活動報告1
「第35回旅行動向シンポジウムin京都」を開催
開催日時…2025年11月7日(金)13:30〜16:00
会場………TKPガーデンシティ京都タワーホテル
(オンライン配信とのハイブリッド形式)

2025年11月7日(金)、第35回旅行動向シンポジウムを開催しました。当財団では本年4月に京都事務所(JTBF京都観光レジリエンス研究センター)を開設したことから、今年度のシンポジウムは京都市を会場として、オンラインとのハイブリッド形式により開催しました。
また、当日の午前中には、希望者を対象(10名限定)としたエクスカーションを開催し、パネリストとしても登壇されたDiscover Noh in Kyoto の山根樹氏のガイドによる能と茶道の体験を行いました。

今年度は「高付加価値観光の本質」を特集した観光文化267号(2025年11月発行)と連動し、「価値を創り、価値を呼ぶ地域が主役の高付加価値ツーリズムの実現に向けて」をテーマとして、京都市における高付加価値化戦略についての基調講演、当財団と日本政策投資銀行(DBJ)による高付加価値旅行者についての共同調査の報告、高付加価値な観光コンテンツを地
域で提供するパネリスト4名を迎えたパネルディスカッションが行われました。開催概要を報告します。

1.基調講演
京都市観光協会(DMO KYOTO)の赤星周平氏より、京都市における観光の現状と課題、「量から質へ」の転換を軸とした高付加価値化戦略についてのお話がありました。概要は以下の通りです。

京都経済と市民生活を支える観光
●京都市観光協会と京都文化交流コンベンションビューローは、ともに京都市の観光MICE推進室を司令塔として、京都観光政策の企画実行部隊として活動しており、商工会議所や地元の大学などと連携した「オール京都」の体制で、共通データを基に一体的に観光政策を推進している。
●京都市では日帰り・宿泊含め年間5000万人の観光客が訪れており、2024年には外国人宿泊者数が初めて日本人宿泊者数を上回ったが、これは京都市に限らず、他の都市でも同様の傾向だと承知している。
●京都市の宿泊客室数は2025年3月末時点で6万室を超えた。民間投資が活性化し、世界的にもまれに見る短期間に多くのラグジュアリーホテルが京都に進出したこともあり、10年前の課題だったキャパシティ不足は解消したと言える。しかし一方で、地域住民に配慮しない利益至上主義の簡易宿所や民泊もコロナ禍後増加しており、現在は京都市もその課題を認識し、国に対して新たなルールのあり方を要望していると聞いている。
●観光消費は京都市の経済に対する貢献度が非常に高く、京都市の市内総生産に占める観光客の消費経済効果は全国平均の2・7倍にあたる12・4%、市内雇用者の4人に1人は観光関連というデータもある。
●京都市は政令市の中でも比較的充実した市営バスネットワークを持っており、74路線を運行している。しかし黒字は観光路線とされる18路線のみで、その収益が市民の足となる他路線を維持する構造となっており、観光が地域経済活性化のエンジンとして京都市を支えていると言っても過言ではない。
高付加価値な観光にはDMCの育成が急務
●京都市は2010年策定の観光振興計画から「量から質へ」の転換を継続的に掲げている。富裕層のみをターゲットとするのではなく、通年の需要を確保しつつ、知的好奇心や文化理解度が高い層などを誘致して質の向上によって観光消費を引き上げる戦略である。MICE顧客を含む多様なハイエンド層を伸ばすことが、我々DMOやコンベンションビューローの仕事である。
●2009年、経済産業省が日本で初めてラグジュアリートラベル市場の調査を行って以降、この分野が抱える課題は現在も大きく変わっていない。高品質な宿泊施設を増やすことに加え、地域ならではの魅力を深掘りし、ラグジュアリー層の知的好奇心を満たす体験型コンテンツを磨き上げることが求められている。そうした要素を組み合わせ、テーラーメイドで高付加価値な商品として設計し、海外バイヤーに適正な価格で提供できるDMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)が日本では依然として不足している点は、当時から指摘され続けている課題である。
