視座 サステナブルツーリズムのこれから

はじめに

 国連が定めた「持続可能な国際観光年」から5年の月日が経った。その間、サステナブルツーリズム/持続可能な観光(以降は同義としてサステナブルツーリズムを用いる)を取り巻く観光地の状況、そして市場及び関係者の意識は大きく変わったのではないか。サステナブルツーリズムに関しては、90年代半ばに概念が提唱されて以降、研究と実践の両面において、特に海外を中心に進展してきた。そうした中、コロナ禍前は主にオーバーツーリズムへの対処方策として、そして現在はアフターコロナにおける望ましい観光のあり方として、サステナブルツーリズムが改めて大きな注目を集めている状況にある。
 しかし、サステナブルツーリズムの概念は幅広く、本来は社会、環境、経済の視点を包含するものであるが、オーバーツーリズムの局面では主に社会の視点における地域コミュニティの立場から、脱炭素の局面では環境の視点における地球環境の立場からサステナブルツーリズムの表現が用いられるなど、焦点となる範囲が、ツーリズムとしての概念、あるいは旅行としての形態(または対応する市場)、対応すべき課題、推進される取組などによって、また各局面によってもバラバラで、かつ重なり合っている状況にある。
 そのため、国際機関、国・自治体、研究機関、各種コンサル等がそれぞれの立場・視点からサステナブルツーリズムを語り、語られる側、主に観光地(地域・自治体)や事業者(産業界・個別事業者)が行動を起こすにあたり動機・ゴールを設定する際に、混乱を招いている現状があるのではないか。今回の観光文化特集では、そのような課題認識の下、複雑に重なり合った現在のサステナブルツーリズムの概念・現象の整理を行い、観光地・事業者等の主体別に、義務的に取り組むべきこと、選択的に取り組むべきこと等が分かるようにすることを目的に、サステナブルツーリズム概念をリコンストラクション(再構築/再建/復興)することに試みた。

エコツーリズムからの問いかけ

 特集1でも振り返ったように、サステナブルツーリズムもエコツーリズムも言葉と概念としては、90年代以前より存在し、様々な場面で様々な使われ方をしてきた。その中でエコツーリズムは、地域資源、特に自然環境を観光魅力の源泉として取り扱う主にガイド業などを始めとした全国の事業者の自主・自発的な取組とともに、国として法律(「エコツーリズム推進法」)を定めてさらなる積極的な推進が図られてきたほか、日本エコツーリズム協会や日本エコツーリズムセンターといった全国的な組織に加えて、全国各地に地域別のエコツーリズム推進団体が作られてきた。
 一方、サステナブルツーリズムに関しては、1992年の「持続可能な観光における指標開発のための国際的タスクフォース」の結成以降、UNWTOによる「観光地のための持続可能な観光指標」の提示(2004年)、GSTCによる観光地向け基準「GSTC‐D」の策定(2013年)など、国際的には持続可能性指標(STI)の開発・導入を中心に取組が進められてきた一方で、国内における目立った動きは2018年における「持続可能な観光推進本部」の設置を待つこととなる。そうした意味で、特に国内においては、運動論としても地域における実装という面でもエコツーリズムは、サステナブルツーリズムの一歩、二歩先を進んできたといえる。
 エコツーリズムの定義は、国内でも組織によって異なるが、環境省では「自然環境や歴史文化を対象とし、それらを体験し、学ぶとともに、対象となる地域の自然環境や歴史文化の保全に責任を持つ観光のありかた」と定めており、資源の保全に着目した定義となっている。一方、日本エコツーリズム協会では、資源の保全・保護にも触れつつ、加えて「地域資源の健全な存続による地域経済への波及効果が実現することをねらいとする、資源の保護+観光業の成立+地域振興の融合をめざす観光の考え方」として、地域振興も含めた定義を提示している。なお、日本自然保護協会(NACS‐J)及び日本エコツーリズムセンター(エコセン)による定義も地域振興を含めている。いずれにせよエコツーリズムは、歴史・文化も含んだ、自然資源のみを対象にした狭義の概念ではなく、広義の定義でいえば経済振興を含んだ、環境、社会、経済のトリプルボトムラインの保持をベースとしたサステナブルツーリズムの概念にかなり近いものとなっている。そして、このことは特集1の各用語の定義で見てきたように、レスポンシブルツーリズム、アドベンチャーツーリズム、リジェネラティブツーリズムなどの各用語においても、やや強調される内容や視点が異なる面があるものの、核となる考え方(対象としてのトリプルボトムライン、利用と保全のバランス)はほぼ同一であるように感じられる。
 エコツーリズムがここまで浸透し、各地域・主体に真摯に取り組まれてきた中、エコツーリズムでは包含しきれない、サステナブルツーリズムには含まれた概念が存在し、その重要性が近年さらに高まってきたのか、あるいは同じ概念を示す、推進する中でも新たな言葉、サステナブルツーリズム、あるいはレスポンシブルツーリズム、リジェネラティブツーリズムを持ち出す必要・理由が何らかあったのか。その問いが今回の特集号における議論の出発点となった。

