特集④-1 バルセロナ視察の全体像とシビックプライドを育む観光ガバナンス

観光研究部 主任研究員
福永香織

1.視察の背景と目的

 新型コロナウイルス感染症の収束に伴い、国際的な観光客の移動が回復基調に転じた。これを受け、日本国内の一部地域においても、パンデミック以前に問題視されていた観光客の急増に起因する諸課題が再び顕在化しつつある。
 こうした背景のもと、当財団では、日本に先行してオーバーツーリズム問題に直面してきた欧州主要都市の政策動向について、継続的な調査研究を推進している。昨年度は、2023年度より開始した海外地域への視察活動の一環として、アムステルダムおよびヴェネツィアを選定し、調査結果を『観光文化』264号にて取りまとめた。
さらに、『観光文化』265号においては、特集タイトルを「オーバーツーリズム下でのリバランス戦略」と題し、研究者の視点から欧州(ヴェネツィア、イタリア、バルセロナ)におけるオーバーツーリズムの現状とそれに対する最新の対応策やリバランス戦略についてご寄稿いただいた。
 バルセロナにおいては観光に対する住民の抗議活動がメディアで象徴的に報じられることが多いが、その裏では観光と住民生活の共存を図るための施策が矢継ぎ早に実行されている(ここはほとんど報道されない)。遠く離れた日本から見ていると、真摯に、かつ多角的に取り組みが行われているようにも思えるが、その実態はどうなっているのだろうか。そこで今年の視察先をバルセロナとし、8日間の行程で視察とヒアリングを実施した。
 福永はバルセロナにおけるシビックプライドを育む住民向けの施策に注目し、山本・池知はバルセロナにおける観光ジェントリフィケーションへの対応に焦点を当てた。小川は文化遺産の保護と観光への活用の現状、岩野はバルセロナの観光管理におけるデータ活用と地域分散への取り組みに着目した。

2.バルセロナの観光の転換点

 かつてバルセロナは製造業や港湾関連産業に依存する工業都市であったが、20世紀後半は、都市インフラの老朽化や沿岸部の環境汚染等が深刻化し、経済的な停滞期にあった。こうした状況を変えるタイミングとなったのが、1992年に開催されたバルセロナオリンピックである。市はオリンピックを単なるスポーツイベントではなく、都市の再構築と国際的な都市イメージの戦略的転換を目的とした大規模プロジェクトとして位置づけ、港湾地区や海岸線の大規模な再開発、交通インフラの刷新を集中的に実施した。
そして1993年にはバルセロナ観光局が設立され、アントニ・ガウディの建築群などを中心とした文化や芸術に焦点を当てた戦略が推進された。その戦略が功を奏し、観光客数が順調に増加する一方で、住民との関係性は変わりつつあった(図❷〜❸)。実際に、市が毎年実施している住民意識調査の結果をみても、観光客の誘致について限界に達していると回答する住民の割合が2016年を境に上回り、2024年には74・4%となっている。また、バルセロナにとって観光が有益かどうかという設問についても、有益と回答する人の割合は年々下がっている。
 こうした状況の中で2015年に市長となったのが、アダ・コラウ氏である。2000年代後半、スペインの経済危機で深刻化した住宅問題の抗議活動を行う社会活動家であったコラウ氏は、社会的公正と住民参加を重視して様々な取り組みを進めてきた。特にバルセロナ独自の政策としては、ホテルや観光用アパートメントの新規開業や増設をエリアごとに制限するPEUAT(観光宿泊施設特別都市計画)をはじめ、人流集中エリア(EGA:Espais de Gran Afluència)を特定し、重点的に生活空間の質を回復させる取り組みなどが注目されているが、いずれも根幹にあるのは「都市と観光は切り離せない関係である」という認識と、住民の生活の質をいかに向上させるかという視点である。(詳しくは「観光文化」265号「特集3『観光都市』から『観光とともに生きる都市』へ」を参照)

 一方で、住民と言っても一様でないこと、観光の恩恵の受け方も異なり、見方が大きく異なることは「観光文化」265号で熊谷氏、ボルグ氏、佐野氏も指摘している他、既往研究でも多様な住民の動機に合わせた多角的なアプローチの必要性が指摘されている(注1)。
この複雑な状況に対して、バルセロナは住民とどのように向き合っているのだろうか。住民向けの取り組みを掘り下げることで考察を深めていきたい。

