特集1

はじめに
ビジネストラベル、すなわち「業務」を目的とした旅行は、旅行市場において一定のボリュームを有している。観光庁の調査によれば、2018年の日本国内居住者による国内旅行のうち、出張・業務を目的とした旅行の割合は15・7%(宿泊旅行15・9%、日帰り旅行15・5%)となっている(図1)。また、2018年に日本を訪れた外国人旅行者のうち、業務(展示会・見本市/国際会議/企業ミーティング/研修/その他ビジネス)が主な来訪目的の旅行者は全体で13・8%となっている(図2)。
このように日本人、外国人のいずれにおいても日本の旅行市場の1割以上を占めるビジネストラベルであるが、その旅行形態については、家族等は同行せずに目的地を訪れ、訪れた先での業務が終了したら帰る、といった単純な形態(日本人が考えるいわ
ゆる〝出張〞)としてこれまでは捉えられがちであった。しかし近年、この「業務」を目的とした旅行には次に示すような変化が世界および日本で見られ始めている。そこで本稿では、まず、世界や日本におけるビジネストラベルがどのような変化をしているのか、その概観を整理する。

 

 

 

❶「業務」を目的とした旅行への「休暇」の組み合わせ=〝ブリージャー(Bleisure)〞
ブリージャーとは、「ビジネス(Business)」と「レジャー(leisure)」を合わせた造語で、業務目的の旅行の前後に余暇目的の旅行を組み合わせることである。
ここ数年、欧米においてはこのブリージャーがブームとなってきていることが、いくつかの調査により示されている。
例えば、総合旅行会社のカールソン・ワゴンリー・トラベル(Carlson Wagonlit Travel : CWT)およびCWTソリューショングループの調査レポート(注1)によれば、2015年に同社が取り扱った業務目的の旅行者の20%がブリージャーを行なっている。(なお、同社の調査では、ブリージャーを「2泊以上であり、かつ、目的地に土曜日に到着する、あるいは目的地を日曜日に出発する、のいずれかに該当するもの」としている。)
また、オンライン総合旅行会社エクスペディア(Expedia)の調査レポート(注2)によれば、2016年はアメリカにおける業務を目的とした旅行のうち〝ブリージャー〞が43%であったが、2017年には60%と17ポイント増加している。また他の国においても、業務を目的とした旅行のうち〝ブリージャー〞が56〜65%となっている(図3)。
なお、ブリージャー旅行者のプロフィールでは、職業はIT関係が24%、業務を目的とした旅行の頻度は2〜3カ月に一回、業務を目的した旅行の期間は2泊がそれぞれ最も多くなっている(図4)。(なお、同社の調査では、ブリージャーを「1回の旅行に、業務目的の旅行とレジャー目的の旅行を組みあわせたもの」としている)。

 

 

❷「休暇」の旅行への「業務」の組み合わせ=〝ワーケーション(Workation)〞

 ワーケーションとは、「ワーク(Work)」と「バケーション(Vacation)」を合わせた造語で、休暇中の滞在先で業務も行うことである。このワーケーションについてもブリージャー同様に海外(アメリカ)発のものであり、2010年代前半から欧米の主要なメディアで報道されるようになった(注3)。
ワーケーションは、元々はアメリカのビジネスパーソンが非常に勤勉で、年間の休日日数が減少傾向にあるとともに、休暇中もメール等で業務連絡を行うケースが多い事から、家族等と一緒に旅行をしながらも、その間の一定時間だけ行った業務を公に認めることとしたものである。
日本においては、2017年7月に日本航空株式会社が導入した事(詳細は「3.ワーケーションが生み出す可能性〜日本航空株式会社の取り組み〜」参照)、また2015年から和歌山県及び同県白浜町において取り組まれていたワーケーション事業に、2018年8月に三菱地所株式会社が参画を表明した事などにより、注目が広がった(詳細は「5.新たなマーケットへの対応と展望」参照)。

