特集③-4 観光のチカラで復活した無形文化遺産「ナン・ヤイ」に学ぶ
観光研究部 主任研究員
後藤伸一
1.はじめに:
静かなる危機と、新たな枠組みの必要性
日本の人口減少が今後ますます大きな社会課題となっていくことは周知の通りである。ただ、経済面での議論が多いのではないかと思うところがある。私は人口減少がもたらす負の側面として、文化面についても重要なのではないかと考えている。
特に今、人口減少によるコミュニティの衰退や生活習慣の大きな変化により無形の文化遺産、例えば祭りや民俗芸能、伝統工芸などの技術が「静かなる危機」に陥っている。この流れが止まることはおそらくない。つまり、無形の文化遺産は残念ながら消えていく運命だと言える。
こうした中、文化行政は大きな転換点を迎えている。文化庁は2015年に地域に根ざした歴史的ストーリーを認定することで、観光振興や地域活性化につなげる日本遺産制度を創設、更に2018年に文化財保護法を改正し、「活用」を通じた「保存」という新たな道筋を示し始めた。しかし、ここで「文化財の活用は文化の真正性を損なうのではないか」という根源的ジレンマが生じることになる。
「保存」か「活用」というゼロサムの議論が続いている状況である。
私はこの「保存」か「活用」について、どちらか一つを選ばなければいけないということではなく、バランスが重要であり、どのようにプラスサムにしていくかという方向に、議論の質を変えていく必要があると考えている。
例えばこの対立を解く鍵として、文化人類学者ミシェル・ピカールが提示した「遺産としての文化(Culture as Heritage)」と「資本としての文化(Culture as Capital)」という概念がある。文化を「守るべき遺産」と「価値を生む資本」という二つの側面から捉え直すことで、単純な二項対立を超えた議論が可能となる。
さらに、この二つの側面の調和を目指す実践的な枠組みが、サステナブルツーリズムや国連世界観光機関が整理したVICEモデルである。訪問客(Visitor)、観光産業(Industry)、地域社会(Community)、環境と文化(Environment and Culture)という4者のニーズの調和を目指すこの考え方は、文化遺産の継承という課題にも有効な示唆を与えているよう思える。
このような問題意識から、今回は、一度途絶えた無形文化遺産「ナン・ヤイ」を観光のチカラで復活させたタイのペッチャブリーという小さな町のコミュニティを訪問した。また、無形の文化財の継承に観光が与える影響や効果について、それらを支援した政府機関(DASTA)も訪問した。

2.ペッチャブリーでの実践:
ピカールの理論を超えて
今回の訪問では、地域コミュニティの代表を務めるオンさんとペッチャブリーの役場職員のファンさんに話を伺った。
まず、ペッチャブリーは、バンコクから南西へ約160キロに位置する豊かな歴史と文化が残る古都である。
2021年にユネスコ創造都市ネットワークに「食文化(Gastronomy)」分野で認定されている。山と海に挟まれたこの地は、古くから交易の要衝として発展し、数多くの寺院や洞窟、王朝時代の宮殿が点在する。旧市街には華人商人が築いた2階建ての店舗兼住宅が数多く残り、喧騒のバンコクとは正反対で時間がゆっくりと流れるような雰囲気が漂う。この歴史的風土が、ナン・ヤイのような伝統芸能を育む土壌となってきた。
そのナン・ヤイは、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」(タイでは「ラーマキエン」)を主な題材にしたタイを代表する伝統影絵芝居である。「大きな革(Nang)の演劇(Yai)」を意味するその名の通り、1メートルを超える大型の牛革で作られた人形が最大の特徴である。
職人が一枚の牛革に精巧な彫刻を施して作られる人形は、神々、魔王、猿の軍将など、物語に登場する個性豊かなキャラクターたちである。これらを大きな白いスクリーンの前で数人で操る。ナレーターが物語を紡ぎ、タイの伝統音楽隊が劇的な旋律を奏でる中、スクリーン上で繰り広げられる神々と悪魔の戦いは、息をのむほどダイナミックで美しい。その壮麗なスケールと芸術性から、「動く寺院壁画」とも称される。ワット・プラッププラチャイには歴史的な人形が残されていたが、上演活動は長らく途絶えていた。
何故、このナン・ヤイが復活できたか。背景としてこの地域では地域の活性化のため20年以上オンさんを中心に「まちづくり」に取り組んできた。そのまちづくり活動がきっかけとなりDASTAが地域開発・支援に入ることになり、地域関係者が議論をした中で、ワット・プラッププラチャイに保存されていたナン・ヤイの人形が大変素晴らしいものであるにも関わらず、その人形を動かすこと、これを影絵劇を上演することができない、「クリエイティブ・ツーリズム」の手法を用いてこの文化財を復活できないかという話になったそうである。