3.住民との対話とコミュニケーション

 様々な問題が表出する中で重視されたのが住民とのコミュニケーションである。バルセロナでは15年にわたって観光に対する住民意識調査を実施している他、図2と図3で紹介した観光客の誘致に対する意識とバルセロナにとって観光が有益かどうかについては指標に含まれており、常に住民の意識をモニタリングし続けている。2016年には住民参加型のデジタルプラットフォーム「decidim.barcelona」の運用が開始された。これまでに15万人以上(バルセロナ市の人口の10人に1人)の住民が登録・参加しており、観光に限らず市政情報や各種会議での議論内容を確認できる他、討論会への参加や政策への提案書の提出等を行うことができる。2017年に市の観光政策のロードマップとして策定された観光戦略計画2020(Plan Estratégico de Turismo 2020)にもdecidim を通して住民の意見が盛り込まれた他、最近は住民が直接提案・選定したプロジェクトに3000万€(2024年から2027年まで総額で約50・3億円)が割り当てられる参加型予算編成プロセスを市内10地区で導入している。例えば、「身体の不自由な方でもビーチや海にアクセスができるようにする」「サンツ・モンジュイックのイベリア広場の緑と木陰を復活させる」といった提案などがあり、採用されたものは進捗状況を随時確認することができる。さらに大人だけでなく子供(8‐13歳)が参加できる「DecidimKids」が2023年に開始され、政策を学びながら自分の意見を述べたり、優先的に取り組むべき施策に投票をすることができる。一見、Decidim で議論されていることは観光と直接関係ないように見えるかもしれない。しかし、こうしたプロセスを導入することで、住民視点で快適な空間が市内各所に作られ、それがひいては観光客にとっても魅力的な街となっていくのではないだろうか。
 このようなボトムアップ型の取り組みの一方で、2016年5月に結成された「観光と都市に関する評議会(CTiC:Consell de Turisme i Ciutat)」は、各地区の代表者、宿泊業や飲食業などの業界団体、労働組合、環境団体、専門家などで構成される諮問機関であり、政策に関する調査や評価、改善策の提案等を定期的に行う。法的拘束力を持たないものの、政策決定の根拠となり、住民も含めた様々な主体の意見が観光ガバナンスに取り込まれる機会となっている。

4.住民の権利を保護し、利益を還元する

住民優待プログラム「Gaudir Més」

 都市を楽しむ権利は住民にこそあるものであるが、観光客の増加による混雑や、入場料の値上げ等によってその権利が奪われてしまうこともある。こうした状況の中で2014年に創設されたのが住民優待プログラム「Gaudir Més」である。16歳以上の住民(16歳未満は責任者同伴で同じサービスを受けられる)であれば誰でも登録することができ、市内の博物館や美術館、観光施設等を無料もしくは割引で利用できる。グエル公園もその対象施設であるが、観光利用と住民利用のバランスが崩れていたなか、「グエル公園戦略計画2017‐2022」が策定された。年間の開園時間のうち1%しか住民の活動時間に充てられていなかった状況をふまえ、住民のみが入場できる時間枠(朝7時から9時半までと18時から22時まで(季節により時間帯は前後))を設定した他、「Gaudir Més」の利便性向上に向けたシステムの改良等が行われた。グエル公園では、混雑コントロールや体験の質を高めるため、2013年から事前予約制を採用し、来園日時に応じた入場料を徴収しているが、住民であれば無料でいつでも利用することができる。
 観光化によって住民の利用が遠のいてしまったボケリア市場でも、団体客の入場規制(人数・曜日)や、各店舗が販売している商品の構成比率の取り決めといった対策に乗り出している
(特集4‐❷参照)。

観光市民還元基金「Fons ReCiutaT」

 2023年には観光収入を市民に還元する仕組みとして、観光市民還元基金「Fons ReCiutaT」が創設された。
カタルーニャ州が2012年から徴収している宿泊税(IEET)については、2020年の州法の改正によって、その使途が従来の観光振興に加えて市民生活の質の向上にも充てられるよう拡大された。この法改正に基づき、2021年6月からIEET にバルセロナ市独自の追加宿泊税を上乗せする形で徴収が開始された。2025年10月現在は1人1泊あたり4€(原則として最大7泊分まで、16歳以下は免除)であるが、段階的に引き上げが行われて現在の税額となっている。
 「Fons ReCiutaT」の使途として発表されているのが、市内170の学校・教育機関における空調設備の導入である。気候変動(熱波)が学校に及ぼす影響を勘案したものであるが、観光業界からは、都市の清掃や治安維持、観光インフラの改善などに使うべきという意見もある。

住民だけが使える自転車シェアリングサービス「Bicing」

 「Bicing」は、バルセロナ住民のみが使える自転車シェアリングサービスである。2007年にバルセロナ市が住民の日常的な移動手段の改善と環境負荷の低減を目指して開始し、運営は外部委託している。市内500ヵ所以上の自転車ステーションに約8000台の自転車が配置されており、スマートフォンアプリ「SMOU」を通じて、空き状況の確認や予約をすることができる。年間利用料が安価なため、通勤に使う住民も多いとのことである。また、2023年にはバルセロナ都市圏交通局が、バルセロナ市外を含む広範囲での移動を可能にする電動自転車シェアリングサービス「AMBici」を開始した。
 一般的に公共交通の混雑緩和を検討する際には、観光客の利用をコントロールしようとしがちであるが、市民が活用したくなるサービスを提供することで、市民側の行動変容を促しつつ、健康増進、電車やバスの混雑緩和につなげている。

