観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第27回 國學院大學 観光まちづくり学部観光まちづくり学科
堀木ゼミ
1期生の卒業論文完成に向けて

堀木美告(ほりき・みつぐ)
國學院大學観光まちづくり学部教授。東京大学農学部林学科卒業、同大学院農学生命科学研究科森林科学専攻修士課程修了。(公財)日本交通公社にて自治体の観光計画策定業務等に従事した後、淑徳大学経営学部観光経営学科准教授を経て現職。専門は造園学をバックグラウンドとした観光計画論、観光資源論。主な著書に「『観光まちづくり』のための地域の見方・調べ方・考え方」(共著、朝倉書店、2023年)、「観光経営学入門」(共著、建帛社、2024年)など。
1.観光まちづくり学部の立ち位置
國學院大學は1882年に創立された皇典講究所を母体として産声を上げ、1920年に大学令による大学へと昇格しました。皇典講究所創立から数えて140周年に当たる2022年4月、本学で6番目の学部として横浜市青葉区のたまプラーザキャンパスに開設されたのが観光まちづくり学部です。すなわち2025年度にいたって初めて1年生から4年生までの4学年がそろった極めて「若い」学部で、現在の4年生が学部においてもゼミにおいても「1期生」ということになります。1学年の定員が300名となかなかの大所帯ということもあり、学部の「若さ」と相まって活気あふれる光景がキャンパスのいたる所で日々繰り広げられています。
ご存じのとおり観光系の学部・学科もかなり増えました。例えば高校生が進路選択の際に利用するWebサイト「スタディサプリ進路」で「観光学を学べる大学」を検索すると251件がヒットします(2025年11月1日現在)。この中には必ずしも学部・学科単位で「観光」の看板を掲げていない例も含まれますが、私自身の出身を振り返って「農学を学べる大学」について同様に検索した結果が115件にとどまったことを考えると、観光に対する社会的関心の高まりにまだまだ勢いを感じる次第です。
このような状況の下で新たに観光系の学部を開設するに当たって本学部が掲げたのは「地域を見つめ、地域を動かす」というメッセージで、「地域から観光を考える」「理論と実践の両面から学ぶ」「文系と理系の垣根を越えて学ぶ」という3点が学びの大きな特徴となっています。
2.教育体系の概要
先述した本学部の学びの特徴を支えているのが教員の専門的バックグラウンドの多様性です。観光は産業界として捉えても裾野が広く横断的・複合的ですが、学問領域としても分野横断的でありアプローチも多彩です。
特に観光まちづくりに関する専門的な内容を学ぶ「展開科目」は地域を取り巻く社会の構造および社会意識の実態や課題を学ぶⅠ類(社会)、地域を取り巻く歴史・文化、自然などの地域固有の資源のあり方と保全管理を学ぶⅡ類(資源)、地域の空間構造を踏まえた将来像の構想や働きかけに有効な具体的政策および計画を学ぶⅢ類(政策・計画)、地域を主体とした域内外の交流のあり方とその関連産業がもたらす経済効果を学ぶⅣ類(交流・産業)の4分野に区分されており、教員もそれぞれの分野に応じた多彩な専門的バックグラウンドを有しています。

また、「理論と実践の両面から学ぶ」という点に関しては演習科目が大きな役割を果たすことになりますが、本学で特筆すべきなのが「観光まちづくり演習」です。「調査手法を身につける」(同演習Ⅰ)→「地域の特性・課題を分析する」(同演習Ⅱ)→「地域に対して構想・提案を行う」(同演習Ⅲ)というように実際の地域に対する提案力を段階的に身につける必修科目で、グループワークを重視した実践的な演習となっています。