●京都では地域DMCの育成・サポートに加え、タビナカ現場においてコンシェルジュ的な役割を担う質の高いガイド育成にも力を入れている。質の高いガイドの存在が、稀有な文化体験を提供可能とし、京都が有する至高のコンテンツに対する観光客の理解度が高まることが実証されている。
「高付加価値化の先に何をするか」を考える
●一方で、我々観光振興政策に携わる者は、今一度根本に立ち返り、そもそも何のための高付加価値化戦略なのか、観光は何のためにあるのかを考える必要がある。全国各地で皆が一斉に高付加価値なインバウンド客誘致を目指す必要はなく、自分たちの地域性や、観光産業関連事業者の集積度合やコンテンツをしっかり見直し、場合によっては目の肥えた日本人のお客様にまずは認めてもらうというプロセスもあるのではないか。
●しかしながら現状は、「とりあえず国の補助金が出るのでインバウンド向けに高付加価値な商品を作っていこう」といった地域が多く見られ、行政からの補助金が途切れたら事業も終わるような「なんちゃって高付加価値戦略事業」がばっこしていると感じている。本来、地域課題を解決するための手段であったはずの高付加価値観光振興が、目的化している面は改める必要があるのではないか。
●我々は高付加価値化した先に何をするか、何のための観光振興なのかを今一度考える必要がある。目先の観光客数や稼働を求めダンピング合戦により、利益を削っていく観光スタイルではなく、高付加価値型な観光の実現によって、地域それぞれの課題を解決するものでなくてはならない。
●京都の例で申し上げれば、域外から新たな投資を呼び込み、安定した雇用をつくり、宿泊税などを活用し、国民や市民の財産である文化財を保全し、住民の生活レベルを向上させ、都市の活力を高めていく、といったものである。この原点に立ち返り、様々な施策を企画立案していくべきである。
2.報告
当財団の柿島あかね上席主任研究員からは「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査2025年度版」の結果から、高付加価値旅行者に焦点を当てた内容が示されました。高付加価値旅行者層は訪日旅行1回あたりの支出が100万円以上と日本政府によって定義され、訪日客全体の1%で14%の旅行消費額を占めています。主なポイントは以下の通りです。
内的動機を重視し、希少性や専門性の高い活動を好む
●高付加価値旅行者は、20〜40代の高収入層の割合が高く、職業は会社員、国籍は東アジアが半数以上で中国が多い。
●訪日動機は新しい体験による成長、学びなどの「自己実現」と、地域文化・生活への主体的な関わりなど本物に触れる「真正性」の2つの内的動機が重視され、高付加価値旅行者層は68%が両方ともに高くなっている。周囲の人やSNSに向けて体験を語ったり自慢できる、承認やステータスに関わる価値も重視されている。
●「食」「歴史」「安全性」といった観光地の魅力に対する関心度は、訪日旅行1回あたりの支出が100万円未満の一般層との差が小さく、「優先入場」「特別席」などの上位オプションによる段階的課金が有効と考えられる。
●希少性や専門性の高い活動が選ばれやすく、地方ではサイクリング、ウィンタースポーツ、動植物観賞などの達成型の「アクティブ活動」が該当する。
一方で高付加価値旅行者の地方訪問意向があまり高くないという傾向も見られ、準備や移動などの手間の解消が参加促進のポイントと考えられる。
価格許容度とサステナビリティ意識はいずれも高い
●高付加価値層の約7割が体験への追加支払いの意思があり、約2割は質の高い体験に対する50%以上の価格上乗せを許容している。これは品質を優先する姿勢を示しており、希少・専門性の高い活動には2〜5割増の価格設定も可能と考えられる。
●約9割が観光地や宿泊施設のサステナブルな取り組みを重視し、観光地維持のための金銭負担への賛成の割合も約9割に上る。