街の秩序を守る「Agents Cívics」

 市民エージェント「Agents Cívics」は、バルセロナを安全で秩序ある空間にすることを目指し、地域を巡回しながら来訪者への情報提供、マナーの伝達、来訪者と住民との小さなトラブルの仲介などを実施している。2024年の指摘内容としては、交通ルール違反や団体観光客による迷惑行為等の他、ヌーディズム、無許可の客引きなどが挙げられる。警察ではないので罰金を科す等の権限は持たないが、街で発生している事象を市や警察と共有すると共に、対話を通じて事件を未然に防ぐことが重要な役割となっている。
2024年の夏には約70名が市内の主要スポットに配置され、特にEGAに指定されている地区では人数を増やして対応しており、住民にとっては彼らの存在自体が安心につながっているようである。なお、リアルの巡回と並行してオンラインでも監視を行っている。

5.おわりに
〜パラダイム・シフトを捉え、批判を恐れない取り組みを〜

 最近の日本では、起きている問題の本質をきちんと捉えられていないままオーバーツーリズムという言葉で語っている例が多く見受けられる。偏った側面からの報道がそれを助長している面も少なからずあるように思えるが、後藤2025(注2)の言葉を借りれば、「単なる表面的な症状に対処するのではなく、問題を深く掘り下げ、その背景や原因に目を向ける必要がある。また、問題現象を特定し、それを分解して個々の要素を捉えることを超えて、各要素の相互作用や影響を総合的に理解するシステム思考」が求められる。
 とはいえ、問題を定義し特定するという作業は、慎重な姿勢や多方面への配慮が求められることから、自治体にとっては容易でないこともうかがえる。
 バルセロナの取り組みから学べることは、「批判はある前提で、まずは施策を発表し、実行してみる」という姿勢である。最初から完璧な施策などなく、進めながら関係者の意見を聞いて軌道修正していけばよい。Decidimをはじめとした相互コミュニケーションの機会を創出することは、多様な背景の意見を持つ住民と意識合わせをしつつ、建設的で有意義な議論ができる土台につながるのではないだろうか。とりわけ、DecidimKids に参加した子供たちの将来が楽しみである。
 2点目は、住民に目を向けた取り組みの多さである。観光客に行動変容を促す取り組みも必要ではあるが、住民の権利を保証し、それを可視化することが、シビックプライド(市民の誇り)の醸成につながると考えられる。
 そして3点目は、これらの取り組みを実行できる財源の存在である。日本でも観光財源の導入が進んでいるが、バルセロナのようにEU等の外部資金を獲得しながらも自らの意思で使用できる財源を確保し、適切に運用できる仕組みは必要不可欠である。そして、グエル公園やカサ・バトリョ等でも、高額な入場料を徴収しているが、将来に残していくための財源として理解を求める説明がされている。
 新型コロナウイルスのような世界共通のパラダイムシフトもある一方で、地域にとっての転換点はそれぞれ異なる。問題の核心を捉えつつ、覚悟を持った取り組みができるかどうかが地域に問われている。

【謝辞】本視察にご協力いただいたバルセロナ市、エブロ川デルタ自然公園、バルセロナホテル協会、民泊オーナー、カタルーニャ州政府観光局、バルセロナ大学、大島里子氏、北海道大学石黒侑介氏に深く感謝申し上げます。

<参考文献>
○観光文化264号「世界の観光ダイナミズム2024」
https://www.jtb.or.jp/book/tourism-culture/tourism-culture-264/ 
○観光文化265号「オーバーツーリズム下でのリバランス戦略」
https://www.jtb.or.jp/book/tourism-culture/tourism-culture-265/ 
○「Percepció del turisme a Barcelona」Del 3 de juny al 21 d’octubre de 2024
https://ajuntament.barcelona.cat/turisme/sites/default/files/2025-03/Percepcio_Turisme_Informe_2024.pdf
○バルセロナ大学ホテル観光学院
(CETT Barcelona School of Tourism, Hospitality and Gastronomy)
https://www.cett.es/en

<注>
(1)Daniele Scarpi, Ilenia Confente, Ivan Russo(2022),
The impact of tourism on residents’ intention to stay.
A qualitative comparative analysis, Annals of Tourism Research 97 103472
(2)後藤健太郎「視座 オーバーツーリズム下でのリバランス戦略~欧州都市を通じて~」
(観光文化265号「オーバーツーリズム下でのリバランス戦略」)、2025年5月