特集③-3 タイ・プーケットにおける災害に対する取り組み
観光研究部 研究員
川口雪衣
1.自然災害が観光産業に与える影響
観光産業と、観光活動によって支えられる人々の生活は、外的環境の変化によるさまざまなリスクに常にさらされている。自然災害も外的リスクの一つであり、大規模災害直後には当該地域への旅行活動が著しく抑制され、観光収入の減少に直結することは、経験からも十分に想像できるのではないだろうか。
国家主導で観光産業振興に取り組んでいるタイも、このような経験をしている。2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震に伴う大津波(インド洋大津波)は、インド洋沿岸諸国に甚大な被害をもたらした。タイ南部のリゾート観光地であったプーケットでも、その観光資源であるビーチやリゾートホテルが津波に襲われ、住民のみならず外国人観光客にも死傷者・行方不明者を出す事態となった。この津波が発端となった旅行者数や消費額の減少は、住民の多くが直接的・間接的に観光産業に従事していたため、彼らの経済と生活基盤に深刻な影響を及ぼした。
さらに直近では、2025年3月28日にミャンマーで発生したM7・7の地震が、震央から約1000㎞離れたタイの首都バンコクにまで伝播し、ビルの倒壊などが発生した。タイ国政府観光庁(TAT;Tourism Authority of Thailand)は、この地震の翌日に、状況が通常通りに回復していること、安全確保のための定期的な現状把握を引き続き行うことを発表し、観光客の不安感の払拭に努めている。
防災または災害レジリエンスの構築は、持続可能な開発とも深く関連し、国際的に重要視されている。しかしながら、特に小規模事業者で、危険に関する課題の優先順位が低く位置づけられているという報告もある(Johnston, et al., 2007) 。
加えて、例えば大きな地震が少ない地域出身の人々が、揺れを感じた時の適切な行動を予め知っていることは稀であるように、観光客は地域住民と比べて災害に対してより脆弱であり、彼らの安全確保には、観光客と実際に接点を持つ機会の多い観光産業の従業員が重要な役割を担うと考えられている(Ritchie, 2008; 照本, 2023)。
2025年7月1日時点の南海トラフ地震防災対策推進基本計画において、南海トラフ沿いの地域でM8〜9クラスの巨大地震が30年以内に発生する確率は80%程度と記載されている。
沿岸観光地も含め、全国的にインバウンド観光客が増加している、または誘客に努めているなかで、観光産業において災害へ備えることの重要性はますます高まっていると言えるだろう。
このような問題意識から、取り組みのプロセスや意思決定といった背景を聴取しすることで、日本でより効率的・効果的に災害に備えるための示唆を得ることを目的として、2004年12月のインド洋大津波を経験したプーケットの宿泊施設における自然災害への取り組みや、被災後20年以上が経過した現地の状況について、ヒアリングを行った。本稿では、その結果を報告する。
2.タイ南部における被災状況とその後の対応
2004年12月の津波は、プーケット国際空港付近で4m、主要ビーチであるパトンビーチで6mの高さだったと言われている。沿岸部のホテルも被災し、プーケットにおける2005年1月から3月の客室稼働率は約3分の1にまで落ち込むなど、観光客数は大幅に減少した(Birkland, et al., 2006)(図1、図2)。

その後、ホテルやリゾートはおよそ9〜10ヶ月で復旧したが、観光客数の回復には被災から約20ヶ月を要しており、この遅れは、ホテルやリゾートが再建に多額の費用を費やしたものの、稼働率が低い状態が続くことで長期間にわたって低収入に苦しんだ実態を示唆している(Tang, et al., 2019)。
TATは観光客の信頼回復に対する責任機関となり、国内外の旅行会社や旅行代理店の被災地への招聘、プロモーションキャンペーンの実施、割引パッケージの提供などを行った。その他、地震観測所の設置・改修が行われ、2007年には防災減災局(DDPM:Department of Disaster Prevention and Mitigation)が設立され、津波対策訓練が行われるようになった。また、国際的には、UNWTOやPATAも参加した会議にてプーケットアクションプランが定められた。これには、潜在的な観光客や観光関連事業者の信頼回復のためのマーケティングや、持続可能な再開発といった分野が含まれた。
被災地の復興や観光客回復のための取り組みが行われ、将来の安全性といった観点から防災インフラや避難訓練等も実施された。しかし、被災から約10年後に発表された研究の中には、整備された警報塔や避難経路の一部が十分に機能しない状況にあることや、避難訓練が事業者の自主性に委ねられていたために継続して実施されていないことなど、災害対策の持続性の課題を報告するものもある(Wong, 2012;Gurtner, 2014)
3.大津波から20年以上が経過した現在のプーケット
先述の背景情報を踏まえ、取り組みのプロセスや意思決定といった背景を聴取することで、日本でより効率的・効果的に災害に備えるための示唆を得ることを目的として、現地で津波を経験している宿泊施設へのヒアリングを行い、併せて被災したビーチ周辺の視察を実施した。ヒアリング対象に宿泊施設を設定した理由は、観光客と従業員が最も密に接する場の一つであると考えたためである。
