図2中】。国籍・地域別にみると、2019年、2024年ともに上位4か国は中国、マレーシア、インド、韓国で変わらないが、中国人客の割合が大幅に減少した(2025年1‒9月はマレーシアが1位)。延べ旅行者数に占める外国人割合は、コロナ禍を除き概ね1/4前後と、現在の日本と同程度の水準にある。

 次に、タイにおける国内旅行先をみたものを【図3】に示す。首都バンコクは、タイ人・外国人ともに圧倒的な訪問者数を誇り、今回の現地視察でも国内外を問わず多くの観光客が訪れていた。一方で、旅行先の構成は二極化している。世界的なリゾート地であるプーケットでは、訪問者数に占める外国人割合が3/4に達しており、バンコクからプーケットに向かう機内や現地においてタイ人観光客を見かけることは少なかった。これに対し、今回視察したペッチャブリーやサムットソンクラーム(アンパワー)は、外国人割合が低く、タイ人主体の国内旅行先として機能していた6)

2 タイにおける分散施策

 タイでは、人気都市への集中緩和と観光収入の地方分散を目的として、2000年代半ばから、コミュニティ、プロモーション、インセンティブ等を組み合わせた各種施策を展開してきた【表1】。

① コミュニティ基盤の強化

 大分県の「一村一品運動」をモデルにして始まったOTOP(One Tambon One Product)は、地方の経済基盤強化に貢献してきた。2004年に開始されたOTOP Tourism Village Project では、地域産品の物販とホームステイ等の体験プログラムをセットで販売することで、農村コミュニティへの来訪を促し、所得の多角化を図っている。これは単なる観光促進にとどまらず、観光客を受け入れる地域側の受け皿そのものを創出する取組であり、その後の分散施策を支える土台となっている7)

② プロモーションによる動機の創出

 タイ国政府観光庁は、人気都市への集中を緩和し、観光収入をより広い地域に分散させるため、主要都市に対する「二次都市(Secondary Cities=二次的観光目的地。制度上は県単位。)」を設定し、分散先として位置付けられた、これまであまり知られてこなかった地域のプロモーションとブランディングを進めてきた8)。主な施策は以下のとおりである。
●12 Hidden Gems / Plus(2015〜2017年):12の二次都市を「隠れた宝石」として国内外に訴求し、地方ブランドの確立を目指した。後に、隣接県とペア化し周遊性を高めることで、滞在日数と消費額の増加を図った。
●Amazing Thailand Go Local(2018〜2019年):55の二次都市を対象に、税制優遇とマーケティングを連動させた施策である。この際、対象地を再ブランディングし、例えば「チェンライ=ウェルネス都市」といったテーマをそれぞれに設定することで、旅行者が地域を選択するための具体的な動機を提供した9)
●365 Days, Marvellous Thailand Every Day(2024年):「毎日どこかが主役」というコンセプトのもと、55二次都市のストーリーや情報を日替わりで発信した。給料日付近に旅行パッケージセールを定期的に実施するなど、旅行時期と旅行先の双方を分散させるための新たなリズムの創出を試みた。

③ インセンティブ(価格誘導)による行動の加速

 タイの分散施策の最大の特徴は、空間(主要都市⇒二次都市)・季節(乾季⇒雨季)・曜日(休日⇒平日)の3軸分散を目的とした、旅行者を対象としたインセンティブの設定にある。コロナ禍の需要喚起策であった「We Travel Together」や「Tour Teaw Thai」を含め、これらの施策はいずれも、タイ国籍保有者の居住県外旅行のみを対象としており、税制優遇等を通じて、国内旅行者の行動変容を促そうとするものであった10)

3 タイにおける分散施策の効果と課題

 今回の視察では、タイ国政府観光庁およびアサンプション大学を訪れ、分散施策の効果や課題などに関する意見交換を行った。

① タイ国政府観光庁(政策実行機関の視点)

●観光客の行動パターンを政策側の働きかけで変えることは極めて難しく、空間・季節・曜日のいずれの軸においても分散は容易ではないとの認識が示された。そのなかで、比較的効果がみられたのは空間分散、すなわち二次都市への誘導である。分散の程度は数パーセントにとどまるものの、二次都市への来訪が緩やかに広がりつつある。
●季節分散(乾季から雨季への誘導)については、「Rainy Season」という呼称では旅行意欲が減退してしまう懸念があるため、「Green Season」という表現を用い、一年のなかで最も美しい季節であることを強調するプロモーションを展開している。ただし、その成果については今後の検証課題とされている。
●曜日分散(休日から平日への誘導)については、コロナ禍においては密を避ける目的から平日を選ぶ傾向が強まったものの、コロナ禍収束後は平日に休暇を取ることへの抵抗感が再び強まり、現在は再び休日に人が集中しやすい状況に戻りつつあるとの指摘があった。

②アサンプション大学(学術研究者の視点)