当時、観光客は寺院を訪れ、古い人形を見るだけであり、コミュニティ活動はなく、地域関係者が議論する中で、コミュニティを作り、ナン・ヤイを復活させ、その価値を認識し、保存継承する方法について検討が始まった。寺院を中心にコミュニティが再構築された。その中心は小中学生などの子供たちとし、その理由は、この取組みを後世に伝えるためには若い世代の参画が重要と考えたためとのことだ。これは、非常に重要であり、私には観光が地域の歴史文化の保存継承に寄与するためには、子供たちなど次世代に継承するための仕組みを丁寧に考える必要があると改めて考えるきっかけとなった。
また、この取り組みは、単に影絵劇を復活させたということだけではなく、観光客が自らの手で革を彫る(Nang Yai Paper Craft)という体験(コト)を商品化し、提供することで、観光客の文化理解を一層促し、文化の価値を高めている。
加えて、地域の子供たちにも影響を与えている。観光客からの称賛が、担い手である子どもたちに「自分たちの文化は素晴らしい」という誇りを育み、文化や技術を学ぶ自発的な学習意欲につながっているようである。更に、その収益の一部は文化財の保存以外に子供たちの学費の一部にも充てられている。これらはまさに「継承の好循環」が生まれている事例と考えられる。
一方で、課題も山積している。「継続することは難しい」「均質な商品化までいたらない」「どのように集客すべきか」「販路をどのように構築するか」「PRができない、難しい」などと話されていた。これらは難しい課題であるが、オンさんたちは前向きに捉えている様子であった。特に、「いつか、専用の劇場を作りたい」という言葉は印象的であった。

また、この取り組みは、VICEモデルが目指す多様な価値の実現とも符合する。観光客(Visitor)は深い学びと感動を得ることができ、観光産業(Industry)は新たな商品を得て、地域社会(Community)は誇りと収入を回復し、環境と文化(Environment and Culture)負荷の少ない形で文化が継承される。観光が単なる経済活動ではなく、文化を持続させる「仕組み(装置)」として機能していると考えられる。
3.DASTAのアプローチ:
持続可能な継承の「仕組み」づくり
ペッチャブリーで目の当たりにした「継承の好循環」は、どのようにして設計されたのだろうか。その答えを求めて、取り組みを支えた伴走支援者、バンコクのDASTA本部を訪れた。DASTA(Designated Areas for Sustainabl e Tourism Administration)は、2003年にタイ政府が持続可能な観光開発を推進するために設置した専門組織で、その設立時期から見ても先進的な組織である。約100名の専門家チーム(観光プランナー、建築家、コミュニティ開発の専門家など)を擁し、特定の地域において観光を核とした総合的な地域開発を推進している。
日本の組織と比較すると、観光庁の政策立案機能、地方自治体の支援機能、そして民間のコンサルティング機能を併せ持った「実践型の専門家集団」と言える。彼らは単なる助成金分配機関ではなく、地域に深く入り込み、持続可能な観光の「種」をまき、「育てる」までの全過程を伴走するという点に最大の特徴がある。
担当者が、組織の理念について「我々DASTAの役割は、『システム・インテグレーター』です。つまり、コミュニティに魚をあげるのではなく、コミュニティが自立的に成長するための『漁の仕組み』そのものを共に設計する『伴走者』です」と語っていたことは大変印象的であった。
その上で、これらの理念に基づいてDASTAは以下の4つの支援を実施しているとのことであった。
1 「コミュニティの健康診断」
GSTC(持続可能な観光のための国際基準)をタイの実情に合わせて改良したツールを用い、外部者が評価するのではなく、コミュニティ自らが自らの資源と課題を「発見」する取組を支援する。
2 CBTクラブの組織化と役割分担
コミュニティをCBT(Community-Based Tourism)クラブ化し、地域の関係者を集めて役割分担を決める。収益が特定の個人に偏ることなく、地域内で分散(リンケージ)し、公平に分配される仕組みの構築を支援する。
3 経済的持続性の確保とKPI管理