また、観光まちづくり演習と並行する形で少人数でのゼミナールが1年次からスタートします。大学での学びの基礎を身につける「導入ゼミナール」に続いて開講する「基礎ゼミナールA」「基礎ゼミナールB」も本学部の特徴的な科目です。2名の教員がペアになり、それぞれの専門分野に応じたプログラムを提供するもので、文献講読やキャンパス周辺でのまち歩き、宿泊を伴う遠隔地でのフィールドワークまでその実施形態も内容も様々です。学生は基礎ゼミナールやその他の講義を通じて各教員の幅広いバックグラウンドの一端に触れ、また2年次後期に開催されるオープンゼミナールに参加するなどして、3年次・4年次と2カ年にわたって所属するゼミを選ぶことになります。3年次の専門ゼミナールの進め方は担当教員により様々ですが、前期から夏休みにかけて基礎的なレクチャーやフィールドワークを行い、後期に入るとモードを切り替えて卒業研究のテーマを検討し始めるケースが多いようです。

3.当ゼミの活動
ここで少々自分自身のことに触れておきたいと思います。もともと生態学などマクロな生物学系の学問に関心があって大学では農学部林学科の造園の研究室に所属し、学部ではクロマツの高木が残る住宅地の景観を、大学院修士課程では駐車場を中心とする観光地の空間を研究対象として取り上げました。
大学院での修士課程修了後は財団法人日本交通公社(現・公益財団法人日本交通公社)にて自治体の観光計画策定業務、観光庁を中心とする省庁の観光関連調査プロジェクトなどに携わってきました。ちょうど20年勤務した後に大学教員に転じ、現在教員として10年目を迎えたところですが、大学へ移った際、90 分単位の講義を15回シリーズで組み立てること以上に戸惑ったのがゼミの運営でした。自分自身の「専門」をベースに進めればよいということではありまたが、そもそも自分の専門とは何なのか。自身のこれまでの歩みに確たる自信を持てず悩んだ末、大学時代に所属した研究室に由来する「造園学」に加え、実務経験に基づく「観光計画論」、個人的な関心に基づく「自然環境資源の保全・活用」の3 つをキーワードとして掲げ、メインテーマを「地域個性を明確にして来訪者の体験価値を高める方策の検討」と設定してゼミ生を募集することにしました。
本学部の3年次・4年次のゼミ(科目としては「専門ゼミナール」並びに「卒業研究」)はいずれも必修科目で、学生は専任教員が開講する27のゼミのいずれかに所属することになります。
当ゼミには現在4年生13名、3年生12名が所属しており、本学部が送り出す初の卒業生となる(はずの)4年生は1ヶ月後の卒業論文※1 提出期限に向けて日夜格闘しているところです。
※1…本学部の卒業研究の最終成果物として卒業論文のほか、卒業計画、卒業制作が認められています。
【3年次の活動】
3年次は、まずゼミのテーマに沿って自然環境資源を中心とする地域資源の保全・活用の両立を図りながら地域個性を明確に提示するとともに、それらを活かして来訪者の体験価値を向上させる方策をまとめる課題に取り組みます。フィールドワークによって対象地の主要な地域資源の保全/活用の状況を把握して現状の課題を整理するとともに、今後必要と考えられる方策についてハード・ソフトの両面から検討・提案することになります。また、上記の取り組みを通じて自分自身の関心領域(研究テーマ、対象地域等)を絞り込んでいき、4年次にスムーズに卒業研究に着手できるよう準備を整えます。
最初のイベントはメンバー同士が親しくなるきっかけ作りも兼ねて5月の週末に実施する日帰りのフィールドワークです。東京都葛飾区(柴又帝釈天・矢切の渡しおよび水元公園周辺地区)を訪問し、江戸川下流域右岸の下町に残る自然環境や生活文化を一体的に捉えて域内での滞在時間と消費額の向上に寄与する方策について住民と来訪者双方の視点を意識して検討します。
夏季休暇中の8月下旬には2泊3日で長野県松本市(松本市街および上高地を中心とするエリア)を訪れます。
中部山岳国立公園の上高地とその玄関口とも位置づけられる松本のまちの有機的連携により資源保全・活用を図るとともに、両フィールドでの体験の質を高めるような、もしくは新たな体験の価値を創造するような取り組みについて提案します。滞在時間は限られてしまいますが、上高地を訪れることを楽しみに当ゼミを選ぶ学生も一定数いるようです。
