特集3

ワーケーションが生み出す可能性
日本航空株式会社人財本部・人財戦略部
ワークスタイル変革推進グループ
アシスタントマネジャー 東原祥匡

日本航空株式会社の取り組み

ワーケーション(ワーク×バケーション)推進の取り組みが、
日本企業においても休暇取得の促進策として始まりつつある。
いちはやく改革を進めている日本航空では、働き方や仕事内容にどのような変化があったのだろうか。
理念とその背景、プロセス、成果などについて教えていただいた。

ワークスタイル変革の根っこにあるもの
JALグループの最大の目標は、企業理念の実現にある。『お客さまに最高のサービスを提供します』、『企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します』という企業理念の前段に『全社員の物心両面の幸福を追求する』と定めているが、これは社員一人ひとりが生き生きと働いて、この会社で働いて良かったと思わないと、お客さまのニーズをキャッチするなど、求められている商品、サービスの提供はできないということであり、こうした軸を持って全ての人財の育成に努めている。弊社は2010年の経営破たん後、人員数が約3分の2となり、全社員がより一層の活躍をしていく必要があった。再生に向けた業務が多岐にわたっていたこともあり、オフィスが不夜城と化す働き方が続いていたため、長く安心して働ける環境への変化が急務となった。
ワークスタイル変革に取り組む背景やゴールは企業によりさまざまだと思うが、弊社はこうした背景のなかで、改革をスタートした。

それは2015年のトップコミットメントから始まった
全社員が生き生きと働いていくため、2011年以降、多様な人財の活躍推進やワークスタイル変革についての経営戦略としてトップメッセージをほぼ毎年発信し、制度や仕組みの再構築に取り組んできた。ワークスタイル変革についてのメッセージは2015年に初めて発信。「全社員が、生産性高く、やりがいをもって働き成長する」「生み出された時間を社員一人一人が自身の時間の充実にあて、さまざまな経験を通じて成長する」「これらの社員が生み出す、より付加価値の高い仕事の成果により会社も成長する」という3点を定めた。また総実労働時間の目標を1850時間に定めた。これは、弊社の場合、所定労働時間が1日あたり8時間であるが、年次有給休暇を20日間取得した場合、月間の時間外・休日労働時間が約4時間程度であれば達成できる数値目標だ。これは、育児や介護といったライフイベントを抱えた社員だけが、短時間勤務をすればよいということではない。それでは、本来のダイバーシティ&インクルージョンの推進にもつながらない。全社員が業務に係る時間が同等であり、業務外の時間が公平にあることで、納得性高く業務にあたることができ、成長につながると考えている。日本の企業は特にだが、年次有給休暇の取得が進まないところが多いが、その取得も目的として、総実労働時間の目標達成をワークスタイル変革の1つのゴールとした。

まずはテレワークから。申告に理由は要らない
時間と場所に捉われない働き方を実現するため、テレワークを推奨しているが、弊社の特徴としては、テレワークの申請に理由の申告を求めておらず、性別を問わず育児者や介護者も含む全社員を対象としている。制度が定着するように「小さく産んで、大きく育てる」というのも特徴である。2014年に在宅勤務制度のトライアルからスタートし、利用する社員の声を徹底的にヒアリングして少しずつ改善を重ね、2016年には自宅しばりを撤廃し、テレワーク制度とした。このような社員のニーズを反映した制度の緩和や、職場の執務エリアにおけるフリーアドレス化も後押しとなり、社員にとってより使い勝手のよい制度となってゆき、リモートで業務を行うことのハードルが下がっていった。

そして「ワーケーション」へ
2017年の夏からは「ワーク」と「バケーション」の造語であり、休暇期間中にテレワークでの業務を認める「ワーケーション」を導入した。例えば、急に入った会議が当初計画していた旅行と重なってしまった場合、これまでは旅行の日程を変更したり、やむなく旅行自体をキャンセルしたりすることもあった。しかしながら、「ワーケーション」を導入したことで、旅行を諦めなくてもよくなり、予定通り実現することができるようになった。当初は休暇取得促進のためのセーフティネットの位置づけでトライアルとしてスタートした。
制度導入当初は、社員の声として「休みの日にも業務を行うことか」といったような声もあがった。「ワーケーション」はワークスタイル変革における、働き方・休み方の選択肢の1つであることを理解してもらうべく、さまざまな取り組みを試みた。まずは、意識改革を目的とした、制度の趣旨を理解してもらうための「ワークショップ」を開催した。その後、実際に遠隔地でのテレワークや社会貢献の取り組みをセットにした社員向けのパッケージツアーを設定し、参加者を募った。
和歌山県の白浜町に向かい、テレワークの実施、さらには世界遺産である熊野古道へ行き、道普請の体験等を通じ、地域との関わりから自身を高められるようなプログラムとした。
これらを機に徐々に「ワーケーション」を経験する社員が増えていった。参加者からはポジティブな感想が多く聞かれるようになり、前向きに制度を活用しようとする声や働き方・休み方の選択肢の1つとして活用されていく動きが高まっていった。