❸〝ブリージャー〞や〝ワーケーション〞への家族等の同行
ブリージャーやワーケーションの広がりは、単に1人の旅行者の旅行日数が増える事だけの変化ではない。日本人の業務を目的とした旅行においてはまだ少数派と思われるが、海外においてはビジネスパーソンが家族を伴って業務を目的とする旅行を実施することは少なくない。特に欧米のビジネスパーソンにとって日本への渡航時間は短くないことから、「せっかく時間をかけて日本へ行くのだから家族等を連れて行こう、また前後に休暇を組み合わせて〝ブリージャー〞として日本を楽しんでこよう」という旅行者は、ミーティングやコンベンションといったMICE参加者を中心に多いものと考えられる。
例えば、公益財団法人東京観光財団と株式会社三菱総合研究所の調査レポート(注4)によれば、東京勤務の秘書が海外から社内会議や商談、視察等に来られるビジネスパーソンのブリージャー手配のうち、約47%は家族も含めた手配を行なっている。
また、ワーケーションについては、もちろん1人のビジネスパーソンがオフィスを離れて別の場所で休暇を取りつつ業務を行う事もありうるが、基本的には家族等との休暇として旅行を楽しむ事の延長線上にあり、家族等が同行するケースが多い事が想定される。

❹旅行と業務の一体化
❶〜❸については、数日〜数週間という一定期間の間、本来の拠点である仕事先や居住地を離れて旅行をすることであるが、近年の働き方の多様化等も背景に、特定の拠点を持たずに国内外を移動しながら暮らしつつ仕事をするといったライフスタイルの
人たち(「アドレスホッパー」「デュアラー」「デジタルノマド」「モバイルボヘミアン」などと称されている)も現れている。
また、企業においても、サテライトオフィス等を大都市部以外の地域に開設し、数ヶ月などの単位で社員に居住および勤務してもらうといった取り組みが展開され始めている。例えば、三菱地所株式会社は、2019年5月にワーケーションオフィス「WORK×ation Site(ワーケーションサイト)南紀白浜」をオープンしたところ、既に施設利用者として大手企業が内定、更に多数の問合せがあったことから、2019年度中に3拠点程度の新たなワーケーションオフィスの開設を目指している(注5)。

 

おわりに
以上、ビジネストラベルの変化について概観したが、これを図で表すと図5のようになる。業務がベースとなり、そこに休暇の要素が加わってきたことで「ブリージャー」が発生(変化❶)した一方、休暇がベースとなり、そこに業務の要素が加わってきたことで「ワーケーション」が発生(変化❷)。更に、ビジネストラベルといえば通常単身(会社の同僚は除く)のところ、外国人ビジネスパースンはも
とよりこれらの新たなビジネストラベルの形態においては家族等の同行が加わることとなり、結果、地域や施設にとってはマーケットが拡大(変化❸)することとなる。この変化は、昨今の訪日外国人旅行者の増加を背景に、今後更なる拡大が想定される。
これらの変化は、業務あるいは休暇を目的とした「旅行」をベースに進展してきているものであるが、いわゆる「旅するように仕事をする」といったマーケットの出現(変化❹)については、やや状況が異なる。この変化については、近年の働き方改革やテレワークの推進、若い世代を中心とした親世代とは異なるライフスタイルへの憧れ、といったものが背景にあると考えられる。
本特集では、こうした変化するビジネストラベルを行なう当事者や推進する企業がどのような意識で、どのような取り組みを行なっているのか、また、受入れる地域や施設がどのような対応を図っているのかを次ページ以降の各稿で取り上げ、今後のビジネストラベルへの期待や課題、可能性について探っていきたい。
(もりや・くにひこ)

(注1)Carlson Wagonlit Travel (2016)「A QUANTITATIVE LOOK AT THE BLEISURE PHENOMENON」
(注2)調査方法:2017年3月より過去12カ月の間にブリージャー旅行を行った、中国(511)、ドイツ(515)、インド(510)、イギリス(511)、アメリカ(504)の5カ国計2551人からオンラインで回答
(注3)天野宏(2018)「ワーケーション:和歌山県から提案する新しい働き方と地方創生の形」『ESTRELA』No.291、pp.2-13)より(注4)公益財団法人東京観光財団・株式会社三菱総合研究所(2019)「〝ブレジャー〞手配の実態と課題についてのアンケート」より
(注5)三菱地所株式会社(2019)プレスリリース「テナント企業の多様な働き方を支援するワーケーションオフィス「WORK×ation Site 南紀白浜」が本日開業