2回のフィールドワークはいずれも学生自身が問題意識を持ち、自分の目で見ること、そして考えることを重視しており、教員からは「対象地で何をどう見るか」という視点を提示する程度です。そのため学生側の準備次第でフィールドワークに参加する意義が大きく異なってきます。もちろん教員側でより丁寧にお膳立てをしてフィールドでの学生の学びをより高めることも考えられますが、この点に関しては先に紹介した一連の観光まちづくり演習との役割分担も考慮に入れています。


松本・上高地でのフィールドワークの振り返りと取りまとめを終えて10月に入ると論文を1編選んで紹介するワークに取り組みます。それまで断片的にしか学術論文に触れてこなかったような学生も、このワークを通じて「自分が卒業論文を執筆する」ことを意識して真剣に研究テーマを検討する姿が見られます。最後に簡易な「研究計画案」を作成して3年次のゼミ活動は終了となります。
【4年次の活動】
4年次のゼミ活動はそれぞれの就職活動と並行して不安定なスタートとならざるを得ませんが、3年次の最後にまとめた研究計画案を発展させて5月半ばには研究題目、背景・目的、研究方法、予想される結論等を含む「第一次研究計画」を、夏休み前には事前調査の実施・分析を通して再構築した「第二次研究計画」と同計画に沿って夏季休暇中に実施する「調査計画」を提出します。
夏休み明けには夏季休暇中の調査報告を含む中間発表会を実施します。ここまでくると就職活動も一段落してようやく卒業研究に本腰が入ってくる印象ですが、卒業研究の提出期限が12月中旬なので、すでに残された時間は3ヶ月となっており、指導する教員側へのプレッシャーも一段と高まる時期といえます。
さて、先に触れたとおり当ゼミは「造園学」「観光計画論」「自然環境資源の保全・活用」をキーワードとして提示しているのですが、以下に示す1期生13名の研究テーマ※2 を見るとかなり振れ幅があることがおわかりいただけると思います。これは教員側の指導が行き届いていないためと捉えることもできるのですが、私自身は学生が自分自身の内面と対話することで主体的に研究テーマを追求した結果として前向きに捉えています。
※2…学生各自が冠した論文タイトルをもとに筆者の判断で再整理して表現したものです。特に具体的な対象地名は伏せています。
●1期生の卒業研究テーマ
○都市近郊に立地する緑地空間の多面的機能評価
○レクリエーション機能を中心とした埋立地空間の歴史的変遷
○学術機関集積地におけるテクノツーリズムの現状と可能性
○温泉地の独自色につながるハード・ソフト両面の特性の歴史的関係性
○ボトムアップ型景観まちづくりと住民評価に関する比較分析
○場所の記憶を守り住民が愛着を持てる地域づくり
○観光地での食べ歩きに見る「地域らしさ」の表現
○関係人口の創出・維持のプロセスとその要因
○地方都市の湧水空間におけるソフト面を中心とした保全・活用方策
○遊漁をめぐるフィールド管理の課題
○重要文化的景観の観光活用の課題と可能性
○SNSに見る自然との関わりがもたらす「いやし」の考察
○国立公園等における自然風景維持活動に関する比較分析
4.最後に
まだ1期生が卒業論文の完成に向けて苦闘している途上であり卒業生も輩出していない状況ではありますが、一連の当ゼミでの活動を通して、ゼミ生には地域の自然環境資源に注目し、現状の把握、課題の整理、課題解決に向けた方針決定、具体的解決策の提示という計画論的な一連の流れを体験してもらえたらと考えています。
ただ、悩ましいのは「計画すること」あるいは「提案すること」を卒業研究のアウトプットとしてどう扱うかです。本学部に所属する学生の間では地域の将来像について提案をしたいという志向性が強く、そうした学生が集うことは観光まちづくりの将来を思うときにとても心強いことです。しかし「計画する」「提案する」ためにはその前提として地域の現状や課題をしっかり分析する必要があります。このステップを一足飛びにして計画や提案のアイディア出しをすることの興味深さ・面白さのみに目を引かれ、アンバランスな卒業研究になってしまわないためにも、当ゼミではまず学生自身が問題意識を持ち、自分の目で見ること、そして考えること、それらの点を引き続き重視してゼミ運営を行っていきたいと考えています。