ヒアリングは、プーケット国際空港周辺とパトンビーチに位置する計2施設で行った。両施設とも施設名の記載と、発言者が特定できる形式での報告は要望により控えさせていただくが、ともに大手世界チェーンが展開する施設である。なお、今回はスケジュールの都合からヒアリングを実施できたのが2施設のみであり、以下で記載する内容はプーケット全体の状況を説明するものではないことに留意されたい。
災害対策の重要性
両施設とも、利用客と従業員の安全確保とそのための取り組みは重要と認識していた。片方の施設によれば、災害対策が重要である理由は、「観光客は安全だと感じるホテルを選ぶため、災害対策に取り組むことで、信頼を築き、安全なホテルとしての評判を高める(ブランディング効果)」からである。
一方で、同施設としては利用客の安全確保に尽力するものの、災害時には一刻も早い帰宅を望む従業員もおり、彼らの理解を得るよう努めている。
想定される自然災害とリスク評価
共通して、津波、熱帯低気圧や台風、洪水などの水害と、地震である。その他、一方では高波、強風、他方では地すべり、酷暑や熱波を想定している。
一つの施設では、どのような危機があり、それぞれについて発生可能性(Likelihood)、発生時の被害結(Consequence)を分析し、それらに基づき総合リスク評価(Overall Risk Rating)を実施することで、優先して対策に取り組むべき危機・災害を特定している。例えば、津波は発生可能性は低く評価しているが、発生時の被害結果は非常に高いと評価し、総合リスクは高いと位置づけている。
計画と訓練
両施設ともに、ホテルグループとして基盤となる危機管理計画を、地域の特性に合わせた危機・災害に沿ってアレンジして運用しており、発生前(Preparedness)、発生時(Response)、発生後(Recovery)の3段階を基本にした計画になっている。この計画は6ヶ月に1回等、定期的に見直されるほか、必要に応じてその都度柔軟に変更される。
また、両施設とも年1〜2回の施設全体での訓練と、別途部署ごとの訓練を基本に、定期的に周知・教育を行っている。訓練は原則全員参加とし、特に新しく加わった従業員には参加を促している。一方の施設では、やむを得ず不参加となった従業員には資料送付などでフォローしている。
2004年大津波の継承
両施設とも、当時の状況やデータを記録している。加えて、片方の施設では、津波によってどのような被害が発生したのか、なぜ被害が大きくなってしまったのか、また、繰り返さないために必要なことを従業員に掲示物などで伝えている。
国の政策に期待すること
両施設とも、防災インフラの整備を求める。片方の施設の担当者によれば、「2004年の津波後にアンダマン海に早期警報に繫がる津波ブイが設置されたはずだが、この20年間に故障などで現在動いているブイは1基のみと思われる」。また、両施設から、防災警報塔の設置や改善、SMSやサイレンを利用したリアルタイム情報発信システムの構築も求めている。
さらに、一施設からは公共の避難経路の整備や訓練への協力も期待しており、既往研究で持続性の課題が報告されていた分野に引き続き困難を抱えていることが確認された。
その他
2025年3月のバンコクにおけるビル倒壊を受けて内部で変更した事項はあるかを尋ねたところ、「この倒壊は地震ではなく建築方法の問題であり、この倒壊を機とした対応や見直しは行っておらず、通常通りの対策と訓練を行っている」という回答の一方で、「建物の安全性確認や、地震の対策、宿泊客とのコミュニケーションなどを見直すとともに、政府機関・自治体との関係強化や夜間警備員の一時増員を行った」という回答も得られ、今回ヒアリングを行った2施設では意見が分かれる結果となった。
また、一方の施設では、施設内の宿泊客も見ることができる場所に、津波の遺構や当時の様子を伝える掲示物があり、どのような意思決定のもと残しているのかを質問したところ、ホテルのオーナーの意向であることがわかった。
さらに片方の施設からは、災害に関する情報共有を行うツールも開発されているが、閲覧は一定以上の役職者にのみ許可されていると発言があり、その理由は「知識のない人が通知を受けてもパニックになるだけだから」と説明された。
パトンビーチでは、ビーチにあるモニュメントのすぐ隣やメインストリートのゲート下などを始め、津波避難経路を表示した看板や、津波警戒地域内であることを示すポールが多数見受けられた。避難経路看板はピクトグラムのほか、タイ語、英語、中国語の三ヶ国語で表記されていた(写真1)。
カマラビーチでも、ビーチには津波の警告が掲示され、DDPMが公開する電子版に繫がる二次元コードも備えたハザードマップが掲出されていた。また、カマラビーチには慰霊碑やモニュメントが建てられており、津波被害を伝えていた(写真2)ほか、スピーカーや電光掲示板をもった警報塔も設置されている。

4.タイ・プーケットでの事例から
ヒアリングを行った宿泊施設は、双方、災害対策に意欲的に取り組んでおり、そこには、顧客の信頼を勝ち取るというブランディングの側面が感じられた。また、地域や施設が抱えるリスクの分析が行われ、それに基づく計画やマニュアルが策定されており、年に1回以上の頻度で訓練の場が設けられていることがわかった。
ベースとなる計画やマニュアルがあり、それを所在地ごとのリスクに応じてアレンジできる仕組みは世界的チェーンの強みであり、他の事業者、特に地元の中小規模の施設がどのように取り組んでいるかは今回明らかにできなかった。