●雨季への分散は価格弾力性が高く供給側の余力もあるうえ、屋内・ウェルネス・学習型コンテンツによって天候リスクを吸収できるため費用対効果の高い施策になり得る。期間も長く、潜在的な効果は大きい。一方、平日分散は既存資源の余剰キャパシティの吸収に適しているものの、対象となる市場規模が小さいという限界がある。二次都市分散は中長期的には不可欠だが、現時点では多くの二次都市で受入基盤が未成熟であるという課題があり、交通・水道・宿泊等のインフラ整備やサービスクオリティの向上、地域の差別化、価格コントロールの同時改善が前提となる。
●国内旅行ではタイ人が外国人に人気の観光地を避ける傾向がある。その主な要因として、価格高騰や二重価格による自国の観光資源からの排除感、そしてプーケットのように地元人口を大きく上回る観光客による混雑が挙げられる。二重価格の存在は、国内客と外国人客の間に市場分断の圧力があることの表れとみている。
●国内旅行者を二次都市・雨季・平日に動かす主な原動力は市場要因であり、高価格や混雑といった現実の条件が行き先を変えさせる。一方で、政策はその流れを後押しする増幅器・加速器として機能する。ただし、割引など単発の施策は効果が持続しにくく、アクセス・受入品質・決済を束ねた利便性向上と組み合わせて初めて、行動変容が定着し得る。
●地方分散の対象として国内客とインバウンド客のどちらが難しいかについては、地方都市のアクセスや施設・設備の水準が依然として不十分なことから、より高い快適性を求める国内客の方が難しいとする見解がある一方、滞在期間が限られるインバウンド客は有名観光地への来訪を優先し、安全性の不安から未知の地方部には行きにくいとする見方も示された。

4 タイの事例からみえてきたこと

 タイの事例からは、市場が生み出す「結果的分散」と政策による「意図的分散」が並行して進行していることが確認できた。価格高騰や混雑といった市場環境の変化がまず人々の行き先を変え、政策的なインセンティブやプロモーションは、その動きを後押しする加速装置として機能している。また、日本では地域主導で、混雑予報カレンダーや混雑マップの公表、閑散期や夜間におけるイベント実施、シャトルバス運行によるアクセス改善などを通じて、主に情報提供やコンテンツづくり、二次交通等の対策を積み重ねてきたのに対し、タイでは国主導のもと、国内旅行者への直接的な価格インセンティブ施策が多く展開されている点に違いがみられる。
 日本への示唆としては、まず、政策による意図的分散を図る際に、誰の分散を促すのかを明確にする必要がある。国内客なのか、インバウンド客なのか、その組み合わせなのかによって、用いるべき手段は異なる。そのためには、各種統計やビッグデータ等を用いて、人気が集中する地域およびその周辺で国内客・インバウンド客がどのようにシフトしているのか、クラウディングアウトがどの程度発生しているのかを把握し、市場が自発的に形成しつつある分散パターンを明らかにすることが前提となる。国内客とインバウンド客が同じ場所を奪い合うという発想ではなく、どの需要を、どの目的(地方への経済波及、混雑緩和等)で、どの地域に振り向けるのかを戦略的に整理することが求められる。
 また、日本ではタイのような大規模なインセンティブ施策を全国的に展開することは制度・財政面から容易ではない一方で、人々の行動変容を促すうえで情報発信やマーケティングによる分散施策には大きな余地がある。デジタル技術を活用することで、混雑状況の可視化にとどまらず、ニッチなテーマの提示やターゲット別のコンテンツ配信、日替わり・期間限定の動機付けなどを有機的に組み合わせることが可能となる。タイの事例は、明確なターゲティングやテーマ設定を通じて行き先を選ぶ理由を提示し、市場が生み出す分散の動きを政策としていかに増幅・持続させるかという点で、日本の地方分散を検討する際の参考となる。

【謝辞】本調査研究の実施にあたり、意見交換にご対応いただいたタイ国政府観光庁関係各位(アジア南太平洋担当 副総裁 Pattaraanong Na Chiangmai 氏をはじめとする皆様)、アサンプション大学関係各位(ホスピタリティ・ツーリズム・マネジメント学科長 Lalida Arphawatthanasakul氏をはじめとする皆様)に、深く感謝申し上げます。

<参考文献>
1)Schuckert, M., & Wu, J. (2021). Are neighbour tourists more sensitive to crowding?
The impact of distance on the crowding-out effect in tourism. Tourism Management, 82, 104185.
2)観光庁:宿泊旅行統計調査(https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/shukuhakutokei.html)
3)タイ国政府観光庁(2024):2024年タイ国民の旅行行動調査プロジェクト
4)Fakfare, P., Talawanich, S., & Wattanacharoensil, W. (2020). A scale development and validation on domestic tourists’
motivation: The case of second-tier tourism destinations. Asia Pacific Journal of Tourism Research, 25(5), 489‒504.
5)タイ国政府観光スポーツ省観光スポーツ経済部:観光統計(https://mots.go.th/news/category/411)
6)Nomnian, S., Trupp, A., Niyomthong, W., Tangcharoensathaporn, P., & Charoenkongka, A. (2020).
Language and community-based tourism: Use, needs, dependency, and limitations.
ASEAS ‒ Austrian Journal of South-East Asian Studies, 13(1), 57‒79.
7)Huttasin, N. (2008). Perceived social impacts of tourism by residents in the OTOP tourism village, Thailand.
Asia Pacific Journal of Tourism Research, 13(2), 175‒191.
8)Manosuthi, N(. 2024): Enhancing Secondary City Tourism in Thailand: Exploring Revenue Generation, Sustainable
Practices, and the Role of Brand Identity. ABAC Journal, 44(4).
9)Yangngam, D., & Wanna, W. (2020). The policy implementation of Amazing Thailand Go Local: A case study of local
tourism in Chanthaburi Province. RBRU Journal of Humanities and Social Sciences, 1(1), 15‒29.
10)Dalferro, A. (2022). We Travel Together? Assessing domestic tourism during the COVID-19 pandemic in Thailand. ISEAS
Perspective, 2022(68).