特集④-4 バルセロナの観光管理におけるデータ活用と地域分散への取り組み

観光研究部 研究員
岩野温子

1.はじめに

 日本が観光客の特定地域・時間帯への集中や経済的漏出といった根本的な課題に直面する中、先進事例としてスペイン・バルセロナ市の政策転換に注目が集まっている。
 バルセロナ市は、観光を単なる経済活動ではなく、都市の公益を確保するための都市全体に関わる重要な政策課題として捉え、「観光管理」から「観光と共に都市を管理する」という思想への転換を図った。この政策転換の核心は、データ活用の徹底と、観光の恩恵を広げる政策の根幹としての地域分散という戦略性にある。
 本レポートは、バルセロナ市および周辺地域を対象に実施した視察の結果に基づいている。視察結果とこれまで訪れた地域との比較を通じ、バルセロナ市が推進する持続可能な観光の先進的な取り組みの全体像と構造を把握し、ここに報告したい。

2.観光客集中による負の影響の顕在化と政策転換

 1992年のオリンピックを契機に急成長したバルセロナ市の観光業は、年間訪問者数は都市人口の約9・3倍(2024年)に達し、観光がもたらす負の影響を都市に集中させ、深刻な社会的コストを生じさせている。
 バルセロナ市は、この危機的状況に対し、場当たり的な対応から脱却し、客観的なデータに基づく意思決定へと政策思想を転換した。「住民ファースト」と「サステナビリティ」を原則とし、単なる規制ではなくデータと連携した観光客流動の管理へと移行した。これは、観光を単なる経済活動として捉えるのではなく、都市計画、統治体制、都市の公益確保を含む、都市の統治全体に関わる政策課題として扱うことを意味している。
 このデータ連携と公共のリーダーシップに基づく新しい観光管理の基盤として確立されたのが、バルセロナ観光観測所(OTB)である。

3.データ活用戦略:
「バルセロナ観光観測所(OTB)」の役割と統治構造

 バルセロナ市は、観光に関する政策転換と根本的課題の解決のため、観光データ統合プラットフォームであるバルセロナ観光観測所Observatori del Turisme a Barcelona(OTB)を設立した。OTBは、市の「都市の公益確保」という新しい政策思想に基づき、持続可能な観光の推進を支える統治構造の中核を担っている。

政策議論の基盤としてのOTBの機能

 OTBは、政策立案者の客観的な意思決定を実現するため、IoTセンサーからのリアルタイムデータ、経済統計、アンケート結果など多岐にわたるデータソースを統合している。その上で、観光客満足度、経済効果、社会・環境への影響を継続的に計測・分析している。
 また、分析結果を公開することで、観光政策の透明性を確保し、感情論ではなく科学的評価に基づいて、観光客の流れの最適化や地域社会への影響といった課題のトレードオフを管理・調整することを可能にしている。さらに、すべての関係者(政策立案者、観光業界関係者、住民、国際組織など)がデータにアクセスできる普遍性を実現していることにより、政策議論の質が担保されている。

データ活用による課題の管理と地域分散戦略

 OTBのデータ分析は、都市の社会的収容能力(キャパシティ)を管理し、地域社会の持続性と経済的利益の両立を図る「観光客の流れの最適化」を管理するために極めて重要である。
 例えば、バルセロナ市内で行った活動に関するデータ(図1)をみると、文化訪問、ビーチに行くといった従来の活動に加え、エコツーリズムも高い割合を占めている。市は観光客の関心を都市中心部から郊外や自然空間へと誘導する具体的な根拠を得ている。
OTBのデータは、持続可能な地域分散型の観光モデルへの移行を強力に支援する基盤となっている。

4.地域分散と管理

 バルセロナ市の「Government Measure for Tourism Management 2024 ̶2027」において、地域分散は、観光客の集中による課題の主要な解決策の一つとして、また持続可能な観光モデルの実現に欠かせない要素として、主要な取り組み領域に位置づけられている。その戦略は、地域分散と観光活動の多様化を促進し、多中心主義を推進するため、新たな文化、スポーツ、美食、教育などの体験を観光商品に組み込むことを掲げている。

地域分散のアプローチの進化と収容能力の管理

 バルセロナ市の新たな観光分散化戦略は、過去のアプローチが新たな過密地域を生むリスクを抱えていた反省から、地域の固有の特性と観光客受け入れ能力(収容能力)を深く考慮する方向に転換した。この戦略は、最適な社会的収容能力の概念と密接に結びついており、データに基づいた主要観光ルートの再考や、混雑を軽減するためのオーダーメイドの対策を通じて、観光客の活動を優先しつつ、観光地全体の健全性を確保し、持続可能な観光地経営を目指している。

広域連携による観光分散と都市全体の活力維持

 バルセロナ市の地域分散戦略は、単なる観光圧力の抑制だけではなく、都市の公益確保と観光の活力を都市全体に持続させるという政策思想の転換に基づいている。
 この戦略を実効性のあるものとするため、市の行政区域を超えた広域での連携が不可欠であり、カタルーニャ州全体を視野に入れた「広域連携と地域分散」が特徴である。
 具体的には、観光目的地の地域規模を多層化し、州政府やバルセロナ都市圏(Àrea Metropolitana de Barcelona)との協力関係の制度化を目指す、多層的な統治体制の構築を推進している。