今回のヒアリングや視察で、次の2点の課題が示唆された。まず、インフラの課題である。両施設から、警報システムの改修や増設が政府への期待として挙げられた。公的インフラは個々の事業者の努力だけでは改善できないため、地域が共通して抱える課題であると考えられる。他方、日本では警報システムは発達しており、これらから得られる情報をどのように活用するかが焦点になると考える。
次に、持続性の課題である。津波ブイが1基しか残っていない現状や、夜間警備員が増員されたものの元に戻っているなど、一度整えられた対策が継続して実施されていない例が散見された。また、ホテル内の遺構や掲示について、オーナーの決定によって行われていたことは、経営層の個人の関心の程度が、組織としての災害対策への関与の積極性に影響する可能性を示唆している。特に中小規模の事業者で危機管理が劣後しやすいと報告されており、これは日本も例外ではないだろう。
不確実な将来への投資を継続的に行う意識と、それを可能にするための体制整備が、日本の観光地にも求められている。
以上に加えて、災害文化の違いによる課題も再確認した。プーケットでのヒアリングだけでなく、タイの他地域での視察中に自然災害について尋ねると、「地震や津波については日本人の方が詳しい」という発言が折々聞かれた。宿泊施設では、正確に情報を判断できずにパニックになるため、全員に災害情報を共有しないとの発言があったが、このように、自然災害に対する知識をほとんど持たない人々が、訪日インバウンド観光客には含まれていると想定される。私たちは学校教育で訓練を行ってきたことで、一定の自助的対策が共有されているが、全ての外国人観光客に、日本人と同様の自己判断に基づく行動を期待することは難しいだろう。訪日インバウンド拡大の時勢において災害対策を考えるにあたり、観光客の自助だけではなく、事業者の役割をどう強化するかという視点が、改めて重要だと考える。
<参考文献>
○David Johnston, Julia Becker, Chris Gregg, Bruce Houghton, Douglas Paton, Graham Leonard and Ruth Garside (2007).
Developing warning and disaster response capacity in the tourism sector in coastal Washington, USA.
Disaster Prevention and Management: An International Journal. 16 (2): 210‒216. https://doi.org/10.1108/09653560710739531
○Brent Ritchie (2008). Tourism Disaster Planning and Management: From Response and Recovery to Reduction and Readiness,
Current Issues in Tourism, 11(4), 315-348. https://doi.org/10.1080/13683500802140372
○照本 清峰 (2023). 観光客の津波避難の支援対応に関する観光地の従業員の認識. 自然災害科学 41 (4), 363-390.
https://doi.org/10.24762/jndsj.41.4_363
○Thomas A. Birkland, Pannapa Herabat, Richard G. Little, and William A. Wallace (2006).
The Thailand Tsunami and Hurricane Katrina: A Preliminary Assessment of Their Impact and Meaning in Global Tourism.
Prepared for the Third MaGrann Conference on ‘The Future of Disasters in a Globalizing World.’
○Jing Tang, Natt Leelawat, Anawat Suppasri and Fumihiko Imamura (2019).
An effect of tsunami to hotel occupancy: A case of Phuket, Thailand. IOP Conference Series: Earth and Environmental Science. 273(1)
https://doi.org/10.1088/1755-1315/273/1/012033
○Poh Poh Wong (2012). Impacts, recovery and resilience of Thai tourist coasts to the 2004 Indian Ocean Tsunami.
Geological Society, London, Special Publications. 361(1):127-138 https://doi.org/10.1144/SP361.11
○Y. K. Gurtner (2014). It’s more than tourism: investigating integrated crisis management and recovery in tourist reliant destinations:
case studies of Bali and Phuket. James Cook University PhD thesis. https:doi.org/10.25903/96va-1562