●カーボンオフセット商品の利用や認可ガイドの選択など、金銭コストや積極的な選択を伴う「利他的な取り組み」や、体験満足と地域貢献の両立を志向する。協力金を明示して料金に含めることは、価格への納得感や自己顕示ニーズに訴求すると考えられる。
3.パネルディスカッション
パネリストとして、3県7市町村の広域連携によるブランディングを行う「雪国観光圏」の代表理事であり、雪国文化を体験できる宿泊施設「ryugon」を運営する井口智裕氏、長野県佐久市で酒蔵に泊まって蔵人体験ができる「KURABITO STAY」を運営する田澤麻里香氏、100名以上の能楽師が在籍する京都市で、主に海外に向けて能楽と能楽文化を発信普及する事業に取り組む山根樹氏、奈良で体験プログラム「kurabi」を展開する「Tale Navi」の鬼木翔平氏の4名と、コメンテーターとして、「インバウンド戦略研究所」の清水泰正氏、モデレーターとして当財団京都事務所長を兼任する福永香織主任研究員が登壇し、地域が主役となって、いかに高付加価値観光を実現するかについて議論しました。(井口氏、田澤氏はオンライン参加)
顧客とコンテンツのミスマッチ解消と高関心層の誘致
まず、「コンテンツにマッチする層にどう届けるか」について議論を行いました。
●山根氏:自身の通訳ガイドの経験から、いわゆる富裕層は刺激に飽きており、能への反応が淡白だと感じていたが、自身で選択して購入した顧客は最も反応が良いと気づいた。この知見に基づき、現在はOTAでの直接販売を開始し、商品の本質を理解して紹介してくれる旅行会社との連携を強化。単なるインバウンド商品ではなく、能楽本来の姿を伝えることにこだわりつつ、京都市観光協会と連携した初心者向け公演などで顧客との接点を広げている。また、海外の顧客がどんなチャネルから来ているか不明な部分も多いが、海外の文化に関心がある層にとって能のミニマルな演出やジャズのような即興的なエネルギーが好まれ、能楽堂を貸し切る富裕層のCEOから学生まで、幅広いファン層が存在する。
●田澤氏:旅行会社を介すると情報伝達が不十分になるため、予約は100%自社サイトのみとし、OTAへの掲載を避けることでミスマッチを回避し、高利益率を維持している。1泊2日で約10万円という高価格設定と説明しすぎないサイトデザイン、英語と日本語の2言語表記とすることで、「来て欲しい顧客に来ていただく」フィルタリングを行っている。この戦略により熱心な顧客が遠方からも集まり、サービスに深く感動し「50万円でも喜んで支払う」と言われることもある。
「客層ミックス」戦略と滞在を延長させる「観光インフラ」整備
●井口氏:地域のサプライヤーが差別化を図る目的で、コンテンツを絞り込みすぎる現状に対して疑問に感じている。ryugonでは、年間を通じて効率よく客室を埋めるための『客層ミックス』が最も重要と考えている。自社のこだわりやブランディングに完全にフィットする顧客は、肌感覚で1割にも満たず、現状はOTAやツアー利用の約9割の顧客が売上げをカバーしているのが実情であり、マッチする顧客の比率を徐々に増やし、こだわりと売上げを両立させる環境を目指したい。また、一般的に富裕層は均一な品質のサービスに価値を認める傾向がある一方、地域らしさが体験できる施設を評価して高額を払う層もいると感じている。
●鬼木氏:奈良観光の課題として観光インフラの不足が、観光客の短時間滞在の原因となっていると感じる。その「もったいなさ」をエネルギーに変え、来訪者に予想外の出会いを提供するため、送迎付きの体験提供やホテルのフロントとの連携など、すぐに体験に参加しやすくなるインフラ整備を意識的に行っている。体験提供者に負担をかけないため特別な準備を求めず、職人や地元の剣道教室などが普段行っている仕事や活動に観光客が参加する形式をとり、リアルな日常体験が見たい観光客のニーズに寄り添いながら、事業の継続性を確保している。こうした仕組みがインフラとして整えば、他の事業者も参入してくるのではと考えている。また、顧客と継続的な関係を築くため、奈良のお茶を2ヶ月に一度サブスクリプションで届けることで帰宅後もつながりを保ち、再訪を促進することをKPIとして追求している。