特集の振り返り

 ここで特集1から5の概要・ポイントについて振り返る。

●特集1

 特集1では、特集全体の検討を行う前段として、サステナブルツーリズムの用語の定義と使われ方の変遷について、サステナブルツーリズムと関連の深い類似の概念としてのエコツーリズムやレスポンシブルツーリズムなどいくつかの用語も取り上げて整理を行った。その整理からは、いくつかの類似の概念・用語がある中で、エコツーリズムとサステナブルツーリズムはその概念自体に重なりがありつつ、一定の使い分けをもって、ただし若干の混用がされつつ、長年に渡って概ね同程度のボリューム・頻度で用いられてきた概念・用語であること。そして、レスポンシブルツーリズムやアドベンチャーツーリズムなど古くから用いられてきたものの、より限定的な場面で用いられてきた用語、そして近年に新たな概念を説明する用語として登場したリジェネラティブツーリズムなどの用語といったタイプに分類することができた。

●特集2

 特集2は、日本版持続可能な観光ガイドラインアドバイザー(観光庁)等を歴任し、サステナブルツーリズムの分野における国内政策を牽引してきた東洋大学の古屋教授に執筆を担当いただいた。同特集では、国際的な取組の流れから、どのように日本国内の取組へと繋がっていったかを解説いただき、その上で、我が国がサステナブルツーリズムをさらに進めていく上での今後の課題として、2つのポイントを挙げていただいた。1つは「多様な関係主体の巻き込み」で、実際の観光地におけるサステナブルツーリズムの実装には、関係主体間の合意形成が必要との指摘である。もう1つは「経済的な裏付けを持った持続可能性の確立」で、持続可能な開発の概念における環境、社会、経済のトリプルボトムラインを担保するためには、経済的な枠組みの中で予算・資金を調達・確保することが継続性の上でポイントとなるとの指摘である。いずれも、「べき論」を越えてサステナブルツーリズムを社会実装する上での、重要な気付きをいただいた。また、特集の中での「持続可能な社会づくりを進める上で、地域の実情に基づいた適切な目標設定」が必要との指摘は、特集5における地域モデルの提示にも通底する内容であった。

●特集3

 特集3は、道内の観光産業の持続的成長をこれまでも支援し、昨年度に「サステナブルツーリズムの現状と北海道における今後の方向性〜持続可能な観光地づくりの推進に向けて」を発行された、日本政策投資銀行北海道支店の桃井氏・神宮氏のお二人に執筆を担当いただいた。同特集では、まず豊富な自然資源を持つ北海道はサステナブルツーリズムの親和性が高いこと、そして優位性ゆえに、取組が遅れることで逆に観光地としての大きなダメージに繋がりかねないといった懸念点を挙げていただいた。その上で、「マネジメント体制の構築」と「持続的な財源の確保」を北海道におけるサステナブルツーリズム推進における2大課題として指摘されている。これらは、特集2で古屋教授に挙げていただいた国内全体における課題の2点とも大きく重なるものである。また、先進取組事例として挙がっているニセコ町においても、ようやくマネジメント体制が整えられ、財源面の検討の一部はこれから進められるということで、国内の多くの市町村ではまだサステナブルツーリズムの取組は端緒についたばかりであろうことが示唆される。

