③ 北海道におけるサステナブルツーリズムの到達点と課題

はじめに

 北海道では、観光産業を戦略成長分野と位置づけ、重点的な強化を図っている。係る中で、気候変動による観光資源の魅力低減、観光公害による地域への悪影響といった観光地としての持続性を失うリスクやSDGs・カーボンニュートラル(以下、「CN」)への対応は、北海道の観光産業の持続的成長や国際競争力強化の観点から非常に重要となる。
 そうした問題意識から、(株)日本政策投資銀行北海道支店ではサステナブルツーリズム(以下、「ST」)に着目し、2022年3月に「サステナブルツーリズムの現状と北海道における今後の方向性〜持続可能な観光地づくりの推進に向けて〜」を公表した。
 本稿ではその概要を紹介しつつ、北海道におけるSTの重要性および現在の到達点・課題について考察した。

北海道における観光業の課題

 STについて言及するにあたって、先ず北海道における観光業の課題を経済的観点およびサステナビリティ観点のそれぞれから整理したい。
 経済的観点:観光産業の地域経済への波及効果は、主に「観光客数」、「消費単価」、「域内調達率」の3要素で決定される。北海道では新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)前までの中長期的な傾向として外国人観光客の増加を主因とした「観光客数」の増加は見られた一方、「消費単価」や「域内調達率」には伸び悩みが見られていた。観光客数の増加を目的とした施策を推進することは、観光公害をまねく懸念もあることに加え、今回の新型コロナのように観光客数の激減が、観光地により深刻なダメージをもたらす要因ともなる。係る中で、より強靱で持続的な北海道観光を確立するためにも「観光客数」のみに頼らない形で波及効果の拡大を図る戦略的取組が求められる。
 サステナビリティ観点:自然が織りなす景観、スノーアクティビティ、函館・小樽といった文化的な街並みを観光資源とする北海道にとって、気候変動や禁止区域への無断侵入・ゴミのポイ捨てといった観光公害の進行は、観光地としての魅力低減や観光資源の喪失に発展することも考えられる。また、SDGsやCNといった国際的な社会責任への対応についても、観光か否かに関わらず求められる事項であり、如何にこれらに対応し、観光地としての持続性を担保していくかについて検討する必要がある。
 上述した経済的観点およびサステナビリティ観点の課題を両輪で対応していく必要がある中で、ポストコロナの新たな戦略として、STを土台とした観光地づくりの推進は非常に重要であると考える(図1)。

STの概要

 STは、国連世界観光機関(UNWTO)によると、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義されており、「環境面」、「社会文化面」、「経済面」の3点に配慮する必要がある。
 STは様々な文脈で使われる観光用語ではあるが、本稿ではSTは旅行における根底的な理念と位置づけ、あらゆる旅行形態に通底するものとする。従って、北海道で推進を図るアドベンチャーツーリズム等においても、根底にはSTの理念があるべきであり、商品造成を行うにあたって、STを正しく理解した上で自然資源や地域文化等に配慮する必要がある(図2)。

 また、「環境面」、「社会文化面」、「経済面」に十分に配慮された観光地となるためには、地域全体で取組を推進する必要があり、自治体やDMO、観光事業者は勿論、地元事業者や住民とも協力をしていかなくてはならない。

STに関する現状分析

 STの現状を分析するにあたって、受入地域側の取組状況および旅行者のSTに対する志向状況にそれぞれ言及したい。
 受入地域側:STの国際基準であるGSTC‐Dに準拠した地域(GSTC認証を取得している地域)を見ると、ヨーロッパで8地域、北アメリカ・南アメリカで7地域、オセアニアで4地域(2022年2月28日時点)と特に欧米豪地域で認証の取得が進んでいる。GSTC認証の取得に関わらず、STを推進する観光地はその他にもあるため、一概には断定できないものの、STの国際的な枠組の中においては、欧米豪地域が進んでいる。
 旅行者側:近年のSDGsやCNの浸透もあり、ブッキングドットコムのアンケート調査によると、サステナブルな宿泊施設に最低でも一度は泊まる意向のある割合は、2016年では全体で62%であったのに対し、2021年は81%と旅行者のSTに対する志向性の高まりが見受けられる。一方で、日本人旅行者が滞在を希望すると回答した割合は36%(2021年)に留まっており、STの理念が世界に比べて浸透していないと推測される。
 また、「DBJ・JTBFアジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(第3回新型コロナ影響度 特別調査)」(以下、「インバウンドレポート」)内のSTに関連する設問2つの回答結果をもとに、回答者の属性別にカテゴリーの構成比を分析したところ、STの志向性が最も高い「先進層」に該当する割合は、若年層ほどかつ高収入者層ほど高い結果となった。なお、先進層の割合が特に高い属性は、東南アジアの「20代×高収入層」、「30代×高収入層」、欧米豪の「20代×高収入層」であった(図3)。

北海道におけるSTの親和性と今後の方向性

 インバウンドレポートにおける設問「日本の観光地の中で、実際に行ってみたい観光地」によると、STを志向する旅行者の方がSTを志向しない旅行者よりも北海道に行きたいと回答する割合が高く、他地域に比べてその差は大きい。STを志向する旅行者ほど、自然や文化を体感できる観光地を選ぶ傾向があると考えられ、豊富な自然資源や独自の文化資源を持つ北海道とSTの親和性は相応に高いことが見込まれる(図4)。