持続可能な観光を支える「地域内外の連携」と「人的交流」
続いて、地域での持続可能な取り組みについて話題が移りました。
●井口氏:地域を体験してもらうことを最大の思想として掲げ、地域住民を含む様々な人々を巻き込む取り組みを行っている。旅館の売上単価を伸ばすことではなく、地域をより深く体験してもらうために連泊を促進し、地域の飲食店の活性化のために宿泊客に積極的に紹介している。2004年には起業したい地元の人々を育てるシェアレストランを旅館内に開設したほか、旅館内の土間で地元のお母さんたちに料理を教えてもらうアクティビティを行っている。また、旅館とあまり接点のない学生に働くイメージを持ってもらうため、5時間の仕事の手伝いで無料宿泊できる「さかとケ」プログラムを実施しており、4年間で延べ400人の学生が利用し、新規採用にもつながっている。
●田澤氏:観光地を再訪する大きな理由は世界遺産などの景観よりも、『あの人に会いたい』という人間的な交流と捉えており、宿泊客に対して朝食のみを提供し、昼夜は地元の商店街の利用を促すことで、観光客を積極的にまちへ送り出し、地域住民との接点を意図的につくっている。
日本酒業界では、観光事業に対する意識に大きな温度差があり、ツーリズムを拒否する蔵もあれば、ファンづくりに活用する蔵もある。補助金によって観光事業を始める蔵は多いものの、ほとんどの事業が1年以上続かず、私たちが提供する体験の充実度は簡単には真似できないと感じている。
●山根氏:一般客の支払った料金を学生の能楽鑑賞の支援に充てる仕組みをつくっており、学生に対しては無料あるいは低料金で能楽体験を提供している。次世代の能楽ファンの育成も、能楽を支える人材の育成と同じくらい大事であると考えており、大学が多い京都でそうした取り組みを行っている。
共通項は「関与」「中立・独立」「余白を残す」の好バランス
最後に清水氏から総括コメントとして、4人の共通要素となる4点が挙げられました。
●清水氏:1点目は非常に高い「関与」度を持つことである。2点目は独占的な形ではなく、地域を巻き込みながら行う「中立性・独立性」を保っている点である。3点目は自らの価値観を押し付けず、柔軟性を持って「余白を残す」ことで、将来の価値競争につながる基盤を築いている点である。そして、4点目として、この4要素のバランスがいい事業姿勢が、印象に残るサービス提供を可能にしている。また、自治体やDMOに対しては「パネリストの4名は個性もさまざまだが、地域のコンテンツ開発や誘客において欠かせない役割を担っている。この4名をモデルとして、その個性や役割について、自地域の人材に当てはめ、不足するピースの人材育成や、外部から人材を地域に迎え入れていくことが重要である」と提言した。
4.総括
「ターゲティング」から「提供したい価値」への転換を
最後に、シンポジウム全体の総括として当財団の山田雄一観光研究部長は、基調講演の赤星氏の発言を引用し「少子高齢化が進む日本において、観光振興は目的ではなく地域を持続的に維持するための手段」と改めて強調しました。
「高付加価値とは、事業者自らが『これが良い』という考えを起点に創造した価値に、共感する顧客を集めることで成立する」として、高付加価値な観光を生み出すには、市場のターゲティングを起点としたSTP型のマーケティングをやめることを提案。事業者が「自分たちは何を伝えたいのか」を考え、自らが提供したい価値を起点としたマーケティングへ移行すべきという言葉で締めくくりました。
今後もJTBFでは旅行・観光分野の実践的な学術研究機関として、社会に求められる研究テーマに積極的に取り組み、旅行動向シンポジウム等の場を通じて、皆さまにより有益な情報を提供していきたいと思います。
(文:JTBF・小川直樹)
<参考文献>
観光文化267号「高付加価値観光の本質」(2025年10月)
https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka267/