コミュニティからの観光収入を1つのKPIとして使用し、毎年、約3〜4%の増加を目標として設定。収入の絶対額だけでなく、観光収入の5〜10%をコミュニティ基金に積み立て、地域のインフラ整備や奨学金に充てる仕組みの構築など、その公平な分配(収入分配指数)も指標とし、成長の質の管理を支援する。

4 世代を超えた継承の仕掛け
体験プログラムを子どもたちが自然に文化に親しむ入り口とし、さらに、CBTクラブで子供たちが学習し、お金を子供たちに分配する仕組みを構築するなど、「経済的インセンティブ」と「誇り」が結びつくことで、学びから実践、そして後進の指導へと至る好循環が生み出されていくことを支援する。
このように、DASTAは単発の支援ではなく、コミュニティが自律的に成長するまでの一連のプロセスを体系化しているのである。
もちろんこのようなDASTAのモデルをそのまま日本に移植することは現実的ではないかもしれない。しかし、その理念と20年以上取り組んできた実践は、日本の無形の文化遺産が直面する課題に対する重要な示唆に満ちているのではないか考える。特に今回のヒアリングを通してDASTAの関係者の方々の「地域に入る」ことへの誇りと責任感、また、熱意を感じた。
4.日本の無形の文化遺産への示唆:
「保存」から「継承」へ
今回のペッチャブリーとDASTAへの訪問では多くの気づきがあった。
第一に、無形の文化遺産を 「どのように活用するか」という短期的な視点から、「観光を活用してどのように継承していくか」いう長期的な視点へ考え方を変えることの重要性である。ペッチャブリーの事例が示すように、観光は単なる収入源ではなく、「地域の誇りを再生し、次世代への継承を促す装置」として機能し得ると考える。
第二に、DASTAが実践する 「システム・インテグレーター」 としての役割は、日本の自治体・DMOの在り方に大きな問いを投げかけている。日本では観光施策が補助金支援型である。加えてコンテンツ開発においてもイベント型が多いように思われる。また、PRに予算が多く使われているようにも思われる。このような短期的な事業ではなく、DASTAのように10年単位でコミュニティの自律を支え続ける「伴走型」の支援体制が不足している。限られた人的リソースの中でこの機能をどう担うか、DMO、大学・専門家組織との連携強化など、観光・文化の枠を超えた新しいモデルの構築が必要である。
第三に、「KPI」の考え方である。日本では「入込客数」や「消費額」が重視されがちだが、DASTAは「コミュニティ観光収入」と「収入分配指数」を指標とする。これは、観光の成果を「地域にお金が落ち、公平に分配されているか」という経済循環の質で測るという発想の転換である。この視点は、文化継承を持続可能な取り組みとして捉え直す上で極めて重要である。
5.おわりに:
旅が文化を支える未来へ
今回の視察で最も大きな気づきは、観光が単なる「消費活動」を超え、「旅を通じて地域や文化を持続的に支援する行為」へと新たなステージに変わってきているということだ。例えばペッチャブリーを訪れる観光客は、「文化の消費者」ではなく体験を通じて、その背景にある物語や技術に触れ、深い理解と敬意を抱く。
そして、その体験に対する対価が、直接的に子どもたちや文化保存活動に還元されていることを知れば、自身が文化継承の「支援者」となっていることを実感することになる。知らぬ間に文化継承の「理解者」かつ「支援者」となり、その持続可能性の一端を担っている。
このようなモデルが拡がれば、「その地域の文化を守りたいから旅をする」という、新たな旅行者の層を生み出す可能性がある。それは、観光がもたらすプラスサムの関係と言えるのではないだろうか。ペッチャブリーへの訪問を通して、多くの日本の無形の文化遺産が「消えゆく運命」にある今、文化遺産の継承に奮闘する方々、そして、私たちが手を取り合い、前向きな挑戦に一歩を踏み出す「時」が来ているのではないかと考える。
<参考文献>
○Picard, Michel. (1996).
Bali: Cultural Tourism and Touristic Culture.
Singapore: Archipelago Press.
○UNWTO. (2005).
Making Tourism More Sustainable – A Guide for Policy Makers.
○DASTA
(Designated Areas for Sustainable Tourism Administration).
(2024). Sustainable Tourism Development Framework.
○文化庁. (2015)「. 日本遺産(Japan Heritage)」制度概要
○文化庁. (2018). 文化財保護法の一部を改正する法律