実施する企業と地域、それぞれの〝気づき〞と〝学び〞
2018年の秋には鹿児島県の徳之島町とワーケーション実証事業を行った。徳之島町と地域創生の取り組みを行っている富士ゼロックス社が行ったワーケーション実証事業に参画した。
徳之島町は、今後の雇用創出や労働力確保の可能性を見据え、働く場所として何が求められているのかを見つけることを目的とし、弊社の社員が「ワーケーション」を実施し、仕事を行う上での課題や観光資源についてのニーズを事後の報告会を通して徳之島町へフィードバックを行った。
弊社からは社員本人とその家族、計20名程度が参加したが、敢えて東京から離れることで客観的に自分の会社や将来の働き方について考える機会となり、「ワーケーション」が、自分自身のワークスタイルを見つめなおす良いきっかけとなり、双方にメリットのあ
る企画が実現した。
ワークスタイルの観点だけでなく、地域の方々と触れ合うことで、例えばだが、航空会社である弊社が、地域から求められている公共交通機関としての役割について意識する社員もいた。
日ごろ東京では机上でしか考えられていなかったことが、経験を通して、それぞれの個性、感性を活かした気づきにつながっていった。

「ワーケーション」のこれからと、新たな活用法
これまでの約2年の取り組みを経て、「ワーケーション」には新たな可能性がでてきていると感じている。リモートで業務を行う弊社の社員の数は年々増加している。2017年度は、日本航空の単体で5700件であった実施数が、2018年度は1万2千件を超えた。また、日本航空グループ全体では2万件を超えている。「ワーケーション」については、2017年の夏にトライアルで実施した際は日本航空単体で11件であったものが、2018年の夏には78件。年度合計では174件にまで急増している。これらが進むことで、企業としては時間と場所に捉われない柔軟性のある働き方の推進となり、長期休暇の取得促進やダイバーシティ&インクルージョンの推進にもつながる。社員個人にとっては、いつもと異なる経験で自己成長につなげ、新たな活力になる。そして、社会としては、地域活性化へもつながる。これまでは帰省や観光を目的としてのみ遠方へ行くことが主であったものが、仕事も目的の1つとなると、もしかしたら旅のレパートリーが増えるかもしれない。自身の旅の回数が増えるかもしれない。インバウンドの増加にもつながり、結果、関係人口のさらなる増加にもつながるかもしれない。
「ワーケーション」の新たな活用方法として、集中した議論を重ねるために、遠隔地で業務を行う合宿型の「ワーケーション」を組織毎の有志のグループで行う事例も最近では出てきている。
旅先で業務を行うことが、何かしらの付加価値を生み出す可能性があると考えてのことだろう。これまで休暇をベースとして業務を認める「ワーケーション」制度を行ってきていたが、これらの事例も踏まえ、2019年5月からは、出張先で休暇を加えることで「ワーク」と「バケーション」の融合を行える「ブリージャー制度」も導入した。アプローチは異なるものの、その土地において、地域を知り、自身の感性を高める機会としては共通であり、注目が高まっている。
今後、日本の労働力人口は減少し、より生産性の高い働き方が求められていくことになるが、IT技術の進歩もあり、さらに柔軟性のある働き方が可能となり、日本全体のワークスタイル変革につながる存在として、「ワーケーション」が企業・個人・地域の三方よしの取り組みへと発展していくことになると期待している。

 

東原祥匡(ひがしはら・よしまさ)
2007年日本航空株式会社入社。関西国際空港における空港業務や、国際線を中心とした客室乗務員の業務を経験した後、2010年より客室乗務員の人事、採用、広報等を担当。2015年末より2年間の社外出向を経て、2017年12月より現職。