●特集4

 特集4は、大正大学の岩浅准教授に、環境省職員としての豊富な現場経験を踏まえて、奄美・沖縄地方を対象としたアドベンチャーツーリズムの観点からの現状と課題を解説いただいた。アドベンチャーツーリズムはATTAの定義でいえば、特集の中でも触れられている通り「「自然とのふれあい」「フィジカルなアクティビティ」「文化交流」の3つの要素のうち、2つ以上が主目的である旅行」であるが、同特集では、よりサステナブルツーリズムに近い概念としての拡張版ともいえるアドベンチャーツーリズムモデル(岩浅、2022)を紹介していただいた。岩浅氏の「「アドベンチャーツーリズム」の部分を「サステナブルツーリズム」や「エコツーリズム」に置き換えて読み進めていただいても差し支えない」という言葉の通り、いずれも概念は大きく重なるものである。その中で、特集2・3とも重なる内容として、岩浅氏も社会実装に向けた課題として挙げた「基金の創設」及び「推進母体の設置」や、加えて、前提としての「理念の地域内共有」といった具体的な取組が、奄美・沖縄地方ではこれまでのエコツーリズムやサステナブルツーリズムではなく、アドベンチャーツーリズムの標語の下に進められている点は非常に興味深く、今後の展開に注目したい。

●特集5

 特集5では、海外、特に欧州の情勢に詳しい北海道大学大学院の石黒准教授と私の共同執筆で、サステナブルツーリズムが含む概念の分解と再構築を試みた。ここでは、まず、国内外で展開されているサステナブルツーリズムの具体的な事象を、政策の課題やその射程に基づく「マインドセット」と、その結果、策定され実行される「施策」といった視点に基づいて情報の整理・分類を行っている。そして、分類の結果を可視化するモデルとして、樹木の根と幹に見立てた「ルーツ・モデル」と「リング・モデル」を提案した。このモデルにより、各地域がサステナブルツーリズムに「どこまでを対象に(射程)」「なぜ取り組むのか(課題)」をルーツ・モデルで、「どういった成果を期待して(目的)」「何を実行しているのか(施策)」をリング・モデルで確認することができる。その上で、射程・課題といった取組の「背景」にある部分と目的・施策といった「具体的な取組事項」が、実際にはマッチしていない、あるいはマッチしていないことに気づいていない(意識していない)こともままあるものの、本来的にはマッチしていることが望まれるため、両者を統合した形でNISTモデルを提案し、「射程」「課題」「目的」「施策」がマッチした形におけるサステナブルツーリズムの地域イメージを6つ提示した。組み立て方はまだ他にもあるかもしれないが、この6つが今回我々が提示するサステナブルツーリズムの「射程」「課題」「目的」「施策」のマッチした典型的な地域パターンであり、サステナブルツーリズムの概念の分解からのリコンストラクションの結果である。

アフターコロナとサステナブルツーリズム

 持続可能な国際観光年と同じ2017年、「観光文化」では今回と同じサステナブルツーリズム(持続可能な観光)をテーマに特集を組んでいる。その際は「現場に学ぶ解決力」として、北海道から沖縄まで国内8箇所のケースを取り上げ、資源(自然・文化)、社会(住民・観光客)、経済(産業・雇用)の視点から、現場ごとに持続可能な観光における具体的な課題や解決の手法を示した。その目的は、逆説的ではあるが、それらの具体的な事象の総体から持続可能な観光という包括的な概念の重要性を示すことにあった。
 その後、5年の月日が経過し、サステナブルツーリズムは、アフターコロナにおける望ましい観光のあり方として、オルタナティブな新しいツーリズムのあり方ではなくツーリズム全体に通底する基礎的な概念として広がりを見せつつある。その意味で、5年前に取り上げたケースのようなある種先進的な地域以外でもサステナブルツーリズムに自主的に、あるいは要請に応じて取り組む地域が増えている。その中には、サステナブルツーリズムの概念に新たに触れ、その概念の広さに戸惑い、内容を咀嚼しきれずに取り組み始めている地域も多いのではないか。
 サステナブルツーリズム、レスポンシブルツーリズム、アドベンチャーツーリズムの言葉に囚われることに意味はないが、サステナブルツーリズムの概念とその重要性を伝え、国内での浸透・促進を図る立場としては、新たな情報・知見をあたかもただ一つの正解のように伝えないことに留意したい。一方で、取組を行う地域側も専門家・有識者に「頼る」「聞く」姿勢から、自ら「調べる」「決定する」姿勢へ進化する必要があるだろう。両者のための航海図が今回の特集で十分に揃えられたとは思わないが、今後議論し、創り上げていくための材料を用意したと思いたい。