 STは、気候変動・観光公害の顕在化、SDGs・CNの取組加速・可視化などを要因として、上述した先進的な旅行者を中心に今後中長期的に広がっていく可能性がある。STの根本理念はあくまで観光地や観光資源を守ることにあるものの、STの考えに即した観光コンテンツの造成・提供、STに基づいたブランディング、効果的な情報発信を行うことで、他地域との差別化、高所得者層・若年層の呼び込み、STを付加価値とする消費単価・域内調達率の向上にも資するものと考えられる。
 一方で、北海道とSTの親和性が高いからこそ、STの取組が遅れることで、観光地としての持続性が失われていくことは勿論、現在魅力的に捉えている観光客が離れていく可能性が考えられる。

北海道におけるSTを推進する上での課題

 STを推進するには、相応のコスト・工数がかかることを踏まえた上で、地域全体で観光地の持続性を図ること、戦略的な投資を継続的に行うことが必要不可欠と考えられる。
 係る中で、①自治体やDMOを中心としたマネジメント体制の構築、②持続的な財源の確保、の2点が重要となるが、これらの整備が進んでいないことが北海道の主要課題として挙げられる。観光庁が全国の地方自治体(620自治体)を対象に実施した「持続可能な観光指標に関するアンケート調査」では、地域住民との連携不足(67.0%)といったマネジメント体制の課題、STに係る長期的財源などの未確保(63.5%)といった財源確保の課題が見られ、これらは北海道でも同様の傾向と推測される。
 また、(一財)北海道開発協会が道内のDMOなどの観光推進組織を対象に実施した「道内観光推進組織アンケート」においても、人材不足や行政・地域住民との連携不足、予算不足といったマネジメント体制および財源確保に係る課題が上位を占める結果となった(図5)。

道内の先進取組事例

 マネジメント体制および財源確保に係る課題を検討する上で、先進事例として北海道ニセコ町を紹介する。
 ニセコ町は、冬季のスキーを中心とする国際リゾートエリアの他、清流日本一にもなった尻別川など豊富な自然資源を有しており、農業に次ぐ2番目の産業として観光業を位置づけるなど、道内でも屈指の観光地である。
 ニセコ町では、2013年度に環境モデル都市、2018年度にはSDGs未来都市に選定されるなど、街づくりの一環として環境配慮やSDGsの達成に向けて先進的に取り組んでいた土壌があったことに加え、国際的な競争力を高める観点などを踏まえて、持続可能な観光地づくりを推進している。
 その結果、2020年、2021年と連続でGSTC認証機関でもあるGreen DestinationsのTOP100に選ばれるなど、国内でも先進的なST推進地域となっている。
 ニセコ町は、STを推進するにあたって、一定段階までは行政主体で推進した上で、自走可能となった段階で民間((株)ニセコリゾート観光協会)主体に移行するなど、段階に応じて柔軟に役割分担を変更し、持続可能なマネジメント体制を構築できている。
 また、地域全体の連携を図る上で欠かせない地元住民のSTの理解醸成について、関心が比較的高い若年層に対して持続可能な観光地づくりの重要性を訴求すべく、ニセコ高校でSTのワークショップを開くなど、地域全体の理解醸成・巻き込みを図っている。
 財源面では、観光庁からの補助金の効果的な活用に加え、2022年3月に策定された「ニセコ町観光振興ビジョン」によると、観光振興や環境保全対策等の費用に充てることを目的とする宿泊税の導入についても検討を進めており、持続可能な財源確保を図っている。

ST推進における財源確保策

 ST推進にある程度特化して利用できる財源の確保が重要となる中で、地域においては、関係者間での綿密な調整などを踏まえた上で、地域の実情にあった適切な財源確保策の導入が求められる。
 なお、財源確保策の導入には観光客含め一定の理解を得る必要がある一方、多くの観光客は観光配慮やサステナブルな取組を使途とした税制導入に対して前向きな回答を示しており、ST推進を使途とする負担であれば、理解を得やすいものと考えられる(図6)。

今後の方向性

 今後、北海道観光が目指すべき姿として、自治体やDMOが中心となり、観光事業者や地域住民など地域一体となった連携体制を構築し、好循環を生み出すサステナブルな観光圏構築が考えられる。
 一方で、STの取り組むべき事項が多岐にわたる中で資金および工数を要する点などを踏まえると、一足飛びにサステナブルな観光地を構築することは難しく、マネジメント体制整備および財源確保に向けた仕組みづくりも含め、段階的に取り組んでいくことが望ましい。また、各地域の取組を後押しするためには、国や北海道による支援策も重要であり、段階に応じた独自の支援策を実施することで、促進が図られると考える(図7)。

さいごに

 新型コロナの影響に伴い、北海道では多くの観光地や観光事業者が多大な打撃を受けており、これまで経験したことのない状況に置かれている。引き続き、新型コロナの状況が見通せない中で、影響を最小限に抑える取組を推進する必要がある一方、中長期的な視点に立ち、ポストコロナを見据えた新たな北海道観光のあり方を検討する必要があると考えている。我々のレポートがその一助になることを願っている。


(株)日本政策投資銀行北海道支店 次長兼企画調査課長
桃井真弥(ももい・しんや)
1975年宮城県仙台市生まれ。1998年東北大学卒業後、北海道東北開発公庫(現㈱日本政策投資銀行)入庫。経理部課長、北海道支店課長等を経て、2021年10月より現職。三度の北海道支店勤務を通じて観光業向け投融資・情報提供に注力し、コロナ禍においてもその下支えに奔走。個人的な趣味で北海道観光マスター検定も取得。


(株)日本政策投資銀行北海道支店 副調査役
神宮泰祐(じんぐう・たいすけ)
1996年神奈川県生まれ。2019年早稲田大学を卒業後、㈱日本政策投資銀行に入行。通信業界の営業担当を経て、2021年4月より現職。北海道の経済・産業動向の調査業務に従事し、2022年3月に「サステナブルツーリズムの現状と北海道における今後の方向性〜持続可能な観光地づくりの推進に向けて〜」を執筆。