5.地域分散の可能性:
日帰り・宿泊軸での視察事例

 バルセロナ市内の観光客のうち9・6%が市外への日帰り旅行に出かけており(表1)、この需要は地域分散の大きな可能性を示唆している。観光客を市外へ誘導する地域分散の可能性を探るため、移動時間と滞在形態(日帰り/宿泊)を軸に二つの地域への視察を実施した。
 視察先の一つは、バルセロナ市から車で約2時間の距離に位置するカタルーニャ州南部の歴史的な都市、トルトーザである。もう一つは、トルトーザへの移動経路上に位置するワイン産地、ペネデスである。

トルトーザ:
歴史・文化とエコツーリズムを組み合わせた滞在型の地域分散

 トルトーザは、歴史的な城塞を利用したパラドール(国営宿泊施設)という歴史・文化的観光資源と、エブロ川デルタ地帯自然公園というエコツーリズム資源を有している。それらを組み合わせることで、バルセロナなどの都市観光からの観光客を多角的なテーマへと誘導し、地域分散を図ることができそうである。
 この多角的な分散アプローチは、歴史的な城塞のパラドールを滞在型観光の基軸とし、自然公園をエコツーリズムの受け皿とすることで成立する。トルトーザは、都市の混雑を避け、歴史的背景や豊かな自然を深く探求したい観光客層を効果的に誘致できる。結果として観光客の流れを最適化し、地域分散に貢献することが可能である。
 2024年のデータからは、バルセロナ市内観光客の65%がハイキング/トレッキングなど自然空間での活動に強い需要を示しており(表2)、エコツーリズムへの誘導が市場のニーズに合致している。
 エブロ川デルタ地帯自然公園では、観光客集中による環境への負荷に対し、地方行政機関(市庁舎、郡、18自治体)が連携し、具体的な訪問者管理策(ゾーニング、柵の設置、夜間駐車への罰金制度など)を運用している。
 また、地域運営においては、欧州持続可能な観光憲章(ECST)認証に基づき、公的機関、事業者、地元コミュニティが協働する体制が機能している。「環境保全」を共通目標とすることで、多様なステークホルダーの参画を促している。さらに、地域優先の原則として、地元住民の起業家精神や持続可能性を重視する方針を選択しており、地域社会の福祉と環境保全を最優先する自律的な政策が実践されている。

ペネデス:
ワインツーリズムによる日帰り型の地域分散

 カヴァ(スパークリングワイン)の主要生産地であるペネデスは、ワインツーリズムを推進し、バルセロナ市からの日帰り観光需要の多様化に貢献している。しかし現在のワインツーリズムの利用割合は7・3%に留まっており、地域分散の大きなポテンシャルに期待されている状況にある。
 地方への観光客誘導は、地域分散以外に需要の多様化と地域経済への波及効果を目的としている。既往研究によると、スペインのワイン街道プロジェクトによる一定の経済成長効果は確認されているものの、観光による利益が地域全体に公平に分配されているかという点が重要な課題として指摘されている。地方分散を持続的なものとするためには、単に観光客を地方へ誘導するだけでなく、地域内での公平な利益分配の仕組みを構築することが必須である。
 バルセロナ市の事例が示すのは、地方分散の成功が単なる場所の移動ではなく、テーマと滞在形態の多様化にあるという戦略性である。トルトーザ(宿泊・中長距離)とペネデス(日帰り・短距離)の対比は、日本の地方が取るべき戦略的焦点(日帰特化か、宿泊特化か)を考える上でも具体的な示唆を与えてくれた。

6.おわりに

 バルセロナ市の事例は、日本の観光地経営に対し、特に地域分散の観点から以下の戦略的示唆が得られた。本視察の結果は、
筆者が過去に研究対象とした地域(ニュージーランド・クライストチャーチ、アメリカ合衆国・ハワイ)の課題解決アプローチと対比することで、バルセロナ市の戦略的意義をまとめたい。

クライストチャーチ(震災からの復興と関係人口)との比較

 昨年に訪れたクライストチャーチは、震災からの復興という外的ショックに対し、観光客を「地域を支える主体となる関係人口」へ転換するというアプローチで、地域外からの支援を取り込むことを目指していた。一方、バルセロナ市は、観光客の集中による住民生活の危機という内発的ショックに対し、地域住民のQOL維持を最優先とし、地域内資源の保護を優先する仕組みを構築している。アプローチの起点は異なるが、両者は単なる観光客数の増加ではなく、地域との関与度の高い観光客の創出、すなわち観光を量から質へと転換し、持続可能な観光を目指す点で方向性が一致している。

ハワイ(市場変動と消費動向)との比較

 一昨年に訪れたハワイは、例えば日本人旅行者に関して、円安・物価高騰といった需要側の変化に対し分析して対応する需要側対応を重視していた。
これに対しバルセロナ市は、観光客の集中という内発的な危機に対し、観光客の分散や規制、そしてデータに基づく政策決定といった「供給側の都市管理」の基盤改革を推進している。特に、バルセロナ市のデータ活用戦略は、ハワイの需要側対応を超えた高度な都市管理の視座を提供しており、観光の質的向上と持続可能性を担保しようとしている点が重要である。

 バルセロナ市の事例が示唆するのは、日本の観光地経営において、特に地域分散を成功させるためには、プロモーションの強化や市場の需要動向への追従に留まらない、高度な都市管理の視点が必要だということである。地方における観光客の分散を「地域住民のQOL維持と地域資源保護のための都市・地域マネジメント」の一環として捉え、バルセロナ市のように、詳細なデータに基づき、規制と誘導の両面から施策を展開するアプローチこそが、観光の負の影響に悩む地域や、観光客誘致に苦戦する地域にとって、持続的な成長を実現するための新たなモデルとなるのではないだろうか。

<参考文献>
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