おきなわサステナラボの設置

 当財団では今年度、沖縄県那覇市に「沖縄事務所(おきなわサステナラボ)」を開所することとなった。当財団としては、東京・青山に構える事務所以外の地域に事業所を設置することは初めての試みであり、手前事ではあるが当財団の経営計画「Challenge 2026」における大きな挑戦(チャレンジ)の一つとなっている。今後、おきなわサステナラボでは、今号のテーマでもあるサステナブルツーリズムをキーワードに、「沖縄観光の復興と持続可能な発展の支援」、「サステナブルツーリズムの推進現場での研究・調査の実践」、そして「サステナブルツーリズムを実践する人と知見のプラットフォームづくり」を目的に各種活動を精力的に行っていくこととなる。
 当財団は「実践的学術研究機関」を標榜し、これまでも「理論」と「実践」の両立を掲げて、独自財源を用いた自主事業等を通じて知見を蓄積した上で理論を構築し、その理論を国や地方公共団体からの受託事業で実践することで更に強度を高めることに取り組んできた。今回の特集号ではまさにサステナブルツーリズムの新たな見方・理論の構築を試みたわけだが、とても議論がつくされたとは言えず、理論の強度としてもまだ弱いものであることは自認している。今号で特集を担当いただいた有識者、加えてそれ以外のサステナブルツーリズムに関わる幅広い有識者・研究者・関係者との議論を重ねて、現場のための航海図として精度を高めていきたい。そして、客観的な知見の蓄積に基づいた理論を元にした多くの実践の場を、おきなわサステナラボの活動を通じて創り上げていきたいと思う。

おわりに

 今回の原稿の執筆期間の中で、サステナブルツーリズムに関する国内外の記事・論評を目にする機会が多くあった。内容としては、サステナブルツーリズムの概念を改めて整理したもの、そして他のツーリズムとの位置づけの違いを解説するものが多かったように思う。その背景には、コロナ禍前から徐々に高まってきたサステナブルツーリズムに対する関心が、コロナ禍においてさらに高まりを見せ、実際に取り組み始めた(あるいは検討し始めた)地域が急速に増えたことで、取組内容に対する疑問や質問も一斉に出てきたことがあるのだと自身の経験からも感じている。この間の国内外の記事・論評は、現場側からの疑問の噴出に対する研究者・関係者サイドからのある種の回答であった訳だが、こうした現場とサポートする側の双方の動き・盛り上がりにはこれまでにない心強さを感じている。持続可能な国際観光年からは5年が経ったが、この盛り上がりが持続すればコロナ禍からの観光の本格再開が望まれる2022年が国内における実質的なサステナブルツーリズム元年になっていくのではないだろうか。UNWTO駐日事務所、観光庁及び関係機関、そして釜石市やニセコ町などを始めとした先行的に取り組んできたいくつかの地域・自治体のこの数年間の各種取組によって、ここまでサステナブルツーリズムの認知と全国的な取組の機運が急速に高まったものと思う。これまでの関係者の努力には大きな敬意を表したい。
 また、最後になるが、今号の巻頭言を執筆いただいたアーナンダ・クマーラ先生には、長年の日本国内での研究・教育活動を経てスリランカに帰国される大変お忙しいタイミングでご対応をいただいた。クマーラ先生にも改めて感謝申し上げ、スリランカは現在大変厳しい局面にあるが、近い未来にはまた観光交流、経済交流、そして再び相互の研究交流が復活できる日が来るよう祈念して、本原稿を締めることとしたい。

公益財団法人日本交通公社 観光地域研究部・環境計画室長
おきなわサステナラボ・ラボ長
中島 泰(なかじま・ゆたか)